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文化祭の裏側で。

2014/8/10に前話の全面改稿をしています。

未読の方はそちらからお読みくださいませ。

「なんか、かみ合わないんだよねぇ」

 つぶやきがもれてしまったのは、知れば知るほど藤野美智という相手がよくわからなくなるから。

 学園内でひそかに、けれど広範囲でヤマタのビッチなんて酷い二つ名を献上されているのは、逆ハーレム狙いでやらかしてるせいだよね。でも、それを誤解だと否定してまわる人達がいるのも確か。攻略対象に近い人達が火消ししたがってるのならまだわかる。でも耳にする度否定しているのは、藤野さんの友達だったり、そこまで親しくないにしてもクラスメイトだったり委員会が一緒だったりする人達だっていうのが、ちょっとわからなくて。

 あれだけ残念な人をどうして……?

「何を悩んでるんです?」

 声をかけられて目を開けると、桂吾けいごと目があう。まぁ、ここは高等部のスクールカウンセラーである瀬戸谷せとや桂吾の仕事場カウンセリングルームなんだから当たり前なんだけどね。

 桂吾は私の前世・高浜たかはまりょうの中学から大学院時代までの後輩であり、例の乙女ゲームの攻略対象の一人でもある。なかなか愉快な性格をしているこの人、私が気に入って繰り返しプレイしてるという理由であのゲームをしていた。……素面しらふで真顔のまま、自分そっくりな男を攻略するような乙女ゲームをやりこむのは、どういう心境なのか一度じっくり問いただす必要があるかもしれないけれど……。

 まぁつまり、自分が攻略対象という自覚があり、藤野さんが逆ハーレム狙いで攻略にきてるのをわかった上であわせてあげていたというのだから、桂吾のあれな性格はわかってもらえると思う。

 ……本当、一度桂吾の精神状態をじっくり分析してみたいけどね、それはともかく。

「藤野さんの事でね」

「あぁ、逆ハーレムヒロインさんですか。あれも面白い素材ですよね」

 くすくすと笑いながら私の隣に腰を下ろした。

「俺の見たところ、基本的には普通の子供ですよ。ただ、なんて言うかあんたとよく似てる」

「……はい?」

 思わず顔をしかめると桂吾がふき出す。

「そこまで嫌な顔しないでくださいよ。――というか、昨日何かありました?」

 言われて思い出した光景にほおが熱くなったのを自覚して、つい顔をそむける。

 違う、あれは絶対たいした意味なんてない。私の態度がおかしいからからかってきただけだって! 小さな頃は一緒に寝てたもんね?! ちょっと昔を思い出してからかってきただけだよ。うん、まちがいないっ!

「……中身が高浜綾あんただと思うと、かわいらしく恥じらわれるのはやたらと気色悪いんですが……」

「その言い方酷いっ!」

 失礼な言いように、つい反射できり返したら桂吾はおかしそうに笑う。

「いや、だってあんた、俺の前だってのに今は篠井彩香・・・・じゃないですか。昨日まではしっかり高浜綾・・・でしたよね?」

 桂吾の指摘に思わず目をまたたく。

「自覚なかったんですか?」

「うん。……態度変わってた?」

 少し首をかしげて尋ねると、桂吾は微笑ましそうな表情で私のほおをなでた。

「いい事だと思いますよ。昨日までのあんたは無理矢理高浜綾であろうとしているような不自然さがありましたから。でも十年かけてあんたは篠井彩香になったんだ。その時間をなかった事にはできないし、したいとも思ってないんでしょう? 俺の前だからって作る必要はありませんよ。見た目や態度がどれだけ変わろうが、あんたはまちがいなく俺の知ってる、優秀で手のかかる先輩だ」

 ほおに触れる手がゆっくりとすべり、こめかみからひたいへと移動する。――まるで、そこにあったものに触れるみたいな正確さで。

「あの頃のあんたは、少しでも危険だと感じた人間は全て即座に切り捨ててた。そうでなけりゃやっていけないほど追い詰められてたでしょう? 本当は馬鹿正直で人なつっこいのに、人に関わるのが――悪意をむけられるのが怖くて攻撃的に追い払うしかできなくなってたあんたを見てるのは……、正直辛かったんですよ」

