エマリカ王立研究所に嘗て〇〇がいた!?
「どういうことですか? マーリン学長。」
マーリン学長は報告書をパラパラと捲り、あるページを指し示した。
ソファの上から覗き込むと、怪物と思わしき者の白黒の写真が2枚貼られていた。
仰向けに横たわった怪物の隣に大きめの定規が一緒に写っている。それによると怪物の全長は4m以上。
ぼろぼろの布で出来た丈の長い服を着ている。
太い手足にのっぺりした頭を持ち、でっぷりとした瞼から目が覗いている。。
うつ伏せにした写真もある。
背中に何かで抉られた様な大きな傷口が見えた。
グ、グロイ。
更にその下に怪物の模写がカラーで描かれていた。
其によると、体全体が赤黒く、手先足先にかけては緑色をしている。目の色は暗めの青色。
「3日前国境付近にこの怪物が、結界の外で結界自体に寄りかかるようにして倒れておったのじゃ。
発見した時には既に死んでおった。」
これと魔王になんの関係が?
「この怪物の状態は吸魔鬼になる前の状態。吸魔鬼にさせようとして失敗した状態とよう似とる。」
ミーテが首を傾げた。
「えっと、あのよくわかりません。」
「説明しよう。」
その後マーリン学長の長い説明が始まった。
要するに、本来人は他人の魔力を自分の物にすることは出来ない。其をすると拒絶反応が出てこの怪物の様に肉体が肥大化して即死らしい。
なら何故、かつて吸魔鬼は他人の魔力を吸い盗っても平気だったのかといえば、
そうさせない術式を魔王が魔法陣に組み込んでいたからだと言われている。詳しいところは今も謎に包まれているらしい。
「つまり、この怪物は吸魔鬼に変わろうとして失敗した人だと?」
「失敗、、、とも言えないのじゃ。」
え、死んでんだし失敗じゃないの?
「死因は恐らく背中の傷による失血死じゃ。明らかに攻撃されておる。問題は何故攻撃されたのか。ほっといても直ぐに死ぬ筈のこやつを何故殺す必要があるのか?」
「つまり殺さないと死なない?」
「そうじゃ。それに怪物はこれほどの攻撃を受けながら国境までやって来た。」
マーリン学長はコホンっと咳払いをした。
「ここからはわしの憶測に過ぎんが、恐らくこの怪物を兵隊として使おうとしたやからがおるやもしれん。
例えば、シロリア王国とかじゃ。恐らく魔王が背後で絡んどる可能性が有るのじゃ。事態は一刻を争う。この怪物を使って、この国の結界を破きそなたを連れ去ろうと画策しておるのじゃろう。
そなたの場所はもうバレておると考えてよい。取り合えず対策として。
」
「こんなの兵隊として扱うには無理がありませんか?」
ミーテの目が細められている。
そうだよなぁ。この怪物、単に体がでかいだけだもんな。
「吸魔鬼を作る魔法陣の契約書に近いものが完成しておったら話しは別じゃ。命令を与えたり、魔法を使わせる事が出来る。」
「でもこの怪物は命令を与えられているとは思えません。それが出来ていたらこの写真の様に攻撃する必要がありますか?」
「命令に関しては未完成なのかもしれん。」
ミーテの目が疑わしげに更に細められた。
「理由が曖昧な気がするのですが。それに、マーリン学長。随分と吸魔鬼についてお詳しいんですね。
まるで、吸魔鬼を作ろうとしたことがあるみたいに。」
マーリン学長は静かに目を閉じ、やがて苦悶の表情を浮かべた。
「話すべきか、話さずおくべきか。」
マーリン学長の小さな呟きは俺には聞こえたが、ミーテには届いていないだろう。
ミーテのじーーーっとした視線に耐えかねてマーリン学長は口を開いた。
「エマリカ王立研究所を知っておるか?」
「はい。次々と新しい魔道具の理論を発表し、今も魔法についての研究を盛んに行っているところだと。ただ、場所は教科書に載っていないのが不思議だと思っていますが。」
マーリン学長が下を指差した。
?
