ヘッセン伯爵家へ帰省 新たな命
夏の7月初め。
エドワード王子からのお誘いの日が一週間後まで迫っていた。
ギラギラと太陽が照りつけ熱された石畳の上。
馬車の音がガラガラと響いている。
学園は夏休みに入り、俺とミーテは実家であるヘッセン伯爵の家に馬車で帰っていた。
暑さでくったりとした俺の頭を、わしゃわしゃと撫でながらミーテは窓の外をぼーっと眺めていた。
「色々あったなぁ。」
時計塔の赤い屋根が見えてきたところで呟く。
確かに色々あった。
結局エドワード王子から招待状を貰った後、ミーテは【海辺の別荘対策】というタイトルのノートを作成。毎晩うんうん頭を悩ませながらそのノートに何かを書き込んでいる。
因みにミーテの夢遊病対策はヘッセン家のエリザベスとマーリン学長のお陰で解決した。
ミーテはエリザベスとマーリン学長に手紙を送っていたらしい。
エリザベスには新たに窓に付ける南京錠が欲しい事を伝え、マーリン学長には寮の警備の強化の必要がある事を伝えたらしい。この時もまだ、ミーテは自分が夢遊病であることに気付いていなかった。
その後エリザベスから新たに南京錠が届いた。
そして、マーリン学長にはミーテが呼び出された。
マーリン学長曰く、学園と寮の結界は生徒と教師しか通ることが出来ない様になっているから強盗が入り込むことは出来ない、とのこと。
だったら何故俺が強盗に捕まっていたのかという話になり、寮の護衛の人に話を聞いた結果ミーテが毎晩寮から飛び出していたことが発覚。なんでも、護衛の人はミーテの事を動きが人間離れだったから幽霊だと思っていたらしい。
護衛の人の中には、ミーテが横に寝たままの姿勢で空中を浮遊しているのを見た者もいる。
マーリン学長曰く何者かが風の魔法で寝たままのミーテを寮まで送っていたのでは? と推測していたが、恐らくエドワード王子のことだろう。
マーリン学長の話を聞いて始めてミーテは自分が夢遊病であることに気づいた。
漸く自覚してくれたことに俺はほっとした。
取り合えず部屋を施錠することで夢遊病対策は解決した。
「はい。どうどう。」
御者の馬を止める声で我に帰ると、いつのまにかヘッセン伯爵のお屋敷の前に着いていた。
3か月振りだな。
クリーム色の煉瓦で出来たお屋敷は特に変化は無かった。あるとしたら芝生が黄緑色から青みがかった緑色になっている位だろうか。
玄関先でジオルドが出迎えてくれた。
「久しぶりだな!ミーテ!」
「お父様、お久しぶりです。」
ミーテは微笑んだ。
「エリザベスにも挨拶してくると良い。さあ、入って入って!」
何故かジオルドは興奮気味だ。
何か良いことでも有ったのだろうか?
サロンを抜けて階段を上がり、エリザベスの部屋に行くと、オレンジ色の花柄ベットにエリザベスが上半身だけ起こした格好になっていた。
「こんな姿でごめんなさいね。ミーテ。横になっていないと吐き気が酷くて。」
エリザベスの顔は少し青白い。
「お母様ご病気なのですか?」
「違うんだよ、ミーテ。」
後ろにいたジオルドが満面の笑みで首を横に振った。
エリザベスもニッコリと微笑む。
ミーテだけハテナマークが頭に浮かんでいる顔をしている。
「実はね、エリザベスが妊娠したんだ!」
おおおおお!!!!!
まじか!
「本当ですか! お母様、おめでとうございます‼」
「ありがとう、ミーテ。」
いや~よかった、よかった。ここに俺達が始めて来たときは考えられなかったが、仲良くなってよかった。あの時の俺のラッキードックがきっかけなら、ある意味俺のお陰じゃん。
俺凄いかも?
「妊娠3か月と医者が言っていたからね。因みに名前は女の子なら絶対にエリザベスにしようと思うんだが男の子ならヘンリーかリチャードかエリックかザベスか。そうだ! いっそ、全部付けようか? 」
、、、こぶが引っ込みそうな名前になるだろうな。
その日の夕食のビーフシチューをエリザベス、ジオルド、ミーテで和やかに囲み、俺には牛肉ステーキが出された。
エリザベスが先に自室に戻ったところで、俺とミーテはジオルドの部屋に呼び出された。
ソファに座った俺達のテーブルの上にエドワード王子から貰った招待状が置かれた。
「さて、ミーテ。君から送って貰ったこの招待状の事なんだけど。」
ジオルドが悩ましげに頭に手を置いた。
「どうしてこうなった?」
ミーテはう~んと腕を組んで考えた。
「その、私もよく分からないのです。ある日突然ベレニケ公爵令嬢様から頂いたのですが、正直そこまで私とベレニケ公爵令嬢様やエドワード王子とは親しくなかったと思います。」
夢遊病の最中で何度も会っていたなんてこと覚えていないだろうなぁ。
「実はエリザベスにはまだこの招待状をミーテが貰った事を伝えていないんだ。心配してしまうからね。」
あ、そうなのか。まあ、確かに。この時期エリザベスの体に負担になるような出来事は伏せておくべきだろう。
「わかりました。内緒にしておくのですね。」
「そうそう。
それにしても仮面舞踏会の時からエドワード王子は君の事を気に入っていた様だね。」
あの時から目を付けられていたってことか。
「そう、、、ですね。」
ミーテは項垂れた。
「エマリカの王は側室がとれるってこと知っているよね?」
「はい。家庭教師の頃に習いました。」
「側室の意味ってなんだと思う?」
「それは、、、世継ぎをもうけるためですか?」
「表向きはそれが正解だ。というか、それもある。」
「他に意味が?」
「王室から負債が出たら罪を着せて捨てる為の駒でもあるんだ。」
ミーテの瞳がぎょっと見開かれた。
「捨て駒!?」
「一番罪を着せやすいからね。」
ひええええええ。エマリカの王室って恐ええええ。
「大抵そういう役割を一番位の低い側室が請け負うことが暗黙の了解なんだ。だから。」
ジオルドは招待状の入った封筒を指差した。
「エドワード王子にはなるべく慇懃無礼な位に他人行儀な態度をとった方が身の為だ。」
「はい! わかりました。」
というか、ミーテはそもそもジョナサン一筋だから言われるまでも無いだろう。
というか、意外だったな。ジオルドはミーテとエドワード王子がくっついて欲しくないと見える。
そりゃあ側室になったらそんな目に合うのだからそう思うのも無理は無いが、何も側室全員がそうなるわけじゃないだろう。王子はミーテを第一側室に迎えたいって言ってたから別にそこまで徹底的に避けなきゃいけないのか?
こう、王室とのパイプとしてミーテを利用したいとか思わないんだな。
きっとジオルドは優しいんだ。子供が産まれたら良いお父さんになるんじゃないだろうか。
本当、ミーテが養子として入った家がここで良かった。
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