iの夢
こんにちは、遊月奈喩多です!
「前回までの、iによるiへのiの物語!」と大川透さんみたいな声で言いたいところですが、残念なことに私の声は路線が全く違っているので……。
ということで、前回のお話。
前回は「ぼく」ことお兄さんの目線で外出中の妹の様子を見たお話でした。プロジェクション・マッピングのくだりで露骨なジョジョネタを入れようかどうか投稿寸前まで迷っていたのは、前書きを読んで下さった方と私だけの秘密ということで!
今回は、そんな「ぼく」が世界で1番愛している、妹の皧ちゃん目線のお話です。どういう子なのでしょうね。なんて、作者自身が書いた後もそんな疑問を持ってしまうあたり問題かもしれませんが……(笑)
では、本編スタートです!
「おやすみ、皧」
「うん、おやすみ」
にっこりとやさしく笑って、お兄ちゃんはわたしのお部屋を出て行きました。わたしは、学校に行けないかわりに、と言ってお兄ちゃんが作ってくれた漢字のれんしゅう帳をとじて、ふとんに入ります。そしてわたしがふとんに入ると、お兄ちゃんが外からお部屋の明かりをけしてくれました。
お兄ちゃんは、とてもやさしいです。まいにちニコニコしています
それと、お兄ちゃんは、わたしにいろんなものをくれます。机の上にかざってある犬の時計も、洋服も、ぜんぶお兄ちゃんがくれたものです。それに、いろいろ教えてくれます。わたしがかぜで学校に行けないので、国語も算数も、ほかのこともお兄ちゃんがまいにち教えてくれて、まるでわたしだけのせんせいみたいです。
でも、1番うれしいのは、お兄ちゃんが「皧はかわいいね」とか「だいすきだよ」とか、いっぱい言ってくれることです。わたしもお兄ちゃんにだいすきだよって言いたいけど、はずかしくてなかなか言えません。
明日は言えたらいいな。
わたしはいつも、そうおもいながら、ねます。
ゆめを見ました。
さいきん、いつも見ているゆめでした。
ゆめのわたしは、わたしよりももっと元気で、わたしよりももっといろんなことを知っています。ゆめのわたしも、いろんな人から「かわいいね」とか「だいすきだよ」と言ってもらっています。そう言ってもらうととてもうれしくなります。
あと、ゆめの中に出てくるわたしは、「皧」じゃなくて、もっとちがう名前で呼ばれています。「りお」というのがゆめのわたしの名前みたいです。
ゆめの中では、みんながわたしのことをおひめさまみたいにだいじにしてくれて、ゆめのわたしはいつも、だれかから「だいすきだよ」と言ってもらえます。そのことばを聞くのがだいすきなわたしは、そのためにいつもがんばっているのです。
だけど、「だいすき」と言われることはいっぱいあるけど、そのわたしが本当にすきな人はいません。お部屋にある本に出てくる「恋人」がしているようなことをたくさんの人としているのに、ゆめの中のわたしはだれもすきじゃありません。
ゆめのわたしは、どうしたらすきになってもらえるかということばかり考えています。たぶん、理由はありません。「わたし」はとてもよくばりで、近くにいる人とか近くにあるものがほかの人にとられるとすごくイヤな気持ちになってしまうのです。
だから、本当にすきじゃなくても自分のものにできるならすきなフリをつづけています。
でも、それってすごくつかれると思います。
ゆめの「わたし」も、ひとりになるととてもつかれた顔をしています。
『なんでそんなことしてるの?』
そう聞いても、つかれた顔のわたしはこたえてくれません。まるで本の中の人みたいに、わたしの声はとどきません。ずっとずっと、つかれたまま、かわいくてきれいなフリをしているのです。
ずっとずっと、人気ものでかわいいわたしでいます。1番の人気ものになるためには、何でもしました。
わたしのことをすきにならない人なんて、めちゃくちゃにしちゃえ――。
じゃまになる人なんて、ボロボロにこわしちゃえ――。
いろんなことをして、わたしは1番になりました。
それから、さむい冬の夜、わらいながら歩いていたわたしは、いきなりつかまえられてしまいます。
『り~おちゃん♪』
せなかにくっついた体がなまあったかくて、ねばりつくような気持ちわるい声がわたしをはなしてくれません。
いやだ、いやだ、いやだ、いやだ。
こわい、いやだ、たすけて、いやだ、いたい、いやだ、たすけて、だれか、だれか、だれか……!
