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空想と現実の境目  作者: 築山神楽
13/15

第10話 真相の開示

はい、築山です。もう前回いつ投稿したんだよってぐらい大分時間をあけてしまいました。ごめんなさい。ただでさえ文章力ないのになにやってんだか…………。

さて、事件から一夜明けて、果たして何が起こるのでしょう。そして最後に出てきた少年は一体。

 事件終結の翌日。

 全身の怪我はそのままに、やはりこの日も普段どおり登校することになった。

 昨晩は疲れもあってしっかりと寝れたわけだが、それによって昨日本当に事件があったのかどうかの記憶が、だいぶ曖昧になってしまっていた。だが事実なのは変わりないし、何より大きな気がかりがあった。

 怪我自体は、絵須羽のお見舞いに行ったついでに、病院で多少の治療を受けたからまだいいものの、あれだけ派手な戦闘を起こしておいて、果たして学校へ行っていいのだろうかという抵抗感があった。主犯こそ違えど、あの中心にいたのは紛れも無く僕であり、一体クラスの連中からどんな目で見られるのだろうかと心配なのだ。もちろん、直接的な害が無ければそれでいいが、畏怖に満ちた目で関係を続けられると、これからの学校生活に支障が出かねない。故に、昨日僕を見ていたであろう人物達と遭遇するのであれば、今すぐ家に引き返し、彼らの記憶から消えるまで隠れていたいものである。

 だがそんなことをしては、肝心な話を聞くことができない。休もうが休むまいが、結局は先生に何か言われるだろうし、それだったらせめて話だけでも聞いておかないと、あの事件が何だったのか分からずじまいになってしまう。あの謎の少年、いやこの中学の生徒か。見たことも無い顔だったけど、果たして彼は一体誰なのだ…………?


「お兄ちゃん」

「ん?どうした?」


 右腕に寄り添う恵。これも普段どおりの光景だが、こちらを見上げる顔はいつもの笑顔ではなくどこか心配そうな表情をしていた。


「絵須羽さんの怪我、どうしてああなっちゃったの………?爆発ってお兄ちゃん言ってたけど、学校で何があったの………?」

「それはな」


 と言いかけて、果たして恵に伝えていいのだろうかと考えた。確かに恵には絵須羽が救急車で運ばれてからも、ずっと付き添いをしてくれた。事件とは全くの関わりが無いといえば嘘になるが、だからといって伝えるべきなのか。僕としてはこの事件に巻き込みたくない。校庭ではあと一歩でも間違えれば死ぬような状況だった。しかし恵はそこにいたわけではないから、知る必要はない情報だ。その上で本人が知りたいと言うなら、拒否はできない。

 ここは判断が難しいところだが、隠し事をし続けて余計な心配を掛けるよりも、全て話して終わらせたほうがいいのかもしれない。僕は少し悩んだ挙句、後者をとることにした。


「恵」

「?」

「昨日あったことは大きな事件だ。でも直接恵とはあまり関わりが無い。はっきり言うと、恵にはこの話にあまり関わって欲しくは無い。それでも知りたいってのなら僕は話すよ。どうする?」


 一瞬険しい顔を見せたが、元々決意は決まっていたようだ。すぐに顔をあげると、ゆっくりと頷いた。


「うん、話して欲しい」

「わかった。じゃあこれから話すことは誰かに聞かれても絶対に漏らしちゃ駄目だよ?」


 再び頷く恵。それから僕は先週から続いた事件の全てを、分かっている範囲で正確に伝えた。途中、右腕を握る手が若干強張ったが、それでも話すことを止めず、最後まで話した。


「………そんなことがあったんだ」

「ああ、でもまだ分かってないことが多すぎる。それを今日聞きに行くんだ」


 恵は、僕から視線を逸らした。多分今日の話を聞きたいと思っているが、それでは僕に迷惑を掛けてしまう。だからそうしたいと言わないよう堪えているのだと思う。


「いいよ。来ても」


 するとすぐに顔がこちらを向いた。


「え、でもそれじゃ………」


 恵なりに考えていることはあるのだろう。どうしていいのか分からない表情をしている。

 僕と流畠との事件の発端の一部には恵も含まれているし、ここまで話した以上もう全てを聞いてしまってもいいのではないか、と思いたくもなるが、得体の知れぬオカルトの世界は考えているよりもっと危ないかもしれない。正直、ここ数日で起きている事は分からないことだらけだ。僕と絵須羽、麻技亜はもう片足を突っ込んでしまっているが、恵は辛うじてまだ表の世界にいる。今日聞こうとしている話のせいで、妹を危険な世界へと引きずりこんでしまうことだけは避けたい。


