第1話 日常と科学と………
ここからが本編です。ここでは主人公たちの通う中学校が出てきます。(入力ミスで4月が1月になっていましたので修正しました)
――4月。第1月曜日。――
春の暖かさがやってきて、桜が元気いっぱいに顔を開かせる季節、僕の学年は中学校生活最後の一年に突入した。
「いってきまーす!」
朝の町に元気な声が響き渡る。
妹の恵の声だ。
「さあ行こう!お兄ちゃん」
静かになった家の電子ロックを閉めて僕と恵は歩き出した。
妹は今日から中学一年生となり、これから僕と同じ中学校に通うことになる。
自己紹介をしようか。
僕の名前は手押有希。
僕は現在妹と二人で暮らしており、両親はいない。遠く離れたところに住んでいると考えておいてほしい。理由はとても複雑なので後で話すことにしよう。
「どう?お兄ちゃん。制服似合ってる?」
長いポニーテールを揺らしながら恵が聞いてきた。
「……ああ。似合ってんじゃねえの?ていうか先週も聞いてきただろ、それ」
「えへへ。いいじゃん、別に!」
そういって頬を赤くしたように照れると、僕の右腕に抱きついてきた。
別にどうでもいいので放っておこうとしたが、何やら周りの視線がまるで変な物を見るかのようにこっちに飛んでくる。
何故だろうか?
「……………なあ、恵」
「何?お兄ちゃん?」
僕はさりげなく周りを見回しながら、
「みんながこっちを見てくるのって、何でだ?」
すると恵はニコッとした笑顔になり、
「だって、こんなにくっついていたら恋人みたいでしょ?」
そういってさらに抱きついている腕に力を入れてきた。
「大好きだよ。お兄ちゃん」
それを聞いた皆の視線が、さらに冷たいものになったのを感じた。
「はぁ~」
僕は妹萌えなどと言った趣味の悪そうなものには興味がない。どんなに可愛い仕草を見せられたところで、価値が全く見出せないのだ。
そう、本当に…………。
今日は先週の入学式が終わって、恵の二日目の登校日だ。
毎日が同じように繰り返されるのに、中学3年生という道は受験という壁が見えてくる。だからって特に日常が忙しくなるわけでもなく、遊ぶ人は遊び、勉強する人は勉強をする。
「お兄ちゃん。中学校って楽しい?」
恵が興味深そうに聞いてきた。
「さあな。人次第だろ」
恵は「ふうん」と言うと、
「勉強、大変?」
「別に。ていうか、中3になったからって特に変わることはないよ。まあ受験があるからそのうち頑張らないと」
僕はあまり勉強などしていない。しても意味がないと思っているからだ。
「あたしも頑張らないとな~」
そう話しているうちに、学校が見えてきた。
僕にとってはいつもと変わらない見慣れたシルエットだが、恵にとってはそこは新天地である。見慣れない情景に、行くだけでも緊張と驚きの連続なのだろうか。
そう思いつつ辺りを見回した。
民家の屋根の向こうに近代的、さらに言えば次世代的な建物があっちこっちに見えた。新設されたビルはどれも高く、まるで都会のような雰囲気を出している。電柱はここ数年ですっかり姿を消し、空を遮るものは建物と木だけとなっていた。
最近町の景色がどんどん変わっている。ここ、東京都福生市は都の西部に位置する人口約7万人の市だ。東京と聞くと大体の人は都会の姿を思い浮かべるかもしれないが、実際のところ都心ほど発展しているわけでもなく、都会というよりは田舎のほうが表現としてあっているが、近年次々に新しい建物が増え、都心から離れたこの辺でさえ何十年か前の新宿あたりのようになっている。埋め立て地が限界を迎え、環境問題が解決されるようになると、新しい街づくりの視点は都市郊外へと向けられた。環境を乱さないという条件下で、開発がどんどん進められている。田舎の地方でさえも、ニュータウンや学園都市といった感じになりつつあった。
しかし町の景色が変わり便利になった世の中でさえも、歩いて学校へ向かうのはいつの時代でも変わらない。
電動立ち乗り二輪車ぐらい使わせてくれてもいいじゃないか。と言いたいところだが、登校時間が5分の僕にそれを言う資格はない。付近には学校もたくさんあり、自転車を使うほど家から学校が離れていることは少ない。
今歩いている道路も表面が滑らかなコンクリートだが、SF映画のように決して動いたりはしない。地下に非接触電力転送用の装置、要するに電気自動車を走らせるための設備が埋まっているだけで大した特徴はないのだ。
