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手のかかる従弟妹(いとこ)どもの動向。

克人視点です。

 昼休み、呼び出しにしたがって生徒会室にむかう。この部屋の鍵は生徒会長が管理するものと、役員全員が持っているものの二つだ。両方とも職員室でも管理しているがわざわざそんな風に二種類の鍵がついているのは、生徒会室に結構重要な書類が保管されるからだった。

 授業が終わってすぐ来たというのに、相手は既に待っていた。

「早かったな」

「四限、視聴覚室だったからね。戻らないで直接来たんだよ。――さっさと上鍵開けて」

 今朝は生徒会室を使わなかったから中に入れなかった雅浩の不機嫌な声に肩をすくめる。既に生徒会役員全員が持っている鍵は解除したらしいせっつきに、ドア上部につけられている生徒会長にしか渡されない、通称上鍵を開ける。

「ちょっと込み入った話だから上鍵かけといて」

 思わぬ言葉に、おや、と思うが雅浩は言うだけ言って既に定位置の机に向かっている。まぁ、今問いただす必要もないか。この上鍵、いたずら防止に内側からも鍵がないと開閉できない構造になっている。なんともまぁ厳重な事だな。

 希望通り上鍵をかけ、ついでに下鍵もかけておく。こっちは普通の鍵だけどな。こうしておけば鍵二つを開ける間時間が稼げる。……そこまで警戒しないといけない何があったんだか。話の内容は間違いなく昨日彩香が殴られた件だろうけど。

 ひとまず俺も定位置である、雅浩の隣の机に荷物を置いて腰を落ち着ける。次にするのはそれぞれ弁当を広げる事だ。

「で? 彩香殴った犯人は聞き出せたのか?」

「一応ね。犯人は二人。一人は自白したからもうしめといたよ。もう一人は微妙にグレーかな。確認中だよ」

 生徒会室で仕事をしながら食べる、という建前での弁当持参だからか、一口サイズの手まり寿司を飲み込んだ雅浩の返事が何とも苦い。

「彩香がお前に嘘を言うわけないだろ? 話さないならまだしも」

「信じないでね、なんて言われたら、疑ってなくても確認だけは取らないわけにはいかないだろ」

 手まり寿司に砂でも入っていたのか、と言いたくなるような表情で吐き捨てられ、頭をかく。確かに、そんな言葉を口にされては確認しないわけにはいかないだろう。雅浩の言うように信じる信じないの問題じゃない。告げた言葉にそれ以外の意味があるのか確かめる必要がある。彩香が何を考えてその言葉を選んだのか、裏に何を含ませたのか、判断材料を集めないといけないな。

「だけど、彩香がそんな駆け引きめいた事言うの初めてじゃないか? 他人の目があればともかく、車の中でだろ?」

 こっちも一口サイズのサンドイッチを飲み込んでから切り返す。すると、雅浩はひとつため息をこぼした。

「僕が失敗しただけだよ。夏に彩香を怖がらせすぎたから、別のやり方をしようとしてかなり徹底的に傷つけた」

 短い説明に事態を悟って思わず返事につまった。俺が雅浩の立場でもおそらく同じ失敗をしただろうから余計だ。

 サマーフェスティバルのダンスパーティで彩香がどんないじめにあってるのか思わぬ場所から知らされ、つい我を忘れかけたのは記憶に新しい失敗だ。

 彩香は俺達が怒ると魔人みたいだと散々怖がっているけど、あれでも彩香の前では怖がらせすぎないように抑えてる。人の感情に聡いのか、自分に向けられていなくてもああいう気配に怯えるあの子の前ではそれなりに自制していたし、二人そろってる時は常に片方は普段の態度で彩香の側にいる事で怯えさせないようにしていた。

 だけどあの時はそろって一瞬本気で我を忘れたからなぁ。その気配に怯えた彩香を泣かせるはめになった。幸いな事にすぐ機嫌を直してくれたけどあれからそんなにたってないし、ましてや殴られた直後の彩香に不機嫌なところを見せたらまずい、と判断したのは間違ってないだろう。

