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赤いドレス

作者:

真っ赤なドレスを身につけましょうか。花束を片手に抱くのはどうです?ついでに沢山の装飾品も、素敵なルージュの口紅も。

そしてそうして殿方の前に。そのありあまる艶やかさ、決して薄れぬ美貌を持って、数多の男を惑わせましょう。

さあ姫様、そうして武装して出かけましょう。大丈夫です、貴女は十分お美しい。


「…はあ」

疲労に耐えがね、私は重くため息を付いた。全くもって、あの姫様には困ったものだ。自らの容姿を自覚していて、その上で我らに尋ねるのだ。私は本当に美しいのか、と。

それだけならば、まだ良いのに。姫様はなんということか、私達のその中でも、取り分け醜い者へと尋ねる事が好きなのだ。私は本当に美しいのか、と。その問いに否応なしに答える、醜い顔を見ている事が好きなのだ。

ああ、哀れな醜い人達。ああ、なんて哀れな私。姫様の纏うそのドレスが、自分には到底似合わない事を知っているのだ。そして知っているからこそ尚、私達の目には炎が燃えたぎるのだ。何て悲しい、何て侘しいことでしょう。

私は私の事をよく知っている。たいした身分で無いことも、姫様ひいてはこの家のお方全員に、頭が上げれないことも、己が美しく無いことも、不器用で仕事が下手なことも。ああ、どうせ仕えるならば、本物の姫様にお仕えしたかった!!金ばかりで気品の無い、まがい物の貴族の家になど、何が悲しくて仕えているのか。

我らへと疚しい視線を送り、時折は、平然として触りくる、えばりちらすのが仕事であられる旦那様。こんな男に嫁いだ自分は不幸なのだと、愚痴をこぼすばかりでなにもせず、

「こんな男」の金を消費しては、足りないのだと喚かれる奥様。来る日も来る日も鏡を見つめ、美しさに一人酔いしれて、自らを姫と呼ばれる傲慢極まるお嬢さま。全くもって、奉公になど、出るべきではなかったのに!

私はもう一度溜息を付いた。ああ、まだやらなくてはいけない仕事が山のように。今宵姫様はパーティーに出かけられるのだ、これほど集中できる夜はそうあるまい。

口に出して気合をいれ、私は重い腰を上げた。

ところが扉を開け、角を曲がったすぐの処で、姫様にはちあわせてしまった。そして私はあろうことか、ぽろりと口を滑らせてしまうのだ。

「あら、姫様。先ほどの赤いドレスはお止めになってしまったのですか?とてもとても、良く似合っておいででありましたのに。」

そう、言葉を発してすぐに、己のそれが失言だと気付く。けれど、悔いたところでもう遅い。もう既に、姫様の耳には届いている。

「まあ、貴方ってば酷い事言うのね。私には、青色のドレスは似合わないとでも?」

「これは失礼致しました。姫様には清廉な、青いドレスもよくお似合いでございます。それにもし姫様が纏わられるのなら、例え汚らしい色をしているボロだとしても、それは見目麗しい物へと変わるでしょう」

言っている事に嘘は無い。

けれど、姫様。貴女には、あの真紅のドレスこそが相応しい。美しく、力強い輝きを持ったあのドレスが。私達では、あれを着こなす事など到底できない。着てみたところで、みじめなだけだ。だからこそ、美しい人にはして欲しいのだ。美しい物を、より美しくし、そうして、私達を焦がして欲しい。

気がつけば、私の口は動いていた。

「けれど姫様、今日は特別な日でございましょう?この日のような時においては、やはり赤色のドレスが相応しく思えてならないのです。」

「…おまえ、随分面白い口を聞くのね?」

姫様の目が鋭く光り、周囲の同僚達はみな、憐れみの視線を向けてくる。そうして私は、自分が気まぐれ等ではすまされない真似をしていた事にようやく気がつく。体温が下がっていくのがありありと感じられた。人一倍、我が強く傲慢な姫様に対し、多少なりとも、出すぎた事などすべきでは無かったというのに。

「姫様、とんだご無礼をしてしまい、失礼しました。大変申し訳ありませ「―――いいわよ。」

ふいに聞こえた予期せぬ言葉に、私の口から、驚きの声が素直に洩れた。けれど、直感が告げている。これは決して、喜ぶべき事などでは無い。姫様の艶やかな唇が、愉しげに歪んで声を発する。