「わかった、じゃあこうしよう」


 戸惑いの表情が一瞬で晴れる。


「恵は今日話は聞かないで、僕だけが聞くことにする。それで、伝える内容は後から僕が判断する。それでいい?」


 迷わず頷く恵。思わずため息が漏れて、よかったと一安心した。

 それからしばらく、無言の時間が続いた。

 やがて校門が見えてくると、周りの空気がぐっと重くなったような気がした。いや、気がしただけか、あるいは本当にそうなのか。とにかく、不穏な空気が全身を包んだ。

 考えられることはごく単純だ。たとえ当事者がいなくとも、あれだけの爆発や閃光が飛び交ったのだから、誰しもがここはやばいと感じているのかもしれない。あるいは、当事者である僕が来たから、皆が警戒しているのかもしれない。正確なところはわからないが、ぼっちで教室にいた頃よりも、空間が自分を強く拒絶しているように感じた。


(ああ、辛いこの空気。教室に行ったらもっと酷いことになるんだろうな………)


 謎の圧力をなるべく気にしないように、重い足取りをなんとか進める。

 生徒の流れはやがて一点に、昇降口へと集中する。ぞろぞろ歩く生徒達の間を、向けられる視線を振り切って通り抜ける必要がある。ここから先は本当の鬼門だ。なんとしてでも突破しなければ。

 などと考えていたことはすぐに無駄だと分かった。

 そこにあったのはただの日常。

 ごく普通の中学校の、ごく普通の登校風景だった。


「え………?」


 思わず戸惑いの声が漏れる。流れの中で立ち止まったが、誰も気にすることなく日々の繰り返しの一部のように歩いてゆく。すぐ隣を、ファンであるアーティストの話をしながら後輩と思われる女子達が通り過ぎてゆく。校庭では朝連をしていた野球部が、急いで片づけをしているところだった。小鳥達がさえずりをしながら飛び交い、ふと木を見上げれば桜の花吹雪が風に流され、さぁっと散る。事件のじの字もない春の平凡な日常だ。


「お兄ちゃん?」


 突然止まった僕を見かねて声を掛ける恵。だが僕は一人勝手に混乱を極め、今起きていることを理解するのに必死だった。

 何故、誰も事件について話していない。

 どうして、翌日に普段どおりの登校ができるのだ。

 昨日の戦闘は確かにあった。おぼろげながらも、傷ついた麻技亜が必死で魔法を放つ光景が今も頭に浮かぶ。だがそれについての単語の、かけらすら耳に入ってこない。校庭で戦闘があったのなら、多少なりともそっちを見たっていいじゃないか。何故だれも気にしない。一体何があって、こんな皆の記憶が消去されたような雰囲気になっているのだ。

 事件に対してもそうだが、僕に対しても誰も気を向けることはない。見えてないのではなく、日常の一パーツ故に、特別視すると言うわけではないだけだが、こちらを振り向くことなく隣を素通りしてゆく。目立たない人間であることは否定しない。でもあんな派手なことをしておきながらどうして誰も気に留めない。それに、爆炎のせいであっちこっちに火がついていた筈だ。どうしてその痕跡が僅にも残っていない。その上、学校は今日も登校なのだ。あれだけ爆発があって、どうして普段どおりの登校時間なのだ。前もそうだったが、多少なりとも警戒してもいいんじゃないか。

 まさか、本当に記憶が間違っているのか、そう思いたくなる。だが、体中の傷は残っている。迫る爆炎の恐怖だって覚えている。なのに、今の光景は?それとも、記憶自体、夢か何かだったのだろうか。恐ろしすぎる悪夢にうなされ、体中を掻き毟ったりでもしたのだろうか。

