第5話 扉を開けてやろう
執筆をサボっていたらいつの間にか半年も間が開いてしまっていたみたいですみません。今回はあの同級生とのお出かけ編です。果たして何が起こるのか。(用語解説はあとがきにあります)
――4月。第一日曜日――
昨日空を埋め尽くしていた雨雲はすっかりなくなり、天気予報通りの清々しい晴れとなった。まだじめっとする感じが少し残るものの、お出かけするには十分な天気ではないだろうか。
僕と江須羽は事前に待ち合わせ、一緒に麻技亜の家の前まで来ていた。
若干不安そうながらも、これからのお出かけを待ちわびてるような顔で江須羽は言った。
「ちゃんと来てくれるかなぁ」
「たぶん出てきてくれるよ。昨日約束したんだし、心では人を裏切れないって感じがする」
「そうだよね。私もそんな気がするから、あの子を信じよう」
昨日と同じように、広い庭を通って鉄格子型の門を開け、玄関の前まで来た。
「じゃあ押すよ?」
インターホンのボタンが押され、控えめ程度の音で「ピンポーン」と鳴ったのが聞こえた。
しばらくして、スピーカーに声が入る。
「はーい」
「手押と江須羽だ。約束通り来たぞ」
「わかりました。すぐ行きますね」
その直後、ブツッと音が切れる。スピーカー越しに聞こえてくる麻技亜の声からは、どこかうきうきした気分を感じ取れた。
(今日のお出かけを楽しみにしてくれていたんだな)
そうであればこちらとしても嬉しい。せっかくの外出を、沈んだ気持ちで来てほしくはない。だが、どうやらその心配はないようだ。
江須羽も、どこか落ち着かない様子で彼女が出てくるのを待っていた。
それから数十秒後、玄関の扉がゆっくりと開いた。
「お……おはようございます」
「おう、おはよう」
恥ずかしがっているのか、もじもじしながら麻技亜は扉の影から出てきた。
「へぇ、なかなか似合ってるじゃないか」
「おぉーすごい!かわいいよ麻技亜ちゃん!」
昨日のどんよりした雰囲気から一変、かなり明るい格好になっていた。彼女の体に合った春らしい服装で、お出かけするのにはもってこいのコーディネートだ。さっきも言ったが、本当によく似合っている。逆に、一緒にいる僕たちが見劣りするんじゃないかとも思える。
「え、えへへ、ありがとうございます」
(こんなに雰囲気よくなるのに、どうして昨日はあんな服装してたんだか……………)
まあそれは彼女なりの理由があるのだろうから置いといて、今日の目的を達成せねば。
「それじゃ、行こうか」
「うん!」
「はい!」
二人の軽やかな足取りに合わせ、僕も歩き出した。
しばらく歩いた後、麻技亜にどこに行きたいかを聞いたところ、特に希望は無いと答えたので、とりあえず手近な場所――牛浜駅へと向かうことにした。そこには駅ビルもあるため、時間をつぶすのにはちょうどいいだろう。
「私、友達とお出かけするの初めてなんです」
「昨日聞いたよ。でも中1のころも行かなかったってことか?」
「はい……私、小学校は福生駅の近くにある第一小学校に通ってたんですが、中学に上がる際、友達はみんな第二中学校に行ってしまったんです。なので、全く知らない人達ばっかりで………でも、みなさんとってもやさしくて、普通に接してくれましたよ。ただ、そこまで付き合いが深くなかったので、一緒にお出かけすることはありませんでした」
「そうなんだ。でも、自分から誘ったりはしなかったの?」
「その……私自身、あまり外出するのが好きではなくて………両親がとても忙しかったせいもあって、家族でどこかに行ったことも少なかったんです。なので、外の様子をあまり知らなくて、外出するといっても、家の近辺ばかりで、遠くに行くことなんてほんの数回しかありません。友達はみんな、電車とかを使って遠くに遊びに行ってるのですが……」
「そっか」
「恥ずかしいですよね。中三にもなって、福生市を出ることができないなんて」
「別に、僕は気にしないけどな」
「そうですか?」
「うん。昔がどうとか、今普通に出かけられてるんなら関係ないんじゃないか?まあ、結構慣れないことも多いだろうけどさ、僕たちがいるんだから大丈夫だよ。何かあったら、その時は手助けしてやるよ」
「それは嬉しいのですが……」
「ん?」
僕は首を傾げた。
「その……私の中のプライドというか………私自身が、外出に慣れてないってのが嫌なんです。いくら手助けしてくれる人が居ても、私自身が嫌なんです。そんな、ごく当たり前のことに慣れてない自分に」
そう言って麻技亜が少し俯く。それを察した絵須羽が、明るく声をかけた。
「ならさ、これから行けばいいんじゃない?」
「?」
「一人で行くのが無理なら、私たちと行こうよ。初めは近くで良いからさ、慣れてきたら、もっといろんなところに行ってみようよ!」
期待の眼差しを向けられる麻技亜。それに答えるようににこやかな笑顔で、
「そうですね。その時は、よろしくお願いします」
「よし、決まり!いつか、都心のほうに遊びに行けるといいね!」
「はい、都心のほうは全く行った事がないのでどんなところか知りたいので、とっても楽しみです」
