お茶会で素敵な友達
俺が2人の沈黙にやきもきしていると、エリザベスが此方を向いた。
「ミーテさん、このガラシュケーキ、とても美味しいわよ。ミネルバさんもいかが? 」
そう言って2人の前に茶色いケーキを取り分けた皿を置いた。
あれ?
この、匂いは!
この甘そうで絡み付くような匂いは!
チョコレート!!
俺の理性はチョコレートの彼方へ吹っ飛んだ。
前世での俺の好物。それはズバリチョコレート。
あの舌に残る甘さと、ねっとり感は今でも鮮明に覚えている。
コンビニで買うチョコレートはひょいひょいと口に放り込める手軽さと、一気に力を入れて噛むと氷解する感触が堪らない。
逆にバレンタインデーとかで貰った百貨店のチョコレートなんかは、ゆっくりと口のなかで溶かして深いコクをじっくり味わうのがベストだ。
今俺の目と鼻の先には今までに味わったことの無いガラシュケーキという名のチョコレートケーキがある。木の実とチョコレートの層が重ねられたそれはきっと美味しいのだろう。
気がついたら俺はそれに向かって飛び上がっていた。
ガラシュケーキ! チョコレートケーキ! ガラシュケーキ! チョコレートケーキ!
チョコレート! !
ガシッ
俺はガラシュケーキに届く前に空中で首根っこをキャッチされた。
ミーテだ。
何と俺の方を見もせずに右手で首根っこを掴んでいる。
野生の勘?
あああああああチョコレートおおおおおお!
なおもジタバタする俺をミーテはゆっくりと床に下ろして行く。
そして此方をゆっくりと振り返った。
あ、この顔見たことある。
夢遊病で俺にキックをかましたときに薄目で此方を見たときの表情。
そうか、これがミーテの怒ったときの表情か。
今わかったよ。
ミーテは俺に囁いた。
「トマト、駄目でしょ。テーブルに乗っちゃ。それに犬はチョコレートを食べると死んじゃうのよ。わかった? 」
ガーーーーン!
頭の中でミーテの言葉がエコーの様に響く。
犬はチョコレートを食べると死ぬ。犬はチョコレートチョコレートを食べると死ぬ。
犬はチョコレートを食べることができない。
項垂れた俺を見てミーテはホッとした表情になった。
「あの、ミーテ様。その犬は魔動物? 」
ふと、横のミネルバが俺の方を向いて言った。
「ええ。名前はトマトと言います。普段は大人しいのですけど。今日はどうしたのかしら。あ、もしよかったら撫でてみますか? 」
「いいの? 」
「どうぞ、どうぞ。」
ミネルバが恐る恐る俺の方に手を伸ばす。
さわさわ。
俺の頭を触れてるか触れていないか分からないくらいの力で撫で始めた。
「可愛い。」
痒くなってきた。でも我慢してやるか。さっきの俺の失態もあるし。
「ミーテ様、トマトはどんな魔法を使えるの? 」
「トマトはね。透明になれるの。」
「透明、そういう魔動物もいるのね。珍しいわ。」
「私、トマト以外で魔動物を見たことが無いのだけれど、ミネルバ様はあるかしら? 」
「そうねえ。実は私、実物の魔動物は今日のこのトマトが始めてかも。お父様がね、王太子のエドワード様と、その婚約者のベレニケ様が確か魔動物をお持ちだとおっしゃっていたわ。あとは公爵家の数人位かしら? 詳しくは知らないけれど。」
「とても希少な存在なのね。魔動物って。そんなに持つ人が少ないなんて、驚いたわ。」
2人は俺の事で会話の糸口を掴んだようだ。
その後、お茶会は無事に進み、最後に皆で俺の透明化を見て終わった。
とても好評だった。
ミーテとミネルバはいつのまにか様付けが無くなるほど親密になっていた。
「ミーテ、私も今年からエマリカ学園に入学するから、その時はまた、よろしくね。」
「勿論! あ、そうだわ! ミネルバ、手紙を送っても良い? 」
「わー! それは良い考えね。私もミーテに手紙を送るわ。」
ミーテはどうやらミネルバと友達になれたようだ。
よかった、よかった。
俺達は馬車に乗って帰った。
空は茜色に染まっていた。