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iの喜楽

一応前もって注意書きなど。

本作は、本編中に登場する暴力行為を肯定するものではありません。また、実在の人物、団体、事件との関係もありません。

……一応、内容的に付け加えておくべきかと思ったので。

ということで、こんにちは!

すっかり夏らしい気候になった地域で暮らしている遊月奈喩多です!

朝の出社中に思ったことですが、夏というのは過ごすにはなかなか大変な(暑がりなので)季節ですが、景色を見たり空を見たりする分には凄くいい季節のような気がします。まるで絵みたいに真っ白な雲が青空を背景にそびえている光景は、何だか感動します!

では、前回までの、『iによるiへのiの物語』!

皧ちゃんと図書館に行ったときに、不注意から皧ちゃんを違う名前で呼ぶ男性と遭遇してしまった「ぼく」。それを境に、皧ちゃんの様子がおかしくなってしまいました。拒絶されてしまった「ぼく」は、皧を元に戻す、そう言って……。

今回は、また皧ちゃんのお話です。

長くなってしまいましたね、すみません。

では、本編スタートです!

 朝が来たみたいです。

 ふとんの中でおきると、外からいろんな音が聞こえてきます。

 お外を車がはしる音、きんじょの子たちのはしゃぎ声。

 どこかでおさんぽしている動物がないています。

 きんじょのおばさんたちがたのしそうにおしゃべりをしています。朝早いのに、みんな元気いっぱいで、なんだかわたしまで元気になれそう。

 いろんな音が聞こえて、さいごにお兄ちゃんの足音が聞こえてきます。

 わたしのお部屋の外にはいっぱいのかいだんがあります。ずっと前、お兄ちゃんといっしょに行ったお店には上とか下にうごくかいだんがあったけれど、わたしのお部屋の前のかいだんはうごきません。だから、お兄ちゃんはいつもかいだんを下りてきて、わたしのお部屋のカギをあけてくれます。

「おはよう、皧!」

 今日も、お兄ちゃんはやさしい声であいさつしてくれます。

「おはよう」

 わたしも、うれしい気持ちをいっぱいにして、お兄ちゃんの声にこたえます。わたしの声を聞いて、お兄ちゃんはうれしそうにわらっているみたい。

「今日は、何して遊ぼうか?」

 お兄ちゃんがやさしい声で聞いてくれます。わたしは、勇気をふりしぼって、「今日、おさんぽに行きたい」とこたえました。

 お兄ちゃんは、ちょっとの間、なにも言いませんでした。

 どんなことを思ったのでしょう。

 わたしは、もしかしたらお兄ちゃんに「だめだ」って言われるかもしれない――そう思っていました。

 ずっと前、お外に出かけたときにわたしにあぶないことがあってから、お兄ちゃんは「皧はお家の中で待ってて」と言って、それでお兄ちゃんもあまりお外には出かけなくなりました。つまんないなぁ、ずっとそう思っていました。

 でも、そうやって言うとお兄ちゃんがこまってしまうので、言いません。だって、わたしはやさしいから。

 お兄ちゃんがずっとわたしのそばにいるには、わたしがやさしい人じゃなきゃいけない……そういうことを、ずっと前、だれかから言われたことがあります。

 お兄ちゃん? お母さん?

 ……よくわかんない。

 よくわかんないことは、お兄ちゃんに聞けばいいのかもしれません。

 でも、お兄ちゃんは、わたしが「おさんぽに行きたい」と言ったので、「そっか……」と言って、何かを考えているみたいです。「皧はどこに行きたいの?」と聞いてくれるお兄ちゃんは、やっぱりやさしいです。