そうやって話しているうちに、気づいたら駅の近くまで来ていた。雨が降っていないせいか、昨日よりも人が多い。僕たちはその流れに乗って、駅の階段へと向かった。
「どうする?まずどのお店に行きたい?」
「私はあまり知らないので、絵須羽さんどこかいいお店知ってますか?」
「いいお店って聞かれても………どれもいいとか悪いとかないし、普通はこんなとこ目的を持ってくるから、適当に見て回るってのもなんかあれだし………」
うーん、と少し悩んだ後、
「とりあえず一通り見て回ろっか。そのうちに入りたいお店が見つかると思うから」
江須羽が僕のほうを軽く見る。僕もちょうど考えてることは同じだったので、頷いてから、
「そうだな。まずはいろんな店を見て回ろう。どんな店があるかなんてわからないだろう?」
と言う僕も、あまりここには来たことがないせいで全く知らない。絵須羽なら知っているだろうが、今日は麻技亜のために来たのだ。店を指定しなくとも、外の世界を知るだけで十分だろう。
「わかりました。では行きましょうか」
二人が歩き出すのを、僕は後ろから少し立ち止まって見ながら、
「今日一日で、できるだけ変わってほしいんだけどな…………」
と小声で言った後、二人に追いつくために早足で歩き出した。
ビルの中は大体予想通りだった。服屋、本屋、雑貨屋といった日常に利用する店から、ブランド物の品が置いてある店、特産品売り場、模型屋なんてのもあった。いくつかの店には僕も驚きはしたが、まあ大体こんなものだろうと考えていた。一方で麻技亜は常に、物珍しそうに目を輝かせながら店内を見回す。時折、「ここ入っていいですか!?」と指差しながら言ってきて、そのたびに江須羽が「いいよ。入ろっか」と言って三人で入る。
そうやっているうちに時間がどれくらい経ったのかはわからなかったが、僕たちはだいぶ店を回った。その証に、麻技亜の両手にはいくつもの袋が下げられていた。
「袋、持ってやろうか?」
僕は麻技亜に手を差し出す。
「いえ、大丈夫です。自分で買ったものくらい自分で持たないと」
とは言うものの、一人で持つには結構な量だ。ビニール袋は長時間持っているとどうしても指が痛くなってくるものだ。本人が断るなら仕方ないと思ったが、やはりここは持ってあげるべきだ。
「遠慮するなって。ずっと持ってるのも辛いだろ?」
「うーんと……」
少し迷った仕草の後、
「ではお言葉に甘えさせていただきます。少し重いですが大丈夫ですか?」
「多少なら平気だよ。なんなら一番重いの持つから」
「いえいえ、そこまで気を使っていただかなくても………これは私の荷物ですし」
「わかった。ならどれ持とうか?」
「では、これで……」
中くらいの袋を3つ。いずれも結構な品物が入っている。
(まあ、大した量じゃないか………)
と思っていたのだが、
重っ!
なんじゃこりゃ!中身何入ってんだ?
改めてよく見てみると、品物の量にしては小さい袋にかなりの量が入っている。服のような柔らかいものだったり、割れやすいのかしっかりとした箱に入っているものだったり。詳しくはわからないが、とにかくいろんなものが入っている。どれぐらいの重さかと言うと、中学の教科書を全部入れたよりも少し重いのだ。こんなものを、麻技亜は両手に持っていたのかっ!?
ふと隣を見ると、絵須羽も荷物を受け取っていて、
「これ、お願いします」
「わかった」
そう言って何気ない顔で袋を持つ。表情だけ見れば大した重さではなさそうだが、袋の表面の張り具合からして相当重そうだ。もちろん見ただけでは正確な重さはわからないが、本当に笑顔で持てるだけ軽いのか、あるいはそれだけ力があるのか。どちらにせよ、男の僕が情けない姿を見せるわけにはいかないので何食わぬ顔でいることにした。
(はははっ、これじゃいつまでもつかわからんな)
それからしばらくして、一通り店を回り終えた僕たちは案内板などがあるちょっとした広場に来ていた。
「さて、次はどうする?」
僕が聞くと、絵須羽と麻技亜は「うーん」と悩んで、
「私はもう行きたいお店がないので、なんでもいいですよ?」
「そう?ほかに行きたい場所とかないのか?」
「はい、このあたりの事あまり知りませんし………それに私の行きたい場所ばっかりってのもお二人に迷惑かけちゃうんじゃないかと……」
申し訳なさそうな顔をする麻技亜。それに対して僕は首を振った。
「いいや、そんなことないさ」
「え?」
「だって今日は麻技亜のために来たんだ。迷惑とかじゃなくて、僕たちがそう望んでいるんだから気にすることないって。むしろ何か心残りがあった状態で帰るほうが嫌なんだよ。だから自分がしたいことを言ってくれればいい」
絵須羽も頷く。それを見た麻技亜は一気に笑顔になって、
「あ、ありがとうございます!」
「おう」
今日だけの予定ではないが、本人がちゃんと満足できればそれでいい。この後も何もなく、ことが進んでほしい。ただこの様子だと、本人は特に問題はなさそうだ。まだ拭いきれてない心の傷を一緒に癒してやるとしよう。
「さて」
僕は案内板の上についている時計を見上げた。時刻はもうすぐ14時をまわろうとしていた。
「そろそろお昼ご飯にしてもいいんじゃない?お腹すいてきたでしょ」
