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空想と現実の境目  作者: 築山神楽
12/15

第9話 認めたくない気持ち

忙しくて時間を空けてしまい、内容を少し忘れかけての投稿です。書き続けてたときに比べ見にくいかもしれません。ではどうぞ。

ドーン!ドーン!と、断続的に爆発音が遠くから聞こえてくる。

 学校に近づくにつれ、次第にそれらの音は大きくなってくるが、聞く感じ僕が学校を出たときよりもはるかに激しい戦闘が繰り広げられているようだ。まだ決着がついていないのはいい状況では無いのかもしれないが、ひとつだけ安心できることがある。


(よかった。まだ麻技亜は無事なのか)


 それでも彼女がどんな怪我を負っているかも分からないので、急ぐに越したことは無い。立ち並ぶ建物の屋根の向こうに、校庭を囲う高いネットが見えてきた。校門まであと数十秒と言ったところだ。


(あと少し………あと少しだけ耐えてくれっ!)


 走りながらも必死に願う。すると、正面から同じ制服を着た男子生徒が歩いてきた。顔はあまり確認していないし、特に気にする必要もなさそうなのでそのまますれ違おうとしたのだが、彼はその直前にはっと何かに気付いたような顔をして、すれ違った直後に声を掛けてきた。


「おーい!君!手押君だよね!」


 僕は名前を呼ばれ、咄嗟に振り向いて止まる。本当はこんなことしている暇は無いのだが、呼ばれてしまっては無視するわけにもいくまい。


「なんだ!僕に何か用事があるのか」


 顔はそちらに向けながら、体の勢いは学校に向いている。もし名前の確認だけだったりしたら、すぐに走り出せるように。


「今緊急事態なんだ。重要なことじゃなければ僕は行くぞ」

「まあそんなに焦らずに」


 こちらの置かれている状況も知らず、にこやかな笑顔を向けてくる。今焦らずにいられるか。単純な用事だったら無視するぞ。といった感情を何とか押さえ込んで、体を向きあわせる。

 その人物の顔が今度ははっきりと見えた。どこと無く中性的な顔つきで、おっとりという表現がよく似合いそうだ。どんな人物像かは把握できないが、見る感じでは好青年だ。


「君、今から学校に向かうんだよね?」

「ああ、そうだよ。大変なことになってるの知ってるだろ?あれを今すぐにでも止めに行かないといけないんだ」


 この瞬間にも何発もの魔術と魔法が放たれ、お互いの気力を削ってゆく。たとえ麻技亜が圧倒的だったとしても、爆発音が続いている以上心配でならない。


「そりゃそうか。でも行くのは君の勝手だけど、行って何ができるんだい?どうやってあの戦闘を止めるって言うんだい?」

「え?それは決まっているだろ」


 あの場に行って、どうにかして流畠を止める。ただそれだけだ。


「今すぐにでも学校に行って………」


 本当にそれだけか?

 そもそも彼を一体、どうやって止めると言うのだ。


「流畠を………」


 僕にあの場で何ができる。

 麻技亜は僕達を一旦逃がした。すぐ戻ると約束したし現に今もそうするつもりだが、僕が行ったところでできることと言えば、流畠を話し合いで止めるか強引に彼を気絶させたりするしかない。前者はまだしも、後者はほぼ無理だ。麻技亜の援護があったとしても、それこそ彼女に負担を掛けてしまう。圧倒的な力の前では、たかが一人の人間の力など無に等しい。


「どうするつもりなんだい?」


 その同級生はあくまで穏やかに、こちらを諦めさせたりさせるのではなく、ただ疑問を浮かべる表情をしている。しかし先ほどまでの勢いを止められたせいで、何か策略でもあるんじゃないかと考えてしまう。


「僕は………」


 解決策は無いわけではない。ただ、それでいいのかと今更になって迷ってしまう。


「僕は………」


 しかし、こんなことをしていては何も変わらない。先ほどの決意を思い出し、再び体を学校に向ける。


「解決方法なんて考えてない。それでも行くしかないんだ。結果がどうなろうとも、麻技亜をこれ以上待たせるわけにはいかない」

「そっか」


 彼はどこかそっけなく、それでいて僕の答えを分かっていたかのように返事をした。


「今校庭がどうなってるかわからないけど、気をつけていきなよ。その待たせてる人に、一刻でもはやく会えるように」

「ああ、分かってる。じゃあな」


 僕は顔も正面に向け、一気に駆け出す。その同級生?の気配が徐々に遠ざかっていき、やがて声が聞こえなくなる距離に達した。僕の意識は、もう麻技亜の心配で一杯だったし、何より風切り音で周りの音が聞こえない。

 そのはずなのに。


「もう使ってもいいんじゃないかな?隠し続けるのは大変だろう?」

「…っ………!」


 僕は反射的に振り返ったが、先ほどまであったはずの姿はどこにも無かった。しかし声が聞こえた事実以上にその一言は僕を動揺させた。


「お前………なぜ」

 独り言のようにつぶやく。当然答えは返ってこないものの、彼に一種の恐怖を覚えた。


「なぜ………それを知っている。まだこの学校の誰にも話したこと無いってのに」


 せっかく勢いづいていたのに、今起きたことのせいで一瞬にして冷めてしまった。


「くそっ!」


 一体何が起きたのか理解できなかったが、またすぐに走り出した。


(何故それを知っているんだ。やはりそうするしかないってのか)


 明確な答えが出ないまま、僕は爆音の響き渡る学校へと突入した。




「…………っ!」


 何度目かのわき腹を掠める爆炎。

 決意を固めたはいいが結局戦況は変わらず、ただでさえ少ない体力を浪費してしまった。

回避が徐々に間に合わなくなっているせいで、制服が焼けてしまっている部分があり、顔などにも火傷のような痛みが走る。一方で流畠は全くの無傷で、体力の目立った消耗も見られない。それもそのはず、こちらの体力は少ない上に、彼からの強力な妨害によってまともに狙える状況など無かったからだ。もっとも、直接狙うのにもかなり抵抗があったと言うのもあるが。


(………辛いです)


 目の前の打開策は無い。ここで諦めたところで、結果はどうせ変わらないのだ。せめて、最後のひとあがきする程度の体力と時間があるぐらいだろう。


(それでも………)


 痛みで悲鳴を上げる右腕を何とか持ち上げ、その先の対峙する人物へと向ける。


(最後まで、諦めたりはしません!だって手押さんと約束したんですから!)