「――――!!」
目がさめると、お部屋の中はまだまっくらです。ゆめの中でさいごにつれて行かれたせまいお部屋にそっくり。
わたしはふとんの上で体をおこして、お部屋の中をじっと見回しました。
何もいないはずです。何も見えません。お部屋はゆめの中よりずっとあったかいです。いいにおいがします。でもまっくらで、むねがずっとドキドキしておしつぶされそうで、こわくてしかたがありません。どうしよう、どうしよう。
「おに、……」
お兄ちゃんを呼びたいのに、こわいゆめのせいで口がうまくうごきません。声も出ません。
ゆめのことなんてわすれたいのに、あたまの中はまだゆめのことでいっぱいです。おじさんにつれて行かれて、くらいお部屋にとじこめられて、ひどいことをされる。
いたくて、こわくて、気持ちがわるい。まるでゆめがまだつづいているみたいでした。
はやく来て、お兄ちゃん……!
声が出なくて、体もうごかないので、心の中で呼びつづけることしか、わたしにはできません。
このままお兄ちゃんが来なかったらどうなっちゃうんだろう。
わたし、しんじゃうのかな。心の中がだんだんまっくらになってきて、何もわからなくなってきて、わたしはいなくなっちゃうのかな。ずっとひとりぼっちのまま、ここで――
ガチャッ!
「……っ!」
いきなり、ひくくてにぶい音がしました。少しびっくりしたけど、すぐに安心しました。お部屋のドアについている小さなまどが開いて、そのむこうがわから、お兄ちゃんの声が聞こえたからです。
「皧? まだ起きてるみたいだけど、どうかした?」
「お兄ちゃん……!」
やっと、来てくれました。その声を聞けただけで安心して、うれしくて、さっきまでのこわい気持ちはすっかりきえてしまいました。
もうぜんぜんこわくないし、いやなことなんて何もないのに、急に体の中があつくなってきて、なみだが止まりません。
「えっ! ちょっとどうしたの、皧!?」
泣いた声が聞こえてしまったのかも知れません。あわてた声のお兄ちゃんがすぐにお部屋のカギを開けて、明かりをつけてくれました。それからお部屋の中に入って来て、わたしをだきしめて言います。
「また怖い夢を見たの? そんなのは忘れていいんだよ。もう全部夢なんだからね、皧」
そう、やさしい声でわたしをなぐさめてくれます。それからお兄ちゃんはわたしが泣きやんだのをたしかめて、わたしを上のお部屋につれて行ってくれました。わたしがイスにすわると、あったかいココアをいれてくれて、わたしのすぐとなりにすわってくれました。
にこにこして「おいしい?」と聞いてくれるお兄ちゃんに、わたしは1回うなずきます。そうするとお兄ちゃんはまたうれしそうにわらってくれます。わらってくれるとわたしもうれしくて、あったかい気持ちになれます。お兄ちゃんは、白くてきれいな手でわたしのあたまをなでてくれました。
「いいかい、皧。もう皧には嫌なことなんて起こらない。ぼくが起こさせやしない。夢のことなんて、全部忘れちゃえばいいんだよ。だって、君にはもう関係のないことなんだから。全部、ただの夢なんだよ? 今、お兄ちゃんと一緒にいるこのお部屋が皧にとっては本当で、全てなんだ」
少しむずかしいことも言われたけど、お兄ちゃんがわたしのゆめのことをわすれさせようとしてくれているのがわかりました。やさしい顔で、やさしい声で、そう言ってくれます。
だけど……。
「でも、すっごいこわくて……」
わたしはそんなお兄ちゃんのことばをもっと聞きたくて、もっとそばにいてほしくて、お兄ちゃんのおなかにしがみ付きながら言いました。お兄ちゃんはまた、あたまをなでてくれます。
「えへへ……」
なでてくれる手があったかくて、思わず声が出てしまいます。そんなわたしを見て、やっぱりやさしくわらってくれたお兄ちゃん。やっぱり、だいすき。
「大丈夫だよ、もう全部皧には関係ないんだから。安心して」
