俺の日本語が通じない
「私があなたを絶対に救ってみせる! ――だから、そんな寂しさを紛らわせる様な遊びはやめて?」
……え、なに? これ、どういう状況だよ? 誰か、ヘルプ……通訳はよ。
頭が混乱して上手くまとまらない。
と言うか、ここが教室で帰りのHRが終わったとは言え、まだ多くの生徒が残っている事を忘れてはいないか? 俺の周りも、あまりの事に此方を凝視しながら固まってらっしゃる。めっちゃ注目の的ジャマイカ……。
紳士として、斜め前に居る赤渕眼鏡の女の子に「可愛いが、少しアホっぽいから口を閉じた方がいいぞ」と注意してあげたい。
とりあえず、事の当事者である俺は事態の収拾をはかるべく、冷静にならねば……。
少し遡って、思案しよう。順を追って振り返れば、道は開かれるはず。
まず、俺の名前は『蓮見雪斗』。何故か、妹が熱心に遊んでいた乙女ゲーの世界で攻略対象のヤンチャ系のチャラ男……略して『ヤンチャラ』担当として転生していた。――って、ここまで遡る必要なかったな。
~~~
カラフルに装飾された自分の机を見て、ため息を一つ吐く。
ある意味、虐めの域に達していると言えるソレ……。真新しいのにも関わらず、友人に落書きをされ、異様な存在感を放っていた。
なるべく視界に入れない様に、机の脇に掛けられた鞄を取りその上へと乱雑に投げ置いた。
続いて、腕を捲り「よしっ」っと気合を入れて、机の中をガサゴソと漁りだす。
「んー。コレじゃなくて……」
赤丸だらけの解答用紙は、いつもの事だとスルー。暇すぎて、ルーズリーフいっぱいに描かれたとある教師の似顔絵……ガチムチの裸エプロン姿は、黒歴史になりそうなので即座にグシャっと丸めて見なかった事に。
出しては、戻すを繰り返すこと数十秒――……。
「お、あった。コレだコレ」
お目当ての、今日出た英語の課題であるプリントを机の中から取り出す。折れないようにクリアファイルに挟み、お菓子以外入っていないペチャンコ鞄の中へと突っ込んでおく。
そのまま入れ替わる様に、中から棒付き飴を一本取り出した。
「今日は、何味だ?」
味の種類が豊富なソレに、ワクワクしながら棒付き飴の包装紙を剥がしにかかる。
赤とクリーム色が半々になった姿が現われた瞬間、はやる気持ちが抑えきれなくなって、気づけばお口の中へインしていた。
――お、苺チーズ味じゃん。
自分の好きな味に当たり、気分は超上々。
前列側にあるドア付近のゴミ箱まで、包装紙を捨てに行くのが面倒でしばし手で弄っていると、チョンチョンっと肩をつつかれる。
何だとそちらへと顔を向ければ、明るめの茶髪で元気いっぱいの笑みを浮かべた女の子が視界に入った。
わざわざ取り出すのも億劫な為、棒付き飴をくわえたまま口を動かす。飴が邪魔して上手く喋れていないが、モゴモゴと「ちーチャン、なんか用?」と彼女に問い掛けると……。
「あのね、ユキ君! 今日ヒマなら、これから皆でどっか遊びに行かない?」
お誘いを受けた。
あまりにも元気が良すぎて『ちーチャン』の体は、だいぶ前のめり。
「行こうよ、ね。ね?」
俺の机に手をつき、上へと小さくジャンプしながら徐々に迫ってきていた。
小柄で、天真爛漫な彼女がやると様になり、大変可愛らしい動作として周りの目に映る。現に、俺の周りの赤黄緑の頭をしたアホ3人組……通称『信号機組』は、何故か母親面で微笑んでいたが……。
信号機組は後でぶん殴るとして、少々ここらで問題が生じている。
ちーチャンが小ジャンする度に、足の長さが合っていないのか、机がガタガタではなく、ガツンガツンと上下に揺れる。先程まで弄っていた飴の包装紙は、机の上から羽ばたいて何度も宙に浮いている程……。
最悪、机が壊れ彼女が怪我をしてしまう可能性もある。
信号機組はアホだから、この惨状に気づいていない。とりあえず、ちーチャンに落ち着いてもらう為に「わかったわかった」と言って、頭をポンポンしておく。
動きを止めた彼女は、「えへへ」と嬉しそうに笑う。ほんわかお花が背景に視えるその姿に癒される。自然と口角が上がるのが分かる。
――こういう所があるから、憎めないし怒りにくいんだよなぁ。
心の中で苦笑して、目の前の小動物の様な可愛さを持つ彼女を見つめる。
「ちーチャン、この前さ。かわいい雑貨屋さんに行きたいって言ってたっしょ?」
「うん」
急な問い掛けに、ちーチャンがキョトンとしながら頷く。