何十年も前にブームになっていた某タイムマシン映画のように、車が空を飛ぶようにもなっていない。現在研究中と時々ニュースで流れていて、作られてはいるが、日常生活に使われるほどではない。
歩くしかないか…………。
何となく人間が遅れていると実感しつつも、自動で制御されている校門を通り抜けた。
「じゃあね!お兄ちゃん!」
恵がようやく僕の右腕から離れ、1年生の昇降口に向かって走って行った。
桜の花びらが散る中を行く姿は、新入生そのものの姿を感じさせた。
その途中で何人かの生徒と声をかわしているのが見えた。小学校からの友達なのか新しく作った友達なのかは知らないが、何となくうらやましかったような気がした。僕はすぐに友達作れるような人間じゃないからな。
しかしあの視線がいつまでたっても後を絶たない。学校で変なうわさが流れる可能性大だろう。まあ別にどうだっていい。そんなものに価値なんか………
下駄箱の扉は電子ロックがついているのに階段はエスカレーターのようになってないため、登るのが面倒くさい。安全を第一に考えた結果がこれなんだと思うが。
階段を登り終え、小さな電光掲示板に3―3と表示されている教室に入る。右手に電子黒板、左手には勉強のしやすさを考えて、最先端の人間工学でつくられた机と椅子。何も変わらない風景だ。
「これでも3年生か…………」
どれも見慣れた顔がそろっているが、名前はあまり覚えていない。
自分の席に着き、一人本を読もうとしたが、周りで追いかけっこをしている人、女子だけで集まって黄色い声を発する集団、様々いて、読書の邪魔となって仕方ない。特に僕の後ろの席にいる奴はときどき大声で歌ったりするので、本の内容が頭に入らないためにとても困っている。
僕は友達がいないわけではないのだが、話しかけるのが苦手なので、まあこのように何も出来ずに一人で本を読んでいるわけだ。
そして本を読んでいるというのも理由の一つだと思われる。
本を読む、ということはその間は一人になるということであり、自分だけの世界に入ってしまえばもうそれは立派な「ぼっち」である。
それにはっきり言って今の時代、読書といっても立体映像による電子書籍が主流だ。低価格、携帯電話などに保存できて持ち運びが便利、お店に行く必要がないなど利点だらけ。けど僕は紙で出来た本の方が好きだ。何となく趣がある。電子書籍なら友達と交換できたりして、交流が広まるんじゃないかと思う。でもそんなことはどうでもいい。僕は僕で読書をさせてもらう。
小説は最近になってようやくその楽しさがわかってきた。今まではどうも文字がただ並んでるだけにしか見えなかったし、それに………
周りの騒音にも等しい笑い声を完全に無視して本を読み始める。
集中して読んでいるうちに、僕は本の中の世界に入りこむような感覚に包まれ、その話の主人公の感情と目の前に広がる情景が頭の中に浮かびあがっていく。ただ文字を目で見ているだけなのに、自分がまるでその世界に行っているかのようだ。
どこまでも続く広大な世界。幻想的な景色。色とりどりの大地。空に輝く太陽。
たくさんの不思議。迫りくる強敵。頼もしい仲間たち。
そして、弱いながらも必死に戦おうとする主人公。
どこまでも広がる世界で、新たに一歩を踏み出そうとする人たち。
絶体絶命のピンチからわずかな可能性に賭けて仲間を助けようとする姿。
本当の幻想世界である。
読み手の想像力をかきたてるような描写に浸りながら、僕は目で並んでいる文字を追った。小説を読んでいる間は時間があっという間に過ぎてしまう。まるで本当の幻想世界は時間の流れも現実世界とは違うかのように。
本の内容がいいところまで進み、いよいよ盛り上がりに入ろうとしたとき、突然声をかけられた。
「何読んでるの?普通の本だなんて珍しいね」
その瞬間僕の意識が現実世界に引き戻された。
話を途切れさせられた無念を残しつつも僕は声の主の方を見上げた。
女子が一人、興味ありげな目をこちらに向けている。
そいつは長いつやつやの黒髪で、とてもきれいな目をしていて、現実にいるか疑わしくなるほど整った顔をしている。世間ではこういうのを可愛いとか言うのだろうけど、僕にはそれがわからない。むしろ話をとぎらされたんだからな。折角いいところだったのに。
そもそもこいつ誰だっけ?
