何がどうしてこうなった……。
サブタイトルは作者の心の叫びです。
「……あれ? 彩香一人?」
「雅浩兄様?!」
不意にかけられた声に慌てて顔を上げると、首をかしげて辺りを見回した雅浩兄様が近付いてくるところだった。隣にはうわさの逆ハーレム目指して頑張っているヒロインさん。あえて影でささやかれているヤマタのビッチさんという二つ名で呼ぶ事はしない。篠井の娘としてはちょっとどうかと思うし。
場所が空いてなかったからって高等部に近いこのテラスを選んだのは失敗だったかも。
「文化祭の準備だよね? 他のみんなは?」
私が使っているテーブルの前に来ると、視線を合わせるためか空いていた隣の椅子に腰を下ろした雅浩兄様の言葉にどう返したものか悩む。正直に言えば、わざわざ仲良しの柘植さんと別の係にさせてから、私と同じ係の人達が色んな理由をつけて仕事を放り出したって事なんだけど、正直に言ったらまた魔人降臨だもんね。
「今日は二人とも習い事の日なんだって」
ふわりと笑みを浮かべて答えると、雅浩兄様が眉を寄せる。
「……本当に?」
え、この信用のなさはなんでですか?
「私はそう聞いてるけど?」
しれっと言い切ったら雅浩兄様がため息をついた。そして、テーブルに広げられている色とりどりの紙に視線を落とす。
「これは何をしていたの?」
「飾りに使うくす玉作ってるんだよ」
よくある紙で作ったお花じゃなく、結構手の込んだくす玉は作るのに時間がかかる。使うのが綺麗な友禅柄の色紙なんで一つ一つのパーツを折るのにも気を遣うし、一つ作るのに四十個近いパーツが必要なんだよね。これを文化祭までに三人で二十一個作る予定なんだけど、まぁ他の二人と一緒にやる事は最後までないと思う。
できなくても教室の飾りが見栄えしないだけだし、私は自分のノルマの七個作ったら後は知らないけどね。たぶん、私が一人で苦労して作ればいいと思ってるんだろうけどちゃんと最初に、一人七個だね、と確認したしおざなりとはいえうなずいた。言質はとってある以上、問題ない。むしろ一緒にいてしょうもない嫌味聞かされるより一人の方が気楽だし、未完成を原因に何か言われてもそんな質の低い言いがかり痛くも痒くもないしね。そもそも色紙だってそれぞれが自分の担当分を持っている以上、完成するしないは個人の責任でしかないわけだし。
というわけで、理論武装と安全確保は完璧なの。でも、雅浩兄様はそう思ってくれないみたいで……。
「この前、何かあったらちゃんと話してって頼んだよね? それとも、僕が心配したら迷惑かな?」
それは卑怯だよっ?! 眉を下げてそんな言い方されて話さなかったら、雅浩兄様が心配してくれたの嫌がってるみたいじゃないっ。
「……ええとね? 三人で二十一個作るから、一人七個の約束なの。だから、他の人が一緒にやってもやらなくても、私が作るのは七個だよ?」
仕方なくオブラートにくるんで白状すると、雅浩兄様は苦笑いになった。
「わかった、そういう事ならこれ以上は言わないよ。でも、他の子の分をやってあげたりしないようにね。一度やってあげるとこれからずっと押し付けられちゃうから」
「最初からやってあげる気ないから心配しないで? 私だって習い事あるし、そこまで時間取れないもん」
「うん、それでいい」
やっと少しだけ安心したように笑ってくれた雅浩兄様が優しく頭をなでてくれる。
「でも一人でやってたらさみしいよね?」
いえ、元から生粋のソロ軍団なのでさみしくないです。なにせソロ軍団は無敵ですからね。
まぁ、雅浩兄様と克人兄様が遊んでくれるのが嬉しくて四六時中つきまとってる昨今の私しか知らないとそうは思えないだろうし、さすがにソロ軍団自称するのはどうかと思うから内緒だけど。どっからそんなネタ拾ってきたのか突っ込まれても困るし。
私の微妙な沈黙をどう思ったのか、雅浩兄様がテーブルの色紙を集め始めた。
「僕達、これから中等部の先生から受け取る物があるんだけど一緒に行こう。そのまま続きは高等部の生徒会室でやるといいよ。今日は僕も克人も生徒会室につめてるから一緒にいられるし」
ね? と笑顔で誘ってくれてるけど、後ろでヒロインさんがすんごい顔になってるよ? 私としては助かるけどいいの? 余計なお世話かもしれないけど、ヒロインさんもそんな顔して後で私が告げ口したらどうするの。本性ばれて困るのはあなたですよ?