 だからわたしも、「公園に行きたい」と言います。

 きんじょの公園なら、人も少なくてあんしんだ、ってお兄ちゃんが言っていたのをおぼえていたからです。

 わたしが公園に行きたいと言ったら、思ったとおり、お兄ちゃんは「そっか、そこなら大丈夫かな」と、あんしんしたような声を出しました。

 よかった。

 ずっと、あんしんしていれば、わたしとお兄ちゃんはずっといっしょです。

 ずっと、何があっても。

 だからわたしも「うん!」と大きな声でおへんじします。

「おっ。皧、元気だね!」

 お兄ちゃん、うれしそう。

 わたしもうれしいから、お兄ちゃんの近くに行こうとしたら、お兄ちゃんが手をとっていっしょに歩いてくれます。

「じゃあ、朝ごはん食べよっか」

「うん!」

 今日も、わたしとお兄ちゃんはずっといっしょです。

 これからも、この先も、あしたも、あさっても、そのつぎの日も、またそのつぎの日も、つぎの日も、ずっと、ずっと、わたしたちはいっしょです。

 そうだよね、お兄ちゃん。


 お外を歩くときは、お兄ちゃんがわたしの右手をとっていてくれます。晴れているから、お家の中よりもあったかくて、聞こえてくる音もなんだかいつもより元気そう。

「公園、まだ?」

「もうちょっとだよ」

 さっきから聞いてるのに、お兄ちゃんのこたえは「もうちょっとだよ」ばっかりです。それじゃ「ちょっと」じゃありません。

 でも、足がちょっとだけつかれていても、たまに通りかかる車の音にちょっとだけびっくりしても、それでもお兄ちゃんといっしょにあるいていられるのが、やっぱりうれしい。

 独りは、もう嫌だから――――。

 え?

「ん、皧? どうかした?」

「ううん」

 いっしゅん(はいしゃのあつしせんせいは「2びょうくらいだよ」って言ってたけど、もっとみじかいような気がします)、わたしの知らない声が聞こえたような気がしたけど、お兄ちゃんには聞こえていないみたいです。気のせいかな?

 すごく、なつかしい――でも、ちっともうれしくない気持ちになるような声のような気がしました。

 わたしは、たぶんその声を知ってい――――

「皧」

 急に、お兄ちゃんの声が聞こえました。

「どうしたの?」

「公園に着いたよ」

 お兄ちゃんがやさしい声で教えてくれました。公園についたみたいです!

「じゃあ、歩こうか」

 そう言って、お兄ちゃんがさっきよりもつよくわたしの手をにぎったから、ちょっとだけいたかったけど、その手が「皧はここにいるんだよ」って言ってくれているみたいな気もしました。

 お兄ちゃんは、ときどきそういう風に、教えてくれます。

 わたしがまいごにならないように、わたしのことがだいすきだから、そう言ってわたしにいっぱい教えてくれるのです。

「皧、行こうか」

 お兄ちゃんの声が聞こえます。

「うん!」

 お兄ちゃんの手のあったかさを感じながら、公園の中を歩きます。

 足もとにあるカサカサした葉っぱ。少しつめたい風。おさんぽしてる赤ちゃんのわらい声。公園の中にある川の音。

 2人で歩いているときは、とっても楽しくて、何も足りないものがないような気持ちになります。

 こんな気持ちが、ずっと続けばいいのに。

 ときどき、わたしは思ってしまうのです。もしかしたら、わたしとお兄ちゃんがずっといっしょにいられる時間は、そろそろおしまいなんじゃないかって。

 きっと、いつも見るゆめのせいです。

 そんなこと考えたくもないのに。

 ゆめの中のわたしは、わたしよりも少しだけ大人です。ちょっとだけ人とちがうから「わたし」はまわりの人からいじわるをされています。

 ともだちがほしいのに、だれもともだちにはなってくれません。「かわいそう」って言ってるのに、そう言いながら「わたし」のことを、いやな目で見る人ばかりでした。

 その中には、「わたし」がともだちをほしいと思っていることを知っている人もいて、ともだちのフリをする人もいました。

 「わたし」にやさしいことを言って、いつもいっしょにいてくれて、いつも「わたし」にニコニコした顔を見せてくれていました。

 でも、その人は「わたし」のことを、「わたし」が知らないところでずっといじめていて、そのことがわかってしまった「わたし」は、すごくガッカリするのです。

 いつも、そこで目がさめます。

 朝、わたしがふとんでねていたんだってわかると、すごくあんしんします。でも、そのあとで、またかなしい気持ちになって、だから、そんなときにお兄ちゃんの声がすぐに聞こえると、うれしくてしかたがないのです。

