トマトは気づかぬ内に1つフラグを潰している
洞窟の前はぬるい風が吹いている。
俺は体を振って水しぶきを飛ばした。
さて、どうやって帰ろうか。
軽率だった。楽しすぎて泳ぎまくって、気がついたら遭難だなんて、笑えない。
そういえば、俺GPS付きの首輪してるよな。
待っていた方が向こうから見つけてくれるかもしれない。
勝手に遭難しといて虫の良い話ではあるが。
闇雲に動くよりは良いかもしれない。
海は楽しいが危険をはらんでいることを、俺は身をもって知った。どっと疲れが出てきたのでその場にへたりこむ。
ざざぁぁぁん、ざざぁぁぁん。波の音がさっきよりも少し恐く感じる。
クァー、クァー。
海の方を見るとカモメが数羽飛んでいた。
不思議とその光景を見ていると、少し癒されてくる。
ボーッとカモメを見ている内に辺りは茜色の空に代わり始めていた。
「トマトー!」
ミーテの声が聞こえた。辺りを見回すが誰もいない 。
幻聴か?
ガシッと上から下りた手が俺をつかんだ。
ハッ! として見上げるとミーテが浮いている。そしてミーテは、スタッと地面に着地した。
上から他にも人が降り立ってくる。
「まさかこんなところまで流されていたとは思いませんでした。」
エドワード王子が優雅に着地した。そのとなりにベレニケも着地する。他にもミネルバやイスカ、ウォーゲルにミクラー、スチュワートが次々と降り立った。空から俺の事を探してくれていたようだ。
「良かったね、ミーテ。トマトが見つかって。」
ミネルバがホッとしたように胸を撫で下ろした。
「本当、人騒がせなんだから~。」
イスカが呆れたようにため息をもらす。
「皆さん、ごめんなさい。」
ミーテが俺を持ち上げ謝った。
え、あ、ごめん!ミーテ!俺のせいでまた迷惑をかけてしまった。
「無事に見つかったのでしたらよいのではなくって? 」
ベレニケがフォローしてくれた。
「ま、お陰でボートに乗せるって計画が台無しになったけど。」
「こら、ミクラー!」
ウォーゲルがミクラーを睨む。
「あのボートは止めといて正解だろう。」
ボソッとスチュワートが呟いた。
ウォーゲルがビクッとした。
「おや、スチュワート。なぜそう思うのですか?」
「穴がボートと同じ色の泥で塞がれていた。海に出て暫くしたら沈むだろう、あれは。」
ベレニケがジロッとスチュワートを見やる。
「まあ、なぜその事を皆に言わなかったのですか?」
「なんだその俺が犯人みたいな言い方は。少なくとも俺達は魔法が使える。ボートが沈んでも自力で助かるだろう。それに、俺は別に誰かさんの作った作戦を邪魔するつもりも関わるつもりもない。」
「誰かさん? まあ、何方のことかしら。検討はついていらっしゃるの?」
「さあな、どうでも良いことだ。ところで。」
スチュワートは洞窟を指差した。
「皆はこれからどうする? 俺は少しこの洞窟を探検したいんだか。」
「スチュワート、一応ここは私の敷地なので私に許可をとってくれますか?」
スチュワートはエドワード王子を見る。
「洞窟に入ってみたいんだが、エドワード王子。」
「駄目です。」
駄目なんかい!
「もう直ぐ暗くなります。ここに来るまでに魔力も消費しました。残った魔力で帰りましょう。」
ミーテもうん、うんと激しく首を縦に振って頷いている。余程洞窟に入りたくないんだろう。
「、、、分かった。」
エドワード王子正論だな。正直俺も早く帰りたい。
「明日の朝なら構いませんよ。」
「へ!?」
「え!?」
スチュワートと、なぜかミーテが同時に驚いた。
「ここの洞窟は私も入ったことがありません。今のうちに把握しておくこともよい勉強になるでしょう。」
「まあ、素敵ですわ。」
ベレニケが微笑む。
「そうね、面白そう!」
イスカはワクワクしている。
スチュワートも心なしか表情が少し嬉しそうだ。
ミーテはガーーーンとしている。顔が。どうした、ミーテ。
ミネルバは不安そうにハラハラしている。
ウォーゲルは頭を抱え、それをミクラーは楽しそうに見つめている。
洞窟かー、あれ、待てよ。
さっきの魔動物の蝙蝠、この洞窟に入ってったよな。魔動物って貴重だよな。
蝙蝠、エドワード王子達に見つかったら捕まえられるのでは?
そして、そもそもの原因は俺が流されてここに来ちゃったからで、、、ごめん!さっきの蝙蝠!!!!
え、どうしよ、まじでどうしよう。
よし、もし蝙蝠がエドワード王子達に捕まえられそうになったら全力で助けよう!!
その後皆口々に「クムモオウヨシウヨジ。」と唱えて浮き上がり、空に上っていく。俺はミーテに抱えられて空へと飛んだ。洞窟がどんどん小さくなっていく。眼下には夜の濃い緑色の海が広がり、向こうの方には灯りが見える。別荘の灯りだろう。
風が少し涼しくなった。
そのまま空を進み、皆で別荘の庭に降り立つと玄関の扉が開いて、初老の執事、セバステに迎えられた。
別荘に入った皆はそれぞれの部屋に戻った。
部屋割りはミーテ、ミネルバ、イスカで一部屋。他はそれぞれ個室のようだ。
部屋に戻ったミーテ達は、部屋で待機していたメイド達によって着替えさせられ始めた。夕食用にドレスを変えるのだそうだ。俺は別の部屋に連れていかれた。
別の部屋では浴室があり、そこに。
「ガゥ!」(貴様もここに来ていたのか!)