そう言ってお兄ちゃんは、わたしをぎゅっとしてくれました。お兄ちゃんの体は細いのにとてもあったかくて、やわらかくて、こんどは、その体からはなれることがこわくなってしまいました。はなれたら、また「ひとり」になってしまいそうで。
「もう大丈夫だよ、皧。さぁ、もう夜も遅いから寝ようね」
だから、お兄ちゃんがやさしい声でそう言ってくれても、はなれることなんてできません。
「皧、まだ怖いの?」
お兄ちゃんの声がちょっとひくくなったような気がしました。わたしが1回うなずくと、お兄ちゃんは少しの間わたしじゃないところを見てから、いきなりわたしの左うでを強くつかみました。それからお兄ちゃんの手の力は、だんだん強くなっていきます。
「それなら、怖いことは全部ぼくが忘れさせてあげる」
そう言うとお兄ちゃんはまたにっこりしました。
ありがとう、お兄ちゃん。
「おはよう、皧」
お部屋のカギを開けて、お兄ちゃんが入って来ました。それからわたしが読んでいる本を見て、「今日は難しい本を読んでるんだね」とうれしそうな顔で言いました。わたしだって、お兄ちゃんからいろんなことを教えてもらっているから、ちょっとくらいむずかしい本は読めるのです。
「えっへん!」
お兄ちゃんが見せてくれたマンガにあったしぐさをしてみました。するとお兄ちゃんは「ふふっ」とおかしそうにわらってくれました。
「皧は今日もかわいいね」
そう言ってあたまをなでてくれます。それからわたしを上のお部屋までつれて行ってくれました。階段を上って手あらいうがいをしてからごはんを食べるお部屋に行くと、もうテーブルの上にはおいしそうなおりょうりがならんでいます。
「おいしそう! いただきまーす!」
「落ち着いて食べてね」
お兄ちゃんがくすっとわらいながら言いました。むぅ、なんか食いしん坊みたいな言い方! だって、おりょうりがおいしいんだもん。
「はい、あーんして?」
左手がビリビリしてうまく使えないわたしにひと口ずつ食べさせてくれるお兄ちゃんの笑顔が、すごくきれいでした。
「ごちそーさまー!」
お兄ちゃんが作ってくれるごはんはいつもすごくおいしいです。
とちゅう自分で食べようとしたけど、やっぱりうまく食べられなくて、やっぱりさいごまで、お兄ちゃんにてつだってもらいながらの朝ごはんになってしまいました。
お皿をあらっているお兄ちゃんのせなかに話しかけます。
「お兄ちゃん、今日はどっか行くの?」
「あ、どっか行きたい?」
お兄ちゃんはふりかえって言いました。天井の近くにあるまどを見ると、今日はどうやら晴れているようです。いいおてんきの日にはやっぱりおでかけをしたくなります。
わたしが「うん」とうなずくと、お兄ちゃんは少し考えるような顔をしたあと、「そっか。じゃあ、今日は近くの公園に行こうか!」と言いました。
「行く!」
もちろん、すぐにそうこたえました。わたしは、外に出るのがだいすきなのです。
公園についたのは、お昼の3時ちょっとすぎでした。
風がちょっぴりつめたいからでしょうか、公園には人があんまりいなくて、世界中にわたしとお兄ちゃんの2人だけしかいないみたいにしずかでした。
「しずかだね、お兄ちゃん」
「そうだね……、寒いからみんな来てないのかな。皧は平気?」
「うん、へいき!」
お兄ちゃんはわたしのしんぱいをしてくれました。本当にさむくなかったし、もしさむくても、たぶんお兄ちゃんの言葉だけで体中があったかくなっていたと思います。
やっぱりだいすき、お兄ちゃん……!
わたしはそんなお兄ちゃんと2人で公園を歩けることがうれしくて、つい先に先に走ってしまいます。
「あんまり走ると危ないよ~」
「へいきへいきー!」
この公園に来るのははじめてではありません。ずっと前にも来たことがあるので、この公園のことはよく知っています。お兄ちゃんはしんぱいしてくれているけど、たぶん、まいごにはなりません!