 お兄ちゃんだけは、うそなんてつかないで、わたしのことをほんとうにだいすきでいてくれるから。

 だからわたしは、はなうたを歌いながら、歩きます。

「皧、楽しい?」

「たのしい!」

「よかった!」

 大きな声でよろこんでくれて、すべすべした手でわたしの頭をなでてくれます。

 お兄ちゃんの手は、とてもあったかいです。

 わたしは、しあわせな気持ちで公園の中を歩きました。

 時間がすぎて、少しずつまわりがしずかになってきました。そうするとお兄ちゃんも「そろそろ帰ろうか」と言います。

 でも、まだまだ足りません。

 今日はもうちょっと歩けそうでした。

「もうちょっと」

 わたしはそう言いました。

「でも、もう遅いから。続きはまた明日にしよう?」

 お兄ちゃんは、そろそろ皧だってつかれただろう、と言いました。たぶん、わたしのことをしんぱいしてくれているのです。だけど、わたしはもうちょっとだけ歩いていたいのです。

 だって、お兄ちゃんといっしょに公園を歩くのが、すごくたのしいから。

 おうちに帰ったら、この時間がおわっちゃう。

 明日が来るかどうかなんて、わからない。

 そう思うから、わたしは公園から帰るのがいやでした。

「帰らない」

「暗くなってくると、変な人も出てくるから。もう帰らないと危ないんだよ」

 やさしい声が聞こえてきます。やさしく言ってくれてるから、まだだいじょうぶ。お兄ちゃんはいつも、わたしのおねがいを聞いてくれるから。

「ほら、皧。もう行こう?」

 お兄ちゃんの声が、だんだんじれったそうになってきます。

 もしかしたら、もう行かなきゃいけないのかも知れません。でも、まだ行きたくない。

 だからわたしは、お兄ちゃんの声に答えないで、くびをふりました。もう公園はしずかになっていて、もしかしたらお兄ちゃんの言うとおり、もう時間はおそいのかも知れません。

 でも、帰りたくないのです。

「皧。もう行かないと」

「いやだ」

 お兄ちゃんに、わたしはそう答えました。すると、となりから「そっか」という小さな声が聞こえて、つないでいた手がはげしくふり回されました。

「!?」

 わたしがびっくりしているうちに、つないでいた手はかんたんにはなれて、わたしも、そのいきおいで道にたおれてしまいました。

 たおれたわたしの口に、すべすべしたつめたい手がぐっ、とおしつけられます。息がちょっとくるしくて、あたまとかおが、だんだんあつくなってきます。

「皧、もう帰ろう? 皧が危ない目に逢うのは絶対に嫌なんだ」

 ぼくは、皧のことが大好きだから。

 だから、もう帰ろう?

