表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想と現実の境目  作者: 築山神楽
11/15

第8話 その行方は

最近自由な時間がなさすぎて一度は上がった執筆ペースが落ちてしまいました。(もともと遅い)これからもっと時間がなくなるのでそこはご了承ください。

さて、あの後どうなったのか。続きを楽しんでいただければ幸いです。ではどうぞ。

「は………?」


 僕と同様に、流畠もまた驚いた顔をしている。


「何が起きたんだ?」


 目を丸くする彼をよそに、僕と絵須羽の前にその人物は庇うように立った。


「こんなことはやめてください。あなたのやっていることは間違ってます」


 彼はその姿を見て驚いた表情をした。なぜなら昨日まで来てなかったはずのクラスメイトが、今こうして僕達の間に入っているからだ。


「てめえ…確か名前は……」

「麻技亜未来ですよ」


 自分で答えるより先に言われたためか、彼は舌打ちした。だがすぐに彼女をにらみつけ、


「一体何しに来やがったんだよ。この話は部外者以外はお断りしたいんだが」


 そう言うと、再び腕をこちらに向けた。


「それとも、一緒に消し飛ばされたいっていうのか?まあ、俺としてはそれでも構わないんだが」


 教室での一件を彼も見ていたのだろう。絵須羽と一緒に居ながら、麻技亜もその中に加わったりしたから余計目障りなのかもしれない。ここでまとめてやれれば、彼にとっては好都合だ。

 だが、麻技亜は怖気ず、いつの間にか右手に持っていた杖を彼に向けた。


「そんな事はさせません!」


 ズバッと。


 流畠の耳元を閃光が突き抜けた。


「……っ!?」


 彼の表情が固まる。一瞬何があったのか理解できなかったようだが、表情は冷や汗を流しているように見えた。


「まさか、てめえは………」

「ええ、そうです」


 今までの恐ろしい力に怯えていた声ではなく、ちゃんと自身を持った声で、


「これは魔法ですよ。あなたならこれがどんな力なのかご存知だとは思いますが、驚きでしたか?」


 流畠は最初は驚きこそしたものの、特に動揺はしなかった。もしかしたら隠しているだけなのかもしれないが、彼自身魔術師であるから、異能の力に対してはある程度の慣れがあるのかもしれない。


「ああ、驚いた。まさか魔法使いだとは思わなかったよ」


 しかし、それ故にすぐ引くといった考えも無さそうで、


「だからと言って、俺はやめねえよ。そもそも正しいとか間違ってるとかそんなことは関係ねえ。ただただあいつが気に入らねえんだ!でもここでやめたらせっかくのチャンスを捨てることになる。だからやめねえ。あいにく俺の中ではまだてめえは部外者だ。ここで身を引くってんなら危害は一切加えないと約束する。だがそれでもまだ俺の前に立ちはだかるってんなら容赦はしねえぞ!」


 脅すような声をあげながら、麻技亜に右手を向けた。しかし彼女はその場から動こうとしなかった。


「いいえ、私はここから退く気はありません。自分のするべきことをさせてもらいます。あなたの相手は私がお受けします!」


 先ほどよりもさらに力のこもった声だった。僕からは麻技亜の背中しか見えないが、いったいどんな表情をしているのだろうか。


「そうか…」


 流畠は小さくため息をついた。


「ならどうなっても文句はなしだ。せいぜい、後悔しないようにな!」


 直後。

 轟!と。

 爆炎が魔術によって生み出され、猛烈な勢いでこちらに襲い掛かる。先ほどと同じような紅蓮の恐怖が迫ってくるのだ。人の足で回避など到底不可能。


「麻技亜!」


 反射的に僕は叫んだ。しかし彼女は落ち着いた動作で、


「大丈夫です」


 炎に飲み込まれる直前。杖を左から右に、さっと振った。その動きに合わせて閃光が横なぎに振るわれ、迫っていた爆炎を吹き飛ばす。

 そして間髪入れず、今度は流畠に向かって杖を向けた。それと同時に再び閃光が走った。


「のわっ!」


 流畠はかろうじて避ける。あらかじめ予想はしていたのだろう。それでも即座に反撃されたのと、光の速さの魔法には対応が遅れる。もちろん、麻技亜は彼を直接狙ったわけではないようだが。


