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空想と現実の境目  作者: 築山神楽
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第11話 蒼の灯台

また長らく期間が開いてしました。

前回うやむやになったあれは果たしてちゃんと晴れるのか。

「まずは謝らないとだね。本当にごめん!」


 非の打ち所の無い、完璧な土下座。

 魔術結社の部屋に案内されて、来客用と思われるソファに座らせられるなり、突然彼は―――流畠を名乗る少年は土下座をした。何のことだかさっぱりの僕達は、思わず仰天し言葉を失う。

 部屋の内装は至ってシンプルだ。壁に沿って本棚や作業用のデスク、電灯やロッカーのようなものが置いてあって、中央には少しばかり値の張りそうな広めの楕円形の絨毯。その上に4人は座れそうなソファが二つ、向かい合わせに置かれている。

 そしてその彼といえば、僕達を両方に座らせ、こちらに頭を向ける格好で床の上で土下座をしている状態だ。具体的には僕、絵須羽麻技亜の組み合わせで座っていて、思わず困惑した視線を向け合う。


「こんなことで許されるわけじゃないだろうけど、ごめん!」

「あ、いや………」


 たかだか部屋に案内される程度で、謝られる筋道が理解できない。だがそうするからには何かしらの意味があるんだろうと思い、質問を投げかける。


「なんでいきなり謝るんだ。ちゃんと説明してくれないとこっちもどう反応していいか分からないよ」


 顔を上げた彼は一瞬戸惑った表情をして、そしてすぐ質問の意味を理解したようだ。


「ああ、確かにそうだね。君達にはまだ分からないことがいっぱいあるんだった」

「全く、何もかもがさっぱりだ。まあ今から説明してもらうんだけどさ」


 よっこらせ、と立ち上がった彼。部屋には本来あるはずの無い大きな窓があって、それは教室と同じように南を向いている。彼がそれに背を向けるように立ったため、直接とは言えなくとも差し込んだ夕日の光が逆光となり、彼の顔が影って見えづらくなった。


「さあ、何からはなそっか。君達が疑問に思うこと何でもいいよ」


 表情は把握しにくいが、まさか何かたくらんでいるのではないかと警戒しつつ。返事をする。


「わかった」


 ここにいる限り、これ以上どうにもならない。あやまる理由がこれからされるかもしれない何かと関係があるかもしれない。でもここは大人しく質問をしていこう。正直、聞きたいこともたくさんある。あの日以来、わけの分からないことばかり起きていて、今こうしていること自体何がなんだか理解できない状態。でも目の前の人物はどうやらそれを知っているようだ。先ほどまでのはぐらかしは、彼なりに困惑を避けていたのかもしれない。ならば、僕の一番の疑問である点から聞いていくのがいいと思った。


「じゃあ、まずはこの部屋だ。蒼の灯台だっけ?一体何をするための部屋なんだ。それに、魔術結社ってなんだ。教えてくれ」

「そう聞いてくると思った。さて、どこから話したものか……………………まあいいか」


 一瞬腕組して、それから両腕を広げて。


「ここは、蒼の灯台という魔術結社の隠し部屋。正確には福生第一中学校支部だね。この部屋は主に、メンバーの集会やちょっとした実験なんかもやってるかな。要するに自分らの活動拠点ってことかな」

「ふうん」


 正直、いきなりそんなこと言われてもピンとこないが、そういうものなのだからそうと受け入れるしかなさそうだ。どうせ向かいの二人も同じ考えだろうと僕はそのまま話を聞く。


「次の回答。魔術結社………たまに耳にする名称だけど、具体的な説明をする前に質問。君達は魔術結社と聞いてどんなものだと想像する?簡単に答えてくれればいいよ」

「いきなりなんだ。そっちから質問なんて」

「いいからいいから、本当に一言程度でもいいから言ってみてよ」


 はあ、と頭の中で呆れつつ。


「魔術結社か……………」


 一言ぐらいならすぐに出そうだと思ったものだが、いざ咄嗟に考えるとこれといって具体的なイメージが沸かなかった。調べようと思ったこともないし、ましてや実在するなんて思ったこともない。だが言葉にはしにくいだけの、ある程度の面影のようなものが脳裏に浮かぶ。


「その………なんだ。本当に適当なイメージだけど、何かしら意味のある西洋風な建物だとか、魔術師の集団だとか?そんなのしか浮かばないな。絵須羽は?」

「うーん漫画やアニメだと、世界征服を狙う、だとか大規模な魔術を使うとかあるけど、そんな感じ?それぞれの思想が交錯して、バトルが起こるみたいな。麻技亜ちゃんは?」

「私は………よく分かりません。ただ私の考えとしては、何かしらの秘密を抱えてるんじゃないか、それを守るために様々なことをしている………なんて思ったりします」

「ふむふむ、まあ大体の人に聞いてもそんな感じの回答が帰ってくるよ」


 すると若干頷くような動作をして。


「うん、まさにその通りなんだ」

「というと?」

「それはね」


 ごほん、と一つ咳をして。


「魔術結社ってのはどう説明すべきかな……………細かく見ると定義がすごい曖昧になっちゃうんだけど、簡単に言えば、同じ志や目的を持った者たちが集う組織ってとこかな。それがクラブ活動程度でも、世界規模でも構わない。とにかく、そういった人たちが集まって、自分達の目指すべきものに向けて行動する。それが魔術結社という組織なんだ」