俺はソファの下の紅いカーペットを見詰めた。
うん、ただのカーペットだ。
「この下じゃ。エマリカ王立研究所はエマリカ学園の下、即ち地下にある。」
「え!? そうだったんですか! でも研究員とか出入りしたところを見たことが無いのですが。」
「うむ。まぁ、これ以上詳しいことは言えぬ。で、じゃ。エマリカ王立研究所には昔、魔王、即ち縁 飛魔がおった。」
「はい!?」
ミーテはガタンッと立ち上がり、ハッとして再びソファに座り直した。
「どういうことですか!? マーリン学長!!!!」
マーリン学長は人差し指を口に当てて必死の表情をした。
「しーーーっ! 静かに! 話すから静かにせい。」
「わ、わかりました。」
ミーテは小声で答えた。
マーリン学長も小声で話始めた。
「先ずは魔王の正体についてじゃが。」
「魔王はヒガリ王国の王族 縁家出身ですよね? 多分王子だったのでは? 」
ミーテがマーリン学長を遮ってズバッと言った。
「そなた、何故其を。」
「色々と調べました。」
マーリン学長は呆れと感心の入り雑じった表情を浮かべた。
「なら話が早い。その通り。魔王は嘗てヒガリ王国の王子じゃった。
ここからはこの国の歴史の本には載って無いじゃろうな。
エマリカとシロリアはヒガリ王国を攻め滅ぼした。わしはこの戦に反対したがの。最終決定で国王と裁判長が賛成してしもうた。
ヒガリ王国の国民の一部は奴隷としてシロリアに連れていかれた。そして一部は、エマリカ王立研究所にて研究をしてもらっておった。
そなたの母、縁 桜もその中におった。」
「何故ですか? 研究をしてもらっていた?」
「救済措置としてわしが国王に提案したのじゃ。
月1で魔道具の新理論を彼らが提出できたら、命だけは見逃してやって欲しいとな。」
「え、えげつないですね。その条件。とてもこなせるとは思えないです。」
「わしには確証があった。ヒガリ王国は魔道具の開発が徐々に盛んになっておった。まぁ、じゃからエマリカもシロリアも徐々に力をつけ始めたヒガリ王国を恐れたのかも知れん。
魔道具は魔法を使える才能を持つ者に恵まれなかった代わりとしてじゃろう。
ヒガリ王国に攻めいった軍からの報告でメンバー表によると、15人の研究員が主に魔道具を開発しており、その中心人物こそが齢17にして研究室のトップとなっておった縁 飛魔じゃと分かった。」
「、、、王子ですよね? 」
「そうじゃ。縁 飛魔は国の第一王位継承者にして、ヒガリ王国トップの研究者じゃった。下手したら魔法に関してはこの世のトップの天才じゃったかもしれん。後にも先にもあれ程の天才は生まれてこんじゃろう。あれ程才能に恵まれたものをわしは見たことがなかった。」
一瞬だけマーリン学長の顔が恍惚としたものに変わった。
だがすぐに元の穏やかなお爺さんの顔に戻った。
俺の、、、見間違いかもしれん。そうしておこう。
「取り合えず15人共エマリカ王立研究所に軟禁することとなったのじゃ。そして厳しいこの条件も見事にクリアしておった。
やがて月日は過ぎ魔道具の理論だけでなく、魔法の才能が無い者でも魔法を使えるようにする研究理論が提出された。後に禁術として認定される禍法の事じゃ。
暫く研究は進んだが、ある時 彼らは我々の目を盗んで研究所を魔法で爆破し、脱出して姿を眩ませたのじゃ。
彼らの食事には常に魔力を含まない物を出していたから、魔法を使えたと言うことは禍法が完成したと言うことを意味しておった。その証拠に焼け跡から彼らの仲間の死体が5つ出てきた。」
「死体が5つ? 」
「吸魔鬼となるには、魔法陣の契約書にサインをしたあと、少なくとも一人以上の血液を吸わねばならぬ。
ヒガリ王国は魔法を使える才能の有る者は少ないがおるのじゃ。不思議なことに使える者の瞳は黒く、使えない者の瞳は薄桃色なのじゃ。
