スチュワートは何故かミーテを追い込む
ザワザワ、ザワザワ。
クラスのあちらこちらから非難めいた声が上がった。
「今のお話し、本当かしら? 」
「元平民? でも養子で貴族に入ったのであれは、別に問題無いのでは? 」
「でも外国の方となると違うだろ。」
ベレニケはパタンと扇を閉じた。
「イスカさん、出鱈目に吹聴するのは宜しくありませんわよ。それに、今の言葉はエドワード様に対する侮辱と見なされても仕方ありませんわ。」
イスカは口角を持ち上げた。
「出鱈目じゃありませんよ。ねぇ、スチュワート様。」
ガタッとスチュワートが椅子から立ち上がった。此方を振り向く。暗い青の瞳が此方を見据えた。
「イスカの言った通りだ。そもそも彼女の家、ヘッセン伯爵家には結婚して長らく子供が出来なかった。なのに急に娘が現れた。彼女の珍しい銀髪はヘッセン家特有だから愛人の子供という説もあったが、彼女はイスス共和国出身の平民だ。だが、そんな事よりも、もっと恐ろしい真実がある。」
へ? もっと恐ろしい真実?
「俺が調べた結果、彼女、ミーテは現ヘッセン伯爵家当主の兄、ルドマン・ヘッセンと魔王の妹との間の娘だと判明した。」
しんっ。
空気が凍った気がした。
頭の中が真っ白に染まっていく。
何でスチュワートがそれ知ってんの!?
ミーテとなった俺の喉がカラカラに乾いていく。
「な、何を言って? 」
カラカラの喉から絞り出せた声は小さすぎて音にならなかった。
ガチャッ
教室の扉が開いた。
「スチュワート!! それにベレニケも。生徒会は1時間目終わりに直ぐ学園長室へ集まるようにと言われたでしょう。」
エドワード王子とミクラー、ウォーゲルが教室に入ってきた。だが教室の空気が冷たい事に気付いたようだ。
「皆さん、どうしたのですか? 」
ベレニケがエドワード王子に駆け寄る。
「そ、その。私、ミーテさんがイスカさんに怒っていたので何事かと心配になり、教室に残っておりましたの。イスカさんがミーテさんを騙してチューベローズ風仮面舞踏会に連れて行ったそうで。でもスチュワートさんがミーテさんは魔王の妹の娘だと言い出して。」
「な!? その様なこと、あり得る筈が、、、」
エドワード王子の目は驚きに見開かれた。教室を見渡しミーテとなった俺を見つめる。
「話の真偽はともかくとして、ミーテ、スチュワート、イスカさん、それにベレニケも。取り合えず一旦学園長の所に参りましょう。」
エドワード王子の提案により、俺達は学園長室に向かうことになった。
廊下を歩く途中で俺は重要なことに気付いた。ミーテどこ行った?
俺とミーテは今入れ替わっている。ならトイプードルの俺になったミーテがいる筈だ。だが周りを見渡しても茶色のトイプードルがいない。
ヤバイ。どうしよう。
「あ、あの! 」
俺は前を歩くエドワード王子に話しかけた。
「どうしましたか?」
「ミーtっ、、、トマトが見当たらなくて。少し探しに行っても良いですか?」
スチュワートが訝しげに此方を睨んできた。
「逃げる気か? 」
「違います! 」
「居所なら魔動物の首輪のルビーで分かるだろう。」
そうだった。あの首輪、ルビーの魔道具でてきていてGPS機能付きだった。
「すみません。気が動転して忘れていました。」
仕方なくスタスタと学園長室に向かう。魔道具の使い方分からん。どうしよう。
ミーテ、何処に行ったんだろう。
「どうしたのじゃ? 」
マーリン学長の質問にエドワード王子は事のあらましを伝えた。
ここは学園長室。
マーリン学長は書斎机の椅子に座ったまま此方を静かに見た。
「先ずはイスカ・リオテューダー。」
「はい、マーリン学長。」
「退学を言い渡す。」
「な、何故私が!! 」
「裁判所に調べさせて処罰を与えられた方がよいか? 家名を語って手配したのであればそれ相応の罰となるぞ? 」
「そ、それは、、、」
イスカはぐっと押し黙った。
「さて、スチュワート、何故ミーテが魔王の妹の娘になるのじゃ?証拠でも有るのか?」
「はい。」
え?証拠あんの!?
スチュワートは写真を取り出した。
思わず俺は叫びそうになったがゴクンっと飲み込んだ。
血の気が引いた気がした。
それは、ミーテ、ミーテの父のルドマン、そしてミーテの母の桜が写った白黒の家族写真だった。
何故スチュワートがそれをもっているんだ!?
マーリン学長はその写真をじっくりと見つめる。
「はて、この少女がミーテだと? 」
首を傾けるマーリン学長。
「その隣は間違いなくルドマン・ヘッセンではありませんか? それに、黒髪は魔王の一族に特有のものでしょう。」
「はぁ。」
マーリン学長は気のない返事をした。マーリン学長、すべてを知っている上での、この行動なら、演技が滅茶苦茶上手いな。
「スチュワート、この少女がミーテだという証拠はあるのか? それに、この女性の髪が焦げ茶等であれば写真では黒く写ることもあるじゃろう。これだけでミーテが魔王の一族と決めつけるのは。」
「そうですね。俺の早とちりでした。」
お、おう。スチュワート、引き下がってくれるのか?
