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これもまた、新しい一歩。

2015/3/1 11:00現在

本文が反映されない不具合が発生しています。

大変申し訳ありませんが、解決まで今しばらくお待ちくださいませ。


2015/3/3

ご指摘いただいた方々から復旧しているとのご連絡をいただきました。

もし表示されない方がいましたらご連絡くださいませ。

 薬の切れ間で目が覚めては酷い頭痛にうめいて、また薬で眠りに落ちる、というのを繰り返してどのくらいたったのか、ぼんやりと目を開けた今回はさほど痛みがなかった。頭の奥の方に鈍い痛みは残ってるけど我慢できる程度。

 ゆっくりと視線をめぐらせると、ベットサイドに置かれた椅子に誰かが座ってる。

「目が覚めましたか?」

「……けい、ご?」

「はい。やっと例の発作も治まったみたいですね。今はあんたが突き落とされてから三日たった土曜日です。さっきまで雅浩がいたんですけど、どうしても本人じゃないとまずい用事で席を外しました。俺はその間の代役ってところですね」

 やわらかな声で説明しながら、桂吾が足を組み替える。膝の上に置かれた本を押さえていた手が軽く髪をかきあげ、小さく笑った。

 昔、何度も聞いた言葉と覚えのある状況に、なんだか混乱する。何か、小さな違和感。

「痛みは大丈夫ですか? 何か欲しい物があれば用意しますよ」

 視線を合わせてきた桂吾を見つめ返してふと思う。

「……ふけた?」

 つい思った事を口に出したら、桂吾が片眉をあげる。そして、一拍置いてからすごくいい笑顔になった。

「篠井さんは寝ぼけでもしてるのかな?」

 カウンセラー仕様の桂吾は笑顔なのにものすごい迫力で、思わず硬直させられた。

「……ええと、ほら、院生の頃に比べると、いい感じに年齢を重ねたというかっ?!」

「そりゃ無駄に年だけ食ったつもりはありませんけどね。目が覚めた早々何なんですか?」

 微苦笑で聞かれて、小さく首をかしげる。なにか違和感を感じたのは確かだけど、それがなんだったのかまでは……。

 ん? でも、桂吾の姿に違和感を感じたんだとしたら……。

「なんていうか……。一瞬、感覚が昔に戻ってたのかも」

「……昔、に?」

 そんなところだろうな、と思って答えると、桂吾が眉をよせる。

「昔をひっぱり出してもいい事なんてないでしょう?」 

「まぁ、そうなんだけど……」

 なんだか、ついさっきまで昔の事を随分ほじくり返してたような気もするんだけど、あの発作の最中って全てが夢の中みたいにあいまいにふわふわしてて記憶に残らないんだよね。たぶん、痛みのせいだろうけど。

 そんな事を考えてついぼんやりしてたら、桂吾のいる方から笑う気配がした。

「昔の事なんて思い出してないで、克人か雅浩に甘え倒す事でも考えてたらどうです?」

 少しだけからかう色をのせた言葉は、ざらりと意識の表面をひっかくみたいだった。……うん、自分で思ってるよりも堪えてるみたいだなぁ。

「桂吾のおすすめはどっち?」

 だからあえて軽く切り返したら、桂吾が考えるように眉をよせた。

「それはあんたが自分で決める事でしょう。俺が口を出す話じゃないと思いますが?」

「そう?」

「まぁ、どっちを選んでも幸せになれるとは思いますけどね」

 そう言った桂吾の視線が真正面から私をとらえる。

「いつか、あんたが選んだ誰かと幸せになってくれるのなら、相手は誰だっていいんですよ。克人でも、雅浩でも、他の誰かであろうと、あんたが選ぶ相手がろくでもない男のはずありませんからね」

 息をつぐために言葉がとぎれた一瞬、ほんのわずか、桂吾の視線がゆらぐ。だけどそれは、勘違いだったんじゃないか、ってくらい見事にかき消された。

「だから、相手を見つけたら――その時は一番に教えてくださいね。心から祝福しますよ」

 やわらかな笑みとともに告げられた言葉は、間違いなく桂吾の本心だってわかる。いつだって桂吾は私の幸せを望んでくれていて、でも、それが桂吾の側にはない事を願ってる。その癖、最初に知りたい、って思うくらいに独占欲があるんだね。

 本当、やっかいな性格してるよ。

「――うん。必ず桂吾に一番先に話すよ」

 だから、できる限りの笑みで返す。桂吾の望む、絶対に敵わない、って安心してられる存在でいるために。

「でもね? 桂吾こそあんまり待たせると見限られちゃうから早く告白しないと。私だって桂吾には幸せになって欲しいんだからね?」

「ちょっ、どういう意味ですかっ?!」

 しれっとつけ加えた言葉に桂吾が動揺をあらわにする。うん、いい反応。

「だって、もうそろそろ二十年でしょう? いくら何でも待たせすぎだと思うよ?」

「……あんた、何を知ってるんです?」

「ん? 瀬戸谷沙奈(さな)さんは昔っから同じ家で育った兄同然の従兄が大好きで、絶縁状態にも関わらずいまだにあきらめる気もなく一途に思ってる事、くらいだよ?」

「そんなわけないでしょうが。沙奈は俺のせいで自殺未遂まで……」

「そりゃ、ただの子供が桂吾の関心を集めたらそうなるだろうね。……でも、それでもあの人は桂吾が好きで、他の男と結婚させられるのが嫌だからいまだに対人恐怖症のふりしてるらしいんだけど?」

