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害悪探偵 晴見直人 シリーズ

害悪探偵 晴見直人(はれみなおひと) ~驚愕ともいえる推理力は、ミステリーの枠を越えてコメディへと変化する~

 僕の名は刈谷(かりや) (ゆう)、高校3年生になる。少し女っぽい名前だが、れっきとした男だ。

 運動神経は普通、学力は中の上くらい、趣味は読書、好きなジャンルはミステリー。どこにでも居そうな普通の高校生だが、家庭環境が少し複雑だ。

 父親は財閥の会長を努め、世間ではかなりの金持ちといっても良いだろう。小高い丘の上にある大豪邸に僕は住んでいる。


 そんな僕の事を、クラスメイト達はうらやましがるが、立場が変われるものなら代わって欲しい。父親に付けられた幾つもの(あざ)が見えないよう努力が必要な事を。クラスの連中は何も知らない。


 人は生まれ持った境遇(きょうぐう)で人生の半分は決まってしまう。(めかけ)の子である僕は、それは酷い扱いで、地獄のような暮らし強いられていた。

 それでも僕は耐え続けた。しかし、唯一の心の支えだった母さんは2年前に他界してしまった。


 僕には失うものは何もない、だからあの計画を。

 推理小説からヒントを得たあの計画を、実行に移した……



 計画を実行した翌日の朝、老いた父親の様子を見に行くと成果は上々で、ソレは冷たくなっていた。


 父親で大富豪(だいふごう)である丹沢(たんざわ) 徳次郎(とくじろう)は死んだ。

 自宅の寝室で、天蓋(てんがい)つきのベッドの上で、あっけなく死んだ。

 ヤツは心臓に持病を持っていて、この状況なら死因は病死となるだろう。


 こうも簡単に殺せるというのなら、もっと早く実行していれば良かった。

 僕は脈が無い事を3度ほど執拗に確認して、いちおう119番に通報して救急車を呼ぶ。

 これが普通の貧乏人なら『病死』で片がつくが、財閥グループ丹沢開発の会長となれば話しが違ってくる。

 救急隊を呼んだはずが、なぜだか警察が押しかけてきて、家の中を勝手に『殺人現場』にすると、的外(まとはず)れな捜索を初め出した。


 捜査員はイタリアから輸入したアンティーク調のドアの指紋を採取したり、悪趣味な金の装飾を施した窓枠などを丹念に調べているが、そんな所を探したところで何も出てくるハズが無い。もしたとえ指紋が出てきても、家族の指紋なら怪しまれる事はないだろう。