僕はそのままスルーしようとしたが、
「ねえ!無視しないでよ!」
バン!と机に両手を叩きつけ彼女は叫んだ。
「はぁ~」
どうやらスルー失敗のようだ。
「なんだよ。今本読んでるんだけど」
「だから、その本何?」
半分あきらめた気持ちで僕は彼女に表紙だけを見せた。
「これ知ってるか?」
彼女は首をかしげて、
「知らない。面白いの?」
予想通りだ。大抵の場合、何かを聞いてくるということは、それを知らないことを意味する。
「まあ読んでみるといい。奥が深くて面白い小説だぞ」
適当に返事をして、読書を再開しようとした。しかし彼女は続けて言ってきた。
「じゃあ貸して!読んでみたい!」
彼女は眼を輝かせるかのようにこちらに言ってくる。
なぜ借りる必要がある。そもそも今持ってんのは五巻だぞ。
「すまない。一巻は今持ってきていないんだ。途中から読むのもつまらないだろう?」
彼女は「え~」という顔をした。
「家にそれある?今度持ってきてくんない?」
「やだ」
「いいじゃん別に。持ってくるだけじゃない」
面倒くさい。わざわざ持ってこさせなくても図書館で読むとかあるだろうに、なんでこいつは僕から借りようとするんだ……………?まあいいか。このまま駄々をこねられるのも面倒くさい。
完全にあきらめモードに入った僕は、その本を持ってくることにした。
「………わかった。明日貸してやるよ」
「やった!ありがと。超楽しみ~♪」
彼女はとても楽しそうな気分で僕の近くの席に座った。
「何でそこに座ったんだ?」
その理由はすぐに思い出した。
ああ、そうだ。たしかこいつとは一緒の班だった。え~っと名前は………………江須羽由美……だっけ?会話をしたのはかなり久しぶりだったような気がする。どうでもいいか。
「友達………じゃないよな………?」
そういって僕は時計を見た。
個々の学校は朝8時に昇降口が開く。その後、8時25分まで朝休みがある。その間が登校時間となっており、登校するのが早ければ早いほど朝休みの時間が延びるわけだ。まあ家にいても休める時間は変わらないと思うが。
僕と恵は8時10分ごろ家を出た。学校まで5分だから、着いたのが大体15分ごろだろう。
そして本を読み始めたのが17分ごろで少し読んでから声を掛けられたため、本をほとんど読んでないことになる。読んでいる最中は時間の流れがわからなくなってしまうので、どれだけ時間が経ったかは知らない。
つまり。
「本を貸す」という約束の代わりに僕が手に入れたものは、手数料でも別の本でもなく、朝の休み時間の終わりを告げるチャイムの音だった。
――昼休み。屋上へと続く階段の途中。――
「恵!早く~。場所取られちゃうよ」
「わかったわよ!もう!待って!」
あたし、手押恵は友達の西川麻里に誘われて屋上で昼食を食べることにした。なぜかというと、昨日の入学式は午前中だけで昼食は無かったんだけど、二日目の今日は1年生も午後の授業があって、中学校で初めての昼休みになる。だから行きたかった屋上に向かってるわけ。
弁当を持って屋上へと続く階段を駆け足で登った。
屋上へと続くドアの窓に青空が見える。未知の領域に辿り着けるみたいでなんだかわくわくしてきた。
「とうちゃーく!」
友達が先に屋上に着いた。
「わっ!凄い人!」
あたしも屋上に出る扉まで来た。
確かに凄い人数だった。学年問わず様々な人がここに集まって、昼ご飯を食べたり、遊んだりしている。みんな友達同士で楽しそうにはしゃいでいる。
