いけない保険医、ミハエル先生
「ワンワン!」(ちょい待ち!ちょい待ち!)
ミーテ、ここは3階だぞ!
まさかこの窓から飛び降りる気か!?
7~8メートル位はあるよな。
昨日まで受けていたお嬢様教育、どこ行った?
普通に階段使お。
「ごめんね、トマト。今助けるから。」
窓枠にグッと足を掛けてミーテは、中庭へ跳んだ。
ひいいい!
中庭の綺麗な明るい緑の芝生が迫ってくる。
危なああああい!!
スッットッン
ミーテは両足が地面に着く瞬間両膝を捻り、右に倒れた後に更に上半身を反対側に捻り、
くるんっ
と芝生の上で後ろ回りをした。
なんだ!? 今の着地の仕方は?
更に後ろ回りの勢いを使ってスチャッと立ち上がる。
あ、もしかして、五点着地?
俺が現世にいた頃、恨みを買いやすい職業だったから駅とかで突き飛ばしに合ったときの対処法としてググったら出てきた方法に、確かそういうのが合ったよな。
着地のときの衝撃を体全体で分散出来るとかなんとか。
ミーテは俺を抱えてそのまま中庭を走り、保健室のドアをバタンッと開けた。
「きゃあ!」
きゃあ? 女性の声?
見ると扉近くのソファに上半身裸の女性が、ミハエル先生を押し倒し、ミハエル先生もネクタイが解かれて、大分服や髪が乱れた状態となっていた。
え、ちょっと真っ昼間から何をやられているのですかい?
女性はサッと自分の服を拾い、そのまま俺達の横を走り去って保健室を出ていく。
ミハエル先生はソファから体を起こしてこちらを向いた。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ないですが、できれば次からはノックをお願いします。それで、何でしょうか?」
何でしょうか? じゃねぇよ!
何故、普通に何事も無かったかのように話しかけているんだ?
「蜜蜂に頭を刺されました。対応をお願いします。」
いや、ミーテ、言及しろよ。色々と。そんなドライにスルー。
「分かりました。」
ミハエル先生は薄紫色の髪をかきあげ、解かれたネクタイをソファに放ってこちらに来た。
紐で髪は後ろで結ばれてはいるが今にも外れそうだ。シャツも上の釦が2つ外れているせいか、鎖骨辺りが見える。
どことなく艶かしい雰囲気を漂わせている。
あ、危ない保険医だ!
そのエロい雰囲気のままこっちくんじゃねえ!
そして、ミハエル先生はミーテの頭に触ろうとした。
「グルルルッ。」(ミーテに触れるな!)
思わず俺は唸り声をあげる。
「先生。私ではなく、トマトです。」
「ああ、トマト君の方ですか。」
ミハエル先生は俺の頭に触れた。
「ここですね。」
俺の毛をモシャモシャと掻き分けてある一点を見つめるミハエル先生。
「大分腫れてきていますね。それに頭は危ない。トマト君をそこのテーブルに置いて下さい。」
ミーテは俺をテーブルへと運んだ。
先生は両手の薬指を俺の頭に置く。
「クドゲ、レオナ。」
唱えた途端、体に何かが流れて来る。
流れは2つ。
左の薬指と右の薬指から別々の流れを感じる。
その状態で数分ほど過ぎた。
「はい、もう大丈夫ですよ。毒消しも回復も終りました。」
すげー。全然痛みがなくなったよ。
「今のは片手で回復魔法を、もう片方で毒消し魔法を行ったのですか?」
「そうです。」
「別々の魔法を同時にかけるにはコツとかはありますか?」
「二つの事を平行して考える訓練を10年程すればできるようになりますよ。この学園の教師であれば3人に1人は可能でしょう。」
「あの、もしかして保健室に行くよりも目の前の先生に治療してもらった方が良かったですか?」
「まあ、回復も毒消しも他の先生方は勿論可能ですが、使用できる魔力は有限ですから。私は日々回復や毒消しの為だけに魔力を溜めています。恐らく先生方の殆どはここに来るように言うと思いますよ。」
ミーテはほっと胸を撫で下ろした。
「ミーテさん。魔法のコツをご存知ですか?」
「コツとは?」
「魔法はそれを唱える際、いかに具体的にイメージ出来るかがコツなんです。魔法を発見したジェイフ・ナフは傷が治ることを願ったのではなく、太い血管が繋がれ、新しい細胞を作れと具体的に願ったからこそ魔法が発動できたと言われているんですよ。」
「成る程。」
「保健室で治療を受けたという証明書を作りますからここに名前と学年と理由を書いてください。」
ミハエル先生は紙とペンをミーテに差し出す。
ミーテは受け取りサラサラと書き込んでミハエル先生に紙を差し出した。
「そうそう。そういえば。」
ミハエル先生はミーテが差し出した紙、ではなくミーテの手首を掴み、ミーテを引っ張った。
「な!?」
ミーテの目が驚愕に見開かれる。
な、な、何しとんだ貴様はああああ!
思わず保険医の腕に噛みつこうとした俺を、ミーテは捕まれていない方の手で押さえ込んだ。
ミハエル先生はミーテの耳に囁いた。
「こんな時でも随分と冷静ですね。魔動物が他人に危害を加えた場合、殺処分されると知って冷静に対応するとは。」
そ、そうなのか!? ミーテ、俺のために。
「ミーテさん、1つ私のお願いを聞いてくれませんか?」
「お断りします!」
「簡単な事です。先程のを見なかった事にしてくれませんか?」
「職務怠慢! 給料泥棒! 他の先生でも回復と毒消しができるならあなたが保険医である必要はないでしょうが! 」
ミーテ、、、結構ズバッと言うな。
「なら、あなたも今から共犯になりますか?」
共犯? えと、つまり。さっきみたいな事をミーテにするってこと?
ゆ、許さんぞ! そんなふしだらな行為、お父さんは、じゃなくて、俺は許さないぞ!
ミハエル先生が更にミーテに顔を近づける。
やっぱりてめぇは危ない保険医だったんだ!
そのとき、ミーテが俺を押さえていた手が俺を掴み、俺は片手でひょいっと持ち上げられた。
皆様ご存知ですか、犬の顔の構造上口より鼻が前に出ております。
結果、俺の顔はミーテとミハエル先生の顔の間に入り込み、、、、。
チュッ
ミハエル先生の桃色の唇に俺の鼻が、クリーンヒットした。
ミハエル先生、ねえ、知ってる?
犬の鼻って常に濡れているんだよ。
ばっとミハエル先生はミーテから、というか俺から離れた。
「そうだ、授業に戻らなきゃ。ミハエル先生ありがとうございました。トマト、あ、どうしよう。」
ミーテは手提げ袋を見た。どうやらまた俺を入れるのは心苦しいのだろう。
「ミハエル先生、先程の事は言いませんがこれからは職務に専念してください。緊急時の対応が遅れたら命に関わるでしょう。それに、真面目に職務を行っている人達に対して失礼だと思います。少なくともこの保健室ではやる行為ではありません。あと、言わない代わりとして、私の授業が終わるまでトマトを預かってください。」
ん?
「トマト、お昼にまた来るから。ちょっとここで待っててね。」
え!?
「ミハエル先生、よろしいですよね?」
ミーテの目が三日月に細められた。めっちゃ怖い。
笑っているのに薄ら寒い雰囲気を醸し出している。
「は、はい。」
ミハエル先生はその雰囲気に少し青ざめた。
てか、俺、こいつとここにいないといけないのか!?
ミーテはサッと扉を開けると保健室から出ていった。
そんな、冗談だろ?
うそおおおおおお!いやだああああ!