Mission7「人であった者」
仲間を3名失った。チームとしては、とても大きな損傷。幾千連勝の鬼という二つ名で呼ばれてこのザマ、名前負けもいいところだ。守りたいものさえ守れずに戦に勝って何とする?犠牲の上に成り立つ勝利、幾度も見てきたことだ、やってきたことだ、だが、それを繰り返して本当の勝利と呼べるのか。いくら考えようと所詮は自問自答で終わる。軍人ならば心を捨てよ、ただの殺戮兵器となれ、敵となるもの全てを殲滅する鬼となれ。分かっている、分かってはいる、だが、どうしても捨てきれない、人としての心を、人としての自分を。以前、Kに言った「殺戮マシーンにはなりたくない」と。自己満足だって理解してるよ、戦場とはそんな甘ったるい思考で生き抜けるほど簡単じゃないことくらい。ーーーだから、そんな目で俺を見ないでくれ。
「ねぇ、エラーが死んだって、本当なの?」
「…あぁ」
「…どうしてこんなに立て続けにみんな逝ってしまうの?私達が何をしたというの!?ただ生きる為に戦っているだけで何故みんなが死ななければならないの!?」
彼女も心では分かっている、だが、身近な者の死を受け入れきれない。周りの人達も次々と減っていき、更にはこのチームまでも今ではたった2名、彼女にはとても辛いだろう。
「…それが戦場だよ、創作物のように死人が生き返る事も無ければ、主人公補正なんて素敵な物も有りはしない。でも、戦わなければ生きてはいけない、生き残れない。化物に蹂躙され、終わる。そうならない為に、俺が終わらせる」
「何処に行くの?」
「エラーと調査した場所にはこれまでにない数のアグリーが存在していた。なら、その周辺、もしくは数キロ離れた場所に奴等の巣があるはずだ。それを今から潰しにいく、巣さえ潰してしまえば後は消耗戦だ」
「待って!」
機体へと向かう俺の背中にクルードが抱き、言葉を続ける…「行かないで」と。
「1人で行く気なんでしょ?無茶よ、奴等の巣には一体どれほどいるか分からないのに…死にに行くようなものよ!」
「さっきも言っただろう?巣さえ潰してしまえば後は消耗戦、戦える者は少ないが、それでも何万と来ようがねじ伏せることが出来るほどの設備がここにはある。君はその1人としてここで戦うんだ」
「嫌よ!私も連れて行って!もう誰も死ぬとこなんて見たくないの!」
"死ぬ"という単語を聞いて自然と手に力が入る。
「これは命令だクルード!例え俺が死のうとも君達にはその屍を乗り越えて生きなければならない!人類の為に、未来の為に!」
抱きつくクルードの腕を振りほどき、そのまま自分の棺桶へと歩いて行く。背後でクルードが泣く声がする、それでも俺は行かなければならない。多を救う為に少が犠牲となり、それで全てが終わるならば俺は喜んで生贄となろう。人を捨てる、それが今だ。俺の機体はネフィリム級ではあるが、俺専用機であり、通常のネフィリム級に比べ少し大きい。そのため装備出来る物もかなり多い。速度を犠牲に、装備出来るだけ装備させ、俺はあの場所へと向かった。
「エラー…」
エラーが自爆したであろう場所は、地面が大きく抉れ、その凄まじさを物語っていた。
「君の仇は必ず俺が討つ。なに、無駄死にするつもりはないさ、奴等の巣だけではなく、少しでも多くの化物を始末する、そのための重装備だ」
こうしている間にもナイトとビショップが湯水のように湧いてくる。この場所の近くに巣があるということを奴等自身が証明している。
「悪いが君らに構ってる暇はないんだ、道を開けてくれ。ーーーでなければ殺す」
腰に取り付けたグロムサブマシンガンを両手に持ち、アグリー共に乱射しながら無理矢理道をこじ開ける。そして、奴等がやってくる方へと進んで行く。近付くたびに奴等の数が増し、進むのが困難になってゆく。
「チッ、弾が切れたか」
2丁のグロムサブマシンガンをアグリーに投げつけ、バックパックサイドから二丁のグロムショットガンを取り出し放つ。
「次から次へと…ッ!邪魔なんだよ化物がぁ!」