「空いてる場所あるかな~?」
この場所に行こう!と思っている人がたくさんいるのを実感した。前からいろんな噂が流れていたけど、納得のできる光景だった。
「…………で、どこで食べる?」
屋上はとても広く、太陽を遮るものがない。だから心地よい春の日差しの中で弁当を食べられる。六階建てからの景色はとてもよく、福生市内をほとんど見渡せる。そのためか、1年生と思われる集団がフェンスの近くに集まってはしゃいでいた。アニメでよくある「友達と屋上で弁当を食べる」というのはみんなもしてみたいのね。
さて、あたしはどこで食べようかと迷っていると、
「ねえ、あそこいいんじゃない?」
麻里が指差す方向を見た。そこにはあまり人が集まっていなかった。
「何でいないんだろう?景色が悪いのかな?」
あたしが首をかしげていると、
「そんなこと別にいいじゃん。それよりお腹すいたから早く食べよう!」
そういって麻里はあたしの手を引っ張って駆けだした。
「わぁ!ちょっと!」
いきなり引っ張られ、危うく転びそうになった。
「……まあ、景色は今度でいいよね」
そう思っていたのだけど。
「わあ!凄い景色!」
行ってみると実際はかなり見晴らしがよく、とてもいい場所だった。誰もここに来ていないのが不思議なくらいに。
色とりどりの屋根が立ち並び、所どころピンク色に染まった桜の木が立っている。そんな景色がずっと向こうまで続いていて、高くそびえるビルたちが自然と文明の一体化を象徴させるかのように点在している。
福生市を高いところから見渡せる場所はいくつかあるけど、学校の屋上となると雰囲気が違う。ここだからこそ楽しめる景色がたくさんある。その辺にあるビルの展望台からの景色とは一味違った感じがした。
中学校初めてのお弁当が屋上ってなんか不思議よね。
あたしたちは早速そこに陣取ると、お弁当の包みを開けた。
「いただきまーす!」
最高の景色を楽しみながら、最初の一口を口に運んだ。
「おいしーい!」
学校の屋上で食べる弁当は格別だった。普段食べる弁当とは全く味が違うような気がした。
「やっぱここ来て正解だったね」
麻里が楽しそうに聞いてきた。
「うん!本当にね」
この学校の昼食はどこで食べてもいい。授業の時間までに教室に戻ればそれでいいとされている。もし遅れたら怒られちゃうけどね。
だけど時間はまだたっぷりあったから、ゆっくり食べた。その途中で、麻里といろんなことを話した。
周りもだいぶにぎやかで、いろんな声が聞こえてくる。ちょっとしたピクニック気分にでもなっているのかしら?
「いいよね、ここの学校。基本自由だしさ、ちゃんとルールを守っていれば何だっていいんだから」
あたしは頷きながら、
「まあでも、あんまりやりすぎると怒られちゃうけどね」
するとハンバーグを口に入れていた麻里が、
「ねえ知ってる?ここの学校何十年も前には荒れていたんだって」
あたしはそれを聞いて驚いた。
「ええっ?そうなの?」
うん。と麻里は頷いて、
「でも、何年か前の先輩たちの努力で何とか今みたいになったらしいよ」
「へぇ~」
こんな自由な学校が昔荒れていたなんて信じられなかった。まだ全部の事は知らないけど、今日までで驚かされることはたくさんあった。そもそもこんなに自由な学校は他にないと思う。アニメなんかじゃよく友達といろんなところでお昼ご飯を食べたりしているけど、さすがに完全に自由とまでじゃない。それだけ先生たちに信頼されているのかしら?