 実際、俺が駆けつけた時の彩香の手は震えていた。たぶん、あの様子じゃ歩くのはおろか立つ事すら怪しかった。下手に自覚してしまえば取り乱すだけだとふんで、何でもないように振る舞っておいたから表面だけは冷静だったけど……。あの状態だと普段のごく軽いお仕置き程度の気配でも彩香が取り乱す可能性は高かった。

 ただ、あれだけ酷く殴られた――彩香は二針縫った上、数日はろくな食事ができないらしい――所を目の当たりにして冷静でいられるかと言えば、俺でも微妙な所だ。あの様子じゃ俺より雅浩が側にいてやる方が安心だろうと思って任せたけど、あんな状態の彩香を見ても雅浩が動揺せず対処できると判断した辺り、俺もだいぶ冷静さを失っていたかもしれない。生徒会の仕事なんて放りだして俺も病院まで同行するべきだったな。

 今思えば雅浩が話の途中で電話を切るなんて事をした時点で、冷静さを欠いていたのに気づくべきだったのだ。

 そう考えると雅浩の失敗は八割方俺のせいだ。いくら普段冷静で頭が切れると言っても雅浩は俺より二つ下だし、何より彩香を猫っ可愛がりだ。時々、いっそもうお前ら付き合ったらどうだよ、と言いたくなるほどお互いべったりなんだから、こいつが動揺する事くらい俺がおりこんで対処するべきだった。

「そうは言っても彩香の事だし、すぐに機嫌直したんだろ?」

 ひとまず話させてやった方が気が晴れるだろうと思って、軽い調子で水を向けたらさっきより大きなため息とともに頭がふられる。

「あんな機嫌悪い――というか、こっちを拒否してくるの初めてだよ。失言で泣かせちゃったから、顔あわせたくないらしくて適当な理由つけて部屋に引きこもっちゃってる」

「……それはまた、なんとも」

 自分がそんな目にあったらと思うとぞっとするな。滅多な事じゃ泣かないだけに泣かせた時の罪悪感は半端じゃない。そうでなくとも彩香は両親を亡くしたせいか、変に我慢強くなってしまったところがある。その上まわりに気を遣うから、ちょっとやそっとの事じゃ露骨に相手を避けるような態度はとらない。怒っても後にひかせないから謝ってひとつふたつわがままを聞いてやればすぐに機嫌を直してくれるのが常だ。

 その彩香が謝罪を受け入れないばかりか、顔を見たくないって態度に出るとか……。

「そういうわけだから、時間作って顔出してあげてくれる? 様子おかしいのは父さん達も気付いているみたいで、怪我治るまでは学園も習い事も全部休ませるって言ってる。一人でいても余計めいっちゃうだろうから」

 眉間にしわを寄せたまま手まり寿司を口に運んでいるけど、味なんてわかってないだろ? 食わないと持たないってわかってるから、今お前が普段と違う様子見せたら彩香が気にするってわかってるから口に運んでるだけだろ?

「僕の事はどうでもいいよ。今大切なのは彩香の事」

 視線に気付いたのか、そっけない言葉がよこされた。

「彩香に変な負担かけちゃいけないって、わかってたのにしくじった僕が馬鹿だっただけ。克人は彩香の心配だけしてくれてればいいんだよ」

「俺には雅浩だって大切なんだけどな」

 暗に、取りなすような事を彩香に言うな、と含ませた言葉にため息をつく。

 確かに彩香の精神的な負担を増やすような事をするな、というのは篠井の叔父さん達から言われている事だ。

 詳しい話は知らないけど、彩香は篠井の家に来る前精神的な安定を欠いて一年以上自宅療養扱いだったらしい。ようやく落ち着いた生活に戻り笑顔を見せてくれるようになってきた矢先、彩香の両親は事故に遭い亡くなってしまったのだという。彼女が再び精神の安定を欠く可能性を承知で、篠井の叔父さん達はあの子を引き取るつもりだったそうだ。