 目的の実現を目指す。そこに至るまでの手段が魔術、ということだろうか。


「つまり、魔術を使って何かしたいと思う人たちが集まっているグループと」

「本当に簡単に説明するとそうなる。実際かなり複雑な話にはなるんだけど、普通に考えて、まず違う目的同士では集まらないよね。同じ目的を持って集まる、あるいはその団体に入る。一般的に知られている定義としてはこんなところかな。ただ目的はいろいろあって、自分の魔術を磨きたい人もいれば、組織の一部として活動したい人もいる。個人でも組織でも目的は一様に括れないから、本気で努力する団体であっても、あるいは子供の遊びグループであってもそう呼ぶことができるくらい定義は曖昧だよ」

「へえ」


 子供であっても、漫画なんか読んでれば魔術結社なんて単語を目にすることはある。それでいて趣味の合う友達同士でグループを作って、○○結社なんてオカルトじみた名前をつけて遊ぶだけの連中は結構な数いそうなものだ。でもそんな呼ぶだけでいいなんて本当に曖昧すぎて、それでいいのかよ、とツッコミを入れたくもなる。


「まあ、元の定義としては秘密結社の魔術版、ってのが正しいかな。秘密結社自体も定義が曖昧だから、この二つ自体も境目も曖昧。だから自分達が、あるいは他の誰かがそう呼ばない限り結社とは言えない。存在を知らなければ同好会か何かに見えるだろうね。常日頃からまとまっていても、離れていても、その人たちの関係性、行動、目的が整えば、ある意味において組織、引いては秘密結社と呼べるようになるんじゃないかな」

「確かにな」


 まさか、一緒に集っている数人が魔術結社だとは思わないだろう。それが大人数になったところで、まさに同好会だ。それでいて存在を隠しているとすれば、魔術結社と判断するのは非常に困難を極める。


「なら、私達……たとえばこの3人で魔術結社を作ったって言ってもいいの?遊びグループ程度で呼べるんならそういうことだよね?」

「もちろんいいよ。呼ぶだけならね」

「そんな簡単なものなんだ………」


 笑えるぐらいの曖昧さだが、よく考えてみれば筋が通っている。だがそれはそれでいいとして、なぜ、と思えることが一つ見つかる。


「でも、そんな曖昧な存在を秘密にする必要があるのか?そこに入る人がいるってことは、ある一定数から需要があるって事だろ?多くの人に認識されればそれだけ組織としての形もしっかりするだろうし、多数の人に知れ渡って、協力者が増えれば更なる発展と社会的地位の向上が見込めそうなものだけど」


 もしかすると、魔術自体が秘密にしなければいけないのか。そう思ったが、魔術は古代学問の一つだし、魔術を理由にするなら元となる秘密結社の理由は更によく分からなくなってしまう。


「そう。確かに、普通ならコスパが非常に悪い話だと思うよ。どうせ秘密なんてすぐばれるんだから、そんな必死に隠さなくてもいいだろうってね。だけど君達が世間に出て、「自分達は何々という魔術結社です!」と叫んだところで、笑われるだけだ。まあこれだけじゃ、大した理由にはならない。問題はそこじゃなこて、もっと単純に考えてみれば分かるよ」

「単純に考える?」

「うん、例えばだけど仮に君がテストの答えを実施前に覗ける方法を思いついたとする。でも正面から堂々と、先生のいる前で答えを確認していたら、確実に指導を受けることになるね。それに覗きが成功して、答えを他の人に教えても、誰かが報告すれば結果は同じこと。人の目の届く範囲で行動するから、必然的に障害が発生する。逆に誰にもばれずに、答えを見れれば目的は果たせる可能性は高い。これは結社を作った彼らも同じ。方法、結果が大人数に知れ渡ることで、何かしらの障害が生まれる。なら、目的が知れ渡るのを防ぐにはどうしたらいいかというと?」

「秘密にするわけだな。自分達の目標を、完全に達成するために」

「そのとおりだ。単純なことであっても他人にとって害のある行動を指標にしていたら、一定数の人はそれを阻止しようと動くだろうね。たとえそれが、世界中の人間を救うことだろうと、気に食わない人もいる。あるいは、考え方の違う方法だったりする。最終目的はともかく、それに至るまでの過程が複雑で、誰にも邪魔されるわけにはいかない場合なんか特にね」


 なるほど、と内心思った。


「だからこその秘密結社なんだ。同じ目的を持って集い、それの実現に向け行動する。そして存在を秘密にするから、誰も認識しないし、誰も邪魔できない。規模に関わらずそう呼べるのも、どうして存在を公にしないのかも、全てはそういう理由があるからなんだ」


 魔術結社、もとい秘密結社と言う存在。

 納得したとは言いがたいが、まあ理解はできた。要するに、結社というのは大きく言うと手段の一つなのだ。それが多数の人間でもって実現に至るというだけ。集団で目的を果たすなら秘密結社に限らなくてもいいが、そうしないと無理な目的を持った人たちが集まる。そしてお互いのために、それらを公にすることは決してない、と。


「さっき言ってくれたように、世界のどこかにはこの世の破滅を目論むとか、征服するとか、そんな結社もあると思うよ。そういう彼らこそ、己の目的を果たすのなら、余計に姿を隠す必要がある。そんなの、本当は存在して欲しくはないけどね」


 まあ、確かに。

 いきなり世界の破滅だなんていわれても理解できないが、そう望む人がいることは否定できない。望むだけならまだしも、実際にやろうとしている、やり遂げてしまえるのならどれだけ恐ろしいことか。