 それに、肝心な天井にある1cmほどの小さな穴には目もくれていない。捜査員の目は節穴のようだ。


 父親だが、生前は実に敵が多い人物だった。

 潰してきた競合会社の数は数えきれず、恨みを持っている人数は把握すらできないだろう。

 敵は外ばかりでは無い、社内にも身内にも数えられないほどいる。

 この家には父の他にも僕と兄と姉の3人が住んでいるのだが、3人ともヤツを殺しても構わないと思うほど憎んでいる。

 犯人を絞り込めない無能な警察には、この事件を解決することは出来やしない。



 ……捜査が始まりかれこれ7時間は立つ。

『自宅の寝室で密室殺人、外傷などは一切無い』この状況からして警察が考えている手段は毒殺ぐらいだろう。

 捜査員はコップやら葉巻やら口を付けそうなモノを丁寧に調べている。

 僕の用いたモノは、毒とはいえないモノなので、いくら調べても無駄だ。どこにでも存在していて、検査で検出できるようなモノはないのだから。


嵐山(らんざん)警部補、何も見つかりません」


 捜査員の一人は現場の最高責任者の警部補にそう報告する。


「うむ、分った」


 部下に短く返事をする。警部補の表情は険しい。

 おそらく40代半ばの無精髭を生やしたこの男は、これまで刑事という経験上『何か』に感づいているのだろう。

 そうでなければ7時間もネチネチと捜査を続ける訳がない。

 だが、捜査員達は相変わらずどうでもいい同じ場所を、アホみたいにくり返し引っかき回している。時間の無駄だ。それに、あの場所には近寄りもしない。


「では、ご家族のお方、もう一度お話をうかがってよろしいでしょうか?」


 警部補は我々の方を振り向くと、そういった。

 これで3度目、いや4度目か。もういい加減にしてほしい。


「いえ、知っている事は全て話しました」


 兄が素っ気なく断る。


「そうよ、もう話す事は無いわ」


 姉も嫌気がさしているようだ。


「兄さん、姉さん、人が死んでしまったんですよ、ここは警察に協力しましょうよ」


 僕がなだめるフリをする。

 おそらく内心では、僕が一番ウザいと思っているのだが、その表情は微塵も外には出していない。

 いままでの境遇からこういった演技だけは絶対の自信があった。


「すいませんね、これも仕事なんで」


 警部補が話しを続けようとした時だ、捜査官の一人が近寄り、こう告げた。


「情報提供者が現れました。なんでも犯人を特定する事ができるという事です」


「……よし、ここに通せ」


 警部補がそう部下に命ずる。


 これはどういうことだ?

 僕はミスなど一つも犯していない。

 考えられる事と言えば、あの重い道具を搬入する際に見られていたとか……

 いや、それはないハズだ、カモフラージュは完璧だった。


 目眩(めまい)のように思考が回る。


 だが、よく警部補の様子を見ると、どうもおかしい。

 情報提供者が現れたのだから喜ぶべきはずが、眉間にしわを寄せ苦悶の表情を浮かべている。


 ……そうだ、これは、ハッタリだ。

 こちらの出方をうかがっているだけだ。


 落ち着きを取り戻した僕は、その情報提供者がどんなヤツなのか見極める事にした。

 どうせ大したことの無い粗野(そや)な男だろう。



 しばらくすると、その男は現れた。30才前後の(りん)としたおっさんなのだが、服装がアレだ。

 夏だというのに時代錯誤なインバネスコートを着ている。

 インバネスコートとは、よく名探偵ホームズが着ているあの変わったコートの事だ。

 場違いでも古風な服装で統一していれば、そこそこ納得はいくのだが、下にはTシャツとジーンズという実にいい加減な格好で現れた。


「ガイアク探偵(たんてい) 晴見(はれみ) 直人(なおひと)、犯人特定の為、ただいま参上しました」

 その男はそういって名前を告げる。なんだコイツは?


「・・・やはりお前か」

 警部補がそうつぶやいて、うなだれた。どうやら良くない知り合いらしい。


「警察無線を傍受(ぼうじゅ)してココに来ました。情報提供者と言えば現場に入れると思いましてね。私の思惑(おもわく)通り事は運びましたよ」

 その男は、一歩間違えば犯人のような、そんなセリフを吐いた。


「がいあくって、災害の害に、悪いと書いて、害悪(がいあく)と読むあれですか?」

 僕は気になり思わず聞いてしまう。


「そうだよ、その害悪で間違いはない」


「それって悪口なのでは……」


「世間一般では悪口かもしれないが、どういう訳かこの呼び名は気に入っていてね、君も『害悪探偵さん』と、呼んでも構わないよ」


晴見(はれみ)さんでしたっけ、そう呼ばせてもらいます」


「そう、つれないね君。まあいいや事件をパパッと解決しますか」

 そういって警部補が記述した調書を取り上げ目を通す。


「君、困るよ、いちおう部外者なんだから」


「なんです? 嵐山警部補。私の実力は知っているでしょう?」


「ああ、その実力だけは認めよう……」


 警部補は書類を見る事を黙認をしてしまったようだ。なんなんだこの男は?


