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甘~い誘惑には敵わない

バタンッ

保健室の扉が閉まる。


俺は恐る恐る振り返り、ミハエル先生の顔を見た。

ミハエル先生は、放心状態で固まっている。

「ワン!」(おーい! )

俺の声にハッとしたミハエル先生は保健室の奥にあるもう1つの扉に向かった。

扉には【restroom】と書かれている。

その扉をあけて素早く手洗い用の洗面台の蛇口を捻る姿が見えた。

そのまま【restroom】の扉は閉まる。

バシャバシャと洗う音が聞こえてきた。

多分俺の鼻に触れた唇を洗っているんだろう。

俺の初キッスならぬ鼻キッスを受け取れたことを光栄に思えば良い。

ガチャリ

ミハエル先生が出てきた。

長い髪が少し濡れている。

なんか、もう。白衣と相まってよりエッッッロい感じに仕上がっているんだが。

ミハエル先生はソファにどさりと力無く座った。

そしてネクタイを拾うと結び始める。

俺はその間、こいつに一泡吹かせる手段を考え続けていた。

いきなり人の腕を許可無く掴むことは相手にとって相当な恐怖だ。特に女の子なら尚更だろう。

その恐怖を与えた代償に、単なるミーテのお説教を受けただけでは生ぬるいのではないだろうか?

こいつが先程のミーテの言葉を聞いて反省しているかどうかは知らない。

こいつが俺を嘗めたままでいるというのが気に入らないのだ。

先程のミーテの言葉で、こいつに怪我を負わせてはいけないと分かった。

ミハエル先生が恐怖を感じてくれるには、どうしたら良いか?


そうだ! 閃いた!


俺はソファに座った先生の前に行く。

「クーン、クーン。」

「どうしたんですか、寂しいのかな?」

ミハエル先生が俺の方を向いた。

その時、

ミハエル先生と目があった。

今だ!


カチッ


ラッキードック発動!!


視界の右端に6000と表示される。

あれ? 前は600からだったよな?

使う度に数字が増えている? そういえば、透明化のも増えていたよな。

6000からなら大体一時間半位もつな。

今、俺の目線は随分と高い位置に変わっている。

そして目下には目を大きく開けて固まっているトイプードルが。

多分俺は今ミハエル先生の体だから、このトイプードルの中はミハエル先生なのだろう。


で?


入れ替わった後の事、考えていなかった!


えっと、どうしよう。

とりあえず立つか。久しぶりの二足歩行だし。

「よっこらせっと。」

ミハエル先生(俺)は長い足でソファから立ち上がった。

自分の姿を見回す。

黒いズボンに白いシャツに黒いネクタイ。

そして白衣を羽織っている。

あ、右ポケットになんか入っているぞ。

取り出してみると、てか、ミハエル先生の手の指長いなぁ。

青い財布が入っていた。

開けると、日本円にして10万円以上入っている。

頬が緩むのを感じた。

多分端から見たらニターーっと笑っているように見えたであろう。

「ククククッ。」

そうだ。そうだった。犬はチョコレート食えないけど人は食べられるのだ。ラッキードックという入れ替わりの術を持ちながら何故今まで思い付かなかったのだろう。

「おっしゃ! 行くぜ! ヒャッハー!!」

凡そミハエル先生らしからぬ言葉を吐いて俺はミハエル先生の体で保健室の扉を開けて出ていった。

そして、猛ダッシュした。



ダッダッダッダッダッダッ!


「うははははははは!」

俺は今笑いながら南の建物の階段を上っていっている。端から見たら狂気だろうがそんな事は今どうでも良い。

先程会った別の教師に食堂の場所を聞き出し、南の建物の最上階を目指して全力で向かっている。

前の体よりも随分と動きやすい。足が長くて二段飛ばしも楽だ。

ダッダッダッ!!

「おっしゃ着いたぞ!」

目の前には天井の高い、これまた豪華な食堂?が表れた。

本当に食堂か? レストランの間違いじゃないのか?

恐る恐る入ってみると、ウェイターとおぼしき男が出迎えてくれた。

「どうぞ、ミハエル先生。」

そう言って奥の教員スペースと書かれたプレートが置いてあるテーブルの1つに案内された。

テーブルには白いテーブルクロスの上に赤いテーブルクロスが重なっている。

「メニューをどうぞ。」

「ありがとうございます。」

ウェイターからメニューを受け取り、て、これ完全にレストランじゃん!

チョコレートの文字を探すが見つからない。

「すみません。」

「何でしょう?」

「チョコレートの含まれる物はどれですか?」

「チョコレート、お食事ですか? それともデザートの方ですか?」

「どっちもで。」

「それでしたらお食事の場合は鶏肉を赤ワインとチョコレートで煮込んだポジョデモーレ。デザートの場合は此方のザッハトルテ、ドボシュ・トルテ、フォレノワール、オペラ、ジャーマンケーキ、シュヴァルツヴェルダー・キルシュトルテ、フォンダン・オ・ショコラになります。」

俺はメニューの値段を確認した。

「じゃあ、今言ったもの全て一緒にお願いします。」

「、、、しょ、食後のお紅茶はお持ちしますか?」

「要らないです。」

「かしこまりました。」

ワクワクワクワク。

チョコレート!チョコレート!