 あたまの上から、そんな声が聞こえてきます。さっきの、ちょっとおこってた声とはちがって、やさしくて、何だか、なきそうな声。

 お兄ちゃんのそんな声を聞いていると、わたしもかなしくなります。思わずなみだがこぼれて、うまく出ない声で「ごめんなさい」と言うことしかできませんでした。

 かなしい気持ちにさせてごめんなさい。

「もう、帰る」

 だから、なかないで。

 そう言うと、お兄ちゃんはすぐにわたしのくびから手をはなして、ぎゅ、っとやさしくだきしめてくれました。

「苦しかったろう。ごめんね、皧」

 どうして、あやまるのかわかりません。

 だって、お兄ちゃんはわたしのことがだいすきだから、こういうことをしているはずなのに。

 それがわかっているから、わたしも、お兄ちゃんに「だいすき」をされるのがうれしいのに。

 でも、だきしめてくれたお兄ちゃんのむねがあったかくて、わたしはすっかりあんしんしてしまいました。

 お兄ちゃんは、またわたしの手をやさしくとってくれました。

「帰ろうか」

「うん。帰る」

 わたしたちは、いっしょに歩いておうちに帰ります。

 すっかりしずかになった公園を出ると、ちかくのおうちからにぎやかな声が聞こえてきます。きっと、いろんなおうちで、家族がみんなそろうような時間なのでしょう。

 何だか、わたしのことじゃないけど、ちょっぴりうれしくなります。お兄ちゃんが「ん? どうかしたの?」と言います。

「なんでもないよ」

 それでも、どんなことよりも、お兄ちゃんとならんでいられることがうれしい。はずかしくて言えないから、わたしはお兄ちゃんの手をしっかりにぎりかえします。

 ずっと、いっしょにいられるよね。

 わたしがそう聞いたら、お兄ちゃんはなんて答えるのかな。

 おうちに帰るまで、わたしはずっと考えていました。


 お兄ちゃんが、夜ごはんを作っています。

 台所から、お肉のにおいがします。お兄ちゃんは、おかいもののときにはお肉を買わないけど、お肉をくれる知り合いが、お兄ちゃんにはいるみたい。

「もうちょっとでご飯できるよ~」

 お兄ちゃんの声が聞こえて、わたしはテーブルを探します。イスにすわって待っていると、テーブルの上にごはんが置かれていきます。

「いただきます!」

「いただきます」

 2人で食べるごはんは、とってもおいしいです。

 あっ、そうだ。

「ねぇ、お兄ちゃん」

 わたしは、おでかけしたときに気になったことをお兄ちゃんに聞いてみることにしました。

「だいじな人とずっといっしょにいたかったら、やさしくしなきゃダメって、どういうこと?」

 お兄ちゃんなら、たぶん知っています。

「ん? そうだなぁ……」

 あれ、わたしに言ってくれたのはお兄ちゃんじゃないみたいです。

「皧は人に優しくされると嬉しいでしょ?」

「うん」

「だから、優しい人のそばにはずっと、色んな人がいてくれるんだよ。人ってね、自分を嬉しくしてくれる人の傍にいたがるものだから」

「……?」

 お兄ちゃんのお話は、たまによくわからないときがあります。そういう話をするときのお兄ちゃんは少しさびしそうです。

「だいじょうぶ?」

 わたしがそう聞くと、お兄ちゃんは「ありがとう」と言って、わたしのことをぎゅ、とだきしめました。

「お兄ちゃんはね、皧がいればそれで大丈夫なんだよ。皧と一緒にいられれば、ぼくはずっと嬉しいんだ」

 お兄ちゃんの体、あったかい。

 それが何だかうれしくて、わたしは心まであったかくなったような、しあわせな気持ちになりました。

 ごはんを食べたら、ちょっとあそびます。

 今日は、お兄ちゃんがいろんな本を読んでくれました。ちょっとこわいお話とか、かなしいお話もあったけど、お兄ちゃんの声で聞いているとへいきでした。どんなお話を聞いていても、すごく楽しかったです。


 ――だって、お兄ちゃんはあいつらと違ってわたしに意地悪をしないから。


 そんな声が、また聞こえました。

 この声は、だれの声なんでしょう。聞くといつも気持ちがどきどきして、まるでわたしがひとりぼっちみたいに思ってしまいます。

 まるで、ゆめの中の「わたし」みたい。

 いいえ。ちがいます。

 わたしは、「わたし」とはちがいます。

 だって、わたしにはお兄ちゃんがいる。ずっと前にいなくなっちゃったけど、お母さんだってわたしのことをかわいがってくれました。

 わたしには、あったかいかぞくがいます。

 だから、わたしはしあわせです。

 しあわせな気持ちのまま、わたしはお部屋の中で、ふとんに入りました。

「おやすみ、皧」

「おやすみ」

 お兄ちゃんがわたしのお部屋を出て行きます。カギをしめる音がして、しずかになっていきます。

 そうして、わたしは今日もねむります。


 ゆめの中で、わたしはひとりぼっちでした。

 いつもとぜんぜんちがうゆめなのに、それでもわたしはひとりぼっちでした。

 さいしょは「わたし」のゆめなんだと思いました。でも、わたしがいるのはわたしのおうちで、わたしの前にはお兄ちゃんがいます。

 お兄ちゃんは、わたしにやさしくしてくれます。

 でも、いつもみたいにわたしのことを「だいすき」をしてくれませんでした。

 ゆめの中で、わたしは、お兄ちゃんが「だいすき」しやすいようなことをたくさんしました。でも、お兄ちゃんは口で『そういうことをしちゃダメだよ』と言うだけで、いつもみたいにしてはくれませんでした。

 それがさびしくて、わたしは思ってしまったのです。

 ――お兄ちゃんは、もうわたしのことなんてきらいになっちゃったのかな?