 たすけてやりたかったのに俺じゃどうする事もできませんでしたけど、と桂吾が苦笑いになる。

「でも、今のあんたはそれなりに幸せなんでしょう? あんな過去をひっぱりだしたら辛くなるだけだ。俺はその程度で恩人を見誤るほど馬鹿じゃありませんから、篠井彩香でいてください」

 幸せなとこ見せてくださいよ、とつぶやいて手をひいた桂吾の表情はすごく優しい。昔から、桂吾は本当に数少ない味方の一人だと思っていたけど、ここまで心配してくれていたとは知らなかった。……気づくだけの余裕がなかったんだろうな。

「ありがとう。……なんて言ったらいいのかわからないんだけど、でも、桂吾の気持ち、すごく嬉しい。ずっと支えててくれてありがとう。気づけなくてごめんなさい。……また話せてよかった。もう一度桂吾と会えてすごく嬉しいよ」

 思いつくまま言葉をつなげたら、照れたのか桂吾がそっぽをむいた。――直球でお礼を言われると途端に照れちゃうの、相変わらずだなぁ。

「ま、あんたがそれだけ落ち着いたって事は、あの坊やも一応ただの馬鹿じゃなかったって事ですかね」

 思わぬ言葉に眉を寄せてからふと気づく。私に関わって桂吾が坊や扱いする相手って、まさか……。

「雅浩兄様に何か言ったの?」

「好きな女泣かせて放置するようなガキ臭い真似してると篠井本家にけんか売るぞって臭わせただけですが?」

「しれっと何言ってるのっ?! 雅浩兄様は私の事好きじゃないというか他人扱いだし色々派手に勘違いだからね?!」

「はいはい、それじゃそういう事にしときますよ」

 にやにやと笑いながらの答えに小さくため息をつく。これ以上この件で話すつもりはない、って事か。本当、雅浩兄様に何言ったんだか……って、昨日の奇行は桂吾のせい?!

「桂吾……?」

「あの坊やが何したのかは知りませんけど、あんたの調子がある程度戻ったんだからいいじゃないですか。――で、そろそろ藤野美智の話題に戻していいですかね?」

 まだ喉の奥で笑ってる桂吾の言葉に再度ため息をつく。まぁ、桂吾が私にとって決定的に不利になるような事をするとは思えないからいいけど……。時々、こっちの忍耐の限界試して遊ぶような所があるから油断はできないんだよねぇ。

 ま、今追求したところで無駄だろうし、あきらめて話題を戻すとしようかな。

「ええと……。私と藤野さんが似てるって話だっけ?」

「ええ。なんて言うか、似てますね。やたらと自己評価が低いし、性格悪い自覚がある。人を内側に入れるのが苦手というよりも、恐怖に近い忌避感があるんでしょう。でも、まわりからすればそれなりに頼りになる能力があるし、人当たりもまぁ悪すぎはしないから嫌われない、と」

「……どこが似てるの?」

「似てるでしょうが。あんた劣化コピーしたら間違いなく藤野美智になりますよ。違うところがあるとしたら、あんたは安易な愛情を求めず、藤野は表面だけの内実のない気持ちをばらまく事で質より量の愛情を欲しがってる。まぁ、彼女は内に入れた人間は使い潰すみたいですから、ここも違いますがね」

「……これだから心理学者が身近にいると面倒なんだよね」

 一度否定したものの、自分で思い当たる事が多すぎて頭が痛くなってくる。

 確かに私には桂吾がいったような面がある。自分が異端だとはじき出されてもしかたがない自覚もあるから、そこそこ以上に親しくなれる相手がいるとも思わないし、そうなりたいとも思ってない。ただ、そうやって手当たり次第にまわりを拒絶するのはよくないと身に染みた一件があってから、むけられた好意には少し上乗せして喜んで見せる事と必ずお礼をいう事だけは欠かさないようにしているけどね。