「このやろう……」


 体制を立て直した流畠は、数秒で呪文を読み上げさらに大きな魔法陣を展開。それに比例するように広大な範囲の爆炎が生み出される。


「これでどうだ!」

「なっ!?」


 思わず声が出る。今までの攻撃はあくまで点で狙って放たれた炎である。多少拡散しているとはいえ、麻技亜の魔法に何らかの反発性があったと考ると、ただ振るうだけで消し飛ばせた。だが今回、あまりにも範囲が大きすぎる。閃光はあくまで点、しかも炎より狭い範囲でしか狙えないから、ぐるぐると振って対処するだけの時間はない。

 しかし。


「その場から動かないでください」


 そう言いながら今度は体の前でぐるんと腕を大きく回した。

 明らかに今までの閃光を放つ動きとは違う。動くなと言われても、爆炎に対して明確に対処ができていないように見えたため、僕は必死の声で叫ぼうとした。しかし直後に彼女の前に黄緑色のシールドのようなものが展開した。


「えっ!?」


 その後爆炎がそれに直撃。大爆発を起こした。大きなキノコのような煙が上がり、それからしばらくしてようやく火が収まってくる。

 そして。


「なに……っ!?」


 今度こそ、流畠が驚いた顔をする。それもそのはず。麻技亜のシールドに阻まれ、僕たちは全くの無傷だったからだ。


「これ以上は何をしても無駄ですよ」


 麻技亜は杖を下ろし、あくまで戦うつもりではないという意思を見せて。


「これ以上続けると、周りに被害が出ますし、何よりあなた自身を傷つけることになります。それでも続けるというのなら、私は本気であなたを止めるしかないでしょう。さあ、どうしますか」

「…………」


 麻技亜の言葉を最後に、訪れる静寂。彼は相変わらず、こちらをにらみつけるような表情をしている。まだ諦めたわけではなさそうだが、一体何を考えているのだろうか。

 そして今まで意識の外にあったが、ここは校舎の入り口付近である。まだ帰りの時間であるためにたくさんの生徒が周辺にいる。遠くにいる生徒の姿は隠れたのか見えないが、近くの生徒はあまりの衝撃的な光景に、釘付けになってしまったのか。物陰に隠れるといったことをせずにその場に立っている。


(何をしているんだ?ここは危ないのに何故逃げない)


 早く逃げないのか。そんなにこの後の展開が気になるのか。

 などと単純な単純な考えを持ってしまったが、


(いや……違う)


 彼らの強張った表情から察する。

 動けないのだと。

 僕はまだ慣れてるからいい。麻技亜も魔法がどんなものなのか分かっているから大丈夫だ。しかし、周りの生徒は何も知らない。異能の力なんて実際にあるとは誰も思っていないだろう。そんな中、いきなり爆音や閃光が飛び交うのだ。まずどう対応すべきか分からない。銃のように明らかに攻撃意思を示す道具なら、自分に向いてないときにでもすぐ逃げれる。しかし、媒体不明、タイミング不明、さらに効果範囲不明の攻撃が目の前で繰り広げられていたらどうか。いつ自分に飛んでくるかも、どこで何が起きるかも分からないのに、果たしてすぐ逃げられるか。

