第7話 行き過ぎた想い
はい、長期間待たせてしまい申し訳ありません。色々と用事があったりサボってたらまたしても時間が経ってしまいました。また、推敲はほとんどしてないのでミスが多く見つかるかもしれません。見つけ次第修正していきます。
さて、土日が開けて再び訪れる平日。果たして何が起きるのか。騒乱に続く騒乱が始まる(?)
――1月。第2月曜日。教室にて――
土日も含め騒乱だらけの一週間が終わって、また新しい一週間が始まった。
休み明けの月曜日というのは誰にとっても鬱な原因の代表格であり、朝布団から重い体を起こすのがどれだけ辛いことか皆もわかるだろう。本音を言えば、そのぬくもりの中にいつまでも入っていたい気分だが、実際はそんなことはできない。自分だけでなく、おそらく世界中の人間がそう思っているに違いない。
そして僕といえば、その精神的ダメージにさらに夜中の出来事が加わってもともと少ない気力を完全に消し飛ばしてしまっているため、朝から机に突っ伏してうなだれている。
「うぅ………」
せめて寝起きだけはさっぱりしたかったものだが、今更どうすることもできない。そんな様子を見て心配したのか、絵須羽が声を掛けてきた。
「大丈夫?」
「ああ………」
頭痛のような直接的な痛みではなく、猛烈に心が重いと言うべきか。とにかく、あらゆる面から押しつぶされるようなそんな締め付けが続いていて、精神的に辛い。それだけなのだが、何故か威力は絶大だ。
「うーん、昨日大変だったもんね」
そう言いながら、自分の椅子を持ってきて僕の机に向けて座る。背中にぽんぽんと手が当たる感触があった。彼女のそういう優しさは嬉しいが、問題はそれじゃない。
「いや、その後もいろいろあってだな……」
「いろいろ?」
うつ伏せのせいで顔は見えないが、おそらく普通に疑問を浮かべているだけだろう。ただそれを話すわけにはいかない。今の状態の最たる原因がこれであるわけだが。
「はぁ………」
盛大にため息が漏れる。相談できない以上、自分で何とかするしかないのだ。
「まぁ、大したことじゃないよ」
「そう?ならいいけど」
そして今度は頭を撫でられた。彼女の思ってもみない行動に少し驚く。なんだか猛烈にむず痒い気分だが、不思議なことにそうされている間にみるみる心が癒されていき、少しだけ気力が復活する。
(あああ、いいなこれ)
程よい力加減と、やわらかい手の感触が髪の毛越しによく分かる。それもただ撫でられているのではなく、ほんの少し気持ちが入っているというか、彼女の優しさがあふれているようだ。なんともいえない感覚だが、これは最高だ。
僕はどうにか起きあがって、絵須羽のほうを向いた。
「ありがとな。おかげで大分気持ちが楽になったよ」
すると少し頬を赤らめながらも彼女は笑顔で、
「ど、どいうたしまして」
そして少し視線をずらしてしまう。恥ずかしいなら最初からやらなければいいのに、と一瞬思ったが、僕としては普通に嬉しかったから気にする必要はないんだがな......。
「あ、あのさ」
「なんだ?」
「こういうことされるの、好き?」
何を分かりきったこと聞くのだ、と呆れつつも僕は素直に答える。
「うん、結構嬉しいよ。ありがと」
そして僕も撫で返す。すると彼女はいよいよ顔を赤くし、動揺し始めた。そんな純粋な反応を見ていて少し面白く思って、こちらからも同じ質問をした。
「どうよ。今の気持ちは」
「う……わざわざ言わせないでよ」
と、恥ずかしがりながらもまんざらでもないようで。
「………嬉しいよ」
「よかった」
どうせならと、僕はそのまま撫で続けた。彼女は普段とてもしっかりしているが、実際の中身は普通の女の子なのかもしれない。慣れないドキドキ体験には、全く耐性がないようだ。
ある程度気が済んだところで、僕は手を離した。一方で彼女はまだ顔が赤いままである。
「もう!」
喜んでたくせに、何故か怒られる。まあ自分的には楽しかったのでそれでよかったし、絵須羽もそれで怒ったわけじゃないだろう。
なんだかんだ言って、ちゃんと触れ合うのはこれが初めてだったりする。いろいろあって大分時間が経っているように感じるが、実際のとこまだ付き合ってから2日しかたってないのだ。その2日ですら、麻技亜との一件があってほとんど2人きりにもならなかった。
「まあまあ、これぐらいいいじゃないか」
彼女を和ませたつもりだったが、本人はそれについて気にしていたわけではないようで、
「違うよ!」
そう言って僕の耳元に顔を寄せ、
(2人きりの時は何してもいいけどさ、教室であまり恥ずかしいことしないで!)
