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病室と応接室で。

 涙をぬぐうとサイドテーブルに手を伸ばす。さっき桂吾が言ってた通り、しまってあった自分のスマホを取り出して短いメッセージを送ると、ほんの少しのタイムラグで克人兄様が現れた。

「待たせてごめんね?」

「いや、待つって程でもなかったよ。……なんかタイミング悪かったな」

「ううん、病室であんな話してた私達が悪かったんだし、気にしないで?」

 あいまいににごした克人兄様は私と桂吾が話してる最中に着いてたんだよね。ドアを開けかけたところで、話の内容を察したから外で待っててくれた。たぶん、桂吾はわめいてたから気付いてなかっただろうけどね。

 桂吾が出てったのにすぐ入ってこなかったのは間違いなく話の内容が聞こえてたから。病院のドアって案外防音性ないもんねぇ。泣いたの、たぶんばれてるんだろうなぁ。

「桂吾はどうやってやり過ごしたの?」

「ここ、つきあたりで奥には職員通路の出入り口しかないからな、そっちの方によって壁に張り付いてたら気付かれなかったよ」

 普段の桂吾だったらありえない見落としにふき出したら、私に並んでベッドに座った克人兄様が頭をなでてくれた。

「すっかり顔色もいいみたいだけど、横になってなくて大丈夫か? 何か欲しいものとかあればなんでも用意するぞ?」

 心配そうな確認に少し考えてからうなずく。

「少し喉はかわいてるけど、それくらいかな。起きてたからって、めまいがするとか調子が悪いところもないし、大丈夫だと思う」

「そっか、大丈夫ならよかった。でも心配なんだ。ベッド起こすから横になっててもらっていいか? 飲み物はすぐ用意するよ」

「はぁい」

 言われてもう一度横になると、克人兄様が電動スイッチを操作して、何か飲みながら話すのに不便のないくらいまでベッドを起こしてくれた。その後備え付けの冷蔵庫から取り出して渡してくれたのは、香りづけに果汁を加えた水だった。

「しばらくまともに食べてないし、少し飲んで気持ち悪くならなければ、軽いもの食べてみような」

「うん。ありがとう」

 味の薄いそれをなめながら返事すると、克人兄様が安心したように笑う。そうしてから、ふと眉間にしわをよせた。

「よかったのか?」

「うん?」

「彩香は……、瀬戸谷先生の事、好きなんだろ? あんな事しないでおけば、可能性はあったんじゃないか?」

「うわぁ、さっそく失恋の傷えぐるとか克人兄様鬼だね?」

「言いたくもなるだろ、まったく。……ご丁寧に手間暇かけて恋敵にのしつけて塩送る奴があるか」

 冗談めかして流そうとしたら、克人兄様はため息混じりに言葉をはきだした。

「今は無理でも、可能性がないわけじゃなかったよな。なんでわざわざ……」

「まぁ、五年後に私がどうしてもってごねたら、桂吾も折れてくれたかも知れないけどね」

 年齢の問題はあるにしても、篠井と瀬戸谷の縁談は家同士の付き合いとしては悪くない。それに桂吾は結局、とことん私に甘いからごねてごねてごね通せば折れてくれる。そのくらい、私にだってわかってる。

「でも、そんな事したら私は、桂吾の特別(・・)じゃいられなくなっちゃうよ」

 そう。桂吾は私には手の届かない存在でいて欲しがってる。だからこそ 私は桂吾にとって何よりも大切な存在なんだから、それを手放したところで私は自分の価値を下げるだけ。桂吾にとって意味のない存在に成り下がるだけだと思う。

「私、桂吾の前ではできるだけ鮮やかに生きてたいんだよね。……駄目だってわかってるものが欲しくて、あきらめられなくて、助けられる相手見捨ててみっともなくごねるようなところ、見せたくないの」

「みっともなくたって、それだけ彩香にとって大切だって事だろ?」

「それにさ、今の位置ってなまじ恋人になるより大事にされてると思うし。たぶん、桂吾は沙奈(さな)ちゃんとうまくいっても、私を優先する。だって、桂吾にとって私は唯一で、絶対に替えが効かない。今の立ち位置にいる限り、桂吾の一番は私なんだよ?」

「でも彩香が欲しかったのは違うものだよな?」

 眉間にしわをよせた克人兄様の言葉になんと返したものか悩んでしまう。確かにそれはそうなんだけど……。

「彩香が今の形で折り合いをつけようとしてるのはわかってるよ。でも、だからこそ、俺は反対だからな。そうやっていつでも人のために引き下がるのは悪い癖だぞ。彩香はもっと、自分のためにいろんなものを欲しがっていいんだからな?」