 このままでは皆がどうなるかも分からない。だが、ずっとこの状態が続くのもよくない。

 すると麻技亜が僕にしか聞こえないような声で、


「手押さん。絵須羽さんを連れて逃げてください」

「は?」


 思わず首をかしげた。


「いや、そんな事はできない。僕もここにいないと……」


 しかし、僕の声をさえぎるように麻技亜が続ける。


「ですが今あなたは他に何できますか?一緒に居てくれるのは心強いですが、彼の魔術に対抗できるのですか?それとも、今すぐ彼を止められますか?」

「いや………」


 先ほどの光景を思いだし、言葉が詰まる。


「それに、絵須羽さんの状態もよろしくないと思われます。私はある程度彼の攻撃を防げるかもしれないとはいえ、相手は魔術師。次に何が起きるかも分からない状態で、絵須羽さんを抱えて行動するのは少々辛いところがあります。なので、もし一緒に居てくださるのだとしても、一旦絵須羽さんを安全な場所まで運んで彼女の状態を確認してからでも遅くないと思います」

「ああ…」


 麻技亜の言うことはもっともだ。しかし、絵須羽だけ助けても現状意味が無い。


「確かにそうしたいけど、周りの人たちはどうする。このままじゃ巻き込まれるかもしれないぞ」


 あんな魔術が飛んできたら、避けるなんて思考は働かない。精々、反射的に腕で顔を覆うくらいしかできないだろう。ましてや、彼の魔術はその範疇に収まるとは思えない。


「ええ、そうかもしれません。しかしこのままでは埒が明きませんし、何より自由に動ける人がいるだけでも大きいでしょう。彼はあなた以外には興味が無いようなので、まずはこの場から引き離そうと思います。とりあえずは校庭の真ん中のほうに連れて行ければ、いいんですが………」


 麻技亜はあたりを見回して、


「それでも、やるしかないようですね」


 改めて、杖を握りなおした。


「それなら、そこまでは一緒に行動するよ。うまく引き出せたら、僕は一旦離脱する。それでいいか?」

「はい、お願いします」


 僕は絵須羽を抱えて立ち上がった。


「おや、どうする気だい?」


 先ほどまでの驚いていた表情は無くなり、余裕の表情を浮かべている。先ほど麻技亜が攻撃を防いだときは、あの範囲では無理だと思っていたのだろう。結果的に多少驚いたようだが、あの程度はまだ小手調べだったと言うことか。


(さて、どうすればいい………)


 どうにかして流畠を校庭に誘導しなければならない。僕を追ってくるならただ走ればいいのだが、必ずそうしてくるとは限らない。麻技亜が戦いにくいように、あえてこの場にとどまろうとするかもしれない。しかし、どちらにしろ絵須羽を安静にしておける場所が必要だ。そのためには少なくとも僕はこの場を離れるしかない。


「よし」


 一旦息を吸った。

 自分中でタイミングを合わせる。


(3………2………1、今だ!)


 校庭に向けて一目散に駆け出す。いちいち流畠のことを確認している暇はない。僕はとにかく早く、目的の場所へと向かう。

 すると視界の端のほうで何かが光り、直後に爆炎が発生した。


「く……っ!」


 はっきりとは見えないが、おそらく直撃コース。ただ立ち止まってはいられない。

 そして閃光が走り、爆炎を吹き飛ばした。

 ふと後ろを振り返ると、僕を庇うように麻技亜もついてくる。爆発音などが何度も鳴り響き、そのたびに腕を振って閃光を放っているようだ。


「何逃げてんだよ!」


 何度目かの攻撃の後、流畠がこちらを追い始めた。


(よし、うまくいった)


 このまま彼を校庭まで連れて行ければ、とりあえずは他の生徒は安全だ。

 僕はそのまま走り続け、やがて校庭の中央付近に差し掛かった。そこはちょうど、あの日魔法陣が存在した場所でもある。僕の脳裏に、あの光景が蘇ってきた。


「頼む………!」


 ここでトラップに引っかかったらお終いだ。だが今から反転やルート変更はしていられない。最短ルートで逃げなければ、すぐにでも魔術の洗礼を受けることになるかもしれない。

 しかし。


「手押さん!」


 背後で麻技亜の叫ぶ声がした。反射的に足元を見ると、十数メートルはあろうかという不思議な模様が光を帯び始めた。

 これは明らかに、あの魔法陣である。


「くそ………っ!」


 やはりそうきたか。

 魔法陣が薄くでも残っていれば、発動可能だというのか。


(このままじゃ………爆発する!)