それに俺は「んじゃ――」と続け、こちらへと歩いてくる2人組を交え会話へ。
「つーことで、みんなで駅前行かね?」
「やったー! 行くー!! 可愛いのみたーい!!」
「さっすが、ゆっきー。ちぃの言ってた事、しっかり覚えてたんだ。それに、そこって確か……最近オープンしたばっかで行ったこと無かったはず」
「そりゃあ、学園の『イケメン8』の中でもズバ抜けて素敵な雪斗君ですもの。この程度の気づかいは出来て当たり前! アタシの雪斗君をナめないでくれますゥ?」
またジャンプされても困るので、嬉しそうに笑うちーチャンの頭をさりげなく抑え、撫でる様にして誤魔化す。
感心したようにちーチャンの隣に立つのは、彼女の親友である『ゆー子チャン』。金髪でギャルメイク、釣り上がった目と相まってパッと見ヤンキーっぽい。
気が強そうな見た目ではあるが、子供なちーチャンの相手をしている時は、普通の世話焼きな姉にしか見えなかったりする。
そして、俺の事を自分の事の様に嬉しそうに語り、若干ゆー子チャンに喧嘩を売っている彼……彼女は、ハチミツ色の緩く巻かれた髪の毛が印象的な美少女。
自称、エレガントガールの『さっチャン』。彼女の本名である「三郎」と呼ぶと、男限定で金的攻撃を喰らわすので要注意だ。
「「「オイ、三郎ォ! お前の雪斗じゃねーから!!」」」
「――ああ゛? その名前で呼ぶなって、このアタシに何回言わすのかしら? このアホトリオ」
さっチャンの野太く低い声が聞こえた……気が、しなくもない。
既に、さっチャンの足技が信号機組の股間へと華麗にヒット。仲良く床とお友達になっていた……。とりあえず、彼らから俺に伸ばされるヘルプの手に、爽やかな笑みを贈り背を向ける。
ちなみに、先程まで喧嘩腰で突っ掛かって来たさっチャンの態度は何時もの事。精神的にお姉さんなゆー子チャンは、気にせず信号機組に苦笑いで合掌。ちーチャンは、何が起きたのか分かっていない為、首を傾げている。
さっチャンは、愉しげに背中を反らして「雪斗君はアタシのなのよ!」と高笑いしていた。その女王様の様な態度が、妙に様になっており、少し笑う。「はいはい、分かったから」と彼女の背中を押して元の体勢に戻して、意識をコチラへと向けさせる。
そんな感じで、いつも通りのくだらないやりとりが行われる。
家族以外だと、このメンツで居る時が一番楽しい。
たぶん、この6人と繋がる運命だったんだと思う。世界の強制力なのか……「蓮見雪斗」ルートに入ると、信号機組とちーチャンら3人娘が主人公に対し、嫌がらせやら何やらで数回ほど登場していた気がする。
――あー、このままこんな毎日が続けばいいのに。
そう、思ってしまったのが間違いだった。後に、自らフラグを立ててしまっていた事に、俺は酷く後悔する……。
いざ皆で遊びに行こうと、立ち上がり行動に移そうとした時、日常を壊すトラブルの塊がやって来た。
ピンクのロングヘアーがサラサラと揺れる。
小走りで、俺の席まで駆け寄る愛らしい容姿の美少女。周りに居たちーチャン等を無理やり押しのけて、人差し指をピンと伸ばしこちらにむかって指差す。
そして、冒頭の台詞に戻るワケなのだが……。
如何せん、あの女の子の事を俺はゲーム上の知識として主人公だと知っているが、現実ではまだ会った事もない。初対面の人間に、行き成り救う宣言されても反応に困る。
俺はゲームの「蓮見雪斗(遊び人)」と違って、ヤンチャではあるかもしれないが、女の子を取って喰う様な過激なお遊びはしていない。健全な交流をさせてもらっている。それに、ゲームでもこんなイベントはなかったはず……。
――どうする、俺? 「いち、寂しくないアピ」「に、スルー」「さん、(信号機組を押し付け)逃げる」「よん、キミが救世主だったかと言ってノる」
4枚のカードが頭の中にフッと現れる。
自問自答するが、碌なカードが無い。
せっかく、順を追って振り返ってみたのに全然道が開かれない。俺の頭はハプニングに弱く、導き出される回答が雑過ぎてゴミ。いざと言う時に使えないヘッポコだった。
あかん、詰んでる――……。
「アナタ、何様なのかしら? 雪斗君に失礼だわ」
「そーそー。ゆぅこ達、みんなで普通に遊びに行くだけだし」
「よく分かんないけど、人に指差しちゃメッだよ?」
どうやら、神は俺を見捨てていなかった様だ。