「だって、困らせたくないし、……嫌われたくないもん」

 そう、好き放題わがままを言ったら昔みたいに嫌われる。――幸兄に嫌われたみたいに。みんなが私を嫌いになっちゃうなら、我慢してるくらいでちょうどいいんだもの。あんな風に、大好きな人に嫌われちゃうくらいなら、全部飲み込んで忘れちゃえばいいんだ。

「だから、なんでそこで泣く程不安がってるんだよ……」

 思い切りため息をつかれて思わず体をすくませたら、少し雑な動きで克人兄様が涙をぬぐってくれた。

「俺も雅浩も、篠井の叔父さんと叔母さんも、他の人達だって、彩香がわがまま言ったくらいじゃ嫌いになったりしない。だいたい、彩香は今まで本当に誰かを困らせるようなわがままを言った事ないじゃないか」

「だって、我慢してるもん」

「たとえばどんな?」

 そんな風に切り返されても、ここで話したら我慢した意味なくなっちゃわない?

 首をかしげたら、克人兄様がふといたずらっぽい笑みを浮かべた。

「話してくれたら例のムース、お見舞いに買ってきてやるぞ?」

「っ……食べ物になんてつられないもんっ」

 思わずぴくっとなったのは内緒だからっ。

「そうか? じゃあ、……彩香の好きなあれ、やってやろうか?」

 そう言って自分のひたいをつつく克人兄様。うわっ、なんか卑怯だしっ。なんなの、その条件っ?!

「どうする? 俺は彩香が嫌なら無理強いするつもりはないけど」

 楽しそうに笑いながらそんな事言っても、出してきてる条件がだいぶ捨て身ですよ、克人兄様……。

「なんでそんなに知りたいの?」

「そうだなぁ……。彩香が何にそんな怯えてるのか、気になるしな」

「……怯えてる?」

「そうだろ? まぁ、最初があんな事になったからなかなかまわりを信じるのが怖いのはしかたないと思うよ。でも、だからってそのままにしてたら何も解決しないだろ? だから話してもらって、一つずつ解決できないもんかな、って思ってるだけだ」

 克人兄様が本心からそう言ってくれてるのはわかるんだけど……。なんていうか、なんか違う感じがするんだよね。

「ねぇ、克人兄様?」

「うん?」

「ちょっと性格悪い事言っていい?」

「いいよ、言ってみな」

「克人兄様の知ってる私は、私が生きてきたうちの三分の一くらいで、嫌われたくなくて一生懸命作った私で……。きっと、本当の私は克人兄様が好きなタイプじゃないと思うんだけど」

 私の言葉を聞いて克人兄様が小さくため息をつく。

「確かに俺は彩香が昔どんな人間だったのか、高浜綾が何を考えて生きてきたのかなんて知らない。もしかしたら、確かに俺とはうまくやれないタイプだったかもしれない。だけどな、彩香は必死に作った自分だって言うけど、誰だってそうだろ? 俺だって、まったく作ってない、なんて言えないぞ?」

「それはそうかもしれないけど……」

「俺だって、彩香の前では格好つけたくてものわかりいいふりしてる時だってある。雅浩の前で必死なところ見せたくなくて、内心焦ってるのに余裕たっぷりにふるまってる時だってあるさ。みんなそうやって、なりたい自分になるために、背伸びしてるもんだろ?」

 克人兄様が言ってくれる言葉はすごく優しくて、うなずいてしまいたくなるからずるい。

「でも……」

「それに、彩香は気づいてないんだろうけど、知らないから言えるんだよ、って言われるのけっこうきついぞ? 会う機会のなかった相手の事なんて知らなくて当たり前で、今さら調べてわかるのなんて表面的な事でしかないんだからな。彩香が話してくれなければ知りようがないのに、なんにも教えてくれないで知らないんだからって切り捨てるのは卑怯じゃないか?」

「……それ、は……。確かにそうかもしれないけど……」

 ものすごく真っ当な切り返しにぐうの音も出ない。……だけど、話して嫌われちゃったら、やっと手に入った幸せな時間がなくなっちゃったら、って思うと話すのが怖い。でも隠したまま側にいてもらうのもずるい気がして……。