 わからない。

 よく考えてみればおかしなことばかりだ。あの現場にいた生徒の数は把握してないが、ざっと20人は下らない。今いる中に彼らがいなかったとしても、SNSなんかを使って簡単に情報は広まるはずだ。いいや、友達間だけじゃない。学校近隣、ひいては世界中に拡散されているかもしれない。少なくとも、警察や消防には知らせが入っているはずだ。なのにどうして、あれからサイレンの一つもならなかったんだ。この様子だと、学校自体、事件があったことをまるで知らないみたいじゃないか。

 一体、何が…………

 昨晩、この学校で何が………


「お兄ちゃん!」


 恵の声ではっと現実に戻る。周りでくすくすと笑う声がしたが、それだけだった。誰も何も、昨日の事件についての話題が一切消滅している。あたかも、昨日がそもそも存在すらしていなかったかのように。


(本当に、一晩の間に何が起きたって言うんだ………)


 心当たりはある。だがそれを認めてしまうと、もはや後戻りができないように感じた。

底知れぬ闇に全身突っ込んでしまったことを、たかだか一般人が知ってはいけない領域に引きずりこまれしまったことを、周りの空気が悟らせてきた。両方の世界を知っている僕に対して、後悔させてやると言わんばかりに。


「ああ、これは困った」

「何が?」


 不思議そうに見上げる妹の瞳が、このときほど純粋だと思ったことは無い。


「どうやら、話す話さないの規模じゃないみたいだ。この世界はやばい。絶対にこっちに来ないほうがいい。いや、来るんじゃない」




 教室に入った。

 そこも普段どおりの光景。始業式の次の登校日の朝となんら変わり無い、騒がしくも平和な教室。唯一違うといえば、新しいクラスになじんで珍しい組み合わせのグループができていることくらいか。そいうったことを除けば、本当に何もかもがリセットされているみたいだ。


「はあ………」


 もはや何の言葉も出なくなり、僕自身も普段どおり自分の席へ向かう。荷物を掛けて、椅子に座ると、正面に黒板左手に窓の配置。何も変わらない。試しに本を取り出してみれば、もうそれはちょうど一週間前に戻ったみたいだった。そう、あの日が全ての発端だったのかもしれない。こうやって読んでると、いつの間にか絵須羽が前に立っていて………。


「そうだ、絵須羽は来ているのか?」


 教室を見渡しても彼女らしき姿は無い。昨日、爆発に巻き込まれた瞬間を見たクラスメイトが僕のところに尋ねてくると思いきや、誰もこちらを見向きもしない。それは僕と関わるのを恐れて意図的に避けると言うよりは、単純に僕が目立たないだけのような気がする。もっとも、あえてそう演じているだけなのかもしれないが。

 病院で一度会話を交わしているとはいえ、あの体で果たして学校に来れるのだろうか。一応、骨折レベルの重大な怪我は無かったものの、あの怪我の規模だし、容態次第ではまだ病院にいることだろう。


「大丈夫かな………」


 あの時絵須羽の家に電話したが両親は出なかった。本人曰く、あとでやっておくから気にしないで、らしいが実際のとこどうなんだか。


「手押さん。おはようございます」


 推論を重ねている最中、突然聞きなれた声がしてその方向を向く。少々大きな紙袋を両手で持って、麻技亜が立っていた。僕の怪我だらけの姿を見ているせいか、少しだけ心配そうな顔をしている。


「おはよう。怪我は大丈夫か?」


 昨日は歩くのが辛そうだったが、今はそうでもなさそうな雰囲気をしている。しかし、顔や手の甲には擦り切れや火傷の跡がだいぶ残っていて、一日経った今日でも、痛々しい姿だった。


「はい、あの後すぐに処置しましたので私は………それより手押さんこそ大丈夫ですか?それと絵須羽さんの様子も気になります。彼女は無事だったのでしょうか………」

「大丈夫かどうかは分からないけど、話はできた。でもまあ、遅くても明後日には退院らしいから、そこまで酷くはなさそうだよ」

「そうですか。よかった………」


 ふう、と胸をなでおろす。僕としては、絵須羽もそうだが麻技亜本人も心配だ。高温にあぶられ、果ては飛ばされ、限界に近い体を無理やり動かした。帰りに支えてやることぐらいしかできなかったが、今まで動かしていなかった分、相当な負荷が掛かっているはずだ。本人は何気ない顔をしているものの、おそらくはそんな状態だろう。