「ではここからは私が推理を行いながら犯人を特定します」


 その男は常識では計れない、不可解な推理が始まった。



  ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 晴見(はれみ) 直人(なおひと)と名乗ったその人物は嵐山(らんざん)警部補から奪い取った資料を片手に、この場を仕切り始めた。


「では、まず状況をまとめてみましょう」


 そういうと、手元の資料を一枚めくる


「被害者、丹沢(たんざわ) 徳次郎(とくじろう)

 財閥グループ丹沢開発の会長で非常に傲慢な性格、会社の内外に恨みを持つ者が多い。

 朝、密室状態のベッドの上で死んでいる所を発見される。持病に心臓病あり」


 自ら探偵と名乗ったその男は、続いて理解に苦しむ事を言いだした。


「なるほどなるほど、実に絵になる魅惑的な死に方をされておられる。これは一流の被害者ですね」

 ……何を言っているんだ? 一流の被害者? 金持ちの上流階級という意味だろうか?

 しかも絵になる? 魅惑的? 何をいっているんだ? まったく意味が分らない。


「続いて、この屋敷の同居人、まあ容疑者を上げていきましょう」

 我々家族はこの発言にムッとする。いきなり面と向かって容疑者扱いをしてきた。

 まあ、僕がこの手で殺してやったのだから、その推理は正しいとも言えるが……


「まずは長男の、丹沢(たんざわ) 太郎(たろう)さん。

 丹沢グループの子会社の一つを任されていますが、あまり業績は良いとは言えない。

 なにかと会長の徳次郎さんから叱責(しっせき)されていたとか」


 その発言に兄は反論する。


「もともと業績の良くない子会社だったんです。それに小言(こごと)ぐらいで人を殺したりはしませんよ」


「……まあ、いいでしょう。続いて長女の丹沢(たんざわ) 花子(はなこ)さん。

 あなたは会社の経営に関わる事は許されなかったとか。

 特別な待遇はされず、日々の業務でこき使われて鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのでは?」


 その意見に姉は反論する。


「確かに、特別扱いされない事に不満は抱いていたけど、殺人の動機としては弱くないかしら?」


「……そうですね、そうかもしません。では次。わらわの子刈谷(かりや) (ゆう)くん。高校3年生。

 なんだこれ『わらわの子』って? 母親が貴族の出身とかなのか?」


 そのボケた発言に、僕は突っ込みを入れる。


「めかけですよ、(めかけ)。ようは愛人の子です。名字がちがうでしょ。

 丹沢家の性を名乗る事はゆるされなかったからですよ」


「ああ、そうなんだ、じゃあ、それだ、名前が許されなかったから殺したとか?」


「そんな事で殺すわけないでしょう。もう少し考えて下さいよ」


「うん、まあ、そうだね。それだけだと動機にはならないね」


 この男、大丈夫か? 推理の行き先が不安になってきた。



「さて、嵐山警部補、他に容疑者は上がっていますか?」


「いまのところ犯罪が可能だと思っている容疑者はその3人だけだ、もちろん他にも動機がありそうな容疑者はいるのだが、数が多くてまだ絞りきれていない」


「ああ、わかりました、ほかの容疑者のリストは要りません。私には犯人が分りましたから」


『いきなりこの男は何を言っている?

 まだ被害者と容疑者の名前を確認しただけじゃないか。

 被害者の様子も、現場の状況も、犯行のトリックも、何一つ調べてすらいない。

 この段階で何が分るというんだ、ふざけるのも大概にしろ』


 そう叫びたかったが、僕はそれを表には出さなかった。

 感情にまかせて怒鳴り散らすような事をすれば、それは『僕が犯人です』と自白しているようなものだろう。

 このふざけたハッタリに対して心の底から怒りを覚えるのは、犯人くらいしか考えられない。



 不可解な顔をしている兄と姉と僕の前に、嵐山警部補が解説を始める。


「まあ、納得いかないのは分ります。実際に我々警察も納得はしていません。

 ただヤツがこれから話す事は真実なのです。その点だけは保証できます」


「どういう事なの? もっと分りやすく言ってちょうだい」

 姉がいらだちを隠せず、嵐山警部補に質問をする。


「えー、非常に警察としては言いにくい事なのですが、あの男、探偵晴見(はれみ) 直人(なおひと)は、非常に鋭い勘の持ち主といいましょうか。一種の超能力のようなモノを持っていて、その不思議な能力を使って犯人を特定できるのです。

 いままで彼は17件の事件に関わってきましたが。100%の確立で犯人を特定できています」


『なんだそれは、そんな能力は反則じゃないか』


 思わず、そう言いそうになったが、こんなセリフを吐いたら犯人そのものだ。

 僕は冷静を装う。超能力などあってたまるか。

 こんなアホ面の調査もろくにしない探偵に、僕のトリックを見破られる訳がない。

 

 しかしなんでで犯人が分るんだ?

