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とある貴族からのラブレター

作者: 美術館の支配人

  片桐優かたぎりゆうは、長い人生の終わりを今まさに迎えようとしている。


 ベッドに横たわる彼の周りは、たくさんの子どもや大人たちによって囲まれていた。


 彼らは、優が彼の人生をかけて運営した孤児院の子ども達、そして孤児院出身の大人達である。


 親のいない彼らは皆、優の金銭的な援助により、何不自由なく暮らすことができた。


 彼らは皆、優のことを本当の親だと思っている。


 それ程までに、皆から愛された片桐優。


 彼の人生に悔いはなかった。


 ただ、一つを除いて……

 


 優は、忘れていた。

 


 愛しき少女と過ごしたあの時を……


「サ……ラ……」

 

 優は、そう呟いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 優が失った記憶を取り戻したのは80歳の時だった。


 孤児院の皆に連れられて、とある博物館へ行った時のこと。


 車いすに座った優は、大好きな孤児院の子ども達に手伝ってもらい、有名な画家の描いた作品を楽しんでいた。


 孤児院を手伝ってくれる大人たちや子ども達に小声で絵画に関する豆知識を周りの迷惑にならないように小声で披露し、皆それを楽しそうに聞いていた。


 ところが、


「・・・」


 とある一枚の絵画を前にした時、優の声が止まった。


「おじいちゃん?」


 突然の変化に、皆が優を心配する。


「サ……ラ……」


 優は、そう呟いた。


 優は普段は優しそうな細い目をしているが、今はカッと目が見開き、焦点が定まっていない。


「おじいちゃん、優おじいちゃん?」


 子ども達が心配になり、再び声をかける。


 優の目からは涙が溢れ出ていた。


 周りの人や、係員が心配そうに見ているが、優は目頭を押さえ、手をあげながら無事であることを知らせる。


「すまないが……しばらく、一人にしてくれないか?」


 大人たちは、何かを察して子ども達を次のブースへと誘導する。


 子ども達は心配そうに優を見ながらも、渋々移動していった。


 それを見送った優は、ゆっくりと目を閉じた。


 誰一人として、物思いにふける一人の老人を邪魔する者は居なかった。


 係員も老人の大事な一時を守るために協力している。


 優は、古い記憶を思い出した。


 忘れていた古い記憶を……




 それは、優が15歳の時だった。


 両親に連れられて嫌々ながら行った博物館。


 その時に、優はとある絵画に出会った。


 その作品名は、

『サラ・アイドレア・ムショワール嬢』


『ラブレターを書く少女』とも呼ばれるその絵画は一瞬にして優を虜にした。

 

 左手で髪をかき上げながら、とても嬉しそうに、そして少し頬を赤らめながら、一生懸命に何かを書いている。

 

 8歳とは考えられない程の色っぽさに、優はドキッとした。

 

 優だけではない。


「可愛い」


「何、この子……子どもの色っぽさじゃない」


「8歳なのに、恥じらいが全くないよね」


「どんな子だったんだろうね」


「お前より色っぽいんじゃないか? 」「お小遣い減らしますね」


 周囲の人々も同じくその美しさに感動し、ため息を漏らしていた。


(会いたい。どうしてもこの子に会ってみたい)


 今まで恋をしたことなどなかった、優にとっての初恋の相手は一枚の絵だった。


 果たして。この少女はどういう子でどんな人生を送ってきたのだろうか。


 知りたい。もっと、この子のことを知りたい……


 だが、それは叶わぬ恋。


 この絵画が描かれたのは1世紀以上も前の話。


 仮に、少女がまだ生きていたとしても、この絵のような可憐さはほとんど残っていないだろう。


 そう考えると、優の目から涙が溢れた。


 優の初恋は一瞬にして、失恋へと変わった。




 その帰り道、優を不思議な感覚が襲った。


 視界がグニャグニャと揺れ、急激な吐き気が襲った。


 と同時に、体がフワリと浮く感覚がした。


「な、なんだこれ」


 目を開いていては、気分が悪くなる。


 優は、その目をギュっと閉じた。


 その時にはっきりと聞こえた。


「願いを叶えてやろう。これは、未来のお前の善い行いに対する報酬だ。タイムリミットは、日が変わるまで。せいぜい楽しむが良い」


(どういうことだ……?)


 それ以上何かを考える余裕はなかった。


 優は、ゆっくりと意識を手放した。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

「ま、眩しい……」


 優は光を感じた。


 全身を暖かく包み込む朝日の光を。


 目を開くと、そこには見たこともない光景が広がっていた。


 優はゆっくりと起き上がり周囲を見渡す。


「が、外人ばっかりじゃねぇか」


 優の目の前を横切るのは、皆が日本人とは全く異なる外見をしている。


(ってか、むしろ俺が外人じゃねえか)


 周囲の人々は、優を物珍しそうに見ていた。


 優は心から悩んだ。


 優には、今自分の居る場所が全く見当がつかず、ましてや外国の言葉など何一つ喋れない。


 細かく言えば、何故日本にいたはずの太郎が海外に居るのかさえわからない。


 優は、自分の記憶を思い返してみた。


 両親に嫌々ながら、博物館に連れていかれ、その帰りに……


(もしかして、拉致られた……のか?)