 どうすればいい。

 走っているせいで、思考がぐしゃぐしゃに乱れる。それでも何とか頭を働かせ、対応策を出さなければならない。

 爆発するまでは、ほんの数秒だろう。その間には、この魔法陣から走って出ることはできない。だが麻技亜の魔法で止められるとも限らない。そもそもゼロ距離で発動した魔術に対して効果があるのか。今から対応できるのか。しかしそんなことをいちいち確認してはいられない。ならいっそのこと、この魔法陣を……。


「そうか!」


 ここまで考えて、ようやく答えにたどり着く。

 それはすなわち。


「このっ!」


 走る勢いで、地面の模様をかき消すように蹴った。それと同時に、ガラスの砕けるような音がして魔法陣が砕け、光がぱらぱらと消えていった。

 あの日彼は言っていた。魔法陣が一部でも途切れていると、魔術は発動できないと。


「チッ!」


 後ろのほうから舌打ちが聞こえた。少なくとも、発動は防げたようだ。

 そして麻技亜はそこで立ち止まって、追っ手のほうを向く。


「手押さん行って下さい!私がここで食い止めます!」

「ああ、頼んだ!」


 そのまま後ろを振り返らずに更に走る速度を増した。


「お気をつけて!」


 直後に、背後で爆発音や何やらが炸裂する。見えないためはっきりとは言えないが、先ほどよりもさらに激しくなっているように思えた。


「すぐ戻る。それまで無事でいてくれ………」


 校庭の校舎とは反対側のとこに、別の校門がある。普段からそこは開放されているため、そこから学校の敷地から出た。とりあえず、絵須羽を寝かせておく場所が欲しい。


「考えてる暇はないな。とりあえず僕の家に運ぼう」


 すぐに方針を決め、再び走り出す。校庭では爆炎と閃光が入り混じり、2人がどうなっているかが分からない。それでも、今の僕には麻技亜に時間を稼いでもらうしかない。

 ほんの数分で家に着き、絵須羽を抱えたままドアを開けた。鍵は掛かってないということは、恵が帰ってきているということだ。


「恵!いるか!」


 靴を適当に脱ぎ捨てて家に上がる。すると僕の声を聞いたのか、リビングのドアが勢いよく開き、慌てた様子で妹が出てきた。


「お兄ちゃん!?うー………また一緒にい………」


 僕が絵須羽を抱えてる姿を見て嫌そうな顔をしたが、すぐに彼女の姿に気付いてはっとなった。


「……え………どうしたのそれ……」

「説明は後だ。まず寝かせておかないと」


 急いでリビングに向かい、ソファに横たわらせる。意識のない人間というのはやたら重い。変に体をねじらないように最新の注意を払って、ゆっくりと寝かせた。すぐに恵が傷用の救急セットを持ってきてくれて、その中から消毒液などを取り出す。


「しかし、酷い傷だ……」


 爆発に巻き込まれた上で、アスファルトの上を転がったりしたせいだろう。腕や足など、露出している部分の多くが火傷していたり、擦り切れたりしていた。


「とりあえず火傷用のやつと消毒だな。でも骨折とかしているかもしれないから、病院に連れて行ったほうがいいか」


 僕は処置を開始した。しかし恵は僕の姿を見て、


「でもお兄ちゃんもすごい怪我………」

「ああ、たしかにな」


 今更になって、体中の痛みが復活してきた。肘やひざといった、皮膚がよく動く部分に激痛が走り思わずおさえたくなる。だが僕はまだ動ける。容態不明の負傷者を優先するのは当然のことだ。