 ……そうだ、もしかしたらヤツは心理学者かもしれない。

 犯人が動揺するような発言をして、容疑者の挙動や視線を観察しているのだろう。

 犯罪者は無意識に凶器を隠した場所を目線で確認したりするものだ、僕も天井裏にある証拠を抑えられると、有罪はほぼ確定してしまう。気をつけよう。


「では、犯人が誰かお教えしましょう」


 探偵の一言に、辺りの空気が緊張に包まれる、だがこれはハッタリだ。犯人を煽り、馬脚をあらわす為の虚偽に過ぎない。

 しかし、探偵は……


「犯人は『刈谷 優くん』あなたです」


 迷うこと無く僕を指名してきた。

 ……なんだこれは? 確かに僕は犯人だ。だが、マンガや小説じゃあるまいし、名前を指名されたぐらいでベラベラと自供するような事はしない。そんな馬鹿なヤツは現実にいるわけはない。僕は探偵に反撃を開始した。


「なんで僕が犯人だと言うのですか? 動機はなんです?」


 その質問に探偵は素っ気なく答えた。


「知らん」


「では、凶器は?」


「分らん」


「トリックは?」


「どうでもいい、興味がない」


「では、なんで僕が犯人なんですか?」


「それでも私は分ってしまうのだよ」


「……」


 開いた口が塞がらないとは、この事だろう。呆然(ぼうぜん)としていたら、嵐山警部補が僕に声を掛けてくる。


「まあ、納得いかないのは分る。だが君が犯人なんだろう?」


「いやいや、おかしいでしょコレ? なにも動機も根拠も証拠が無いじゃないですか」

 探偵では(らち)が明かなそうなので、僕は警部補に問いただす。


「そうなんだよね、この探偵の能力は犯人は特定できるけど、犯人の特定しかできないとも言える。

 ほかの事は一切分らないみたいなんだ」


「……なんと言われても僕は犯人じゃありません、犯人だというなら証拠を突きつけて下さい」

 そう僕は突っぱねた、こんな事で犯人にされてたまるか。


 そのセリフを聞いて警部補はうなだれる。

「今回のこの事件も迷宮入りか……」


「えっ、この探偵の関わってきた事件は、100%の確率で犯人の特定ができて、解決できるんじゃないですか?」


 その質問に警部補は頭を振りながら答える。


「いや、犯人が分っていても証拠がないと逮捕は出来ないんだ。証拠不十分というヤツだ。

 自白でもしてくれれば話しは違うんだけど……

 君、自白する気はないかい?」


「する訳がないでしょう」


「だよね」


 ……この警部補も相当ポンコツらしい。


「いやいや、彼が犯人だという根拠はありますよ」


 そこへまた、あの探偵が割り込んできた。



    ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



「いやいや、彼が犯人だという根拠はありますよ」


 その発言に僕は躍起(やっき)になって反応してしまう。

「では、その根拠というモノをしめして下さいよ」


「まあまあ、その話題に入る前に私の能力について少し話そう。

 まず、この能力は先天的なものではない、絶え間ない努力によって身についた。

 それは、あるトレーニングを行う事で可能になるのだが、何だと思う?」


「分りません、もったいぶらずに教えて下さい」


「うむ、よかろう、そのトレーニング方法を今からお見せしよう」


 そう言うと、懐から一冊の本を取り出し、探偵は解説を続ける。


「ここに新作の推理小説があります」