つまり先輩やもっと前の先輩も、同じようにこの伝統を守ってきたということになる。ここまで自由な学校になるには相当な努力があっての事なんだろうと思う。だから、先輩たちの努力の成果を無駄にするわけにはいかない。
「じゃあ、あたしたちもちゃんとしないとね。そうしないと、また荒れた学校になっちゃうから」
麻里も頷いた。
あたしはこの学校がどんなものなのかまだ知らない。知っていることといえば、この学校は自由主義だということぐらい。まだまだ中学校生活が長い事を感じさせた。
すると麻里が体を乗り出してきて、
「おっ!その卵焼き美味しそうだね。一つもらってもいい?」
と、とても食べたそうな顔をして私に聞いてきた。
「いいよ。あげる」
そう言って卵焼きを麻里の弁当箱に移した。
「サンキュー。ありがと」
麻里は卵焼きを口に運んだ。
「おいしい!これ恵が作ったの?」
「う、うん。そうだよ」
すると麻里は目を輝かせて、
「明日も作ってきて!もっと食べたい」
「別にいいけど、明日も卵焼きって………」
実は昨日も卵焼きを食べたばっかりである。三日連続はさすがに……………。
「ま、まあいいよ……。明日も………」
「やった!楽しみ!」
そういって麻里は自分の弁当を食べ始めた。
アニメでよくある屋上での会話。こんなのでいいのかしら?なんて思いつつも自分の弁当を食べた。
「学校、楽しくなるかな?」
「さあね、でもそうなるよ。きっと」
あたしは周りを見渡した。先ほど見たいくつかのグループは、みんなで盛り上がっている。いつかはあんな感じになりたいな~と思いつつ次の一口を運んだ。
ふとお兄ちゃんの事が浮かんだ。
「お兄ちゃんもこんな感じに楽しんでるのかな?」
それを聞いて麻里がこっちを向いた。
「えっ?恵、お兄ちゃんいるの?」
「う、うん3年にね」
麻里が「ふうん」といった顔をして、
「いいなー、恵は。うちには小4の弟しかいないよ」
「弟かぁ。どんな感じの弟なの?麻里みたいな優しい弟なのかな?」
麻里は首を横に振って、
「全然。全くそんなんじゃないよ。いつもうるさくてさ、生意気だしさ、優しさなんてこれっぽっちもないよ」
「それってさ、不器用なだけなんじゃないの?人に気持ちを伝えるのが苦手とか」
私が言うと、麻里はさらに首を振って、
「そんなんじゃないって。もう本当に根っこからダメなやつなんだから」
「そ、そんなに………?」
あたしは苦笑いした。そこまでひどい事言わなくても…………。
「恵のお兄ちゃんはどんな人?」
「えっ………?」
「かっこいいの?それとも優しいひと?」
あたしは、言葉が詰まった。
「えっ、えええっと、お、お兄ちゃんは…………」
いつもははっきりと意識してなかったけど、いざそうしてみるとなかなか口に出せない。
「……う、うん、そう。優しい人だよ。かっこよくは無いけど、なんていうか……その………」
好きな人がいる気持ちを友達に言うのは恥ずかしい。あたしはどう答えるべきか迷っていた。
すると麻里が、
「へえ、そうなんだ」
何か気付いたような、にやけた顔をしている。
「な、何?」
「恵。ひょっとして、お兄ちゃんの事好きなんでしょ?」
それを聞いた時、顔が熱くなっていくのを感じた。
「ふぇっ?あっ、う、うん」
私はもじもじしながら答えた。
「ほほう」
「なっ、何?おかしいの?」
「いや~ねぇ~。お兄ちゃんが好きだとはねぇ~。禁断の兄妹愛かぁ~」
それを聞いてさらに顔が熱くなった。
「べっ、別に麻里には関係ないでしょ!」
「いやいや。友達の恋は応援したくなるもんですよ」
麻里は笑顔で言った。
「だから頑張れ、恵!」
私は麻里の方へ乗り出して必死に抗議する。
「応援しなくていいから!」
「でもねぇ~。どうしようとうちの勝手だしぃ」
「だけどお兄ちゃんは私の事をそんな目で見てないから!」
「だからこそのアタックだよ。頑張ればいつかは振り向いてくれるって」
まるであたしの恋を楽しむかのようにしゃべっている。
「もう!」
