スマホとお茶と幸兄と。
今日はうちの――特に誰の、という事のない篠井家共有の応接室に、私と雅浩兄様と克人兄様と桂吾がそろってる。
なぜかというと、幸兄からアプリ経由で会話――チャットの申し入れがあって、それを受けたから。
これまでも何度かお見舞いとか軽い機嫌伺いみたいなメッセージは来てたけど、そっちは雅浩兄様が中継してくれたから直接のやりとりはしてない。……というか、させてもらえない。まぁ、幸兄と私が直接会うとろくな事にならない、という兄様達の判断は間違ってないと思うし、異論はないんだけどね。
でも、今は私が階段から突き落とされた一件以降、藤野さんは一度も登校してこないし、幸兄はのらりくらりと政孝父様と雅浩兄様の呼び出しをかわし続けてる、という状況なんだよね。そんな時に、この申し出を受けたら政孝父様達との面談に応じる、というカードを出されたから、応じたほうがいいのかな? となった。
雅浩兄様は、嫌なら断ってかまわないよ、と言ってくれたし、ずるずる面談から逃げて不利になるのはむこうなのは確か。応じる必然性はあんまりなかったんだけど、それでも私は応じてみる事にした。ただし、桂吾から全員がチャットに参加できる時間で、かつ、私個人のスマホは使わない、って条件を出されたからこんな事になったんだよね。
私が雅浩兄様のスマホを借りて、雅浩兄様は隣にいる克人兄様のスマホをのぞき込んでる。テーブルの上は例によっておやつセットが並んでいて、紅茶は桂吾がいれてくれた。私の部屋じゃないのはさすがにこの人数だとテーブルがせまい、というだけの話。
桂吾は私の隣で自分のスマホをながめながら紅茶をすすってる。
「でも本当によかったんですか? 応じなくても不利な事はなかったんですよ?」
「まぁね。でも、こういう形であの人と話すのも面白そうだと思ったんだよね。これなら、面と向かってだと怖くて言えないような事も言えそうだし」
「そりゃ、そうですけど」
「それに、いい加減あれこれ決着つけたいから。……今日は昔の感覚で行くよ。かなり性格悪くなるから注意しててね」
「了解しました。ま、俺にとっちゃ今更ですが」
薄く笑って流す桂吾に小さく笑い返す。確かに、桂吾は見慣れてるもんね。
「どのくらい変わるのか楽しみかも」
「ま、興味がないとは間違っても言えないな」
雅浩兄様と克人兄様ものんびりとした返事をくれた。でも、兄様達にあんまりひかれないようには気をつけよう……。昔のスイッチ入った時の性格悪さは自分でもどうかと思うもんなぁ……。
さて、そろそろかな、と思って画面を見たら、狙ったかのようなタイミングで幸兄からのメッセージが来た。
『そろそろ時間だね。そっちは全員そろってるかい?』
『そろってるよ。雅浩兄様のスマホ使ってるのが私』
『打ち合わせ通り、という事かな。それにしても入力速いね?』
『単純作業ですから。ただ、機械の反応速度以上にはできませんけどね』
たぶん、私がスマホ嫌いっていう前情報から苦手だと思われてたんだろう。でも、私はこういう単純作業は速い方だ。だいたい、手を動かす範囲も狭いしキーの配列さえ頭に入れば間違えようもないだろう。あとは変換の癖だけど、それもたいした問題じゃない。
『……相変わらず、のようだね』
いくらか間があったのは通信速度のせいじゃないはず。幸兄は私がこういう言い方をすると決まって嫌な顔をしてたもの。でも、あの人が沈黙がわりに三点リーダー打ってよこすとは思わなかった。
『単刀直入に言います。変わっていて欲しいのか、変わらないでいて欲しいのか、どちらなんです?』
『……どういう意味かな?』
また、一拍あけて返事が来た。ちらりと桂吾に視線をむけたら察したのか何か操作を始めた。それを確認しつつ、返事を打つ。
『言葉通りですが。あなたは私に高浜綾であって欲しいのか、新しい環境で篠井彩香としてやり直して欲しかったのか、どちらなんです?』
私が送信するのに一拍遅れて、桂吾のスマホからメッセージ受信を告げる短い電子音がした。環境の違いもあるから絶対ではないけど、着信までのタイムラグがこれでおおよそわかる。そうすれば、幸兄が返信にかける時間も大雑把に計算できる、というわけ。
『俺は、君に会いたかった、と言ったはずだけどね』
『ええ。ですが、それが昔とまったく同じ私なのかどうかは別問題かと?』
着信と同時にたたみかけるように返信する。悪いけど、そっちにペースつかませるつもりはないからね?