その意味を数コンマ経ってからようやく理解する。
「あっ……」
僕はあわてて周りを見回す。
遊んでいる人はたくさんいるが、それ以外の人。ざっと10人以上のクラスメイトが、あまりよろしくない物を見ているかのような表情をこちらに向けている。
みんなすぐ視線を逸らすが、絶対まあいいかで済まされたわけではないだろう。原因は分かっているとはいえ、これはあまり気持ちのいいものではない。
「は、はは」
思わず、乾いた笑いを漏らす。
(やらかした………)
僕と絵須羽が付き合ってることはまだ皆には知らせていない。わざわざそうする必要はないが、まだ彼らは教室で本を貸し借りする程度の会話しか知らないだろう。この関係が自然と知られていくなら、学年の空気にもある程度は馴染んだかもしれない。だがこうして、教室で大胆にやることではない。いきなり始められたら、周りも不快だ。
「はぁ………」
大きなため息とともに、再び机に突っ伏す。さっき回復したはずの気力は、もはや立ち消えてしまい復活することはなさそうだ。
「うぅ……」
一方で絵須羽もどうしようもなさそうな声を上げる。やらかしたのは僕だが、なでなでを始めたのは彼女のほうだ。さらに元々目立たないキャラの僕が伏せてしまったことで、視線が全てそちらに向いたのだろう。
その声を最後に、教室が気まずい空気に包まれる。うるさい連中の声が何故かシャットアウトされ、机を動かすガタンという音すら出ししにくい空間が生まれる。
(ああ、やだなこの雰囲気)
個人的に一番嫌いなのは、こんな重い雰囲気で圧迫されることである。一人ぼっちのときにも度々体験したが、まさか自分がその原因になってしまうとは。
(どうすりゃいいんだ………)
僕が顔を上げたところで、重たい空気はなくならない。でもこのままでは、絵須羽がかわいそうである。
ここで動くべきか、否か。
そんなくだらない葛藤に頭を悩ませているちょうどその時、救世主が現れた。
「み、皆さんおはようございます」
その聞きなれた声に、自然と体が反応した。
クラスの皆も、絵須羽も、その声がした方向――入り口の扉のほうを向く。
そこには、つい昨日見た顔。年相応ながらも、お嬢様といった雰囲気を纏うクラスメイトが立っていた。
教室だけではない。廊下にいる連中も、一斉に彼女に視線を合わせる。
「え……うそ」
「あれ、だれ?」
「もしかして、不登校だったあいつじゃないの!?ほら、確か名前は………」
さっきまでの空気を無視して、ざわざわと皆がしゃべり始めた。次第に会話は大きくなっていき、廊下では既にとなりのクラス前まで広まっている。まあそれは当然だろう。1年のときからずっと来ていないのだ。その子が来ないことに慣れてしまえば、半分どうでもよくなる。しかし、それが久しぶりに顔を見せたら、多少の好奇の目で見られるのは避けられない。特に、彼女のような全く地味ではない同級生ならなおさらだ。
例のごとく本人はそれに動揺して、扉のところから動けなくなってしまったようだ。あっちこっちを見回し、どうすればいいか迷っている。
「え……あ……」
もともと話すのが苦手な上に、ほぼ初対面の同級生が周りで自分について話始めてしまったのでは無理もない。荷物を両手で抱えたまま、目をぐるぐると回しているように見えた。
「あ……あああ………」
完全に八方塞である。すると絵須羽が立ち上がって、その本人に向かって叫んだ。
「麻技亜ちゃん!来てくれたんだね!」
「あ、え……?絵須羽さん!」
その声に気付いたのか、小走りでこちらに駆け寄る。絵須羽は再び注目を集めたが、今度は全く気にしていないようだ。
「おはようございます。昨日はお恥ずかしい姿を見せてしまった上に、いろいろとありがとうございました」
「いいのいいの。私も結構迷惑掛けちゃったしさ、そこはお互い様ってとこで」
お互いに微笑む。昨日会ったばかりのはずなのに、久しぶりに顔を合わせた気分だ。
「それよりも」
絵須羽は麻技亜の顔をしっかりと見て、
「決心、できたんだね」
「はい!もう前の自分は終わりにして、少しでも前向きに行きたいと思います。ただ途中で躓いたりすることがあるかもしれませんが、そのときはお力を貸してほしいです」
「うん、わかってるよ。これからよろしくね!」
「こちらこそ、よろしくお願いします!」
女子同士、すっかり意気投合したようだ。
そして今度は座っている僕のほうを向いて、
「おはようございます。手押さん」
「おう、おはよう」
再び微笑む麻技亜。そこには前までの沈んだ雰囲気は完全に無くなって、明るい表情が戻っていた。正直、ここまで変われるものなのかと驚いているし、綺麗な顔で微笑まれて少しドキッともした。だがそれ以上に、変わってくれた彼女に対して安心感がわく。
「昨日はごめんな。なんかいろいろ勝手にやっちゃってさ」
「いえ、私のほうこそ危険なことしてしまってごめんなさい。むしろ、手押さんには私を救ってくれた感謝の気持ちでいっぱいです。昨日のお出かけが無ければ、私はおそらく戻れなかったと思います。絵須羽さんも、本当にありがとうございました!」
麻技亜は深くお辞儀をした。大したこと無いからお礼なんていいよ、と言おうとしたのだが、さすがはお嬢様と言うべきか、綺麗すぎるお辞儀を見せられたせいで圧倒され、言葉が出なくなってしまった。
「「どういたしまして」」
変わりに、こんな単純な言葉が絵須羽とハモった。まあ、実際本人は心から感謝してるみたいだからこれでいいのだろう。言おうとした言葉の本来の意味と変わんないし。
「さて」
僕は改めて麻技亜の顔を見て、
「久しぶりといっても、もう学校のことなんて忘れてるだろう。ほぼ初めてきた状況に等しい。それでも、やっていけるか?」
そんな質問は、する必要などなかったかもしれない。自信満々の笑みを浮かべて、返事をしてきた。
「はい!がんばっていきます!」
「よし」
もう大丈夫だろう。
地獄の底に落ちかけておきながら、ここまで立ち直れたのだ。その間には摩訶不思議な現象があったとはいえ、普通なら無理だと思うことを成し遂げた彼女なら、きっとうまくやっていけるだろう。
「麻技亜ちゃん……だよね」
ふと2人の後ろから、別の声がかかる。麻技亜が振り向くとそこには、クラスメイトの女子が3人立っていた。
「はい、どうしました?」
するとその女子たちは自分たちを指さして、
「覚えてる?私たちのこと。ほら、1年の時一緒のクラスだった……」
さすがに覚えてないかな……といった表情をしているが、麻技亜は特に悩む様子も見せなかった。
「はい、覚えてますよ。井上さんに、林さんに、中村さんですよね?」
そしてその3人にも笑顔を返す。彼女らは驚いた顔を見せて、