「ううん、大丈夫。雅浩兄様忙しいんでしょ? お友達と一緒のところ邪魔するのも嫌だし心配しないで?」
とりあえず遠慮してみるけど、こういう時の雅浩兄様は押しが強いのを知っててやってるあたり、私も人の事言えないくらいには黒いかも。
「そんな事気にしないでいいんだよ。それに、美智も彩香と話してみたいって言ってたし」
あぁ、妹ねこっ可愛がりの雅浩兄様には妹褒めて会いたがっておかないと発生しないイベントあったっけ。あの表情見る限り露骨に邪魔にされてると思うけど。……ん? て事は口先だけあわせてたか、もしやのヒロインさん転生組疑惑?
なんだかややこしい事になりそうな気配だなぁ、なんて思っている間に色紙を片付け終わった雅浩兄様が私をうながして立ち上がる。さり気なく色紙を人質に取ってるあたりさすが芸が細かいですね。
ここで重ねて断るのも変だし、フラグ折りには好都合なんだよね。ちょっと考えたけど結局鞄を持って立ち上がると、雅浩兄様がヒロインさんを振り返る。
「ごめんね、ちょっと心配だから妹連れて行かせて?」
そして、完全に同行するのが決まってから同意取るとか雅浩兄様、さり気なく押し通す気満々だね?
「謝る事なんてないよ。私も噂の彩香ちゃんと話してみたかったんだもの」
だよね、そう言うしかないよね〜。でも、男にはわからないかもしれないけど、不満たらたらなの同性にはばれてますよ? 笑顔のはしっこが引きつってるからね?
「ありがとう。今更かもだけど紹介するね。この子が妹の彩香、今中等部の一年。彩香、彼女は藤野美智さん。僕と同じクラスなんだよ」
「初めまして、篠井彩香です。いつも兄と仲良くしてくれてありがとうございます」
マナーのレッスンで習った通りの完璧なお辞儀をしてみせると、ちょっと鼻白んだ雰囲気のヒロインさん――改め、藤野さん。やっぱりこのタイプはきっちりお嬢様ぶりっこされると対応しにくいって感じるんだろうな。藤野宮はそういう階級の生徒が多いから、マナーの点で完敗なのが外部生には多かれ少なかれコンプレックスになるって聞くし。
わかってるから私も普段なら高等部の外部生の先輩と話す時は意識してマナーに目をつぶる事が多い。でも、今回は少しくらい反応を確かめても許されるよね。それに、この方がゲームの彩香らしい。
「お邪魔しちゃってごめんなさい。おとなしくしてるので、ご一緒させていただいてもいいですか?」
少し眉を下げた笑顔で言うと、曖昧なうなずきが返ってくる。雅浩兄様と話してるところを見て普通の子供だと思ったんだろうけど、腐っても篠井で教育受けてるからね? その気になればちゃんと振る舞えるのだ。
「あ。雅浩兄様、その色紙持ちにくいでしょ? 私、鞄にしまっておくね」
ちゃんとばらけたり折れたりしないようにファイルも用意済み。鞄から取り出したファイルを、入れて、と口を開いてさしだす。
「ありがとう。彩香は気が利くね」
色紙を入れてもらったファイルを鞄にしまっていたら、またもや頭をなでてもらっちゃった。嬉しかったから、笑顔で雅浩兄様を見上げる。
「雅浩兄様に褒めてもらえて嬉しい。私、もっと褒めてもらえるよう頑張るね」
「彩香はそんなにがんばらなくても、もう充分いい子だよ」
そう言って雅浩兄様が手をさしだす。……はて?