「嫌がらせ速度の返信ですね」
隣で桂吾がくすくす笑うのは、意図に気づいてるからだと思う。
「これでも加減してるんだけどな」
「相変わらずの処理速度はさすがですけど、やり過ぎで自爆しないでくださいね?」
「わかってるって」
私達が軽口をたたき終わる頃になってようやく返事が来る。
『君は、何を知りたいんだい?』
『あなたの本心を』
『本心?』
『ええ。たとえば、昔私が虐待されたのに気づく度、やめさせようと躍起になってましたが、あれ、本当に止める気がありました?』
真正面からの切り込みに、兄様達が息を飲んだ。桂吾は予想してたのか片眉を上げただけで黙ってる。
少し待って、でも返事がなかったから待つのをやめて返事を打ち始める。
『あなたが動けば動くほど、やり方が陰湿で危険になっていたように思えますが、とめるふりであおったわけではないんですよね?』
メッセージの文字数制限が面倒だな、と思いながら、文の変なところで切れないように調整を入れる。……何割かはたたみかけるためなのは認めるけども。
『あなたに依存させるためにわざとまわりとの関係をこじらせようとした、なんて思惑がまったくなかった、と言い切れますか?』
『あなたならすぐに気づきましたよね? 私があなたより優秀だという事。自分より能力が上の相手を自分なしではいられないようにする、それを快感と感じてはいませんでした?』
立て続けの着信音がとまって、ゆっくりと二十数えても返事がなかった。顔が見えないからむこうがどんな反応をしているかわからないのがネックだけど、まぁ、そう簡単に返事をできる内容じゃないもんね。ただ、それを待ってあげるつもりはないんだけど。
『会話に応じていただけないのであれば退席しますが』
『暇ではない人に時間を作ってもらっていますので、無駄な事はしたくないんです』
『無反応は了解と受け取らせていただきますが、かまいませんね?』
桂吾のスマホの着信音から数えて、きっちり五秒間隔でメッセージを送りつける。
「……性格悪りぃ」
と、万感のこもった桂吾のつぶやきが耳に届く。ほぼ同時に兄様達がふき出した。
「酷っ?!」
「いや、本当、あんただけは敵にまわしたくねぇな」
「酷い、まだ全然本気出してないのに、このくらいでそれ言われたら私どうしたら……」
「問題そこっ?!」
私と桂吾の漫才に雅浩兄様のつっこみが入ったところで、スマホから着信音が。
『否定はしないよ。ただ、』
変なところで切れてるのは、続けるから待て、という意味かな? さすがに今はたたみかける場面でもないしおとなしく待ってみる事にしよ。
『あの当時はそれを意図していたわけじゃない。それもまた確かだね』
『無自覚なら罪が軽くなるとでも?』
『違うよ、そうじゃない。俺が言いたいのは』
『気づきたくない自分の心理にふたをする、だなんてよくある現実逃避で免罪符にはなりません。少なくとも私にはあなたを恨むだけの理由があります』
『あなたが私を排除しようとした動機は想像がつきます。こいつさえいなければ、と思っていたのはお互い様なのでどうこう言うつもりはありませんけれど』
『だからこそ、私があなたを憎んだとして、それを誰かに責められるいわれもないですよね。客観的な事実としてあなたは恨まれるにたる事をしたんですから』
『過去を知られたくなければ、というのは脅し文句にはなりませんよ。私は自分の身に起こった事を知られるよりも、昔のあの環境に引き戻される事の方を苦痛と感じますから』
