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八月十日の十四ミリグラム

作者: 高木直貴

 起きたくなくても蒸し暑くて起きれる夏は好きや。時間を無駄にしなくてすむ。その代わり毎朝暑さで頭がぼーっとしてシャキッとせえへん。とりあえず上半身だけ起こして右を向く。すぐ手の届くところにタバコの箱と灰皿がある。ベッドから動かなくても最低限文明的な生活が出来るようにこのちゃぶ台を買った時に置いてもらった。

 何故か灰皿の中にあったライターを取って灰を落として火を点ける。自分でも重めのを吸ってる自覚はあるし友達からも「女が吸うもんやない」って言われるけどこいつを吸わなきゃ寝起きの悪いあたしの脳みそはしっかり動いてくれへん。血管に吸い込んだ煙が染みてそのまま頭まで昇っていくのが分かる。熱帯夜で蒸し上がった体温ごと煙を吐き出す。思わず「あぁー」と声が出る。

 一本吸い終わった。もう一本吸うかそれとも朝飯を食うか。考えるためにとりあえず二本目に火を点けた。あぐらだと貧相な胸に比べて無駄に肉付きのいい自分の下半身が目につく。こんな体型のせいでバドをやってる時はユニフォームが短パンだったからシャトルを拾う時にパンティラインが出て嫌だった。でもあんまりぶかぶかでも今度は隙間からパンツが見えるし、かといって本気でやってるわけでもないのにスパッツを買うのも抵抗があった。自慢ではないけどヤンキーやったし現役の頃からほんど部屋着にしてたから実際問題あんま関係ないんやけど。

 何も決まらない内に二本目もあっという間に吸い終わった。灰皿を見て流石にこれ以上吸うのはあかんと思ったから灰皿と空き缶を持って下に降りることにした。古い家やから階段が急で、朝の一本を吸うのは寝ぼけ眼やと落ちかねないっていうこともあるからやし、実際禁煙中には落ちたし。

「おはよう」

「全然早ないわ」

「お邪魔してます」

 アホはさておきなんで岐部ユウキも居るんや。いくら友達でも朝早く来すぎやろ。テンション上がりすぎた小学生か。

「飯、だいどこ」

 必要なことだけ伝えられて、それに返事もしない。ていうかそもそも毎日そうなんやからあのアホに言われることもないんやけど。ほぼ昨日の残りもんで出来たオムレツと味噌汁をお盆に乗せて持ってくる。居間のテーブルを挟んでアホどもの正面に座る。ていうかなんで年頃の男二人で横並びに座ってんねん。キショいな。

「自分ら、朝から何してんねん」

「なんでもええやろ」

 たしかに自分らがしてることなんてなんでもええけど、そこだとテレビ見えへんねん。

「あっ」

 朝井ミカが新しいコマーシャルを撮ったってニュースに流れた瞬間ユウキが反応した。こいつ朝井ミカのファンやったんか。それにしてもあの子足細いな。二年ぶりの純白ワンピースってあのコマーシャルもう二年も前なんやな。しかも今回の方が丈短なってるやん。羨ましいわ。

「なんか顔変わってへん? 男でも出来たんちゃうか」

「んなわけないやろ、朝井ミカやぞ」

「自分みたいなアホが朝井ミカの何を知ってんねん」

 なんの根拠もない「朝井ミカやぞ」で立ち向かって来れるこのアホの自信はどっから来てんねん。

「髪型違います? 前の時から随分短くしてますし、前髪も斜めやし」

「なんやねん童貞二人で必死になって。そないにムキになって言うことでもないやん」

 なんやねんこいつら気ぃ悪いわ。あと男二人やのに距離感近ない?