僕の問いかけに、2人も時計を見る。
「えっ?もうこんなに時間経ってたんですか!?」
「わぁ!ほんとだ!」
どうやら、麻技亜は時間を忘れるくらいに楽しんでくれていたようだ。実際、僕も時計を見るまでわからなかった。昼ご飯のことも、完全に頭から抜けていた。
そして考えるよりも先に、3人のお腹も鳴った。
「………………」
気まずい沈黙が流れる。
「ご、ご飯にしましょうか」
「そうだな」
案内板に書いてある情報に従って、僕たちは歩き出した。
休日の昼時のデパートのフードコートや定食屋といえば、大抵混んでいるイメージがあるのだが、時間が時間なだけに普通に空いている。麻技亜に何がいいと聞いても、「お二人に合わせます」としか返ってこなかったため、無難なファミレスにしておいた。
席に案内され、立体映像で映し出されるメニューを見る。僕は特に食べたいものもないので、とりあえずハンバーグを選んだ。絵須羽はスパッゲッティにでもしたのだろうか。僕たちはすぐに決まったが、問題は麻技亜だった。
悩むのに時間をかけるのはいいんだが、食べるのを決めていたわけではなかった。
卓上送信機のボタンを押して、店員を呼ぶ。メニューはこんな形なのに、なぜ店員をわざわざ呼ぶシステムになっているのか。先にお二人からと麻技亜に言われて注文した。
そして、彼女の番。
「えっと……じゃあこの…」
と言って、ハンバーグを注文。そういうのが好きなのかな?と思っていると、
「それと……」
続けて、スパゲッティを注文。絵須羽とは味つげが違うが、2つも頼むなんて結構食べるんだなぁと。
「それと……」
さらにチャーハンを注文。えええっ!?嘘だろそんなに食べるのか!?と驚きつつも終わりかと思っていると、
「あと………このピザで」
「かしこまりました。確認します、ハンバーグス………」
マジかよ。そんなに食べられるの!?
ふと隣を見れば、絵須羽も驚いた顔をしている。気のせいかもしれないが、確認を取る店員の顔も、表には出ないもののそんな表情をしていた。
「………以上でよろしいでしょうか?」
「……あ、はい」
麻技亜が大量の料理を食べる姿は想像できないが、そんな事を考えていると確認に曖昧な返事を返してしまう。二人とも特に違うとは言わないのでこれでいいんだろうけど、こんなにたくさんどうやって食べるというだ。
メニューに載っている写真より、実際は多少量が少なく感じることもある。だからってこんなに注文する必要は無いだろうに。もっとも、全て食べられるのであれば問題はないが。
「な、なあ麻技亜よ」
「どうかしましたか?」
麻技亜が首を傾げる。
「いや………そんなにたくさんたのんで全部食べられるのか?ざっと3人分ぐらいはあるぞ?」
彼女の頭に「?」マークを浮かばせるような顔をして、
「はい、これくらいなら普通に………」
「えええええ!?」
二人で驚く。注文した時点でだいたいそうだとはわかっているものの、麻技亜は結構細いほうだ。クラスメイトと比べても、そんなに食べるとは思えないのが普通だろう。
「ええっ?そんなに驚くことですか?」
「そりゃ、そんな体じゃ普通はそんなに食べないって」
「んー確かにそうかもしれませんね……」
そういって自分の体を見る。
「私も普段は多くは食べないんですが、今日はいけるかなーと思って」
隣の絵須羽が声には出していないものの「それなのになんでそんな体型維持できるの!?」といった顔をしている。僕も同感であるが、そんなアニメの設定でありそうな人間が実際にいるもんなんだなと現実感のない実感がわく。
「それにせっかく3人で来たのですから、料理の交換とかやってみたいです」
まあそんな理由があるならいいが、二人がもし残した場合に食べきれる自信はない。ただ本人は食べる気らしいが。
「私、こんなお店にも来たことがないんですよ。食事は大抵家ですし、外食だとしてももっと高級なところばかりでしたから、こういうファミリーレストランなんてとこは全くの未体験です」
さすがはお嬢様だ。こんな庶民的で、すぐに料理が出てくるようなところには来ないのだろう。普通の人だったら、一生に一度入るかどうかと言うレベルの会員制レストランだったりするのだろうか、と想像が膨らむ。
すると絵須羽が身を乗り出して、
「それってどんなとこ?どんな料理が出てくるとこ?」
「はい、大広間みたいなところにたくさんテーブルが並べられていて、各席ごとにウェイトレスさんが案内してくれます。メニューはよくわからない名前ばっかりで……………」
いたって普通に話す麻技亜。しかし僕たち庶民からすれば、彼女の口から発せられる言葉は想像の世界でしかない。アニメなんかではよくお嬢様キャラなんかがそんなレストランで食事するシーンなんでのはたまにあるが、実際にはそうなのかはわからない。なんとなく行ってみたいなと思うこともあるが、そんな体験を何度か体験している人物が目の前にいる。
「…………といったところですかね。あれ?どうしました?」
「………ああ、なんかすごいとこ行ってるんだなってさ。僕たちなんかじゃ、そんなとこ行けるような場所じゃないから。精々、この辺でもちょっと高いってぐらいのとこしか行かないよ」
