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魔王が動く

パタパタパタパタ

一匹の透明なカゲロウはエマリカ王国上空の結界の外で飛んでいた。

カゲロウは発動された魔法の魔力を吸収して解除することはできるが、それはあくまで魔王がその魔法の発動の仕方を知っているものに限られる。

エマリカ王国特有の国ごと包む巨大な結界の作り方は、魔王でさえも分からなかった。

暫く飛び回っていたカゲロウは結界から離れて空に向かう。

そのまま上昇し続ける。


やがて雲の上まで到達した。

頭上は雲の届かぬ真っ青な空間が広がり、眼下は雲海が広がっている。

煌々と照りつける太陽を遮るものは何一つ無い空間。

青々しい空のある一点に黒い穴がぽっかりと開いた。

カゲロウは素早くその穴に飛び込む。

それは魔法で今は青い空の色と同化させている魔王の本拠地、巨大な飛行船が、帰って来たカゲロウを迎えるために開いたものだった。




巨大な飛行船の中身は紫色に金色の線が幾つも入った壁をした、入り組んだ構造となっている。魔王の仲間達はここに住んでいる。

飛行船の中央には三階まで突き抜けた吹き抜けの構造があり、天井の大きな丸窓から日の光が艦内に降り注いでいる。

光が降り注ぐ一階の地面には、畑が広がっており、艦内だけで自給自足可能な設備が整えられている。


飛行船の三階の小窓が開いた。魔法による自動結界により、外気の出入りが遮断され、カゲロウだけが入る。

「お帰り、カゲロウ35号。」

そう言って、飛び込んできたカゲロウをキャッチした石蛭は持って来た注射器をカゲロウの腹部に射した。

カゲロウは発動された魔法の魔力を吸うことで蓄魔が出来るが、発動された魔法に出会わなければこのように魔力を注入しなければならない。

蓄魔の終わったカゲロウは再び飛び立ち、魔王に与えられた命令に従って飛び去った。

「石蛭、相変わらずカゲロウ一匹一匹よく見分けられるわよね。作ったあたしですら分からないのに。」

白衣を着た魔王が研究室から出ながら言った。

「飛魔王様、ご休憩に入られますか?」

魔王はゴム手袋を外しながらそうね、と答えた。

「あたしの部屋に30分間は誰も入れないように伝えておいて。あと、ミルクティーをあたしの部屋にお願い。」

魔王は脱いだ白衣を石蛭に渡し、スタスタと自室へと向かう。

「かしこまりました。」

石蛭が頭を下げたとき、ピタッと魔王が止まった。

くるりと振り替えり、はぁ、とため息をつく。


「石蛭、何十回も注意しすぎて最早注意する事をこの頃忘れそうなんだけど、いい加減に飛魔王って呼ぶのを止めてって言っているでしょう。魔王と呼んでちょうだい。」

「、、、かしこまりました。」

「治める国の無いあたしは王じゃないの。あたしは魔王なの。魔法の頂点に君臨している王ってことで魔王と呼ぶべきなの。いいわね?」

「了解しました。飛魔王様。」

「、、、」

「あ、だ、大丈夫です。他人の前ではちゃんと飛魔王様のことを魔王様と呼んでいますから。」

魔王はチベットスナギツネの様な目をした後、再び前に向き直り、自室の扉を開けた。

丸い小窓の付いたレトロな造りの部屋に入り、ドサッと革張りの黒いロッキングチェアに座る。

暫くゆらゆらとイスを揺らしていたが、ふと横にある漆塗りの机の引き出しを開いた。

写真立てを取り出す。

それはルドマンを連れていく際、家の中を探った時に見つけたものだった。

因みに証拠隠滅として家は後で丸々焼いた。

白黒の家族写真。

左は憎きルドマンが座り、右には魔王の妹の桜が座り、真ん中には娘とおぼしき幼い少女が座っている。