「麻技亜、お前も今相当辛いだろ。体中痛むんじゃないか?」

「はい、実は………」


 今まで取り繕っていた表情が崩れ、辛そうな顔をした。そこからは、僕のとは比較にもならない苦痛が伺える。

 僕はすぐに立ち上がって、彼女の荷物を奪い取る。少しでも体に負担を掛けさせないようにと即席の対処。根本的な解決には至らないが、幾分かマシになる。


「やっぱり痛そうだな。無理はしないでいいから」

「ごめんなさい……でも手押さんに心配掛けたくなくて………」

「そんなの気にすんなよ。それより荷物は運んでやるからはやく席に座りな」


 椅子を引いてあげて、そこにゆっくりと腰を下ろす。それだけでも十分に辛そうで、ここでも支えてあげて座らせる。一体どうやって学校まで来たんだと問いたくもなるが、これ以上言っても更に謝られそうなのでやめた。


「ありがとうございます。やはり、昨日今日では怪我は治りませんよね………」

「そりゃな。全部を見ていたわけじゃないからなんとも言えないけど、やばかったんだろ?特に僕が来る前は」

「はい……とても辛かったです。そうなること自体私が望んだ結果ではありますが、私自身魔法についてまだ知識が無かったのと、体力面でも甘く見すぎていました。手押さんが脱出した後も長らく戦闘は続きましたが、よかったのは最初だけ。こちらの手数も少なかったために、次第に劣勢に立たされました。流畠さんの魔術は、そう簡単にどうこうできるレベルではなかったんです」


 最後に倒れた麻技亜に襲い掛かる爆炎の、あの瞬間がフラッシュバックした。もはやあのときの彼女には、抵抗する僅かな力も残ってなかったんだろう。本当に間一髪、そのタイミングで滑り込めたようだ。


「それでもよくあんな長い時間耐えたな………あんな不可思議極まりない魔術相手に」


 麻技亜は首を横に振った。


「耐えれていませんよ。もうあのときには私に抵抗する術がありませんでした。辛うじて魔法が飛ぶ程度。あそこで流畠さんが手を抜いてなかったら私はきっと終わっていたと思います。実際、一度だけ……その……もう全てが終わることも考えました。手押さんのおかげでギリギリ助かりましたが、私はただ一方的に殴られ続けただけ。もう少し私がましな案を考えついていれば状況が変わっていたんでしょうけど、私の無策のせいで手押まで危険に晒すことになってしまうとは…………」


 そう言って肩を落とす麻技亜。

 とは言うものの、流畠の不意打ちを受けた時点では僕のほうが危うかったし、あのタイミングで間に入ってくれなかったら多分僕は業火に包まれていた。それに、たとえ万全の状態で戦えたとしても気絶した絵須羽を庇えたかといえば自信が無い。むしろ、発動数、地点、射程不明の魔術を相手によく脱出できたものだ。最終的に流畠自身を更生させることには力が及ばなかったが、現にこうして三人無事にいられるのだから、最良とは行かなくとも、最悪のシナリオは避けたと言える。


「まあ、そうかもしれないけどさ」


 自分の失敗に対してしぼんでいる麻技亜の頭を、ふいにがしっと掴む。


「ふぇえっ!?な、なんですかいきなり!?」


 瞬時に手に伝わる手触りのよい髪。さっきまで顔に掛かっていた暗雲が見事吹き飛び、驚嘆の表情をこちらに向ける。


「あれ以外の選択肢を選んで、逆によくなったと思うか?というか、そんなの今でも考えつかないでしょ。あれ以上っていうと何だ?怪我の大きさが擦り傷程度で済むような状況か?だとしても、絶対他の要素が欠けてるよ。あの魔術もだし、流畠の考えもそうだけど、あの状況では少なくとも何かしらの怪我は負ってる。話し合いで講和も難しい。下手に先延ばしして、後々大きな被害が出たら本末転倒だ。それに、もう過去の話をしても仕方ない。あの時吹き飛ばされた絵須亜も、諦めかけてたお前も、こうして話ができるだけいいじゃないか。成功とは言わないけど、昨日の対応全てが間違っていなかったから今ここに座ってられる。違うか?」