『あなたも少し自分のしでかした事を客観視してはどうです? お手伝いしますよ』
言葉をぶった切る形で、立て続けにメッセージを送って口をはさませない。面と向かっていたら、幸兄の視線や仕草で崩されてしまっただろうけど、メッセージのやりとりならタイプが早い私の方が有利だもの。
この後は打つのも読むのも楽しくない、幸兄の所業の羅列とそれに対する私の反応、両者に対する考察を延々打ちまくったんで割愛。すごく精神衛生上よろしくない話だった、とだけ。
「……あの論文、あれで手加減してたんですか……」
横からコメントする桂吾の声はものすごく苦くて、盛大なため息とセットだった。
雅浩兄様は最初怒ってるみたいだったけど、だんだん顔色が悪くなってる。克人兄様も同じような感じ。
「気分悪くなるし、読まない方がいいよ?」
まだ数え上げながら苦笑いで言ったら、ため息の三重奏が返ってきちゃった。
「確かに知って気分のいい内容じゃないけど……。思い出してる彩香だって辛いよね。だから、彩香が知られたくないんじゃなければ、僕はちゃんと最後まで知りたい」
「辛いのは今更だし、知られたくなければここで書き出したりしないよ?」
「なら、最後まで一緒にいさせて?」
やせ我慢が見え隠れする、それでもいつもと同じようなやわらかな笑顔の雅浩兄様の言葉が嬉しくて、笑顔でうなずく。
「……本当、これは彩香の人間不信もしかたない、……というか、よくこの程度ですんでるな……?」
「もうこの人は化け物でいいんじゃないか……? これに耐えてきたとか、炭素繊維並みの精神強度だろ……」
「桂吾、化け物はいいけど炭素繊維は酷いから」
「逆だよ? 逆だよね? 炭素繊維の方が彩香にとっては悪口なの?」
「化け物なら少なくも生命体だもん。単なる物質扱いは酷い」
「そこっ?! 基準そこでいいのっ?!」
「物質は個体として尊重されないから嫌なの」
「……なんだかよくわからないのは、僕が悪いのかな……?」
「いや、俺もわからないから気にするな。たぶん、彩香は特殊例だ」
「そうか? 俺にはわかるから、この場のシェアは半分だぞ?」
「先生、わかってて言ったんだ……?」
「今更この人がその位で怒るわけないからかまわねぇんだよ」
さすがに重たくなった空気を解したいのか、一度口を開いたらなんとなく軽口が続く。まぁ、兄様達は本気であきれてそうだけど、桂吾は完全に面白がってるな。
その後もひたすら幸兄の悪行? を書き連ね続けた。その間、むこうからのメッセージは一度もない。
『なんでしたら、細大もらさずすべて書き連ねる事も出来ますが、さすがにそれも悪趣味ですからこの辺にしましょうか』
「本気で思ってます?」
「ううん。書くのが面倒になってきただけ」
「でしょうね」
おかしそうに笑ってるあたり、桂吾はやっぱり変わった精神構造してると思う。あれだけ気分悪くなる文章読まされて――会話開始からすでに二時間はたってる――平然と笑えるあたりが流石としか言いようがない。
ぶっちゃけ、幸兄が途中で読むのをやめてスマホを放置してる可能性も考えてないわけじゃない。でも、そうなってたとしても、いつかは兄様達と桂吾にはおおよそどんな事があったのかは話さなくちゃと思ってたからね。無駄にはならないし、まぁいいか、と。
『反論反証などがあれば承りますが?』
わざとらしくそれまでよりゆっくりと間をとって送信して、様子見。
『どれも身に覚えがあるけど、ここまで詳細に覚えてたとはね』