頭の中でカード遊びをしてる間に、神様は俺に救世主と言う名の戦士達を遣わしてくれた。総じて、俺の周りの女の子は強らだ。
その場で固まる男共とは違い、状況判断が早く精神攻撃に秀でている。
――うっさいわね、取り巻き風情のモブが。
主人公は「何なの?」と言いた気な表情で、ちーチャン達へとチラッと視線を向けた。
何と言っているかは分からなかったが、彼女は俯き小さく何かを呟いた後、3人を無視して俺の方を向く。
「いいわ、また来るわ」
「あー、悪いけどさ。俺は今の生活で満足してるんだよね、楽しんでるし寂しくもない。だから――……」
主人公らしく明るく可愛い笑みを浮かべ、また来る宣言をしてくれた。
コレに俺は、今度こそはと思い、カード遊びはせずに自分の口で「来なくて大丈夫だ」と彼女に告げるが……。
「ううん、いいの。分かってる! あなたの事をちゃんと救ってみせるから、待っててね!!」
――え? え? 俺の言い方が悪かった? 全然分かってねーんだけど……。
声高々に変化球を返してくれた。
言葉のキャッチボールがうまく出来ない。何と言えば彼女は正しく俺の言葉を理解してくれるのか分からず、瞬きを数度しながら固まる。
その間に、彼女は言いたい事を言って満足したのか勝手に去って行った。全くもって台風の様な少女である。
一先ず慌しい状況は去ったと安心するも、どうやら要らぬ火種を残してしまった様だ。
「あら、やだ。二度と来なくて結構よ、電波ちゃん」
「は? 何言ってんの、あのキチガイ女」
「独りヒーローゴッコ? 演技がとっても上手いね」
俺の救世主達が、もう見えない背中にゆったりとした笑顔で辛辣な言葉を放っていた。
女の子が団結すると怖い。
いつもと変わらぬ表情と口調なのに空気だけが違う、何とも言えない女子特有の迫力があった。
「「「救ってみせるわ! ――……」」」
静まり返った教室を、信号機組が良い意味でブチ壊す。
三つ子かと思う程の息の合った、あの子のマネを披露してくれた。
その後、こちらを指差しながら爆笑し出す姿に腹立たしさを感じ、その指をへし折ってやろうかと思うも、俺は大人だ。我慢する。
代わりに、「お腹がイタイ」と体を前のめりにさせながらゲラゲラ笑っている彼らの背中を容赦なく蹴っておく。
「本当に素敵な蹴りさばき。いつ見ても惚れ惚れしますわ!!」
「――でた。ゆっきーの高速三連蹴り……」
「ユキ君、とっても楽しそうだね!!」
「「「雪斗ッー! なにすんだコラァー!!」」」」
顔面から床にダイブした彼らがキレだすが、俺はシレっとした顔で返す。
「唯でさえ猫背のお前らだ。これ以上背骨が曲がらないようにと、配慮してやったんだろ? 優しいこの俺に感謝しろよな」
ワーワーとうるさい信号機組を適当にあしらいながら、今後を思いそっと溜息を吐く。
――あの子、また来るって言ってたよな……。
***
【ちょっとした話:番外】
落書きのされたカラフル机は、後列周辺に集中して俺のを含め数個程存在している。
ちなみに油性ペンで描かれており、普通に水拭きしたくらいじゃ落ちない。加えて、何故かアホ共に巻き添えを喰らった善良な生徒である俺は、教職員達にきっちりマークされており、問題児として認識されている。
再度落描きする可能性を考えて、机は交換されずにそのまま。来客時など、外部の目に触れる機会がある時だけ、撤去されてピカピカの机が置かれている仕様だ。
マジで、「ちょっと待て……学校の備品に何てことしてんだ、どアホ」と、俺の前で暢気に笑う雁首揃えたアホ共にラリアットしそうになった。だが、俺の周りにはバカしかいないから仕方ない。許してくれ……俺には、アイツ等を止める事なんて出来ない。
代わりに、睡眠学習は得意だから勉強は任せてくれ。大学受験の為に猛勉強し、いざ試験当日って言う緊張感溢れる日に……、死因も分からず気づけば目出度く転生していた人生2週目の俺を舐めんな。
とりあえず、学校側から訴えられたら勝てる気がしない……。
まぁ、なんだ。机代くらい弁償はするし、それ以上でも金で解決できるならドンと来い。一応、良いとこの坊ちゃんなので問題ない。
とは言っても、自分の金では無いから、後で親には返すつもりだけどな。
つーか、家の権力をフル活用しない限り、学校に訴えられた際に勝つ見込みが無い理由が他にもある。
