ミーテ視点 ストーカーの顛末
ミーテ視点
ヒューッ、ヒューッ。
風の音がする。体がぶるりと震えた。寒い。
冷風が顔に当たっている。
おかしい。何で風が入ってきている?
私はガバッと飛び起きた。
ベッドの天蓋は何故か端に寄せられており、窓を見ると開け放たれていた。外はまだ日はのぼってはいないが、星が少し見えづらくなっている明るさだ。
「へ、え? 何で窓が開いて。」
「ワ~ン。」
ベッドの側で弱々しいトマトの声がした。
見ると、いつもはソファで眠っているトマトがベッドの側に疲れきった様子で座っている。とてつもなく眠たそうに頭がコックリ、コックリと動いている。
「トマト? 大丈夫? 」
「ワン。」
慌ててベッドから下りると、窓の側に落ちている壊された南京錠が目に入った。
ひょっとして、泥棒が入ったの!?
だとしたら何故私は気付かなかった?
トマトがベッドの側に移動しているという事は少なくとも私を起こそうとしてくれたということだ。吠えたりしてくれていた筈なのに。
そういえば、夜寝ているときにトマトの遠吠えを聞いた気がする。山に住んでいた頃の夢の幻聴かと思ったけど、あれはトマトが泥棒に気付いて知らせてくれていたのかもしれない。
うるさいって言っちゃった。ごめん、トマト。
私は昨夜の記憶を辿った。
そういえば、物音が聞こえた様な気がする。でもなんか少し甘い臭いがして、そしたら直ぐに眠くなって、、、そうか!
睡眠薬! きっとそれだ!
というか、何故そこまで用意周到に私の部屋に忍び込んできた?
普通なら1階や2階等の近場か、最上階の王族の部屋とか狙う様な気がするけど。
ふと、視界に違和感を感じた。何かが無い。
あれ? 鍵付きの箱が、、、見あたらない。
「え!?嘘!!なんで!?」
ベッドの下を見て、部屋中の床を探し、這い回ったが見つからなかった。
鍵付きの箱に入れていたから泥棒には貴重品とでも思われたのだろうか?
だとしたら、、、取り返してやる。
何としてでも!!!
「トマト!! 臭いを追える? 」
眠そうにしているトマトには申し訳ないけど、時間が経つほど臭いは消えていく。やるなら、今からじゃないといけない。
「ワン。」
目をしょぼしょぼさせながらも仕方無しに頷くトマト。
本当にごめんね、トマト。でもこれだけは譲れない。
この腕時計は今や私にとって唯一の、ジョナサンとの思い出の品だから。
石畳の道で、トボトボと臭いを追うトマト。
その後ろを学園の制服に着替えた私は黙ってついていった。心には怒りがざわざわと蝕みつつある。
何でよりにもよってあれを盗むの!?
泥棒がわざわざ南京錠のかかった窓を選ぶだろうか?
まるで、私の私物が目当てかのよう。
ジョナサンの作ってくれた腕時計はデザインこそ斬新でこの世界で1つしかないものだが、材料は真鍮で、金の様に貴重品ではない。
いや、そもそも寮の結界をどうやって破ったの?
学園を襲撃した賊の正体がジャックさんと分かった後で寮の結界は強められた。だけど、3日後には元に戻された。
つまり、結界を通れるのは女子生徒、寮を見回る担当の女性の先生、メイドの人。
もしかして、、、内部の犯行?
だけどトマトはトボトボと石畳の道をひたすら歩き続ける。
女子寮は遠ざかっていく。
この方向、北だよね?
やがて目の前に6階建の女子寮とよく似た、煉瓦造りの建物が見えてきた。
これって、男子寮!?
