木
「起きて兄さん! もう朝の12時よ!」
「……ってそれ深夜じゃねぇか!? 寝かせろバカ!」
「そうやって二度寝するから起きれないんでしょ! ほら早く!」
「お前が起こさなければ二度寝しなくて済むんだよボケェ!!」
俺、林田真紀は、こうしていつも妹の林田紗希に深夜に叩き起こされる。
俺が授業寝てしまうのも、3分の4ぐらいこいつが悪い。
「今日は何する? ゲーム? ゲーム? それともゲーム?」
「ゲームな、しょうがねぇ、やってやるか」
「やったぁ! 兄さんコントローラー逆さ縛りねっ!」
「そんなことして勝って気分がいいかぁ!? アァン!?」
とまぁそんなこんなで、ほぼ毎日と言っていいほど、俺はこの妹と深夜にゲームをしている。
昼はゲーム出来ないから、その鬱憤を晴らすためによく俺は叩き起こされるのだ。
父と母はいない。今俺たちの家には妹と俺しかいないのだ。必然的にちょっとぐらい騒いでも大丈夫。
リビングに向かい、コンセントをつなぎなおして、部屋の電気すら付けずに、ゲーム画面をつけた。眩しい。
「ようし! 絶対勝つからね!」
「返り討ちにしてやるよ、ゲーマー舐めんなクソシスター」
真っ暗な部屋にともった光に集中し、俺たちはゲームに没頭する。
ガチャガチャと鳴り響く音、そして攻撃がクリーンヒットして妹が叫ぶ。
非常にうるさい。これは少しまずいと思った。
親がいないと言っても、近くに人がいないと言うわけではない。こんなところ見られたら、変人だと思われてしまうじゃんか!!
「おい紗希、少し静かにしろ!」
「やだ!!」
「なっ!? わがまま言うなバカシスター!」
「うるさいクソ童貞! 妹のパンツに興奮してた時代があったことクラス中に言いふらされたいの!?」
「なんじゃそりゃぁぁっ!? 嘘をばら撒くなボケェ!」
「とにかくやなの!」
「なんでさ!?」
「だって……」
「今ぐらいしか、兄さんと一緒に、本当に騒げない……」
「あっ……」
妹のその一言で、俺の怒りは一気に冷めた。
仕方のないことかもしれない、そう思ってしまった。
彼女も彼女で、まだ小さいのだ。
寂しくて、当たり前なのだ。
同年代の子は少ないし、人との会話もうまく出来ない彼女にとって、今この時間が唯一の安らぎなのだ。
そのせいで俺が変人に思われたとしても、多少の理解をしてあげるのが、兄というものではないのか?
「ったくしょうがねぇーなぁー……うるさくしてはいいけど、トーンは少し落とせよ?」
「お、お兄ちゃん……!」
「お、今お兄ちゃんって言ったな? なんだよまだまだ可愛いとこあるじゃんか」
「はっ!? うっ、うるさいうるさい!!」
そう言って俺に向かってぽかぽかと拳を打ち付けてきた。あんまり痛くない。
「もう……続きやるよ!」
「はいはい、りょうか……」
ピンポーン
「げっ!? 近所の人だっ!!」
まずい! この光景が見られた日には、全てが終わるぞ! 俺の、俺の常識人としての誇りが! 埃となって消え失せるっ!
「ど、どうしよう兄さんっ!」
「慌てるなっ! とりあえずお前はそこにいろ、俺が対応するから」
「わかった」
そうして妹をリビングに留めて、玄関に向かう。玄関からリビングは見える位置にあるけれど、外で対応すればなんの問題もないはず。
深呼吸して、ドアを開ける。そこには大家さんという言葉が似合いそうなおばちゃんが仁王立ちで立っていた。実は名前も弁慶というらしい。
「弁慶さんこんばんわ。なんの御用でしょうか」
「……あんたんち、すっごいうるさい。どうせゲームでもしてるんでしょ!」
「あっちょっ!? 何勝手に自分家入ろうとしてんすか!? 不法侵入ですよ不法侵入!」
「黙りなぁ! うるさい蚊トンボを生み出すゲームなんざ、私がこの手で粉砕してやるわぁ!」
「は、発言かっこいい! でもやめて! 今入るんじゃねぇ!」
まずい、妹を見られたら、妹まで怒られちまう!
それだけは避けなくては!
そう思ったのだが、弁慶さんの力は俺の想像をはるかに超えていた。
抵抗むなしく、物の見事に押し返され、リビングに侵入してしまった。
「……何よ、あんた、一人暮らしの癖に二人プレイやろうとしてるの?」
「え、ええまぁ! ちょっとした縛りプレイをしようと思ってましてね!」
「フーン……まぁいいわ、次うるさくしたら容赦無く破壊するからそのつもりで!」
そうして、なんとか危機を乗り越えて、弁慶さんは家へ帰っていった。
「危なかったねぇ、兄さん」
声がした。上空から。
その方向を見る。妹が宙に浮いて、俺に話しかけていた。
「あぁ、どうやら弁慶さんお前の姿見えないタイプの人みたいだな」
「運が良かったのね……じゃあ、続きやろ! って、あぁもうこんな時間」
妹が時計を見て残念そうに呟いた。
もう少しで、一時になる。
一時を迎えたら、そこでもう妹が実体化していられる時間が終わる。
幽霊である彼女は、十二時から一時までの一時間しか、物体に干渉できないのだ。
だからこうして、俺たちはこんな深夜に遊んでる。
それ以外の時間帯でも、見える人にはこいつが見えるし、俺は当然喋れる。
でも本当に語り合えるのはこの一時間しかない。
だから必死になって、彼女は俺を叩き起こすのだ。
「ま、また明日だな」
「うう……」
「そう悲しむなって、明日はなんていったって、部活動がある日だぞ? しかも全員集合!」
「……そっか、みんなに会えるんだね!」
「あぁ、だから……ちょっとだけ、頑張れ? な?」
俺はやさしくそう諭す。妹の気持ちを兄がわかってやらずなんとする。
俺と妹は、ほとんど一心同体だ。だから、辛い時は俺が頑張る。
そのために作り上げた部活動。『なんでも部』なのだから。
「……わかった、また明日、遊んでね!」
「おう、当たり前だろ? しっかり起こしてくれよな?」
「うん! なんとしてでも叩き起こすよ! フライパンに包丁、ナイフにフォークにクワガタも!」
「……普通に起こしてくれない?」
自分の部屋に戻り、また眠りにつく。十分な睡眠が取れるかわからないけれど、今はもう眠い。
起きたら、今度は学生としての時間が始まる。
なんでも部の、混沌とした日常が。
次回、連載終了!?