ハロウィンドリーム
「朝か……朝?」
カーテンから漏れる柔らかな朝日で俺、天野一哉は何か違和感を感じながら目を覚ました。
そんな違和感もいつの間にかそばにいた存在によって忘れてしまう。
「あ、お兄ちゃん起きた? もう朝ごはん出来てるから降りてきてね」
「あ、ああ。というか勝手に部屋に入るなって言っているだろう」
「えへへ。次からはしないよ」
そういって妹である天野一葉は部屋から出て行った。
「なんだあいつ」
今日は朝から少し変だな。そうやってカレンダーを見るとハロウィンだ。どうせそれで浮かれているのだろう。きっと無意識に自分も変わった日ということで気持ちが上がっているのかもしれない。
そう一人で納得して朝食を食べに着替えてから降りて行った。
朝食は目玉焼きにベーコンと白米と味噌汁。ただの普通の飯なはずなのにとても懐かしい感じがした。
「お兄ちゃんどうしたの? 早く食べて行こうよ」
「行くってどこに」
「もう約束したじゃない。私と一緒に街を見に行こうって」
そんな約束を本当にした覚えがないしただの街を見て何が楽しいのかわからない。
「はぁ、今日が何の日かわかってないなぁ。寝ぼけているんじゃないの?」
「ひどい言い草だな。さすがの俺もそれは傷つくぞ」
ハロウィンだというのは知っているが本当になにがあったのかわからない。
「お兄ちゃんってこんなに鈍かったっけかな。まあ行けば分かるからちゃっちゃと食べてね。私は着替えてくるから」
部屋に戻っていった一葉を目にしながら俺は味噌汁をすすった。やはりなぜかとても懐かしく、美味い。美味さのためか早いペースで食べ終えてしまった。ただの朝飯なのに一体どうしてしまったのだろうか。
「お待たせ……ってなんで泣いてるの?」
「え、泣いてる?」
顔に手をやると頬を涙が伝っていた。やはり今日の俺はおかしい。一葉と出かけずに部屋で休んでいようか。
「悪いな一葉。今日調子悪いみたいだから一人で行ってきてくれないか」
「だめだよ。今日。今日じゃないとだめなんだよ」
今度は一葉が泣き出しそうだった。このまま泣かれたものを放置するのは気持ちが悪い。
「わかったよ。行くから泣かないでくれよ」
「え、そう。じゃあもう行くよ」
くそ、騙されたか。俺が行くと言った途端に表情をけろっと戻した一葉はさっさと行ってしまった。
「お兄ちゃん早く」
「わかったよ」
妹に急かされるままに俺は玄関へと向かった。
「なんだこりゃ」
家から出るとすぐに街が変わっていることに気付く。普段は簡素な景色だったのがオレンジ色のかぼちゃで飾り付けられて華やかになっていた。そしてさらに歩いている人の姿が普段とは違っていた。皆ゾンビのような顔が爛れたようなペイントをしていた。そのせいで逆に普通の格好で歩いている俺たちのほうが目立ってしまっている。
「お、おい一葉」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「どうしたって、いくらハロウィンだからって皆同じゾンビ仮装っておかしいだろ」
「まぁそうだね。だから私たちも仮装しに行くよ」
いや、そういう意味じゃないって。そう思いながら俺は一葉に手を引かれて服屋へ向かった。
やはり店内もハロウィン一色なようでオレンジ色のかぼちゃに黒い小さな蝙蝠が飛び回る装飾があり、普段は一般的な服を置いていた場所全てがハロウィンの仮装衣装売り場になっていた。
そこには魔女を思い浮かばせる大きな黒い帽子に黒いマントに黒い服。ドラキュラになるための長い黒マントに着け牙にブーツなどの一式セット。中でも圧倒的に店内を占めるのは街にいる人が身に着けているゾンビセットだ。魔女やドラキュラなどとは違いバリエーションも豊富で、肌の色、損傷具合が違う皮膚や服など明らかに押し具合に差がある。