「ええっ!?嘘!覚えててくれたの!?」
なんて叫びながら麻技亜の元に寄ってきて、何やらいろいろな話を振り始めた。再び多方面から囲まれる彼女だが、今度は慌てながらもちゃんと対応しだした。久しぶりに同級生に会えたためか、少し楽しそうだ。
僕は絵須羽の方を見て、
「もう平気そうだな」
「うん。私たちの助けもいらないかもね」
やがてたくさんの同級生が集まってきて、僕の机周辺が大分にぎやかになる。男子女子構わず、麻技亜を知っている人はたくさんいたようだ。
それからすぐに、朝休み終了のチャイムが鳴って皆が席に着いた。教室に一風変わった風が吹く中、普段通りの日常が始まる。
――同日昼休み。屋上に向かう階段の途中。――
「お兄ちゃん早く!いい場所取られちゃうよ!」
僕は妹に手を引かれて、屋上を目指していた。もちろん手には弁当を持っている。妹は扉にたどり着くなり、勢いよく開け放つ。さあっと春の陽気が吹き込むが、そんなのお構いなしに目的地に向かう。
「まってよ~」
僕の後ろに、恵の友達であろう女子が付いてくる。さらにその後ろには絵須羽と麻技亜も続いている。
「この学校、屋上なんて入れたんですか。普通立ち入り禁止ですよね?」
「まあ、いろいろあったんだよ。それに、全国の学校を調べたわけじゃないんでしょ?もしかしたら、これが逆に普通なのかもしれないよ」
「え?先輩方知らないんですか?こうなった理由を」
なんて話が後ろから聞こえた。だが屋内から出ると、周りのにぎやかさにかき消されてしまう。
恵は屋上の一番端っこに向かった。ちょうど人も集まってないし、場所としてはいいんじゃないか。
そこに5人で陣取り、少し遅めの弁当タイムが始まった。
ではそもそも、なぜこうなったのか。
それは4時間目終了直後のことがきっかけだ。
いつも通り弁当を取り出して、いつも通り一人で食べようとしたのだが。
「手押、一緒にいいかな?」
声のするほうを見上げると、絵須羽が立っていた。
「うん、別にいいいけど」
特に気にせず返事をする。とは言うものの、実はこれが彼女との始めての弁当だったりする。まあ、半分向こうから強引に迫ってきた日もあったが、あれはノーカンだノーカン。
と、その後ろから麻技亜も出てきて、
「私も、ご一緒してもよろしいですか?」
どこか少し落ち着かない様子で聞いてきた。久しぶりの学校での弁当で、友達と食べるなんてほとんどしてなかったから、少し緊張しているのだろうか。
「もちろん。でもちゃんと弁当は持ってきてるよな?」
「はい、ここに……」
と言って、手に持っていたものを見える高さまで持ち上げる。
「え……まじか」
僕と絵須羽の動きが止まる。
というのも、なにやら高級そうな風呂敷に包まれたそれは、どう見ても四角い形をしていて、それなりの重量がありそうなものである。普通の弁当のサイズからして明らかに大きいし、それが昼食の時間に出てくるとすればほぼ何かは決まったも同然。
すなわち、
「重箱かよ!?そんなのありか!?」
「ごめんなさい!どのようなものを持っていけばいいのか分からなくて、適当に作ったらこれになってしまいました!」
僕の驚愕をよそに、必死に謝る麻技亜。たかだか中学の弁当に、そんな大胆なものは普通持ってこない。適当に選んでそれって、一体家には何があるっていうんだ………。
「こんなの、だめですよね………」
「いや、だめってわけじゃないが」
持っている風呂敷を見ながら、少し泣きそうな顔をする麻技亜。それを見た絵須羽が何とか慰める。
「大丈夫よ。持ってきちゃだめなんてルールないし、麻技亜ちゃんが作ったのならきっと美味しいし!」
「そう……ですか?」
「私食べてみたいなー。すごい楽しみ」
すると麻技亜は徐々に笑顔を取り戻す。
「ありがとうございます。よく分からなかったので、無理と言われてしまってはどうしようと考えていたんです。でも、期待してもらえると嬉しいです。本当の感想は実際に召し上がってからいただきますね」
「わかった」
そして重箱が僕の机に置かれる。普通に見ても、やはりでかい。というか、これが果たして弁当と呼べるのか。
単純に間違えてしまったと思われる一方で、彼女なりにそういったチャレンジをしてみたとも受け取れる。そんながんばっている姿を見ると、微笑ましいんだか面白いんだか、不思議な気分だ。
「じゃあお腹すいたし、早くごはんにしよっか」
「おう」
「はい」
2人が自分の椅子を引っ張ってきて、腰掛けようとしたその時だった。
「いた!お兄ちゃん!」
教室の入り口に1年と思しき女子生徒が2人いて、そのうち1人が、僕のほうに向かってやってきた。
その顔は、紛れも無く妹である恵なのだが。
「お兄ちゃん!一緒にご飯食べよ!」
そう言いながら僕の右腕を引っ張って連れて行こうとした。
「いやちょっと待て恵」
今にも走っていきそうな妹を止める。
「いきなり言われても困るよ。こっちにも事情があるんだけど」
「えーだめなの?」
腕を掴みながら悲しそうな顔を見せるが、特に気が変わったりはしない。そして僕達のやり取りを見ていた絵須羽が立ち上がった。
「お兄ちゃん……って事は手押の妹?」
「うん、そうだけど」
「へぇ、妹がいたんだ。かわいい子だね」
絵須羽は少し腰をかがめて、恵に視線の高さを合わせた。
「手押恵です!有希お兄ちゃんの妹です!」
可愛らしい挨拶をされて、絵須羽と麻技亜も自己紹介をする。
「初めまして、恵ちゃん。私は絵須羽由美。よろしくね」
「麻技亜未来です。お兄さんにはいろいろとお世話になってます」
そう言えば、恵と2人はまだ顔を合わせていなかったな。というより、僕が言っていなかっただけであるが。
「それで、お兄ちゃん」
「ん?どうした」
恵は僕のほうを見てから、再び二人に視線を向けて。
「お兄ちゃん達はどういう関係?友達?」
「うん、まあ……」
僕が言いかけると、今度は麻技亜が先に言う。
「お兄さんは、そうですね……私からすれば、ギリギリのところを助けてくれた命の恩人です。もしお兄さんにお会いできなかったら、今の私はありませんでした。本当に大切な人ですよ」
「へぇ~」
といっても、命の恩人だの何だの言われても日常ではそんなの聞く機会はほとんどないので、妹は大切な人であるとは理解したが、それ以外の部分には「?」を浮かべる。
そして、絵須羽。
「私からすれば、昔にいろんな場所ででお世話になって、さらにたくさん救ってくれた人。そして今の関係を言うなら………一応恋人関係、かな」
そう言って少し頬を赤らめる。照れてるだけなのか分からないが、一応って何だ一応って。付き合ってくださいと言ってきたのはそっちだろ!