 ドラマなどでよく見る、後ろからクロロホルムを嗅がされる。


 その様子が脳裏に浮かんだ。


「はぁ……とりあえずてきとーに歩くか」


 言葉が分からなければ、お金もない。


 このまま帰れなければ、いつか自分は飢えてしまう。


 まずは、今自分がどこに居るのかを調べなければならない。




「だ、だめだ……何もわからない」


 しばらく周囲を散策したものの、何の手掛かりもない。


 何故か周囲の言葉は理解できるものの、文字は読めず、話しかける勇気さえない。


「腹減ったな……」


 時刻は、朝の8時。


 優が目覚めたのはいつだったのか分からないが、それから何時間か経っている。


 小腹だけではない。博物館から帰る時に大好物のステーキを食べに行く予定であったため、その時から何

も食べていないとすれば、極限までお腹がすいているはずである。


「・・・」


 優のお腹から怒声のような空腹音が鳴った。


 と、そのすぐ後に、隣から笑い声が聞こえてきた。


 優は照れ臭そうにその姿を確認する。


「あれ、誰もいない」


「下よ、した」


 可愛らしい声には相変わらず笑い声が混ざっている。


 声の主を確認するために、優は言われるがままに下を向いた。


「ッ!!」


 優は、衝撃を受けた。


 そこに居たのは、今までに見たことがないほどの美少女だったのだ。


 日焼けなど一切無い透き通るように白い肌、栗毛色の髪は腰まで伸びて程よいウェーブが掛かっている。


 そして、童顔ではあるものの程よく化粧がされていて、少しだけ大人びて見える。


 顔のパーツは整っており、誰が見ても美少女だと言うだろう。


「か、可愛い……」


 そんな少女を見て、優は思わず声を漏らした。


「えっ? 」


 それを聞いた少女が、眉をしかめる。


「いや、何でもない」


 危うく犯罪者になりかけた所で、優は急いで発言を取り消した。


 しかし、結局のところ言葉が通じないのだから意味がないことにも気づいた。


「そう? 今、確かに可愛いって聞こえたけど」


 少女は、優の顔をまじまじと見ながら言った。


(あれ? 言葉が通じてる?)


「ねえ君、俺の言ってることが分かるのか? 」


「ふざけているの? 当然でしょう。それに、私これでも教養はしっかり身に着けているつもりよ」


「そ、そうなんだ。ごめんね」


どうやら、この人形のように可愛い外国人にも言葉が伝わるようだ。


 果たして、優が15年間でどのような徳を積んだのかは知らないが、絶世の美少女と言っても過言でない程の美少女と一対一で会話できるなんて夢のような話である。


「あなた……どこから来たの? 」


 その言葉に優はドキリとする。


 自分自身どのような過程でここに居て、何故言葉が通じるのか理解できないからだ。


「えっと……実は、自分でも良くわからないんだ」


「はぁ!? 貴方あなた、私より年上に見えるけど、全く頼りがいがないのね」


 少女の容赦のない言葉が優を襲う。


「あはは……」


優からは乾いた笑いしか出なかった。


その時、優の腹から再び爆音が鳴り響いた。


あまりの大きな音に驚いたのか、少女の体がビクッと反応した。


その後、少女は優のお腹を見て納得した。


「もしかして……お腹すいてるの? 」


「ああ……昨日? かいつからか分かんないけど、何も食べてなくって……」


それを聞いた少女の顔が少し暗くなった。


「間違ってたらごめんなさい……もしかして……住む家がないの?」


「いや、そういう訳じゃないけど……ここにはない……かな? 」


「うーん、良くわからないけど、とりあえず食事にしましょう。ここで待ってて」


そう言って、少女は人込みへと入っていった。


優はしばらくの間、噴水をボーっと眺めていた。


そして、あの不思議な感覚が襲った時のことを考える。


「タイムリミットか……」


(もしかして……)


 その時、優の頬に冷たい何かが触れた。


「冷たっ」


 ビックリして、背後を振り返る。


「驚いた? ごめんなさい」


 そう言って、少女は笑った。


 その眩しいほどの笑顔に、優はまたもドキッとする。


(落ち着け、俺の心臓! 相手は幼女なんだぞ。これじゃ、犯罪じゃないか)


 そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせる。


「……っと、聞いてるの? 」


 その言葉で、優は我に返った。


 気づけば、少女の美しい顔がすぐ目の前に迫っていた。


「う、わぁっ! 」


 優の心拍数はさらに急騰した。


「もう、だから、いちいち人の顔をみて驚かないでよ! 傷つくじゃない」


 そう言って、少女は頬を膨らませた。


(これじゃ、いくら命があっても足りないな・・・)