研究員メンバーは縁 飛魔、縁 桜含めて15人。その中で魔法を使えない者は10人。
この10人の内5人が吸魔鬼となり、残りの5人はその血液を与えて死んだのじゃ。
そして、16年前、吸魔鬼が蔓延り、国王は魔王を討伐した。ま、今となっては討伐しそこねたということじゃな。」
「つまり、、、エマリカの身から出た錆じゃないですか! 恨まれて当然ですよ! 」
「全くもって、その通りじゃ。じゃが、どうしようもない。」
ミーテは黙った。
確かに。最早ここまで来たらどうしようも無いだろう。
「私は、、、死にたくありません。お父さんにも死んで欲しくはありません。マーリン学長、お父さんは生きているのですか? 今どこにいるのですか? ひょっとして魔王に連れ去られたのではないのですか? マーリン学長は何か出来ないのですか?」
「わしは、無理じゃ。」
マーリン学長は項垂れた。
「わしはあやつを殺せないのじゃ。」
「何故なんですか!? 」
尚も食い下がるミーテの目から一滴の涙が落ちた。
「わしは、魔王の才能に、、、惚れてしまったのじゃ。」
シンッと静寂が広がった。
ポカーンとミーテの口が空いている。
俺の口も空いている。
その様子を見たマーリン学長が慌てて手を振って否定した。
「まてまて、別にわしは男色ではないぞ。勘違いせんでくれ。
わしにはあの宝石でもお金でも返ることの出来ない才能の塊を潰す事がどうしても出来ないのじゃ。
じゃから、ミーテ。そなたにやってほしい。」
「えっと、確かに、私はいつでも魔王と戦う覚悟ですけど、でもどうやって? 」
「この夏の間にそなたの内に秘める魔力を自由に使える様に特訓するのじゃ。そして、必殺技の様なものを習得してもらおうと思っておる。
大きい魔法程、制御は難しく魔力の消費は著しいが、その点は膨大な魔力がカバーしてくれるじゃろう。わしはそなたと会った頃からずっと考えておった。漸くその準備が整ったのじゃ。」
「そ、そうなんですね。ありがとうございます。」
「では、エマリカ王立研究所で特訓するぞ! ついて参れ。」
「は、はい。」
向かった先はエマリカ学園の北の建物の2階だった。
その一室に入ると、一枚の大きなマダムの絵が壁に飾ってある部屋に出た。
これってあれか!?
ハ■ー・ポッ■ーみたく合言葉で開くとか!?
マーリン学長が鍵を取り出して絵の額縁に付いていた鍵穴に差し込み、カチャリと音をたてた。
そして手動で絵を横にズラす。
なんだ。手動か。魔法じゃないだ。
ちょっとガッカリした俺を余所に、絵が横にズラされていく。
その奥には一本の銀色の鉄柱が見えた。なんか、見たことあるな。
そうか、あれに似ているんだ。消防署のあれ。
鉄棒で降りるっていうあれに似ているんだ。
鉄棒は下まで続いている。
「さて、降りるか。」
マーリン学長は鉄棒に掴まった。
するすると鉄棒で降りていく俺とミーテとマーリン学長。因みに俺はミーテの頭に乗っている。
何よりも驚いたのはマーリン学長高齢なのに鉄棒降りれんのか! ってとこだった。
魔法で飛べば良いのでは? っと思ったが、何でもこの棒で降りないとトラップが作動するらしい。
どんな仕掛けだよ!
降りたところには3人の兵士が待機していた。
そして真っ白な床が続いていた。壁も天井も白い。
奥から白衣を着た男が歩いてきた。
「マーリン学長、そちらの令嬢が例の?」
「左様。魔王を倒せるのはこの子とわしらに掛かっとる。」
「畏まりました。」
その研究員に続くとこれまた真っ白な部屋に通された。
大きな硝子の窓が付いており、そこから四~五人の白衣の研究員が覗いている。
部屋の中の研究員が壁のフックに丸い的を引っ掻けた。
「其では始めていきましょう。先ずは今ある魔力を全部出しきってください。その後に、更に魔法を使ってください。
ふらついたり気分が悪くなったら直ぐに言って下さい。」
ミーテの特訓が始まった。