などと突っ込もうとしたが。
「ん?」
ぐいっと、恵が僕の腕を自分のほうに寄せて、
「違いますよ!お兄ちゃんの恋人はあたしです!」
「えっ!?」
いきなりの爆弾発言。周りの空気が一瞬にして凍りつき、皆の視線がこちらに向いたのが分かった。
「いやちょっと待て恵!それ…」
訂正するよりも先に、反射的に絵須羽の顔を見る。
普段どおりの笑顔………のように見えて、明らかに怒りマークが浮かんでいるのが分かる。
「ははは……」
僕が苦笑いを漏らすと、絵須羽はこっちに身を乗り出すように迫ってきて、
「んんん?どういう意味かなぁ?」
やばい。
とりあえずこの場を離れようと後ずさりしようとしたが、恵は腕を放そうとしない。普段そんなに力を持っているようには見えないのだが、どうしてこんなときだけ強くなるのだ。
そしてさらに燃料を投下。
「お兄ちゃんはあたしのものです!絶対に渡しません!」
今度は絵須羽から僕を庇うように抱きつく。一瞬彼女の顔が引きつったように見えたが、あくまでキャラを壊さないためか、すぐに戻った。
「恵ちゃん。兄妹だと恋人になっちゃいけないのは知ってる?だから現実的に無理なの。それに対して私は、実際に告白してOKもらったんだから、私のほうがちゃんとした恋人なんだよ!」
と言いながら、絵須羽は絵須羽で僕の左腕に抱きつく。両者の間で、バチバチと火花が散っているように見えた。
「ふ、二人とも……」
どっちが恋人なのかの議論が平行線をたどる。どちらも強く腕に抱きついてるため、まず動くことは許されない。
この状況をどうにかしようと、麻技亜に救助の視線を送る。
「麻技亜……っ!」
しかし彼女も、どうしたらいいかわからずあたふたしていた。だが僕が送った視線に気付き、何をしてほしいかを悟ったようだ。
「は、はい!」
机から立ち上がって、僕のほうに近づいてきて。
「えい!」
と。
僕の首に腕を回して抱きつく。
よし、これで何とか。
「じゃねえよ!」
思わず叫ぶ。
「この状況をどうにかして欲しかったのに何故にそうする!?」
「ご、ごめんなさい!てっきり、私も混ざっていいのかと思ってしまって……」
「いやいや、普通そんな考えに至らないから!なんでそう考えちゃったの!?」
「えーっと、いやあの……」
麻技亜は再び混乱モードに突入。
「はぁ…」
何度目か分からないため息が出る。一体なにをしたら、こんな状況になるのだ。
「ま、麻技亜ちゃん!?」
そして両腕に掴まっている二人が驚きの声を上げる。まあ当然だろう。僕も正直、理由が全く分からない。しかし、本人は何故か離れようとしないのだ。
わけの分からぬまま、そこから数秒経って。
「あ、あの」
麻技亜は顔を隠しつつ、小さな声で言った。
「もう少し、このままでいてもいいですか?」
僕周辺の空気が固まった。
ただひたすらの沈黙が流れた。
「うわぁ」
背中のほうから、おそらく恵の友達と思われる女子の声が聞こえた。
「まさに、両手に花ってやつですね」
「そうじゃないから助けて!?」
それで結局のところ。
そこにいた僕を含めた5人で昼食を食べることになって、どこがいいかという話になって、すぐに屋上と決まった。
その過程で、なんとか絵須羽と恵をなだめる事ができて、特に弊害も無く屋上に来れたわけだが、再び二人の間に何が起きるか分からない。
まあそんなこと気にしていたらせっかくの昼食が楽しめなくなる。この時ぐらいは2人とも楽しくやって欲しいものだ。
「さて、だいぶ時間経っちゃったけど」
目の前には自分の弁当と、それとは比べ物にならないご馳走が並んでいる。非日常感満載だが、食べないわけにはいかない。
皆が手を合わせて、
「いただきます」
僕の中学初の、屋上かつ数人で一緒に過ごす昼休みだ。
――同日。放課後の教室。――
「手押ー!」
帰る支度をする僕を彼女が呼んだ。
「途中まで一緒に帰ろ?」
「いいけど、少し待っててもらっていいか?」
「どうしたの?」
どこか少し心配そうな顔で覗き込んできた。
「ちょっとね。新校舎のほうにいる先生に用があって、そっちに寄ってかないといけないんだ。まあ大したことじゃないから、昇降口で待っててくれないか?」
「わかった。でもどれくらい掛かりそう?」
「そうだな………まあ10分も20分も掛からないと思うけど」
僕はなんとなく新校舎のほうを見た。
(あの先生、性格がだいぶ独特で変に話がこじれたりするからな……)
と考える僕をよそに、絵須羽は荷物を背負って、
「じゃあ、その辺で適当に時間潰してるね」
と言って、教室から出てゆく。僕はできるだけ時間を掛けないように、急いで教科書類をバッグに詰め込み教室を後にした。
「ふう。なんとか1日が終わったか」
廊下を歩きながら、今日あったことを思い浮かべていく。
「なんか、月曜日から僕にとってハプニングの連続だったような………」
