癒し系美少年に対する俺の見解は、、、
ゴスッ 、ゴンッ。
何か鈍い音がする。
「トマトから離れて!!」
この声はミーテ?
ガンッ
「ぐぇっ。」
ひしゃげた蛙のようなうめき声が聞こえた。
体が怠い。
俺は重い瞼を開ける。
そこには、回し蹴りを食らわしていくミーテの颯爽として可憐な姿があった。
「トマト、大丈夫? 」
ミーテが此方に駆け寄ってくる。
周囲には二人の延びきった男たちが倒れていた。
えっと、ここは?
俺はゆっくりと体を起こした。
ミーテはそっと俺を抱えてつぶさに観察し始めた。
ミーテ、助けに来てくれたのか。
空は濃紺から少し水色っぽくなってきている。ここは屋根の上か。
ミーテの目は今はっきりと見開かれている。夢遊病から覚めたようだ。
「痛いところとかない?」
「ワン!」(無いな。大丈夫だ。)
「そっか、そっか。」
ミーテの目は心配から安堵の色に変わった。
「じゃっ。帰ろっか。」
そう言って、ミーテは俺を抱えた。
たたたっと助走を付けて屋根から屋根へと飛び移って行った。
俺達が部屋に戻った時は、朝日で空が茜色に染まっていた。
いつもは寮にはミーテと寮の1階玄関から入っているから、3階から入るのは新鮮だな。
1階玄関前の護衛の人は全然気づかないんだな。
空中はおざなりってことか。
「でもまさか強盗が窓から入ってくるなんて。ごめんね、トマト。護衛の人がいるからって油断してた。」
ん?
もしかして強盗が俺を連れ去ったって思ってる?
王子と会ったことは覚えていないのかな?
あ、そうだ。王子がミーテを側室に考えていることを伝えなきゃ!
、、、そうだった。俺犬だ。伝えられないし、喋れない。
そもそも、伝えたところでどうなる? ミーテは今でもジョナサンのことは好きだろうが、あれほど美しい王子からもし告白でもされたら、クラっと来てしまうのでは? ミーテがもし王子と結ばれたとしても別に問題は、、、あるわ。あるある大ありだ!
ミーテの父親は国王を裏切ったも同然のほぼほぼ罪人。そしてミーテは魔王の姪。更に許可なく国外で転送魔法を使ったし。これら諸々がばれたらミーテは死刑間違いなし。王子が守ってくれたとしても国王が、国民が許すわけがない。ミーテがいつ殺されてもおかしくない道に立たされることになる。
「ワン!」(ミーテ!)
「どうしたの? トマト。あ、お腹が空いた?」
「ワン、ワン!」(違う。王子が。)
「ちょっと待っててね。用意するから。」
ミーテは奥の部屋へと向かった。小さなキッチンのある空間だ。貴族は料理とかしないと思っていたが、出来立て(例えば紅茶)を使用人が直ぐに用意できるように3階以上の階の部屋、つまり伯爵以上の位の子息、息女の部屋にはキッチンが着いている。そのキッチンには小さな食料庫があり、ミーテはそこから俺の餌を取り出そうとしている。
うん。伝えるのは無理だな。俺が動くしかない。
次の日。
「今週行う風の魔法は、まず風を作り、物に風を当て、風で物を切断、風で物を浮かせて、風で自身を浮かせる、という順です。」
そういえば王子は習ってもいない魔法を楽々と使えていたよな。ミーテも既にこの学園に来る前に軽めなら一通りできてたし。
見上げると、ミーテの頭がこくりっ、こくりっと眠たそうに揺れている。
昨日寝るの遅かったからな。
あの後ミーテは2通手紙をしたため、次の日使用人に手紙を出すように頼み、登校した。
こくりっ、こくりっ、、、スースースー。
あ、やべ。ミーテ寝ちゃったよ。
俺はミーテの足の甲を前足でぺしぺしと叩いた。
ガバッと起き上がるミーテ。
がんばれ~。もうちょっとだぞ~。
「月末の魔法テストでは魔法の歴史と火、水、土、風の実習テストを行います。」
こくりっ、こくりっ。
再びミーテの頭が動き始める。
前足でぺしぺし。ゆっくりミーテの頭が上に引き上げられた。
授業が終わった瞬間ミーテは爆睡した。
休み時間ミーテは寝続け、そのまま2時間目に突入してしまった。
2時間目が始まったとき。
コンコンッ。
教室の扉がノックされた。
「失礼します。皆さんにお伝えしたいことがあります。」
ミハエル先生が入ってきた。
「実は一ヶ月ほど治療で此方に来る事ができなかった生徒がいます。今日この日から登校することになりました。皆さん、仲良くして上げてください。」
え、いたの? そんなやつ。
知らなかった。
扉からおずおずと入ってきた生徒は、癖の強い巻き毛で、緑がかった金髪をした少年だった。
グッと何かが心に重く引っ掛かる。
「は、始めまして。僕はルイス・ニューキャッスルと言います。よ、よろしくお願いします。」
消え入りそうな声で言った。
その声、どこかで耳にした。
少年はオドオドとしながらそっと顔を上げた。
翡翠色の瞳。
それを見た瞬間、思い出した
こいつは、俺と俺の兄弟を川に捨てたあいつだ!
最後に俺達の入った箱から手を離した奴だ。
カッと俺の中で憎しみの炎が上がった。
「グッ。」
思わず唸ってしまいそうになったのをこらえた。
「ねぇ、かわいい感じの美少年だわ。」
「本当ね。天使のよう。」
周りの生徒がざわめき始める。
改めてまじまじと見てみた。
確かに美少年だ。びくびくしている感じといい、可愛い子犬の様な美少年だ。
「それじゃあ、ルイス君の席は、、、ミーテさん?」
あ、忘れてた。ミーテは寝っぱなしだった。
慌ててミーテの足をぺしぺしと叩く。
ギクッとしてミーテが起きた。
「ルイス君はミーテさんの後ろの席に座ってください。」
いつのまにか新しい座席が後ろに用意されていた。
ルイス君が、眠たそうなミーテの横を通り過ぎ、座りに行く。
「ミーテさん、後でルイス君に校内を案内して上げてください。食堂と実習室と保健室の3つをお願いします。」
先生が有無を言わさずに言った。
ミーテが寝てたから少し怒っているようだ。
「はい、分かりました。」
ミーテは後ろを振り向き、微かにフリーズした。ほんの数秒。
どうしたんだ?
だが直ぐに
「ミーテ・ヘッセンです。ルイス様、よろしくお願いします。」
様? 身分が伯爵以上なのか? さっきの間は呼び方を考えていたのかな?
「よ、よろしくお願いします。」
途端に真っ赤になってルイスが頷いた。
川での出来事さえなければ可愛い癒し系美少年として見れたのに。
ん?
癒し系?
何か忘れているような、、、!
ふと、別の記憶が甦った。
そうだ! もう一個思い出した。
なんてこった。
こいつ【過去に囚われた Heavenly Maiden】攻略対象の一人
ルイス・ニューキャッスル
国王の弟であるニューキャッスル公爵の次男で花や動物を愛する癒し系の美少年。
主人公とは学園の庭で出会い、引っ込み思案同士意気投合、だったよな。
、、、敢えて勝手に俺個人の意見を付け足すとするなら、いざって時は自分を正当化して動物を捨てる、だな。