「確かに………そう言われればそうかもしれませんね」

「むしろ、あの状況でよく判断したものだと思うよ。僕のほうこそ、何もできずに足手まといになってたと思う。とにかく、昨日の件はお前のおかげで助かったと言っても過言じゃない。そこは誇ってもいい部分だと思うよ」


 さらさらの頭を軽くポンポンと叩く。ただ今度こそは、動揺したりはしなかった。

 戸惑いの表情から、確信の表情へ。今まで引きこもっていたのが嘘と思えるような、感情豊かな女の子なんだなと内心驚く。やがて、彼女自身もその考えに納得したようで力強く頷き、こちらに笑顔を見せた。


「はい、ではお言葉に甘えさせていただきます」

「おう」


 僕もさりげなく微笑み返す。

 よかったよかったと思いつつ、すぐに僕は顔を上げた。


「さて、と」


 この一件はこれで終わりとして、次なる問題がある。


「これからあいつを探さなきゃな。昨日、いやこの事件全てについて、しっかりと話してもらわないと」

「私も、しっかりと聞いておきたいです。その……彼の結末は私が決めてしまったことですし」


 昨日の流畠の最期。麻技亜がそう望んだ結果だとはいえ、一体あれは何だったのだ。体が宙に固定されるのも含めて、わからないことだらけだ。


「よし、ちょっと他のクラス探してくるよ。見つけたらつれてくる。その間にもしここに来たら僕が戻ってくるまで呼び止めといて」

「はい、わかりました」


 麻技亜は怪我で動けない。僕はすぐに机を離れ、目的の人物を探しに行こうとした。顔を教室の入り口に向け、歩き出そうとした瞬間だった。


「おはよう、手押君」


 目の前に目的の人物が。片手を小さくあげ、いかにも挨拶な姿勢をしながらいつの間にか立っていた。


「おわっ!?」


 思わず後ろに飛びのく。あまりに突然すぎた故、右足を机に引っ掛けて危うく転びそうになった。何とか麻技亜に支えてもらったものの、がたんと大きな音がして一瞬にして教室が静まり返った。だが皆が大したこと無いと知るや否や、すぐに騒がしさを取り戻し、僕達の雑音の記憶ごと跡形も無く流されてしまった。


「はぁ………」


 盛大にため息が漏れた。間髪いれずその男子生徒の顔に視線を向ける。


「お前な…………もう少し会い方を考えてくれよ。いきなり目の前じゃびっくりするだろ」

「ははは、ごめんごめん。こちらとしては驚かす気は毛頭無かったんだけどね」


 ばつが悪そうに頭をかく。この人物と出会って数時間も一緒の時間を過ごしたわけではないのに、やたらと親近感がある。現に、ほぼ初対面でこのレベルの会話が成り立っているわけだが。


「ごほん、それじゃ、改めておはよう手押君、麻技亜さん。昨日は本当に大変だったね」

「………おはよう」

「お、おはようございます」


 親近感さえあれど、さすがに馴れ馴れしく挨拶するにはいささか抵抗がある。相手は何故かこちらのことを詳しく知っているようで、全く警戒するそぶりは見せない。一方こちらは素性どころか、名前すら知らない。まあすぐに全て話してもらおうとは思っているが、誰なのか分からない以上、警戒するしかなかろう。


「昨日は確かにな。本当に死にそうだったし、この通り体中傷だらけだ。まあ実際こうやって学校に来れているからまだよかったよ」


 果たして、あれから全員が入院したり、あるいは誰かがいなくなってしまったらどうなっただろうと嫌な予想をしてしまった。だがもうそれは過去の話。頭から完全に消去し、本題に移る。


「でも今はもういい。怪我なんてそのうち治る。それより、話して欲しい情報が多すぎる。お前は誰なんだ。昨日何故あの現場にいた。そして最後のあれは一体なんだ。僕達には分からないことだらけだ。だから早く教えてくれ」