「荷物貸して。持ってあげるよ」
「重たいよ?」
「彩香に重たくても僕には軽いから大丈夫」
するりと私から荷物を取り上げて肩にかける雅浩兄様。……あぁ、もしや逃亡防止? そんな事しなくても逃げないよ? 念には念を、ということか、さらに手までひかれてしまった。雅浩兄様、どれだけ私疑ってるの……。
その後、隠しているつもりでわかりやすく不機嫌な藤野さんと三人で無難な会話をしながら中等部の職員室に。雅浩兄様と藤野さんがそれぞれ何やら紙束を受け取った。でも雅浩兄様の分は、私の荷物まで持ってくれているのに悪いから奪い取った。いいって言われたけど、軽いし高等部の生徒会室に届ける物だったから、配達係のふりで克人兄様を驚かせるの、と言ったら運ばせてくれた。
だからね、もう手を繋がなくても逃げないから。持ち逃げなんて困らせるするつもりまったくないからね? ……手をつないでもらうの好きだから離さないけど。
「彩香? どうしたんだ?」
高等部の生徒会室にはいるなり、克人兄様が驚いたような声をあげた。克人兄様が座っている席に近づいて、持っていた紙束を差し出す。
ちなみに生徒会とは無関係の藤野さんは、生徒会室に来る前に雅浩兄様の教室に送り届けてきたからもういない。
「雅浩兄様のお手伝いなの」
いたずらの成功が嬉しくて笑うと、克人兄様は首をかしげながらも受け取ってくれた。
「あぁ、これ受け取ってきてくれたのか。ありがとうな、彩香。――で? どういう事なんだ?」
私の頭を軽くたたいてから、雅浩兄様に視線を送る。と、机の書類に何かメモした雅浩兄様がそれを克人兄様に渡す。さり気なく目をやるとそこには、またやられてたからさらってきた、と走り書きされていたけど見なかった事にしておこうっと。普通なら読み取れるタイミングじゃなかったし。
「ここ間違ってる。――彩香と行きあったから、僕が誘ったんだけどそれが?」
「って、うわ、誤字とか恥ずかしい事やらかした」
メモを確認した克人兄様は頭をかいてその紙をふせる。
「ま、これは後で直すとして。そういう事なら今日は三人で帰るか。たまには何か食って帰るのも悪くないだろ?」
「いいね。最近忙しかったし、たまには三人でゆっくりしたいな」
二人してたたみかけられ、首をかしげる。忙しいならたまにははやく帰って休めばいいのに。
「彩香は嫌?」
「嬉しいけど、二人とも忙しいんでしょ?」
「だからこそ、息抜きに彩香から癒し成分補給したいんだよ。付き合ってくれるだろ?」
私が癒しとかあり得ない事言った?! あり得ない! 大切だから二回言ったよっ!
「……本当に大丈夫?」
気を遣わせちゃったかなぁ、と思いながら言うと、二人そろって笑顔でうなずいてくれる。
「僕達は彩香と一緒に行きたいんだ。迷惑じゃなかったら付き合って?」
だめ押しとばかりの雅浩兄様の言葉に、申し訳ない気持ちがあっさり嬉しいに敗北。だって、三人で食事とか中等部に入ってから初めてだもの。前回から半年以上たってる。
「ありがとうっ。すごく嬉しいっ」
なのでつい満面笑顔でお礼を言ったら、二人とまわりにいた人達まで一瞬かたまった。……なぜ?
「……いやこれは……」
「……あぁ、なんか会長と篠井君が大事にするのがわかるな」
「これは中等部までお迎えに行っちゃいますよね……」
などなど。なんなんですか、みなさん?
きょとんとしていると、雅浩兄様が頭をなでてくれた。少し顔赤くない? この部屋暑いのかな?
「じゃ、悪いけど僕達の仕事が終わるまで待っててくれる? そうだな、克人の隣少しあけてもらえばいいか」
「え? 悪いから隅っこでいいよ」
「こっちの方がいいんだよ。部屋の中よく見えて面白いだろ?」
言いながらばさばさと書類を寄せて場所を作ってくれる克人兄様。
「それに、反対側の隣が僕の席だから彩香も安心できるかなと思ってね」
確かに克人兄様のあけてくれた場所の反対隣には雅浩兄様のペンケースが。二人の間なら安心というか、居心地よさそうだけど……。
「邪魔じゃない?」
「「そんな事あるわけないから」」
見事なユニゾンで答えてくれる兄様達。
「私達も問題ありませんよ。ご遠慮なさらず、お兄様方の間にお座りくださいな」
「そうそう。そこが一番こっちの目にも楽しいから」
「だよな。ぜひそこで」
他の人達にまで勧められ、首をかしげながらもうなずく。
「じゃあ、邪魔にならないようおとなしくしてますね。しばらくお邪魔します」
言って私が頭を下げると、みんな笑顔でうなずいてくれた。いい人達ばっかりだなぁ。
――――――――
翌日、私が今度は雅浩兄様に見つからない場所にしようと歩き回っていたら、突然声をかけられた。
「ちょっと付き合いなさいよ」
「……はい?」
いかにもな上からの言葉は藤野さんのもの。いや、いくら紹介されたといえど、私が年下でもそんな言い方されるいわれはないと思うんだけど?