「そうなんですか。でも私は皆さんのほうが羨ましいです」
「えっ?そうなの?」
僕の問いかけに、麻技亜は頷いて、
「確かに、いい食材を使って作られる料理は美味しいです。ただ、高級レストランっていう箔がついているとか、私みたいな子供には何でそんなに高いのって思うほどのお金を払って食べる料理とか、私はあまり好きではありません。一品一品が芸術品のように盛り付けられている料理ではなくて、自分がおいしいと思えるものをお腹いっぱい食べてみたかったんです。その、ちゃんとしたところだと、礼儀や作法といった細かいことまで気にしなければなりませんし、コース料理などメニューを見ただけではどんな料理なのかが全くわかりません。ですが皆さんは、美味しいものを食べにここにきて、好きなものを注文する。そこには家族だけじゃなくて、友達同士で来ることもあって、みんな楽しそうです。羨ましいです」
「なるほどね…………」
「高級」とイメージのつくものは庶民の憧れであるが、そこにいる人が必ずしもいいと思ってるわけはないのか。こんなのよくある話かもしれないが、実際にそこにいる人から聞くと妙に現実味がある。
すると、麻技亜は小さな声で言った。
「縛られた世界より、自由にできるほうが私は楽しいと思うんです………」
その言葉には、どこか含みがあるような気がした。
「なので、今日お二人に誘っていただけたことは感謝してます!あのまま家に篭っていたら多分こんな機会一生訪れることはなかったと思うので」
彼女は軽く頭を下げた。
「いやいや、そんな大げさな」
「そうよ、それくらい大したことなんてしてないから」
頭を上げて見えた表情には、なぜ?が浮かんでいる。
「麻技亜こそ昨日お願いを聞き入れてくれなかったら、ここには来なかったよ。確かに僕たちが誘ったってのもあるけど、君にその意思があったってのがやっぱり一番大きいと思うんだ。だからこちらからも感謝してるよ。君がそうするってことを選んでくれたことにね」
自分の辛い部分を乗り越えるのは大変なことだ。それを実行できた彼女はとても強い心を持っているのだろう。
「だからありがとう。何か大変なことがあったら、遠慮なく頼ってもらっていいから」
すると、麻技亜は全開の笑顔で、
「はい!こんな私ですが、よろしくお願いします!」
そこには、僕たちの感謝の意と心の底からの喜びがあふれているような気がした。
「お待たせしました」
ようやく、頼んだ料理が運ばれてきた。目の前に置かれたハンバーグがジューと音を立てて肉汁をあふれさせていてとても美味しそうだ。
ただ、テーブルの空きスペースはほとんど麻技亜の料理に占領されている。普通に見ただけでは、やっぱりおかしな光景である。
まあそんなことはともかく、美味しくいただこうではないか。
「いただきます」
3人で手を合わせて、僕は料理を頬張った。
しばらく楽しい時間が続いた。
なにより、麻技亜が本当にいい笑顔だった。心の突っかかりを解放したかのように、幸せそうだった。まあ、こんなので良かったのかなと思ったりもしたが、これで一つでも気持ちが晴れたのならそれでいい。一気にやろうとしても逆に失敗するかもしれない。とにかく、喜んでくれてよかった。
食べてる途中でいろんな話もしてくれた。ただ、引きこもっていた理由に関しては一切触れてくれなかったが。まあそれは今考えることではない。僕も久しぶりの外食で、そこそこ美味しかった。食べさせ合いで、僕と麻技亜がしている時だけ、絵須羽が何か不満げな顔をしていたが、何かあったのだろうか。そして、宣言通り麻技亜は大量の料理を完食してしまった。いったいその細い体のどこに入っているのか気になる。
大量だったにも関わらずあっという間に食べ終わってしまったみたいで、店を出たときは14時45分ぐらいだった。何かしてれば、すぐにでも夕方になってしまう時間だが、まだここではいろんなことができる。といっても、この重すぎる荷物を持って移動し続けるのは辛いところがあるが。
「さて、次はどうする?」
「あ、あの!」
麻技亜が天井の表示を指さす。そこには、ゲームセンターの名前が書かれている。
「あそこいきたいです!」
そう言う彼女の眼はとてもキラキラしているのがわかる。
「ゲーセンか。いいんじゃないか?」
「私も行きたいかも」
ということで、ゲームセンターに向かうことに。実は僕もゲーセンにはほんの数回しか行ったことがない。自分の中ではいつもうるさいイメージしかないのだが、二人もいることだしある程度は楽しくなるのかな。
エスカレータに乗って最上階へ。昇りきるとそこから既にいろいろなBGMが聞こえてきた。
この、ひとつの音色ではなく様々な電子音をただひたすらに大音量で混ぜたものは個人的に好きではないが、その中にいられないわけではない。入り口をくぐると、全方位が騒音に包まれた。
ある程度の間隔をあけて置いてある様々な筐体を物珍しそうに見る麻技亜。こういったものを一度も見たことない人たちは、やっぱりこの興味を引かせるデザインに惹かれるんだな。
「ここがゲームセンターなんですね。すごく楽しそうです!」
「ここも、来たことないの?」