 もう何年も安定した状態が続いてはいるけれど、あの子を現実につなぎ止めていたのは亡くなった両親で、二人が生きていた頃の彩香は他の人間になつく事はおろか、必要な会話以外はほとんどしなかったという。

 俺達も子供だった間は知らない方がいいだろうと伏せられていた事実は、俺が高等部に上がったのをきっかけに伝えられた。彩香も不安定になりやすい時期になったから一層注意が必要になったというのもあるだろう。だけど一番は、万が一にも俺達が彩香に恋愛感情を向けないように、という牽制だったと思う。彩香がなついて甘えてくるのは俺と雅浩だけなのだから、俺達の関係がこじれるのはあまりに危険だった。

 治療のためだったのか他の目的があったのかは知らないけれど、三歳にしかならない子供が母親に抱かれてもそれと気付かずに、助けて、痛い、怖い、とその三つの言葉だけを繰り返して泣きわめく姿なんて録画して取っておくものじゃないだろう。あんな、命の危険にさらされでもしているような悲痛な声は二度と聞きたくない。

 篠井に連れてこられた直後をのぞけば、表情豊かで甘えてまとわりついてくる彩香がそんな状態だったなんてとても信じられなかった。それでも、時折彩香が見せる不自然なまでに大人びた態度を考えると、その不安定さを隠しているからだと納得できるのも事実なのだ。

 雅浩はその辺りの事情をふまえた上で、自分の失態を彩香に取りなすな、と言い出したんだろう。それがきっかけで俺まで彩香との関係に変化があったら彼女は精神的な意味で完全に孤立する。そんな危険を冒すくらいなら、せめて俺だけでも現状維持をする方がいい、と。

「たぶん克人が考えてる事はわかってる。心配してくれてるのもね。でも、大切なのは彩香を守ってあげる事だから。――ねぇ、彩香との婚約本気で考える気にならない?」

 突然変わった話題に眉をよせると、雅浩が薄く笑みを浮かべた。

「あの様子じゃ彩香はもう僕には心開いてくれないだろうから。克人になら安心して任せられるんだけどな」

「そりゃ、雅浩以外って条件なら俺が最適だろうけどな。一番はお前が彩香と仲直りする事じゃないのか?」

「そうできたらいいと思うし、努力はするよ。でも、受け入れてくれるかどうかは彩香次第だからね。打てる手は打っておきたいかな」

 ため息まじりの言葉にこっちもため息を返すしかない。彩香の人間不信はかなり根深いし、一度駄目だと判断した相手には頑として気を許さないからなぁ。一体何があったのか知りたいけど、俺にも雅浩にも思い当たる事は一つもない。篠井に引き取られる前だとしたらわからなくて当然だけど、もしそうだとしたら今度は逆に雅浩にあれだけなついてる理由がわからなくなる。

「どうせ今好きな相手いないよね?」

「……どういう決めつけだよ」

「言っておくけど、藤野美智は駄目だからね?」

 らしくない言葉と、思わぬ名前に視線で先をうながすと、雅浩は小さく首をかしげた。

「はっきりとした動機はまだわからない。だけど、あいつが今回の主犯だね。それも、本来の目的は僕達で彩香は完全なとばっちりらしいよ?」

 最後のくだりで口元にうっすら笑みを浮かべた雅浩の言いように背筋が冷えた。ここまで本気できれた雅浩を見るのは初めてだな……。

「――と、いうわけなんだけど」

 雅浩が藤野とどんな付き合いがあったかも含めて、これまでの経緯を説明した雅浩は、俺を見て相変わらずの笑みを浮かべた。

「克人の名前が出たって事はそういう事だよね? もしかばうとか言うなら、いくら克人でも本気で潰さないといけなくなるんだけど?」

 まったく笑ってない笑顔ですごむな、と言ってやりたいな。雅浩のたちの悪いところは、俺の返事が気に食わなければ言った通りにまず俺を潰しに来るところだ。おそらく残念だと言いながら何のためらいもなくやるだろう。

 彩香と婚約する気はないのかと言った同じ口で何を言うんだか……。

「それは俺を見くびってるのか、あいつを過大評価してるか、どっちだ?」

 鼻を鳴らして不機嫌に言い返すと、雅浩が今度は素の笑みを見せた。こうなると年より幼く見えるんだから本当にたちが悪いな。

 だいたい、お前俺を疑ってなんていないだろうが。彩香の事で動転してるのがおさまらないから、わかりきった事まで言葉で確認して安心したいだけだろう?