「お兄ちゃん、はやくはやく~!」
「ちょっと待って~」
お兄ちゃんも走って、わたしをおいかけて来ます。そんなお兄ちゃんを見ていると何もしなくても顔がにやけてきます。走りながら、「はやく! はやく!」とお兄ちゃんを呼びます。
はやくこっち来て!
「よ~し。追いついちゃうぞ~!」
そう言いながらお兄ちゃんが走って来ます。そこでわたしは、お兄ちゃんをびっくりさせるさくせんを思いつきました。
わざとお兄ちゃんにむかってとびこむのです。ばぁ!
「わぁ~!」
お兄ちゃんはわたしをうけとめて地面にたおれました。
ふふ、何回やってもおどろくなんて、お兄ちゃん、小さい子みたいです。かわいい♪ ………………。
「お兄ちゃん?」
「…………」
「お兄ちゃん」
「…………」
「お兄ちゃん!」
「…………」
どうしよう、お兄ちゃんがおきてくれない!
後ろむきにたおれたときにあたまをうっちゃったの!? あたまを強くうっちゃうと死んじゃうからあたまはだいじにまもらなくちゃいけないよ、ってお兄ちゃんに言われていたのを思い出しました。
どうしよう、どうしよう……!
いくらゆすってもお兄ちゃんはおきてくれません。
どうしよう、どうしよう……!
えっと、えっと……そうだ、でんわ! でんわしないと! でも、外にでんわなんてあるのかな!? おうちに帰らないとでんわはないの!?
こまってまわりを見回していると、うしろから話しかけられました。
「どうかしましたか?」
「えっとえっと、お兄ちゃんがおきてくれなくて、」
「へぇ~、ぼくが?」
「うん……」
あれ? うしろをふりかえります。すると、お兄ちゃんがニヤニヤしてわたしを見ています。
「えっ?」
「お兄ちゃんは死なないよ。皧のことが大好きだから」
「う……うそつき! さいてい!」
本当にびっくりしたのに! こんなうそをつくなんて、ひどすぎます! お兄ちゃんは、おこるわたしをやさしくだきしめながら、「ごめんごめん」と言いました。
それだけで何だか安心しちゃって、「もういいよ」と言いそうになったけど、わたしはほんとにびっくりしたんです!
だから、「つぎやったら、ぜっこうだからね!」とお兄ちゃんに言いました。でも、本気でそんなことを思ってないことはわかっているみたいで、「わかったよ」とお兄ちゃんは笑いながら言いました。
しばらく公園の中をすすむと、森みたいな道をぬけて、草の生えたひろばが見えてきました。ひろばでは何人か小さい子がお父さんとかお母さんとかといっしょにあそんでいるのが見えました。たのしそうにしているその子たちをぼーっと見ていると、うしろから「どうしたの?」とお兄ちゃんに聞かれました。
「えっと……」
何で見ていたか、わたしにもよくわかりませんでした。よくわからないのに、どうしてか見てしまったのです。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
わたしは、あの子たちを見てただ思ったことを言いました。
「お兄ちゃんとわたしには、お父さんとお母さんはいないの?」
お兄ちゃんは、わたしの顔をしばらく見たあと、「お父さんとお母さんがいないと寂しい?」とわたしに聞きました。そのときのお兄ちゃんはちょっとこまっているように見えたから、わたしはあわてて首をふりました。
「ううん、そうじゃないよ!」
だからそんな顔しないで。
わたしといっしょにいるんだから、わらってて。
「――――、ごめん。皧がそんな顔をすることはないよ。大丈夫だよ。寂しい思いはぼくがさせないから」
さびしいなんて、思ったことがありませんでした。だって、わたしにはお兄ちゃんがいます。お兄ちゃんとわたしがいればそれでぜんぶ。だからさびしいなんて、そんなことない。
そう言おうと思ったけど、なぜか声がつっかえて出ませんでした。お兄ちゃんは「よし」と小さな声で言ったあと、明るく「あそこら辺で遊ぼうか!」と言って、ひろばのはしっこの方をゆびさしました。
ブランコやすなばがあって、たのしそうです。
「一緒に遊ぼう!」
「うん!」
お兄ちゃんがわらっていたので、わたしもつられてわらってしまいました。それに、お兄ちゃんの顔は「たのしくないことは、もうおしまい」って言っているような気がしたので、もうこのお話はおしまいです。
わたしたちは、ひろばのはしっこに行きます。
あんまり走るとやっぱり左うでがいたいので、とちゅうはゆっくり歩いて行きました。
ちょっと前まで小さい子がたくさんあそんでいたその場所は、わたしたちがゆっくり歩いているうちにだれもいなくなっていました。今は、あそびほうだいです!