 と、優は思った。


「ほらっ、また上の空じゃない! ご飯あげないわよ」


 そう言って、少女は優に大きめのパンを差し出した。


「えっと……」


 優は戸惑った。


 自分よりも年下のしかも少女から奢ってもらうのはとても情けない。


「もう、だから早くしなさいよ。鳥の餌にするわよ」


 そう言って、少女はパンを持ったまま腕を振り上げる。


「あっ! 待って、食べる。食べるから! 」


「それなら最初っから受け取ればよかったのよ」


 少女は、少し怒りながら再び優にパンを差し出した。


「ははは、ごめんごめん。さすがに、小さい子に奢ってもらうのは申し訳ないな~って」


「それもそうよね、でも遠慮しなくても良いのよ。貴方は今から私に面白い話をしないといけないの。それが対価よ」


 そう言って、少女はウィンクをした。


「うーん、面白い話って言っても特に何もないしな……」


 そう言いながらも、優は空腹に耐えきれなくなり、パンを口に運んだ。


(パサパサしてて、あんまり美味しくない)


 一口食べてすぐに、優はそう思った。


「あら、沢山あるじゃない。あなたのヘンテコな服装とか。どこの民族衣装なの? 」


 確かに言われればそうだ。少女が着ているのは綺麗なドレス。


 対して優が着ているのは、ジーパンにTシャツととてもラフな格好である。


 周りを見ても、同じような服装の人はいない。


 どちらかと言えば、映画とかでよく見るしっかりとした服装である。


「そんなに変かな? 俺の国だと皆こんな感じだけど」


「やっぱり、民族衣装だったのね。あまり見ないけど、貴方どこの国の人なの」


「日本ってところだけど、分かる? 」


「日本……聞いたことはあるわ。確か、黄金の国だったわね? どんな国なの? 」


「ここよりは、都会かな? 高層ビルとか、新幹線とか色々あるし」


「パリよりも都会ですって!? それは面白そうね、もっと詳しく聞かせて」


 少女は、優の手を握って目を輝かせている。


「うーん、一番高い建物で東京スカイツリーっていうやつがあって、それが634mくらいあるらしい」


「何それ!? そんな物どうやって造るわけ!? 」


 あまりの巨大さに少女は驚いた。


「良くわからないけど、クレーンとか使って? 」


「ふーん、色々聞くとキリがなさそうね。他には? 」


 どうやら、造り方とかを聞いても想像ができず、あまり興味が湧かなかったらしい。


 優は悩んだ。自分よりも7歳も年下の少女は何を話せば理解できるのかと。


 そして、悩んだ末の結論を出す。


「再来年の2020年に東京でオリンピックが開催されるとか? 日本で2回目のオリンピックらしい」


 そう、オリンピックは世界共通である。


 この話題で興味を持ってもらって、日本について調べてもらうのが最善だ。


 だが、それを聞いた少女の反応は予想外のものだった。


「貴方、今なん……て?」


 少女のパッチリとした目は、更に大きく見開いている。


「えっ? オリンピックは興味ない? 再来年の2020年に東京で開催されるんだけど」


「貴方、からかってるの? 冗談はやめて。今は……1880年よ」


「……はっ? そんな、馬鹿な……」


 優は、衝撃を受けた。


「ねえ、気は確か? 貴方が仮に嘘をついていないとすれば……」


(まさか、俺は……)


「タイムスリップしてることになるわね」


「あぁ……そうみたいだな。信じられないよ」


 優は、落胆した。このままでは、生涯を生まれた時とは全く違う時代で過ごすことになってしまう。


 それからしばらくの間、優は、自分の住んでる時代のことや、何故かサラと言葉が通じることを話した。


「凄い。私、未来から来た人を見るの初めてだわ」


「いや、俺だって140年前の人と出会ったことないし・・・」


「これは、貴重な経験ね・・・」


「全くだ」


 理解の及ばない程の超常現象を目にしても、それがあまりにも現実からかけ離れていれば、人は割と冷静になるものである。


「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私の名前は、『サラ・アイドレア・ムショワール』。『サラ』でいいわ」


(ん、どこかで聞いたことがある名前だ)


 と優は思った。


 しかし、その長々しい名前をどこで聞いたのか思い出せない。


「ねえ、貴方の名前は? 」


「あっ、俺は『片桐優』。『優』って呼んでくれ」


「カタギリ、優? 何だか難しい名前ね。でも、優なら言えるわ」


「俺からしたら、サラ……の名前も覚えきれないよ」


「お互いに違う国で生まれて育っているから仕方ないわね」


 そう言って、サラは優の顔を見てニコッと笑った。


「ああ、全くだ。今日は、サラの名前を覚えるので精一杯かもしれないな」


 優はそれに対して微笑み返す。


「そうだ、優」


 何か思いついたように、サラは更に優に近づき、勢いよく腕を組んだ。


 優には一瞬何が起こったのか分からなかった。


「えっ、ちょっ……」


 優が状況を理解してすぐに、必死にその腕を振りほどこうとするも、割と強い力であり、ビクともしないことに驚きを隠せない。


「優は好きな人いるの? 」


 サラが上目遣いで優を見る。


「いや、別に……居ないけど」


「じゃあ、今日一日、デートしましょう? 」


 サラは満面の笑みで言った。


「あはっ、あははっは……」


(お父さん、お母さんごめんなさい。俺は、逮捕されても構いません)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「別に貴方に気がある訳ではないのよ」