面倒そうだな、と思って足を止めたままでいたら思い切りにらまれた。うわ、酷い顔。悪霊でもついてませんか?
「ついてきなさいって言ってるの。言葉くらいわかるんでしょ?」
分かりやすすぎて挑発にもなりませんて……。本当、この人馬k――こほん。ちょっと考えが足りなくていらっしゃる?
こっちとしては人目避けないといけない理由なんてないし、付き合う義理もない。そして今日は英会話のレッスンがあるから余裕は三十分しかない。応じるのは得策じゃないかな。
「ごめんなさい、今日は時間がないので今度にしてくださいませんか?」
丁寧に頭を下げたら小馬鹿にした笑いが降ってきた。
「私が用があるって言ってるんだから付き合いなさい」
……あなた何様ですか? 思わずほおが引きつる気分だったけど、顔には出さない。不愉快な時ほど平常心の笑顔を維持するのが大切、とマナーの先生に言われてるしね。付け入る隙を見せるのは得策じゃない気がする。
「別にいいわよ? ここであんたがどんな生まれなのか話してあげても、私はかまわないんだから」
――へぇ? さすがにただの……じゃないのかな?
どこからつかんできたかは知らないけど、私に対する脅しとしてはましになってきた。ただ、やり方間違えたね? 私自身の事なら何言おうがかまわないけど、その話題放置すると雅浩兄様も克人兄様もすんごい怒るし――悲しむ。深く考えずに自分達が私のわがままを聞き入れたせいだ、と言って悔やんで辛そうな顔をする。夏の一件でそうとわかったから、二人の耳に入りかねない所でそんな話をするつもりなら許さないから。
それに、兄様達の様子見てたら私を大切にしてくれている事くらいわかるはず。なのに私を傷つけてかまわないって思ってるのなら、それは二人を傷つけてもいいって思ってるって事だよね? この人なりに二人に対して好意があるんだろうからと思って直接事構えるのは避けてきたけど、そういうつもりなら容赦しない。
「そこまで言うのなら……。でも、手短かにお願いしますね?」
徹底抗戦なら人目避けるのは悪くない。そう思って折れると、満足そうに人気のない方へ歩き出す藤野さん。先に行くって……。ここでついて行かなかったらどうするの? こういう場合は横に並ぶのが常識だと思うんだけど……。指摘してあげるのも変だもんね。
少し歩いて、移動の動線から外れた木陰にたどり着く。さすが、こういう場所の心当たりはいくらでもあるって事なのかな。
……ん? なんか人の気配がある?
私がわずかに目を細めたのと、死角になっていた場所から人が現れたのは同時だった。あらやだ、待ち伏せ?
「お待たせ、文也くん」
「いいよ、全然待ってない」
一瞬でヒロインモードになる藤野さんと、それに笑顔で応えたのは中等部生の――あぁ、中等部三年、ゲームでは後輩ポジションだった相良文也先輩だ。幼稚舎から通ってるのにいまだにエンブレムなしの、兄様達に比べたらスペック見劣りが甚だしい人なんだよね。
ちなみに、藤野宮では外部入学より難しい内部推薦合格者に渡されるエンブレム、回数によって色が違う。一回が薄紅、二回目が白、三回目が薄紫――藤色だ。四回目は大学部になって私服になるし、希望する学部がないからと外部に進学する生徒も増えるから存在しない。ただ、エンブレム持ちが藤野宮から外部に進学するか大学部を卒業する時には記念として小さな盾が贈られるんだけど、それに刻印される藤の模様が一層豪華になる、と聞いた事がある。
ま、それはおくとして。人前で本気出したりしたらまずいかも。私が本気になると昔の口調と態度が出るに違いないもんね。でも外部生なら警戒したけど内部生ならある意味安心かな。嫌がらせも節度を失わないし、暴力を振るわれる心配もない。
というか、こんな裏現場に攻略対象使うとか、もう攻略済みで何見せても平気って事なの? うっわ、最低。恋人扱いじゃなくて道具扱いしてるじゃない。やられてる方も気がつこうよ……。じゃないと劣化コピー君って呼んじゃうよ?
なんてことを考えてながら立ち止まってふりかえった藤野さんを黙って見上げると、何やら勝ち誇った顔だ。
「あんたの正体はわかってるのよ。ばらされたくなかったら邪魔はやめなさい」
「……はい?」
「あんたも転生者なのはわかってるの。ばらされたくないでしょ? 雅浩と克人の攻略邪魔するのやめたら黙っててあげてもいいわ」
「…………はぃ?」
……何を言われてれてるのか、理解できないのは私が悪いんでしょうか?