 多分勝つことはできない。そう考えると頭のどこかでは既に諦めている。だがその考えを必死に外に追いやる。そうでもしないと、自分はもう立つことすら諦めてしまうから。最後の瞬間までこの杖を握っていたい。


「まだやるのか」


 流畠は呆れた様な声を上げた。


「正直、ここまでもつとは思っていなかったが……もう限界だろう。大人しく諦めたらどうだ。まあ命乞いでもすれば、考えてやらなくも無いぞ」


 嫌味たっぷりのその声は、普段の私が聞いても腹が立つレベルだったが、今の私にはそんなことを気にする余裕も無い。全身の痛みと、あたりで燃え盛る炎の熱風で、体力がどんどん奪われていく。


「命乞いなんて絶対しません!これは私の使命なんです。最後まで、ここに立っていることが!」

「ほう、まあ好きに言えばいい」


 そう言い終わるのと同時に、爆炎が飛来する。私は魔法を放ったが、さっきより明らかに反応が遅れているのが分かる。何とかギリギリで迎撃できたが、多量の余波を全身で浴びた。


「………っ!」


 灼熱の暴風。先ほどから何度も浴びているとはいえ、限界に近い体にはダメージが大きすぎる。


「だが俺にとっては面倒なんだよ。さっさと諦めてくれないと、俺が疲れるんだ」


 はぁ、とため息が聞こえた。


「つか、なんでそんなに手押を庇う。俺には全くわかんねえな。確かに、あいつのおかげでてめえは学校にこれるようになったんだろうけどよ。そんな命まで掛けて守るものか?どうせ大したことしてねえんだ。その価値同士を比較したら、道を譲って自分が助かるほうが懸命だと思うぜ」


 そして右腕をまっすぐこちらに伸ばし、


「だからさっさと決めろ。今すぐ降伏するか、抵抗するのか。まあどっちにしても結果は変わんないだろうが」


 流畠は鼻で笑う。それでも私の考えは変わらない。

 終わるのは一瞬。

 諦めれば楽になれる。

 だけど私はそうしない。いや、絶対にしたくない!

 流畠の言っていることはある意味で正しいのかもしれない。しかし、私が手押さんにしてもらった事を考えればこれぐらいのことはどうってことない。彼は知らないだけなのだ、あの日のことを。私は救われた。あの日命を救ってくれた彼に、これぐらいしてようやく借りの返済ができたと言えるぐらいだろう。

 本来なら、もう今日は無かったかもしれないのだ。あいにく、もう終わってしまうのだろうけど、それでも嫌だとはあまり思わないし、こうあるべきなんだと思う。だから今、できる限りのことを成し遂げるだけだ。

 私はゆっくりと息を吸って、吐いた。そして、流畠に聞こえない大きさで言った。


「手押さん、絵須羽さん、ごめんなさい。もう私駄目みたいです。とても短い時間でしたがありがとうございました。あなた方と過ごした時間は絶対に忘れません。またいつか、違う形でお二人に会える事を期待しています。それではさようなら………」


 運命は変えられない。途中経過が変わっても、行き着く先はやはり同じ未来なだけ。でも、その伸びた猶予の中でいかに満足できるか。充実して終われるか。それだけでも、救ってくれた意味は十分あると思う。もう私はどうなるのか分かっているのだから、自分のしたいことをすべきで、あるいは少しの希望を託してもいいだろう。

 眩んでいる視界の向こうに立つ人物に、改めて杖を向ける。顔はおそらく、疲弊で酷いことになっていると思うが、精一杯抵抗の意思を見せた。


「決めたようだな」


 彼の右腕に魔法陣が形成される。


「まあ、なんだ。すぐに終わらせてやるよ。もう苦しむのは嫌だろうからな」


 今までのより明らかに大きい魔法陣。私が妨害できないからもあるだろうけど、彼の言っていることは本気のようだ。魔術に詳しくなくても分かる。あれはやばいと。

 もはや、攻撃範囲的にも体で動いて回避するのは不可能。ならやれることは一つ。


「じゃあな」


 直後に爆炎が放たれる。

 私は咄嗟にシールドを張って防いだ。しかし強力な爆炎は、私をシールドごと後ろに大きく吹き飛ばした。


「…っ……!?」


 視界がぐるりと回り、何が起きたのかを理解する前に地面に叩きつれられる。


「ぐぁっ……!」


 精々数メートル飛ばされた程度でも、体にかかる衝撃は大きい。痛みよりもまず頭の中が混乱するが、咄嗟に我に返り顔を上げると先ほどと同等レベルの爆炎が迫っていた。


(なっ…………!)


 反射的に杖を振った。もはや照準なんて合わせてられない。ほぼ明後日の方向に飛んだ魔法は、かろうじて爆炎を掠めた。しかし、打ち消しきれなかった部分や爆風の余波がまたしても私の体を宙へ浮かせた。

 そして数秒の無重力感の後に墜落。


「がはっ……!」


 今度は体の正面から叩きつけられた。すぐに立ち上がろうとするも、肺が圧迫されたせいで呼吸したくても空気を吸い込むことができない。


(息が……っ!)