「……って、だからどうしてそうやって泣く程思い詰めるんだよ」

 馬鹿だなぁ、と困ったような口調で、なんだかすごく優しい声がした。そして、大きな手がゆっくりと頭をなでてくれる。

「なぁ、彩香。一度話してみないか? 俺は何を聞いても絶対に誰にも言わない。たとえ、それがどんな内容でも、――黙っておく事で他の誰かに不利に働こうと、絶対に、だ。だからもし話して俺とうまくいかなくなっても、雅浩は彩香の側にいてくれる。全部なくなるわけじゃないし、どのみち俺とは彩香が選んでくれなければいずれ縁が薄くなるわけだしな。雅浩とこじれるよりは辛くないだろ?」

 言われてみてふと気付く。……そうか、今は側にいてくれるけど、久我城の跡取りなんだから克人兄様だっていつまでも恋人一人いない状態じゃまずいんだもんね。待っててくれる、とは言ってくれたけどそれだってあと何年かの事で……。兄妹って形でずっと一緒にいられる雅浩兄様と違って、克人兄様に恋人ができたら私とは縁が切れちゃうんだ……。

 それに、こんな言い方をするって事は、克人兄様、本当は私に選んで欲しいわけじゃないのかな……。桂吾の事をあきらめるな、って言ったり、雅浩兄様は側にいてくれるから大丈夫だ、って、私が克人兄様選ばない前提での言葉だよね……?

 ……なんだ、現実が見えてなかったのは私の方じゃない。居心地がよくて幸せな時間がずっと続くだなんて、そんなはずないのに疑いもしてなかった。今までだって、そういう時間は長続きしなかった。いつか終わるってわかってたはずなのに、なに夢見てたんだろ……。

 克人兄様は私のために――私を心配してくれるみんなのために、よくしてくれてただけなのに。

「悪い、今言う事じゃなかったな」

 後悔のにじむ声と同時に伸びてきた手が頬をぬぐっていく。

「ごめんな。俺が悪かった。……一緒にいられる時間が少なくなっても、会えなくなるわけじゃないから心配しなくていいんだ。――俺は彩香が一番幸せになれる道を選んで欲しい、って言いたかっただけだ」

 本当に困りきった声がして、何か返事をしなくちゃと思うのに、なんにも思いつかない。黙ったまま首を横にふったら、克人兄様は小さく笑ってもう一度涙をふいてくれた。

「こういう時、克人兄様の馬鹿、って怒ってくれないの、彩香の悪い癖だな」


――――――――


 その後、いくつか検査をするために何日か入院したけど、一応無罪放免された。一応、ってつくのは、退院したのに外出禁止令が出たままなんだよね……。

 私元気だよ、って主張しても、少しゆっくりしなさい、って政孝父様は取り合ってくれない。……なにゆえか。結局、習い事も全部休止だし、退屈でしかたがない。なんでだか添い寝解禁なのは嬉しいけども。こんな風に時間があくと桂吾の事とか克人兄様の事とか考えちゃうから嫌なのになぁ。

 いっそ、例のゲームでも久々にやっちゃおうかなぁ。でも、今の私がやるのはグレーな気もするんだよねぇ……。

「あ~あ、退屈だなぁ」

 ついため息まじりにこぼしたら、背後からくすくす笑う声が。

「彩香さんはすっかり退屈してしまったのね」

「百合子母様っ?!」

 慌ててふりかえると、いつの間にか、私がくたくたしていたソファの後ろに百合子母様が立っていた。でもあれ? 百合子母様、まだ仕事中のはずじゃ?

「雅浩さんが、彩香さんはそろそろ退屈で駄々をこねるはずだから、って心配していてよ?」

「……雅浩兄様……っ」

 否定できない言葉に思わずつっぷしたら、百合子母様がおかしそう笑う。

「だから、たまには男達のいない間に彩香さんとゆっくりお話がしたくて早く帰ってきたの。一緒にお茶にしましょう?」

「うん、ありがとうっ」

 わざわざ私のために時間を作ってくれたのが嬉しくて、弾んだ返事をすると百合子母様も嬉しそうに笑ってくれた。


 せっかくだから女子会気分で行きましょう、という百合子母様の提案で、百合子母様の部屋――寝室じゃなくて、百合子母様が私的なお客様とお話しするのに使う応接室――にお菓子と軽食とお茶とノンアルコールのカクテル類を用意して落ち着きこんだ。百合子母様、ノンアルコールとはいえ、お酒はいかがなものかと……って、アルコール入ってないからお酒じゃないしいいのかな?

 首をかしげていたら、百合子母様がジュースのグラスをさしだしてくれたんで、受け取る。

「ありがとう、百合子母様」

「いいえ。彩香さんは何を悩んでいたの?」

「ノンアルコールのお酒って、お酒なのか違うのか、考えちゃって」

「あら、ただのジュースだから平気よ? ――雅浩さんが飲んでいたら、お酒だから叱るけれどね」

 ……あれ? なにか矛盾してませんか?