「禁煙失敗したんですか?」

「なんでやねん。そもそも禁煙なんかしてへんし」

「でも前禁煙席に座ってましたやん」

 そういえば受験期はなるべく吸わないようにしてたわ。なるほど直接会うのは久々やしそう思てもしゃあないな。

「あんなもんは願掛け兼付け焼き刃の優等生アピールや」

 血の巡りが急激に速くなったような感覚。血圧のおかげで脳がしゃんと元の形になった気がする。弟の友達とは言え男の前で短パンのままあぐらをかいてたことに気付いてなるべく自然に横座りに変えた。今まで付き合った殆どの男に「女に思えへん」って言われて別れてきた。こういう振る舞いのせいなのは分かっとる。でもあいつらそれまで好きなだけ抱いたくせになんやねん。ていうか前の日も抱いといてそう言った奴も居るわ。

「鶴岡の姉ちゃんでもそういうの気にするんですね」

「当たり前やろ。人生の基本や」

 体重を支える為に空いてる左手を畳に置く。煙の臭い。セミの鳴き声。畳の感触。麦茶の苦味。慣れない座り方。黒目の小さい男。記号だけ抜き出したら初めての後と一緒や。

「なに急にしおらしなっとんねん」

 アホさえ居らんかったら、な。

「うっさいな。自分らと居ると気ぃ悪いから部屋戻るわ。男二人で並んでてキショいし」

 急な階段を逃げるように駆け上がっていく。別にユウキが元彼に似てたわけやない。その彼氏にトラウマがあったわけでもない。でもなんか弟とその友達の前で自分の元彼のことを思い出すんが嫌やった。とりあえずタバコを吸う。そして吐く。何度かやってるうちに脳みその形が整ってくる。

 初めてのタバコを吸ったのは四年前。最初はテントウムシみたいな名前やと思った。彼氏から貰って吸ってるうちに自分でも買うようになって、今までズルズル続けてる。あかん。脳みそがしっかりした分余計にはっきり思い出してまう。

 初めて髪染めたのもその頃やし、メイクを覚えたんもそう。ヤンキーって呼ばれて嬉しいことはないけど、あんなナリやったし否定も出来へんから多分ヤンキーやったんやと思う。なんでノスタルジックになってんねん。もうやめや。

 スマホのゲーム。単調で単純な作業。ランキングとたまに友達から送られてくるハイスコアの通知。テレビでよく見るコマーシャル。人気の漫画やアニメとコラボ。たまに貰えるコイン。ネットニュース。ガンバに負傷者。オリックスのスタメン。高校野球。朝井ミカ。白のワンピース。一昨年よりも二十センチくらい短い丈。生ビール値上げ。

 また頭がグシャグシャになってきた。もう一本箱から出して火を点ける。吸う。今度こそ落ち着いた。こんなもん完全に依存症やないか。まあええわ、とりあえず小っ恥ずかしい過去からは解放されたし。あのアホはユウキと下でシコシコやっとるみたいやししばらく部屋には戻ってこんやろ。漫画でも勝手に借りて読んだろ。

 ユウキがやりたくなくてこさえてきた理屈の中で唯一納得したんが「退屈な時間っちゅうのは潰せても退屈っちゅう感情自体は消えへん」とかなんとかいうやつやった。確かに退屈と思てるままやとどの漫画読んでも退屈や。灰皿に吸い殻と退屈を溜めて、寝るにも寝られへん気温やし、気力と時間とタバコがゴリゴリ減っていく。そんなことしてるもんやからすぐに灰皿がいっぱいになってまた下に行く。ちょうどユウキが電話しとった。別に心配でもなんでもないんやけど東京で友達出来とるんやと安心した。

「こっち来るんや、撮影で。大変やね、色んなとこ行って。まあ夏休みくらいしか来られへんやろし、高校生やと。うん、明後日に京都駅な、十時やと若干キツいけど頑張ってみるわ」