 愛されてるね、とにんまり笑ったら、桂吾がらしくなく乱雑な仕草で自分の髪をかき回した。

「なんであんたがそんな情報を知ってるんです?」

「そりゃ、形だけとはいえ篠井本家の娘ですから?」

 相応の情報網くらいあるんだよね。こと、家同士の付き合いに関わる情報なら集めるのは簡単。篠井が瀬戸谷の情報に詳しくないはずがないし、それを元に知らん顔してネット上で友達になるなんて簡単な事だ。

「……いつからです?」

「高浜綾だった頃から知り合いだけど?」

 しれっと返すと、桂吾が目をむいた。

「今、篠井の情報網を使ったって……っ! つか、あんたどうやったんだっ?! あの頃の沙奈は家どころか部屋からすらほとんど出てねぇだろがっ?!」

()に不可能があるとでも?」

「……どんなマジックだよ……。あの頃の沙奈はカウンセラーとメールでやり取りする事すらしてねぇぞ……?」

 うん、そうだった。あの頃の瀬戸谷沙奈は部屋にこもりきりで、本当に親しい相手とすらろくに口をきかなくて、カウンセラーなんて完璧無視だった。でも、そんな相手にだって近付く手だてはいくらだってあるんだよね。

「さぁて? ネタばらししてもらわないとわからない、って認めるのなら、答えてあげてもいいよ?」

「うっわ、久々に言われっと腹立つなっ。そうだよ、あんたそういう人だったよな?!」

「何をいまさら。――その方が嬉しいんでしょう?」

 ちらりとドアの方に視線を投げた後、くすくすと笑いながら、言葉遣いが崩れてきた桂吾をいなす。

 そう。桂吾はいつだって私には敵わないと思い知る事で安心してるんだから。他の人が受け止めきれない桂吾の本気を軽く流してみせる私がいれば、私を誰よりも大切にしている限り桂吾は他の人と安全に関われる。もちろんそんな打算だけで私を大事にしてくれてるわけじゃないのは知ってるけど、でも、その安心感が手放しがたいから、私を恋人(● ●)ってくくりにして対等な立場に――自分の意思で左右できる存在におとしたくないんでしょう? 私と桂吾をつなぐ関係が不確かであればある程、桂吾はすべてのしがらみを無視して私という存在だけをみれるから、他人でいたいんでしょう?

 ――そんな事、とっくの昔に気づいていたよ? だからこそ、私も他人の距離だから許される範囲を使って好き勝手してるんだもの。

「……しゃくだからあんたにだけは聞かねぇよっ」

「そう? 私は構わないけど、今のままだと沙奈ちゃん、春には海外だよ? 永住を視野にカウンセリング施設に入所らしいね?」

「聞いてねぇぞっ?! なんで瀬戸谷の情報が次期当主の俺に入ってこねぇんだよっ?!」

「そりゃ、ねぇ?」

「てめぇ、情報隠してやがったなっ?!」

「なんの事だか」

「嘘つくんじゃねぇよっ。てめぇ以外の誰がそんな事できんだ?!」

「誰にでもできると思うよ? 私はただ、知られたら妨害されちゃうだろうね、って言っただけ。……あぁ、でも、もしも相手が桂吾だったら見落とすだろう抜け穴の使い方はにおわせたかな?」

「確信犯がっ! たち悪りぃにも程があんぞっ?!」

 本気でくってかかってくる桂吾の様子についふき出したら、桂吾が滅多にない程苦った様子になる。

「……っとに、あんた、本当時々たち悪すぎだ。いつもこうだったらやってらんねぇ」

「大丈夫、桂吾が本気で嫌がるほどにはやらないよ」

「露骨に手加減されてる感じがやたらと腹立たしいんですが?」

「そう? じゃあ、沙奈ちゃんのメールアドレスと渡航の日程、入所予定の施設の情報、全部自力で調べる?」

 しれっと返したら桂吾が言葉につまる。そりゃそうだ。今さらそんな所から調べてたら、結果が出るより早く手遅れになっちゃう可能性が高いもんね。

「……ひとつ聞きたいんですが」

「なに?」

「今、俺が克人達の話題を出さなかったら、あんた、沙奈の事いつ話すつもりだったんです?」

 探るような視線を向けられて小さく笑う。うん、そうだね。その位の疑いは持つべきだよ。……私がこのカードを、いつどんな形で使うつもりで用意したのか、考えないようじゃ困る。桂吾がいつでも私を試してるように、私だって桂吾を試してるんだから、ね?