 息を吸い込もうとするが、胸が全く膨らもうとしない。細かい呼吸を必死で繰り返すが、肺から酸素不足の警告が鳴り響く。


「………っはぁ!っはぁ!」


 それでも現状を確認しようと、何とか顔をあげた。予想はしていたが、流畠は次の爆炎を放とうとしていた。


(くっ…………まだっ……)


 何かアクションを起こそうとするものの、体が全く動かない。


(…………っ!)


 打消しもせず魔術を食らった場合の結末は想像できる。だがもう、抵抗する手段は無くなった。

 今度こそ終わりだ。

 せめて、最後までやりきりたかった。こんな中途半端な状態で終わってしまう故に、自分でやってきたことに対して不安が募る。これでよかったのだろうか。この後手押さんや絵須羽さんはどうなってしまうのだろうかと。もう彼らとは会えない。私の使命はここまでだと。


 それでいいの?


 借りは返せない。でも一緒に居て楽しい。救ってくれた。仲良くしてくれた。そんな彼らとは、もうここでお別れなのか。

 絶体絶命を前にして、避けてきた本心が表れてくる。


 自分が見送ったとはいえ、最後ぐらい顔が見たかったなぁ…………。


 また一緒に楽しい時間をすごしたいなぁ…………。

 恩返しは、一生続けて生きたいなぁ…………。


 短い間でもたっぷりの楽しい時間が、こんなときに頭の中で思い出されてきて………。


 ……………………。


 ……………………。


 ……………………。


 ふと、目から頬を何かが伝っていった気がした。


 やっぱり、会えなくなるのは嫌なぁ…………。

 これからの日常を彼らと過ごしたいなぁ…………。


 数秒後に迎える結末。分かっているはずだったのに、もうそれを受け入れたくなくなってしまった。

 嫌だ。

 死にたくない。

 先ほどまでは彼らのためと思えば怖くない魔術だった。しかし今、本来の恐怖が私を襲う。


「やめて………」


 ふいに自分の意思とは無関係に口が動いた。


「やめてください……お願いですから………!」


 実際、息が出ていないので声も出ていない。それが恐怖によるものなのか肺が圧迫されたせいなのか分からない。


「だから…………だから………」


 必死に声を絞るが、相手には届かなかった。

 そして。

 轟!と。

 視界一杯の紅蓮の波動が、すさまじい速さで迫る。何の意味も無いのに、反射的に目を瞑った。

 嫌だ。

 嫌だ!

 嫌だ!

 終わったと、そう感じた時。


「そう思ってくれて嬉しいよ。これで助けることができる」


 え?と反応するよりも先に。


「でもごめんな、だいぶ遅れちゃって」


 その声と同時にもの凄い暴風のようなものが吹きぬけた。


「うっ………!?」


 火傷した肌でも感じたあの猛烈な熱線が、どこかへと消えてしまった。


(何が………起きたんですか…………?)


 恐る恐る目を開けると、そこにはあの人の背中が見えた。


「手押さん!」


 今まで出なかった声が、ようやく出た。

 そして私のほうに寄って来て、体を支えてくれた。


「助けに来てくれたんですね……ありがとうございます。私もうだめかと………」

「本当にごめんな。でももう大丈夫だから」

「絵須羽さんは!?彼女は無事なのでしょうか!?」


 彼は首を縦に振って、


「ああ、救急車で病院に向かった。息はあったから何とかなる」

「よかった……」


 ようやく安堵の息が漏れ、全身から力が抜ける。すると今まで気がつかなかった分の体の痛みが襲ってきた。


「いっ…つ……!」

「痛いよな。全身酷い怪我だ。今すぐ治療したほうがいい」


 そう言ってポケットから治療用具を取り出そうとする彼を私は手で制し、


「いいえ、今は結構です。それよりもやるべきことがあると思います」


 それを聞いた彼はどこと無く私に何かを言ってほしそうな顔をしていたが、すぐに頷き、


「分かった。じゃあ体はこれ以上動かさないで。砂の上だけど我慢してくれ」

「分かりました」


 私はゆっくりと横にさせられ、90°傾いた視界の中で立ち上がる姿を見た。

 彼が今から流畠に挑もうとしているが、あの強大な力をこの身で体感した後でも何故か安心感があった。


(手押さん、後はお願いします………)


 途切れかけの意識の中で、これからの戦いを見据える。




「……は?」


 流畠は今まで以上に驚いた顔をして固まっていた。


「お前………今何した」

「いや、特に何も」


 僕は当たり前のように返事をした。ただ少しばかりそれでよかったのかと思い、視線をずらす。


(まあ、実際は何かはあるんだけど………)


 ここで話すべきかどうかは、成り行きで判断するしかなさそうだ。そう勝手に結論付け、再び相手を見据える。


「それよりもさ」


 搬送されていく絵須羽の姿、そして僕達を信じてくれた麻技亜の傷が脳裏に浮かび、


「お前、よくもこんな酷いことをしてくれたな。ふざけるんじゃないぞ!」


 ふつふつと、いやもっとか。とにかく、腹のそこから怒りが沸いてきた。


「これは僕達だけに限る話じゃないけど、お前一人の感情だけでここまでしていいとでも思ってるのか!?そんな嫉妬程度で!」


 それでもあくまで冷静に、だけど言うことをぶつける。ここですぐに殴りかかっては奴の二の舞になりかねない。


「お前はやはり間違ってる。それに、個人的にも僕はお前を許さない!」


 力強く、拳を握った。

 この状況で、まず説得は無理だ。彼自身応じないだろうし、何より僕自身がそれを実行できそうに無い。今はまだ抑えられているが、限界を迎えたらどうなるか分かったものではない。