「今はいい。それより救急車を呼んでくれ。怪我の種類は火傷と全身打撲って伝えて」

「分かった」


 本当はこんな単純なことで呼んではいけないのかもしれないが、体内部の損傷ほど恐ろしいものは無い。慢心して後悔しないよう最悪の可能性を意識して動くべきだ。


「頼む……なんともなってなければいいが………」


 細かい傷は放置。大きく擦り剥けている部分などに先に消毒液を垂らす。広くできている傷口から血が滲んでいて、垂らした液体とともに下に落ちる。表面に残ったそれらを軽く拭き取り、上からガーゼを当てた。


(ごめんよ。こんなことしかできなくて)


 こういうときに備えて、もっと楽な治療セットでも用意しとくんだったと思った。しかし、今悔やんでいても仕方が無い。できる限りのことをするまでだ。


「よし……一応はこれでいいか」


 体中ガーゼなどが張ってあるせいで、なんとも痛々しい姿だ。


(あの衝撃だったしな………骨折のひとつやふたつ、していてもおかしくない)


 僕は一通り処置を終わらせて、もう一度絵須羽の状態を確認する。息はしているようだし、脈もちゃんとあった。服で隠れてる部分はどうなっているか分からないが、これは専門の人にお願いすればいいだろう。


「救急車は5分後だって。それまでに準備しといて」

「5分後か……まあそんなもんか」


 これで絵須羽の安全は確保できた。彼女を見送り次第、すぐに学校に戻る予定だ。


「お兄ちゃんも、手当てしたほうがいいよ。まだ時間あるでしょ?」


 恵が心配そうな顔で僕の体を見る。改めて自分の腕や足に目を向けてみれば、絵須羽よりも酷い傷だらけだった。おそらく、飛ばされて転がったときに摺ったのだろう。まあ彼女を庇ったのなら当然だが、よく家まで気にせずいられたものだ。


「でもすぐ救急車がくる。絵須羽を預けたらすぐに学校に向かわなきゃいけないんだ」


 僕の場合怪我の範囲が広いため、手当てしていたらすぐに来てしまう。一刻も早く運びたいからそんな悠長なことはしていられないのだが、このまま学校に戻って満足に動けるかと言われれば自信が無い。


「どうして行くの?大事なことなら私もついて行くよ」


 その顔はいつもの大好きだからとかそんなのではなく、事の重大性を知って僕を少しでも助けてあげようとしてくれている心が表れているように見えた。


「いや………」


 だがあの戦場に、恵を連れて行けるわけがない。たとえその場で何か役に立つと言われても、兄としてここは止めるべきだ。


「だめだ。これは僕の問題だから、恵はあまり関わって欲しくない」

「だけど……」


 少し悲しげな表情をする。僕としても、せっかくの妹の申し出を断りたくは無いが、今はそんな状況じゃない。


「それより、絵須羽の同伴をして欲しいんだ。救急車に乗って病院まで。それで向こうに付いてメールで連絡して。ケータイあるよね?」

「うん。今持ってくるね」


 そう言って2階に上がって自分の部屋から端末を持ってきた。耳に掛けるだけの小さな機械だが、これさえあれば何でもできる。


「メールってここから開くんだよね?あんまり使ったこと無いからあんまりわかんないだけど……」

「ああ、それでいい。他わかんなかったら病院の人にでも聞いて」

「わかった」


 僕は時計を見た。時刻は午後4時半を回っている。


(救急車はあと3分くらいか……できれば今からでも学校に戻りたいが)


 こういうとき、短い時間でもやたらじれったく感じてしまう。いつもなら一瞬で過ぎている数十秒ですら、秒針がゆっくりと動いているようにしか見えない。


「お兄ちゃん、今のうちに少しでも怪我の手当てをしておいたほうがいいよ?」


 恵はいつの間にか消毒液などを手にしていた。僕の頭は今そんなことをやっている余裕は無いのだが、心配そうな顔をされては折れるしかない。


「わかった。じゃあ頼む」


 そういうと、妹は小さな手で優しく手当てしていく。消毒液が傷口に垂れるたび、突き刺すような痛みが走るが、ぐっと我慢する。というか、普通の怪我をはるかに超えているのに我慢できている自分は何なのだろう。気付けば、絵須羽と同じく全身ガーゼだらけになっていた。