 考えつつグラスに口をつけて……。

「百合子母様、これお酒っ?!」

「ただのノンアルコール飲料よ?」

 慌てて確認したら、いい笑顔の百合子母様からあっさりとした返事が……。

 ……はい。何もコメントしません。

「やっぱり恋の話にはコーヒーよりこっちでしょう?」

「ええと……。……うん、そうだよね……?」

 返事に悩んであいまいな事を言ったら、百合子母様がくすくすと笑う。

「娘とお酒を飲みながら恋の話をするのが夢だったの。彩香さんのおかげで早く叶って嬉しいわ」

 中も外も未成年な子供じゃノンアルコールといえどもお酒は勧められませんからね、と言われて、なんとなく納得した。私は精神的には成人だから飲むのはいい。でも、体は子供だからノンアルコール、って事なのね。

「でも、恋の話って……?」

「克人さんから聞いていてよ? 桂吾さんにふられてしまったのですって?」

「まさかのつつぬけ?! なんのいじめですかっ?!」

「まぁ、克人さんを責めては駄目よ? 彩香さんが無理して普通にしてるのが悔しくてついいじめてしまったから、って政孝さんに添い寝解禁をお願いしてくださったんだから」

 やっぱりくすくす笑いながらの答えになんとも言えない……。克人兄様、どういう理屈なんですか……?

「克人さんの気持ちもわかるのよ? 彩香さんは辛くても隠してしまいがちだけど、雅浩さんと克人さんには素直に甘えていたでしょう? それなのに平気なふりをされてちょっとさびしかったんじゃないかしら。しかも、大好きな彩香さんが大好きな人との恋に終止符を打つ所にいあわせてしまっては、ね?」

「……どこまで話してんのさ」

 つい、昔の言葉遣いが出ちゃった私悪くない……。

「というか、私は失恋一つでそこまで駄目になると思われてるんだ……」

 確かにショックはショックだけど、まさかそこまでひきずったりしませんよ、っと。少し見くびられた気分になって眉をよせたら、百合子母様はおかしそうに笑う。

「そうね、確かに彩香さんはそういう引きずり方はしないでしょう。まぁ、克人さんが優秀だといってもまだ高校生ですもの。甘いのはしかたがないわね」

 私と同じ飲み物が入ったグラスを傾けながら百合子母様は苦笑いになる。

「その辺は彩香さんが大人になって見逃してあげなさいな?」

「うぅん……。……というか、百合子母様的に、私っていくつくらいの認識なの?」

 この前から気になっていた事を聞いてみる。私の中身が高浜綾だって知ってるんなら、どっちに重点をおいて認識されてるのか気になってしかたがないんだよね。

「あら、彩香さんはいくつでも彩香さんよ?」

「……いや、そうじゃなくて……」

「彩香さんが自然にふるまってくれている時にそのくらいかしら、って感じた年だと思っているわよ? 子供に思える時もあるし、しっかり成人に感じる時もあるから、その時次第ね」

 さらりと返されて目をまたたく。もしや、百合子母様かなり大物?

「そもそも私は高浜綾を引き取ったのではなくて、友人の娘を引き取ったらその子におまけとして高浜綾の記憶がついてきただけですもの。彩香さんか別の誰かか、ではなくて、全部彩香さんなのよ?」

 ……すごく簡単に言い切ったけど……。そんな簡単な問題ですか?

「私にとって大事なのは彩香さんがとてもいい子で自慢の娘だという事だけなのよ? 他の事は些細な問題だわ」

「百合子母様、エスパー?!」

 口に出してない疑問にまで順番に答えてくれる事に驚いて思わず声を上げたら、それは楽しそうに笑われちゃった。

「だって、彩香さんの事ですもの。確かに、血はつながってないけれど、もうずっと一緒に暮らしている家族なのよ? 何を考えているのかくらい、ある程度わかるわ。……それで、彩香さんは桂吾さんの事、もう割り切れたの?」

 すてきな言葉にじんわり来た次の瞬間、わくわく、と顔に書いてありそうな口調で聞かれて、今度は私が苦笑いになってしまう。本当、百合子母様には敵わないなぁ。

「なんというか……。桂吾の事は正直、とっくの昔に失恋確定なのは理解してたから、今さら、というか……。確かに桂吾の口からきっぱりと可能性ゼロって断言されたのはかなりショックだけど……」