「お互いさまでしょう。俺だってあんたに自分のゆがんだ性癖指摘された時は殺してやりたいと思いましたから」

 私の苦情をさらりと受け流した桂吾は、それでも、とつぶやく。

「あれは光源をずらしたあんたの姿ですよ。とめてやったらどうです? 気にしてないわけじゃないでしょう?」

「桂吾がやったら? 私の目的は雅浩兄様と克人兄様に手を出させない事だけだよ」

 言い捨てると、嘘ですね、と瞬殺されてしまった。

「昔のあんたなら他人なんて知らんって切り捨てたでしょう。でも、今のあんたには無理ですよ。迷ってるから藤野の印象がちぐはぐなのが気になるんだ。あんた、大切な兄様達が好意を持った相手の人生を、自分のエゴでひっかき回すのをためらってんですよ」

「……これだから心理学者はっ」

「聞き飽きました」

 嫌味なほど平然と返され、ため息をつく。確かに桂吾の言う通りなんだから反論しようがない。確実な手段だってわかっていたのに、彼女の素行調査をして結果をばらまく事ができなかった。知らん顔して兄様達に他の攻略対象との噂がある事を告げる程度の事すら、私はしなかった。

 そのためらいが何のためなのか深く考えてなかったけど、きっとそういう事なんだろう。乙女ゲーム補正があるにしても、それだけだというよりも納得がいくし。

 たぶん、もう放っておいたって兄様達が逆ハーレムに組み込まれてしまう可能性は高くない。だから、後はクリスマスと年末年始のイベントさえ潰せばいい。今私が動く必要なんて、……本当はない。

「それに、藤野は俺がとめた所で聞きませんよ。何度かそれとなくとめてるんですけど、聞く耳持たずでしたから」

「とめたの?」

「ええ。いっそ、きっぱり引導渡してやろうかと思った事もあるんですけど、そういう時に限って邪魔が入る。あんたの言葉じゃないですけど、ゲームの情況に巻き込まれてる俺達の行動には何か規制があるのかも知れません。だとしたら、やれるのはあんた――全てを知っていて、なおかつ進行に関わる権利がある、ゲームに出てこない高浜綾の記憶を持った篠井彩香だけです」

 いくらか苦った声でつぶやいた桂吾がため息をつく。

「さっき、篠井彩香でいればいい、なんて言ったばっかりなんで言いたくないですけどね。現状を変えるには高浜綾に出てきてもらう以外ないんです。多少、他の連中の家族にも噂を流してはみたんですけど、本気にされてないようですしね。……でも破綻はすぐに来ますよ。全員それぞれの家の跡取りで、交代要員がいる所はほとんどない。しかも、田上は兄弟そろって腑抜けにされてますからね。ゲームならともかく現実でうまく行くはずがないんですよ」

 跡継ぎ問題で揉めるまでの猶予はない、と含ませた桂吾の言葉は正しい。それぞれが次代になる時、逆ハーレム状態を容認されるはずもないんだから。

「ちょっと考えればわかりそうなものなんだけどねぇ」

「だけど藤野にはそれが見えてない。同じ転生だと思われてるあんたなら言えるでしょう? これはゲームじゃない、現実を見ろってね」

 苦味の強い言葉に頬をかく。確かに私ならそう指摘できる。私が感じていた妙な違和感を桂吾も感じていたなら、あながち乙女ゲーム補正の存在も間違った推測じゃなかったという事なんだろうけど……。

「桂吾はそれでいいの?」

 なんか、微妙に裏があるような気がしなくもないんだよね。桂吾が悪さを仕掛けてくる時特有の、微妙な違和感。正論のはずなのにどこかに見落としている穴があるような居心地の悪さがまとわりつく。

 それに、桂吾自身が言ったみたいに、私の幸せを願ってくれていて、その為には高浜綾であるより篠井彩香でいる方がいいってわかっているのに、なんで高浜綾を表に出したがるのか、気になるんだよね。