「どっちでもないよ。わかってるくせに」

 嬉しそうに言われ、作った不機嫌さを維持できなくて苦笑いで肩をすくめる。

 そりゃ確かに俺だって藤野に好意はあったけど、それと自分の守るべき相手を攻撃されて見逃すかは別だ。そうでなくとも身内であっても――あるいは親しい人間であればこそ、間違いはきっちり正させるのが俺達のような立場にいる人間の役目だ。それを放棄するつもりもない。

 そして何よりも、彩香と雅浩を裏切るような真似だけはしないし、そんな事をした奴は許さないって決めてるからな。

「けど、彩香を攻撃したところで俺達に嫌われるだけだって考えられない程の馬鹿にしてやられたとはな」

「まったくだね。それだけ、他の面では巧妙だったって事なんだけど……。もう少し探ってみる必要があると思う」

「だなぁ」

 この一件に使われた相良さがらといい、まだ藤野が関わった――たぶらかされた人間がいると見て間違いないだろう。確認しないまま事を起こすのはうまくない。

「わかった、そっちはお前に任せる。ま、一枚かませてくれるって言うなら大歓迎だけどな」

「了解。しばらく彩香の事、頼むね。生徒会の仕事はこっちで何とかするから」

「気にすんな。生徒会の仕事くらい他の連中にふればすむ。お前は犯人捜しに集中してろ。――その魔人ぶりで生徒会室につめられる方が迷惑だ」

 彩香の言いようを真似て、猫でも追い払うように手を振ると雅浩がふき出した。

「ありがとう、甘えるよ。――本当、克人がいてくれてよかった。僕一人じゃどうにもできなくて動けないところだったし」

「そりゃこっちも同じだ。次は俺がお前にフォローしてもらうから先にきれるなよ?」

「わかってるって。彩香の報復は先にきれた方がするって約束、しておいてよかった」

 ようやく普段の態度に戻りはじめた雅浩の軽口に俺も笑う。まだやせ我慢がうかがえるけど、まぁそれなりには落ち着いてきたらしいな。後は彩香の態度が軟化してくるのを待つしかない。

 昔から、彩香に余計なちょっかいを出した奴へ報いをくれてやるのは、先にきれた方がするのが俺達のルールだ。まぁ、沸点の低い雅浩がやる事の方がいくらか多いけど、だいたい半々だから苦情を言うほどでもない。それに、もう一人が彩香へのフォローをするからこそ、安心して気がすむまでやれるってのもあるし、いい取引だ。


――――――――


 普段はあんまりやらない、家に連絡して無理な買い物を頼むなんて事をしたのは、彩香への手土産にと思いついた物が注文販売だったのと、単純に早く顔を出したかったからだ。

 電話で予告しておいたからか、俺が篠井家を訪ねると彩香は普段着姿でリビングにいた。

「起きてていいのか?」

「病気じゃないもの。そんなに寝てたらあきちゃうよ」

「ならいいけど。それ、湿布か?」

 彩香の左ほおに大きく貼り付けられたものを指すと、彩香がうなずく。

「直接貼るとはがす時痛いから、テープでとめてるけど湿布だよ」

「なんか痛々しい。早く治るといいな」

 自分が痛いわけでもないのについ顔をしかめると、痛むはずの彩香が小さく笑う。

「痛み止め飲んでるから、そんなに痛くないよ。大丈夫」

 いや、それは大丈夫と言わないだろ。反射的にしたつっこみは胸の中にしまって、当たり障りのない話題で話していると、お茶が運ばれてきた。俺には温かい紅茶なのに、彩香には氷を入れてないアイスティなあたり、熱いもの冷たいものは食べにくいんだろう。一緒に出されたのは、口溶けのいいビスケットが数種と俺が持ってきたムースだ。

