幕間①~ニャルラトホテプの世界~
それは永遠に続くような虚無の世界。
全ての色が混ざったような不純な漆黒で塗りつぶされているその空間は、全てが曖昧で漠然としている。
前後左右の方向も上下の感覚も無意味で、ただの人間が迷い混んだなら1分ともたず気が狂うだろう。
ニャルラトホテプが存在する神域はそんな世界だった。
幼児が粘土で捏ねたような人型は世界と同じく漆黒だが、そこには色気にも似た艶があった。
顔に当たる場所には何もなく、しかし時折人の口に該当する部分に切れ目が生まれる。
そんな姿をしたニャルラトホテプは、まるで怠惰な人間のように宙に寝そべり、よく分からない黒い袋のようなものからよく分からない黒いスナック菓子のようなものを取り出し、顔にある切れ目の中へ放り込む。
顔の前面に当たるであろう部分の先には、この世界にはあまりにも異質な『窓』のようなものがある。
その窓の中には別の世界の映像が映し出されていた。
非常に小さな世界で、ただの人間であっても10分もあれば一周できてしまうような、そんな世界。
その中にいる唯一の存在が、ニャルラトホテプが今一番関心を持っているものだった。
「……」
世界を創れっつって、嬉々として欲望の限りを尽くしたような世界を瞬く間に創ってったバカはたくさんいたし、生真面目に世界のバランスを考えながら、慎重にゆっくり世界を創ってった小利口な奴もいたが、世界創造を放置して引きこもる奴はそういなかったなぁ。
しかも、ゲームみたいなスキル習得機能をシステムの中に付けてやったのに、わざわざ時間を掛けて自力で訓練始めたりするなんてな。
システムを使えば、そんなもん何の苦労もなく、1週間ぐらいでほぼ同じぐらいになれるんだぜ?バカなの?何なの?
……まぁ、完全に意味がないかっていやぁ、ない訳じゃねぇ。
本人は気づいてないだろうが、神人の域を半歩はみ出してやがるし。
つーか、そんな裏技があったとは思わなかったよな。やれやれ。
ニャルラトホテプは腕組みして考える。
このまま放置してもいいっちゃあいいが、見ててつまんねぇんだよな。
あいつに電話して「さっさと世界作創れ」って催促してもいいけどよ、どうしたもんか。
『窓』には10代後半ぐらい見える男が、晴れやかな表情で遊んでいる様子が映し出されている。
遊ぶといっても、人間が行う常識的な遊びではない。
時に派手な魔術を撒き散らし、時に音速もかくやという速度で大地を駆け、空を駆け、飛翔する。
半日ほど動き回って疲れたのか、その場で寝転がり2日ほど惰眠を貪る。
起きたらまた魔術を撒き散らし、といった具合だ。
これが人間界なら、相当の自然破壊になっているが、不壊属性である秩序で創られた神域には全く問題にならない。
最近ではせっかく用意した自室も滅多に使わなくなってしまった。
俺がしてやった準備を無駄にしやがって。
ニャルラトホテプは何のストレスのない純度100%の笑顔を浮かべる男に対し、少しだけイラッとした。
そうだな。
少しムカつくし、イタズラでもしてやろうか?
そう考えると、少しだけ気分が晴れる。
何にすっかな?あいつが一番嫌がることが良いんだけどな。
ニャルラトホテプが考え込んでいる最中、ふと遠くで力が流れていく予兆を感じた。
ん?
これは……、ああ、あれか。世界から世界へ流れるエネルギーはあれだな。
ニャルラトホテプは良いことを思い付いたかのようにニヤリと笑った。
クックック。いいこと思い付いたぜ。
あいつ、マジでビックリするだろうなぁ。
少しは俺を楽しませてくれよ?
ニャルラトホテプは、神々の中でも最上の位にしか使えないほどの莫大なエネルギーを、惜しみなく悪戯のために使用して他世界への干渉を始めた。