三人共、幸せそうな表情をしている。

「顔は桜に似ているわね。でも髪はルドマン似。」

魔王は真ん中の少女、ミーテを見つめた。

実は既にこの娘がミーテという名前でエマリカ学園にいることは知っている。

「そうだわ。写真を撮っておきましょう。」

魔王はよっ、と勢いをつけて椅子から立ち上がった。

そして机の上の大きな水晶玉を手に持ち、扉に向かう。ガチャリと開くと、ティーセットを持った石蛭が立っていた。

「石蛭、そのティーセットはあたしの机の上に置いといて頂戴。あたしは今からルドマンの所に行くから。」

「かしこまりました。」

「あと、カメラとレフ板をとってきて。」




魔王はルドマンを閉じ込めている部屋に入ると、カメラをセットし始めた。

「貴様、私の写真なんか撮る気か?」

巨大な金の鳥籠からルドマンが魔王を睨んだ。

魔王は口に手を当てて高らかに笑った。

「おーほっほっほ。あんたの今の写真を撮るのも一興と思ってねぇ。精々悲壮感の漂う顔をして頂戴。石蛭、レフ板を其処に掲げて頂戴。」

「かしこまりました。」

石蛭はレフ板を持って立った。

この世界のカメラは通常一枚撮るのに1時間掛かるが、このカメラは一枚撮るのに30分で済む。

魔王は水晶玉をチラリと見た。

水晶玉に文字が浮かび上がる。

【なんて悪趣味なやつなんだ。まてよ、まさかミーテにこの写真を見せる気じゃないだろうな。ばら蒔くなどされたら大変な事になる。】

ルドマンは知らないだろうが、この魔王の水晶玉は心で何を考えているのか映し出す事が出来る。

ミーテがエマリカ学園にいることも既にこの水晶玉で分かっているのだ。

魔王はその様な表情をおくびも出さずに、

「あんたがいつまでも娘の居場所を言わないから、迷子のお父さんを預かっていますってタイトル付けた写真でも作ろうかと閃いたのよぅ。」

と嘯いた。

「本当にやることなすこと悪趣味だな。服と同じく。」

「お黙り! あたしの服の何処が悪趣味だって言うよ!」

今日の魔王の服装は薄紫色の生地にフリルが袖口と胸元に付いたブラウス、アメシストが揺れる黒いチョーカー、金のススキの刺繍が入った黒いズボン、そして黒と紫の混ざった柄のヒールである。

水晶玉には、

【つっこむところはそこでいいのか?】

と出ている。

そのままルドマンは黙りこんだ。

魔王も黙りこむ。


30分後


魔王はルドマンの部屋から出て自室へ帰り、冷めたミルクティーを飲んだ。


コンコンコンと扉がノックされた。

「お入り。」

入って来たのは石蛭ではなく、髪の黒い、そして瞳も黒い男だった。

秋桜(こすもす)、どうかしたのかしら?」

「明日から魔王様はシロリア王国へと向かいますので、その準備が整いました。ご注文の服装は本当にこれで宜しいのですか?」

秋桜の手にはモジャモジャの鬘と薄汚れたよれよれの白衣と地味なベージュの上下の服がある。

「いいのよ、それで。駄目な研究員って感じを出したいから。それに今回は前よりも少しばかり長めに滞在するもの。」

「なにも魔王様自らが潜入せずとも。」

「くどい。それ何度目かしら? あたしの演技力じゃないと駄目なのよ。ばれるのよ。何度も言わせるんじゃないわよ。」

「申し訳ありません。」

「さてと、明日から暫く帰ることは出来ないし、ギリギリまで改良しておこうかしら。秋桜、白衣持ってきて頂戴。」

「かしこまりました。」

秋桜は部屋を出ていった。


さてと、これからが大変なのよ。

魔王は小窓から外を眺めた。

雲海の隙間からエマリカ王国とシロリア王国の国境辺りが顔を出していた。

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