昼は騒然としたものだが、料理が美味しかったのでもはや気にはならない。そして何より、麻技亜が学校に来てくれたことが大きい。昨日のあの一件で、本当に変わってくれたのだ。ご馳走を食べれたのも、全てはそんな麻技亜のおかげだ。
「無事、立ち直ってくれたんだな。正直、驚きしかないけど」
お出かけ中の彼女は、とても楽しそうでありながら、言われてみればどこかよそよそしかったんじゃないかと感じる。ただ今日を通して、それらは綺麗に無くなっているように思えた。
「でもなんかいろいろやらかしそうなんだよなぁ……まあそこはどうにかカバーしてやろう」
階段を降りて、廊下の奥へ。そこから外の通路を使って新校舎へとわたる。通路は敷地内を移動する車が横切れるように、壁が一部なくなっている。校舎周りをランニングする運動部数人が目の前を通過。左手のほうから、今日も元気に活動中のテニス部の掛け声が響く。
「急がないとな」
今更ながら早足に切り替えて、新校舎に入る。一階の奥、暗くなりつつある廊下を進んでもうひとつの職員室のドアを開けた。
「失礼します。3年3組手押です。この書類についての…………」
「やばいやばい。遅くなった」
僕は駆け足で、昇降口に向かっている。
先生は予想とは違って話はスムーズにいったのだが、疑問点をいくつか聞いたらその説明が長くて、やたら時間が掛かってしまった。時計が今近くにないから分からないが、おそらく10分以上は経っているだろう。絵須羽には結果的に間違ったことを言ってしまった。なんと謝ればいいのだろうか。
「待っててくれるかな………」
こんな単純なことで怒ったりはしないだろうが、迷惑を掛けてしまったことには違いない。どちらにせよ、急いだほうがいい。
行きの半分の時間で昇降口までたどり着き、靴を履き替える。そして勢いよく外に飛び出た。
「はぁ、はぁ、絵須羽ー!」
僕は大声で呼んだ。しかし正面の校庭では様々な運動部が活動しているためか、僕の声がかき消されてしまい遠くまで伝わらない。やっぱり、待っててくれなかったのかと心配になり、あたりを必死で見回す。すると、校庭に作られている松林のところのベンチで、本を読んでいる姿を見つけた。
「よかった……!」
一気に安堵の気持ちが押し寄せる。絵須羽は本に夢中で時間を忘れているのかと思いつつも、ちゃんと謝っとこうと思った。
そして、ちょうど彼女も読み終わったのか、本を閉じてこちらに視線を向けた。それと同時に僕に気付き、本をバッグにしまってこちらに駆けてくる。
「おーい!遅かったじゃん!」
どうやら時間が掛かってしまったことは分かっていたが、怒っているようではないらしい。僕は手を振りながら、
「ごめんよ!でも待っててくれてありがとー!」
「大丈夫だよ!」
走る絵須羽は、どこか楽しそうでもあった。何がいいんだか、などと心で微笑みながら到着を待った。
今日も一日、いろんなことがあったな。そんな話をしようかなと考えていた。
が。
実に、僕の数歩手前に彼女が踏み込む直前だった。
ちょうど走る未来位置の地面に、直径3メートルほどの魔法陣が展開。直後に踏み入れたことにより発動。
発光。
爆発。
これらがほんの数秒の間に起き、何があったのか理解するよりも前に、爆風で飛ばされる彼女の姿が見えた。
「……な……え……?」
僕はその間何もできなかった。
彼女は下から突き上げるような爆発だったためか、数メートル上まで飛んだ。現実感の沸かない光景で思考がまともに働かないが、本能的に体が動き、落下してきた体をどうにかキャッチする。
「うっ!?」
落下してきた勢いが地味に大きいが、重いとか軽いとかそんなことを気にしている場合ではない。横に寝かせるような形で体を支え、意識を確認する。
「お、おい!しっかりしろ!」
体のほうはそこまで損傷が大きくはなさそうだが、中がどうなってるかは分からない。骨折程度ならまだしも、内臓にダメージが入っている場合はすぐにでも病院に運ばないといけなくなる。そして何より、絵須羽は気を失ってぐったりしていた。
「一体、何があったってんだよ!?」
振り返れば、アスファルトの地面が真っ黒に焦げていた。ところどころ火がまだ残っていて、小規模とはいえここで何があったのかを物語っていた。
魔法陣、爆発。この要素はつい先日に見たばっかりである。
「間違いない...あの日と同じじゃないか!」
今回は規模が小さくて幸いだったかもしれない。しかし、だからと言って良いわけではない。あの日と同じ惨状が、今目の前で起きている。
「くっ………!」
僕は歯軋りした。
警戒はできたはずだ。そもそも、麻技亜に会いに行く時点で既にそれに関しての話をしていた。それにも関わらず学校に犯人がいるかもしれないのに、麻技亜が来てくれた事に浮かれてしまって忘れていたのだ。
「なんで、なんでこうなったんだよ!」