「あ、そうだ。1つ、質問が。」
スチュワートが此方を向いた。
ひぇっ! なんだよ。
スチュワートは制服の裏ポケットから一枚の写真を取り出した。
「この景色に見覚えは?」
俺は白黒の風景写真を見つめた。
どこだろう。川と野原とポツポツ家が見える。
チラリとスチュワートの顔を見ると、無表情だった。
怖っ!!
それともわざとか?
何か悟られまいとしている?
何を?
俺は今度はちらっとマーリン学長を見た。
マーリン学長と目が合う。
マーリン学長の黒目が上、下と2回動いた。
オーケー、オーケー、分かった。肯定しろってか。
「はいっ! あります! 」
元気良く答えた俺に対してスチュワートは更に写真を近づけてくる。
「この村の名前は? 」
おおっと、それは流石に分からん。
「あ~、え~っと、度忘れしました。」
スチュワートの斜め後ろのマーリン学長が頭をそっと抱えた。
あう、まずかったみたいだ。
つーか、この写真の場所何処なんだ?
スチュワートはニヤリと笑った。
「そうか、度忘れ、へ~? 」
「スチュワート、一体先程から何をミーテに聞いているのですか?」
エドワード王子!!! ヘルプミー!!!
「それは、追々分かるさ。裁判所でな。」
は? 裁判所? ルイスとかが連れていかれたあの裁判所?
そういえば、この国の裁判所ってちょっと特殊だったよな。簡単に言うと、国のトップは3人いて、王、学園長、裁判長、みたいな所だったよな。
スチュワートは学園長室の扉に向かった。
「スチュワートよ、まだ話は終わっとらんぞ。」
「マーリン学長、ここで引き留めて俺を説得するつもりでしょうが、事は一大事ですし、俺は既に手続きを済ませたので。」
手続き?
「まさか、おぬし、裁判所に既に知らせたのか?」
スチュワートはフッと笑った。
「御名答。」
バタンッ
そのまま扉から出ていってしまった。
「マーリン学長、今のはつまり、、、」
エドワード王子の質問にマーリン学長は大きなため息を吐いた。
暫く沈黙した後、空を見つめて何かを考える素振りをし、決意を固めた目を此方に向けてきた。
「仕方があるまい。言うしかないようじゃな。すまんがミーテ、ベレニケ、イスカの3人は部屋の外に出ておくれ。そのまま授業に戻るか、寮で待機するかは各々が決めるとよい。先生には後でわしが伝えておこう。」
ええ~気になるな。まさか、ミーテの出自全部暴露っちゃうの?
「わかりましたわ。」
納得のいかない顔をしながらもベレニケは部屋を出る。
俺もイスカもそれに続いた。
バタンッ
イスカは出たとたん一直線で階段を駆け下りた。涙がちらっと見えた。恐らく女子寮に一旦帰るのだろう。
学園長室を出たあと、前を歩くベレニケがくるっとこっちを向いた。
「これからどうしますの? このまま戻っても宜しいですけど教室はまだ混乱していることでしょうし。」
あー、そうだよな。取り合えず一旦女子寮に戻って。
ってダメだ! ダメだ!
トイプードルになったミーテを探さないと!
「俺っ、じゃなくて私は女子寮に帰ります。」
「そうね。そうなさった方が宜しくてよ。では、私は授業に戻りますわ。」
廊下に出ると、ベレニケは教室の方へと向かった。
ベレニケと別れた俺は取り合えずぐるっと学園を一周することにした。
ミーテ、どこだ~?
歩いている内に先程のスチュワートの写真を思い出す。
全く覚えの無い風景写真。
スチュワートはミーテの出自は他国で平民だと確信していた。
ならミーテの住んでいた家とか側の山や町の写真を見せるかと思ったが。
知らないことがヤバイこと。
そういえば、ミーテがヘッセン伯爵家の養子になる前に、マーリン学長が平民としての戸籍を用意したって言ってた気がする。
、、、平民。このエマリカ王国の平民としての戸籍って事だよな。
その戸籍の住所って、どこだ?
まさか、あの写真の景色って、その戸籍の場所の景色じゃないのか!?
本来なら知っていて当然の自分の出身の景色。
当然その戸籍の場所とは違う場所で育った俺やミーテに、その景色が分かるわけがない。
だからスチュワートは聞いたのか!?
うわあああああ!! うぜぇ。
てか、なんで今日あの写真持って来てるの?
イスカがミーテを言及すると、予想していたのか?
スチュワートがだんだん、そら恐ろしく思えてきた。
イスカにミーテの本当の情報をリークして、けしかけたのはスチュワートだ。賊の件だってスチュワートだった筈だ。そして今回のもスチュワート。
何でこんなにミーテを追い込もうとするんだ?
ともかく今日の事をミーテに伝えないと。
俺は目を皿のようにして歩いた。
それにしても、俺は間違えたのかな。イスカを言及すべきではなかったのかもしれない。でもいじめってエスカレートするからなぁ。
ほっといたらもっと酷いことになっていただろうし。
でも言及しすぎたかなぁ。嘘もついちゃったし。
また、嘘で不幸にしちまったのかな。
また?
ふと、窓から見えた中庭の隅に小さな影が動いた。