「まさか私以外にも転生がいるとは思わなかったし、まさかこんなに邪魔してくれるとはね。でも、雅浩の実の妹じゃないなんて弱点があって、しかも転生だなんて知られたくないわよねぇ?」
…………や、悪役笑いにあってるけど。……ええと、言っちゃっていい? いいよね?
この人本物の馬鹿だ……。本っ当、感心するくらい馬鹿だわぁ。すごく大事なのでもう一度。この人馬鹿ですよっと。
まず、私が篠井の実子でも養子でもないのが秘密なのは長くて後九年。早ければ高等部に上がる頃には広まる予定の話だもの。そんな話、ばらされても痛くも痒くもない。兄様達を悲しませるのは嫌だけど、本当は広まってしまった方が楽なんじゃないかと思ってる。篠井の両親の思惑で籍を入れてないとなれば、悪く言った瞬間篠井を敵に回す事になるから言いにくくなるはずだし、篠井の両親が雅浩兄様の婚約者候補として私を教育中、なんてすごい誤解も成立するからね。
しかもその上、転生だとばらされたくなければって……。どうやってそれを証明する気なんですか……? そりゃ、私の過去を調べれば三歳の時に一年以上病気で家にこもってた話は出てくるだろうけど、私が知らないと言い張ったら立証できる証拠なんてない。そもそも、この人は、前世の記憶がある私が逆ハーレム作るのの邪魔して困ってます何としてください、とでもみんなに言うつもりなの? 間違いなく頭疑われるの藤野さん自身ですよ……?
「ええと……。具体的にはどのような?」
なんだかめがいがする気が……。でも一応今後の計画を聞いてから答えを決めよう。そう思って尋ねると、藤野さんは意気揚々と答えてくれるご様子。
「そうねぇ。まずは理事長の大伯父様に話しましょうか?」
……いや、学園側は私の出生も病歴も把握してますから。あなただって入学する時、健康調査とか戸籍関係の書類とか提出したでしょう……?
「匿名で生徒会に投書してもいいわね」
……高等部の生徒会長は克人兄様だから間違いなく黙って犯人探しして、あなた捕まえると思う……。他の生徒会長だってそんな怪しいもの、公表せずに無視するか職員会議に持ち込むと思うんたけど……。
「それとも、マスコミに投書しましょうか?」
……え〜と。公然の秘密ネタと中二病発言なんて誰も相手にしてくれないかと……。
「もちろん、ネットにもばらまくわよ?」
……うん、篠井の両親と兄様達本気で敵に回すフラグだね。場合によっては克人兄様と久我城の小父様小母様も敵になると思うんだけど……。
ここまで見事な自爆フラグをそんな自慢げに語られてもリアクションに困る……。
…………残念すぎる。あらゆる意味で残念すぎるよ……。一瞬でも本気になった自分が恥ずかしいっ。というか、こんな酷い人好きになっちゃ駄目でしょ?! 兄様達女見る目なさすぎるから! もういっそ一生独身貫いたらどうでしょう?! それが世のためグループ会社のためだと思うよ!
「さぁ、どうするの? ……と言っても答えはひとつしかないわよねぇ?」
しかも勝ち誇られた?!
……いやもう、なんか勘弁してください……? それにさ、相良先輩。あなた、目の前で好きな人が他の男口説くために後輩脅してるんだよ? 格好いいって思ってそうな顔で見守ってないで、どれだけ残念なことしてるか教えてあげようよ……。一応、エンブレムなし生徒の中では上位だよね? もう少し正常な頭してたんじゃないですか?
藤野さんに攻略されると馬鹿になる呪い、まさか実在してるの……? それとも、藤野さんが感染するのかな……?
なんか、馬鹿らしすぎて本当にめまいしてきたかも。あ~ぁ、ここで一つ一つ指摘指摘あげてもいいんだろうけど、正直面倒くさい。放置して勝手に自爆してもらってもいいのかな? あぁ、でもそうするとここまで残念な子なのが兄様達にまでばれちゃう。初恋なんて大抵黒歴史化するものだけど、これはあんまりにも酷すぎるよね。
どうしよう……? 困ったな。もしかして意外と面倒な事になってない?