「あっ、その本は3ヶ月前に話題になった小説ですね、最新というには少し古くないですか?」

 僕がそう反論すると、探偵が苦い顔をした。そしてふてくされたような口調でしゃべり出した。


「まあ、ほぼ最新と言って良い推理小説がここにあります。

 私は今からこの本を読み解き、犯人を特定します。

 ちなみに私はこういった推理と知識の蓄積を、1万冊以上積み重ねている」


「なんだって、1万冊だって。

 一日1冊呼んだとしても、30年近くかかるじゃないか!」


 そう僕が驚くと探偵はとびきりのドヤ顔をする。


「実に良い、教科書に出てくるような、お手本のような驚き方だ。

 もっと褒めてもらっても構わないよ。君さえ良ければ、私の弟子として採用して上げよう」


「いえ、遠慮しておきます」


「うむ、まあいい。では今からこの、ほぼ最新と言って良い推理小説を読み解く。

 そのスピードを見ておくがよい」


 今まで読んだ推理小説が1万冊か……

 僕は今までどれほどの数の小説を読んだのだろうか?

 おそらく、月に5~6冊ぐらいだ。

 仮に6冊だとして年に72冊。10年としても720冊……

 速読法でも覚えているのだろうか、なんにせよ尋常な数ではない。

 興味津々で探偵の所作を見守る。


 探偵は目の前で小説を読み始めた。


 ペラ…………

 ペラ…………


 僕の予想とは反して、読むスピードは普通の人と変わりない。むしろ遅くすら感じる。

 ところが、10ページも読まないうちに。


「犯人が分りました、もうこの本はこれ以上読まなくても良いでしょう」


 なんと、あっというまに犯人を特定してしまった。

 僕もあの本は読んだが、10ページだとお話の導入の途中で、登場人物がまだ全て出きっていない……

 ……だが、なにか他におかしい気がする。探偵の動作に違和感を覚えた。


 そして僕は気がついてしまった。


晴見(はれみ)さん、その本は右綴じなのに左から読んでいました。つまり本の後ろから呼んでいましたね」


「なかなか鋭いね、その通りだ」


「……その本の面白い所は、犯人が道徳心と復讐心の葛藤(かっとう)の中、苦悩の末で犯行を重ねる。

という所なんですが、そこの所はちゃんと読み取れているんですか?」


「知らんよ、犯人さえ分れば他の事などどうでも良い」


 ……こいつ、最悪だ。オチの部分だけかいつまんで読んでやがる。

 だからこのトレーニングで身についた『能力』では犯人の部分しか分らない。

 これでは動機も凶器もトリックも一切分らないはずだ。害悪探偵と呼ばれている理由にも納得がいく。



 あまりのショックに僕は両膝を床についた。


「どうやら私の偉大さに気がついたようだね」


 探偵は何か勘違いをしているようだ。これはキツく正さなければならない。


「いやいや、その読み方は本を冒涜しているでしょう?

 そんな読み方をしているから、まともな推理も出来ないじゃ無いですか!」


 僕の声は少し怒りでうわずっていた。

 あの本の扱いは酷い、読書家の僕としては許せないものがある。


「いや、私なりの推理と根拠はあるのだが。

 しょうがない、今回は特別に私の論理の構築法を、すこしだけお教えしましょう」


 そういうと探偵は我々の名前を紙の上に書き出す。


『兄、丹沢(たんざわ) 太郎(たろう)

『姉、丹沢(たんざわ) 花子(はなこ)

『高校生、刈谷(かりや) (ゆう)