 そう思ったらまたさびしくなって、わたしは自分で「だいすき」をするようになりました。お兄ちゃんがしてくれたように自分のかおをたたいたり、あたまをカベにぶつけてみたり、思いつくだけ、いろんなことをしてみました。

 そのうち、いいことを思い出したのです。

 むかし、お兄ちゃんはわたしのお部屋で、わたしのことを天井からぶら下げようとしたことがありました。

わたしのくびを、わっかにしたロープにくぐらせて、わたしがイスの上に立ったのを見てから、お兄ちゃんがわっかになっていない側のロープをおもいきり引っぱるのです。そうするとわたしのくびにかかったロープがきゅっ、となって、息がくるしくなります。そのようすを見ながらお兄ちゃんはロープをはなして、わたしをだきしめてくれたのです。

『だいじょうぶ、皧?』

『うん』

『そうか。……皧は、かわいいね。だいすきだよ』

 そう言って、お兄ちゃんはやっぱりわたしをだきしめてくれるのです。

 そうだ、その「だいすき」を自分でしてみよう。

 もしかしたら、お兄ちゃんは「だいすき」につかれてしまったのかも知れません。わたしが自分でやってみせたら、もしかしたらお兄ちゃんはびっくりして、わたしをほめてくれるかも知れません。そして、もとのお兄ちゃんにもどるかも。それが、すごくいいことのように思えたのです。

 だから、ゆめの中のわたしは、ロープをつかった「だいすき」をしてみることにしたのです。

 お兄ちゃんが「だいすき」してくれたロープは、そのままこっそりわたしが持っています。だから、わたしはお部屋にあるイスの上に立てば、それだけでいいのです。あとは、自分で引っぱって……っと!

 ん……、あれ、うまく引っぱれない。

 お兄ちゃんがしてくれたみたいには、なかなかできません。だから、ちょっとだけくびがぎゅっ、てなっても、お兄ちゃんがしてくれた「だいすき」のような気持ちにはなれません。

 だから、わたしはもっと力を入れてロープを、

 ガタッ!

 足の下で、イスがたおれてしまいました!

 イスがなくなったから足が宙ぶらりんになって、息がどんどん苦しくなっていきます。

 くるしい……っ!

 たすけて、たすけて、たすけて!

 このままじゃ死んじゃうよ、お兄ちゃん……!!


「――――――っ!!」

 おきてもまだ、くびがくるしくて、わたしは何回も何回も、くびをさわりました。ロープのごわごわした感じは、もうわたしのくびにはありません。

 それはそうです、だってわたしが今見ていたのはゆめだから。

 でも、ほんとうみたいなゆめでした。

 さびしくて、かなしくて、くるしいゆめで、だから目がさめたとき、わたしはすごくあんしんして、目があつくなって、なみだが出てきてしまいました。

 お部屋のドアがあいて、「どうしたの!?」とあわてた声のお兄ちゃんが入って来ました。

「何か、怖い夢でも見た?」

 しんぱいそうな声で、お兄ちゃんはわたしにそう聞きます。

「うん……。でも、もうだいじょうぶだよ?」

 お兄ちゃんが来てくれたから、もうだいじょうぶです。ゆめの中のわたしみたいにひとりぼっちじゃないことがわかったから。おきているわたしには、お兄ちゃんがいます。

 だから、わたしはさびしくもないし、かなしくもありません。

 お兄ちゃんは、しばらくのあいだ、わたしをだきしめたり、あたまをなでたりしてから、「じゃあ、また何かあったら来るから」と言って、お部屋から出て行きます。

 わたしは、またひとりになります。

 さっきのゆめのせいで、ひとりになるのがこわくなったわたしは、お兄ちゃんを呼び止めてしまいました。

「どうしたの?」

 お兄ちゃんは足を止めて、わたしの方をふりかえります。

 だからわたしは、のどがカラカラになるのを感じながら、お兄ちゃんに聞きました。

「お兄ちゃんは、わたしのこと、きらいにならないよね」

 わたしが入っているふとんから、お兄ちゃんのいるお部屋の入口にわたしの声がとどくまで、どれくらいの時間がかかるのでしょう。お兄ちゃんの声が、なかなか聞こえてきません。

 どうしたの!?