 相変わらずサラは、優に腕を組んでいた。


(正直に言うと、この体制は辛い。サラの慎重に合わせるために腰を屈めるのは辛い。見晴らしの良い高台を目指し、この状況で歩き続けるのは辛い。ってか、絶対に腰が死ぬ)


「あっ、でも全く興味がない訳ではないから安心してね」


 サラの言うことは優の耳には全く入ってこなかった。


 優は、正に『どうしてこうなった状態』である。


 まず、今まで女性と付き合ったことがなかった優が今日初めて会った相手と腕を組んでいること。


 そして、その相手が7歳年下の幼女であること。


 社会的に抹殺されても可笑しくない状況ではあるが、誰もが最初不思議そうな目で見るものの次の瞬間には興味を失う。


 それは、サラが自前の帽子を深く被って顔を隠し、優も帽子を被って黒い髪を隠しているため、仲の良い兄弟のように見られているためだろう。


「サラは好きな人とか居ないのか? 」


 優は、何となく聞いてみた。本当にただの好奇心だった。


 こんな可憐な少女はいったいどんな相手に恋をするのか知りたかった。


「・・・」


 すると、サラは無言になる。


 優に組まれた腕も、外され、サラは俯き立ち止まっている。


「サラ? 」


 地雷を踏んでしまったことを自覚し、優は自分の発言に後悔した。




「はぁ……そうね、優とは生まれた場所が違うし、時代も違う……良いわ、話してあげる」


「む、無理に話さなくてもいいんだぞ? 」


「ううん、私だって、誰かに愚痴を聞いて欲しい時だってあるのよ」


 サラの目は潤んでいた。先ほどまでの元気な少女とは雰囲気が全く違う。


「私ね、貴族なの。それも、結構偉いのよ」


「貴族添付…」


 その言葉は、優にとってとても重たく感じた。


「貴族の家の女って凄く貴重なのよ。特に私みたいに凄く可愛い子はね」


 サラの声は明るいものになった。

 

 だが、それは偽りの明るさ……


「私は、私の意志で相手を決めることはできない。例えどんなに素敵な相手と付き合っていても、親が決めた相手と結婚するってことは決まっているの。その人とは別れなければいけない」