 正直、この情報を集め始めた時は、なんとなくだった。私の知らない桂吾の過去が気になっただけで、ちょっとした気まぐれでしかなかったと思う。でも、調べていくうちに、……桂吾と親しくなるにつれ、どんどん複雑な気分になっていった。

 二人に仲直りして欲しいという気持ちもあったけど、二人の間がこじれたままの方が私には都合が良かったから。その方が桂吾の関心は私一人にむけられるってわかってたから、放っておこうかと思ったり、わざとすれ違わせてやろうとした事もある。

 でも、結局、私は桂吾に喜んで欲しかった。もしかしたら二人の関係に私と幸兄を重ねてたのかもしれないけど、それでも、私はそんな裏工作をしてまで桂吾の関心を買うのは嫌だと思ったんだよね。だから、私は知らんぷりして彼女と関わり始めた。少しずつカウンセリングもどきの事をして、情報を引き出して、時間をかけて関わり続けたんだ。

 むこうは私が桂吾の知り合いだとは知らない。それとなく誤解してもらって、大学一年だと勘違いしてもらってるしね。もちろん、こっちから年齢を特定するような事は一回も言ってないけども。ネットの匿名性ってこういう時には便利だよね。

 そんな事をつらつら考えていたら、桂吾が苦ったため息をつく。

「俺が地雷話題から逃げてたら、言わないつもりでしたか? ……あいまいに逃げて半端な希望を残すような真似したら、知らん顔で通しましたか?」

「答えてあげないとわからない?」

「あんたの使った手段ならともかく、思惑を探り当てるのは俺には無理ですよ」

 さらりと負けを認められたらそれ以上はぐらかすのもおとなげないなぁ。苦笑いでゆっくり体を起こすと、桂吾のほおを軽く叩く。

「私はこれでも結構わがままなんだよ? ……だから、大切な人には幸せになって欲しい。桂吾が私を選ばない事くらい、ずっと昔っからわかってるんだから」

「……答えになってませんよ」

 うん、だってはぐらかしたんだもん。散々泣かされたんだから、このくらいの意地悪は許されるでしょ?

「桂吾が煮え切らなくても年内には伝えようと思ってた。あんたなら二ヶ月あればぎりぎり対処できるだろうし、そのくらい余裕がない方が自分の気持ちに気づけるでしょう? ちょっと手の込んだクリスマスプレゼントって所かな? ――さっさとスマホ貸して。情報入れるから」

 催促するように右手をさしだすと、今度は桂吾が苦笑いになってポケットから取り出したスマホを私の手に落とす。

「ほんっと、敵わねぇな……」

 私がメモアプリやアドレス帳に登録していく情報を隣に座ってのぞき込みながら、どこか嬉しそうなつぶやきをもらす桂吾に、小さく笑う。

「いい知らせは一番に教えてよ? その時はめいっぱいお祝いしてあげるから。――ほら、さっさと行ってきなよ」

 必要な情報を登録し終わったスマホを返すと、桂吾の背中を叩く。それでもすぐに行くか悩む風情の桂吾に、追い払うように手をふってわざとらしくため息をついてやる。

「さっさとやらないと次は変なちょっかいかけるよ? それとも、私には話したくないとでも?」

 桂吾の事だから、そういう気の遣い方をしそうな気もするな、と思ってつけ加えたら、なんだか妙な顔をされてしまった。泣くのをこらえるような、笑っているような、そんな顔。

「余計な手出しされるような暇、作りませんよ」

 だけどすぐにいつもの態度に戻った桂吾の腕が、するりと私の体にまわる。

「今度こそうまくやりますから、いい報告待っててください。必ず、最初に報告します」

 いつかと同じように、少しきついくらいに抱きしめられて、その暖かさににじんだ涙をごまかすためにもそっけなく、はいはい、と返す。そのまま桂吾を引き離すと、少し意地悪な笑みを作った。

「失敗報告も楽しみにしてるからね」

「いらん期待はしないで結構です」

 私の言葉に肩をすくめた桂吾が立ち上がる。

「たぶん、そろそろ克人が来ると思いますから」

 動き出しかけて、それでもまたもやためらった桂吾をにらむ。いくら、綾だった頃を含めても最長記録な発作が治まったばっかりで心配だからって、今優先するべきなのがどっちかわからないようじゃ駄目でしょう。

「大丈夫だよ、さっさと行きなって。もう一回言わせたら本気で邪魔するからね?」

 鼻にしわをよせてせかしたら、苦笑いの桂吾がやっとうなずいた。

「わかりました、甘えます。あんたのスマホ、サイドテーブルの引き出しに入ってますから」

 それだけ言って今度こそ病室を出て行った桂吾を見送った後、小さく息をはき出して目をふせる。

「……ばいばい、桂吾。ずっと、……ずっと、好き、だったよ」

 本人の前では言えない言葉を声に出したら、さっきこらえたはずの涙がひとしずくこぼれた。

お読みいただきありがとうございます♪


綾の頃から長々と引きずっていた思いに決着がつきました。

はっきりさせる勇気が持てたのは今が幸せだからこそ、でしょうね。


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