「はい、今回が初めてです」
そう言って、さらに奥に進んでゆく。
立体映像、特殊音響。目に入ってくる情報だけではなく、様々な方面から、楽しさを引き出そうとする。
「とりあえずいろいろ遊んでみよっか。最初は………」
僕は周りを見回すが、特にこれといってやりたいものはない。
「麻技亜、何やってみたい?」
「そうですね………あれとかどうでしょう」
「お、UFOキャッチャーか」
そこにあったのは、典型的な二つのアームがついているタイプのやつだ。あいにく、僕はあれをやってまともな商品を取ったことがない。物を掴んでもアームの力が弱かったり、上がりきった時にガクンとなって落下したりと、よくありそうな失敗しかしてない。
「絵須羽?これ得意?」
「あんまり得意じゃないかな。欲しいものとかが入ってて結構やってるんだけどね」
と言いつつ100円を入れた。
「どうやってやるんですか?」
「操作は簡単だよ。ここに矢印が付いたボタンが二つあるだろ?これを押すと、このアームが押している間だけ動くんだ。で、そこに並んでる景品の上まで持ってく。そうするとアームが開いて景品を掴んで自動で取り出し口まで持ってくるんだ。簡単そうに見えるけど、実際は難しいんだよね」
「へぇ~」
麻技亜は中にある景品を見た。その辺では見ないような特殊な形をしたの腕時計がいくつか置いてある。
「私1回やってみるね」
機械に向かうと、絵須羽の顔が真剣なものになる。アームの位置がちょっとでもずれると、途端に取れなくなるのがこのゲームだ。
「よし」
右に移動するボタンが押された。愉快なBGMが流れ、アームが動き出す。目標地点の若干手前でボタンを離すと、ぴったりの位置で止まる。横方向が決まったら次は奥行きだ。筐体の横から見て、正しい位置に持っていく必要がある。
僕は横からその様子を見ていたわけだが、絵須羽は結構いい位置で止めた。
「おお」
アームが開いて、景品に向かって降下してゆく。ここからは機械に気に入られるかそうでないかの運だ。アームでしっかりつかめる位置で落っこちることもあれば、片方のアームが変に引っかかっただけで取れる場合もある。
案の定、いい位置に持って行けはずだが、持ち上げるときの衝撃で落っこちてしまった。何もつかんでいないアームが取り出し口の上で空しく開く。
「うーん、やっぱりそんな簡単にいかないよね」
そうやって何度もやらせて利益を得るのが店側の作戦だが、やらない限りは取れない。店頭で売られていないものなら、多少回数を重ねたとしても取る価値はあるだろう。
「私もやってみていいですか?」
「いいよ。やってみなよ」
絵須羽は麻技亜に場所を譲った。100円を入れ、ボタンに手を触れた。アームが右にゆっくり動き出した。
「ここかな」
ガクンとアームが止まる。本人はぴったりのタイミングで止めたつもりのようだが、若干早まった位置で止まった。
「……んー少しずれちゃいました?」
「わからん。ただ景品の真上が必ずしもいい位置とは限らないよ」
「そうなんですか」
次は奥行きだ。今度はぴったり止めたみたいだ。
「さてどうなる」
アームが降りはじめやがて止まった。やはり左に少しずれていたようだが、
「んん?」
アームの先端が閉じようとするちょうどその位置に箱の隙間があり、だいぶ強引に刺さった状態で持ち上げられた。当然ある程度上がったところで落下したわけだが、その勢いで取り出し口付近に転がる。
「えええええ、まじか」
「うっそぉ」
一方麻技亜は戸惑った様子でこちらに振り返り、
「こ、これはいいんですか?なんか変な落ち方してしまったのですが…………」
「いや、全然大丈夫だ。むしろ良すぎるんだけど」
このゲームは何も、アームで持ち上げるだけが景品を取る手段ではない。むしろバネが弱すぎて大抵の筐体においてそれは無理なのだが、麻技亜はまだ知らないだろう。ただ、初めてやるにしては、少々運が良すぎないか。
「でも次で取れそうだな。やりなよ」
麻技亜は頷いて、100円を入れた。
「次はどうすればいいんでしょうか………」
取り出し口には壁がついているため、手に入れるにはどうしても持ち上げる必要がありそうだ。ただ、アームのつかむ力から考えると、非常に難しいのではないか。手で数センチ持ち上げれば手に入るものだが、あまり信頼できないアームでとるからこそ、面白いし、じれったいのだろう。
「押して取ることはできないな…………さっきみたいに強引に差し込んでみるとかはどうだ?」
「そうですね………できるかどうかはわかりませんけど、やれるだけやってみます」
と言いながら麻技亜はボタンを押す。再びアームが景品の上までやってきて、同じように掴む動作をした。
「んん?」
僕の口からまた変な声が漏れる。というのも、掴まれた景品のかどがアームの本体の出っ張りに引っかかり、アームと本体に挟まれる形となった。さらにもう一方のアームに支えられる状態でほぼ完全に固定されてしまったからだ。ばねが弱いとはいえ、ある程度の力はあったみたいだが、まさかこうなるとは微塵も思わなかった。
「そんなことあんのかい」