「・・・」


 そして、その偽りも胸の奥からこみ上げる悲しみによって抑えきれなくなる。




『だったら、最初から人を好きになんてならなければいい!! 私は、生まれた時から道具として生きる。それさえ分かっていれば、これ以上傷つくことはない!!』


それは、悲鳴の混じった悲痛な叫び。


そして、抑えきれなくなった想いは、涙として流れ出る。


「サラ……」


優にはどう声をかければ良いのか分からなかった。


自分とは全く違う環境で育ったこの少女にかける言葉など、15歳の優に見つかるはずもない。


「ねえ優、助けてよ……私、こんな人生嫌だよ……

本当は、自分で決めた人を好きになって、付き合って、結婚したい。

でも、ダメなんだよ。私には選ぶことなんてできない。

優以上に年上で生理的に受け付けない人と結婚することになっても拒否することはできない……

こんな人生、どう思う……? 」


 サラは、顔をクシャクシャにしながら優を見た。


 サラは、8歳とは思えない程に精神年齢が大人びている。


 そして、自分の運命に抗うことのできない虚無感に押しつぶされそうになっている。


「サラ、俺は……」


 その後に言葉は出なかった。


 君を救いたいと言葉にしても、具体的に何ができる。


 時代を超えて、海まで越えてきた自分に一体何ができるのか。


 無責任な発言はできない……


「あのね、私、明日お見合いすることになってるの。まだ、8歳なのに笑っちゃうよね」


「えっ?」


「相手は、12歳も年上なんだけど、私の肖像画を見て結婚したいって言ったらしくて・・・

まだ話したこともないし、私は相手の顔も知らないのにね……

当然、夫婦としての生活をするのはまだまだ先になるのだけれど、

サラとしての人生は実質終わったようなものね。

後は、相手の夫人として生きていくだけ」


 優は拳をギュッと握った。


「一人だけ・・・一人だけでいいから、人を好きになって、その人と一緒に過ごしたかった。

でも、それはただ虚しさを生むだけ。今後を考えると、そんな時間無い方が良いかもね」


 そう言って、サラは背伸びをして見晴らしの良い景色を眺める。


「私だって、自由に生きたい」


 さらは、そう呟いた。


 優は、そんなサラに近づき横に立った。


「俺じゃ・・・」


 そう言って、優はサラの手を取った。


「俺じゃだめなのか」


「ふぇ? 」


 あまりに衝撃的なことにサラは目を見開いて、優を見つめる。


「俺が埋めてやるよ。サラの空っぽな胸の中を埋めてやるよ。一生分の思い出で埋めてやるよ。だから、今日一日俺と付き合ってくれ」


 サラは、優の顔をマジマジと見つめる。


「ねぇ、それ、恥ずかしくないの? 」


 サラは、少し頬を赤らめながら言った。


「メチャクチャ恥ずかしいに決まってるだろう」


 一方で、優の顔は完熟したトマトのように真っ赤である。


「今の発言は、犯罪よ? 」


 サラが真顔で言った。


 その一言により、優の背筋に悪寒が走った。


 年の差があって、正直に言えば優の恋愛対象にはならない。


 でも、この可憐な少女の悲痛な叫びを前にして、何もしない訳にはいかない。


 今、自分ができる精一杯のことをしなければならない。


 そんな気がした。


「・・・でも、取り消さない」


 それを聞いた、サラはニコッと笑った。


「ふーん、じゃあ、私を一日中満足させてね。そしたら、誰にも言わないでおいてあげるわ」


「ははは……頑張るよ」


「まあ、実際は私の方が140歳くらい年上だけどね」


 サラはそう言って、満面の笑みを見せた。


「はっ……はは……」


 優は、それを聞くと何故だか複雑な気持ちになった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ねえ、次はどこに連れて行ってくれるの? 」


「次は、あそこに行きたいわ」


「あっ、あの猫可愛いわね」


 サラは、本当に元気な少女だった。


 終始笑顔で、元気で、見ているだけで優は幸せな気持ちになった。


 しかし、その無限のエネルギーに振り回され、高校生の優でさえ疲れを隠し切れない。


「サラ……ちょっと、休まないか? 」


「そうね、そろそろお昼の時間かしら。あそこのお店で何か買ってくるわね」


 そう言って、サラは駆けて行った。


 急に優の周りが静かになり、ふと考える。


 何故、自分はここに居るのだろうか。


 何故、自分はこんなに可憐な少女と一緒に過ごしているのだろうか。


 果たして、この出会いに何か意味があるのだろうか。


 140年という長い月日を遡って、偶然出会った美少女。


 これは、運命なのだろうか。


 だとしたら、どんな繋がりなのだろうか。


 ふと、優の脳裏にサラの顔が浮かび上がる。


 笑った顔、怒った顔、泣いた顔……


 その全てが本当に魅力的で、その表情を思い浮かべる度に胸がチクリと痛んだ。


「はぁ……マジかよ……」


 優は、自分の抱いた感情を責めた。


「また、ため息なんてついちゃって。幸せが逃げていくわよ」


 食べ物を両手に持って戻ってきたサラが呆れたように言った。


生憎あいにく逃げていくような幸せなんて持ってないよ」


「あら? こんなに可愛い子と付き合ってるのに、何が不満なわけ? 」


「えっ!? 」


 優は、その言葉にドキっとして、サラの顔をまじまじと見つめる。


「なっ、何よ。貴方から言ったんじゃない。

その・・・今日一日・・・付き合ってって・・・

まさか、忘れた訳じゃないでしょうね? 」


「あ、あぁ! もちろん、覚えてるよ。

ただ・・・何で、俺はここに居るんだろうって思って」


 優は、再び難しい顔をする。


 それを見たサラは深くため息をついた。


「そんなことどうだって良いじゃない」


「えっ? 」


「私は、今とっても幸せよ。今まで生きてきた中で一番幸せな時間かもしれない」


「そこまで言われると照れるな・・・」


「いいえ、貴方には本当に感謝しているわ。

結婚前に恋愛ごっこができるなんて思ってもみなかったわ。

あっ、でも貴方は、理想の王子様とは少し違うみたいだけどね」


 その言葉で優の胸の奥で何かがグルグルとかき混ぜられるような感覚がした。


「ごっこでいいのか・・・?」


 それは、優の口から勝手に出てきた言葉だった。


「えっ? ちょっと、それって……」


「いや、ごめん……何でもない」


 サラは、深くため息をついた。


「あのね、私は明日お見合いをするのよ?