 ――まぁ、指摘したところで認めるはずもない、か。今は桂吾の協力が欲しいのも確かだし、何か意図があるにしても私にとって決定的に不利ではないはず。黙って乗せられておくしかなさそうだね。

「手伝いくらいはしてよ?」

 あきらめて考えた中で一番残酷で、その分効果的な計画を採用する覚悟を決めた。楽にフラグだけ折るならともかく、藤野さんに現実を見させるきっかけを作るには相当な荒療治が必要だろう。

「借りにしといてもいいですけどね」

「そんな事言ってないで手伝ってよ。とりあえず藤野さんに関して学園側で知ってる範囲の個人情報と、桂吾が知ってる各人の攻略度合いね」

「初手からそこまでかよ?!」

「やるからにはさっさと終わらせたいの。軌道修正のための時間は多い方がいいでしょ? ――わかったら持ってる情報洗いざらい吐け」

 最後のくだりは高浜綾(昔の私)を意識して、視線だけで思い切り見下してやったら、桂吾は、決めたら一瞬かよ、と苦笑いでつぶやいた。


――――――――


 文化祭最終日、あと少しでフィナーレのダンスが始まるという頃に私は藤野さんを呼び出した。正確にはこの時間この場所に呼び出されるようにしむけた、なんだけどね。

 昨日彼女が帰宅したのを確かめてから、下駄箱にここ数日で集めた情報の一部を入れた封筒を下駄箱にしこんでおいたのだ。中身はもちろん、逆ハーレムのために攻略対象達ととっかえひっかえ文化祭関連のイベントを起こしていた証拠。いつどこで誰のイベントが起こるかわかっているんだから、隠し撮りなんて楽勝だもの。ただ、相良先輩と雅浩兄様、そして後もう一人、イベント起こすのに失敗したのか現れなかった。

 というか、相良先輩はずっと見かけないのを不思議に思って桂吾に確かめたら、私が殴られた三日後から登校してないらしい。学校では特に処分があったわけでもないというから、たぶん風邪か家業手伝いに駆り出されたか、だろう。

 雅浩兄様は念のためと思って何日か前に用意した写真を使った。放課後全部使えばそのくらい簡単なんだよね。もちろん、他の人達の写真もしっかり撮った。

 そもそも登校してなかった相良先輩と、たまにしか学園内に現れないもう一人の分は、なぜか桂吾が藤野さんとのツーショットを持っていたからそれをもらった。……なんでそんなものを持ってたのかは敢えて突っ込むまい……。

 下駄箱の封筒に気づいた彼女は真っ先に私を疑ったらしい。でも、今日だってこなさないといけないイベントは結構あって、私の方でもこの時間の少し前まで一人にならなかったから、必然こうなった。たぶん藤野さんは自分でこの時間この場所を選んだと思ってるだろうけど、全部私の筋書き通りってわけ。

「いったいどういうつもり?! こんなもの送りつけて!」

 人気がなくなった途端、苛立たしげに写真を突きつけてきた。

「……何の事ですか?」

 わけがわからない、と言った体で問い返すと、藤野さんがさらに眉をつりあげる。本当、すごい形相だわ。悪霊退散のお札はったら効果あるんじゃないのかな?

「あんた以外の誰がこんな事できるのよ?!」

「結構誰でもできると思いますよ?」

 だって簡単だもの、と笑うと今度は言葉の意味を探るように黙り込む。

「あなたが八人の男をとっかえひっかえしてるの、学園中の噂ですよ? エンブレム持ちはよくも悪くも注目されるから変わった事があればすぐ噂になるんです。その他の相手も目立つ人ばっかりだし、噂されてないと思ってる方がおかしいかと」

