騙されたミーテ
馬車はスピードを落とし、やがて止まった。
馬車の扉が開かれ、俺達は山奥の館の前に下り立った。
結局この怪しい馬車から下りることもせずにここまで来てしまったが、大丈夫だろうか?
馬車は俺達を下ろした後に直ぐさまその場を去っていった。去っていく方向を眺め、ミーテは言った。
「トマト、確かにかなり怪しいけれど、イスカがくれた招待状の通りの場所だし、取り合えず行ってみるのもありだと思うの。大丈夫。いざって時の帰り道は分かるから。」
もしかしてミーテが馬車の外を眺めていたのは帰り道を確認していたからだろうか?
帰るったって、今のミーテの服は正式なドレスコード。
今日は橙色と黒のストライプ柄のバッスルスタイル風ドレス。頭には橙色の花の形があしらわれたミニハットが乗っている。
カボチャの形をした緑色の小さなショルダーバッグが可愛い。
靴は橙色地に黒で薔薇が描かれたハイヒール。
馬車で走った道は歩くには長い距離だったはずだ。しかも今は夜でここは森だ。月は雲がかかってぼんやりしている。
帰りは、、、本当にいざって時帰れるのか?
ミーテは黄色と黒のストライプ柄で蝶々形のマスクを被った。
「さて、行きましょう。」
館に向かって歩きだす。
仕方なしにその後ろを着いていった。
別荘なせいか小さめな館だ。
窓からオレンジ色の灯りが煌々と漏れている。中から楽しそうなさざめき声が聞こえてきた。舞踏会はやっているようだ。
だが玄関での出迎えの人がいない。
仕方がないので館の赤い扉をミーテが自ら開けた。
ギィィィっと扉が開いていく。
俺の鼻にねっとりとした甘ったるい香水の臭いが絡み付いてきた。
めっちゃむわぁってする。
ちょっと暗いな。いや、見えることは見えるんだが、通常の灯りを100%とすると、今ここは50%ってところかな。
目が慣れてくると分かったのは、意外と広いサロンのダンス会場だった。
天井から大きなシャンデリアが3つ垂れ下がっている。だがシャンデリアの蝋燭は少なく、会場はちょっと薄暗い。
床は赤く、テカテカした敷物で敷き詰められている。
真っ赤なテーブルクロスがかけられた丸テーブルが壁際に並び、サロンの真ん中は踊れる様になっているらしい。
奥の方に舞台がある。
会場よりも寧ろ舞台の方が煌々としていた。
舞台には銀色にひかる棒が縦に4本、等間隔で立てられている。棒は長く、舞台の床から天井まで繋がっていた。
その4本の棒にはそれぞれピンクや水色、白等透け透けの衣装を纏った女性達が棒に掴まっている。まるで絡み付くようにしがみついたり、足で棒を掴み上半身を仰け反らせたりと、実にアクロバティックでエロティックな動きで、、、ってこれエロい方のポールダンスじゃないか!?
えっ!?
ワルツはどこ?
会場の音楽はポールダンスに合わせた怪しげでノリの良い曲で満たされている。
ダンスをしている人達の服装は正式なきっちりしたドレスコードとはかけ離れたものだった。胸のガバッと開いたドレスに、ぎょっとするほど足が見えるドレス。
はたまたシースルーの水着の様な最早ドレスとも言えない様なものまである。
ただし、仮面は全員真っ黒な蝶々形だ。
そこかしこで楽し気なお喋りに混じって、なんかやらしい声が聞こえるんだが。
よく見たら、深く接吻している男女はまだ序の口で、それ以上イッチャッてる男女がちらほら見受けられる。丸テーブルの上でとか、丸テーブルと壁の間とか。
ミーテはキョロキョロと周りを見渡している。
恐らくイスカを探しているんだろう。
まさかこの期に及んで、イスカを探しているのか?
