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どんなに素晴らしくてもストーカーは嫌だ

壁の修理が終わり、学園の授業は再開された。

ジャック君は療養中で意識が戻らないらしい。ジャック君の実家、オーラン男爵家の屋敷からエマリカ学園へ通じる専用の魔法陣の紙が見つかったそうだ。

オーラン男爵は身に覚えが全く無いと主張し、ジャック君に訊こうにも意識が無いため訊くことが出来ない。



トコトコトコトコ。

ミーテがミネルバやイスカと共に図書室に向かう。

俺はミーテ達に着いていく。

休み時間、3人で勉強するのだ。

今日の午前の授業は終わり、お昼の余った時間を有効に活用するらしい。

それは、とても良いことなんだが、、、。

授業が再開されてからここ数日、俺にはずっと悩んでいることがある。


ある匂いがついてきている。


ここ数日間ずっと。


3人の後ろを歩きつつ、だが何時もの如くついてきている匂い。

気になってしょうがない。誰の匂いかは分かる。ルイスの野郎だ。

そっと後ろを振り向く。

廊下の曲がり角から誰かの顔が覗いている。

俺の、というか犬の視力はそこまでよくはないから、顔はぼやけて見えないが、匂いからしてルイスだろう。

正直ゾッとした。

再び前を向き俺はトコトコと歩きだす。

どうしよう。ルイスがミーテをストーキングしている。

ミーテに教えようかとも思うが、教えたところでなんの解決にもならない。寧ろ自分に気付いてくれた!と喜ぶかもしれない。そんな考えがここ数日ぐるぐると頭の中を回っている。

3人は図書室のテーブルの1つに集まって座った。

各々午前の授業で出た宿題をやり始める。

ミーテの後ろの別テーブルの椅子が引かれた。

緑がかった金髪の少年ルイスは本を広げて読みつつ、ミーテの背中をほうっと見つめている。翡翠色の瞳には本の内容は全く映っていないだろう。

その顔は恋する乙女、じゃなかった男の顔だった。

端から見れば、その愛らしい容姿に、図書室の窓から光が降り注ぎ、さながら図書室に舞い降りた天使(エンジェル)に見える。さすが、攻略対象の一人なだけある。だが、その実ただのストーカーである。





その日の放課後、ミーテの部屋に赤い101本の薔薇の花束と手紙が届いた。


差出人は、案の定ルイスだ。




愛しの君ミーテ・ヘッセン伯爵令嬢へ

毎日、貴女の美しい後ろ姿ばかりを追っています。

僕の部屋はすっかり貴女の絵で埋め尽くされてしまいました。

それでも貴女への想いは満たされること無く、消化しきれない苦しい想いは積もるばかりです。

僕は気づきました。何故こんなにも思いが積もっていくのか。それは貴女が僕の方を振り返らないから。

お陰で僕は殆ど貴女の後ろ姿しか見ることが出来ません。どうか次は振り返って僕の方を見てください。お願いします。

そういえば、貴女にも好いている殿方がいると、この前の手紙に書かれていました。でも僕の方が想いは強いと思います。

それを証明するために貴女にこれから僕の愛を示していけたらな、と思います。

今日送った薔薇の花束は101本あります。花言葉は【これ以上ないほど愛しています】です。

この手紙を読んでいるのなら、受け取ってくれて嬉しいです。

また贈りますね。

ニューキャッスル公爵家次男ルイス・ニューキャッスルより




キッパリ手紙の告白はふった筈なのに、がっかりした様子がない。

寧ろ彼の想いは加速している。

ヤバイ方向にな。

「はぁ~ーー。」

ミーテは大きなため息と共に頭を押さえた。

「あのまま放っとくべきだったのかな。何で助けちゃったんだろう。」

それはミーテが良い奴だからだろう。良い人であるがゆえに放って置けず、良い人であるがゆえに面倒事に巻き込まれ、そして、、、。

ミーテが再び万年筆を手に取った。

スラスラと手紙をしたためる。チラッと見ると、この前ミーテがルイスに送ったのと全く同じ内容だった。




結論から言おう。

ミーテからの手紙はルイスにとって何らダメージにならなかった。

寧ろ火に油を注いでしまった様だ。

あの内容でも加速するのだから何をしてもどうしようもなかったのかもしれない。

次の日、ルイスは相変わらずストーキングしてくるし、放課後には365本の赤い薔薇と手紙が部屋に届いていた。手紙にはつらつらと僕の想いはどうたらこうたら書かれている。因みに花言葉は「あなたが毎日恋しい」だそうだ。更にダイヤの嵌め込まれた腕輪がプレゼントとして添えられていた。