「世界の破滅なんて、一体どうやったらできるのでしょうか………まさか、魔術で地球を真っ二つにしたりなんてできるんですか…………?」

「あるんじゃないかな。そんなのも」

「えぇ………」


 質問した本人から、思わずそんな声が漏れる。


「それだけに限らず、手段はいろいろあると思うよ。たとえば、世界中の気候を乱すとか、大地を大胆に変形させたりとか。魔術に限らなければ、核戦争を起こすのだって手っ取り早い。どれが一番可能性があるかなんてのは、それこそ彼らが一番隠したい情報だろうから、推測の域を出ないけどね。ただ秘密にしている以上、まず噂程度にすらならないよ」


 魔術師ですら推測の域を出ないのに、一般人ではまず考えることすらないだろう。その存在をイメージすることはあっても、魔術についての知識はないから、秘密と合わさって予測は絶対にできない。

 そんな結社、本当にあるのか…………?


「以上が魔術結社についての説明だけど、これに関して何か疑問点はある?」


 完全に理解はできてないが、これ以上追求してもキリがなさそうなので、二人と目配せで考えを一致させ。再び彼のほうを見る。


「今はいい。それより次の質問をさせてくれ」


 彼は一瞬、きょとんとした表情を見せた。さすがに今の説明じゃ理解できなかったのだろうとでも思っていたのだろうか。だがすぐに表情が戻り、にこやかな顔を向ける。


「そう、ならりょうかい。次の質問をどうぞ」

「では私からさせてください」


 小さく手を上げ、麻技亜が口を開く。


「先ほど魔術結社というのは、目的を持った人が集まるとおっしゃっていましたよね?では、ここはどんなことを目的としてるのですか?蒼の灯台………名前だけでは予想できませんけれど、どんな目的と、どれぐらいの規模の組織なのですか?それと、どういったことをしているのか。教えていただけますか?」

「わかった。ただこればかりは全て話すわけにはいかない部分があるんだ。だから可能な範囲で教えるね」

「はい、それでお願いします」

「よし、まずは目的からだね。真の目的、この結社の上層部が考えていることは残念ながら教えられない。これは決まりじゃなくて、自分たちレベルの階級だと知る権利がないってのが正しい。だからなんとなく方向性を推測することはできても、それを把握することができないんだ。それでも一応、表立っての目的としては、この魔術世界の均衡を保つ、有体に言えば、平和維持ってのがあるよ」

「魔術世界の平和維持、ですか………?」


 言葉に引っかかる間技亜をよそに、彼は続ける。


「組織の規模は………これも教えられないかな。形としては、ここと同じように支部がいろんな場所に点在しているんだけど、正直に言うと全体の把握はほぼ不可能に近いんだ。ああ、一応ここでは全体ってのは蒼の灯台に限った話ね。これは秘密結社によくありがちな情報統制が行われているせいもあるだろうけど、近隣の支部とのつながりが多少ある程度。その辺りはしっかりとパイプをつないであっても、ある程度遠くの支部になると確認が出来なくなるんだよ。具体的には隣の隣の隣の更に隣ぐらいから存在の確認が危うい。単純に言葉を伝達すればいいじゃないって思うかもしれないけど、何故か遠くのほうは霞が掛かっているみたいに情報が途切れちゃうんだ」

「なんだよそれ。特別遮断されているわけでもないってのにどうして確認できなくなるんだ?」

「ごめん、その原因を解明しようとしたけどだめだった。こればかりは本当に謎なんだ。自分達のメッセージを遠くの拠点に送ろうとすると、パソコンの文字化けみたいにぐちゃぐちゃになったり、あるいは言葉が抜けて正しい情報が伝わらない。それは向こうから来る場合も同じ。取り寄せようとしても然り。通信方法については話せないけど、とにかく謎だらけなんだよ」

「そうか………まあわかんないってなら仕方ないか」


 僕は統制そのものでなくとも、クラスメイト間で似たようなことを感じたことがある。だれだれ君の家に何曜日遊びに行こうとか、だれだれちゃんの好きな人は誰なのかとか。そんなのが度々話題には上がって多くの人が共有しているのだが、僕の元に届くまでに有耶無耶になって正確な情報が分からくなってしまうというあれだ。それが意図的に行われているとはいえ、正確に把握できないという点ではまさにそんな感じだろう。おそらくは、拠点ごとに何かしらの情報フィルターのようなものがあると予測できる。


「本当にごめん」


 そう言って顔の前で両手を合わせる彼。いまいち納得のいかない話だが、なんだかこちらが申し訳なくなってしまった。


「それで話を戻すと、統制の結果として自分達。まあ近くのメンバーも同じでネットワークのほんの一部分しか知れてないから、もしかしたら世界規模なのか、あるいは関東地方の中だけなのか、それすらわからないってのが現状かな。何故って思うかもしれないけど、これも後で推測を話すよ」


 はあ、と彼がため息をつく。

 外の世界を知らない。言い換えれば全てを知らないってのは、世界がどこまでも広くて、同時に窮屈なのかもしれない。目先がぼやけて、見えないそこには何が広がっているのか分からない。触れることもできない。そんな捻れたストレスは、自分だったらかなりの負担となりそうだ。


「しかし、ネットワークを組んでるとは驚きだな。イメージだと、上からの命令がいろんな拠点に通達されるようになっていたり、あるいは拠点ひとつだったりする感じだけど」

「うん、ただネットワークってのもかなり曖昧なんだ。もしかしたら直線状に指揮系統が並んでるだけかもしれないし、あるいは本物のネットワークからいつの間にか切り離されているかもしれない。本当に推測に推測を重ねるしかないけど、この組織の体質は本当に謎だらけだよ」