 そうならないために、彼に最後のチャンスを与えた。


「今すぐにでもぶちのめしたい気分だ。だがそんなことをしては僕自身も悪者になる。だから選択肢をやろう。今すぐ彼女達に謝り、やったこと全てに対して悔いるなら考えてやらなくもない。でもそうしないのなら」


 僕は怒りに満ちた顔で彼を指差し、


「お前を本当にぶちのめすぞ。たとえ抵抗されても、確実にやってやる。絵須羽や麻技亜に与えた痛みの分だけな!」


 正直、僕がどうなっても構わない。ただひたすらに、大切な人たちを傷つけた奴に対して同じ痛みを味あわせたい。嫉妬の対象が僕で、攻撃も僕に向ければよかったのに、あえて隣にいる二人を攻撃した。これがどんなに腹立たしいことか!

 ここで、すまんだけでも言ってくれればまだマシだった。だが流畠はそうせず、逆に鼻で笑って、


「はっ、やれるもんならやってみればいいさ。そっちの事情なんて俺には関係ねえ。それに、謝るのはてめえだ手押」


 彼もまた僕を指差し、


「俺の見てないところで何があったかは知らねえが、学校でいろいろやられると目障りなんだよ。それに絵須羽だけじゃ物足りず何人もの女子といちゃいちゃしやがって。俺以外にもそう思ってる連中はたくさんいるはずだ。いやそうに違いない。だからてめえこそ謝るべきなんだよ!」


 そう言いながら僕を見る彼の顔は、悪者と言うよりはむしろ本心を表しているように見えた。彼の言い分には、確かに僕達を攻撃したくなる筋は通る。それに関して、僕から謝るべき部分はある。しかし、どうして直接伝えずに暴力的手段に走ったのか。それを確認するためにもまず、彼の暴走を止めなくてはならない。


「わかった。謝ろう。麻技亜もそうしてくれるだろうし、後日絵須羽からもそうさせる。ただし、お前も謝れ。僕じゃなくて二人にだけどな。そのあと僕をどうしようと構わないが、とにかく二人に頭を下げろ」


 僕はなんとか頭を冷やし、まずは謝ろうと思った。それが最善かどうかは分からないが、更なる事態を巻き起こすよりかはましだろう。

 本当は今すぐにでも殴りたい。だがそれをぐっとこらえる。僕が殴ったところで、それを絵須羽や麻技亜がどう思うか分からない。怪我を負ったのは僕ではなく二人だから、許すかそうでないかは彼女達の判断に任せたいが、いちいち聞いている暇はないし、何より絵須羽はしばらく口を聞けない。決着を付けるべきは今なので、どちらにしろ僕の判断だけでこの状況を終わらせる必要がある。

 一方で流畠はどこか見下すような視線でこちらを見て、数秒の間を空けて言った。


「断る」

「は?」

「断るっつってんだろ。俺は悪くねえ。確か一度学校を出る前にも言ったはずだぞ。全部てめえのせいだって。自業自得だ。俺は不快に思っている連中の代弁をしたにすぎないんだよ。その結果がこれだ。そのことをいい加減理解したらどうだ?」


 流畠の呆れるような物言いに、さすがに僕もキレた。


「理解?僕はお前のその行動原理が理解できない」


 正しい一面もある。ただそれ以上におかしな点がありすぎる。


「何が代弁だ。周りの生徒一人ひとりに聞いてったってのか?それにたとえ全員が「はい」と答えたとして、それを代表してぶつける権利がどこにあるってんだ!お前の不快感なら直接僕にぶつければいい。それが代弁であったって、まず発端である僕に向けるべきだろ!それなのに狙う対象をあえてずらして、自分の都合に重ねてるだけじゃないか!自分は悪くないだって?自分の感情も正しく表せないでおいて、勝手に制裁者気取ってんじゃねえよ!」


 せっかく弁解のチャンスを与えたのに、彼は自分からそれを捨てた。謝る姿勢があれば受け入れるし、そうでない道を選んだのならそれも受け入れなければならない。

 それが直接的な被害を受けてない僕のできることであり、僕はそうしなければならないのだ。


「とりあえずそちらの言い分は分かった。お前がまだ攻撃を続けるってなら、こっちもそれなりの対応を取らせてもらう」

「ああ、そうすればいいさ。どっちにしろ、てめえに何ができるってんだ」


 相変わらずこちらの出す条件を鼻で笑う流畠。先ほど魔術が消し飛ばされたと言うのに、いまだに勝者の顔である。


「僕が何かをするんじゃない。お前がどうなるか決めるのは麻技亜だよ」


 そう、僕は彼への対処を決められるわけではない。許すかそうでないか、決めるのは麻技亜だ。


「最後に聞くが。何故彼女達を傷つけた」

「さっきも言っただろ。てめえが嫌いだからだ。この際、てめえも同じ末路をたどらせてやるよ」

「そうか。ならやられても文句は無いな」


 そう言うとすぐに、流畠は魔法陣を展開させた。


「それはこっちの台詞だ」


 直後に、爆炎が僕を襲う。

 



「手押さん!」


 私は咄嗟に叫んだ。というのも彼は魔術が飛んでくるであろう状況で、何も構えず棒立ちだったからだ。

 先ほどは何故か爆炎が防がれたが、何かしらのアクションはあったはずだ。それなのに今は棒立ち。腕で顔を覆うすらしない。そんな状態で爆炎が放たれたら、さすがにどんな人でも声が出る。

 しかし。


「ありがと」


 たったそれだけ。普段使っているような物言いで出たお礼の言葉。

 私は「は?」とすら言えなかった。何がこの状況でありがとなのか。体の痛みもあってまともな思考が働かない上に、理由を推察できない。

 だが次の瞬間。

 ボン!と。

 魔術が放たれるのと同等レベルの爆発音がして、手押に直撃した爆炎が砕け散った。


「…………は?」


 今度こそ声が出た。

 あれだけ対抗するのに苦労した魔術が、ただ体で受けただけで消えた……?