 お兄ちゃんなら、わたしの声にすぐ答えてくれます。わたしが何か言ったら、すぐにおへんじをしてくれます。わたしをふあんにさせるようなことなんて、ぜったいにしません。それが、わたしのお兄ちゃんです。

 なのに、どうして答えてくれないの!?

 さけび出したくなりました。

 でもその時、ほっぺにあったかい手がそえられて、鼻にも、あったかくてやわらかい物が当たりました。それから、お兄ちゃんの声がすぐ近くから聞こえてきました。

「皧、心配しなくていいんだよ? お兄ちゃんはずっとずっと、皧のことが大好きなんだから。お兄ちゃんが皧のことを嫌いになるなんて、そんなことあるわけがない」

 ふにふに~、と言いながらわたしの鼻をくりくりするお兄ちゃんの言葉はやさしくて、わたしの心の中もあったかくなってきました。

 でも、お兄ちゃんはいつも、そう言ってくれています。本当なのかな?

 いつもいつも、わたしが『わたしのこと、すきでいてくれるよね?』とか『きらいにならないで』とか聞くと、いつだって、わたしにやさしい言葉をかけてくれます。

 お兄ちゃんがわたしのことをだいすきなんだって、それはわかっています。

 でも、ゆめの中のお兄ちゃんは、わたしのことをだいすきだって言っていたのに「だいすき」をしてくれませんでした。

 今、わたしの前にいるお兄ちゃんは、本物のお兄ちゃんなのでしょうか? きゅうに、ふあんな気持ちになってきました。だから、わたしはお兄ちゃんに言いました。

 たぶん、お兄ちゃんに言ったら、やっぱり「だいすき」をしてくれそうなことでした。

「う、う……、うそでしょ?」

 そんなことを思ってなんてないのに。

 うそつきはわたしの方です。

 でも、お兄ちゃんがわたしに「だいすき」してくれる、本物のお兄ちゃんなのか、どうしても気になってしまったのです。

「嘘じゃないよ。本当にぼくは、皧のことが大好きなんだ。どうしてそんなことを言うの?」

 お兄ちゃんは、やさしい声でそう言います。

 いつもとおんなじです。

 わたしは、お兄ちゃんから、いつもとちがう「だいすき」が聞きたくて、いつもとおんなじ言葉じゃもう気持ちがおちつかなくなって、大きな声で言いました。

「でも、ゆめのお兄ちゃんは『だいすき』って言ってたのにわたしのこときらいになったもん!」

「夢?」

「そのせいでわたし、さびしくて、くるしくて、…………」

 だから、わたしはしんじゃったのに。

 ゆめの中のわたしはきっと、お兄ちゃんにたすけてもらうことができないまま、くびにロープがからまって、しんでしまったのです。

 すごくロープがくるしかったのに、いきがくるしかったのに、何回もお兄ちゃんのことをよんでいたのに、お兄ちゃんにはそれがわかってないのです。

「皧……」

 お兄ちゃんの声が、こまったような感じになってきました。

 それから、しずかな声でしゃべりはじめました。

「皧。夢の中で寂しい気持ちになっちゃったんだね。でもね、ぼくは、今ここにいるお兄ちゃんは、皧が寂しいことなんて絶対にしないよ。嫌いになんて、絶対ならないよ」

 そんなこと、わかってます。

 でも、いくら口でだいすきだって言ってくれても、もうわたしにはわかりません。

 お兄ちゃんが、わたしのほっぺをやさしく手でおさえて、「安心して?」と言いました。

 でも……。

「あんしんなんてできないよ……っ!!」

 もう、言葉だけじゃあんしんなんてできません。「だいすき」してくれるまで、きっとわたしの心は、くらいモヤモヤでいっぱいのままです。

 それなのに、言葉しかくれないお兄ちゃんなら、そんなのいないのとおんなじ! それじゃ、いみなんてないのに! 