「さて、なにか気がつく事はありますか?」


 探偵は僕に向かって問う。


「いえ、なにも?」


「いや、これだけでわかるでしょう。ここに太郎さんと花子さんが犯人になり得ない根拠があります。よく考えてみて」


「なんですか? 教えて下さいよ!」


 名前だけで犯人が分るはずがない。この男、どこまでふざければすむのだろう。


「しょうがないですね、答えをおしえます。

 根拠は、太郎さん、花子さん、お二人の名前は実にダサい。

 犯人となれば、やはり風格のある名前が必要です。太郎と花子では残念ながら犯人になる資格を持ち合わせていない。単なるモブキャラの名前だ。

 さて、お二人の名前にくらべて『刈谷 優』はどうです、この人物が犯人なら作品がグッと引き締まるでしょう」


「……僕を犯人に指名した理由はそれだけですか?」


「いや、十分な理由だと思うのだが。

 おそらく10人中9人以上は、この説明で納得すると思うぞ?」


「そんなわけないでしょう?」


「いやいや周りをよく見たまえ、少なくともそちらの二人は納得しているようだ」


 そう言って兄と姉の方を指さす。

 まさか、そんなはずはないだろう。

 そう思っていたのだが、兄が口を開いて予想外の言葉が出てきた。


「そうか、やはり『太郎』では犯人は務まらないか。確かにダサいよな」


「えっ兄さん、何言ってるの? しっかりしてよ」


「そうよね、『花子』もダサすぎるわよね。それに引き換え『優』は格好いいわ。

 しょうがない、犯人をゆずるわ」


「姉さんも何いってるの? 犯人はゆずる、ゆずらないという問題ではないでしょう?」


「素直に認めたまえ、君は犯人にふさわしい名前なのだよ、ザ・刈谷 優くん」


「へんな定冠詞つけないで下さいよ」


「君が犯人だと、全てこの場は丸く収まる。大団円(だいだんえん)だ」


「いや、殺人事件で大団円はないでしょう。人が一人死んでいる事件ですよ。

 それに仮に僕が犯人だとして、動機や凶器はどうなんですか?

 なにもないでしょう?」


「しょうがないな、じゃあ動機を特定しよう。殺人の動機は限られている。

  1.恨みからの殺人

  2.金がらみの殺人

  3.女がらみの殺人

 主にこの三つからだ、さて刈谷 優くん」


 僕の名前をそう呼ぶと、探偵はいつになく真剣なまなざしで見つめてきた。


「……なんですか?」


「どれがいい?」


「は?」


「だから、どれがいいのか選ばせてあげるよ」


「いやいや、選ぶとか、そういう問題じゃないでしょ」


「……決められないなら、私が決めちゃうよ。じゃあ、お金でどうよ」


「僕に相続権は無いですよ、正妻の子供じゃありませんから」


「では、恨みだな」


「いえ、恨んではいませんよ」


 ここで僕は嘘をつく、虐待を受けていた日々を忘れるハズも無い。

 だが、この感情は表にさえ出さなければ、悟られることはありえない。


「じゃあ、女で決定だ。嵐山(らんざん)警部補、被害者の女性関係はどうなんです?」


「妻の他に、愛人の刈谷(かりや) 愛子(あいこ)という女性がいますね」


「じゃあ、その『女性を奪う為、被害者を殺した』これで決まりだな」


「……その女性、僕の母親なんですが。それに2年ほど前に他界しています」


「まあ、細かい事は気にしない。恋人が母親だって良いじゃ無いか。

 動機づけはソレという事で決めてしまいましょう。警部補もそれでいいですよね」


「私は動機より、凶器など証拠が欲しいんだが」


「まあ、それもこの場で決めてしまいましょう。警部補も早く仕事を終わらせたいでしょう」


「そうだな、そろそろ午後5時で定時を迎える。早く帰りたいからとっとと決めるか」



 ……ダメだこの大人たちは。こんな理不尽な話しがあって良いはずが無い。ここは僕が何とかしなければ。



    ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



「さて、嵐山(らんざん)警部補、凶器はどうしますか? 定番のナイフなんかどうでしょう?」


「いや、犯人に外傷はない。それだと無理がある」


「では絞殺ではどうです?」


圧迫痕(あっぱくこん)が一切無い。絞殺も無理がある」


「それなら毒物はどうです?」


「今のところそれらしい毒物は検出されていない。被害者の血液サンプルも調べたが、特別な薬物は検出されていない」


「困りましたね」


 困っているのは僕の方だ。

 探偵と名乗った人物。晴見(はれみ) 直人(なおひと)は僕の使用したであろう凶器を勝手に決め始めた。

 ただ、僕の用いたものは凶器でも毒でも無い。ただ、証拠となるモノはこの殺害現場にまだ残っている。天井裏に転がっている空のボンベだ。


 僕は父親のベッドの上の開けた穴から、二酸化炭素をたっぷりと流し込んでやった。

 二酸化炭素は空気よりも重い。カーテンを閉めた天蓋つきのベッドは非常に狭い密室のようなものだ。そこにガスは溜まり、ヤツは呼吸が出来ずに死んだ。

 窒息死というともがき苦しむようなイメージがあるが、二酸化炭素を使うと眠るように殺せる。それはペットの安楽死にも使われているというのだから、さぞかし楽に死ねたのだろう。僕としてはヤツが苦しむ光景を見れなかったのが残念でしかたが無い。