「はい、できたよ」

「ありがとう」


 僕は立ち上がって、冷蔵庫のお茶を一杯飲んだ。こんなときは、まずは落ち着くべきなのかもしれない。冷たいお茶が喉を通り、熱くなりすぎている体と頭を冷やしてくれた。


「ふう」


 絵須羽を送り出した後はすぐに学校に向かう。ここからでは学校で起きているであろう爆発音などはあまり聞こえない。あるいは、家に着くまでに既に決着がついてしまっているのかもしれない。麻技亜が勝っているのなら、流畠をどうにかなだめてくれるかもしれないが、彼のほうが勝っている場合あまりいい結果が想像ができない。さらに言えば、まだ学校に残っている生徒もたくさんいるのだ。校庭の真ん中に引き寄せたとはいえ、戦いの場が動かないとは限らない。


「なんとかしないとな」


 果たして、あの状態の流畠を止められるのか。

 僕が戻れば、彼の憎悪は増すだろう。しかし元となった原因は僕だし、たとえ麻技亜が説得してもどうにもならないのではないか。


(いや………)


 逆に、僕がいないほうが麻技亜は説得しやすいのかもしれない。僕を逃がしたのはそのためなのだろうか。目の前にその対象がいるかいないかでは、大きな差がある。一番うざいと思ってるやつから、頼むからここは引いてくれと言われて引けるやつのほうが少ないんじゃないか。だがこのまま僕がここにいていいわけがない。


(それでも行くしかないか)


 どちらにしろ、現状を知らないとどうしようもない。もし麻技亜が負けていることを考えたら、一刻も早く彼女の元にたどり着かねば。

 僕はコップに入っている残りを一気に飲み干す。ちょうど覚悟を決める形で。


「ふう」


 そしてコップを置くのと同時に、表に車が止まった。


「来たか」


 急いで絵須羽を抱えて、玄関へと向かう。恵が先導して玄関を開けると、そこには2人の救急隊員の人がいた。


「手押さんですね?負傷者を救急車まで運べますか?」

「はい」


 僕は駆け足気味に近づき、中の担架に彼女を寝かせる。見た感じ容態は悪くはなさそうだが、内出血でもバカにならないことだってある。


「この方は一体どうされたのですか?体中酷い怪我をされておられますが………」

「単純ですよ。まあ、言ってもあまり理解されないかもしれませんが」

「?」


 救急隊員が首をかしげる。僕はそのまま続けて、


「彼女は爆発に巻き込まれました。程度はちょっと分かりませんが、全身火傷を負い、吹き飛ばされたのでもしかしたら、衝撃で骨折しているかもしれません」

「爆発……!?」

「今は説明している暇はありません。僕は一刻も早く学校に戻らないといけないので、彼女をお願いします。付き添いは妹がいきます」

「わかりました。妹さんとは何か連絡手段はあるのですか?」

「はい」

「了解です。では出発します」


 僕は一旦車から離れる。恵と救急隊員が乗り込み、後ろのドアが閉まると同時に発進。サイレンを鳴らしながら町のどこかに消えていった。


「これで、一応大丈夫か」


 絵須羽の今後は、あの人たちがどうにかしてくれることを願おう。今の医療技術なら、全身打撲ぐらいわけないのだから。


(頼む。無事に戻ってきてくれ………)


 そしてそのまま振り返って、家の鍵を閉める。僕にはまだやることが残っているのだ。


「今行く。麻技亜!」


 全速力で学校に向かって走る。こうしている今も、自体は刻一刻と変わっている。落ち着こうとはしているが、もしかしたら……なんて事態を想像してしまう。

 麻技亜がいなければ、事実上流畠に対抗する手段は無い。他にも魔術師やらの類がいないとは言えないものの、いたとしてすぐにどうこうできる話ではない。どちらにしろ、現実はこれ以上に変わらないのだ。僕ができることはただ一つ。学校に向かうことだけだ。