ちょっとでも位置がずれていたら実現できなかっただろう。掴むことには力がないが、商品自体が引っかかれば固定ができてしまうようだ。
そして、てっぺんまで上がったときになるガクンとした衝撃を無視し、ガッチリ固定された商品はそのまま取り出し口の上空へ運ばれ、アームが開くと今度はきれいに引っかかった状態を抜け出して落下した。
「……………………」
こいつはなんというか、とんでもない幸運の持ち主なのか。初めてやったUFOキャッチャーでまさかの2回で取ってしまうとは。
絵須羽が思わず賞賛の声を上げる
「すごいよ麻技亜ちゃん!初めてなのにそんなに簡単に取れちゃうなんて!」
麻技亜は少し照れたような顔をしながら、
「い、いえ、そんな大したことはしてません。偶然ですよ」
そう言いながら取り出し口から箱を取り出した。彼女の初ゲットだ。
「これ、いりますか?私あんまり使うことないのですが………」
僕たちは首を横に振った。
「いや、いらない。それは麻技亜が取ったものなんだ。僕たちがもらっちゃなんかあれだからな。自分で使いなよ」
「そうだよ。偶然取れたにしたって、それは麻技亜ちゃんのものだから」
少し驚いたような顔をしていたが、僕たちの言葉を聞いて口元を緩ませた。
「わかりました。大切にさせていただきますね」
そのあとも数十分ゲームセンターにいたわけだが、麻技亜は幸運力を安定して発揮したくさんの景品を手に入れた。普通だったらたいへん喜ばしいことであるはずなのだが、その場で食べるお菓子類でもないものは全て手荷物に追加されるわけだ。特に何で取ったかもわからないデカい人形は手にこたえる。もちろんプレイしたのは景品をゲットする系のゲームだけではなかったので、一通り楽しめた。
やることも終わって、駅ビルを出ると時計は15時半を過ぎていた。暗くなるまではまだ時間があるものの、長い時間のかかることはできそうではない。
「麻技亜、この後どうしたい?」
「ん~そうですね…………」
少しの間考えたり周りを見回したりした後、
「特にやりたいことはありませんが…………とりあえずこの荷物を一旦家に置きにい行きましょう。ずっと持ってるのも大変ですよね?」
買った商品3袋、ゲームの景品2袋。重量、体積ともにかなり大きい。しかも、袋はせいぜい買ったものを入れとく程度のものだから指も痛くなってくる。
「うん、正直結構重いんだこれが」
「え?そう?」
僕とは正反対に、絵須羽は軽そうに持っている。僕の荷物よりは軽いのは確かだが、女子が軽く持つ量ではない。
「まあ、でも持ってると邪魔だし置かせてもおっか」
僕たちは麻技亜の家に行き、荷物を置いた。この後何しようかを話し合ったが、何もやりたいことが見つからなかった。せっかくの外出だからということで、家周辺を散歩することにした。
ここら一帯は多数の住宅が並んでるが、計画的に開発されたのか細い道ではあるが碁盤の目のようにきれいに整備されている。初めて来たら確実に迷いそうだ。僕たちは駅とは反対側に住宅街を抜けた。
少し大きな道路に出ると、たくさんの車が行きかっている。道沿いには多数の商店などが並んでいて、それを横目に足を進める。
歩きながら楽しそうに会話をしている絵須羽と麻技亜を後ろから見ながらふと思う。
「本当はこんなにも明るい子なのに、どうして閉じこもってたんだろうな…………」
彼女の顔には、昨日の暗さは全く見えない。
心を閉ざすほどに辛いこと。やはり、昨日推測したことが当てはまっているのだろうか。もしそうなら、解決するのは非常に難しい。ただ今の彼女からすれば、ある程度立ち直ってくれはしそうだが…………。
「できれば今日のうちに話してほしいんだけどね……」
この笑顔は壊したくないが、そうしないといつまでも本当の心を開いてはくれないし、話してほしいこともわからない。
だがここで失敗すれば、僕たちに対してももう関わりを切ろうとするかもしれない。そうなれば本格的にどうしようもなくなる。だから確実に心の闇を解いてやらねばならない。彼女にとっての「マイナス」を取り除いてあげよう。
「よし」
僕はタイミングをみて、話をする覚悟を決めた。
大通りから西へ。国道16号に出ると目の前に米軍横田基地の外壁が現れる。第5ゲートから少し北に向かうと、道沿いに今度はアメリカ風の店が並んでくる。売られている服なんかは独特のデザインで、日本で探してもあまり見つからないだろう。またファストフード店もあるが、さすがは米国サイズと言うべき大きいハンバーガーなどがでかでかと看板に載っている。試しに1個買ってみたのだが、まず口に入らなかった。その他いろいろ店に入ってみながら、16号を離れた。
その後は、なんとなく市民会館の方へ向かう。レンガ模様と、ピンク色に塗装された大きな建物が二つ並ぶ敷地に入った。ここは中に大きなホールが2つあって、コンサートや様々なイベントで使われている。福生一中も、ここで毎年合唱コンクールを開いている。
そして、その敷地内には大きめの公園があり、隣には球場もある。実際そこにいるだけではいまいちぱっとしないが、結構な充実した施設がそろっている。