「ふうん………」


 本当に、よく分からない世界だな。


「一応確認だけど、お前が把握している範囲はどの辺までなんだ?」

「そうだね………ここを中心としたとき、同心円上に拠点が存在しているわけじゃないけど、一番近いところで福生市内。把握できる範囲での話なら、北は川越、東は立川、南は町田、西は青梅ってとこかな。そこまで行くと、もう小耳に挟む程度にしか把握できなくなる。市内のメンバーは、ちゃんと全員を知ってるけどね」

「ずいぶんと広いな」

「正直、あるかどうかも微妙なラインだよ。だからこれが全体の1%にも満たないのか、これが全てなのかも分からない。本部もどこにあるか分からなくて、何か指示があれば隣から自然と伝わってくるって感じかな。その隣の人も、隣から受け取るから結局分からないって言うよ。つまり、具体的には教えられないってこと」

「把握できないって………本当に誰も分からないものなんですか?」

「うん、どうしようもない」


 こればかりははぐらかすといった顔ではなく、仕方なくといった表情で頷き、


「魔術結社。引いては、秘密結社という類で存在するものは、その名の通り秘密が多い。とにかく、秘密に秘密だらけ。これにはさっき言った必然性があってそうなってるんだけど、他と比べようもないし、秘密を守るのにこれが最適だってなら変えようがない。今のところ、この隠蔽体質のおかげもあって、存在がばれたことは一度もないみたいだけどね」

「それはそれでいいのか………」


 彼らがもっとも危惧するのは、中身が少しでもばれること。僅かにもれた単語でも、間違いなく敵対側の確信を得るパーツとなりうる。


「あともう一つ。この結社に所属する人数はどれくらいなのですか?少なくとも、この支部だけでもあなた以外に数人はいると思うのですが………」


 部屋の広さは、一般的な教室より少し広い。まさかここに常に30人ぐらいが集まるとは思えないが、1人で使うには広いしいろいろな物がありすぎる。

 すると彼は首を横に振って、


「ごめん、これも言えない。ちゃんと話すと言ったのに本当に申し訳ない」

「あ、いいえ大丈夫です。無理強いするつもりはありませんので」

「ほんとにごめんね。まだ君達は今日来たばかりで、その上関係者でもない。できるのは紹介程度で、詳しくは話せないんだ。ただ自分ひとりじゃないってのは確かだ。君達が信用できると判断できれば、話したいと思う」

「そうなんですね………わかりました」


 すんなり理解した麻技亜。僕としてはもう少しぐらい話してもいいんじゃないかと思ったりしたが、彼女はその理由を知っているのだろう。あの日話してもらったことはおそらく全てではないが、まだ打ち明けていない部分にそのわけがあるということか。 


「明確な回答があまり出せてないけど、今話したことについての疑問点はあるかい?」

「あ、じゃあさっきの支部の存在についてもう少し聞いていいか?」

「どうぞ」


 彼は右手を差し出すようなジェスチャーをした。


「メッセージの伝達方法なんだけど、多分魔術を使った何かだと思う。詳しく教えてくれないのはそれでいいんだけど、どうして手紙で出さないんだ?というか、直接会いにいけないのか?場所が分かってるなら、手紙を出せばはっきりと情報が残るじゃないか」

「ごめんそれも言い忘れてた」


 申し訳なさそうに頭を掻く彼。


「場所なんだけど、これも正確に把握できていない」

「だからか」


 なんとなくは分かっていたが、やはりそうだったようだ。


「教えられはしないけど、福生市内の支部の位置なら正確にわかる。でも存在の確認すら怪しい支部は本当に情報が無いんだよ。それに、わざわざ手紙一通程度の情報を持っていくために費用を掛けれないし、そもそも持っていくための重要な情報もない。知っておいて何かの役に立つならいいけど、今のところそんな事態にはなってないしね。ましてや、手紙を間違って落っことしたりでもしたら大変なことになる。だから指示がない限り、必要最低限の動きをするだけで、余計な情報は一切手に入らないってわけ」

「そうだったのか………」


 本当にこの世界は、いや、魔術結社というのはどこまでも大きくて、限りなく狭い。それは所属している本人が一番知っていることであり、同時に縛り付ける鎖のようなものに思えてならなかった。


「ありがと、この質問はこれで終わろう」

「りょうかい、なら次の質問をどうぞ」

「じゃあ私からいい?」


 絵須羽が身を乗り出して。


「さっき言ってた魔術世界って何なの?もしかしてこことは違う別の空間があるってこと?」

「違う。単純にこの世界のことだよ」


 亜空間や超次元なんてあってもおかしくは無いが、そこまで複雑な話ではなさそうだ。ただ呼ぶからには何らかの意味はあると思われる。


「魔術世界………言い方はすごい禍々しいけど、定義としてはこの世界でなんら変わりない。問題はそれを認識しているかどうかの違いってだけかな」


 認識の違い………?