なぜこんなにゾンビがあるのだろうか。やはりというか店員もゾンビ仮装。
ん? あの崩れた顔を見ていくうちになにか引っかかるものがあった。
「お、お兄ちゃん、これはどうかな。似合う?」
なぜか慌てた様子の一葉の声で我に返る。一葉は魔女の黒い衣装を体の前に当てていた。
「ああ、いいんじゃないか。似合ってるよ」
「ふふっ、ありがとうお兄ちゃん。じゃあこれにするからお兄ちゃんもなんかいいの着てきてよ」
「やっぱり俺もしなきゃだめか?」
「だーめ。今日は仮装していっぱい楽しむんだから!」
一葉の勢いに押されて俺も適当な仮装衣装を買って着ることになった。ゾンビは顔が見えなくなるし、手に取ってみるととてつもない嫌悪感があったので数少ないゾンビ以外の仮装ということでドラキュラにしてみた。
「ドラキュラと魔女ってまさにハロウィンって感じだね」
「こんなにゾンビがいるものか知らないけどな」
仮装衣装を買ってから俺と一葉は再び街散策をしていた。見慣れた街のはずなのにオレンジのかぼちゃがあるだけでこうも雰囲気が変わるものなのかと思った。
「どうして付け歯はしなかったの?」
「邪魔だし口の中になにか異物があるのは気持ち悪いからな。正直この衣装も少し歩きにくいし」
俺の今の格好はスーツにマントをつけただけの大変シンプルなものだ。こんなんでドラキュラといってしまっていいものか悩むが周りが周りだけに少しでも仮装っぽいものをしていないと余計浮いてしまう。すでにゾンビでは無い時点で浮いているが。
一葉は大きな黒い帽子に黒いマントにミニスカートというなんとも魔女といってもただのコスプレにしか見えない仮装だが、兄のひいき目からしても容姿は可愛いほうなのでこれで街中を歩いていても変な目で見られることはないだろう。
「そろそろ腹が空かないか」
「そうだね、お昼にしよっか」
「今はどんなのが売っているんだ?」
もう俺の知る街ではなくなっているので今日のことに詳しい一葉に聞いてみた。
「そうだなあ。かぼちゃにかぼちゃにかぼちゃかな」
「は?」
「だから昼ごはんはかぼちゃしかないんだよ。そう今日はハロウィンなのだから」
「いや、何言ってんだかわからない」
「とにかく、あの店でかぼちゃを食べに行こう」
再び俺は一葉に手を引っ張られて行った。
もう諦めていたが俺と一葉以外の普通に顔を出す仮装の人はいないらしい。飯を食べるところなのにグロテスクなゾンビフェイスをした人たちばかりで少し、いやかなり食欲が失せる。
しかしなんだろう、家を出たばかりは街の変貌で気にならなかったがこのゾンビを見ていると何かを思い出しそうになる。服屋のときもあったが俺は何を忘れているのだろうか。このまま妹と楽しんでいていいのだろうか。
「いいんだよ。これは私が望んだことなんだからね。楽しもうよ」
一葉が俺の心を見透かしたのように真剣な表情で言った。
「ああ、すまない。今日のことは約束していたんだったんだな。変なこと考えて悪かったよ」
「わかればいいんだよ。あ、ちょうど料理が来たよ」
俺が辺りを見て考え込んでいた間にいつの間にか注文していたらしい。どうせかぼちゃ料理ばかりらしいし、苦手なものも特にないので問題ないがいかんせんこのゾンビたちだ。きちんとしたものが出てくるのかが少し不安である。
しかしそれは杞憂だった。たしかにかぼちゃづくしだったが全ての料理が美味しそうで、匂いにつられて腹が鳴った。