「さっさと答えなさいよ」
「うるさいな、今考えてるんだから馬鹿は黙ってて」
「……なっ?!」
「ふざけるなっ!」
自分の考えに没頭し始めた私がつい雑な返事をすると、二人が突然真っ赤になって怒り出す。そのまま相良先輩が手を振り上げて近づいてきた。殴られるとわかったけど、一瞬ちらついた光景が体を縛る。
次の瞬間、派手な音と同時の衝撃によろめいた。勢いに負けてそのまま尻餅をついてしまう。うわ、思ったより痛いし、制服が土で汚れちゃった。
「お前等何してるっ?!」
離れた所からの怒鳴り声に、二人が弾かれたように逃げ出した。声の主の姿が見えるようになった時には既に木々の向こう、だ。さすが悪役いい逃げ足、とでも言うべきなのかな……?
「逃げられ――って、彩香っ?!」
追いかけるだけ無駄だとふんだのか減速しつつつぶやいた人影が私を見て驚きの声を上げた。
「かつ……っ?!」
克人兄様、と言いかけた口からぼたぼたと赤い滴が落ちて慌てて口を押さえる。制服が赤い水玉模様にっ?! どうしよう?! やだまだけっこうな血が出てる?! 口の中一杯になっちゃったらどうしよう飲むフラグですか生き血とか勘弁そんな趣味ないうわ鉄臭いぃっ。
「落ち着いて。体傾けて制服にかからないように地面に吐けばいいだけだ」
口を押さえて半泣きになっていたら、克人兄様の冷静な指摘が。そうだ、その手があった! この際見た目がどうとか気にしてられない! 景気よく地面に口の中のものを吐き出した。
「――かなり切ったな」
私の吐き出した血の量を見て克人兄様が顔をしかめ、すぐにスマホを取り出した。
「まだ止まってないようなら飲み込まないで吐けよ?」
応答待ちの間にそう言って、軽く抱き寄せられた。……はい?
「今すぐ鞄持って車に戻れ。彩香が殴られ――って、ごちゃごちゃ質問してる暇があったら急げよ。彩香は俺が――って、切りやがった」
スマホの画面を憮然とながめる克人兄様の視線を追うと、そこには雅浩兄様の名前と通話終了の文字が。雅浩兄様が一方的に電話切るとか何事ですか……。礼儀正しい雅浩兄様らしくないよ。
「ま、いいか」
苦笑いでスマホをしまうと立ち上がる克人兄様。少し雑に私の頭をなでてくれた。うん、こういう子供扱い大好き。
「動く前にもう一度口の中空にしておけよ」
言われてまたもや血を吐く私。なんだか軽くホラーな気分。ちょっとしょんぼり気分になっていた隙にするりと抱き上げられた?!
「ちょ、え、何?!」
「彩香が歩くよりこの方が速い。それに血染めの制服とその顔さらして歩くのはまずいだろ? 調子悪いふりで俺にくっついてな。雅浩より先に着かないとまずいから行くぞ」
突然のお姫様抱っこに混乱する私を尻目にさっさと歩き出す克人兄様。確かに派手な水玉つけちゃった制服で歩き回るのはまずいだろうから、おとなしくくっついてようかな。恥ずかしいし高いから怖いけどっ。
私を抱えているのに普段より――私と一緒の時よりも随分速い歩調で歩く克人兄様。いつもは私の速度に合わせてくれてたんだなぁ。しかも思ったほど揺れない。さすがでございます。
克人兄様が送迎用の駐車場の入口に着くと、既に篠井の車がドアを開けて待機していた。雅浩兄様はやっ?! 高等部からの方が遠いいんだけど?!
地面に降りる事なくそのまま後部座席に降ろされる私。
「口の中酷く切ったみたいだから口腔外科にしろ。――ちゃんと診てもらって来いな?」
既に車中の人だった雅浩兄様にそう声をかけ、私の頭を軽くなでると克人兄様がドアを閉めて車から離れた。と、間髪入れずに動き出す車。だから手際よすぎですって。
事態についていけず瞬きをしていたら、不意に顔に影が落ちた。何かと視線を上げた先には――
反射的にそれをふり払って逃げようと後ずさる。わずかに下がってもすぐにドアにはばまれ、何も考えないまま開けようと手を伸ばす。だって、逃げなきゃまた――
「ドアロックして」
酷く静かな、それでいて苛立っているのがわかる声に体がすくむ。やだ怖いなんでこんな怖い思いしないといけないの?