 は?と頭の中で思った。


「認識している………ってどういうこと?別の空間があるわけでもないのに、それでいて同じ世界って………どういう意味?」

「紛らわしくてごめん。これは結社の定義と似ている部分があるけど、魔術を知っているか否かで分かれる。魔術があるのかもしれない、と想像しているだけなのと、実際にあると知っているのでは大きな差がある。この世界を、ただの科学技術で成り立つ世界と認識するか、魔術によって様々なものが回る世界とするか。たったそれだけの話で、主に後者に属する人間がいる世界、及び認識している世界を、魔術世界と呼んでいるんだ」

「ああ、なるほどね」


 認識するから存在する。知識があるから存在する。そうでない人間は存在を認知できない。姿形が全く同じものを一つの面から見るか、多方面から見るかの違い。


「世界を隔てる物理的な壁はない。だけど知識を一つでも得たら。すなわち魔術が存在すると確信できたらその壁は簡単に越えられる。でもまあ、その魔術自体、通常世界の人間からしたら、認識すら難しいだろうけどね」


 普段無意識のうちに認識している、風や日光、雨や音。鳥が飛んだり、人が跳ねたりする光景は、幼少期からそれが当たり前だという知識を得る。最初こそ何故と思うかもしれないが、そのうちに科学的な基礎知識を得て、誰もが説明することができるようになる。

 だがそこで。

 これは何かがおかしいと思うか、あるいは誰かがそう教えてくれたか。きっかけはなんでもいい。とにかく、科学でさらっと説明されていた部分において何かが違うと認識して、もう一つの面からの説明に持っていけるかどうか。魔術という存在に気付けるかどうか。そこが魔術世界を知る人間とそうでない人間の違いということか。

 だとすると目の前の人物を含めたある一定の人間は、少なからずその分岐を通過してきたと言える。どうやってその道を進んだのか、魔術結社に入る目的は不明だが、一ついえることは、普通の人間とは存在がまるで違う、全く異なる認識の世界に住んでいることになる。

 であるならば。


「じゃあ、僕達は」

「ん?」


 何の気なしに応える彼。


「僕達は、やはりというか、もうこっちの世界……魔術世界に入ってしまったってことになるのか?僕は魔術が使えるわけじゃないけど、それでも目の前で見た。原理はわかんないけど、存在すると認識した。要するに、もう境界線を越えたっってことになっちゃうんだよな…………?」

「…………………」


 僕の疑問に対し、なにやら気まずそうな表情を浮かべた。


「うん、そうなる。そうなるね………」

「ん?どうした?」


 何がそんな表情を作る原因なんだ。魔術世界を知ったことがそんなまずいことなのか。

 そんなことを考えていると、何故かしばらく間を空けてから彼は口を開いた。


「今回一番伝えたかった話は実はこれなんだ。君達は………本来は向こう側の住人だったはずなのに一瞬でこちらの世界を知ってしまった。認識の定義と言うか、それは今の話で理解できたと思うけど、これは結構危ない話かもしれないんだよ」

「危ない話………?」


 少しばかり、背筋に冷たいものを感じた。


「そう、君達のような入り方をした人は少なからずいるんだけど、自分達のような、最初から魔術結社に入るのを目指した人、世の大半の魔術師の入り方とは違ったそれでこっちの世界に来ちゃったってのがまずいんだよ」

「何がそんなに?」

「単純さ。さっきも言ったとおり、魔術を認識したところがほぼ全てだ」

「ほぼ全て?それが一体………」

「わからないかい?」


 僕だけでなく2人も頭に「?」を浮かべている。


「2つの世界の境界は、壁ではないから普通に超えることはできても、その逆はほぼ不可能に近いんだ。一方は認識するだけでいいけど、もう一方はそれだけじゃ済まないってことさ」

「それがどういう…………」


 と言いかけてすぐに理解した。

 大半の魔術師と言うのは、認識を自ら変えた。それによって違う世界を見ることが出来るようになったわけだが、そこには自発性が存在している。自分達で知りたい、入りたい、知識を付けたいという好奇心。人間が不思議なものに惹かれる性質によって、自ら踏み込んできている。だからそこで何が起ころうとも、責任は本人のものだし、誰にも迷惑は掛からない。

 でも僕達と言えばどうだろう。あの日事件について、推理を立てて答えに導いたのは僕だ。いたずらだと思われていた魔法陣から、何かしらの力があるという認識に持っていった。それに関してはある程度の自発性、つまりは自分の足でもう一つの世界へと踏み込んだと言えるかもしれない。そういう意味では確かに先ほどの前者に相当する。

 ただし、それは魔術ではなかった。

 超能力という、またしてもわけの分からない存在を、事件の推理を補完するためにあくまで仮認識したに過ぎない。その時点では僕だってまさかとは思っていて、実際の事件はもっと別の方法で実行されたのでは、なんて考えていたりしたものだった。業者の人が使ったと言っても、それが魔術であれ超能力であれ、精々あるんじゃないかな程度の認識。となると、多分まだその時点では普通世界にいたんだと思う。

 ならば問題はそこじゃない。その後の経過にある。

 魔法陣の爆発があって、さらに流畠の暴走もあった。結局事件が収束したのかどうかも知らないが、僕達は確実に魔術を認識した。その時点で魔術世界に入ってしまったと判断こそ出来るが、ここでは。いや、ここでこそ本来あるはずの重要な要素が掛けている。

 自発性がない。

 言うなれば受身形。望んでもいないのに、ただ一方的に巻き込まれる形で認識を得た。周りの環境が、人間が、もしくは運命が、勝手にもう一方の世界に移動させた。知ろうとも微塵も思ってなかったのに、半ば強制的に認識させられ、見える世界を変えた。