「お前、こんなに頼んで食べきれるのか?」
「私は平気だからお兄ちゃんが無理なら代わりに食べられるよ」
「お前はそんな大食いだったか?」
「それは女の子に失礼だよ」
失礼って言われても俺の知る一葉はそこまで大食いではなくむしろ食は細かった気がしたが。いくら美味しかろうが全てかぼちゃ料理。だから色々な意味で限界が来るのでは、と食べる前の俺は思っていた。
「美味しかったね」
「あ、ああ」
食事を終えて少し休憩をしてから街を歩いていた。まさか一葉があんなに食べるとは思っていなかった。始めの料理の時点で二人で食べるには多いと思っていたが、まだ一葉は期待のこもった目で厨房入り口を見ていた。何かと思っていたらさらに大量の料理が三人ががりで運ばれてテーブルがいっぱいになった。
絶句していると食べよ、と言われ俺は自分の分だけを食べたが一葉は大量の料理を結局一人で食べてしまったのだ。
「どうしたの? 私のお腹ばかり見て」
「いやよくこんなに入ったなと」
「そういうのは普通言っちゃだめだと思うよ」
「わかってるよ。妹だからに決まっている。彼女だったらうまかったな、ですます」
「それならいいけど」
いいのか妹よ。しかしぼそっと呟いた言葉にふと引っかかるものがあった。
「お兄ちゃんも今ならいくらでも食べられるのに」
「なにか言ったか?」
「ううん、なんでもないよ。それで次はどこに行こうか」
「そうだな。俺も少し楽しくなってきたところだけど行きたいところが浮かばないから、一葉が好きなところでいいよ」
「楽しくなってきてくれてよかった。それじゃあ次はね……」
俺は呟きを聞かなかったことにして一葉の行きたいところについて行った。
「もう大分暗くなってきたな」
「本当だ。あっという間だったね。それじゃ最後はここに行こう」
一通り街を回って夕日でオレンジのかぼちゃ色に染まった空を見ながら最後に入った店は仮装に合う小物店だった。全ての店でもそうだったがもう見慣れてしまったゾンビ店員。始めは少し警戒していたが、ただの店員で対応も普通だったからもう意識しなくなった。
「というかどうして仮装に合わせて持ち歩く道具が最後なんだ?」
「だってこの格好な時点で邪魔って言っていたお兄ちゃんに物を持たせるなんて言えないよ」
俺のことを配慮してくれていたらしい。仮装とはいっても歯をつけていない時点でただのスーツにマントを着た人間にしか見えないが。
「一葉は十分魔女っぽいよ」
「そうかな。ありがとう」
笑顔で返されるが、実際は魔女というより魔法少女にしか見えないとずっと思っていた。
「やっぱり魔女は箒かな」
「魔法が使えないただの掃除用にか?」
「もう、馬鹿にしないでよ!」
「冗談だよ。でもベタだけどいいんじゃないか」
「他にも杖なんてあるけど本当に小物で分かりにくいから箒にする」
そして一葉自分の身長ほどある長い箒を手に会計に向かった。
さて俺はどうしようか。ドラキュラの持つ小物なんてぱっと浮かばない。
「十字架はやられる側だし、聖水もやられる側だし。なんでこう弱点のものばかりが目につくんだか」
そうして小物を探していくうちに強烈な印象を放つ物を見つけた。いや見つけてしまったが正しいか。これのせいで|今日|・・という一日が終わってしまうのだから。
「銀色の拳銃、か。拳銃」
もちろんこれも銀だか鉛の銃弾を心臓に撃ち込まれたらドラキュラは死ぬ。人間も死ぬが。
俺は拳銃を手に取った。なぜかとても手に馴染む。今までただ寝て起きて学校に行っていた平穏な日々を送っていたはずの俺に。
「うっ」
突然頭が割れそうに痛んだ。
「お兄ちゃん!」