「くっ!」


 全身の痛みに耐えつつも、走るスピードをさらに上げた。

 到着まで、ほんの数分である。



 右手を横に振った。

 すると自分の思い描いたとおりに閃光が走り、迫ってくる爆炎を消し飛ばす。しかしそれだけでは足りない。ありとあらゆる方向から迫る攻撃に対処するため、時には走り、時にはシールドを張って、確実に防いでいくしかない。


「……っ!」


 正面から爆炎が迫る。何とか体をひねって回避し、別の方向から迫る攻撃に向かってほぼ感覚的に魔法を放つ。いちいちその存在を確認している余裕は無い。自分の勘を頼りに行動していく。


「次、ここ!」


 防御に集中しながらも、一瞬の隙を見つけては流畠の元に魔法を打ち込む。もちろん、彼に直撃させるつもりではない。彼は魔術を使用する際に魔法陣を展開する。それはどうやら、この規模の爆発を発生させるためには一定の大きさにしないといけないようだ。そしてそこに妨害が入ればいとも簡単に打ち消すことができることもわかった。展開した瞬間にそこを妨害すれば、撃たれる前から防げる。

 魔術発動の瞬間をしっかりと見極めるために、私は必死に回避しながらも意識を集中させる。

 そして彼の腕から光があふれ、円状に広がった。


「今だ!」


 杖を構え、魔法を放とうとした、

 しかし、


「うわぁっ!」


 その一瞬手前で、別の方向から飛んできた爆炎が体を掠める。猛烈な高温から逃れるためにバランスを崩し、魔法が明後日の方向に飛ぶ。さらに私自身、地面に倒れこんでしまった。


「ぐぁっ!」


 少なくない衝撃が全身を襲うが、すぐに次に起こるであろう事態に気付いた。


(まずいっ………!)


 反射的にそこから飛びのき、魔法を放つ。先ほどの妨害できなかった魔術だろうか。すぐ手前まで迫っていた爆炎が四散する。そのまま彼の首元を掠める形で魔法を放つと、次に展開されていた魔法陣が散る。


「ちっ!」


 裏をかかれた流畠は舌打ちして、また新たな魔法陣を展開した。

 私は連続して放たれる魔術を打ち消しながら、先ほど何があったかを理解する。


(やはり、こちらが打ち消そうとするのをむこうも妨害してきますか。しかし、妨害用の魔術はどこから………?)


 彼は魔法陣を両手でいくつも展開することができる。おそらく、気付かない間に放たれた1発が空中で曲がって飛んできたのだろう。そこまで予測して攻撃できるとは、さすがは本職の魔術師か。

 私は回避のためにいろんな方向に動く。それにあわせて流畠も位置を変える。大まかな位置は校庭から動いてはいないが、彼をとにかく校舎から離しておかないといけない。あいにく、近距離では彼は強いが遠距離ではこちらに分がある。一定以上の距離を保っていれば、互角の状態に持ち込める。


「しかし、どうしましょうか………」


 もちろん、このままの状態は最善ではない。相手の攻撃はこちらよりは遅い代わりに、圧倒的物量を誇る。一方でこちらは、線で遠距離か面での至近距離でしかない。その上、相手は魔術師。他にどんな手段を持っているかも分からないため、実際のところ不利。それに、私はそこまで体力が多いほうではない。戦いが始まってから5分と経っていないだろうが、少し疲れてきてしまった。


「この………っ!」


 それでも私は何とかこの場を押さえるしかない。できるだけ回避に力を割かないよう先手先手と魔法を打ち込む。


(なんとか、なんとかして彼を押さえ込まないと……!)