 笑顔で指摘すると、藤野さんがまたもや悪鬼の形相になった。

「なんで本人達の耳には一切入らなかったのか不思議でなりませんよ。あなた、影でヤマタのビッチとか呼ばれてるの、知ってました?」

 マナーの先生直伝、嫌いな奴に嫌味言う時こそ効果的な笑顔、全開です。

「あぁ、その写真全部ちゃんと送っておきましたから」

「……なんですって?」

 送った、という言葉に反応したのか、眉をよせる。

「他にも撮れた写真があるので、全部まとめて八人全員とあなたの両親宛に送らせていただきました」

 満面笑顔で告げると、藤野さんの顔色が変わる。

「そ、そんなの信じるわけがっ」

「信じてもらえなくてもいいんですよ。だって、みなさんここのところらしからぬ行動が増えてますから。

 勉強や委員会の仕事をおろそかにしたり、他の方との約束を破ったり……。おかしいと思わないはずがないんです。そこに怪しい写真が届けば確認くらいするでしょう? それで充分なんですから」

 調べればすぐに証拠が出る。これだけ学園で噂になっているものを今さらどうにかできるはずもない。私の目的は攻略対象の親に、子供に変な虫がついてるのかもしれないと疑わせる、それだけだ。藤野さんの親は桂吾に頼まれた目覚ましの意味しかないし。

 写真を見てそこからどうするかはそれぞれの家庭の問題で私にどうこうできる事じゃない。ただ間違いなく篠井の両親と久我城のおじ様おば様は兄様達に真偽をただすはず。そうすればヤマタのビッチの本性がわかる。事が露見してまで血迷うほど馬鹿な人達じゃないし、少なくとも二人を逆ハーレムから切り離すのはこれで成功、といってかまわない。

「なんなのよっ! あんたに何の権利があってこんな事っ?!」

 悲鳴じみた叫びに私は少しだけ苦い笑みを浮かべる。

「――さて、ここから邪魔な転生仲間の言い分になるのかな?」

 少し声の調子を変えると、何か気づいたのか藤野さんがいぶかしげな表情になる。

「はっきり言って、何の権利も義務もないのはわかってる」

「……はい?」

 あまりにあっさり認めたからか、藤野さんが虚を衝かれたようにまたたいた。

「あなただろうと、他の八人の誰であろうと、私が関わって人生ひっかきまわしていい権利なんて最初からない。ただ、私が気に食わないからやっただけ。正しいとも思ってないから」

「だったらっ!」

「あなたが逆ハーレムルートなんて選ばなければ邪魔するつもりなかったの。一人を選ぶか、お友達ルート行くのなら、その相手が兄様達でも関わるつもりはなかったんだけどね」

 そう。ゲームだから、フィクションだから許される逆ハーレムルートでさえなければ、他人の人生に勝手な正義感ふりかざして乱入するような真似、するつもりなんてなかった。

「だって、私はとっくに死んだんだもの。今生きているのは篠井彩香だから、あの頃の生き方をひっぱり出してくる気はなかったんだけどね。

 あなたは人生甘くみすぎてるよ。これはあくまでも現実でゲームあそびじゃない。みんな生きていて、それぞれに大切に思いあってる家族や友人がいるの。権利だけ受け取っていたキャラじゃなくて、義務も責任も負ってる人間なんだって、わかってる?」

「は? 何言ってるのよ。こんなのゲームに決まってるじゃない。でなくちゃ私がこんなに好かれるわけないんだから!」

 そこを力一杯断言するんですかっ?!

 ……思わず半眼になったし、こけそうなほど脱力したのは当然だと思います……。

「ゲームなんだから楽しんで当たり前でしょう?! 邪魔しないでっ」

「なんでゲームだって言い切れるの? あなたのまわりの人達は――家族や友達、攻略対象の連中も含めて、全員ただのNPCだって言うつもり? 決められたシナリオにそった台詞しか言わないただのお人形だって、本気で思ってるの?」