一葉の声がするも痛みは治まるどころか激しくなっていく。ちらと一葉の顔を見てある景色がフラッシュバックする。
血にまみれた地面に横たわる一葉に群がる醜く爛れ、理性の欠片も感じられない顔のゾンビとなった元人間。そいつらが一葉の体を貪りつくすように喰らっていた。
そんな光景を俺はただただ見ているだけしかできなくて。動けるようになったのはたくさんの銃声と血を吹き出し倒れるゾンビを見てからだった。
「坊主! そこに突っ立ってんなら退くか戦うかにしやがれ」
いつのまにかいたごっついおっさんの手には銀色の拳銃があって、それを俺に差しだし問うていた。
一葉の死を見て逃げ出し怯えて隠れるか、戦い殺し、生き延びようとするか。
俺は一瞬その二択が頭をよぎると迷わずにおっさんの手にあるものを掴み取り、映画や漫画の記憶を頼りに構えた。
「坊主。いいんだな」
「ああ。俺は戦う。理不尽に怯え悲しむくらいなら戦い、殺し、勝利を奪い取る」
おっさんに拳銃の簡単な操作を聞いて引き金を引いた。
そして俺は初めて家族が殺され、初めて銃を撃ち、初めて人であったものを殺した。
「……はぁ……はぁ……はぁ、ああ思い出しちまったなぁ」
「そう、こうなるだろうと思っていたから私はここを最後に選んだの」
全てを思い出した途端、頭の痛みは嘘のようになくなり、俺の中のもやもやした気持ちも消え去った。この状況のなにもかもに納得がいったからだ。
「いや、一つだけわからないことがある」
「ごめん、お兄ちゃん。それは今は後」
「ん? どういうことだ」
「お兄ちゃんが思い出したことで街のゾンビ仮装をしていた人たちがそのものになったの」
「っ!? じゃあここの人も」
「そういうこと、その拳銃を持って。走るよ」
「あ、ああ」
慌てて店内から出ると、普通の対応をしていた店員の動きが急に緩慢になりふらふらとこちらに向かって歩き出していた。こんなときに俺は呑気に銀色の拳銃を万引きしてしまったと考えていた。初めて万引きをした。
小物店がこうならばこの街全体が俺と一葉を襲うゾンビと化してしまっている。店を出てからすぐに何体ものゾンビが俺たちを遮っている。
「くそ、これじゃあ先へ進めない」
「お兄ちゃん、ここでは思ったことが実際にできるの! だからその拳銃を使えると願えば」
「そうか、わかった」
手元の銀色の拳銃を見て思う。これはおもちゃの銃じゃない、俺が今まで使っていた愛銃だ。目の前のゾンビに弾丸を放つ。
乾いた発砲音が三回鳴り、血を噴き出して三体のゾンビが倒れ道ができる。
「よし今だ」
「うん」
それから何体ものゾンビを倒して駆け続けた。不思議なことに弾丸は切れない。ならばそのまま街全体のゾンビを倒せばいいと思うが、一葉いわくそれは絶対に無理だそうだ。
「この街はある一定数のゾンビが常に存在するようになっているの。だからお兄ちゃんがゾンビを倒すと同時に別の場所にまたゾンビが現れる」
「じゃあどこに逃げればいいんだ」
このままでは終わらず一葉と話ができない。
「大丈夫だよお兄ちゃん。話をするのにいい場所があるんだ」
「わかった、案内してくれ」
「途中から気付くと思うんだけどね。付いてきて!」
ゆったりとした動きだが確実に数で襲い掛かるゾンビたちに銃弾で道を開きながら街の外へ出た。
後ろを振り向くとゾンビたちが街と外の境で詰まっていた。
「あれはお兄ちゃんがゾンビは街の中って思っていたから出れないだけで、今こうして外に出てしまったからあいつらもこっちへ来ちゃうよ。だから急いで」
どうやらこの世界は俺の意識がかなり関係しているらしい。死んだはずの妹や街の人が全てゾンビ仮装をしていたり、妹の不自然な大食い。そしておもちゃの銃が弾数無限で使えること。そして思い出した現実。