「ブランコのりたいな」
わたしは、お兄ちゃんにそう言いました。
「あれ、皧ブランコ好きだったっけ?」
「うん! 今日はブランコ!」
「ふーん、そっか。でもブランコは両手使わないと危ないしなぁ」
お兄ちゃんは、わたしの左うでがいたくて、左手がびりびりしてあまり動かせないことを知っているから、しんぱいそうにわたしの左手を見ています。
「だ、だいじょうぶだよ!?」
「ほんとに~?」
「う~っ」
ほんとは、すごくいたいです。チェーンをつかむのも、たいへんなくらい。
ブランコやめなきゃだめなのかな……。
「じゃあ、こうしてみようか」
そう言うとお兄ちゃんはコートのポケットから小さなわっかを出して、わたしの左手首とブランコのチェーンをパチンと留めてくれました。チェーンがひんやりして少し手首がつめたかったけど、お兄ちゃんが「ちょっときついかも知れないけど、こうすればブランコから落ちないと思うよ?」とやさしい顔で言ってくれました。
それに、そのおかげでブランコにものれました。そのあともお兄ちゃんが背中をおしてくれて、すごく気持ちよかったです。
「あんまり速くし過ぎると危ないからゆっくりでもいい?」
「いい!」
もちろんです!
あんまりはやいとこわいから、ゆっくりくらいのスピードがすきです。ぶぅん、ぶぅんと景色がゆっくりとうごきます。何だかふしぎな気持ちになってきました。
うしろをふりかえると、お兄ちゃんがやさしくニコニコしながらせなかをおしてくれています。前に来たときよりたのしくて、わたしは声に出してわらっていました。
……?
前にこの公園に来たのって、いつだっけ?
お出かけするのはいつもお兄ちゃんといっしょです。わたしがお兄ちゃんとお出かけするのは、いつもお昼とかの明るい時間です。外にいる間にくらくなることはあるけど、くらくなってからお出かけしたことはありません。
でも前に来たこの公園はまっくらで、それにお兄ちゃんもいっしょじゃなかったような……。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「この公園、前に来たことあったっけ?」
「――え?」
お兄ちゃんの顔が、ちょっとだけカゲになりました。
『こんばんは。ねぇ、今1人なの?』
『え?』
明かりがついているだけのまっくらな公園で、その人は、やさしくわらって……。
「皧、どうしたの?」
カゲになったまま、お兄ちゃんがやさしい声でわたしに聞きます。何でだろう、その顔はいつもわたしにやさしいお兄ちゃんとはちがう顔のような気がして。
「――う、ううん。なんでもない」
いつもならお兄ちゃんの声で安心できるはずなのに。お兄ちゃんに見つめてもらえるだけでわたしは何があってもだいじょうぶなはずなのに。今は何だかちょっとこわくて、お兄ちゃんの顔が見られませんでした。
わたしの手首にくっついているブランコのチェーンがすごくつめたくて、体がふるえます。
「帰ろっか」
「うん」
少しあそんでから、お兄ちゃんに右手を引かれて、わたしたちはおうちにかえりました。
風がちょっとつめたくてお兄ちゃんにしがみつくと、お兄ちゃんはやさしくわたしのあたまをなでてくれました。
「あったかいなぁ」
わたしはそう口に出して、またお兄ちゃんにしがみつきました。
今日は、おるすばんです。
お兄ちゃんは夜ごはんのおかいものに行っています。
『なるべく早めに帰ってくるからね』
お兄ちゃんが1人でおでかけするときは、まずさいしょにそう言ってくれます。それから、『あったかくしててね』とか『ピンポンが鳴っても出ちゃダメだよ』とか『お兄ちゃんからじゃない電話は出ないようにしてね』とか、いつもとおなじようにいろんなことをわたしに言ってから、『ほっぺ~』と言って右と左のほっぺをくっつけて、『お鼻~』と言ってお鼻をくっつけて、くりくりします。