「あれ? これ何? かわいいしおいしそう」

 果物ではなく、フルーツソースがのせられたそれを見て、彩香が早速手に取った。

「克人様からいただいたお土産です。これならば彩香様も食べやすいでしょうから、と」

 給仕役の説明に彩香が俺とムースを見比べ、なんとも嬉しそうに笑み崩れる。

「ありがとう、すごく嬉しい」

 ――いや、だからその顔は反則だ。まずい、一瞬魂取られたぞ。彩香のやつ、ここ一年くらいで急にかわいくなったからなぁ。正直に言えば、子供の癖に時々やたらとかわいくて、時折それが従妹の枠からはみ出しているように思える。彩香の方にそんなつもりがあるはずがないのはわかってるから、これは俺の受け取り方の問題なんだろうけどな。

「口に合わなかったら話にならないから、礼は食べてからにしろよ」

 気恥ずかしさを隠すためもあって雑にうながすと、うんっ、と弾んだ返事をした彩香がスプーンを手に取る。

 二種類のフルーツソースで描かれた猫を崩すのが惜しいのか、どこからすくい取るか真剣に悩む様子もかわいい。本当、彩香のこういう素直なところ、いいよな。まだ子供だからっていうのはあるんだろうけど、ムース一つでこんなに喜ぶ奴はあんまりいないと思う。

「……食べるのもったいない」

 悩んだ末に、眉を下げてそんな事を言い出すなって。

「こら、食べなきゃ買ってきた意味ないだろうが」

「だってこんなにかわいいのにっ」

 お菓子がかわいすぎて食べられないとか、俺には彩香の方がよっぽどかわいく思えるんだけどなぁ。

「食べなかったら作ってくれた人に申し訳ないだろうが。見た目よし、味よし、最高! って喜んで欲しくてかんばって作ってくれてるんだからな?」

「でも、もったいないよ。篠井の両親、……と、雅浩兄様にも見せてあげたい」

 こら、雅浩の名前出すのにためらったな? いつもだったらこういう時、一番に雅浩の名前出す癖に。

「心配しなくても、味違いで二つずつ十個買ってきたから。夕飯の時にでも一緒に食べればいいだろ?」

「う~……。でも、今ここに二つ同じの出てるもん」

 俺の提案に少し考えたものの、テーブルの上を見て却下された。確かに俺の分にと用意されたのも同じ、オレンジ色をベースにチョコレート色で猫のシルエットが描かれたものだ。取り替えてくる、と言っても聞きそうにないしな。――よし、強硬手段に出るか。