理解した時には一葉の目的地である街全体が見渡せる小高い丘だった。夕日が沈みそうで薄暗いオレンジが辺りを照らし、ゾンビたちも街を出ようと蠢いている。
「ここは」
「なにか悲しいことやけんかしたときに来た場所だよ」
どこに向かっていたのかは走りながら気が付いていたが、久しぶりに見ると景色に圧倒される。幼いころから俺と一葉はよくここまできては泣いていた。そんなときどちらかが必ず迎えにきて帰る。そんなことをよくしていたものだ。
「一葉」
「もう気が付いているんでしょ」
「ああ、一葉のことを思い出したときにな」
「それじゃあ当ててみてよ」
正直俺が思い出さなければずっとここにいられたのかもしれない。二人で不気味なゾンビに囲まれながらでも楽しく過ごせたのかもしれない。それをわざわざ自分で苦しい戦いに突っ込んでいくなんて本当に馬鹿だと思う。
だけど今を生きなければならないんだ。仲間たちも待っている。
「ここは俺の夢の中だ」
街を見るとちょうどゾンビたちが出てきたのが目に入った。
「正解だよ。さすが私のお兄ちゃんだね」
「やっぱりそうか。それじゃあお前も俺が夢見た妄想なんだよな」
「それは違うよ」
「なに?」
普通夢は人間の記憶が関係しているから俺の知る一葉が出てきたのではないのか。
「私は知っているの。あの時の痛み、苦しみ。お兄ちゃんの顔。お兄ちゃんがおっさんと呼んでいる人たちと協力して私を殺したゾンビを殺したこと」
「なんで、それを」
「それだけじゃないよ。それからお兄ちゃんは組織のメンバーになって日々ゾンビと戦って人を助けてからあの質問をしていることもね」
おかしい。夢にしては一葉はなぜ死後のことをこんなにも知っている。というかここはなんで助けてくれなかったのとか一葉が食われた状態のままこちらに迫ってくるのではないのか。
「ああ、それもやってよかったけど私はそんな姿を見せたくないからね」
「なぜわかった」
「顔に出てたよ。それにずっと見てるからお兄ちゃんが何を考えているのかぐらいすぐわかるよ」
「ずっと?」
「黙っていたけど私霊能力? みたいのがあってさ。それで死んだはずだったんだけどお兄ちゃんに憑りつくことができちゃった」
だから肩重かったのか、とかはなかったぞ。
「憑りつくは言い方が悪いか。背後霊? 守護霊的なものかな。ちょこちょこ危険を教えていたんだよ」
そう言われれば実際に小さく風が吹いたり石や草が動いたなど些細なことで意識が向いた場所にゾンビはいた。では本当に一葉は俺のことを見守っていてくれてたのか。
「……くっ、そうか。そうだったんだな……お前は本物の一葉か。すまない、あの時なにもできなくて」
「ふぇ!? 泣かないでよお兄ちゃん。時間もないしさ」
丘のふもとを見るとすでにゾンビが近くに寄ってきている。だがここからどうしろというのか。倒しても無限に湧いてくるあいつらに。
「ここは夢だって言ったでしょ。夢なら醒めればいいんだよ」
「そうか。だが醒めたらお前と話しができなくなってしまうし、どうやって起きたらいいか」
「大丈夫。だってずっとお話がしたくて色々してきて初めてこうやって会えたんだもん。またすぐに会えるよ。起こし方だって私が知ってる」
「うん。ならお前を信じるよ」
瞬間、意識が強烈な刺激でかき消された。最後に見えたのは一葉が全力で箒を振りかぶるところだった。
夢の中だが、初めて妹に殺された。
「……おき……ぼ……ず……」
誰だろう、この暑苦しくむさい声は。この体制はそうか、見張り交代前の小休憩で床に座ったまま寝てしまったのか。