 自分の中にある感情を探りながら、ゆっくりと言葉にしていく間、百合子母様は小さな相づちをうってくれる以外には何も言わないでくれる。

「でも、どっちかっていうと、すっきりした、って感じかなぁ。桂吾にとって私は特別で、間違いなく普通に恋愛感情で特別って思ってもらうよりもずっと深い意味で……。だから、恋愛沙汰にしちゃいたくない、その程度におとしめたくない、っていう桂吾の気持ちもよくわかるの。だから、私は桂吾のために、じゃなくて、ちゃんと自分のために、あいつとは恋愛をしないって決めたんだもの。お互いに相手の恋愛がうまくいったらお祝いできるよ」

「あらまぁ。それじゃあ、彩香さんがふられたっていうのは克人さんの早とちりね」

「そう?」

 でも、桂吾は私を恋愛的な意味で好きじゃなくて、私は恋愛的な意味でも桂吾を好きで、桂吾が受け入れなかったんだから、ふられた事になるんじゃないのかなぁ?

「彩香さんと桂吾さんはお互いに、相手の気持ちと自分の気持ちをしっかり考えた上で、納得して付きあわない事にしたんでしょう?」

「うん」

「なら、それはふったふられたの問題じゃないわ。ふったふられた、だとどちらかが一方的に自分の考えを通した形になるでしょう? でも、彩香さん達はお互いに納得した上でそう結論したのだから、あるべき形で収まることにした、というべきだわ。――うちのかわいい彩香さんをふるだなんて許せませんしね」

「……え?」

 い、今、最後に何かつぶやきませんでした?

「と、いう事で桂吾さんの事は終わりにしましょうね。――でね、彩香さん、雅浩さんと克人さんの事はどう思っていて?」

 いやだから、なんでそんな楽しそうなんですか? とりあえずごまかしと時間稼ぎにグラスの中身をこくこく飲んだら、ささっと追加された。

「二人とも大好きだよ?」

「家族として、じゃなく、異性として、どうなのかしら?」

「……え~? 正直に、だよねぇ?」

「もちろん」

 めったにないくらい楽しそうな百合子母様にうながされて、ちょっと考える。兄様達を兄様としてじゃなく、男の人としてどう思うか、かぁ……。

「うぅん……。正直、雅浩兄様は兄様としてしか見れないかなぁ。なんていうか、雅浩兄様は一番大切な家族だし、大好きだし、時々どきどきするけど……。――でも、家族だし、家族の事そんな風に好きなったら駄目だよねぇ」

 ……そう、家族にそんな気持ちむけたら駄目だ。そんな事をしたら、また間違えちゃう。口からこぼれそうになる言葉を飲み込もうと、グラスの中身を飲み進めたら、やっぱりまた追加が来た。わんこそばですか、百合子母様?

「雅浩さんと彩香さんは血がつながっていないわけだし、法的には問題ないけれど……。彩香さんとしては気になるところかしら?」

「……だって、雅浩兄様の事、そんな風に好きになって、幸兄みたいな事になったら嫌だもん」

 幸兄と雅浩兄様は違う。その位わかってるけど、でも、それでも思ってしまう。私が兄様を好きになったら、また怖い事が起こるんじゃないか、って。

「雅浩兄様といるとね、とっても安心なの。だから、ずうっとこのまま一緒にいられたらいいのになぁ、って」

 本当、そう思う。だから、これ以上何か変わったりしなければいいのに……。

 そんな事を考えながら飲み物を流し込む。うん、なんか本当、普通にお酒飲んでるみたいだ。

「克人兄様は、本当は私の事好きじゃないから、私も好きにならないもん……」

「あら? そうなの?」

 相変わらず追加をついでくれる百合子母様が、少し驚いたような声を出す。

「だって、克人兄様、桂吾の事あきらめるな、とか、雅浩兄様がいてくれるから克人兄様がいなくなっても平気だろ、とか言うんだもん……。そんな意地悪な克人兄様なんか、好きじゃないもん……」

 なんだか急に眠たくなってきて、目をこする。

「私は二人とも好きになんかならないもん……」

「あらあら、二人ともふられてしまったわね」

 のんびりとした声を聞きながら背もたれに体を預けると、あくびがもれた。なんで急にこんな眠いんだろ……?

「少し飲ませすぎてしまったかしら? もう少しあれこれ聞きたかったのだけど」

 あ、れ……? 百合子母様、それ、どういう…………?

お読みいただきありがとうございます。


前話では本文が表示されない時間帯がありご迷惑をおかけしました。

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