 スプーンを持って宙に浮いている彩香の手を握ると、ムースを持っている手も上から押さえて強引にフルーツソースをかき混ぜる。

「あぁっ?! 嘘やだ酷い意地悪かわいかったのに何するのっ?!」

「こうでもしないと食べられないだろ、お前」

「……うっ。それはそうだけど、でも酷いっ!」

 だからこんな事で涙目で怒るなって。かわいすぎて悪さしたくなる――って、まずい。今何考えた? 彩香相手にそれはまずいだろ。

「いいから食べろよ。姉さんお墨付きの店の贈答用特注品だぞ?」

 内心をごまかすためもあって、とどめとばかり彩香のスプーンをムースに突き刺す。

「うわっ?! ……かわいいにゃんこが……。雅浩兄様に見せたかったのに……」

 ん? 本気でしょげたらさらっと雅浩の名前出したな。あいつの態度にショックは受けてても嫌いになったわけじゃなさそうか。それなら一安心だ。

 スプーンの刺さったムースを見てしょんぼりと肩を落とす彩香を横目にスマホを取り出すと、絵がぐちゃぐちゃになったムースと彩香の様子がわかるように写真を撮る。

「ちょ?! 何撮ってるの?!」

「リクエストに応えようかと思っただけだ」

 慌てる彩香をいなして、まだ絵が綺麗なままのムースの写真も撮る。そして、二枚の写真を添付して、お前に見せられなかったって半泣き、と雅浩宛に送った。

「ほら、これで雅浩も見れたから心置きなく食べたらどうだ?」

「……猫の写真、私にも送ってくれる?」

「わかった、送るから食べろって。――ほら、今送ったから」

 返事だけでは不満らしく、食べ始めない彩香の前で送信すると、ようやくうなずいて一口すくって口に運ぶ。

「おいしいっ」

「だから言ったろ? 食べなきゃもったいない」

「うんっ。克人兄様、ありがとうっ」

 だからそこで満面の笑みで礼を言うなとっ! かわいいし美点だけど、それ他の男の前でやってないだろうなっ?! っだぁ、問いただしたいっ。……けどまずいよなぁ。うわ、もどかしい。

「これ、こんなおいしいしかわいいのになんで普通に売らないんだろう?」

 幸せそうにムースを堪能していた彩香が、ふと気付いた体でつぶやいた。

「あぁ、特注って言ったろ?」

 その声に我に返って短く返事をしたら、首をかしげられてしまった。

「手がかかるから店頭には並んでないし、上客の注文でしか作ってないらしい。俺が知ってたのは、姉さんがここのムース好物だからさ。夏バテで食欲ない時に、そういう人への差し入れにしたいけどお勧めはって聞いたら、翌日になっていいならこういうのがあるって教えてもらったんだ。今日は無理言って、店に出てたムースのうわものはがしてソース乗せてもらってきた」

「……そうなんだ」

 俺の返事にしげしげとムースを眺める彩香。そうしてる間に少しずつ口元がゆるみ、何とも幸せそうな笑みになった。なのに、どことなく影があるように感じるのは俺の気のせいか?

「そっか。そんな無理してくれるくらい心配してもらえてるなんて、私幸せだね。……隠し事いっぱいしておいて、信じて欲しいなんて贅沢すぎたんだね」

 後半は本当にかすかなささやきで、俺の耳に届いたのはたぶん幸運な偶然だったんだろう。彩香が何を指してそんな事を言ったのかわかったからフォローしてやりたかったけど、笑っているはずの横顔が今にも泣き出しそうに見えて、言葉に詰まる。

 その一瞬に彩香が見慣れたなつっこい笑顔になって俺の方を向いた。

「ということは、またこれが欲しくなったら克人兄様におねだりすればいいんだよね? ありがとう、すごく嬉しいな」

「まてこら! ねだる気満々かよ?!」

「だって、私が注文しても作ってもらえないだろうし。私、お誕生日のケーキ、このムースがいいなっ」

 つい反射でしたつっこみに彩香が楽しそうに笑う。甘えたおねだりはよくある事で、口で何と言おうが最後には俺が折れると知っている、少しだけしたたかな顔。

 あぁ、やっぱりこの年でも女だよなぁ。男に本心を触らせない事に関して女は天性の才能を持つ、とは親父の忠告だけど、確かにその通りだ。こうも見事に話をそらされては今さらあの言葉をつつくのにはためらいが勝つ。

 ご機嫌なふりでムースを食べる彩香の横顔を眺めながら、小さくため息をつく。雅浩から話を聞いてなかったら、彩香が傷付いてるだなんて気づかなかっただろう。いつの間にかこんなしたたかな女の一面を身につけていたんだか、と苦笑するしかない。彩香は俺のクラスメイトなんかよりもよっぽど女なのかも知れないな。素直でかわいくて甘えたで……、その癖一人で痛みに耐える強さもあって、か。かなり理想的だよなぁ。でも、どうせなら本当に辛い時は泣いてくれればいくらでも慰めてやるのに。雅浩ばっかり頼ってないでもっと俺にも頼ってこいよな。

 ……ん? ぼんやりと流れていた自分の思考をふり返ると……。

 まずい。なんかやばい事に気がついたかも知れないぞ。俺、彩香の事どう思ってるんだ? まさか恋愛感情じゃないだろうな……? それだけはまずい。雅浩が余計な事を言ったせいだと思いたい。思いたいが……。

 ……やばい、自信なくなってきた……。

お読みいただきありがとうございます♪


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