「だって同じじゃない! 名前も姿も! 返してくる言葉だって、ほとんど一緒だわ!」

「ほとんど、ね。……つまり、完全に同じじゃないって気づいてるじゃない。ゲームならそんな誤差はあり得ないよ。なんで認めないの?」

「……それ、はっ」

「ゲームならイベントの間の日数は現実とは違ったはず。サマーフェスティバル翌日が中間テスト直前だったのがいい例だよ。……現実にはそんな事なかったでしょう?」

 そう。ゲームの時はそうやって何度も日付が飛んだ。でも私達が生活している現実ではそんな事は起こらない。一日ずつの積み重ねだ。

「だって、攻略しちゃえば何しても美智のしたい事ならって、全部鵜呑みじゃないのっ! 人間ならそんな事あり得ないわよっ?!」

 うわ、この指摘は痛い……。たぶん、相楽先輩が馬鹿だっただけってのもあるんだろうけど……。

 あの乙女ゲーム、逆ハーレムルート攻略には何キャラかは邪魔者キャラ――攻略対象の親友や家族、恋人などそれぞれだ――を攻撃して排除しないといけなかった。好感度を上げきれなかったキャラの、周囲への好感度を下げる事で相対的に自分の好感度を上げる、という嫌な作戦が必須なあたり、結構制作側も性格が悪い。

 その攻撃のためには、攻略済みキャラを同行させる必要があって、そこで好感度低下を起こさないための設定なんだろうけど、確かに現実ではちょっとあり得ないよね。

 ……そういえばゲーム内では彩香わたしも兄様達の好感度調整で襲われるシーンがあったっけ。色々あれなゲームだけあってなかなかえぐいやり口で、しかも無駄にこってたあのゲーム、どのキャラに誰をぶつけるかでイベントが変わったんだよね。

 克人兄様の好感度調整イベントで雅浩兄様連れて来られると相当にあれなイベントになる上、脱線して裏ルート一直線だとかいう罠なんだよね。確かに実の妹で従兄の婚約者相手に何やらかしてるんですか、と膝詰めでお説教するレベルの話だし。

 逆に雅浩兄様の好感度調整に克人兄様だと、やっぱり脱線裏ルート。ただしこっちは、桂吾いわく、無難に幸せそうで面白味に欠けるらしい。私は割と好きな展開なんだけどね。

 通常ルートは普通に幸せそうなのに、一歩外れると泥沼ばっかりなゲームの中の数少ない例外が、逆ハーレム脱線裏ルート克人兄様編。他の七つの裏ルートはどれも酷い。そのくせ、一つ一つのシーンは秀逸ですごく面白い、というのがたちの悪いところだったと思う。

 まぁ、私はあの程度で怯えて言いなりになるようなやわい神経してないし、篠井の両親に話して犯人破滅させる道を選ぶけども。

 ……ん? この前のあれがそのイベントだったとしたら……?

「あぁ、やっぱりゲームとは違うんだね」

「何がよ?!」

「ゲームだったら、彩香わたしを襲えばそれで兄様達の好感度が上がって、犯人捜しなんて起こらなかった。――相良先輩が最近登校してないのって、兄様達が手を回したんじゃないのかな?」

 私の言葉に藤野さんがこわばる。こっちとしても確証があるわけじゃないんだけど、可能性としては充分ありえるだろう。まぁ、藤野さんの関与については信じてないだろうからうやむやなんだろうけど、相良先輩の件は克人兄様の耳に入ればそのくらいしてくれそうな気がする。

 ……今の雅浩兄様だったら無視してくれそうな気もするけど……。そこは深く考えないでおこうかな。泣けてくるし。

「……そんなっ?! そんなイベントなかったじゃないっ?!」

「だから、これは現実だって言ってるの。普通に考えれば、親しい相手に危害加えられたら犯人つるし上げるのが正常な反応だと思う」

 そう。人間にとっては当たり前の事だけど、ゲームの設定になったら少々おかしくてもみんな気にしない。その段差を認めなかったのがこの人の最大の失敗だろう。

「だいたい、跡取りが結婚もせず逆ハーレムしてるなんて許されるはずがないでしょう? 他の兄弟に追い落とされて路頭に迷うのが目に見えるから」

「だってゲームではそんな話なかったじゃないっ」

「それは当たり前じゃないかな。ゲームの中では一年だけしか描かれなかったんだもの。その後もずっと逆ハーレムが続いたなんて描写もなかった。冷静に考えればわかる事だよね。ヒロインちやほやして楽しんだ後は、みんな普通に結婚して家庭持って、黒歴史扱いなんだって」