俺はミーテのドレスを噛んで軽く引っ張った。
さっさと去るぞ、こんな所。
「ま、待って、トマト。ミネルバやイスカがいないか確認しなくちゃ。」
居るわけないだろう。どう考えてもこんな如何わしい所。多分、、、残念だがイスカに騙されたんだ。
それでもミーテは前に1歩踏み出した。
仕方がないのでドレスの裾を離した。
「ねぇ~、ねぇ~、君ここは初めて~? 」
いきなり前にいた男に声をかけられた。
顔が真っ赤だ。相当酔っ払っているんだろう。
「あ、あの、友達を探していまして。」
ミーテが早足に通りすぎようとした。
「ハハハ、遊んでいこうよ~、お嬢ちゃん! 」
男がミーテの背後から覆い被さった。
「ひっ!! 」
サァッとミーテの顔から血の気が引いていく。男の手がミーテの服の上を這いまわる。
俺は男の足元にまわった。
ガブリッ
「痛ってぇーーーーーー!!!!!!! 」
男の絶叫が木霊する。
見た目可愛いトイプーでも牙は有るんだよ。
ミーテは素早く男の腕から逃れた。
だが今の男の絶叫で会場の視線がミーテの方に集まる。
其でなくともミーテの美貌は人目を引くってのに。マズイな。
ふと、壁に掛かっている花瓶に生けられた花が目に入った。小さな乳白色のラッパ形の花。甘ったるい臭いがする。これか~。会場に満ちていた甘ったるい臭いの原因の1つは。
「スゲー。あの子銀髪だ! 」
「それにすっごい可愛い系だね。」
「ねぇ君~、そんなとこじゃなくてこっち来なよ~。」
花の臭いに気を取られている場合ではないな。
数人の男達がミーテを囲むように近づいてきた。
どれもタキシードをだらしなく着ている。つーか、ナニでとは言わないが汚れている。てか、全裸の奴もいる。へ、変態だ。
ミーテを見上げた。
ミーテは顔が真っ青だ。おまけに足がブルブルと震えている。恐怖で動けないのかもしれない。
「ワン! 」(おい、ミーテ! )
俺はミーテに吠えた。だがミーテは目の前の光景から目を離そうとしない。完全に固まっている。
その時、甘ったるい香りに混じって、見知った匂いが鼻を掠めた。
此方に恐らく走って近付いて来ている。
「何をしているのですか!? 」
男達の囲いをぶったぎって、薄紫色の髪に黒い仮面をした男性が現れた。
「み、ミハエル先生? 」
ミーテが掠れた声を洩らした。
ミハエル先生だった。めっちゃ驚いた顔をしている。
そりゃそうだわ。まさか品行方正なミーテがこんな所にいるんだもんな。
ミハエル先生は素早くミーテの手首を掴み、そのまま引き摺る様に館の外へと向かった。
何人かの男どもがミーテを捕まえようとしたが、先回りして足元に回った俺が齧り付いて行動不能にしてやった。
会場が暗くて意外と足元の俺の姿がバレにくいから助かった。
館の外へと出た俺、ミーテ、ミハエル先生は館から少し離れた場所まで走った。
そこには行きしなと同じく黒い馬車があった。
「取り合えず乗りなさい。」
ミハエル先生が俺とミーテを馬車の席に座らせ、向かいの席に腰を下ろした。
馭者が
「お帰りですか? 」
と聞いてきたのでミハエル先生は
「エマリカ学園まで向かってくれ。」
と答えた。
馬車がゆっくりと走り出す。
ミハエル先生が自らの頭に手を置いた。
「えっと、ミーテさん。あれほど私に偉そうな事を言っておいて、なぜ、貴女はあそこにいたのですか? 」
あ、保健室での事、根に持つタイプなの? ミハエル先生って。
「それは、その、友達が招待してくれましたので。」
弱々しい声だった。ミーテの目は暗い。絶望の色に染まっていた。
「この仮面舞踏会がチューベローズ風だと知って? 」
「ち、チューベローズ風!? まさか!? ランタナ風の筈じゃ。あ、そうか。きっと私が場所を間違えて。」
「行きしなはどの様な馬車で? 」
「く、黒い馬車に乗って。」
「黒い馬車はチューベローズ風仮面舞踏会専用のものです。」
「じゃあきっと私が馬車を間違えたのです。」
それは違うぞ、ミーテ。なら何故あの馭者はミネルバの名前を聞いて体調不慮だなんて答えたんだ。
俺はミーテのカボチャのショルダーバッグを前足で開けた。そして中に入っている招待状をパッとくわえる。
「あ、トマト。」
ミーテの弱々しい制止の声を無視して向かいの椅子へと跳び移り、その招待状をミハエル先生の手にペシペシと叩きつける。
訝しげにミハエル先生は招待状を手に取り中身を読んだ。
「これは、、、カルーナ風と書いていながら確かにここの、チューベローズ風の会場の住所を示している。
騙されたと考えた方が良いでしょう。」
ありがとう、ミハエル先生。俺が言いたいことを代弁してくれて。
「騙されたなんて、そんな。何かの間違いです。だって、もしそうだとしたら、、、。」
犯人はイスカって事になるよな。
中々ミーテは認めたがらない。
本当、騙されやすいなぁ。
「何かの、間違い、です。」
ミーテはグッと拳を握り俯いた。
恐らく、泣きそうになっているのだろう。
それをミハエル先生は珍しいものでも見るように目をまん丸にして見ている。
「あの、これを。」
ミハエル先生は薄紫色のポケットチーフを差し出してきた。
「いえ、だ、大丈夫です。」
「しかし。」
ミーテはカボチャのバックから白いハンカチを取り出した。
「持っていますから、大丈夫です。」
ミーテは顔にハンカチを押し当て、声を殺して泣いた。
その後ミハエル先生に送り届けてもらった。
というか、ミハエル先生。
先生なのにあんな如何わしいところに出入りしているのか。言及してやりたいが、俺犬だしなぁ。それにある意味ミーテを助けてもらったし。
あれ? ミハエル先生しかり、エドワード王子しかり。なんか最近攻略対象によく助けられているよな?
ミーテのヒロイン効果ってやつが働き始めているとか?
まさかな。今回も前回のもフラグというよりマジもんの事故って感じだし。
今一番の問題はイスカだ。ミーテをこんな目に合わせやがって、後で覚えてろよ。