友達の意外な腹黒さに驚きながらも、あたしは弁当を食べるスピードを上げた。これ以上話すと厄介なことになりそう。
でも、お兄ちゃんの事が何故か頭から離れなかった。
お弁当を食べ終わると、今度はゆったりとした姿勢になった。
天気がいいので、本当のピクニックみたいだった。こうしているだけで、何となく楽しい気分になれた。
ちょっとしたお昼寝タイム。
周りからは相変わらずにぎやかな声が聞こえてくる。それを聞いているだけで、さらにわくわくしてきた。
「なんか、いいよね。こういうの」
「うん。そうだね」
「今度さ、お兄ちゃんも連れてくれば?うち、会ってみたいかも」
あたしは少し笑って、
「お兄ちゃんはこんなところに来る人じゃないよ。………多分、一人で食べてるんじゃないかな?」
曖昧な様子で答えた。実際、お兄ちゃんがどこで何をしているか私は知らない。
昼休みも一緒にいたいなぁ。
それを察した麻里が、
「なら誘っちゃいなよ。大好きなお兄ちゃんを寂しくさせちゃだめだぞ?」
それを聞いて、私の顔がまた熱くなるのを感じた。
「………ま、まあ、機会があったら。ね?」
そういってあたしはもっと楽な姿勢を取った。
そうしているうちに、春の日差しが私たちを温かく包みこみ、お昼を食べ終わったあたしたちを眠りの世界へと導こうとする。
見上げた空には雲ひとつなく、青空がどこまでも広がっている。
「ふぁ~っ。眠くなってきちゃった」
体がほんのり温まり、頭が何となくぼーっとしてきた。それと同時に、体がふわふわするような感触に包まれる。このままここで眠っていたいな、とも思えるほど気持のいいものだった。
「うちも眠くなってきた。なんかこのままここにいたいなぁ」
麻里も私と同じように眠くなっているみたい。
程よい暖かさの日光に照らされ、体中がぽかぽかしてきた。
はぁ、気持いい。何で春ってこんなにあったかいんだろう。
しばらくそのままの姿勢で、季節を満喫した。
すると暖かさの中で意識がだんだん薄れてきて、瞼が勝手に閉じてきて………
「………ふぁっ?」
一瞬意識が落ちたような気がした。
「………あれっ?ちょっと寝ちゃった?」
するとしたくもないのに、再び意識が消えかかってきて………
「………………?」
頭が勝手にかくん、となって意識が戻る。
気持ち的には起きているつもりが、頭のどこかで眠さが残っているらしく、気付いたら眠さが頭の中の意識を占領している。
ご飯の後は決まって眠くなるもので、このまま眠ってしまえば昼休みが終わってしまうと思いつつも、眠気がどんどん勢いを増してくる。
「……あっ……眠っちゃダメ…………」
必死に抗おうとするが、抵抗する力が自然と弱くなっていってしまう。
睡魔というものは本当に恐ろしく、「帰らなきゃ」と思っていても体が動かない。気付いたら半分眠っていて、目の前の景色さえぼやけて見える。そうしているうちにも時間がどんどん過ぎてゆき、屋上にいた人たちも徐々に帰り始めた。
起きているのか寝ているのか、その区別までもが曖昧になってきている。
一瞬目が覚めたような気がしてもすぐに眠気の波が押し寄せて、起きる原動力をかき消してしまう。その繰り返しが何度も続いた。
ふと隣を見ると麻里はもう舟を漕いでいて、頭が、かくん、かくん、という動きを繰り返している。
麻里も眠いんだね…………。
だけどそんなことさえもどうでもよくなってきて、本当にこのまま眠ってしまいたい気分になっていた。
でもここで寝てしまうわけにはいかない。何とかしてこの睡魔を振り切らないと。
あたしは目を覚ますために体を動かそうとした。動いているつもりだったけど、消えかかっている意識の中では、実際に動いているとは言えない。
気付いてみると、体は全く動いていない。入りかけた夢の中で動いていたらしい。
そして再び意識が飛ぶ。
必死に起きようとしても、結果は同じ事の繰り返し。そのうちに諦めという単語が頭に浮かんできた。
「………昼休み………終わっちゃう………」
麻里も必死に耐えようとしているけど、どうやら無理みたい。