 わざと冷たく馬鹿にした口調で言い放つと、反論が見つからなくなったのか藤野さんが黙り込む。

 なんか、自分で言っておいてなんだけど、刺さるなぁ。間違いなく雅浩兄様の私に対する態度ってそういう事だったんだろうから。本気の相手が見つかるまでの代用品。――所詮、その程度なんだと思う。

「これは現実でゲームじゃない。私は逆ハーレムが気に食わないから潰すって決めた。嫌なら巻き返せばいいじゃない」

 それにしても、いまひとつ道化感がぬぐえないんだよね、この人。何があったのか知らないけど、ゲームゲームって、一体何でそんなにこだわるんだろう? なんだか、ゲームじゃなくちゃ困る理由があるみたいだよ?

「あぁ、言っておくけどね。前回はこっちの都合もあったから敢えて大騒ぎにはしなかったけど、次はないから。殴りたければ殴ればいいよ。防がないで殴られてあげる。……その代わり、誰にやられたのかは親にも学園側にも申し立てるけど」

 直接攻撃はすぐに破滅につなげるよ、という脅しは一度で通じたらしい。悔しそうに唇をかんだ相手に背をむけながらひらりと手をふった。

「こんな事やってるなんて言えた話でもないから誰にも言わないから安心して?」

 これで言うべき事は全部言った。後はもう私が関わってもしかたがない。ま、兄様達にまとわりついて邪魔するのは続けるけど、それ以上は必要ないはず。

 克人兄様が踊ろうって言ってくれていたから、さすがにダンスが終わるまでには戻らなくちゃ。

「勝手な事ばっかり言って、ふざけんじゃないわよっ!」

 歩き出した背後から聞こえた怒鳴り声と駆け寄って来る気配にふり返ると、どこで拾ったものか拳程もある石を持ってふりかぶる藤野さんの姿。さすがにこれはまずいか、と、思った瞬間、鋭い光が視界を焼いた。

「やめておきない。写真、撮ってしまったからね」

 のんびりとした声で言いながら割り込んで来たのは桂吾だった。

「藤野さん。それはさすがにどんな事情があろうと、殺意ありとみなされるよ?」

 微苦笑で言って、デジカメを胸ポケットに落とした桂吾が、硬直している藤野さんの手から石を取り上げると近くの木立の中に放った。

「行きなさい。見なかった事にしておくから」

 軽く背中を叩かれ、反射なのか駆け去った背中が完全に見えなくなってから、桂吾が盛大なため息をつく。

「あんた、相変わらず優しすぎますよ」

「優しい?」

「……最後、殴られるのも予想してたでしょう? 平手程度なら受けてやる気だったから、殴りたければ殴ればいいなんてあおったんですよね? やったら訴え出るってのも、暴発させるための誘いだ。あの頭ならちょうどいい挑発になったみたいですね」