『お望みでしたら正確な日時と場所もお聞かせできますよ』
『いや、それは遠慮しておこうかな。……正直、長文を打つのは億劫だから通話に切り替えたいんだけど、かまわないかな?』
『でしたら終了でかまいません』
幸兄の言葉を一瞬の間もなく拒否する。
『なにか勘違いをされてませんか? 今回の接触を望んだのはあなたで、私はそれに応じているだけです。こちらがあなたにあわせなければいけない義務はありません』
『義理くらいないかな?』
『これまでのメッセージ履歴を公表してよろしければ考慮します。被害が大きいのはそちらかと思いますが?』
断固拒否、を前面に出した返事に桂吾が小さく口笛をふく。確かに、なんで篠井彩香が高浜家の内情に詳しいのか、つっこまれたら困るんだよね。でも、私が高浜綾の生まれ変わりだと証明する事はある意味不可能だ。
だって、私、嘘発見器騙せるもん。生物学的に完全に無関係な個体なんだから、私は高浜綾じゃない、と断言するのは単なる事実の確認でしかない。高浜綾の記憶の有無にしたって、私はあくまでも私の記憶しかないんだから、他人の記憶なんてどこにも存在しない。そして私は篠井彩香なんだから、私の持つ記憶はすべて篠井彩香のものだ。
屁理屈だと思う人の方が多いだろうけど、実際私は論証に矛盾がないと納得できていれば嘘発見器が反応しないのは最近のちょっとした実験で確認済み。
脳波だの調べられたって、検査されるとわかってる時にわざわざ回転数上げてぼろ出すほど馬鹿じゃないですし。高浜綾に関する話だって、桂吾から聞いて興味を持ったから調べまわった、とでも言えば嘘だと証明するのは難しい。桂吾が高浜綾の話をネタにしてるのはけっこうな人数が知ってるんだから、そのうちの何人かが興味を持っても不思議はない。
つまり、状況証拠しかない状況でそんな与太話を本気で証明しようとすれば、やろうとした側の頭が疑われるだけ。
その上で、幸兄の所業には過去に高浜綾が書いた論文、という証拠たり得る物が存在する。そして、昔の使用人だの兄さんや姉さん達がマスコミが本気で動いたらしらばっくれ続けられるかだけど、多分そんなの不可能だ。
特に、もう辞めてる使用人なら虐待の――実際には傷害罪になるんだろうけど――時効は成立してるし、お金につられてすぐにマスコミに情報を流すのは想像に難くない。
『どちらになさいます?』
『……かわいくない事を言うようになったものだね』
『ほめ言葉として受け取らせていただきましょう』
『ついこの前まで怯えて逃げ隠れしていたとは思えない態度だね?』
『昔からこうですよ。ただ、多少自分の性格の悪さを自覚したので猫かぶるのはやめましたが』
「……多少?」
「文句あるの?」
「は――いいえ? 何も言ってませんよ?」
圭吾のものすごくいぶかしげなつぶやきを両断したら、笑い混じりの返事が来た。今、はい、って言おうとしたね? 気づいてますよ?
本当、いいタイミング。さっきから、兄様達がしんどそうになってくると必ず桂吾が混ぜ返して空気を和らげてくれる。こういう事は私一人じゃやりにくいし、桂吾がいると安心感が違うなぁ。
『君は、俺に何を望んでるんだい?』
こんな所でくるとは思わなかった質問に一瞬思考が止まる。
「私、は……」
私が幸兄に望んでいる事? 大好きでずっと側にいたかった。憎まないで欲しかった。私の存在なんて忘れて欲しかった。恨んで、憎んですらいたと思う。破滅させてやろうと考えた事だってある。
だけど、一番強いのは……?