 つまりは。


「ああ、そういうことか」


 物事を多面的に捉えるのは、新しい観点を見つけると言う意味ではいい意味として捉えられるが、逆に考えれば、知ってはいけない側面や知りたくも無い背面を見てしまうことになる。それが自発的ならいい。だが偶発的、あるいは誰かによって見せられて、それを認識したが最後、正面だけを見るようにしたところで、側面背面に何があるのかという記憶は消えない。見るはずの無かった姿を、たとえ誰かに告げ口しなかったとしても、決して自分の記憶や経験から無かったことにすることは出来ない。

 だから。


「魔術世界。普通とは違ったそれを一瞬でも認識したら、もう元の世界には戻れない、普通の人間に戻れないってことか」


 片足でも、もう手遅れ。

 境界線は壁ではないくせに、非情にも一方通行というわけだ。


「その通りだよ」

「どういう意味?」


 絵須羽と麻技亜はまだ理解できていないようだった。


「だから、こういうことだ」


 今の結論に至るまでを、2人にじっくりと教えた。その後ようやく理解したようだが、明らかに動揺していた。


「そんな…………」

「戻れないなんて………」


 そんな僕達を見る彼の顔は、本当に申し訳なさそうな表情をしていた。間を空けず彼は床に膝をついて、深々と土下座をした。


「最初に謝ったのはこれが言いたかったからなんだ。本当にごめん!」

「………………」


 どうにもこうにも、返す言葉が出ない。

 こうなると未来が決まっていたのであれば、それは仕方が無いことである。だがそうではない。自発的でもない。他人によってそうさせられたのなら、確かに謝られる意味はあるが。


「どうなんだよ…………」


 まだこちらの世界に踏み込んだばかり。右も左もわからないどころか、たった今説明されて入ってしまったことがわかったぐらいだ。こちらの世界にいて何があるのか、何が起きるのか、それすら、今の僕達ではおおよその想像すらできそうにない。気付かないうちに世界が変わっていたとして、だからどうなるなんてわかりっこないのだから。


「戻れないのは分かった。でも一体それが何になるっていうんだ」

「いろいろだよ」


 彼は顔を上げた。


「いろいろ大変なんだ。全て話すとキリが無いけど、知識がある以上、この世界の運命からは逃れられなくなる。本来水面下、普通世界からは感知できない魔術関係の争いごとに巻き込まれるかもしれないし、知って絶望する情報を強制的に知ることになるかもしれない。最悪、こちらの世界にいると言うだけで拷問なんかを受けるかもしれない。何を言ってるのかさっぱり分からないだろうけど、普通じゃない世界に来てしまった。君達は少なくとも、こちらの世界にいるべきではなかったのに連れ込んでしまった。だから本当は謝って済むような問題じゃないんだ!」


 絵須羽と麻技亜も息を呑む。いまいち理解できなくとも、かなりやばい可能性を孕んでいることだけはわかったようだ。


「本当に戻れないのですか…………?魔術があると認識しているなら、それに関しての記憶を消せばいいのでは?そうすれば、魔術世界を知っていることにならなくなると思いますが」

「本当にそれでいいのならそうするよ。でも取り返しのつかないことになるけどね」

「どういう意味だ?」


 記憶削除なら、魔術でどうにでもなりそうなものだ。まだ知らないだけだが、それに関しての魔術はいくつかあるはずだ。ならばそれを使えばいい。認識によって左右されるなら、その記憶を消してしまえばいい。

 だが彼の口からは、そんな解決方法は出てこなかった。


「消す方法ならいろいろあるよ。なんなら今すぐにでも実行できるぐらい簡単なのだってある。でももしそうしたら、少なくとも魔術を知った時点からの記憶を消さなきゃいけなくなる。それでいいのかい?」

「その時点ってのは、爆発に巻き込まれたあの時か?」

「いいや」


 首は横に振られた。その次に続く言葉は分かっていたが、直接聞きたくはなかった。


「校庭に魔法陣が出現したあの日から。要するに魔術に関することを認識した瞬間からの全ての記憶を消さなくちゃいけない。どんな些細なこともだ。どこを歩いただとか、どんなものを食べたのだとか。とにかく、断片となりうる全てを消す必要があるんだ。それでも消すことを望むかい?」

「…………っ!?」


 一瞬だが、視界が真っ白に染まって何も見えなくなったように感じた。あの時点からの記憶。くだらない会話程度ならどうでもいいが、一週間という長くて短い期間で手に入れた大切な記憶がいくつも消えることになる。何億、何兆通りの未来が存在する中で、正解とは言えずとも間違ってはなかった道のりが、たった一つの境界を跨ぐのと引き換えに、全て無に帰る。

 曰く。

 事件を解決したこと。

 絵須羽と恋人になったこと。

 雨降りの中、喫茶店でデートしたこと。

 3人でお出かけしたこと。

 麻技亜を救ったこと。

 そして、逆に助けられたこと。

 これら全てが完璧によかったわけではない。だからといって、消えていい訳ではない。

 あの事件が無ければ、僕は今こうしていない。隣にも、周りにも誰もいない。恋人もいない。その上、救えるはずだったクラスメイトの存在を知ることも無く、ただひたすらにつまらない日常を浪費していただろう。

 あの日は、本当の意味で全ての始まりであり。

 そしてそれを消すことで、全てを無かったことにできる。


「それは………………」


 どちらかを選ぶしかない。

 どちらが最善の選択肢かは分からない。記憶を消せば、今までどおり無機質な生活に戻る。魔術のまの字もない、ただひたすらに繰り返される日常に。そこでは、魔術によって傷つけられたり、あるいは酷い目に遭ったりしない。一歩線を越えた隣で起こっているであろう災に、目を向けることなく生きていける。