僕たちは一旦公園で休憩することにした。とりあえず手近にあったベンチを見つけて腰掛ける。休日の午後だというのに、全く人がいない。普段は小学生がたくさん遊具で遊んでいる光景を目にするものだが、今日はやたらしんみりしている。
「なんか、今日だけでいろんなことができました。本当にありがとうございます」
「いいえ、こちらこそ」
「私、友達と買い物に行ったこともないし、こんな風にのんびり散歩したこともないです。久しぶりの外出なのに、一気にたくさんのことを楽しめました。こんなことができるなんて、家にいたころの私ではありえなかったと思います」
「そうだな」
麻技亜は、今日だけでかなり変われただろう。もちろん、まだ奥深くに残っているものはわからないが、少なくとも、僕たちに心を開いている。これで、本当のことを話してくれればいいんだが……………
西向きのベンチを選んだために、そろそろ沈もうとしている夕日が眩しい。といっても目に見えて太陽が傾くことはない。一日が終わろうとしている忙しい時間帯だと言うのに、なぜだか時間がゆっくりと流れているように感じた。
少し間を空けて、絵須羽が立ち上がった。
「私何か飲み物買ってくるよ。二人とも何がいい?」
「何か炭酸系のもので。なければ何でもいいや」
「私はお茶でいいです」
「わかった」
注文を受けて、少し小走りで駆けていった。ただ、遊具のある広場には自販機はなかったようで、「あれぇ?」と声を上げて建物のほうに向かっていった。
さて。
僕はベンチから立ち上がって、夕日を背に麻技亜の正面に立つ。
「なあ、麻技亜?」
「はい?」
僕の問いかけに対して、特に警戒する様子もなく答える。少し後ろめたさが残ったが、意を決して話す。
「その…………今なら大丈夫かなって思うからなんだけど、聞きたいことがあるんだ」
それを聞いて特に表情は変わらなかったが、その裏側では何かを察したような顔をした。しかし僕はそのまま続ける。
「二度目になっちゃうけど聞かせてほしい。なぜ学校に来ない。いや、どうして家に籠りっぱなしだったんだ?」
それを聞いて麻技亜は俯いて黙り込む。僕の影に入っているのと、前髪によって表情がわからなくなる。
「教えてほしいんだ。そうすれば僕たちが解決してあげられるかもしれない」
しかし、反応はない。
また長いのか短いのかわからない時間が流れる。公園の傍の道路に車が走っているが、音は出ないので、元からある町の騒音だけが僕の耳に届いてくる。
やはりまだ話すべきではなかったか。もう少し心を開いてから聞くべきだったか。
「……………………」
「……………………」
麻技亜はまだ無言のままだ。どうやら取り返しのつかない失敗をしてしまったようだ。
今日の出来事は何だったのか。そりゃ初めは犯人探しのつもりだったけど、麻技亜を助けてあげるんじゃなかったのか。僕たちの声を聞いて、歩み寄って来てくれたのではないのか。
話したくない内容なのはわかる。だけど、それを乗り越えられないとだめなんだ。
どうすればいい。
ここで変に話を進めても、もっと悪い流れになりそうだ。だからといって、このまま返事を待っているわけにもいかない。どうにかして、言葉を引き出さないと。
僕は沈黙を破ろうと口を開こうとしたその時、
「……………私のせいなんです」
「ん?」
麻技亜が小声で言う。
「………私が、あんなことしたから。あんな酷いことしたからなんです!自分で閉じこもる理由を作ってしまった。ただそれだけですから、あなた達には関係のないことです………」
再び黙り込んでしまう。
確かに家の事情は僕たちには一切関係ない。言ってくれなければ、事実だと確かめることもできない。ただ、それでいつまでも心を閉ざしている人を放っておく事とは別な気がする。そうしていつまでも何もしないで、状態が悪化するよりはむしろ少しでも助けた方がいいのではないか。
「関係ないからって、それをいつまでも引きずっているのか?」
「……………」
「僕たちは麻技亜をどうにかして助けてあげたいんだ。現に、こうして一緒に出かけたりして心を開いてくれてるじゃないか。だからもっと助けたい気持ちも大きくなる。なのにどうして…………………いつまでも隠しているんだ。話しにくいってのもわかる。でもその問題を放置しておく方がもっと悪いと思うんだ」
「……………」
「今日の約束を守ってくれた。だから僕はお前を信じるよ。できる限りのことはなんでもするって約束する」
麻技亜の見えない顔をしっかりと見据えて、僕は言った。
「教えてくれ。その心の突っかかりを。どうして、閉じこもってしまうのかを」
「……………」
相変わらず無言のままだが、こればかりは本人が話してくれないとどうしようもない。だから、いくらでも待つことにする。
再び長い時間が流れる。公園に来たときより、少しだけ空が暗くなってきたのがわかる。僕は身動きひとつせず、ただ麻技亜の返事を待った。
きっと彼女なら話してくれる。そう信じている。
麻技亜もまた、自分の中でいろいろと考えているのだろうか。姿勢には心の葛藤が現れているような気がした。
自分で自分に勝つんだ。それは決して悪い方向には進まないだろうから。
時間がひたすらに流れていくが、この公園内だけは時間がゆっくり流れているような気がした。