それに私たちは、身分も違えば、生まれた時代も、土地も違う。

言葉だって本当は通じないのかもしれない……

だから、私たちは絶対に結ばれてはいけないの。

それくらい、貴方も分かっているわよね? 」


「・・・」


 優には何も答えることができなかった。


 サラは、ばつが悪そうな顔をして、少し言い過ぎたと反省した。


「さあ、それを食べたら移動しましょう」



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「暑いな・・・」


「暑いわね・・・」


 時刻は、昼の2時を過ぎたところ。


 日中で最も暑い時間帯である。


「少し休みたくなった」


「さっき休んだばかりじゃない」


「あー、もう無理。死ぬ……」


「もう……貴方の方が年下みたいね。本当に頼りがいがないわね」


 そう言って、サラは優の手をグイグイ引っ張って歩く。


「ったく、どこまで歩く気だよ」


「いいから、黙ってついてきなさい」


 そう言って、サラはひたすら歩き続ける。


 見た目とは裏腹に、我が強くて、本当にしっかりしている。


「着いたわよ」


 サラが案内したのは、澄んだ水の流れる綺麗な小川だった。


「綺麗な所だな」


「お水も美味しいし、暑い日には最適な場所なのよ」


 そう言って、サラは裸足になり水の中に入っていく。


「気持ちいいわよ。優も入ってみたら? 」


 その言葉に釣られて、優も裸足になり水の中へと入った。


 サラの言う通り、冷やりとして気持ちが良く、全身が涼しくなり暑さが和らいだ。


「私が家を飛び出すときはいつもここに来るの」


「それだと、すぐに見つかるだろう? 」


「その通りよ。すぐに見つかって連れ戻されてしまうわ。

でも、それが私なりの小さな抵抗だからそれでいいの」


 サラは、そう言いながら少しずつ優に近づき、少しだけ屈む。


「ここに来ると、嫌なことを全部忘れられるの。こういう風にしてね! 」


 そう言って、サラは両手で水をすくい、それを優に向かってかけた。


「うわっ」


 それは、見事に優の顔面にヒットした。


 それを見て、サラは嬉しそうに笑った。


「やりやがったな……」


 そう言って、優は少し屈んで両手で水を掬う。


 が、それよりも先に再び優の顔に大量の水がヒットした。


「ったく、てめぇ・・・」


 そう言って、優は熊のように手をあげて襲い掛かる真似をしながらゆっくりとサラに近づく。


 サラは苦笑いをしながら、それに合わせて少しずつ後退する。


 その際に、何かが足に引っかかったようで、サラの体がぐらついた。


「キャッ」


 可愛らしい悲鳴をあげて、サラの態勢が大きく崩れた。


「サラ! 」


 優は慌てて近寄り、その体を支えた。


 咄嗟とっさのこととは言え、二人の体は密着し、お互いの顔が近いところにある。


「大丈夫……? 」


 良介は、サラの表情を見て、心拍数が急激に上昇した。


 サラの頬は、熱を帯び、あお双眸そうぼうは少しだけ潤んでいる。


「あのね、私、とても幸せ……この時間がずっと、続いて欲しい」


「サラ、俺は……」


・・・


・・・


「サラ!! 」


 突如、近くで怒鳴り声がした。


 優は、すぐにその姿を確認する。


 その女性は、とても綺麗でサラに似ていた。


「お母……様」


 サラが大きく目を見開いて言った。


 それを聞いた優は、咄嗟の判断で、サラと距離を置いた。


「サラ、その方はどこの貴族の方ですか? 」


 女性は、優をキッと睨んで言った。


「違う、この人は……」


「貴族の方ではないのですね。では、すぐにその方から離れなさい」


「違うの、お母様。この方は……」


 サラが反論するのを遮るように、女性は靴を履いたまま水の中に入り、サラの手を強く引いた。


「この子は、明日高貴な方とお見合いをしますので、二度と関わらないようにしてください」


 女性は、優に向かってハッキリとそう言った。


「聞いて、お母様! この方は・・・」


 乾いた音が響いた。


 サラは、何が起こったのか分からず、左手で頬を押さえて呆然としている。


「恥を知りなさい! あなたは高貴な方との結婚が決まっているのですよ! 」


 そう言って、女性はサラの手を引いて歩いていく。


「嫌、優・・・助けて! お願い、助けて! 」


 サラは優を見ながら必死に訴えるが、優にはどうすることもできなかった。


 サラの姿が次第に小さくなっていくのを、優はただ見ていることしかできなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。


 辺りはすっかり暗くなっている。


 優は、ただボーッと水の流れを眺めていた。


 自分は、いったい何のためにここに来たのだろうか。


 サラが連れていかれてから、本当に分からなくなった。


 いったい、今何時なのだろうか……


 謎の声が言っていたことが本当であれば、日付が変われば元の世界に戻るのだろう。


「まあ、それでもいいか……」


 目を閉じて、思い浮かべる。


 今日出会ったばかりの少女の姿を。


 今日出会ったばかりなのに、優の中でその存在はとても大きなものとなっていた。


 出会って数時間なのに、優の中ではかけがえのない人となっていた。


 おそらく、少女に会えるのはこれが最後……


 伝えなければ。


 でも、伝えたところでどうなると言うのだ。


 伝えたところで、日付が変わってしまえば……


(苦しい……胸が締めつけられる。心拍数が上がって、吐きそうだ)