 一方でもしこのまま消さずにいて、更に世界の深いところまで入り込んでいってしまった暁には、彼の言うとおり拷問が待っているかもしれないし、もっと残酷な未来が待っているかもしれない。大切な二人が魔の手によって侵され、絶望の淵に立たされる未来は想像もしたくない。


「もう一度確認するけど」


 他の解決策が、できればあってほしい。


「本当に戻る方法は無いんだな?記憶を消さない限り戻れないんだな?」


 だが彼の返事で、残っていたほんの僅かな希望が霧散した。


「うん、こればかりはそうするしかないんだ」


 やっぱりか…………。


「でも記憶の断片だけを消すって方法は無いのか?魔術に関しては知らないけど、魔法陣からの記憶だけを消して、今の3人での関係を残しておくとかは?」

「それに関しては、出来ないこともないよ」

「ならそれで…………」


 と言いかけて止まる。そんな都合のいい条件には必ず制約がつき物だから。案の定次に発せられた言葉で、あえなく蘇りかけた希望が砕かれた。


「ただしそれは、一度記憶を全て消してから、今度はそういう関係だったという新しい記憶を脳内に作るって手順をとる必要がある。それも、その関係に至るまでが完全に架空の道筋でね。実際には、そうされても本人からはそれが当たり前になって、絶対に気付くことはできないんだけど、今の君達はまだそうされてないから判断できる。君達は、記憶にもない他人によって作られた、戻ってからの世界での関係を続けたいと思うかい?」


 僕も絵須羽も麻技亜も、反射的に首を横に振った。


「それだけは嫌だ………」


 それはさすがに、残酷すぎる。

 そんな偽りの関係を続けたところで、なんの意味がある。

 ならばいっそのこと、記憶をリセットしたほうがまだ人道的だ。


「ごめん…………」


 結局振り出しに戻ってしまった。

 消すか、消さないか。

 後戻りは出来ないから、選ぶしかない。

 果たして、無機質な生活に意味はあるだろうか。

 あの事件が起きるまで、僕には何も無かった。やってみたいことも、目指したいものも何もない。記憶を消したら、そんな過去の自分に逆戻りだ。あらゆるものがつまらない。そんな自分には、もう戻りたくない。

 一方で、こちらの世界には不安しかない。知識も、経験も皆無。それでいて、知るはずもなかった世界に、勝手につれてこられておいて、これから起こるであろう何かにしっかりと対処していけるのだろうか。


「……………」


 自信は無い。

 予測すらつかない。

 だけど。

 よく考えてみれば、それは案外難しい話でもないのかもしれない。

 そんな未来のことだけに縛られて、せっかく手に入れた大切なものを失っていいのか。

 色のない世界で、ただただ回り続ける日常の一パーツに過ぎない存在でいいのか。

 そしてそれ以上に。

 楽しいと思える日常を送りたい。

 無意味な日常に戻ることこそ、無意味と呼べるのではないか。

 ならば、もうどちらを選ぶのかは自ずと決まってくるのではないか。

 わざわざ深く悩む必要すらないじゃないか。

 そう心の中でため息をついて。


「もういい、それ以上謝らないでくれ」


 すぐに彼が顔を上げ、何で?と言った顔でこちらを見上げる。


「謝られたところで、もうどうしようもない話だ。だからその罪意識はせめて今後の対策で償ってもらえればいいから。こうなったのも少なからずこちらにも原因があるわけだし、きっかけのようなものは僕が行動したせいなのもある。それに」


 僕は絵須羽と麻技亜の顔を再び見る。


「あの日が無かったら、絵須羽とは恋人ではなかっただろうし、麻技亜の笑顔を見ることもなかった。最初こそ辛かったと言えばそうだけど、何もない日常なんかよりは、今のこの世界に踏み込んでしまったことは遥かに輝いている気がするよ。救い救われ、お互いに何も変わらない色褪せた世界からたった一歩超えただけで鮮やかな世界に来た。あらゆるものが180度変わった。それはそれで、僕はいいと思ってる。必ずしも、全てが悪いってわけじゃないんだ」


 2人は少しばかり頬を赤くしたように見えたが、夕日のせいで分かりにくい。だがそれ以上にはっきりと、笑顔で頷いてくれた。

 普通から変わり果てた日常で、そこがいいと思った。意味を見出したのは紛れもない僕達で、そんな世界に踏み込むのを無意識に認めていたのも僕達だ。


「だから謝らなくていい。それ以上の謝罪は、しっかりと心の中にしまっておいてくれ」


 不幸にもくぐってしまった門だが、何かしらの対策はあるはずだ。でも僕達には知識はない。それについての世界を知っている彼なら、戻すことは無理でもまだ何とか出来るかもしれない。


「いいのかい?そんなんで………?」


 信じられないものを見るような顔だった。


「そんな、軽く見ていい世界じゃないんだよ?さっき言ったこと以上の災難に見舞われるかもしれない。それもいいのかい?」


 僕は、そして絵須羽と麻技亜も。首を縦以外に振らない。


「いいんだよ、何もない世界よりは、たくさんのものを得られた世界のほうが十分すぎるほど価値がある。危なくなったら、お互いに助け合う。分からなくなったら、お前に聞く。僕達でそう決めたんだから、それでいいんだ」