「では、あれだ、彼は超能力みたいな能力があって、思っただけで人を殺せるんだ」


 探偵がさらに適当な事を言いだした。いくらなんでもそれはないだろう。


「超能力だと仕方有りません。現代の科学力では立証できないので、これ以上の捜査は無意味ですな。切り上げましょう」


 ……嵐山警部補はなんとその意見を採用するようである。警察手帳をのぞき込むと『超能力の為、捜査は不可能』と書かれていた。この探偵も酷いが、この警部補も相当酷い代物(しろもの)だ。


「さて、これにて捜査を切り上げます。これまでご協力を感謝いたします」


 そういって警部補は帰り支度を始めた。



 このまま帰れば、証拠不十分で僕は無罪になるだろう。

 しかし、これでいいのだろうか?

 いや、いいわけがない。

 こんな不条理は許されるハズも無い。


 ……この状態で僕がひっくり返せるだろうか。

 ひとつだけ手段が思い当たる。

 だが、この手段を用いると僕は『破滅』だ。実にアホらしい。


 ……たが、僕には失うものは何もないハズだ。

 この酷い終末を正せるとしたら、自滅するのも悪くないかもしれない。


 運命の決断をして、信念が揺らがないうちに、警部補と探偵に声を掛ける。


「ちょっと待って下さい、僕が犯人です。天井裏を調べて下さい証拠がありますから」


 言ってしまった。これで僕は殺人犯だ。しかし後悔はない。

 だが、耳を疑う返事が警部補と探偵から返ってくる。


「いや、もう定時だし、聞かなかった事にして帰ります」


「そうそう、私も見たいアニメがあるからとっとと帰るから」



「…………おまえらふざけるな!!」


 僕は切れた。

 生まれて初めてありったけの感情を表にした。


「いいか、良く聞け、警部補と探偵がそれで良いと思っているのか?