怖い、酷い、とつぶやきながら、抑え切れなかった涙を雑にぬぐう。つぶやく度に口の端から何かがしたたって、それもこすると手が赤く汚れた。ただそれだけの事が酷く嫌で余計に涙がこぼれる。
「彩香、僕の声がわかる?」
その声がやけにすんなり耳に届いたのは、困りきった気配なのにそれでも案じてくれる調子だったからかもしれない。しゃくりあげながら視線をむけると、雅浩兄様と目があった。
「怖いの?」
何がとは問わない柔らかな質問に小さくうなずく。
「触れたら怖い?」
だいぶ範囲が狭まった問いには首をかしげる。だって、さっき、私はこの人の手が怖かった。雅浩兄様以上に私を大切にしてくれる人なんていないのに、私が本当に嫌がる事をするはずがないと知ってるのに、それでも怖かった。
「僕が近づいたら怖いかな?」
見慣れた優しい笑顔での言葉に少し考える。さっき怖かったのはこの人自身じゃなかった、と思う。怖かったのは――
「手、が」
「手?」
聞き返されてひとつうなずく。
「手が、怖かった、の」
嗚咽の間に痛みを堪えながらつぶやくと、雅浩兄様が自分の手を見つめる。
「僕の手が?」
「急に、側にあった、から。また、叩かれるって、思った、の」
まだとまらないのか、しゃべると少しずつ血がこぼれる。嫌だなと思ってまた手でこすったら雅浩兄様が苦笑いでハンカチを取り出す。私が少し手を伸ばせば取れるけど、雅浩兄様が私に触れるには遠い、その位の微妙な位置に置かれたハンカチ。
「使って? 手でこすると顔になすって広げちゃうよ」
そういえば私もハンカチくらい持ってたっけ。でも、今更自分のを出すのも変だからありがたく使わせてもらっちゃおう。
「ありがとう」
なんとか笑みを作ってお礼を言うと、雅浩兄様は気にするなというように小さく首をふる。
「怖がらせちゃってごめんね」
言って座り直す仕草で少しだけ私から距離を取る雅浩兄様。あれ? もしかして避けられてる? ……叩かれると思ったなんて言ったから嫌われた?
そう思ったら、おさまりかけていた涙がまたあふれてきた。
「ちょ?! 何?! どうしたのっ?!」
慌てた声がして手がさしのべられかけて――とまる。雅浩兄様はそのまま自分の手を見つめてかたまった後、手を握りしめて下ろす。え、もしかして触れるのすら嫌なほど……?
「そんな風に泣かないで。何がそんなに辛いのか教えてくれる?」
意識して和らげたのだとわかる声に頭をふる。だって、話したら雅浩兄様は否定してくれるに決まってるから。せめてなんとか泣やもうと嗚咽を抑え込もうとしていたら、あぁもうっ、と雅浩兄様が頭をかきむしる。そして私を見てため息を一つ。
「ごめん、怖かったら言って」
何を謝られたんだろうと思う間もなく、体を乗り出した雅浩兄様の腕が私を引き寄せて抱き込む。そのくせ、引き寄せた後はすぐにでもほどけそうなくらいの柔らかさで腕がまわされ、片手がなだめるように背中をなでてくれる。
「大丈夫、彩香が怖がるような事はしないよ。無理に泣き止む必要もないから」
言い方が悪かったね、と耳元でささやかれ、目をまたたく。
「辛いなら我慢しないで甘えて欲しいって言いたかったんだよ。僕が側にいるのに一人で泣いたりしないで」
君はいつまであの時のままなの、と酷くもどかしげな声がして、少しだけ腕に力がこもる。
「彩香は僕が怖かったんじゃないよね。叩かれて怖い思いをしたばっかりだったから、顔の側に手を出されたのに驚いたんだろう?」
雅浩兄様の確かめるような言葉にうなずくと、うっすらと笑いの気配が届く。
「すぐに気づけなくてごめんね。僕が彩香を嫌いになるなんてあり得ないから心配しないでいいんだよ」
きっぱりと言い切られて雅浩兄様の顔を見上げると、思っていたより近くにある顔にちょっと驚いた。でもまぁ、腕の中におさまってるんだから至近距離で当然だよ、ね? 兄妹っていうより恋人接近な気がしないでもないけど、気のせいだよね?
そんな事を考えていたら、雅浩兄様がふわりと笑う。痛むほおには触れないように慎重に涙をぬぐってくれた。
「でも、少し安心したのも本当なんだよ? 彩香は辛くても我慢しちゃうから、こうやって表に出してくれたのが――克人の前では見せなかった弱い所、僕には見せてくれたのが嬉しいな、なんて思ったりして」
ちょ何なんなのこの表情凶器ですかちょっと照れた風でいてすごく嬉しそうな笑顔とか至近距離で見せないでさすが乙女ゲームのメイン攻略対象破壊力抜群ですよっ?!