「いいわ、と言ったの。貴女がそこまで言うのだものね、いいわ。ええ、いいわよ。たかだかドレス一枚じゃない、こだわる程の事ではないわ。」

だけれどね、と私を見る。そうして世にも残酷な言葉を、私に向けて発したのだ。愚か者の、醜い私へと告げたのだ。

「あなたも共にいらっしゃい。それを着るのは、私ではなく貴女の役目よ。パーティーには、赤いドレスが一番相応しいのでしょう?それなら私は、喜んで貴女に譲ってあげるわ。」

言葉を失い、呆然とし、恐怖に震える私の側で、姫様は笑って愉快そうに、そのお言葉を言い放たれた。

「私はね、青色のドレスが着たいのよ。だから貴女は、赤いドレスでこの私の供をなさい。つかず離れず私の側にい、存分にその赤いドレスの、披露でも何でもしていれば良いわ。貴女のような身分の娘が、華やかなドレスで社交の場へと出られるのよ。ああ、さぞかし嬉しいことでしょう!?」

嬉しいはずなど、あるわけがなかった。


手入れがされていないのが、一目見ただけでわかってしまう、ボサボサの髪。それは、似合わないリボンで結ばれていた。ドレスの色に合わせて赤く、きらびやかな装飾がまぶしい。手には真紅の上品な手袋。指には指輪がはまっていて、処理する事が出来ずにいた、醜い指毛を強調する。ドレスの胸元は大きく開き、貧相な胸を半ば程まであらわにする。中途半端に焼けている、くすんだ肌が赤色の中に沈んでいて。掘りの浅い、見栄えのしない乳臭い顔は消えかけていた。大胆にスリットの入った足元からはあろうことか、うっすらとスネ毛が覗いていた。

ああ、何て馴染まない。何と、醜い。私自身、心底焦がれていたドレスを、自らの手で汚してしまった。

命に従い(もとより私には、それ意外に選択肢が無い)、私は姫様のお側に連れ添う。

ただひたすらに華やかに、見目麗しく美しく、微笑みを絶やさぬ姫様の。姫様は自身と同様お美しい、貴族の若者とお言葉を交わす。彼女の頬は淡く色づき、その小さなお顔をより一層愛らしくさせた。彼女が纏う、青色のドレスはまばゆくて。認めざるをえない程に、彼女が元来持っていたその美しさを、より美しく際立たせていた。それにくらべと考えれば、自身の惨めさが際立ってしまう。

楽しげに異性と談笑する、美しい貴族のご令嬢。その傍らに佇むは、器量の悪い奉公の娘。おまけに楽しげな振る舞いなどは微塵も出来ず、ただただ陰気に俯いている。

各所から起こり来るは、嘲りと侮蔑の笑い声。貴婦人達の顔を見れば、それが私の勘違い等では無いとわかる。屈辱と恥とに身を震わせて、私は拳を強く握った。その様を見て、周囲の人はまた笑って。顔が、熱くなった。一体私はどうしていれば、貴女方から笑われずにすむのだ。はらはらと涙でも流せばよいのか。みっともなく走りだして、今この場所から逃げればよいのか。

そんな馬鹿な、と、私は独り虚しく笑う。するとふいに、頬に冷たい視線を感じた。

反射で其方を向いてみれば、姫様が私に笑みを向けられている。けれどそれは、とてもとてもお上手に、取り付くられている笑みで。私だけが悟れるような、密やかな嫌悪を含んだ笑み。その笑みは、その顔は、その顔をした姫様は、確かにこうおっしゃっていた。

―――邪魔だから、早く何処かへお消えなさい―――

姫様は、今会話をなされている、若者の事が気に入ったのだろう。私のような、一小間使いに対するささやかな嫌がらせなどはもう、どうでもよくなってしまうほど。それはとても、理不尽な事なのだけれども、今の私には都合が良かった。この場所で、美しい人の隣に立って、針の筵にあわなくて済むのだ。その事の、何と安らかで幸福な事か。私は心から安堵し、ひとりでに、顔の力が抜けることを実感した。