そして爆発の轟音を聞きつけ、辺りが騒然とする。放課後の学校には全く持って似合わない静寂が広がり、誰もがこちらを見ながら立ち尽くしている。
せっかく普段どおりの生活に戻れたのに、ここに来て再び巻き込まれてしまった。犯人は今も全く分からない。だがある程度は防げたはずのこの災難を、どうして見落としていたのか。
「ああ、そうか」
僕は意識の戻らない絵須羽を見ながら、
「何もかも僕がいけなかったんだ。あんなことがあったにも関わらず、何にもできなかったこの僕が」
ほんの一瞬の油断。それはまさに、あの日の失敗と同じである。そんな単純なことで、再び大切な人を失おうとしている。
「ごめんよ………」
今更公開しても遅い。だが、今はこんな程度のことしか言えない。
「僕のせいだ。こんな、こんな………」
最後の一言を発する直前、
「だめな人間だから、だろ」
突然、後ろから声がした。
「誰だ?」
僕は振り返って、声の主を確認する。
クラスでよく見たことのある顔が、こちらを見下ろしていた。
「お前は………流畠か?」
「そうだが何か?」
何を当たり前のことを、といった感じで返してくる。彼はこんな状況なのに、やたら落ち着いているように見えた。
「何故ここに来た?あの爆発が分からないのか?危ないから早く離れろ!」
1回小さな爆発を起こして人を集め、2回目の爆発で大人数を巻き込むというテロの方法を聞いたことがある。そもそも異能の力では何が起きるか分からない。自分達は無理でも、せめて周りの人だけでも、と思って流畠に警告する。
「また爆発が起きるかもしれない!もしかしたらあの日の爆発は僕を狙っていたかもしれないんだ!だから早く!」
僕は手でジェスチャーしたが、何故か彼は動じず、
「ああ、そうかもな」
そう言いながら、かつて魔法陣があった場所を眺めて、
「確かに、あの爆発は手押を狙ったものだよ」
「は?」
一瞬、何を言っているのかを理解できなかった。そして僕が次に何かを言おうおする前に、流畠は右手を僕の方に向けた。
「まあ、こういうことだ」
正面の空中で円を描くように1回腕をくるんと回した。
「ん?どういう……」
僕が言いかけると。
ボン!と。
目の前が、紅蓮の炎に包まれる。
「……………っ!」
気付いたときには、自分と絵須羽の体は数メートル後方に飛ばされていた。理解が追いつかないが、何とか彼女を庇って着地する。
「ぐぁっ!」
背中から思いっきり叩きつけられ、そのまま数メートル転がる。アスファルトの上を転がればどうなるかは想像できるが、そんな事は気にもならなかった。それよりも、何が起きたのかを必死で理解しようとするが、いかんせんまともに思考が働かない。
「くっ………!」
僕は全身に激痛を伴う中何とか立ち上がって、先ほどまで目の前にいたその人物に視線を向ける。
「何を………しやがったんだ」
すると衝撃の光景が目に入る。
伸ばされた流畠の右手が描いた軌道。ちょうどその位置に、魔法陣が展開されていたのだ。
「な………っ!?」
「ようやく理解したか」
そして腕を下ろすと同時に魔法陣が消える。
「まあ、さすがにここまですれば気付くだろうとは思ったが………少々威力が低すぎただろうか」
目の前でこんなことをしておきながら、いまだ平然とした顔で立っている流畠。何が目的なのかは分からないが、ひとつだけ確定したことがある。
「お前………」
見たことのある魔法陣、そしてそれによって引き起こされる爆発。
「魔術師だったのか。それにあの事件の犯人も、お前だったのか!」
「そうだ。まあ、あの事件に関しては利用させてもらっただけなんだけどな」
ふと教室での会話を思い出す。たしかに流畠はやたら魔術に関して詳しくしゃべっていた。それだけ見れば、まだ彼が魔術師であるかどうかは分からないだろう。異能の力なんて、誰ももあるとは思わないだろうし、漫画の知識かネットで調べた程度の情報を言っているだけかと思った。しかし実際は、自分の持っている魔術師としての知識を言っていたのだ。
しかし、何故僕を攻撃したのか。はっきりとは断言できないが、ひとつだけ心当たりがある。
「……じゃあ何故あの日僕を狙った。わざわざ事件に便乗して魔法陣を発動させた理由はなんだ」
「ああ?そんなのも分からないのか。本当は自分でも心当たりがあるんじゃないのか?」
あえて僕に言わせるためか、挑発的な言い方をする流畠。だが僕には答えるほか選択肢は無い。
「あれか、事件を僕が解決したことか。でもあれはするべきだと思ってやっただけだ」
ここで僕は彼が首を縦に振ると思った。だが予想に反して、
「ちげえよ。確かにあの時は悔しかったが、あれは俺の考えが至らなかっただけだ。俺が気に食わねえのはそこじゃねえ」
「じゃあ何だってんだ。それ以外に僕はお前に何かした覚えはないぞ」
あの事件を解決して他に何をした。
業者の人に言ったことか?それとも、魔法陣に入ったことか?