狼のシーザーと、
「ゴォォォ。」(久しぶり。)
ワニのサニーも風呂に浸かっていた。
俺は返事をする前にメイドにバシャバシャと巻き毛を洗われた。
塩臭さがなくなった俺はシーザーとサニーの入っている風呂の階段状になっている場所に体を入れ始めた。
あれ? ぬるい?
「ワン。」(これ、温泉じゃないのか。)
「ガゥ?」(オンセン?)
え、温泉って知らないのか? そりゃそうか。俺は現世では人間だったから知っているけど、シーザーやサニーは動物だから知らないよな。
「ワン。」(あ、いや何でもないです。)
「ゴォォォ~。」(ここは私達魔動物専用の浴室なの。自由に入れるの。)
へぇ~。そうなんだ。
サニーはぬるま湯の中に戻ってスイスイと泳ぎ始めた。
シーザーはぬるま湯から上がり体を振って水しぶきを飛ばす。
俺もそれに習った。
すると、すかさず浴室の端にいたメイドがバスタオルを持って此方にやって来て体を拭いてくれた。便利だな。
メイドに耳を拭かれながらシーザーが此方を向いた。
「ガゥ?」(今日は何処に行っていた? 随分と貴様の飼い主が探していたぞ。)
「ワン。」(海に行って、そのまま流されてしまって。)
「ガゥ。」(よく無事だったな。)
「ワン、ワン。」(たまたま魔動物の蝙蝠が通りがかって俺を魔法で助けてくれたんです。)
「ガゥ? ガゥ。」(魔動物の蝙蝠? そうか。海岸の端の洞窟の所か。)
「ワン!」(知っているんですか?)
「ガゥ。」(飛んでいた所に出くわした事がある。基本無口だが俺とは気が合った。色々話したがその日以降会わないことにした。人間共の目に入ると危険だからな。)
「ワ、ワン。」(あー、えっと~。実は明日エドワード王子達と洞窟に行くことになりまして。)
「ガゥ!」(はあー!?)
「ワンー!」(すみません! 迎えが来ると思って思わずその場で待機してしまって。迎えが来て帰るかなと思ったらスチュワートが洞窟に入りたいって言い出してしまって。それで。)
「グルルル!」(何をやっているんだ!貴様は!)
いきなり吠えたシーザーに対してメイドはパッとバスタオルを離した。
「ガゥ。」(全く。まあ、仕方がないと言えば仕方が無いが。もう少しトトの身を案じてやらなかったのか。)
「ワン?」(トト?)
「ガゥ。ガゥ。」(あの蝙蝠の名前だ。しかし、スチュワートか。あやつは何を考えているんだ?)
確かにスチュワートの行動は不思議だ。ボートの底に穴が空いていても指摘しない。洞窟には入りたがる。ひょっとして自分の興味のある事だけのめり込むタイプなのかな? それ以外は関心を示さないとか。研究者タイプってやつか。
「ガゥ。」(そういえば、貴様の飼い主の友達の赤い奴。あやつに色々話していたぞ。)
ん? 赤い奴ってもしかして赤いドレスを着ていたイスカの事か?
「ワン?」(イスカの事ですね。話していたって誰が何を?)
「ガゥ。」(スチュワートが貴様の飼い主の事についてをだ。確か、貴様の飼い主ミーテがこの国の出身では無い、元平民だ、とか。エドワード王子が好いているのはミーテであって君では無いとか。君ははなから眼中に入っていないとか。そんな事を言っていた。)
えええええ!!!!? 何でスチュワートがその事知ってんだ!?
それに、まるでイスカがエドワード王子を好きみたいな言い方していないか?
「ガゥガゥ。」(俺は人気の無いところが好きだから別荘の裏手の庭にいた。そしたらスチュワートがそのイスカとやらを連れて現れた。てっきり逢い引きかと考えたが耳に入ってきたのはそういう内容だった。)
「ワ、ワ、ワン。」(ま、マジかよぉぉぉぉ。どどどどどうしたら。てか、イスカはエドワード王子の事が好きなのか?)
、、、待てよ。もしスチュワートの言う通り本当にイスカがエドワード王子の事を好いていたとしたら、更に元平民の癖に今の身分が伯爵令嬢とそこそこ上だなんて知ったら当然、、、もの凄く嫉妬するんじゃないか?
そもそも活発そうなイスカがミーテやミネルバのような大人しめのグループに入るなんて変だと思っていたが、もしかしてエドワード王子が仮面舞踏会でミーテの所を訪れていたことを知っていたんじゃないか?
だからエドワード王子に近づくためにミーテの側にいたとか、、、お、俺の考えすぎかもしれん。
だが、もしこの考えが当たっていたら、いや、例え当たっていなくとも、スチュワートの行動は明らかに婉曲にミーテを攻撃させようとしている。一体スチュワートに何の得があるというんだ?