昨日の薔薇と合わせてミーテはゴミ箱に棄てた。

ぎゅーっと圧をかけてゴミ箱に押し込む。薔薇に罪は無いが、ミーテの気持ちもわからなくもない。

腕輪の方はルイスに送り返した。

「もう、直接、話し合うしかないのかな。」

ミーテがそんなことを呟いた。

うん、止めた方が良いぞ。絶対意味無いって。




翌日。

お昼休み。ミーテは後ろの席のルイスの所に素早く移動し、仁王立ちになって座っているルイスを見下ろした。ミーテの目が著しく細められている。

間違いない。ミーテは物凄く怒っている。

ルイスは、ぱっと顔が綻んだ。

「ミーテ嬢、僕の想いが届いたんだ。とっても嬉しいです!」

「ルイス様。ちょっと御時間宜しいでしょうか?」

「はい!勿論!貴女の為でしたら僕は何時でも構いません。」

ミーテはルイスを連れて教室を出て、一階まで下りると、何故か攻略対象の一人、ミハエル先生のいる保健室に入った。

「ミハエル先生、失礼します。」

「ええ!? あ、はい。どうぞ。」

まさか、ミーテが再び来るとは思っていなかったらしく、驚いた顔をして紫の瞳を見開いた。奥の書類の置かれた机の側の椅子の上にミハエル先生は座っている。紫の瞳は穏やかな黄昏時の様、、、ではなく、今回は少し怯えを覗かせている。サラサラな薄紫色の髪は後ろで纏められ、乱れてはいない。

ミハエル先生の手には、匂いからして紅茶の入った黄色のマグカップが握られていた。始めて会った時の様なアハーンでウフーンなことはしていない。その痕跡も臭いもない。

よしよし。保険医としての職務に専念しているようで何よりだ。

ここなら人目はミハエル先生だけだし、万が一ルイスが逆恨みして暴れてもミハエル先生が対処してくれるし。案外良い場所かもしれない。

ミーテは保健室のソファにルイスを座らせた。

ルイスが座ると向かい側に腰かける。

ミーテはルイスをチベットスナギツネの様な目で見た。

「伯爵令嬢の分際で申すのは大変失礼にあたると重々承知ですが、あえて言わせていただきます。

ルイス様、私の後をつけないで下さい。そして、私にこれ以上花や物を送らないで下さい。これ以上この様な事を続けるのであれば、ルイス様はストーカーであると断定します。」

「つまり、漸く僕の気持ちをわかってくれたんですね! 」

ルイスは嬉しそうに拳を握った。ガッツポーズだ。

は!? 今の流れでなんでそうなる!?

「僕の気持ちが分かったからもう贈り物や僕のアプローチはいらないということでしょう? 嬉しいなぁ。あの腕輪、一生懸命選んだんですよ。でも、僕の想いに遠慮しないで良いですよ‼ 僕の貴女への愛はとんでもなく大きいので!! 」

ミーテの目が更に細められる。最早針を横にした様になっている。


ミーテはスッと息を吸い、そして叫んだ。


「ルイス様、嫌いです!! 」

ビクッとルイスの肩が上がった。何故かミハエル先生もビクッとなっている。

ミーテど直球だ。良いぞ、良いぞ! やったれ!

流石にルイスの顔が焦りを帯びた。

「な、なんで? 」

「しつこいからです。」

「な、へ!? どうして。」

「私はルイス様が嫌いです。止めてと言ってもしつこいし、内容を受け止めようともしない態度が大嫌いです。二度と私に近づかないで下さい。迷惑です。」

途端、みるみる内にルイスの緑の瞳に涙が溜まっていった。そして、捨てられた子犬の様にシュンと項垂れる。

「僕は、僕は初めてだったんだ。お母様もお父様も屋敷の執事もメイドも皆、僕よりも僕のお兄様の方ばかり構うんだ。」

ルイスは段々としゃくり上げる様な泣きかたに変わっていく。

「は、初めてだったんだ。僕を助けてくれた人は貴女が、初めてだったんだ。」

うぅっとルイスが手で目を覆った。

指の隙間から涙が漏れている。

う~ん。まぁ確かに俺が産まれて子犬の頃に初めてルイスに会ったとき、随分とこいつの父親は酷しいと感じた。兄の方を引き合いに出してたし。こいつはこいつで兄の名前が出ると、途端に逆らわなくなった。

もしかしてずっと兄の方ばかり可愛がられて、寂しい思いをしてきたのかもしれない。

まともに飼えもせんのにペットを次から次へと飼っていたのも、愛情に飢えていたからだろう。

ミーテに対する執着は家庭の愛情不足から来ているのかもしれない。

うん、分かった。

だが俺は同情などしない。

ミーテへのストーカー行為や、俺の母犬を、兄弟犬を見殺しにした罪は許せないから。

愛情不足を理由にストーカーして良いって訳じゃない。

暫く泣いているルイスに対して、見かねたミハエル先生がティッシュペーパーをルイスに差し出した。更にグラスに水を注いでルイスの前に置く。

「ミーテさん、後の事は私がしますから、早く昼食を食べに行った方が良いですよ。」

確かに時計はお昼休みの時間が残りあと20分で終わることを示していた。

「お願いします。ミハエル先生。すみません。」

ミーテは頭を下げて保健室を出ていく。俺も続いた。

「ワン! 」(話し合い終わって良かったな。)

「トマト、これで大丈夫かな。」

「ワン! 」(大丈夫だろ。)

「これで食い止められたら良いんだけど。」

ミーテはう~んと両手を広げて伸びをした。

中庭からエマリカ学園の上空を見上げる。

晴れた空を雲が横切っていく。エマリカ学園の隅の塔の先端を基準に見てみると雲の動きが速いことが分かる。

そういえば、女心と秋の空というのが有るが、実は最初は男心だったとも言われているのを昔TVで見た。

心とは移ろうものだ。どうかルイスの心がミーテから離れて移ろいますように。


よもやこの法則がストーカーには当てはまらないとかだったら、どうしよう。


一抹の不安を抱えながら、晴れやかな顔をしたミーテに続いて食堂に向かった。

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