男子寮の玄関には女子寮と同じく衛兵が2人見える。
あと何故かメイドの女性が1人いた。茶色い袋を持ったメイドは衛兵2人と玄関先で話し込んでいる。
近付くにつれ、言い争っている声が聞こえてきた。
「お願いですからルイス様に取り次いでください!」
「こんな早朝に非常識だろう! 何時だと思っているんだ! 朝の6時半前だぞ‼ 」
「緊急なんです!! 」
「なら証拠を見せろ! さっきから緊急、緊急って。緊急の知らせなら紋章入りの手紙とか、紙とかあるだろう! 」
すると、玄関の扉が勢いよく開いた。
晴れやかな翡翠色の瞳に柔らかな巻き毛が特徴的で、白い衣を纏った天使の様な少年。即ちナイトキャップを被ったままで寝巻き姿のルイス様が慌てた様子で出てきた。
「あ、僕なら起きているよ! ティラーさん、持ってきてくれたんだね! 」
「はい! ルイス様の為でしたら私、なんでも致します! 」
メイドは持っていた茶色の袋から箱を取り出し、、、って、ちょっと待ったああああああ!!!!
私は素早く左手の薬指を向けた。
トマトがワンワンと吠え出したが、構わず唱えた。
「リキゼカ!!!! 」
ヒュンッと音を立てて見えない風の刃をルイス様に投げつける。
しかし、ルイス様は男子寮の結界にギリギリ入っていた為、結界にバキッとぶつかった。
正直、殺すつもりだった。
「その箱を返して!!! 」
叫んだ私に対して驚いたように此方を振り向く2人。
だがメイドのティラーと呼ばれた女は、箱をルイス様に投げた。
ルイス様は箱をキャッチして、微笑んだ。
「貴女が大切にしていそうな物を僕が持てば、また再開出来ると思っていました。また会えて嬉しいです、ミーテ嬢。これからは何時でも僕に会いに来てくださいね。」
ルイス様の目はにっこりと細められた。
「この!! 」
私は再び薬指を向ける。
結界を何とかしないと。
そうだ。ありったけの魔力で。圧縮した風を巨大な炎で包んで爆発させるって魔法を。
「ミツツゼカムチヂオノホカデ。」
薬指の先でぐわっと炎が上がり、風がそれを濃縮する。
この威力なら、ぶっ壊せる。
そう思った瞬間、私の首からバチッと音がして火花が散った。
一気に船酔いの様な症状が現れ、薬指の先の魔法も消えてしまう。
そうだ、忘れていた。
マーリン学長のネックレスが過剰な魔力に反応してしまった。
船酔いの様にふらつく体を無理に起こして、箱を持ったルイス様を睨む。
「返して。それは大切な物なの。」
「なら尚更、僕が持っておいた方が良いですよね。」
「返してよ!!! 」
「貴女のためですよ。ミーテ嬢。貴女が僕を受け入れてくれないから、貴女に気付かせてあげようと思ったんだ。僕の想いは。」
「返せ!!! 」
私は足に力を込めて、走った。そして、結界を思いっきり殴った。
ダンッ!!
手が痛い。
だけど本当に返して欲しい。
「返して、返して、頼むから、返しなさい!!! 」
ダンッ、ダンッ。
結界をひたすら殴り続ける。
ダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッダンッ
パシッ!
手首を捕まれた。
衛兵が私を止めたのだ。
「落ち着いて下さい。大丈夫です。」
「何が、大丈夫って言うんですか!! あれは私にとって大切な宝で。」
ルイスはうんうんと頷いた。
「衛兵の言うとおりです。そんなに殴ったら貴女の拳が心配です。僕に会いに来ればいつでも見せますから。」
ギリッと奥歯を噛み締める。鼻の奥がツーンとしてきた。悔しい。悔しくて死にそう。
そのとき、透き通る様なテノール声が響いた。
「ルイス・ニューキャッスル、この国では貴族であっても窃盗は罪になることを知らないのですか? 」
開かれた男子寮の玄関奥を、昇りたての朝日が照らした。
中央の階段をエドワード王子がゆったりと下りて来る。
ピンクゴールドの髪は朝日を受けてインペリアルトパーズの様な赤みのあるオレンジ色に輝いている。
洋紅色の制服はきっちりと着こなされ、後ろの焦げ茶色の階段が背景となって、まるで彼を中心にオレンジ色の光が放たれているかの様に見える。
「エ、エドワード王子。 何の事ですか? 僕は窃盗なんかしていません。」
今までの強気な態度は何処へやら。
被害者面とはこの事を言うのかもしれない。
ルイス様は怯えた顔で震え始めた。
「一部始終見させて貰いました。ミクラー! 」
バシッ!