 連続で放たれた魔法は、形成された魔法陣を次々に破壊する。彼もさすがにあせったのか、防御体勢に入りながら魔法陣展開を続ける。


(このままいけるかしら……)


 正直なところ、魔法1発放つのにも体力がいる。体を動かすのに比べたら小さいが、それでも今の状況がどこまで保てるか分からない。


「彼を止めるにはどうすればいいの………」


 ここは手押さんに頼るしかないのか。しかし先ほど私はここは任せたと送り出してしまったばかり。戻ってくるにしても、絵須羽さんの安全を確保してからだから、時間は掛かる。


「まだ………」


 私はしっかりと、杖を握る。


「まだ終わるわけにはいきません!」


 今の状況に全力を注ぐ決意をした。生半端な気持ちでぶつかって勝てる相手ではない。果たして何をして勝ちなのか分からないが、今の自分にはこれぐらいしかできないのだ。

 私の勢いを感じたのか、流畠もいっそう強烈な魔術を放つようになった。それ以上に、魔法陣を複雑に展開してきた。魔法陣1つ1つから攻撃を放つのではなく、あえて重なり合わせたりしてこちらでは把握しきれない様々な効果を付随させているようだ。実際に、横なぎに爆炎が振るわれたり、こちらの魔法を避けるような軌道を取ったりしている。それでもまだ対処可能ではあるが、体力の消耗がより激しくなった。


「はぁ、はぁ……」


 自分でもわかるほど、息が荒くなっている。一方で流畠は依然として落ち着いた表情。全く疲れを感じさせない。

 そして私の状態に気付いたのか、憎たらしく笑いながら声を掛けてきた。


「………おやおや、お疲れの様子かい?」

「…………」


 私は答えなかった。少しでもこちらが戦えるだけの体力があるように見せるつもりだったが、彼は私がどれだけ疲労しているかを完全に把握したようだ。そもそも、今の私には偽装をしたところで何かが変わるわけではない。


「別に休んでくれたって構わないよ。そっちのほうが、わざわざ戦わずに済むから楽なんだよ」


 そう言って更に邪悪な笑みを浮かべて、


「まあ、てめえのせいでこんな面倒な時間を過ごすことになったんだ。大人しくここで消えてもらおうか」


 彼はゆっくりと右手をこちらに向けた。もちろん対処はするが、自分がいつ倒れるか分かったものではない。

 本当は休みたい。

 それでも、私はここに立っている必要がある。

 少なくとも、昨日の恩返しができたと実感できるまでは。もう彼とは言葉を交わせないかもしれないが、私はやるべきことをやるまでだ。


「………いいえ、そうはさせません」

「ん?」

「まだ、私のやるべきことがあります!ここで倒れるわけにはいかないんです!」


 自分を奮い立たせるためしっかりと立ち、杖を相手に向ける。ここまで来たら、相手を傷つけるとかそんなことを考えていられない。向こうも私が魔法使いでなかったら即死の攻撃を放ってきている。だからこちらにも直接相手を狙う権利はあるはずだ。消耗戦で一方的にやられるよりは、そんな選択肢を選ぶ道だってある。


「ほう」


 流畠私の決意を鼻で笑い、


「じゃ、こっちも容赦はしないぞ!今までは多少手加減してやったが、てめえがその気ならこっちだってそうさせてもらう」

「いいでしょう。私も手加減はしません。あなたがどうなっても、それはあなたの責任ですから」


 お互いに、腕と杖を向け合う。離れていても視線がぶつかり、短くない沈黙が流れた。


「…………」

「…………」


 そして、

 轟!

 ズバッ!

 二つの猛烈な力同士がぶつかった。

終わり方が中途半端になった感が否めませんが、これ以上書くと2万文字に達しそうなので切りました。予定ではこの話で事件を終わらせる気でしたが、そううまくいかないものですね。次はいつになるかわかりませんが、期待して欲しいものです。誤字は見つけ次第修正します。

さあ、麻技亜が倒れる前に手押は学校にたどり着けるのか。そして、流畠とどう決着をつけるのか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