「おい、坊主。起きろ!」
「ん、だれだよ。むさくるしくてたまらん」
「ああん、だれがむさくるしいって?」
「ごふぁ!?」
ヘッドロックをかまされて無理やり覚醒させられる。おっさんの技はシャレにならん。腕を叩いてギブの意思を現すと力が抜けて俺は床に落ちた。
「ってぇな。もっとましな起こし方はねえのかよ」
「お前の言動のせいだろうが。そんなことより大丈夫か? 寝相がいつもと全然違って皆心配してたぜ」
「いつもと違うってどんなさ」
寝相なんて自分だけじゃ絶対に見ることができないからおっさんに聞いた。
「そりゃあだいたいてめぇはうなされてるか、泥のように眠ってるかの二つだがよ。今回は始めは楽しそうにして起きる直前は戦うときみてぇに必死なツラしてたぜ。なんかおもしれぇ夢でも見てたか」
「そうだったか。ま、面白いか面白くないかで言ったら面白かった夢だったよ。まだ俺の休憩時間はあるだろう。だから代わりに皆にも言っといてくれよ。俺は大丈夫だってな」
「いや、本当はお前の番はとっくにきてたんだがみんなの温情で今日はなしだ。感謝しろよ。そしてちゃんと横になって休め」
「え、それまじかよ」
まじだまじ、と言っておっさんは部屋から出て行った。
「はぁ一葉のやつ今度あったら許さん」
「じゃあ二度と会わないかなあ」
「おい、それはやめ……ろ、よ」
後ろを向くとふわふわ浮いている一葉がいた。
「おおおぉぉぉ!?」
慌てて後ずさり距離をとる。なんで現実にも一葉がいるんだ。
「うう、お兄ちゃん」
すると一葉泣き出した。
「おお、一葉突然距離をとってすまない。ただビックリしただけなんだ」
「違うの。お兄ちゃんと会話ができるってことで」
「ああ」
そりゃそうだ。一葉は死んでからずっとこうして俺を見守っててくれたのか。俺にとってはさっき久しぶりに話しただけだがこいつにとっては……。
俺は静かに泣き続ける一葉に近づいて抱きしめた。浮いてるせいで腰に頭をうずめる姿勢になったが構わない。
「気付いてやれなくてすまなかった」
「ううん、いいの。今こうして話ができるんだもん。ハロウィンってすごいんだね」
そういえば今日はハロウィンだったか。夢の街でもひたすらかぼちゃばかり置いてあったから、俺の中のハロウィンはかぼちゃなんだろう。
そんなことを思っていると一葉が降りてきて地面に立った。頭一つ分の身長差で見下ろす形になった。
「おい坊主どうしたってお前なに人抱いてる振りしてんだ? 気でも狂っちまったか。くそっ全然大丈夫じゃなかったか。待ってろよ本物の女連れてくるからな!」
「おいおっさん待てって……行っちまったか。まずいなおっさんなら本気で連れてくるぞ」
「やっぱりお兄ちゃんにしか見えないみたいだね。死んで幽霊になった妹より生きていて実在する女の人のほうがいいんじゃないの?」
「馬鹿野郎。今は一葉が一番大切だ。それに俺は触れるじゃねえか」
元々こんな状況で色恋に現をぬかす気もないし、一葉がどんな形であれここにいるんだ。それだけで十分だ。
慌てた様子でおっさんが入ってきた。女を連れてきた、なんてことはない様子だ。
「坊主大変だ。やつらが一気に攻めてきやがった」
「わかった今すぐ行く」
ゾンビがこの拠点に大量に押し入ってきているらしい。俺は愛銃である銀色に輝く拳銃をホルスターに入れる。
「よし、行くぞ!」
「背中は任せてよ」
「ああ頼んだ」
俺は一葉と共にゾンビを倒すために駆けだした。もう俺たちは一人じゃない。ここからやつらを殲滅するまで戦い続けるだろう。
ここまで読んでくださりありがとうございました。