「うりりり~!」
お鼻をくっつけるときにお兄ちゃんが出す声をまねして言いながら、わたしはじぶんのお部屋に入りました。1人だけど、べつにつまんなくありません。おかいものに行く前に、お兄ちゃんがいろんな物を置いて行ってくれていたからです。
まっている間に本はよみ終わってしまいました。
だからつぎは、机の上に置いて行ってくれたパソコンです。お兄ちゃんがいつも使っているのを見ていたら何だかおとなっぽい感じがしたので、ずっと使ってみたいと思っていました。おかいものに行く前のお兄ちゃんはいつもよりもっとやさしいので、ためしにおねがいしてみたら、やっぱりかしてくれました。
だけど、たのしみにしていたのに、なかなか使えません。
パソコンを見ると、なんだかドキドキして、さわれないのです。
「使っていい、使っていい、使っていい……!」
何回も言って、やっとパソコンにさわることができました! そうしたら、あとはもうかんたんです。おかいものに行く前にお兄ちゃんが教えてくれたやり方で、インターネットを使います。インターネットのマークは、青いやつです。
「あれ……?」
青いマークをおしたら、真っ白なページになってしまいました。
なんだろう、前にちょっとかしてくれたインターネットの画面とはちがうような気がします。何かないかな……と思って画面を見てみると、右の方に「皧」という字が書いているのに気付きました。
皧というのは、わたしの名前の漢字です。
何だろう? マウスを動かして、その名前をおしてみます。
画面がかわると、つぎに出てきたのは本みたいな文でした。お兄ちゃんが書いたみたいです。
『皧 (1) 6月23日
今日、皧とまた出会うことができた。僕を見て『お兄ちゃん、ごはんまだ?』と言う姿に、思わず目を疑って涙を流しそうになった。最初こそ違和感があったけど、間違いない、目の前にいるのは僕の妹、清瀬 皧だ。表情やしぐさ、好物の玉子焼きを見たときの目の輝き、そのどれをとっても、皧だと言うほかなかった。
こんな気分は、皧が生まれてきてくれたとき以来だろうか。
明日から、また一緒に暮らそうね、皧。……』
「……?」
漢字ばっかりの文で、何が書いてあるかよくわかりません。でも、「また会えた」とか「また一緒に」なんて、へんなの。だって、わたしはずっとお兄ちゃんといっしょにいるのに。
でも、何だか気になって、わたしはしばらくその文を読みました。
『皧 (1) 9月30日
今日はあいにくの雨だ。それでも皧は家の中で楽しむ術をたくさん持っているようで、反対に僕の方が皧に元気付けられてしまった。この間連れて行った海辺の公園が楽しかったようで、「波ごっこ」なんて言う遊びをしたりして、さながら楽しむ天才だ。やっぱり、皧は僕の天使だ。……』
『皧 (1) 12月8日
最近、皧が夜中に目を覚ましているようだ。どうやら、悪い夢を見ているらしい。しかも、どうもその夢を見た後の様子がおかしいようだ。ありえないことだとは思うが、念の為に皧には自分の存在を再確認してもらう必要がある。……』
『皧 (1) 12月28日
どうやら、1度飲んだ体にもう1度飲ませても効果はないらしい。むしろ、再会してからのこととそれまでの記憶がない混ぜになって逆に記憶が混乱してしまっているようにも見える。どうにか持ち直してもやはりどこかぎこちなく、一緒にいて不安になることもあるくらいだ。どうしたらいいだろうか。……』
「うーん……」
やっぱり知らない漢字がいっぱいで、そんなにちゃんと読めません。それに、何だかよくわからないことが書いてあったりもしました。ほんとうにわたしのことを書いているのでしょうか? だってわたしは、お兄ちゃんと海になんて行ってないし、なみごっこなんてできません。どうやるのでしょう?