絶対今赤くなってるっ。自信あるよっ。
「あれ、顔赤い? 傷のせいで熱出てきたのかな?」
いえ雅浩兄様のせいです、と言えるはずもなく曖昧な反応をしたら何を思ったのか私の前髪をよけてひたいをあわせる。
ぎゃぁっ確かに普段からしてるけど今これは反則熱ない大丈夫だから離れておかしくなってる心拍数がさらにやばくなるってっ?!
「少し熱いかな? ……辛くない?」
だから今は顔を近づけないでーっ! 心配してくれるのはありがたいけど、顔近いって! 今まで雅浩兄様がどれだけ側にいてくれてもどんな顔してもこんな事なかったのになんで赤くなるかなっ?! 去年の夏休みに流星群観察した時とかもっとくっついてたよね?! 夏とはいえ標高高い場所での夜は寒いからって、雅浩兄様に寄りかかって後ろから抱きしめてもらってたよね?! それがあんまりあったかくて心地いいもんだから熟睡しちゃって翌朝克人兄様に笑われたんだから、間違いないっ!
だから赤くなる必要ないんだって、落ち着け、私! 相手は高校生だ。はるかに年下! 雅浩兄様はまだ誕生日前だから手を出したら犯罪……って何を考えるの〜っ?!
「腫れてきちゃったね。――誰にやられたの?」
「――三年の、相良、先輩」
すごく優しい笑顔で、それも息がかかるほど間近で言われて思わず答えてしまった。
すると満足そうに笑みを深くする雅浩兄様。
……でもこの人ってこんな笑い方したっけ? すごく優しく笑ってるのになんだか怖い。怖いのに引き寄せられるみたいに目が離せなくて――心の奥がざわつく。
「他にも誰かいたよね? 彩香を呼び出したのは誰?」
いや、ちょっと待って、これ誘導尋問……?
今は答えない方がいい、とほうけたと意識を切り替えるために瞬きをする。話すのはちゃんと何をどう伝えるか考えてからにしないと、と思うのに痛みがないほどにそっと、腫れているらしいほおをかすめていった感触に思考がとまった。
「誰が君を呼び出したの?」
重ねられた質問に息を飲む。視線を逃すのは許さないとばかり髪の中にもぐった手の感触が、さっきと同じ笑顔を向けてくる相手への違和感を強める。
――雅浩兄様のはずなのに違う人にしか思えないこの人は一体誰?
そう思った時、不意に答えにたどり着いた。これ、パーティとかで信用してない人から情報引き出してる時の顔だ。自分に向けられる事がなかったから気づけなかったけど、見覚えはいくらでもある。
――つまり、私、疑われてるの? こんな、家族と親しい人には絶対向けなかった顔で問いただされるほど、信用されてなかったって事なのね……。
「彩香?」
答えをうながすような声とともに指先が顔に触れた。動きでまた涙がこぼれたのだと知れたけどどうでもいい。何が原因なのかもわからない。ただこの人も所詮は他人でしかなかったと思い知らされたのだけが少し痛い。
「藤野さん」
「うん?」
「私呼び出したの、藤野さんだよ」
反応を見たくなったのもあって告げると、信じられないというように目が見開かれる。嘘だろ、と声にしないでつぶやいたのを見て、なぜだか笑みが浮かんだ。
「信じないでね?」
つけたしたら、私を見下ろす顔がこわばった。苦しげに眉をよせて、何か言いかけた唇が結局音をつむがないまま閉じられる。体にまわされた腕に力がこもり、首筋に顔を寄せるような体勢にさせられた。
「――ごめん」
押し殺されたつぶやきには小さく否定を返した。だって、この人は大丈夫だ、なんて勝手に思い込んだ私が悪かっただけ。 相手が私にどんな感情を持とうと、それが私の望むものであろうとなかろうと、相手がそんな事を気に病む必要などあるはずもない。だからこそ、向けられる感情の質には常に気を配らないといけないのに、与えられる温もりが嬉しくて――あまりにも幸せで、注意をおこたった私が馬鹿だったというだけの話なのだから。
お読みいただきありがとうございました♪
最後付近の彩香の台詞「信じないでね?」がわかりにくいとご指摘がありましたが、考えた結果、補足は削除しました。
それでも、という方は感想ページをあさってください。
あくまでも現時点で説明できる範囲の、ですが彩香の心理について補足したやりとりがあります。