さあ、人気のない、人目があたらぬ、そんな場所を探しに行こう。私が逃げ行く事に対する今一瞬の、嘲笑等が何だというのだ。

意地にかけ、駆ける事はしたくなかった。そうすれば、嘲笑を受ける時は縮むのだろう。けれどもそれは、受ける嘲りをより強くして、私を更に、惨めにさせていくことだろう。

人がいなくなれば、私は走った。力の限りで走り出して、焦がれていた赤いドレスを、ぞんざいに蹴飛ばし外を目指した。乱れた息が、煩わしい。

屋外に出て、生温い外気を肌に感じた。

張り詰めぬ夜の空気の中で、華やかな光を背後に浴びて。この屋敷までの道筋が、目の中に入った。幅の広い豪勢な道、それを縁取っているのは、煌々と光る悪趣味な街灯。

それを見て、それを感じて。私はふいに、悲しくなった。先程までの惨めさよりも強烈に強く、寂しさがこみあげる。

私はいくらかの涙を零して、独りで感情に浸りたかったのだ。

だけれど、こんな夜では、こんな明るさではこんな生温さでは、そんなことは出来はしないし、したくもない。

私は、隅を選んで座り込んだ。わざとらしく、肩を持ち上げ顔を歪めた。だけれどそれは、私に涙を込み上げさせはしないのだ。

肩を震わせ、顔を醜くさせておきながら、泣きもしないでいる娘。虚しくなって、自嘲する。ああ、なんて、馬鹿馬鹿しい。

居心地の悪い、馴染みのしない空気のなか、私は何もない空間を見つめる他がなかった。

もう、このまま何処かヘ消えてしまおうか。

ふいに、そんな考えが頭をかすめた。今私が着ているドレスを売れば、きっとしばらくはお金に困らない。おまけに幸か不幸か、私には身内もいはしないのだ。躊躇う理由が何処にあろう。

私は立ち上がろうとしてよろめき、再びその場にへたりこんだ。もう一度、立ち上がろうと思っても、体が従う気配はない。

自分が行ったその茶番が何より虚しく、けれどだからと言って泣けもしない。乾いた笑いを洩らそうと、心のままに呻こうと、それは私を救いはしない。私はどうすればよいのだろう。一体私はいかにして、この居心地悪い時間を過ごし、居心地悪いあの豪邸へと帰るのだろう。

「お嬢さん。」

突然浴びた他者の言葉に、反射的に肩が震えた。呼びかけられたのは、私だろうか。お嬢さんだなどと、呼ばれたことは今までなかった。だから少し反応が遅れ、男の眉をひそめさせてしまう。

すみません、と謝ろうとした。けれど振り返って男の顔を見れば、振り返った私の顔を見たその男の顔を見れば、それを発する事は出来なくなった。

男の顔は、歪んでいた。

それは、私を忌避する顔。汚い物には触りたくないと、心のままを表した顔。

ああ、そうか。

この人は、この薄暗い中後ろ姿だけを見て、赤く美しいドレスだけ見て、私をきっと、美しい人と思ったのだろう。

なるほどそれは、さぞかし拍子抜けをしたことでしょうね。

だけれどしかし、だからといって。その表情は、なんなのですか。

その男は、とても私の気に障り、私を酷く苛立たせた。今までずっと、私は姫様や貴婦人達から、散々に嘲笑を受けてきたのに。

私は好きで醜く生まれたのではないし、私は好きで似合わなく着飾っているのでないし、私は好きでこんな場所にいるわけでもない。

それにおまけに。

「貴方の顔も、さして美しくないではありませんか。」

声に出してしまったそれに、男は顔を赤くして、体を震わせ汗をかいた。その、さらに醜くなった容貌を見て、私は自然に笑いを零した。

「貴女だって、人の事を言えた容姿でないでしょうに。」

より醜くなった男が、震えた声でそういった。私はそのことに確かに納得しながらも、嘲笑をして立ち上がった。

そして、何も映さない己の顔を男に向けた。自分はこれほど美しいのだと言わんばかりに、堂々として醜い男の前に立った。それだけで、男は萎縮したのだ。決して、美しくだなどなってはいない私を見て、野蛮さをました私を見て、男は確かに萎縮したのだ。

そう、その時のただ一瞬だけ。その時のただ一瞬だけは、私は自分が美しい人であるかのように思えていた。

自分は確かに美しいのだと。ただ一瞬だけは、そう思い込む事が出来たのだ。


そして私はその時確かに、男を嘲笑うことができていた。

何か前回のと傾向が似てるような…。

本をただせば中世ロマンスが書きたかったのに(

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