(いったい何が………?)


 直撃を受けたはずの体はどこも傷ついておらず、五体満足である。炎が摂氏何度かは分からないが、普通では無事で済むはずないのに。

 そして驚きの声は流畠のほうからも聞こえた。


「は?」


 今度こそ、何が起こったのか分かっていない表情だった。それも当然だろう。私みたいな魔法使いを、一方的に押さえつけれた魔術が何の抵抗も無く消されたのだから。


「………なぜだ?」


 流畠は再び右腕を向け、


「なぜ無事なんだよ!?」


 魔法陣が展開し、爆炎が放たれる。私は手押さんがまた謎の力で防ぐのだろうと予想した。しかし彼は今度横に飛ぶように避け、ギリギリのところを炎が通過する。


「……のわっ……!?」


 勢いあまって地面意倒れこんだ。しかしすぐに立て直し、再び相手と対峙する。


「………避けた?」


 今度は流畠が疑問の表情を浮かべる。私も同感だった。先ほどは無効化したのに、どうして避ける必要がある?


「………さすがに仕方ないよなぁ」


 手押は服に付いた砂を払いながら言った。私達の疑問が、さも当然のように、分かっているような口ぶりで。


「手押さん………あれは一体………」


 私が小声で訪ねると彼は振り返って、


「ごめん、今は話せない。それより麻技亜に決めて欲しいことがあるんだ。いいか?」

「はい……」


 私は戸惑いながらも返事をした。


「僕はどうにかしてあいつを止めなきゃいけない。だけど僕にはそれができない。止め方が無いんだ。それに、実際に被害を受けたのは君だ。むちゃくちゃ言っているようで悪いけど、君はどうしたい?絵須羽を、君を、傷つけたあいつをどうしたい?」

「どうしたい、と言われましても………」


 正直私もどうしていいかわからない。攻撃されたとはいえ、殴り返していいものなのかと思うし、私自身そんなキャラじゃない。今はそんなことで迷っている暇は無いが、実行できるとも思えない。

 でも何とかしなければ状況は悪くなるだろうし、せっかく助けに来てくれた彼の言葉を無視するわけにはいかない。


「……本当に私の判断でよろしいのでしょうか?」


 彼は迷わず頷いた。


「ああ、決めてくれ」

「分かりました」


 なんとなくだけど、自分の中で考えを整理した。

 確かに私達はひどいことをされた。だがここでやり返しては応報の繰り返しになるだけだ。ここで決着をつけるというのなら、もうこんな酷いことははさせないようにするしかない。


「では、可能であればの話ですが、流畠さんを一時的に無力化してください。一切の魔術や行動ができないように、彼をその場に体ごと押さえつけてしまって構いません。その上で、私が説得したいと思います」


 私は何とか立ち上がる。少しの間だったけど、休めたおかげである程度は動けるようになった。


「お願いします、手押さん」


 彼はこちらを見ながら無言で頷く。その顔はどこか、私ならこうすると予想が付いているようでもあった。

 これはあくまで、可能ならそうして欲しいという要望だ。もちろん、それが確実に実行できなくても構わない。しかし何故彼は、私に対処を求めるのだ。あんな炎まで防いでおいて、今更私の要望程度が何の役に立つのだ。

 一方でこのやり取りを見ていた流畠はすぐに声を荒げ、


「ははっ、俺を無力化だと?一体どうやってやるってんだ。そんなのできるはずがねえ!」


 そしてすぐに魔法陣を展開し、魔術を放つ。


「まあやるにしたって、これで決着つけちまえば終わりなんだけどよ!」


 再び迫る爆炎。瞬間的に展開した割には、複雑に展開したものと同等レベルの勢いだ。おそらく、こっそり下準備をしていたのだろう。

 などと考えている暇は無い。

 先ほど手押は魔術を無効化できなかった。なら今回もできないのか。そもそも私には何が起きたのかも分かっていない。

 彼は助かるのか、否か。

 私は再び咄嗟に叫ぶ。


「手お……」


 言い切る前に直撃。

 しかし、謎の力が爆炎を消し飛ばす。


「ちっ……!またか。だがこれで終わらないぞ!」


 またしても魔法陣を展開した。一体何度放てば気が済むのか。そして手押はまた無効化できるのかと思考がめぐるが、


「無駄だ」


 彼は短くそう言った。そして右腕を前に伸ばした。

 たったそれだけだった。

 バリン!と魔法陣が砕けた。流畠が目を見開いて驚く。


「……なっ…!?」


 そして不思議な現象はそれだけに収まらなかった。

 流畠の体が、壁に押し付けられたかのように空中に固定されてしまった。ちょうど、十字架か何かに縛られたのと同じ、手足が伸ばされた状態で。何が起きたのかも理解できてないのか、必死にもがいているようだが、体は一切動かない。


「ぐっ………!何だっ……体がっ………!」


 そして一連の現象が終わって、手押がゆっくりとこちらを振り向いた。


「終わったよ。後は君が説得してくれ」

「はい………」


 またしても何かが起きた。

 私はあっけにとられ、今の現状を理解しようとしたが思考がまともに働かず、するだけ無駄だと悟る。それよりもまず、私自信が流畠を説得しなければ。そちらのほうが、今は優先課題だ。