可愛らしい目がうっすらと開いたと思うと、また瞼が閉じる。そのサイクルを繰り返していくうちに、目が開いている時間が徐々に短くなっていき、
「………教室………帰らないとぉ…………zzz」
麻里はとうとう限界を迎え、眠りの世界に落ちてしまった。
あたしもそろそろ限界で、「早く起きないといけない」と思っていても、指の一本すら動かない。動いているのかもしれないが、はっきりしない。ふと瞼を閉じると、そこには夢の景色が広がっている。
…………このままでも…………いっかぁ…………。
もう頭が眠ることしか考えられなくなってくると、意識が完全にどこかへと行ってしまった。
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――放課後。3年3組の教室。――
その日、これといったイベントもなく6時間目の授業を終えると、皆が帰りの準備をし始める。
さようなら。と声をそろえてお辞儀をした後、それぞれ教室を出てゆく。
帰りの学活中に読書をしていた僕は、帰りの支度をすることをすっかり忘れ、あわててしているところだった。
そこへ、朝読書の邪魔をしてくれた江須羽………以下略が声を掛けてきた。
「明日、あの本ちゃんと持ってきてね」
「本?」
あれ?何のことだっけ?
しばらく思いだそうとしていると、
「朝言ったでしょ?あの小説貸してって」
「あっ」
その約束を完全に忘れていた僕は少し焦った。
「お、おう、わかった。持ってくるよ」
すると彼女は顔を近づけて、
「約束だからね?絶対だよ?」
「わかったよ、もう。絶対持ってくるから」
でも忘れていた事は事実である。
彼女はそれを察したのか、笑顔で続ける。
「でも忘れたりしたらどうなるか、わかってるわよね?手押?」
その言葉を聞いて、僕はちょっと寒気がした。あいつは普段明るく振舞っているが、そういう人ほど裏があるという意味を知ったような気がした。
「それじゃあまた明日!」
僕は苦笑いしながら返事をした。
「ああ、明日な」
元気よく帰っていく彼女の背中を見ながらつぶやいた。
まったく、これだから女の子ってのは…………
明日読むのが楽しみ~♪とか言っといて、図書館で読んだりしたらどうなるか、わかってるよな?
そのあと一人寂しく家に帰った。
家に着くと恵はもう帰っていて、テレビを見ていた。いつもこの時間にやるアニメが友達との間で人気があるのだそうだ。
「ただいまー」
返事がない。よっぽど集中してみているのだろうか。
「ただいm………」
「あっ!お兄ちゃんおかえり!いつ帰ってたの?」
ようやく気付いた恵は、驚いたような顔でこちらを見ている。
「おまえな………」
よく見てみると、耳のあたりに何か付いている。
「…………イヤホンかよ」
「これつけると凄いよ。音の迫力が全然違うんだもん」
そういって恵はまたテレビを向くと、続きを見始めた。
「程々にしろよ」
僕は階段を上って、自分の部屋に入った。そしてベッドに横になると、ため息をついてからつぶやいた。
「中3ってこんなんでいいのかねぇ」
最高学年になっても日常は今までと変わらなかった。受験だなんだといって慌てた様子もなく、クラス替えによる雰囲気の違いだけ変わっていた。
まあ、別に関係ないけどね。
でも勉強、大変になるのかな?
生活態度、ちゃんとしないといけないのかな?
なんか、面倒くさいな……………。
白色をした部屋の天井は、何も答えてくれなかった。ずっとそこにあるはずなのに、何か足りないものを感じた。
「もしも何でもできる力があったら…………」
天井はやはり何も答えてくれない。
別にいいさ。
それは自分が一番わかっているから。
内容という内容があまり書けなかった感がすごくしますね………さて、次話ではいよいよ事件が起こります。
用語解説
福生市:東京都西部に位置する。総面積の3分の1を米軍横田基地が占める。
非接触電力転送:金属接点やコネクタなどを介さずに電力を伝送すること。いわゆるワイヤレス給電。この装置により、車はどこまでも走れる。