「何の事だかわからないよ」

「今さら俺がだまされると思いますか? 自分のエゴで人生狂わせた詫びに殴らせてやるだなんて、あんたらしすぎて疑う余地もない」

 はっといて正解でしたよ、と肩をすくめられ、これには笑うしかない。

「ありがとう、って言っておくね?」

「はいはい、どういたしまして。どうせならそんな薄っぺらい言葉じゃなく、なんかないんですか?」

 適当にお礼を言うと、やっぱり適当な答えが返ってきた。本当、桂吾は変わらないなぁ。

「もう二十年はたつのに変わらないね、そういうところ」

「変わりませんよ。――あの高浜綾に気に入られたんだ、変える気もない」

「桂吾のそれ、そろそろ信仰じゃないの? ちょっと気色悪いかも」

 歩き出しつつ雑な返事を返すと桂吾がおかしそうに笑ってとなりに並んだ。

「素直に懐かしがったらどうなんです? 人嫌いの天才と名高い高浜先輩?」

「うるさいなぁ。好奇心で逆ハーレム志望に攻略されたふりしてた趣味人に言われたくないんだけど」

「さすがに外泊イベントは避けてましたよ。俺だって人生棒にふってまで趣味にはしる気はないですからね」

「どうだかね。桂吾なら興味が上回ればやるでしょう?」

「あんたが相手なら挑戦してもいいですよ?」

「面倒そうな相手はノーサンキュー」

「つれないなぁ」

 昔ののりで言葉をかわしながら歩くのは嫌いじゃないな、と思う。毒のはきあいみたいな会話も、桂吾となら案外楽しい。

「にしても、あんた相変わらずの記憶力ですね。最後にゲームしたの何年前ですか? ここのところ何度もプレイして内容確かめてた俺より詳しいじゃないですか」

「確か死んだ前日の夜かな。ま、あの時は見たいシーンしか見なかったけど」

「あぁ、あんたお気に入りのメイン攻略対象のですか。……死ぬ前日に何してたんですか、あんた」

「お酒飲みながらあれBGMに論文書いてたんだけど?」

 何想像してるのよ、とつっこみたいのを我慢して流す。触れたら微妙なのはわかってるんだからつつかないのが無難なところ。だけど、私の返事に桂吾はなんとも言い難く複雑怪奇な表情になった。

「……あれと論文を肴に酒ですか……。本っ当、つくづくわかんねぇ人だな」

「私は自分が出てくる乙女ゲームを素面しらふで平然とやりこむ桂吾がわからない」

 互いの指摘に反論が思いつかずわずかに沈黙が落ちた。丁度ダンスの会場についた事でもあるし、話題の変え時かな?

 むこうもそう思ったんだろう。私を見てちらっと笑みを見せた。

「せっかくなんで一曲どうです? 俺もそこそこ踊れますよ?」

「ちびだから格好つかないんだよねぇ」

「気にする事ないでしょう。夏のパーティであれだけ踊れてたんだから、楽しそうにしてさえいれば様になってますよ」

「じゃ、足踏んでも怒らないなら踊ってあげよう」

 昔より遠くなった顔を見上げて真面目くさった調子で言うと、桂吾が吹き出した。

「いいでしょう、受けてたちますよ。――踊ろうか、篠井さん」

「うん。ありがとう、瀬戸谷先生」

 人が増えてきたので今の立場にあった言葉遣いに変えた桂吾に返事をすると、さしだされた手に自分の手を重ねる。

 桂吾のリードで踊りの輪に入ってしばし。ついおさえきれなくて小さく笑ってしまう。

「何笑ってるんです?」

「今回は克人兄様としか踊れないと思ってたから、嬉しいなぁって」

「制服で踊るような略式のダンスが、ですか?」

「好きなんだよね、仲良い人と踊るの。まさか桂吾が誘ってくれるとは思ってなかったから驚いたけど、嬉しい。ありがとう」

 笑顔でお礼を言ったら、視線をそらされた。

「……あんた、何企んでるんですか?」

 しかも酷い言われようじゃないですか?

「本当に嬉しかっただけだし、すごく楽しいよ。また踊ってくれる?」

 少し首をかしげて尋ねたら、俺でよけりゃ付き合いますよ、と雑な返事が来た。……あれ?

「桂吾、顔赤いよ?」

「……絶対昔よりたち悪くなってやがる。反則だぞ、ありゃ」

 口の中で何やらつぶやいていたけど、聞き取れるわけもなく。のぼせるほど暑くもないし、この程度のダンスで緊張してるはずもないだろうに。どうしたんだか。

お読みいただきありがとうございます♪


番外短編「夏の虹」を投稿しています。

そちらもあわせてお読みいただけると嬉しいです。

※ページ上部、小説タイトルから小説トップページ(目次ページ)へ移動後、ページ上部・シリーズタイトルからシリーズ一覧へ移動できますので、そこからどうぞ。

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