 くびをふってお兄ちゃんの手から出ようとしたとき、わたしのあたまがお兄ちゃんに当たってしまいました。当たったばしょはやわらかくて、もしかしたらお鼻だったかもしれません。

「…………っ!」

 お兄ちゃんの、いたそうな声が聞こえてきました。

 それから、わたしの左目のよこがつよくたたかれて、あたまがグラグラしました。たたかれたところがあったかくなって、ヒリヒリして、お兄ちゃんがいつもしてくれる「だいすき」にそっくりでした。

「ふふ……」

 うれしくてわらったら、またちがうところがたたかれて、口の中が歯で切れてしまいました。

「ふ、はは、は……♪」

 あたまが、ほっぺが、かたが、うでが、足が、むねが、おなかが、あったかくて、ビリビリして、うれしくて、たまにあいたまんまの口に入ってくるにがいドロドロの水もおいしくて、たのしくて、しあわせで、さっきからあけられない左目がもえているみたいにあつくて、その左目からもドロドロのにがい水がまた流れてて、口に入るとのどにからまって息がしづらくなるけど、それでもお兄ちゃんの手はずっとわたしをたたいていて、だからそのあいだお兄ちゃんはわたしのことしか考えていなくて、それはお兄ちゃんがくれた本に書いてあった「愛」ににてるんじゃないかなって思ったらやっぱりうれしくて、そのうち変な音がしてから手が動かなくなってきて、引っぱられているかみの毛がブチブチって音を立てながらわたしのあたまからぬけて行って、たたかれたおなかからあつくてにがい何かがあふれてきて、目からも、あつくて、でも今度はサラサラな水……なみだでしょうか……が流れてきて、のどがふるえて、うまく声が出せなくなってきたけど、うれしいからわたしの口からはわらい声が出てきて、それといっしょにおなかからあふれた水がのどを傷つけて、たぶんパジャマとかふとんとかがビチャビチャになっていて、お兄ちゃんの声が遠くなってきて、そのうちわたしの体がおきているのかもわからなくなって、何も聞こえなくなってきたけど、お兄ちゃんがほんとうにわたしのことがだいすきなんだってことが、よくわかりました。

 そんな、わたしのことがだいすきなお兄ちゃんなら、いいよ。もっと「だいすき」して?

 わたしの気持ちがつたわったのでしょう、つぎにお兄ちゃんがしてくれた「だいすき」で、わたしのあたまは、くびのねもとから大きく右にかたむいて、くびのところから何か変な音がして、ちょっとだけ息がくるしくなって、さっきよりも何も聞こえなくなりました。

 まるで、さっき見たゆめの中で、ロープがくびにからまったあとのわたしみたいに。

 でも、ここにいるわたしには、お兄ちゃんがいるから、それでもへいきです。

 耳に入り込んできた声。

「……皧」

 あれ、もうおわりなの?

 お兄ちゃんの手がとまってしまいました。

 ちょっとさびしそうな声。でも、やさしくて、あったかい声。でも、今のわたしがほしいのは、言葉じゃないって――

「この子もダメだった。でも、安心して? 何回でも見つけてあげるからね、皧。だから、おやすみ」

 ……そっか。

 お兄ちゃんの声は、今まで聞いた中でいちばんあったかくて、やさしくて、聞いているだけであんしんできました。わたしは、今度こそ、お兄ちゃんの言葉をしんじられます。

でも、わたしはここにいるのに、「見つける」って、どういうことなんだろう。やっぱりお兄ちゃんのお話は、たまにむずかしくて、よくわかりません。

それでも、お兄ちゃんがこんなやさしい声で言ってくれているなら、それはきっと、とてもいいことなのです。

「ふふふ……」

 それがわたしとお兄ちゃん、どっちの声なのか、そんなことはもうわかりません。わたしがお兄ちゃんに言うことは、これだけです。

おやすみ、お兄ちゃん。

またわたしのことを――つぎは、ちゃんとまちがえないでわたしのところに帰ってきてね、お兄ちゃん。

そうしたら、ずっとずっといっしょだよ?

ずっと、まってるからね。


こんにちは、連続稼働時間が許容範囲を超えて少し眠くなり始めている遊月奈喩多です!

校歌がアニソンっぽい高校があるんですって! という話題を職場で聞いて、ひそかにテンションを上げています。

今日は花の金曜日! ……ですね。わたしはもう1日今週があるのですが、やはり気分が最高にHighってやつになります。重ちー出ますね(ジョジョアニメ)! 声は一体誰になるのでしょう?

少しだけ、次回予告など。

気になっている方はいないと思いますが、次回、「ぼく」の名前が登場しますよ! わりとどうでもいい情報かも知れませんね(笑)

それでは、また近々更新いたします。

ではではっ!

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