楽しみだなぁ。


暫くすると湯気の立つポジョデモーレと思われる物がやって来た。

うわぁ、見事なチョコレート色だ。鶏肉にチョコレートが掛かっているのか。

どれどれ。

俺はナイフとフォークでそれを一口頬張った。

いくら犬の生活が長いからって流石にフォークとナイフの使い方を忘れちゃいない。

モグモグ。

!?

ちょっと辛い?

甘くない。でもこの独特の味、旨いな。カカオの薫りも広がって、鶏肉うめぇー。

手が進むぜ。

あっという間に平らげてしまった。

右端の数字は3221まで減っている。まだいけるな。

次はケーキが七つやって来た。

ああ、夢のような光景だ。

こんなにも美味しそうなチョコレートのケーキ達に囲まれて。今ここで死んでも一片の悔い無し!!

どれがどれだか忘れたが、取り合えず右端の1番目から頂くとしよう。

デザート用のフォークで一口。

どっしりとした見た目通りチョコレートで外がしっかりコーティングされているが、中に少し甘酸っぱいチョコレートソースが入っており、何度口に入れても飽きさせない。

あぁこれぞチョコレートだ!

2番目はカラメルが上に乗ってあるケーキだ。断面はチョコとスポンジの層状構造となっている。カラメルの砂糖の甘さがアクセントとなりチョコの滑らかさを引き立てている。

甘~い。カラメルがしつこいかと思ったが有った方が断然良いな。

3番目はホイップクリームとさくらんぼが乗ったケーキだ。さくらんぼ!?

驚きつつも口に含むと、さくらんぼとお酒の風味が広がった。ベースはあくまでもチョコレートだが、さくらんぼが随分と主張している。これはこれで良いな。

4番目は長方形のケーキ。

天辺はチョコレートだが次の茶色い層はコーヒーの味がする。大人の味だな。


さて5つ目は、と食べようとしたらいきなり背後から抱きつかれた。

!?

「ミハエル先生~、さっきの埋め合わせしたいから後で行かせて~。」

甘えた様な女性の声に振り向くと、赤縁眼鏡の、、、思い出した。

デデリーン先生だ。

眼鏡外したらまるで別人だということにこの時初めて気づいた。だってさっき保健室にいたのは多分この人だろう。声が同じだ。

食堂はまだお昼前とは言えど人がちらほらいるというのに。

すると横に誰か来た。

「へえー! ミハエル先生珍しい。何時もは保健室で食べるのにこんなに早い時間に食堂にいらっしゃるなんて。ねぇデデリーン先生も行って良いなら私も行きたいなぁ。」

此方はより若い先生。 そうか、もうお昼の時間に入ったのか。

ってそこじゃない!

何故次から次へと邪魔が。

「じゃあミハエル先生三人でしましょうよ。」

奪い合うとか修羅場とか無いどころかミハエル先生(俺)は一言もイエスと言っていないのに事が進んでいるんだが。

つーか邪魔だ! 手を離せ。ケーキが食えん!

右端の数字は998まで減っている。あと16分位だ。

俺には時間制限があるんだ!

「あ、そういえばさっき来たあの子、何時もみたいに内緒にしてくれるように頼んだでしょう? ダメよ。これ以上ファンを増やしちゃあ。去年みたいになるんだから。でも、先生のやり方嫌いじゃないわ~。」

これはやり方を否定してんのか推奨してんのか、どっちなんだ?

てか、やり方って。あのミーテにやった感じか?

何時もあれで切り抜けているってことか。

危ないなぁ。あんなやり方じゃあ薄氷を踏むのと変わらないだろう。ミハエル先生。別の意味でも危ない保健医だな。

「ミハエル先生!」

あ、また別の女の人が来た。

「今日どうしても用事が入ってしまって。今日の救助当番別の方にお願いしていただけませんか?」

「もう、ミハエル先生が断らないからってそんな事頼まないでよー。でもミハエル先生何時もオーケーしちゃうのよね? 優しいから。 そんなミハエル先生だからみーんな好きになっちゃうのよね~。」

いやだからさ、否定してんの? 推奨してんの?どっち?

オーケーするみたいな流れになっているけど、ミハエル先生何時も何でもオーケーしちゃうのか?

右端の数字、900。

ヤバイ。時間が!!

俺はなるべく声音をやさしめで言った。

「手を離してください。今食事中ですし、埋め合わせとかやりません。ほっといてください。」


しかし、3人の雰囲気は途端に静まり返った。

「ミ、ミハエル先生が、、、断った?」

信じられないという風にデデリーン先生は眼を見開き手を離す。

「そ、そんな。何時でも誰でもどんな時でも断らないのに、ミハエル先生、どうしちゃったの?」

知るか! 断るときだって普通あるだろ?

まさか、ミハエル先生は断れない体質なのか?

イケメンで断れないって、そりゃあ自動的にハーレムができてしまうな。

ミハエル先生が望もうが望まないがそうなっているんじゃないだろうか。

だとしたら、ちょっと、ほんのちょびっとミハエル先生が可哀想に思えてきた。

右端の数字が832まで減っている。

やべ! とりあえず今は食べよう!

俺は残りのチョコレートのケーキをバクバクと食べ始めた。


お、美味しいよおおおおお!

涙が出てきた。


ホロリッ

「ミ、ミハエル先生、、、。」

周りの女性達は俺の涙を見て呆然と突っ立っていた。


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