「わかってる。すぐにでも話したいと思う。だけど今はもう時間が無い。全てを話そうとすると本当に時間がたくさん要るから、放課後にさせて欲しい。いいかな?」


 時計を見上げれば既に長針が5の数字に重なりかけていた。それはあの日よろしく、朝休みの時間が終わることを意味している。

 本当は今すぐ話して欲しいところだが、ものの数分程度で説明されて、煩雑な内容しか把握できなかったらそれはそれでいやだ。昼休みは、と聞こうとする前に、あえて放課後まで飛ばしたことから何かしらの理由があるんだろうと勝手に推測し、しぶしぶ彼の条件を承諾する。


「よし、そうしよう。本当にちゃんと話してくれるんだろうな?」

「本当にごめんよ。もちろん、君達の質問には自分が答えられる限り全て答えよう。ただそうなるとやっぱり、今や昼休み程度じゃ足りないし、何より場所が悪いんだ。君達に全て話すと言っても、こればかりはちょっと聞かれたくない話だからね」


 そう言い終わると同時、チャイムがなった。今まで騒がしかった連中が次々と自分の席に座り始め、隣のクラスの連中もぞろぞろと教室をあとにする。


「それじゃ」


 踵を返すように去ってゆく彼。話はあとでじっくり聞いてやろうと意気込んだが、あることに気付いて即座に呼び止めた。


「おい、ちょっと待ってくれ」

「ん?どうしたんだい?顔に何かついてでもいるのかい?」

「いや、そうじゃない」


 話は後でする。質問はたくさんある。だけど、


「お前の名前は何だ。それくらい今教えてくれたっていいだろ」


 ずっとはぐらかされ不明だったその情報。何故初めて会ったとき話さないのかずっと疑問で、あえて隠しているのではないかと思ったりしたが、それを聞かれても彼の表情が変わることはなく。


「ああ、そうだったね。自己紹介もしてなかったとは」


 歩き出してすぐの距離。故に、彼はこちらに右手を差し出し。


「流畠洋助。これからよろしく」

「え?」


 その名前って…………あいつの名前が何故?

 困惑をする僕を横目に、続けて彼、流畠と名乗った人物は教室の入り口を指差しながら、


「それと、絵須羽さんだっけ?今日学校に来ているみたいだから、後でちゃんと顔合わせしておいたらいいんじゃないかな」




 最近の医療はすごい。

 ニュースでは度々目にするとはいえ、ものの数ヶ月でぐんと伸びるものだから、熱中でもしない限りいちいち把握などしない。故に、骨折手前レベルの全身打撲と火傷をして、それがある程度直るまで数日は要するだろうという僕の推測は見事に打ち砕かれた。もっとも、退院できる程度なだけで、完治したわけではない。それでも絵須羽は学校に来た。別に数日は休んでもいいんじゃないか、と言ったら、

「事件についての話があるんでしょ?だったらそれちゃんと聞いておきたい」

 だそうな。

 怪我の程度も考え方によっては、麻技亜のように長時間さらされ続けるよりは、爆発の一瞬のほうが被害が少ないかもしれない。きっと、運がよかったんだろう。問題なく歩けて、話ができて、そうやって一日が過ぎた。

 そして問題の放課後。

 僕達は流畠と名乗る少年に連れられ、廊下を歩いていた。

階段を上がり、3階から5階へ。教室がある中央ではなく、校舎の端へと向かう。音楽室や技術室といった、専科を担当するわけでもないそこらの部屋は、多目的室と名づけられた上に、物置にも等しくなっているから、にぎやかな教室前とは違ってひっそりとしている。秘密の話をするにはぴったりの場所だが、素性の知らない、そして名前に気がかりがある人間に連れてこられるとさすがに警戒する。だがここで下がるにはいかない。やばくなったらそれまでの運だ。本当にどうしようもない。