いっぱいむずかしい言葉が書いてある日記の中にも、みじかい日がありました。
『皧 (1) 6月4日
待ってて、皧。もう1回、見つけるから』
まいにち書いてあった日記はそこで1回おわって、つぎは9月のおわりくらいでした。名前は『皧 (2) 9月27日』で、
「ただいまー!」
げんかんから、お兄ちゃんの声がしました。じゃあ、ちょっと聞いてみようかな。
わたし、お兄ちゃんといっしょに海になんて行ってないよね? それに、またいっしょに、ってどういうこと? いろんな言いたいことがあたまの中にうかび上がってきます。
かいだんを上がると、お兄ちゃんがやさしいお顔でわたしをだきしめてくれました。
「お留守番は、つまんなくなかった?」
「うん! たのしかった!」
「そっか。ちゃんとお留守番できて偉かったね。何してたの?」
あたまをなでなでしながら、お兄ちゃんがわたしに聞きました。
「んっとー、お兄ちゃんの日記読んでた!」
「え?」
わたしのかみの毛をなでなでしていたお兄ちゃんの手が止まりました。かわりに、なでなでじゃなくて今度はぎゅー、としながら「何が書いてあった?」と、小さな声で言います。
「え、え……っとね? 海、海に行ったこととか」
ぎゅーってされてるあたまがちょっとくるしくて、うまく言葉が出せません。お兄ちゃんは「そっか」と言ってから、わたしのあたまを前におして、手をはなしました。足のバランスがとれなくて、わたしはうしろにたおれてしまいました。
「大丈夫、皧?」
お兄ちゃんはやさしくわらって、わたしの手をにぎって立たせてくれました。
「お尻、痛くない? 急に離したりしてごめんね」
やさしいお顔のお兄ちゃんの手はあったかくて、だからそんなお兄ちゃんがはずかしかったりするとかわいそうだな、と思いました。日記はもう見ないと思います。
「お腹空いたでしょ。おやつ買ってきたから、一緒に食べよ?」
そう言って出してくれたふくろからは、あまいにおいがします! わたしのすきなおかし!
「うん!」
それから、お兄ちゃんといっしょにおかしをたべました。いろんなお話をしながらたべたから、たのしくて、とってもしあわせな気持ちでした。
ずっといっしょだよね、お兄ちゃん。
また、おなじゆめを見ました。「りお」という名前のわたしは、いつもまっくらな道にいるときにうしろからつかまえられてしまいます。
『さぁ、僕と一緒に戻ろう。どんなおもちゃよりもかわいがってあげるから……!』
さむいはずなのに、その男の人はあせをダラダラかいていました。びっしょりとぬれてあつい体がわたしからはなれません。気持ちわるくて、気持ちわるくて、はなれられないまま……。
ゆめからさめても、まだふるえが止まりません。お部屋はまっくらで、何も見えません。まっくらなお部屋の中では、わたしがどんな顔をしているのか、わたしの体がどうなっているのか、ぜんぜんわかりません。
ゆめはもうおわったの?
ううん、おわったはず。だってここはお兄ちゃんとわたしがいっしょに住んでいるお家です。そうにきまっています。
だから、もうゆめはおわったのです。
おわったはずなのに、まだおなかがズーンといたくて、もしかしたらわたしはゆめからさめたわけじゃないのかも……って考えてしまいました。
だったら、わたしはだれ?
わたしは……きよせ あい、お兄ちゃんの妹、だよね?
ゆめの中でつかまれた手首は何だかきゅうくつで、なめられた首のまわりとか体中がベタベタしているような気がして、よだれを入れられた口の中が気持ちわるくて、急にわたしのことがわからなくなってきました。ゆめからさめたはずなのに。今、わたしは起きているのに!
わたしは、きよせ あいなのに。「りお」なんかじゃないのに! 何でずっと気持ちわるいの!? 何でずっと体がいたいの!? 何でずっとこんなに、こわくてたまらないの!?
――ていうか、ここどこなの?
「――っ!」
あたまの中で、わたしじゃない言葉がうかんできました。だって、わたしにはわかっています! ここはわたしのおうちで、わたしのお部屋です!
それなのに、なんで「逃げなきゃ」なんて声がさっきからやまないの……!?