弾薬が尽きれば投げ捨て、次の武器を取り出す。何百、何万と果てしない数のアグリーを消し去った。それでもまだ沸き続ける。持ってきた装備のほとんどを使いきり、グロムギガントキャノンの弾も尽き、パージする。
「残りの武装は、グロムバスターソード、グロムロケットランチャー2発、デッドパルス。あとは温存しておいたグラビティアル・パニッシャー、か」
その頃になると辺りにはアグリーの死骸が散乱していた。今はまだ出てこないが、きっとまだ残りがいる。これだけ武装を消費してもまだ奴等は沸いてくるはず。嫌でも気が遠くなってくる。その時、槍に似た何かが2本飛んできた。それを躱し、飛んできた方を見るとそこには初めて見るアグリーが立っていた。ケンタウロスの様な姿のアグリー、自身の体から槍を生成し、手に掴んでいる。大きさから見てルークだろうと思われる。そのアグリーはこちらをしばらく凝視したあと、言葉を発した。
「流石は幾千連勝の鬼、あれだけの数を相手にして疲労すらしていない、そのうえ、死角からの攻撃も避けてみせる、アンタの方こそ化物なんじゃないのか?」
この声には聞き覚えがあった。数週間前にアグリーによって連れ去られた彼の声だ。
「…K、なのか?」
「俺にコードネームなんてない、人間じゃないんでな」
Kが両手の槍をこちらへと投げつけ、また新たに槍を生成し、突進してくる。
「ぐっ…!浅禍…圭ッッ!本当に君なのか!?」
「俺をその名で呼ぶな!俺は人間ではないと言った!」
攻撃をなんとか躱すが、徐々に槍の突く速度が上がってゆく。そしてさばききれなくなった瞬間を狙われ、薙ぎ払われる。体勢を立て直す前にとKは2本の槍を投げつける。俺は大剣を地面に突き立て、鎬を向け、槍を弾いた。だが、その隙をKが見逃すはずがない、すかさず槍を生成し、襲いかかってくる。大剣を引き抜き、槍を弾きながら俺は問いを投げかけた。
「何故だ!?何故君がそちら側に居る!?」
「何故?何故だと?俺が生きるためだッッ!」
「人であることを辞めてまでか!?」
「あぁそうだ、俺は生きる為に人であることを辞めた!あのまま人として生きていれば俺はどちらにせよ死ぬしか道はなかったからな!」
「人を殺してまで…生きる意味があるのか!?」
「人を人と認識しなくなるほど殺してきたアンタがそれを言うのか!」
「くっ…!なら聞かせろ!何のために人を殺す!?理由がないとは言わせんぞ!」
「俺の知ったことか!俺は俺さえ生きていればいい、お前らが生きていようが死んでいようが俺には関係のないことだ!お前らが襲ってくるから俺は殺しているにすぎん!」
「先に襲って来たのはそっちの方だろう!」
「アンタは何も分かっちゃいない!今の俺には分かる、アグリーが何故生まれ、何故人を襲うのかが!アンタも理由を知れば人を守ることなんて馬鹿馬鹿しくなるさ!」
「適当なことを!!」
槍を何度弾いてもすぐに変わりが作られる。だが、その一瞬が勝負の決め手となった。2本の槍を同時に弾かれたKは槍の生成をしようとしたその時、大剣を胸に深く突き刺した。
「がっ…!?」
「これでおしまいだ、K」
「…終わり…だと?笑わせるな!」
Kは機体の腕部を掴み叫ぶ。
「終わらないさ、これはお前らの業だ。それが消えない限り終わることなんてあり得ない!何度でも、何度でも、何度でも!!例え俺達が1体残らず消し去られたとしても必ずまた現れる!不死身なんてもんじゃない、これはそういう生温いものじゃないんだよ…ガハッ…!」
Kは白い血を吐き出し、前脚を折り、地面に跪いた。
「ちくしょう…結局これかよ…ははっ、死からは逃れられないってことか…あぁ、本当に最悪だ」
その言葉を最後に機体の腕部を掴んでいた手が脱力し、動かなくなった。
「…K」
ただひたすらに生に執着した彼は"生きる"という目的の為に人を捨てた。誰よりも生きることを渇望した彼は今、静かにその生涯を終えた。
Mission8「人であった者」