 傷ついた体をゆっくりと前に進める。歩き出して数秒程度で流畠の前に着いた。


「……なんだよ」


 動けなくなった彼は、今も必死に動こうとしながらこちらに憎悪の視線を向ける。そこから思ったことは、確かにどうしようも無いんだということ。どうしてここまでして、憎んだ対象を傷つけようとしているのか。


「はあ……」


 私は少しため息をついた。彼の態度を見ているとこの説得が意味あるのかと思えてくるし、何よりこうやって押さえつけているのだって一つの暴力だ。しかしそうでもしないと、この人を止めることはできなかったかもしれない。


「流畠さん……」


 最初こそ視線を落としていたが、言うことをしっかりと伝えるため顔をしっかりと見て、


「あなたが何故こんなことをしたのか、動機はは十分理解できました。いくつかの点において、私達も至らなかったことは謝ります。しかし、ここまで酷いことをする理由は何なのでしょうか。自分の好意を寄せていた方にまで、どうして……」

「さっきも言っただろうが。最初から無かったことにしちまえばいいって。俺からすればてめえらが目障りなんだよ。それがこの先一年続いちゃたまんねぇ。だからさっさと始末したほうが早いって思ったんだよ!」


 流畠は怒鳴りつけるように声を浴びせる。固定された体では勢いも何も無いが、私は拳を握った。


「なら、どうして………」


 おかしい。彼は間違っている。私はそうとしか思えなかった。


「なら、どうしてその意思を言葉で伝えないのですか!最初から無かったことにする前にどうして私達に理解させないのですか!」


 久しぶりに大声を出した。ただそれを気にするよりも、怒りのほうが上回る。


「うざい、にくい、やかましい。そんな言葉なんていくらでもあるじゃないですか!どうしてその程度すら言えないんですか!私達だって言われれば分かります。確かに、気付けなかったのは私達の気配り不足ですが、言われて無視をしようなんて絶対に思えませんよ!だからあなたには私達にそういった言葉を投げかける権利はいくらでもあります。しかし、それを飛ばしていきなり暴力を使うのはおかしいですよ!」


 これは私なりの持論。正しいとははっきりと言えないものの、間違っている点は指摘できているはずだ。

 しかし、流畠はそれに歯向かうように声を荒げる。


「おかしくねえよ!無視しないとか、そんなこと言うやつに限って、実際言ってみればヘラヘラして何も聞こうとしねえ。どうせてめえらもそうだ。だから俺は直接分からせてやったんだよ!」

「では、あなたの人間関係はすべてどうせどうせと言って、自分の中の決め付けで成り立ってるんですか!?自分中心に全てを決めようなんて、言うこと聞かない子供と変わりませんよ!そんな自覚は今まで無かったんですか!?」

「っ………!」


 いいところを突かれたのか、一瞬流畠がひるむ。が、


「う、うるせえ!なら逆にてめえらこそそうでないと確認したのかよ!皆が不快じゃないってことをよ!」

「いいえ、していません」


 私の返答に、ほら見たことかといった顔をする流畠。でも私は彼の言い分を理解できなかった。


「ですが、不快に思っている方がいるなら、すぐにでも謝ればいいのです。私達がその気がなくとも、他人が不快を感じたら反省し、謝るのが普通です。しかしあなたは、私達がどうせ謝らないと思い込んで私達を攻撃したんです。罪がある人間が相手だとしても、自分が酷いことをしたとは思わないんですか!」

「思わねえよ」


 あっさりと言い返された。


「悪いやつを攻撃して何が悪いってんだよ。俺はただ普通のことをしただけだ」

「では、あなたに罪は無い。悪いのは私達であって、謝るのも全てこちらだと」

「ああ、そうだよ!悪いことしたんだから、それ相応の罰が下ったってだけなんだよ!」

「…………」


 まだ何か抵抗しようとするようだ。私は一旦冷静を取り戻し、もうこれ以上は続けても無駄だと判断し、頭の中でため息をついた。


「ではあなたと同じ考えを持った方達が、このやり方に賛成したと思いますか?代弁という理由で、勝手にそう思い込んでるだけでは?」

「いいや、違わない。てめえらは見ていて嫌な顔をしている。それもクラスだけじゃねえ。学校全体での話だ。その全員分集約したら、俺のやったことぐらいになるってもんだ」


 やはりそこから譲らないか。ここまで耳を傾けてくれないとなると、私が説得できる自身が無い。彼の理論同様、こじつけにこじつけでこちらのせいにし続けるだろう。


「だから俺は皆の代弁をしたんだよ!俺がしなく………」

「それも、皆がどうせ思ってるという決め付けです」

「……………………」


 今度こそ黙り込んでしまった。私はまたため息をついて、彼に背を向けた。


「もう結構です。あなたの言っていることは、本当に子供のわがままみたいでめちゃくちゃできりがありません」

「おい待てよ!」


 流畠の静止をあえて無視して、私は手押のところまで歩いた。


「どうしましょう」


 手押にしか聞こえない声で尋ねた。


「私では彼の話を聞いてあげることができないようです。これでは先ほどの約束が……」


 心の中が、申し訳ない気持ちで一杯になった。


「いいや、気にしないで」


 そして彼は私の肩に手を置き、


「それより、もう話し合いの選択肢は無くなった。これ以上説得しても、後に流畠が暴れる未来しか見えない。だからもう一度決めてくれ」


 自然と二人の視線が合った。いや、この次に出てくる台詞が分かっていたからの必然か。


「あいつをどうしたい。どんな形でも、望めばそのとおりになる」


 私は少し考えた。どんな形でも、という言葉に引っかかったが、今の手押なら本当にそうなってしまうという確信のほうが大きかった。


「あまりはっきり言いたくはありませんが、もう彼とは会いたくありません。ここで開放したとして、今後がどうなるか分かりませんし、何よりこじれた関係を続けたくありません」