 目先真っ暗とはまさにこのことである

 だけど目先真っ白の元の世界よりはいい。

 どちらも意味が同じようなものかもしれないが、後者には明確な価値がある。

 どちらの世界を選んでも、未来は結局分からない。

 ならば、選択肢は一つだ。

 僕はもう一度、2人に問うた。


「いいよな?これで」

「うん」

「はい」


 そこからは、一抹の不満すら悟れなかった。


「よし、決まりだ」


 結果はどうであれ、考えることは変わらない。

 もう元の世界にもどる必要は、これっきし無いということだ。


「そうか…………そうなんだね」


 謝らなくていいとは言われたものの、若干の申し訳なさが残る顔で彼は立ち上がった。


「わかった。君達がそう望むのならそれでよかった。だけど、それなりの責任は取らせてもらうね」

「ああ、今後どうすればいいかをちゃんと教えて欲しい」

「うん、まあそれだけじゃないんだけど」

「?」

「対策はもちろん、君達が必要としたときの魔術知識の提供、それに伴う対処法。それと、ある程度の補助。まだ結社の情報は教えられないけど、少なくとも、これでわけの分からない世界で迷うことは無くなると思う。他にも相談や疑問があるなら、いつでも聞いてくれていいから」

「わかった」


 とはいえ。

 魔術知識が増えていけば、それこそこの世界の深いところまで入り込んでしまいそうである。だがそれが無ければ、正しく対処することは出来ないのであろう。


「あと、こちらからのお願いを一ついいかな」

「何だ?」


 すると彼は顔の前で右手を立てて、お願いするようなポーズをして。


「ここで話したこと、聞いたこと、見たこと。これらは絶対に外部に漏らさないで欲しい。というか、漏らしちゃだめだ。話すなら、誰にも聞かれない場所でこの4人の中だけで話すこと。もちろん聞かれるのもNG。学校内でもっとも安全性が高いのはこの部屋だから、使いたいときはいつでも言って。絶対に、誰かに知られるような状況だけは避けてくれ」

「了解」

「ありがと。よろしく頼むよ」


 その直後に、ふうと自然とため息がもれた。


「大変なんだな、この世界も」

「うん、本当に厳しい世界だよ」


 何気なしに、窓の外に目をやる。

 話し始めたときからかなり時間が経っていて、校庭を照らす夕日の色合いがいっそう濃くなっている。校庭で練習するサッカー部の様子が、桜の木の隙間から見える。純粋に己の技術を磨く彼らには、今僕達がいるこの部屋も果てはこの世界も、微塵も感じることは無いんだろうと。そう思うと、もう戻れない世界に対して少しだけ寂しさのようなものを感じた。


(向こう側に世界には戻れないんだな………)


 この部屋の壁と称していいか分からない、境界の向こう側は僕達がもといた通常世界であり、魔術世界。つまりこの部屋こそ、その境界を越える関所のようなものだろう。この部屋のドアをくぐったその時こそ、見え方の変わった世界へと躍り出ることになる。いつもと変わらない日常が、果たしてどのように変わっていくのか。期待こそすれど、想像できそうにはない。


「まあ、なんだ。これからもよろしくな。いろいろ聞くことがあるかもしれないけど」

「こちらこそ。そのときはちゃんと力を貸すよ」

「よろしくね」

「よろしくお願いします」


 お互いに頭を下げあった。

 もう決断は終わった。

 一気に気が緩んで、ソファに背中を預ける。向かいの2人も同じで、一気に体の力が抜けたように思えた。

 そんな僕達を見かねたのか、彼が声を掛けてきて。


「もうこんな時間だけど、どうする?」


 太陽の傾きは、夕方の終わりを告げようとしている。

 壁に掛けてあった時計を見たら17時を回ろうとしていた。部活動は大抵18時までだが、基本的な下校時刻は17時である。生徒として何も用事がない僕らは、今すぐ帰らないと、これ以降にその辺を歩いている先生に見つかって、とやかく言われる可能性がある。

 それでも、まだ気がかりは残っているために、素直に帰りたいとは思わなかった。


「いいや、もう少しいるよ。聞きたいことはまだある」

「お2人さんは?」


 絵須羽と麻技亜も頷く。


「私も残るよ」

「同じです」

「わかった。ならもう少し話そうか。だけどその前に、お茶を用意するよ。さすがに喉が渇いただろうしね」


 その言葉を最後に、沈黙が続いた。食器の当たるかちゃかちゃという音だけが響き、しばらくしてお盆に載せられたコップが運ばれてきた。

 中身はなんなのだろう。こんな部屋があるくらいだからもしかして、特殊なお茶なのだろうか。なんて想像を膨らませたが、実際はただの麦茶だった。そんなことに少々がっかりしつつも、程よく冷やされたそれを渇いた喉に送り込んだ。


「さて」


 再び元の位置に立つ彼。


「次に聞きたいことはなんだい?まあ、だいたいは予想できているけどね」


 もとより、質問したいことは決まっていた。

 そして、そもそもの説明に足りていなかった要素も一応聞いておこうと思った。


「じゃあ、問わせてもらう」


 陰った彼の表情、口元まではっきりとは見えない顔をしっかりと見ながら言った。


 「お前のその名前だ。流畠洋助………これは昨日、僕達を攻撃してきたあいつの名前じゃないのか?どうしてお前も同じ名前なんだ」

はい、今回はただの説明回です…

魔術結社、もとい秘密結社の本当の定義は知りません。大戦を経て、どのように存在が変化したかも分かりません。全て推測で書きました。結局あれは分からずじまいでしたが。

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