関連はありそうだが、いまいち確信を得られるものが無い。なら何だ。僕が狙われるようなことって………。
普段の行動からして、まず他人とは関わりを持っていなかった。精々、あの事件程度だが、それは違うらしい。関わりがないのに、何故狙われなければならないのだ。
いや、待て。
僕はその日、自分ひとりで行動していた。これだけなら確かに理由は無い。しかし僕は一人のつもりだったが、もしかしたら周りから見たら何かが違って見えたかもしれない。その時の僕は一人ぼっちだったが、近くに誰かがいたらそれは一緒に行動していると見えるかもしれない。気付いていなかったが、それだけで気に食わない人だっているだろう。
(ということは…………)
「ようやくお気づきか」
僕の思考を察したように、大きなため息をつく。
「ああ」
食堂での一件も、魔法陣に入ったことも、そして本を貸していたことも。気にも留めていなかったが、実際には結構な時間を一緒にしていた。
絵須羽由美と。
食堂でのあれは僕にとって面倒ごとだったが、傍から見れば楽しそうにしていたように見えたかもしれない。気付かない間に、周りに不快な思いをさせていたのだろう。
「俺はてめえが気に入らねえ。何で今までボッチだったやつが、いきなり絵須羽なんかと仲良くしてるんだ!てめえは何もしてないのに、何故だ!」
離れていても分かる、憎悪の感情。彼の言っていることは分からなくもない。僕は確かにボッチだった。クラスメイトはおろか、隣の席の人ともほとんど会話したこと無い。そんなやつが、自分の憧れの人に話しかけられて仲良くしていたら、誰だってそうなる。その2人の関係に、何か大きな意味があるなら多少は許せるだろう。だが全く理由がない。分からない状況でいきなり仲良くし出したら、間違いなくおかしいと思う。
やがてそれは、相手への憎悪の感情に変わる。憧れの感情の大きさに比例して、その感情も大きくなってゆく。
つまるところ。
(嫉妬か。そんな単純な理由で……)
実際、感情と言うのは非常に複雑であるが、大きくまとめてしまえばこんなものだろう。彼が絵須羽にどんな感情を抱いているか分からない。だからこそ僕も気付けなかったのだろうし、ここまで大きくなったのかもしれない。
「俺のほうがクラスメイトとしての付き合いは長いし、会話した時間も多い。なのに、絵須羽はてめえに自分から楽しそうに近づいていった。わけわかんねえ。何で何もしてないやつのほうが、俺より気を引くんだよ」
言い返そうとして、言葉が詰まる。
いや、僕だって分からない。何でいきなり話しかけてきて、本を貸すことになったのか。好きだって言ってくれたのは嬉しかったけど、きっかけとなった5年前のことすら覚えてない。
こんなことを言ったら、彼はさらに逆上するかもしれない。だからなんとかここを穏やかに抑えたいものだと考えたが、今の状況から。そして僕自身そうできる自信は無い。
なぜなら。
「ああ、確かにそうかもな。僕達の関係を見ていて、不快に思ったかもしれない。いきなり仲良くしだして、気に入らなかったかもしれない。だけどさ」
僕がいくら不快に思われようと、別に構わない。もちろん、その憎悪が自分に向いて、殴られようと構わない。
だけど。
「それが絵須羽を狙う理由にはならないだろ!僕に向けた嫌悪を、どうして彼女に向けるんだよ!」
と、ここまで言っといてからなんとなくその理由を察した。
「単純だよ」
流畠ははき捨てるように、
「てめえに渡すくらいなら、最初から無かったことにしちまえばいい。もっとも、あの日はお前だけ飛ばせればいいと思ったんだが、冷静に考えてそのまま2人ともまとめてやるほうがいい。どうせ、絵須羽だけが残っても俺のほうを向いてくれることはないだろうってな」
何が冷静だ。そんな考えに至ること自体おかしすぎる。
「だが何故かあの日は失敗した。爆発の威力も十分だったはずなのに。だから今度は絵須羽を狙ったんだ。ちょうどお前の目の前で吹き飛ばされるようにな。これで何もかも無かったことにできたし、お前に対しても復讐することができたわけだ」
そして彼は鼻で笑った。まるで彼のシナリオどおり、貶められた僕をあざ笑うかのように。
だがそんな事は気にもならなかった。それより、彼に対しての怒りが徐々に大きくなっていく。
そんな単純な理由で、絵須羽を傷つけたのか。恋は盲目とはよく言うが、一時の衝動でここまでやる神経が僕には分からない。その矛先が僕に向いたのはまだいい。ただそれが、無かったことにすると言う目的で彼女に向けられるのは絶対に許せない。
「ふざけんなよ」
「あ?」
「お前の目的のために、他人を傷つけていいわけがないだろ!」
しかし流畠は呆れた表情をして、
「何言ってんだ。これは全部てめえのせいだよ。てめえの行動が全部今の結果なんだよ」
それに対して反論はできない。だがやり方に関しては別問題だ。
「そうかもしれない。けど、だからと言って魔術まで使ってやることなのか!?そんな一時的な感情だけで、人を吹き飛ばしてもいいってのかよ!」
そこまでして、相手を貶めたいと言うのか。そんな、学校生活のほんの一部分でしかないことで。
「一時的な感情?そんなわけねえだろ!」
流畠先ほどと同じような動作でこちらに腕を伸ばす。僕は咄嗟に絵須羽を抱えて横に飛んだ。
「うわっ!?」
直後に、先ほどまでいた場所が焼き払われた。肌が熱線を感じ取り、恐怖を与えてくる。
「てめえは何も分かってねえ。俺がどれだけ長い間絵須羽のことを考えていたのかをな。まあ、そいつとの付き合いも数日だし、分かるわけねえか」
彼が再び鼻で笑った。まるで僕がしょうもない相手だとあざ笑うかのように。
「その癖にてめえは何もできてねえだろ。それこそ、あの事件解決だって偶然さ。彼女一人助けられないやつに、どうして絵須羽は惹かれたんだか」
そして僕を指差し、