「たすけて……」
ねるのがこわい。ゆめを見るのがこわい。ゆめを見たあと、わたしがわからなくなるのがこわい。
たすけてほしくてお兄ちゃんを呼ぼうとしても、小さな声しか出ません。
じっとしていられなくて、何も考えられなくなって、わたしはふとんから出てお部屋の中を歩きました。まっくらで、足下に何があるのかもわからなくて、何かに足がぶつかっても足を止めるのがこわくて、そのまま、ころんでしまいました。それであたまをお部屋のどこかにぶつけてしまいます。
あたまをぶつけたら、あたまの中で白い光が出てきて、わたしはあのゆめのことをわすれることができました。
そうだ、こうすればいいんだ。
お兄ちゃんもいつも言ってくれています、『辛い夢なら、ぼくが忘れさせてあげるから。任せて』と。
そっか。お兄ちゃんがやってたみたいに、それから今みたいにすれば、ゆめのことなんてかんたんにわすれられるんだ。とってもいい思いつきです!
わたしはうれしくなりました。
だから、わたしは、お兄ちゃんがいつもしてくれているのとおなじようにしてみました。あたまも、ほっぺも、足も、手も、お兄ちゃんがしてくれるようにしてみました。まっくらで何も見えないけど、わたしの体がどこにあるかはわかります。だから、わたしは何回も、何回も、お兄ちゃんのマネをしました。
かべに、ゆかに、机に。
……、……っ、……っ!!
ちょっとずつ、あたまがぼんやりしてきます。なみだが出て来ているのもわかりました。だけど、やめずにずっとお兄ちゃんのマネをしているうちに、ちょっとずつ、はっきりしてきました。
わたしは、きよせ あい。
少しずつ体中がじんじんしてきて、左うでからはビリビリがなくなってきて、何も感じなくなってきて、あたまがチカチカしてきて、わたしからあのゆめが――「りお」が――、いなくなっていくのを感じました。
そう、わたしはきよせ あい。「りお」なんかじゃない!
「ふふふ……」
何もしてないのに、おなかから体中に、わらいがひろがっていきます。
「はははは……っ!!」
うれしい、うれしい! わたしがわたしになっていくのが、うれしくて、うれしくて、わらいが止まりません。わらいすぎて息がくるしくなって、せきがすぐ止まらなくなっても、ふふふっ!
ねぇ、お兄ちゃん、わたしはやっぱり、あいだったよ! やっと、わたしをわたしだと思えるようになったよ……!! お兄ちゃんがいつもしてくれてたのはこういうことだったんだね、やっぱり、ほんとにだいすき! ははははっ♪
そのときでした。お部屋のドアがいきなり開いて、お兄ちゃんが入って来ました。
「皧! ……どうしたの!?」
でんきをつけたお兄ちゃんは、お部屋でころんでいるわたしを見て、おどろいていました。でも、すぐに「そっか……、また怖い夢を見たんだね」とやさしくわらって、わたしの体を起こしてくれました。それから、わたしの顔を見て、やさしくほほえみました。
わたしの耳もとで、お兄ちゃんがささやきます。
「それなら、お兄ちゃんも手伝うよ。皧が怖い夢を忘れられるように」
「へへへ……」
やさしい顔をしたお兄ちゃんの手が、いきおいをつけてわたしの口にのびて来ます。
ありがとう、お兄ちゃん。
やっぱりだいすき。
ずっとずっと、わたしといっしょにいてね。
こんにちは、前書きに続いて遊月奈喩多です(続いていなかったら恐ろしいですね)!
第2話「iの夢」はどうでしたか?
今回はちょっと本編と関係のあるあとがきをしていこうかと思います。
……ひらがなを混ぜた「小さい子視点」って、難しい。「ひらがなで書くようかな」なんて思って書き始めようものなら読みにくくなったりするのでその調整をしたりと、普段ティーンエイジャーや成人済みの人が出る話を書いている身としては慣れない作業をすることになりました。
そもそもひらがなの必要はあったのか? ……色々参考にしようかな、なんて。やっぱり人生いつでも勉強なのでしょうね、きっと。
このお話も、これからどんどんホラー(?)じみてくるような気がするので、ご期待ください!
ではではっ!