「そうか」


 彼もそれがわかっているような返事だった。この望みどおりになるのが私的にも一番だが、そうなると流畠は一体どうなってしまうのか。


「ならそうしよう。もともと、僕には決めれなかったことだしね」


 そういう彼の顔を今度はちゃんと見ると、心のどこかで後悔しているようでもあった。もしかしたら、流畠と仲直りできたのかもしれない。ただ現状の私達では力不足。その一番の被害者が無理なら、その外側の人間はさらに難しくなる。

 手押は最後に決意を決めたように、流畠のほうを向いた。そして、


「すまなかった、流畠。僕達が不快に思わせてしまったことは本当に申し訳ない。お前が言ったとおり、クラスのみんなや他の人にも謝る。だが、絵須羽と麻技亜を傷つけたことはそれとは別だ。だからこれで終わりにしよう」

「ふざけんな!さっさとこれを……」


 彼は最後まで言い切れなかった。

 彼の背後にちょうど身長が直径となるぐらいの大きさの魔法陣が展開し、それが折りたたむようにして流畠を飲み込み、その場で消えた。


「っ…………!?」


 私は声が出なかった。


(今の、何…………!?)


 一方で彼は終始無言のままその現場を眺めていた。直後に訪れるよく分からない沈黙だけがひたすらに流れる。


(流畠さんが………消えた!?)


衝撃の光景を目の当たりにし、その場で動けなくなっていると、


「ふう、終わったみたいだね」


 唐突に、背後から声がした。すぐに振り返ると、そこには見慣れない男子生徒が立っていた。


「あなたは………」


 すると手押が、すでに顔を知っているような口ぶりで反応した。


「お前か」

「さっきぶりだね。そして君とは初めましてだね」

「は、初めまして………」


 とてもいい印象の男子だなと思った。ただそれ以上に、どうしてここにいるのか、あんなことがあったのにどうして落ち着いていられるのかといった疑問が浮かぶ。


「あの、お名前をお伺いしてもよろしいですか?そして、どうしてここに?」

「ああ、それなんだけどね」


 さっきと変わらないさわやかな顔で、


「とりあえず、詳しい話はまた後でする。君達は一旦家に帰りなよ。怪我も酷いし」

「まあ、そうしたいんだが………」


 一方で手押は考えこむような顔で、


「こんな事件があって、普通に帰れるのかなと。確かに終わったとは言え、これでいいのかなと」

「後始末のことかい?それなら自分がやっとくから、君達は帰りな。さ、さ」

「お、おう」


 何故だか押されるがままに歩き出す。しかし手押がすぐに立ち止まって、


「なあ、一つだけ確認しておきたいことがある」

「なんだい?答えられる範囲なら答えてもいいよ」


 それを聞いて、彼はちょっとだけ振り向き、


「さっきの。と言うか、あれ全般お前がやったってことでいいんだよな」

「さあね。それも明日話すよ」

「………わかった」


 そう返事した後、再び歩き出しやがて校門に向かって歩く。

 私が校庭に出た時に既に避難したのか、今の学校には誰もいない。遠くから聞こえる町の騒音だけが、校庭に響き渡ってとても不思議な光景だ。

 やがて校門にたどり着き、二人して学校のほうを振り向いた。


「その……一応は終わったみたいだ」

「ええ……」


 ものすごい空虚感と、衝撃の光景の連続で、いまいち現実感が沸かない。


「大丈夫か?」

「あ、はい大丈夫です」


 心配してくれたことは嬉しいが、今私の頭の中はそれどころではない。

 手押を助けてから今まで、長かったようで短い時間が流れ、凄くあいまいな形で記憶が呼び戻されていく。


「とりあえず、麻技亜は家に帰りな。どちらにしろ、この後は僕がやることだし」

「ですが………」

「それに、これから妹と絵須羽のとこにも行かなきゃいけない。麻技亜は見るからに酷い怪我をしてるじゃないか。だからすぐ帰って安静にしていたほうがいい」

「それなら、私も行きます!この事件に彼女を巻き込んでしまった責任は私にもありますし……」


 手押は首を横に振った。


「確かに絵須羽のことが心配なのも分かるけど、僕は君の事も心配なんだ。病院に行く途中で倒れられても困る。家まで送ってあげるから、今日はそうしてくれないか?」


 嫌です!と本当は言いたかったけど、これ以上彼に迷惑を掛けたくもなかった。


「………分かりました」

「よし。じゃあ行こう」


 手押はゆっくりと歩き出した。それに続く形で私も足を進める。

 体の痛みはだいぶましになったけど、相変わらず酷い。それでも歩けないことは無いため、何とか自力で家まで行こうかと思ったが、私の様子を見た手押が肩を貸してくれた。


「あ、ありがとうございます」

「気すんなって。こんなこと麻技亜が僕のために体を張ってくれたことに比べたら大したことないよ。むしろ、それに対してどうお礼すればいいのかが分からないぐらいだ」

「お礼なんていりません」


 きっぱりとした返事に、手押が驚いた顔をした。


「全く形は違うとはいえ、あれは私からのお礼です。昨日のあの時、もし手押さんがあそこまでしてくれなかったら私はもう、この世にいませんでした。詳しくはお話できませんが、私にとってあれは、地獄の底から引っ張られたようなものなのです。私こそ、いくらお礼してもしきれませんよ」


 その上、今日もまた救ってくれたことが自分の中では積み重なってしまったが、これ以上言っても感謝の言葉が足りなさそうなので、こころのどこかに閉まっておくことにした。


「まあ、麻技亜が言うんならそうなんだろう」


 彼も納得してくれたようだ。彼もまた、私にお礼したいと持っているのかもしれないが、それはそれで悪くないような気がした。

 昨日に続く騒乱。私はまたしても命の危機にさらされ、再び救われた。彼に会ってからいきなり非日常の連続であるが、今までの引きこもり生活よりは確実にいいものだと実感できる。

 そして、こんなときに突然心の底から言葉に表せない感情がわきあがってきて、思わず彼の横顔を見てしまう。妙に心臓がドキドキし、支えてくれている腕や体から不思議な温かさを感じた。


(なんですか、この気持ちは………?)