「それで」

「ん?」


 何の気なしに返事をされると思わず拍子抜けしそうになるが、そこは何とかこらえて。


「今どこに向かっている?確かにこの辺は人が来ないけど、わざわざ5階まで来る必要あるのか?三階でも似たような場所いくつかあるだろ」

「いや、そうなんだけどね………」


 はぐらかしか、あるいは単に都合が悪いだけか。言葉に詰まる彼に対し、更に疑問をぶつける。


「それとも、こっちに何かあるってのか?僕が知ってる限りじゃ、多目的室がいくつかあるくらいで、どれも鍵が掛けられてて入ることはできなかったはずだぞ」


 何も置かれていない、特に少人数授業で頻繁に使う多目的室は大体教室の近くにある。そのへんに関しては、使用目的さえはっきりしていれば先生から鍵を借りられる。だが目的すら曖昧でやることは言えない。更に何かしら重要なものが置いているかもしれない部屋を果たして開放してくれるのだろうか。そんな事案は今まで聞いたことない。廊下で話せばまあそれでもいいかもしれないが、秘密の話とは言い難くなるし、何より怪しまれる。


「その部屋は使わないよ。まず入れないし、話を進める上でちょうどいい場所があるんだ。だからそこに向かってるわけさ」

「はあ」


 またはぐらかしのような言葉を食らい、そんな中途半端な返事をしてしまった。


(一体どうするつもりなんだ………)


階段から少し歩いて、小さな角を曲がればもうそこは廊下の突き当り、校舎の端っこだ。ほぼここに来る用事なんてないし、途中の曲がり角もあって、教室側からは、ここで起きていることは把握できない。かろうじて小さな窓越しに確認できる程度で、音も、日光も不気味なまでに届かない。まさに、秘密の会話にはうってつけの場所だが、時々見回りに来る先生がいるため、完璧とは言いがたい。それでも、短時間で相手を仕留める術があるなら、彼にとって十分なのかもしれない。

そして遂に、突き当りに到達した。ここから先は壁しかなく、さらにその向こうには5階分の高さの世界が待っている。正真正銘行き止まりの場所で、彼はこちらを振り返った。


「最後に確認しておきたい」


 何だ、遺言でも残せとでも言うのか。

 そんな警戒をしたが、彼はそのまま続けて。


「ここで会話したこと、見たこと、そして、僕が何者であるかを絶対に誰かに知られないようにすること。いいかい?」


 もとより、頷くしかない僕たちである。


「ああ、わかった。約束する」

「うん、わかった」

「はい、そうします」


 3人の顔をそれぞれ見て、確認が取れたところで再び彼は壁のほうを向いた。


「よし、それでは」


 両手を横に伸ばし、小さな声で何かをつぶやきながら前へ回す。そのまま壁にゆっくりと近づけ、そして触れた。

 その瞬間、思わず声が出た。


「な………っ!?」


 彼が両手を振れた部分、そこを中心に壁に魔法陣が展開した。模様は全て水色に近い何かによって描かれ、煌びやかに発光している。やがて光がどんどん強くなり、眩しすぎて思わず腕で目を覆う。


「………っ!?」


 音もなくただひたすらに時間が流れる。ただそう間を開けずに、彼の呼ぶ声がした。


「もう大丈夫。ごめんね、最初に言っておくべきだったよ」


 恐る恐る腕を下す。太陽を見続けた時のようなぼわぼわが視界に残って変な感じだが、目の前の光景はそれすらどうでもよくさせた。


「え……そんな」


 絵須羽が露骨に驚く。

 無理もない。彼女はあの事件以降、爆炎を放つアレを間近で見たわけではないから。

 何があったかといえば、ごく単純。

 今さっき、魔法陣が展開した壁。その先は、何もない空中が広がっているだけのはずなのに。教室も何もない、ただの行き止まりのはずなのに。


「ドアが………どうしてそんなところにあるんだ………!?」


 古びた洋館の入り口にありそうな、それでも一回り小さな木の扉。学校という観点からみてもあまりにミスマッチで、なぜつけたのかを全く推測できないそれが、腕を下すと現れていた。扉があるということは、普通に考えてこの先にあるはずのない空間があることを示している。つまりこれは。


「では改めて、手押君、江須羽さん、麻技亜さん」


 彼は使用人のような立ち振る舞いで、その扉をゆっくりと開きながら、


「ようこそ、我が魔術結社「蒼の灯台」へ。我々は、あなたたちの訪問、誠に歓迎いたします」


久々の(非)日常パート。結局話進まず、無駄に文字数食って終わりました。しかも誤字多数の煩雑な内容……次回こそは本当に説明があります。まあ頭のいい皆さんならこれぐらいの謎、すべてわかっていることでしょうけど。

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