 いいわけがねーだろーが!」


 その後30分にわたり、僕は怒鳴り散らした。

 探偵がどうあるべきか、警部補がどうあるべきか。延々と説く。

 声がかれ始め、どうにか落ち着きを取り戻すと、そこには正座をした涙目の探偵と警部補がいた。


 僕の罵声が途絶えると、周りの捜査官達からはなぜか拍手喝采が起こる。

 考えてみれば、毎回、彼らに付き合わされる捜査官達か真の被害者なのかもしれない。

 アレらを上司に持つと考えただけで虫酸(むしず)が走る。しかし本当に酷い出来事だった。



 こうして事件は幕を降ろした。

 後日、僕は殺人犯として裁かれる。



    ◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



 あの悪夢の日から3ヶ月が立った。


 殺人を犯したにもかかわらず、僕は刑務所に入らずに済んだ。

 未成年という事と、体に残されたいくつもの痣が虐待の証拠となり『情状酌量の余地有り』と判断されたようだ。


 もしかしたら、こっそり録音していた一連のやり取りを『ネットに公開する』と警部補を脅した事が一番効いたのかもしれないが、今となってはどうでも良い話しだ。


 もちろん、判決の行方は『無罪』とはならなかった。執行猶予がつき保護観察官の監視下に置かれている。

 それだけではない、僕は今、道路をホウキで掃いて掃除をしている。社会奉仕活動というヤツだ。

 刑務所での拘束の代わりに、この活動を押しつけられた。


 いまではこうなってしまった事に後悔をしている。

 なんであの時、あんな事を……


「事務所の前の掃除は終わったかな? では今度は事務所の中の掃除を任せるよ」


 すっかりなじみとなった声が僕に話しかける。


「もう事務所内の掃除は終わっています、晴見(はれみ)先生」


 そう、僕は今、探偵晴見(はれみ) 直人(なおひと)の事務所で奉仕活動の一環で働かされている。

 雑用として、助手として、良いように扱われている。高校の授業が終わった後なので、拘束時間が短いのがせめてもの救いだ。

 ちなみに保護観察官は最悪な事にこの男である。



「では、掃除が終わったら休憩しよう。

 ちょうど良い機会だ。推理小説がなんたるものか、教えてしんぜよう」


 コイツだけには推理小説を語って欲しくない。そこで僕はささいな反撃をする


「そういえば先生、推理小説の禁忌って知ってます?」


「何となくなら覚えているよ。たしか

 『1.犯人は作品の中に登場している人物でなければならない』

 『2.読者が理解不能な機械、トリックを用いてはいけない』

 『3.犯行現場に秘密の抜け道や通路を使ってはいけない』

 あとなんだったかな?」


「事件の解決の方法に『超能力を用いてはならない』って項目ありませんでしたっけ?」


 さてどうだ、この質問にこの男はどう答える。


「そんな事があったっけ? 私はそんなささいな事には興味はない。

 さあ、きょうも元気に警察無線の傍受(ぼうじゅ)をはじめようか」


 こいつ…… 自分の都合の悪い事はすぐコレだ。いい加減(きわ)まりない。

 僕が休憩時間に推理小説を読んでいる最中も、何度となく犯人をバラして来やがった。こんな探偵は小説の敵だ。なんでこんな事になってしまったのだろう……



 こうして僕の地獄のような生活が続く。

 もしかしたら、刑務所に服役した方がマシだったかもしれない。

掲示板で、『二酸化炭素での死に方はかなり苦しい』との指摘を受け、インターネットで調べて見ました。


二酸化炭素中毒になりかけた人の意見では。

・息苦しくて意識を失わない。(かなり苦しい)

・ボーッとして意識が遠のいた。(意識の混濁が先に来た)


ペットの殺処分についても調べて見たところ。意見をまとめると。

・個体差があり、すぐに倒れる個体もいれば、もがき苦しむ個体も居るそうです。

・長いこと痙攣を起こす個体もいるそうですが、意識があるかどうかは分りません。


との意見があり、すぐに気絶をして意識を失うことが出来れば楽に死ねそうですが、ほとんどの個体は苦しむようです。


この作品では被害者は実際は苦しんで死んだのかもしれませんが。

主人公の刈谷 優は、苦しむシーンを一切見ていないのと、『ペットの安楽死にも使われている』という先入観から、「楽に死ねた」と思い込んでいます。


本当はどれほど苦しいか試すのがいいんでしょうけど、下手をするとろくでもない事になるので、これは勘弁して下さい。


ちなみに練炭自殺も楽だという話しもありますが、(こちらは一酸化炭素中毒ですが)

『「練炭自殺は楽に死ねる」はウソだった!』という記事もあります。



最後に、このお話しはフィクションです。

この方法で人が死ぬか分りませんし、実際にはどうなるか分りません。

(仮にこの話しがノンフィクションなら、それはそれで怖すぎますw)


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続編、書きました。よろしければこちらもご覧下さい。

害悪探偵 晴見直人(はれみなおひと) ~四日市渓谷 山荘旅館 非連続性殺人事件~
https://ncode.syosetu.com/n5470en/
― 新着の感想 ―
[良い点] あらすじの異質な雰囲気に興味を惹かれて読み進め、途中でタイトルとジャンルに深く納得した、そんな作品でした。 前半は犯人視点のミステリーらしく綴られ、晴見の推理のやり方が分かってからは、その…
[一言] これは……面白い!! 私の趣味どストライクっていうのもありますが本屋で売ってあったら買うくらいのクオリティです。 ぜひ連載ものにしてほしいです。
[一言] 通常の平地では酸素の量ではなくて、実は動脈中の二酸化炭素の量で息苦しさを感じるように人間は出来てます。 二酸化炭素でで窒息させようとしたとき、さぞや苦しかったことかと思われます。
感想一覧
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