夏休みあけ発見した賊の正体は
9月の始め。
長い長い夏休みが終わった。
全然夏休みっぽくなかったがな。特にミーテにとっては。
別荘だってあんまり休みにならなかったし。
その後は毎日エマリカ王立研究所で特訓だったし。
研究所でミーテは付けていたネックレスを一旦外した。
ネックレスっていうのはマーリン学長から貰った魔力を一定量封印するネックレスのことだ。
それを外した後のミーテは凄かった。外見が変わったとかじゃない。
ミーテの薬指から出される魔法が凄まじいものになったのだ。
マーリン学長から渡されたプリントを一読しただけで次々とくり出していた。
炎のビームの数を増やしてミーテを中心に扇みたいに出す魔法とか、圧縮した風を巨大な炎で包んで爆発させるっていう魔法とか。
ただし、この魔法は周りに仲間がいないことを確認しなければならない。
あと、マーリン学長が開発した、色々と記号が彫られたアメジストを使った魔法とか。
これが一番凄かったな。
なんでもそのアメジストが【あつでんそし】ってやつになってて、魔法で出した石をそのアメジストにぶつけて魔法で水の線と砂をまぜて、で、ああなるとかなんとか言ってたっけ。
因みにネックレスは訓練の時以外はちゃんと着けている。
さてさて、夏休みの終わった俺達は再びエマリカ学園の学生寮に戻った。
次の日の授業の為に早めに寝る準備をしていた。
俺は別に特にすることは無いが、ミーテは違う。
「1、2、3、4、5。」
浮き輪に空気を送るペダルばりに速いスピードで腕立て伏せをしている。
「501、502、503、504。」
全くスピードが衰えない。
「999、1000! よし、次。1、2、3、4! 」
お次はひっくり返って、腹筋運動を始めた。
上半身を持ち上げる動きは、重力を感じさせない程滑らかで、人間離れしてて、ぶっちゃけとても現実とは思えない。
ミーテの腹を直で見たことはないが、腹筋は割れているのではないかと思う。
繊細な見た目のミーテに対してそぐわないし、あまり想像したくない。
「997、998、999、1000! よし! じゃあ、トマト、お外に行くよ。」
お外、、、因みにリードつけての散歩じゃない。
ミーテは俺を脇に抱えた。
なあ、この訓練に俺は本当にいるのか?
俺の事が心配なのは分かるが、、、。
次は、ある意味では高跳びと言えるかもしれない。
ミーテは部屋の窓を開けた。
今度は夢遊病状態ではない正常な状態で、家と家、またはエマリカ学園敷地内を散歩するのだ。
屋根の上とかをな。
マーリン学長の許可は貰っている。
今日のミーテの格好は動きやすく、見つかりにくいように黒のズボンと黒のシャツだ。
ミーテは窓枠から跳んだ。
小包みのように抱えられている俺。
まぁ、夢遊病の時にしがみつく状態よりは格段に楽だ。
ぬるーい風がバンバン顔に当たる。
ミーテの足は軽やかに木と木の間をトントンッと跳んで、やがて誰かのお宅の屋根に乗った。
そこから助走をつけて、エマリカ学園の巨大な塀の上に着地する。
エマリカ学園の屋上が塀から、目前5m先に見えた。
俺は小脇からミーテの頭の上に乗せられた。
「よっと! 」
ミーテはジャンプして屋上の柵の上に器用に着地する。
そのまま柵の上をヒョヒョイッと歩いていく。
サーカスでも生きていけるぞ。なんせ俺を頭に乗せて歩けるんだ。
驚異的なバランス感覚。
左右に振れることもなく安定した頭の上から周りを見渡す。
視界は月が雲に隠れてすこぶる悪い。
うん。まだ少し恐いよ。
でもここ最近何度もこの高跳びやってるから大分慣れた。
風が吹く。真夏の時ほど暖かくはない。だがまだ冷たくもない。ちょうど良く、心地よい。
あれ?
またあの匂いだ。近づいてくる。
「ゎん。」(なんか来てるよ。)
俺はミーテに小声で伝えた。
ミーテは周りをサッと見渡し、首を傾げて、でも素早くエマリカ学園の塀側とは反対の中庭側の方へと跳んだ。
そして、窓枠の上側の僅かな段差に爪先を乗せる。
黒い影がフッと頭上に指した。
見上げると、フードを目深に被った人がフワフワと浮いている。
間違いない。匂いでわかる。彼はスチュワートだ。
恐らく魔法で浮いているのだろう。
そのまま俺達の頭上を通って中庭に着地した。
キョロキョロと周りを確認している。
そして、ふと、スチュワートと、俺は目が、、、合った。
つまり、スチュワートは後も確認し、その目線の先に俺とミーテが写ってしまったのだ。
何でこっち見るんだよ!
グッと体が下がった。
ミーテが膝を曲げたのだ。
ミシッ
窓枠がきしんだ。
ミーテが勢いよくびょんっと跳んだ。
めっちゃ重力をグンッと下に感じる。
スチュワートの声が俺の鋭い聴覚で微かに聞こえた。
何て言ってるかはわからない。
だがスチュワートが再びフワリと浮いたのが視界の隅に見えたので魔法を唱えたのは分かった。
跳び上がり空中に出たミーテは後ろを振り返る。
頭に乗ってる俺も後ろを見ることになる。
すると、黒マントの彼は、ミーテの後ろにいた。
手にキラリと光るナイフを持って。
ひえええええ!!!! 速い!! 近い!! マズイ! 殺す気だ!
ホラーだよホラー!
ゴスッ!
ミーテの素早い手刀がマントの頭の真ん中にクリンヒットした。
速すぎて、、、動きが見えなかった。
マントの彼は下に落下していく。
その間、ミーテは屋上の柵に着地し、そして塀に跳び、エマリカ学園を出て再び屋根伝いに移動して、あっという間に女子寮に戻ってきた。
窓から部屋に戻り、頭に置いていた俺をカーペットに下ろす。
「あー、ビックリした。まさか盗賊がエマリカ学園に入り込んでいたなんて。魔法使ってたよね。急いでマーリン学長に知らせなきゃ。」
そうか、フードの下、ミーテは見えなかったのか。
まぁ、俺もあまり見えなかったが。ぶっちゃけ匂いで判断したようなものだ。
ミーテが再び窓枠から出ようとしたので俺はミーテのズボンの裾を噛んで引き留めた。
「大丈夫だよ、トマト。マーリン学長のところに行くだけだし、早く知らせなきゃ。」
俺は顎に力を込めた。
行かせられるか!!
例えミーテが素早い手刀を繰り出せて、とんでもない脚力と魔力を持っていてもだ。
相手はナイフを持った魔法使いだぞ。それに秀才のスチュワートだから頭が良い。危なすぎる。
ミーテは暫く迷ったが、渋々諦めてくれた。
代わりにここの女子寮の玄関前の兵士に相談しに行った。因みにその兵士もミーテの高跳びの事情を知っている。
片方は残り、もう片方がマーリン学長に報告に向かってくれた。
ミーテは部屋に戻り、もう夢遊病は無くなったものの、一応という事で窓と扉に南京鍵をかけて眠った。
俺はソファの上に跳びのってそこで眠った。