「何かしたわけでもねえ、でも何もできねえ。そんなてめえが俺は気に入らねえんだ。だから狙ったんだよ。こんなやつ相手に絵須羽がとられる位なら全部無かったことにしたほうがましだしな」
その一言一言が胸に刺さる。
ああ、そう言われればそうだ。
僕は1人では何もできない。
流畠の言うとおり、あの事件解決だってたまたまファクターに気付けたからできたのだ。そしてその後の真犯人探しだって、絵須羽がいなければやろうともしなかった。ましてや、麻技亜を救い出すことも。さらに言えば、絵須羽がいなければ僕はずっとボッチのままだった。人の優しさを知ることも無かった。そんな誰かの力を借りなければ行動ひとつすら起こせない自分がいる。
ただ、それに関しては全てが正しいわけではない。
これはあくまで、彼が見ていた範囲での話だ。
さっきも言ったが、僕から見た自分の行動と他人から見た行動は全くもって違うように見える。確かに彼の見た範囲では僕は何もできないボッチ人間なのだろう。
しかし、人を好きになるのもまた個人の視点からの話だ。
見た目はボッチでも、その人にとっては他の面も含めて好きになったのかもしれない。他の人が見ていない、内側を知って好きになったのかもしれない。こればかりは、本人でないと分からない部分だ。
絵須羽も、僕では気付けない彼女にとっていいと思った部分を知って好きになったのだろう。ましてや、例の5年前の事件。僕は覚えてなくとも、彼女は覚えている。その頃から、何らかの惹かれる理由があった。それこそ、流畠の知らない部分だ。一度気になってしまうと、どうしてもその人しか見えなくなり、嫉妬の対象のいい部分を見ぬふり、あるいは無かったことにしたくなる。いや、してしまうのだ。だから彼には僕がただのボッチ人間にしか見えない。
僕は改めて流畠のほうを見て、
「ああ、お前の言う通り僕は駄目な人間さ」
体中が痛むが、それをなるべく意識の外に追いやって、
「1人じゃ何もできない。彼女も助けられない。ましてや、事件を解決なんてできるはずが無い。自分でも、その自覚は十分あるよ」
情けないことだが、全て事実。ただそれと同時に、彼自身が気付いてないことがある。
それはというと。
「でもお前、絵須羽の全てを知っているのか?」
「は?」
「だから全てだよ。今までの行動、表情、言葉。全てを知った上で、彼女の行動がおかしいって言えるのか?逆にもしお前に惹かれていたとして、それがおかしくないって言えるのか?」
目の前の理不尽さに対して、言い逃れをしたくなる。ただそれは、あくまで自分の主観によるものだ。
「それにお前はどうなんだ?お前自身、何かしたのか?相手が気に入らないからって、こんなことして気を紛らわせるぐらいしかできないやつなのか?」
「な………っ!?」
今までの僕を蔑むような表情が一変する。
「絵須羽が何を思って僕を好きになったのか、僕でもまだはっきり分からない。でもそれは彼女自身で決めたことだ。その結果しか見ずに感情を暴発させるやつに、果たして彼女は惹かれたと思うか?よく考えてみろ。気持ちがどうのこうので、それを本人にぶつけて何になるってんだよ。本末転倒じゃないか!」
嫉妬のあまり、暴れたくなるのも分かる。ありえないと思って、否定したくなるのも分かる。だがそれらを間違った方向に行動に起こして、他人を貶めていいわけがない。
「それに、人の思ってることに対して文句を言う筋合いもないと思うぞ。それが間違った方向に進んでるなら直してあげるべきだ。だが、自分が気に入らないからってそれを否定するのは間違ってる!」
「く………っ!」
痛いところを突かれたのか、彼は悔しげな表情を浮かべる。やっと自分が間違ってることに気がついたのか。それでも、今の彼が止まるとは思えない。
案の定、彼は舌打ちしただけでまた表情が戻った。相変わらずの余裕な態度で笑いながら、
「ふん、まあいい。それが正しかろうがなんだろうが、好きに言えばいいさ」
完全に開き直ってしまったようだ。これで多少は落ち着いてくれるかと思ったが、それ以上に何かいやな予感がした。
「別にもう好きだとかどうでもいいんだ。それよりも俺は、てめえが気に入らねえ。ただそれだけなんだよ!」
流畠はゆっくりと腕をこちらに向け、
「だからこれで終わりだ。最初は絵須羽だけにするつもりだったが、どうせならてめえも一緒に終わらせてやるよ」
「おい!ちょっと待て………!」
僕の声は届かなかった。
彼は腕を空中で複雑に動かしながら、何か呪文のようなものを唱えた。その間僅か3秒。あの日見たような形ではなく、明らかに本格的な魔法陣が空中に展開される。
そして発光。体は怪我だらけでまともに動かない上に、間合いは約数メートルしかないため逃れることはほぼ不可能だ。
そして僕はまたしても、次に起こるであろう何かをただ待つしかできなかった。
最後に、今も目を覚まさない彼女の姿がかろうじて視界に入る。
「ごめんよ」
もはやそれしか言えなかった。
直後に爆発。
轟音。
熱線。
もう、助からない。
紅蓮の炎が、まるで生き物のように形を変えながら迫る。
終わりだ。
秒数を数える暇も無く灼熱の地獄が僕達を飲み込む。
その直前に。
ズバっと。
黄緑色の閃光が、炎をなぎ払う。
「え?」
一体何が起きたのかを必死で理解しようとする。確かに自分は、あそこで死んだはずではなかったのか。
そして思考が停止中の僕に、聞きなれた声が届く。
「どうやら間に合ったみたいですね。手押さん」
嫉妬という感情がどんなものなのか。自分自身あまり体験したことはありません。こんなものなのかと想像で書き、その上に異能の力を加えて大きくしてみましたがどうだったでしょうか。(正直、中身がめちゃくちゃになってしまった)この回も、最初期原案には無くて、次の土日で都心にお出かけするという話でした。それも後々書いていくのでお楽しみに。なんだかんだ言って、今回が初めてのラブコメ回だったりします。さあ、この後手押と流畠はどうなる。