 絶対に実らない恋、実ってはならない恋。


 こんなに苦しい思いをするのならば出会わなければ良かった……


「サラ……」


 それでも……


 どんなに辛い未来が待ち受けようと……


「伝えないとな」


 優はゆっくりと立ち上がり、走り出した。


 どこに行けば会えるのかなんて分からない。


 でも、


「諦められねんだよぉおおおおおおおお」


 許された時間がどれだけ残っているかなんて分からない。


 例え、多くの時間が残されていたとしても、


 この広い土地で、サラを探し出せる確率なんて奇跡に等しい。


 それでも、信じなければならない。


 可能性は0ではないのだ。


 その奇跡を信じて、走り続けなければならない。


 優は、夜の住宅街をただひたすらに走り続けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 痛い……


 痛いよ……


 手をあげられたのは、生まれて初めてのことだった。


 でも、痛いのは叩かれた頬じゃない……


 サラは、チクチクと痛む胸をギュッと抑えた。


「苦しい……よ……」


 未来からやってきた、あの人の顔がどうしても忘れられない。


 絶対に許されてはいけないはずなのに、何時間経っても忘れることができない。


 忘れた方がいいことだって分かっている。


 分かっていても、忘れようとすればするほど、思い出してしまう。


「会いたいよ……」


 サラは、ただひたすら外を眺め続けた。


 引き離されて気が付いた。


 今日初めて出会った人不思議な人が、胸の奥ではかけがえのない人に変わっていたことに。


 気が付くのが遅すぎた。


 どうして、あの時に気が付かなかったのだろうか。


 いや、気付く努力をしていなかったのだ。


 絶対に実らせてはいけな恋。


 そう思って、あえて気付かないようにしていた。


 でも、


「一日だけ……一日だけでいいから、大好きな人と結ばれたい」


 たとえ、それが許されない恋だとしても。


 それが、人生で一度きりの我儘わがままなのだから。


 それ以上は望まない。


 それを心の支えとして、この先、生きていければいい。


 だから……


 会いたい。


「会いたいよ……」


 サラの目から大粒の涙が流れ出した。


 一日だけ……


 お願いします。


 一日だけでいいから……


 コツン


 ・・・


 ・・・


 コツン


 ・・・


 ・・・


 と、雨が窓に当たる音がした。


 ・・・


 コツン


 ・・・


 ・・・


 いや、


 違う!


 サラは、勢いよく窓を開けた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「優!! 」


 窓が勢いよく開き、そこから顔を覗かせたのは、優が探していた人だった。


「シーッ!」


 優は、人差し指を口に当て、サラを静かにさせる。


「優……」


「ごめん、待たせたね」


 サラは、溢れる涙を洋服の袖で拭った。


「もう、遅いじゃない……」


 そう言って、サラら窓に足をかけ、


 優に向かって跳んだ。


「ちょっ、そこ2階! 」


 優のその言葉も虚しく、サラの体が重力に従って落ちてくる。


 優は、空から降ってきた大切なその人を、大事にしっかりと受け止めた。


「やっと頼りがいのある所を見せたわね」


 そう言って、サラは優の顔をジッと見た。


 そして、汗だくな優の額を洋服の袖で拭ってあげた。


「頑張って、探してくれたのね」


「……ッ! 」


 優は驚き、目を丸くした。


 先に口を塞いだのは、サラの方からだった。


 少し長めの口づけの後、ゆっくりと顔を離す。


「ありがとう……探してくれて」


 サラの目から再び大粒の涙が流れ始めた。


「サラ……聞いて欲しいことがあるんだ」


 カチッ


 カチッ


 優の頭の中で、時計の針が時を刻む音が聞こえ始めた。


 カチッ


 カチッ


 優は、サラを地面に立たせ、膝をついて目線を合わせる。


 カチッ


 カチッ


「サラ……」


 カチッ


 カチッ


「君のことが、好きだ」


 その瞬間、


 優の頭の中で聞こえていた音が止まった。


 それは、サラが本当に聞きたかった言葉だった。


 その言葉を聞いて、サラの目から更に涙が溢れ出した。


「嬉しい……」


「嬉しいよ……」


「やだ……こんな顔、恥ずかしくて見せられないよ……」


 その涙を何度も袖で拭うが、留まる様子がない。


「優の顔を見ちゃうからかな……」


「ちょっと、待ってね。落ち着かなくちゃ」


 そう言って、サラは後ろを向いて、気持ちを整えた。


 サラは、心の中で大きく深呼吸をした。


 自分の本当の気持ちを伝えるために落ち着かなければ。


 そして、ハッキリと伝えなければ……


「あのね、私も優のことが……」


 そして、笑顔で大好きな人に向かって


「好きっ!」


 ・・・


 ・・・


 ・・・


「ゆ……う……? 」


 サラの視線の先には、優の姿はなかった。


「嘘でしょう? ねえ、どこに居るの」


 サラは必死になって辺りを見渡すが、優の姿はどこにもない。


「嫌、行かないで。私を残して帰らないでよ……」


「優……どこなの……どこにいるの!? 」


 空には、少女の悲痛な叫び声が響いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 次の日、サラはお見合いを終え、両親とともに家に帰り着いた。