そして、麻技亜の口が開いた。
「ごめんなさい」
一瞬、僕はなぜなのかを理解できなかった。
「え………?」
「やはり、お話しすることはできません。これはあなたたちが悪いわけではなく、単に私が悪いだけですから」
その声は、先ほどよりさらに暗かった。話したくても、どうやっても乗り越えられない壁があって諦めてしまっているかのように。
「どうしてだ…………」
僕の視界から、あらゆる情報が消える。
「どうしてそんなふうにまた閉じこもってしまうんだ!せっかく笑顔になってくれたと思ったのに!」
冷静になってみれば、もう少しましな言葉をかける事ができていたかもしれない。しかし、彼女に裏切られたような喪失感のせいで、まともに考えることができなかった。
「…………ごめんなさい」
さっきより、謝罪の気持ちが篭った声だった。
「………私のしたことは到底許されることではありません!その頃はまだ心も体も子供だったせいもありますが、取り返しのつかない事をしたんです!」
必死の声を上げる麻技亜の目元には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「あなたたちは私に優しくしてくれました。とても大切な人です。だから失いたくない。この関係を崩したくないし、また同じようなことをしたくないんです!」
僕は麻技亜が何を言っているのか、大体予想はできた。といっても、昨日絵須羽と話し合ったことがそれであるが。
大切なものを失いたくない。その気持ちは十分すぎるほどわかるが、果たしてそれが自分を犠牲にしてまでやることなのか。
今日の麻技亜は、少なくとも危ない道に走るような人間ではないと実感できる。幾度と彼女の本心を見たような気がするし、あの笑顔が何よりも輝いていた。
子供の頃にしてしまった失敗は消えない。だが、自分を直していくことはできるだろう。そのためなら僕は協力するし、絵須羽もついてきてくれる。そのためには、本人からはっきりと何があったのかを聞きたい。
「辛かったんだね………」
僕は視線を落とす。
「そんなことじゃ、確かに閉じこもっちゃうのもわかる。だけどさ、やっぱり、そのままじゃいけないと思うよ。その………自らの手で失ってしまったもののためにも。そして自分自身のためにも」
そして沈黙が入る。しかし、すぐに麻技亜は立ち上がって、
「やはり、分かってしまいましたか。私がこんなになってしまった理由が……」
「うん。あまり実感が沸かないけど、自分が起こしたんじゃ悲しいことだよな…………」
彼女の傷は相当に深い。治していくのには、相当な時間がかかるだろう。だが、そのためなら僕は手伝うと決めたのだ。
「でもいつまでもそんなんじゃいけない。ゆっくりでいいから、その気持ちを少しずつ変えていく必要があると思う。そのためなら幾らでも助けてあげるからさ」
ここで頷いてくれたらよかった。しかし実際は首を横に振った。
「無理です………」
麻技亜の頬を涙が伝う。
「私なんか救いようのない人間です。自分で犯した罪も償えないで、その上人の厚意に甘えてばかりで…………さらに自分自身で立ち上がれないほどに心を閉ざして…………」
さらに大粒の涙が流れる。少し離れていても、肩が震えているのが分かる。
「だから無理です…………ごめんなさい。今までたくさん迷惑かけて…………」
今にも泣き出しそうな彼女を見てて、黙っているほど僕は馬鹿ではない。
「そんなことない!今日一日だけでも一緒に過ごした。買い物したりとかご飯食べたりとか、そんな単純なことばっかりだったけど、昨日みたいな状態からしたらずいぶん変わってる!そんな簡単に諦めるなよ!」
あの楽しい時間はなんだったのか。彼女は心を開いてくれたのではなかったのか。
とっさに次の言葉を言おうとしたが、麻技亜の言葉に阻まれる。
「諦めるしかないんです!自分がどれだけおろかな人間であるか考えるほどに!それに!」
僕はすぐに反論しようとしたが、無理だった。なぜなら。
「この力がある限り!」
彼女が腕を力強く真横に振った。
その瞬間、閃光と熱線が僕の視界を覆った。
ズバッ!と。
自分でもよく分からないまま、自然と体をひねっていた。先ほどまで顔があった場所を、黄緑色の閃光が突き抜けた。
そして、麻技亜の震えた声が聞こえた。
「おかしいですよね?」
僕は何とか体制を建て直し、彼女のほうを見た。
頬を大量の涙が流れ、手には不思議な形をした杖が握られていた。
「光の属性なのに、自分に害のある黒魔法なんて。こんなの、どうして私なんかに授けられたんでしょうか」
まだ麻技亜は心を開けないようです。そして最後のあれは一体。次回投稿をお待ちください。いつになるかは分かりませんが、できるだけ早く書くつもりですので。
用語解説
卓上送信機:ファミレスで店員を呼ぶときに使う装置。なぜか今でも残っている。
国道16号:神奈川県横浜市西区を起・終点とし、首都圏を環状に結ぶ一般国道である。東京環状、
八王子街道、横須賀街道などの通称がある。
第5ゲート:米軍横田基地の入り口のひとつ。牛浜駅からまっすぐ東に向かうとある。