何処からともなく現れたミクラー様が、いきなりルイス様の手から箱を取りあげた。
「あ!? 」
「はい、回収~。これ君の物じゃないでしょ。」
そう言ってミクラー様は男子寮の玄関から出て結界を通り、私に箱を差し出した。
私は箱を受けとり、鍵をポケットから取り出して箱を開けた。
そして、ジョナサンの腕時計を持ち、胸に抱えた。
「ありがとうございます!! 」
本当に、失わずにすんで本当に良かった!!!
「御礼ならエドワード王子に言いなよ。俺ら近衛は単に王子の命に従っただけだからさ。」
ミクラー様の言葉に従い、私はエドワード王子の方を向いた。
「エドワード王子、本当に、本当にありがとうございます!!! このご恩は一生忘れません!! 」
「いえ、私が気付けたのは門番の衛兵の1人が知らせてくれたからですよ。」
玄関の側で片方の衛兵が俺です、と手を挙げた。い、いつの間に。
「公爵家の子息に対応できるのは王族の私位ですからね。」
エドワード王子は私の側に歩み寄り、そっと頭を撫でた。
「それは貴女にとって、とても大切な物なのですね。私にも大切な物が、かけがえの無い物があるので分かります。盗られてさぞや辛かったでしょう。もう大丈夫です。」
頭にのせられた手は優しく、温かかった。
目から涙があがってくるのが分かるが、ぐっと堪えた。
そっとエドワード王子が私の背中に腕を回す。
「大丈夫、大丈夫ですから。」
子供をあやすように優しく背中をとんっ、とんっ、と叩く。
「ワン。」
トマトの鳴き声を聞いてハッと我に返った。
この状況はヤバイ。というか、は、恥ずかしい!!
「エドワード王子、ありがとうございます。もう大丈夫です。」
俯きつつ、そっとエドワード王子の腕から抜け出す。
顔が火照ってしまっている気恥ずかしさから上を向くことが出来ない。
エドワード王子は良かった、と言ってルイス様の方を向いた。
「さて、ルイス。それにそこのメイドも、共に大人しく馬車に乗って、後々、裁判所に向かってもらいます。」
さ、裁判所!? その言葉でルイス様の顔は真っ青に染まった。
「さ、裁判所って、この僕がですか!? 」
隣のメイドのティラーはうっとりと頬を染めた。
「ふふふ、ルイス様ぁ、裁判所だろうと、地獄の底だろうと一緒に行けるのであれば、私は幸せでございます。」
な、なんだろう、このティラーって人。少し怖い。
カラカラカラカラと玄関前の石畳を滑るように馬車がやって来た。
馬車は男子寮玄関先に止まり、扉が開かれる。
馬車の中からウォーゲル様と、兵士が2人現れた。
「さてと、ウォーゲル、今すぐ2人を拘束して、裁判所の牢獄に連れていきなさい。」
「はい、エドワード王子。」
エドワード王子は袂から紋章入りの手紙を取り出し、ウォーゲル様に渡した。
「い、嫌だああ!!! 」
逃げ出すルイス様にミクラー様が蹴りを入れて転ばし、ポケットから取り出した縄で縛る。
逆にメイドのティラーは兵士に縄で腕を縛られても、一切の抵抗をしなかった。