 なんやこいつ電話やとえらい倒置法多なるやん。ていうか電話の相手誰やねん。撮影とか言うとったけどほんまにこいつアイドルと付き合うてんちゃうか。

「まあ、大丈夫やって。京都なんか今外国人観光客以外人居れへんし、日本人居ったって人多すぎて気付かんって」

 人目を気にするっちゅうことはほんまの有名人や。いつの間に出会ったんや、でも相手も高校生やから同級生っちゅうことか。高校生で人目気にするほどの有名人って数えるくらいしか居らんから自然と絞り込めるはずや。

「とりあえず、当日よろしく。分からんことあったらまた聞いてや。おお、またね」

「誰?」

「友達です」

「その友達は有名人みたいやな」

「どこまで聞いてたんすか。なんや知らんけど有名みたいですよ」

 あからさまにはぐらかしよった。まあええわ。こいつの友達なら学校の周辺張ってたらわかるやろ。変態っぽいけどまあ女なら怪しまれることもないやろ。

「ていうか髪の色、ええ感じですね。毛先がグラデーションになってて」

 話題を反らすっちゅうことはそんだけ聞かれたくないんやろな。まあええわ、今回だけは付き合おうたるわ。

「金一色やと品がないしな。せやかて他の色にしても落ち着かんし、黒髪はもうええわと思ってちょっと金から青くグラデーションにしてん」

「都会っぽくなってええですわ。金一色はほんまに田舎のギャルって感じですもん」

「一言余計やったな」

「あ、トイレ借りますね」

 分かりやすく逃げよった。まあこれがこいつなりの付き合い方なんやろな。ちょい失礼なこと言って逃げるフリする。ベタなボケやし、相手にせんとこ。ていうかそもそも吸い殻捨てに来ただけやし。

 にしてもユウキあいつ、中々隅に置けへんやつやな。アホにも見習って欲しいわ。高校の頃なんか付き合うことが人生の目標でもおかしないやろ。なのに一日中家で漫画読んだり描いたりして、高校生やのに無精髭まで生やしとるのはほんまにないわ。せめて容姿に気を付けるとかそのくらいはして欲しいわ。本棚のラインナップ見る限り遠そうやけど。

 灰皿を洗って自分の部屋に戻る。窓の外に向かって煙を吐く。脳みその整形っちゅうか。こうやんのが物を考える最後の仕上げみたいな作業になりつつある。

 きっとユウキみたいな青春っちゅうのは誰しも憧れてるんやろなあ。自分がもし男やったらそらアイドルと付き合いたいやろし、そうなったら甘酸っぱくて純粋な恋をしたいな。自分がしてきたみたいなセックスが付きもんみたいな付き合い方はしたくないな。自分の青春を良くないって否定するわけちゃうけど、ユウキの青春が眩しすぎるから相対的になんか汚いもんに見えるわ。初めての男は黒目の小さい男やった。人相も悪くて昭和の不良みたいな雰囲気やった。でも終わった後めっちゃ優しい顔で甘い言葉を言ってくれた。我ながらヤンキーにしては上出来の初体験やったと思う。ユウキの彼女もきっと悪人面の割にロマンチックなこと言うんやなって思うんやろなあ。あれもあれで意外とキザなタイプっぽいしな。

簡潔に言うと鶴岡の姉ちゃんのスピンオフです。基本的に学校の中のことだけを切り取る本編以外はスピンオフとしてやっていくつもりですが、一応関連作品だよって分かるようにタイトルを似せてみました。当初の予定では鶴岡の姉ちゃんが雨の日に煙草を吸いながら延々とセックスアンドバイオレンス路線の青春を思い出す話でいこうかと思ったんですが書いた日が晴れなので物語も爽やかになりました。

話は変わりますがタイトルは鶴岡の姉ちゃんが吸ってる煙草のタールの量です。重い!

煙草というアイテムひとつで文章も普段とはまた違う味になってると思いたいなあと考えながら書いた話ですので、ちょっとまだ文体が固まってないのと関西弁で文章を書くのに慣れてないので多分色々間違ってるかと。一応勉強のために千原せいじのコラムを読みながら書きました。

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