 この人に何でもしてあげたい、一生そばにいたい。

 信頼や友好とは全く違う、それでいてこれ以上に距離を縮めたい、この気持ちをどうにかして伝えたい。そして同じ気持ちを私にも向けて欲しい。そんなあいまいな想いが頭の中に溢れ、耳や顔が妙に火照ってきてしまう。


「どうした?」


 私の視線に気付いたのか、不思議そうな顔をするが、私は咄嗟に顔を逸らす。


「い、いえなんでもありません………」

「そうか?辛かったら言えよ?」


 私は小さくため息をついた。彼からすれば私なんて同級生の一人に過ぎないし、なによりもう既に相手がいる。なのに私は、この人の隣にずっといたいと思ってしまった。

 春の夕暮れ時。風が少々寒くても、何故だか心は温かい。ちょうど、昨日助けられたときのように満ち足りた気分だった。


(これって、もしかして………)


 望めばその通りになる。

 ふと、先ほどの手押の言葉が脳内に蘇る。あの時は緊迫した状況だったし、何より判断を迫られた時だったからよく考えなかったが、今までのこと全てから考えると本当にそうなってしまうのではないか。

 伝えるなら今。

 この熱が冷めないうちに。

 そんな過度な期待などが交じり合い、不意に名前を呼んでしまった。


「手押さん……」

「ん?」


 再び彼の顔がこちらを向く。ちょっと視線が合っただけで、耳がカーッと熱くなり、脳や心臓が盛大に暴れだす。


「あ……えと……」

「痛いのか?ちょっと休もうか」

「あ、いえ。そうではなくてですね………」


 勢いに任せるつもりが話題をずらされ、更に脳内が混乱する。それでも何とか意識を保ち、そのまま言いたいことを続ける。


「私……あなたのことが………」

「僕が?」


 ここまで言ってしまうと、恥ずかしくて顔をはっきりと見れない。それでも彼は私の意志に気付いていないようできょとんと首をかしげる。


(お願いです………気付いて…………!)


 心の中で必死に呼びかける。視界はグルグルで何が見えているのか分からないし、もう顔は湯気が出るほど真っ赤になってるはず。それでも分かってくれないようで、私の額に手を当て、


「顔が赤い……もしかして熱か!?」

「………っ!?」


 ひやりとした感覚がおでこを撫でる。当然加熱されているために、彼はあせった顔で、私の顔を覗きこむ。


「やばい、熱いぞ。くらくらしたりしないか?さっきの戦闘で体がやられたか……」

(違います!)


 反射的に彼の腕を掴む。心配そうな表情を向けられるが、気付いて欲しいのはそこではない!


「いえ、熱ではありません………ですが、今伝えたいことが………」

「なんだ!?体が酷くなる前に言ってくれ」


 この鈍感!

 思わず心の中で叫ぶ。こうなったらまっすぐ言うしかない。


「体のことではなく、別のことで伝えたいことがあります!」

「ならいいけど、それって?」

「ですから、私……あなたのことが………」


 言ってしまえ!私!

 今しかない!だからズバッと!

 このときばかりは、失敗することは怖くなかった。ただこうしておかないと、後に後悔しそうな予感が大きかった。


(好きです!ただそれだけ!)


 たった四文字の言葉はもう口元まで出掛かっていて、それを飛ばすだけの空気も装填済み。もうお腹を軽く押されれば出てしまいそうなその言葉は、謎の障壁によって阻まれ一向に音に形を変えない。

 言わなきゃ。言わなきゃ。


「私………」


 出ない。


「私………!」


 出ない。


「……………っ!」


 お願い!出て!


「あなたのことが、す………っ!」


 ここまで来て突然、言葉が勝手に切り替わってしまった。


「いえ、あなたとこれからも一緒に居させてください!」

「なんだ、そんなことか。もちろん、君がそう望むのならいつまででも」

「はい!」


 そうやって笑顔で返すが、私の頭の中は。


(私のバカーーーー!何やってるのよっ!)


 今までの熱がこのせいで一気に冷める。それと同時に猛烈な後悔が襲ってくる。


(どーしてここまで来てっ!もう本当に何やってるんだか……)


 彼には気付かれないように装ったが、正面を向いて歩き出したときに盛大にため息が漏れる。


「はぁ………」

「なんだ、いきなり」

「いえ、なんでもありません………」


 そこに気付くのに、どうして私の気持ちには気付かないんですか………

 それでも、家に向かうことには変わりない。いつの間にか体が離れていたが、すぐに肩を貸してくれて再び歩き出す。


(本当、だめだ私………)


 何度でも出そうなため息をぐっとこらえる。


「…………」


 私はまだ、いろんな意味で彼の知る世界に踏み込むのは早すぎるのかも知れない。

 そう勝手に結論付け、私は沈みかけの夕日も見上げた。

 またいつか、チャンスが訪れますように。

後半はほぼ惰性で書いたためおかしい部分がありますが、後のストーリーで明かせたらなと思います。誤字も見つけ次第修正します。また、一度最初から内容を見直し、改変しようと考えてます(話の軸は変えず)さて、休み明けいきなりの事件ですが、これで本当に終わったのか、そして最後に現れた生徒は誰なのか。

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