――外見が、校則違反の塊なんだよな……。
頭はカラーが入っており、脱色の施された色素の薄い銀髪。耳にはピアス、制服は改造……挙句、暇さえあれば棒付き飴をくわえている。
こんな見た目がチャラい悪ガキな俺では、どうしても信用性に欠ける印象を持たせてしまう。
言い訳をさせてもらうなら、外見云々は俺が故意にやり出したわけでもなく、どちらかと言うと、周りが要らぬ親切心でやった事。個々の気持ちが詰まった集合体が、コレなわけだ。
髪は寝てる間に、「友人記念」だとアホ共に勝手に染められ、黒に戻す切欠を掴めないだけだし……。ピアスは、耳に穴をあけていないのにプレゼントされ……困った末に、せっかくだからと開けて装着。
制服は、無駄に凝った加工を施され「こっちの方が似合ってる」と、親公認で母親とメイドさん達からキラキラした笑顔と共に渡された。
俺は反論も出来ず、ただ首を縦に振り「ありがと」とお礼を言う事しか出来なかった。
んで、飴に関しては俺の後輩クン達の忠誠心が無駄に高い所為。
気を利かせたつもりなのか、タバコを俺に差し出してきた。コレには、後輩に対し比較的優しい俺もカンカンだったね。
面倒ではあったが、法律的にも健康的にもアウトだと長い間お説教をし、「どアホ」と頭を軽く小突き突っぱねる。
それにより、どうにかタバコの選択肢が間違いである事は分かってくれた。
でも、どうしても貢ぎたい精神の塊の彼らは、何かを差し出さないと気が済まない様で。無い頭を捻り……結果、「棒付き飴」を定期的に進呈される。
何故そこに行きついたのかは不明だし、定期的に寄こされるから普通におやつの時間だけでは消費しきれない。だが、数十人が大真面目に数週間と悩んでくれた贈りモノだ。捨てるなんて言う事も食べ物を粗末にする事もしたくない。
それに、ちょっと注意したくらいでは自重できない可愛らしいドジっ子属性持ちの後輩クン達だ……。俺の真意を読み取ってくれるには、めちゃくちゃ労力を使う。ここは、俺が大人になって我慢するしかない。
等々、俺は色々な思いから不良ゴッコに勤しむだけの健全な男子高校生だ。だから、ガチもんのDQNなんかと一緒にすんなよな、マジで。
正直、元の状態(外見)に直そうと思えば直せる。
だけど、今の(DQN)姿がゲームの「蓮見雪斗」(俺)と全く一緒。加えて、悪意無き好意に、なんとも気が進まず……。
と、まぁ長々と語ってしまったが、既に俺は机の事も身だしなみについても注意されており、何度もお叱りを受けている。その上で、悪ガキスタイルを維持していると言う、押しに弱いくせに変な所で頑固気質を発揮していた。
この前なんか、タンクトップの生活指導教師に大声で勢いよく注意された。無駄に愛と体力推しの暑苦しいお説教で、俺はダウン寸前。
早々と金で解決しようと、飴を舐めながらポケットの中を漁る。全財産(昼食代)の350円を差し出し、「じゃ、俺はこれで」と踝を返し去ろうとするが……。
直後、問答無用でヘッドロックをかけられ、お説教は免れたが別の要因でダウンしたのは良い思い出だ。
いや、あの時はマジで死ぬかと思ったわ。実際、口に入れていた飴と共に俺自身も堕ちて、起きたら保健室に居たし……。
その後も悲惨で、ちゃっかり俺のその日の昼食代を持っていかれて、またもや死に掛けた。
復讐してやろうと友人達と協力して、あのガチムチ教師の背後へと忍び足で近づく。
書道部部長に「ウホッ♂イイ漢」と、書いてもらった無駄に上手いその張り紙をサッと貼っ付け、携帯を構える。無音機能のあるアプリで写真を撮り、すぐさま逃走。
少しすれば、後ろ指を差されクスクスと晒し者のなっている事に気づいたガチムチ教師。その後の行動は早かった。犯人が誰なのか調べずとも確証していたらしく……。
階段付近で塊り、先程の戦利品である写真をSNS上に即座にUP。キャッキャッする俺等は、後ろから忍び寄る筋肉に気づけなかった。
犯人を追っかけて来たガチムチ教師に背中をとられ、あっさりと俺達は捕まった。
恐ろしい事に、この後の記憶が飛んでいるらしく、友人達と揃って保健室で目が覚めた。同時に俺達は、一つ頷く。言葉に出さなくても思いは唯一つ……互いにリベンジを誓い、ゆっくりと教室へと足を運ぶ。
学校の生徒達からは、勇者の帰還の様に温かく迎えられ賞賛された。
――この学校の生徒達は、総じてバカが多いらしい……。