 両親とも、昨晩のサラの悲痛な叫びを聞いて、心から心配していたが、朝になると、サラはスッキリとした様子で起きてきて一安心した。


「サラ、結婚おめでとう。今日の記念に、肖像画を描いてもらいましょう」


 サラの母親は、そう言って一人の人物を招き入れた。


「画家のトレゾールさんよ。最高の一枚を描いてもらいましょう」




 サラとトレゾールは、二人でサラの自室へと入っていった。


「サラ、僕はプロとして、君の最高の一枚を描かなければならない」


 トレゾールは、サラに向かって語りかけるように言った。


「だから、君が幸せだと感じている所を僕に見せてくれないか? 」


 サラは、胸の内を見透かされている気がしてドキッとした。


 しかし、知られてはいけない。


 何故なら、心の拠り所にするための大切な思い出なのだから。


「私は、今日、貴族の方と結婚できて本当に幸せだと思っていますよ」


 サラは、ニコっと笑って言った。


 しかし、トレゾールは、その偽の笑顔には騙されなかった。


「違うだろう、嘘は良くない。偽りの君を描くことは僕のプライドが許さないんだ」


 それを聞いて、サラは深くため息をついた。


「誰にも言わないって約束できる? 」


 サラは、しっかりとトレゾールの目を見て言った。


「もちろんだとも」


 トレゾールははっきりとそう答えた。


「私、好きな人がいるの。信じられないかもしれないけど、その人は未来の日本から来て……二度と会えないと思う」


 サラは、不安そうにチラリとトレゾールを見た。


「君の目は嘘をついていないね。そして、君はどうしたいんだい? 」


 トレゾールが優しく言った。


「伝えたいの、この気持ちを。でも、伝えられない……と思う。絶対に」


 サラの目は潤んでおり、今にも泣きだしそうである。


「それなら、伝えなければいけないね」


「えっ、どういうこと?」


「彼にラブレターを書きなさい。そして、それを誰かに届けてもらえばいい。

僕は、君の気持が彼に伝わるように、世界一の絵を描いてみせよう」


 サラは、ラブレターを書き始めた。


 それは、100年以上もの未来に生まれてくるであろう一人の少年に向けて書いたもの。


 トレゾールは、そんな少女の純粋な気持ちを画にした。


 こうして、一枚の絵画ができあがった。


 この絵画こそが、後にトレゾールの代表作として、世界中の人々を虜にする絵画となる。



 その絵画の題名は、


『サラ・アイドレア・ムショワール嬢』


『ラブレターを書く少女』とも呼ばれている。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 片桐優は、夢を見ていた。


 とても可憐で、高貴な少女と過ごしたあの日の夢を……


 コンコンコン


 と、病室の扉がノックされた。


 それに反応して、優はパッと目を覚まし、扉を見つめる。


「片桐優様ですね」


 そう言って、若い日本人の男性とその後ろから一人の年老いた老人が部屋に入ってきた。


「すまないが、席を外してもらえないかな」


 日本人の男性がそう言うと、優を囲っていた人が皆病室を出て行った。


「サラ・アイドレア・ムショワールをご存知ですか」


「はい」


「彼女が幼い頃どこに住んでいたのかもご存知ですね」


「はい」


 それを確認すると、男性を後ろを振り返り、老人に向かってコクリと頷いた。


 それを確認した老人は、ゆっくりと優の前まで歩き、一枚の古い封筒を手渡した。


 優は、その封筒から中身を取り出す。


 その中身は、


 優が人生でたった一人だけ愛した、







『とある貴族からのラブレター』


 であった。


 ・・・


 ・・・


 ・・・


「もう、急に姿を消してどこに行ってたのよ。探したんだからね」


「待たせたな、サラ……」


二人の姿は、『あの日』のままであった。


「待たせ過ぎよ。140年も待たせる人とか聞いたことないわ」


「サラごめん、あの日のことを思い出したのは、おじいさんになってからだったんだ」


「あら、それじゃあ、貴方は他に愛する人ができたわけ? 最低ね」


「それが、さっぱりだったんだ。若い頃は夢中になって仕事をして、ある程度の財産を築いてからは、孤児院を作ってって感じで、恋愛とか全く興味がなかったんだ。サラの呪いかな? 」


「貴方、私のこと何だと思っているのよ。でも、これからはずっと一緒ね」


「ああ。大好きだよ、サラ」


「私もよ。やっと言葉で伝えられたわ」




 その日の夜、片桐優は幸せそうな顔で、この世を去った。


 何枚にも綴られた少女からの想いも、優と一緒に火葬され、人々の目に入ることはなかった。








 ー完ー













読んでいただきありがとうございました。

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色々な作品を投稿して、成長していきたいと思っています。

今後とも、どうぞよろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
[良い点] シーンの切り替えが分かりやすくて、読みやすかったです。 [気になる点] >良介は、サラの表情を見て、心拍数が急激に上昇した。 優が良介になってます。 >それを心の支えとして、この先生きて…
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