『私は、あなたをたすけたい』
「……たすける?」
誰の声だったのか、声は拾ったものの、わからなかった。
『私は、あなたを苦しめているものから解放したかった。あの頃の私は弱くて、守ってもらえる事に甘えるばかりだったけど、私は、あなたに笑っていて欲しかった』
思い出してみれば、私が幸兄に対して追い落としたいと考え始めたのは、あの人の暴力が酷くなり始めた頃――貼り付けたようなまったく笑ってない笑顔しか見せてくれなくなった頃だった。唯一の例外は私に夢中になってる時。だから、私はこの人が高浜の跡取りじゃなくなったら、また笑ってくれるかもしれない、って思ったんだ。
『あなたが私を必要としていたのを知ってたから側を離れなかった。……でも、それじゃあなたは救われない。ねぇ、私には何ができる?』
最初はたすけたいって思ってたはずなのに、いつの間にか目的と手段が入れ替わって、少しずつ降り積もった苦しさで見失ってしまった思い。
『私はあの頃、確かにあなたが好きだった。家族として、じゃなく、一人の男として』
桂吾と親しくなるまで、私の世界に優しい人は幸兄しかいなくて、だから刷り込みのようなものなのかもしれない。だとしても、あの頃の私が幸兄を兄以上に思っていたのも確かで、――だからこそ、本気で抵抗したりはしなかった。間違っていると知っていたから、逆らうと暴力をふるわれるのを理由に気づかないふりをした。
もちろん、それが間違いだとすぐに思い知らされたけども。
『あなたにとって私はただの身代わりでしかなかったとしても』
幸兄は私に触れながら、一度だけ別の人の名前を呼んだ。それが誰なのかも知ってる。そしてたぶん、その相手をあなたが憎んでいる事も。あえてここで問いただす気はないけど、でも、私は知りながら何もしなかったから同罪なんだろう。袋小路にしか繋がっていないと知りながら、なかったわけじゃない分岐路で曲がらなかったのは、私も同じ。
『それでも、あなたが幸せである事を望まずにいられない』
きっと、夢の中で会った綾はあきれた顔をするだろう。憎んでねたんで終わらせればいいのに、いい子ちゃんは大変だ、とでも言うに違いない。きっとその方が楽だしわかりやすい道なんだと思う。でも、私はそんなのは嫌だ。
『だから、幸兄が不幸を望むなら、何度でも邪魔するよ』
だって、こんな記憶、それくらいにか役に立たないもん。偶然なのか必然なのか、誰かが糸を引いてるのか、私にはわからない。
――だったら、私がわざわざ記憶を持ったまま幸兄と関わりあえる環境に生まれ育ったのは、やり残した事にけりをつけるためだって事にする。
そんな覚悟でつむいだ言葉への返事は、短くて取りつく島もない
『いまさら、だよ』
そんな一言から始まった。
『俺はあの子に嫌われたかった。虐げて苦しめれば逃げ出してくれるだろうと思っていたのに、あの子は心を病んですら、俺の側を離れなかった』
『だから、あの時、俺はやっとそれを望んでくれた事に感謝したんだよ。恐怖に引きつった顔をするくせ、一切抵抗しないあの子を痛めつけるのもこれが最後だ、ってね』
『事がすむ度、俺の視線がはずれた瞬間、笑みを浮かべたまま涙をこぼす姿を見るのは辛かった。なのに、自分の手で丁寧に壊していくのが楽しくもあったよ』
『あの子は壊れはじめてからの方が幸せそうだった。俺におびえる事を覚えるより前と同じ笑顔で笑いかけてくれる事も増えたからね』
『だから、もう一度あの子に会えると知った時、また壊してあげるべきなんだと思ったのは否定しない。それまでの退屈しのぎに何人か壊したのも認めるよ』
『ただまぁ、信じるかどうかは好きにすればいいけど、篠井雄馬と栞の事故には関与していない。だいたい、殺す必要もなかったんだよ。篠井雄馬は君を本家の養女にしたがってたんだから』
『俺は自分の幸せなんて望んでない。あの子を、俺にとって唯一無二の存在をこの手で壊して、その後に手に入る幸せだなんて願い下げだからね』
少し時間をかけて送られてくる言葉を追っていて、思わず眼を疑う。待って、この人今どういう意味で……?
『君の答えは確かに聞いた。もうこっちに用はない。悪いけど退席させてもらうよ』
『まって』
突然の言葉に混乱したまま、それでも変換の時間すら惜しんでメッセージを送るけど、答えたのは幸兄の退席――回線切断を通知するサーバーからのメッセージだった。
「嘘でしょ……?」
お読みいただきありがとうございます♪