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手紙とチョコレート。

「……え?」

「どうしたの?」

「何が書いてあったんです?」

 思わず間抜けな声を出した私に、雅浩兄様と桂吾が間髪入れずに聞いてきた。二人とも、リアクション速すぎですよ?

「ええと……。会って話すと怖がらせちゃうみたいだから、ネット経由はどうだろうって……」

 とりあえず読み終わった短い手紙を桂吾に渡す。

 今はカウンセリングルーム(桂吾の部屋)で臨時会議中なんだよね。議題は昨日届いた幸兄からの手紙をどうするか。さすがに読まないで放置もできないし、私以外が先に読むのもなんだろうって事で、四人そろった場で開封しよう、って話になったの。

「……確かに、案としては悪くないですよね。俺達にも会話が読めるなら問題ないですし。……とはいえ、あいつがこのサイト登録してる事に驚きですが」

「だねぇ。そういうの、縁がなさそう」

「案外仕事用かもしれないぞ? 連絡手段としては悪くないしな」

 あきれ気味の私と桂吾に、克人兄様が苦笑いでつぶやく。

「まぁ、僕も友達との付き合いと仕事の関係で結構使ってるかな。彩香はあんまりスマホ使わないからやった事ないっけ?」

「うん。なんか面倒臭そうだし、一々習い事の合間にチェックするの面倒なんだもん」

「だろうね。僕はアプリに一切参加しないって最初に言い切った上で本当に連絡用として使ってるよ。アプリとか雑談に付き合いだすと際限がないからね」

「俺も連絡用がメインだな。親父が家族全員に同じ連絡するのにスマホからメールするより楽だっていうから入れたのが始まりだし」

「俺も仕事と家族との連絡用ですね。直接カウンセリングルームに来るのは……、って生徒もいますから。藤野宮のカウンセラーは全員登録してますよ」

 桂吾の説明に、そういえば学園のお知らせにそんな話も書いてあったなぁ、なんて思う。月一回、カウンセリングルームだより、なんてのが配布されてるんだよね。さして面白くもない事を書いてる人ばっかりの中で、桂吾のコーナーは毎回ちょっと面白いからつい読んでしまう。

「桂吾は個人所有のスマホで仕事してるの?」

「二台持つ方が面倒ですよ。学園からは仕事にも使ってるって事でいくらか補助が出てますしね。――それはともかく、今はこの提案をどうするか、ですよ」

 克人兄様に手紙をまわしながら桂吾がため息をつく。

「一応、登録時にあれこれ制限をかけとけばクラスメートやらに登録した事がばれる心配もないですし、会話が見られる心配もないですよ。ただ、いつ連絡が入るか気になって、それがストレスになる可能性も高いですからね。勧めたくはない、ってのが本音です」

「僕も同感。彩香のスマホ嫌いがこれ以上酷くなったら色々支障がありそうだからね」

「ま、当面彩香のスマホに直で連絡入れてもらうんじゃなく、誰かのスマホに入った連絡を転送する、っという形をとるのはどうだ? それなら確実に俺達が先に確認できるし、彩香の連絡先教えなくてすむからな」

 読み終わった手紙を雅浩兄様にまわしながら克人兄様が少し方向性を変えた提案をすると、これには二人ともうなずいた。

「克人の案でいくか。俺らとあいつで連絡先交換して、伝えて平気か確認した上でこの人にまわす。返事はそのままあいつのところに伝える、と」

「だね。手紙ではもっともな事を言ってきてるけど、どこまで信用できるのかわかったものじゃないし」

「……いっそ清々しいくらい私の意見は聞かれないんだね?」

 私の意見を聞こうともしないで話をまとめていく二人につい、つっこみをいれたら、桂吾がちらりと視線をよこす。

「事前準備の段階ではあんたの意思は関係ないんですよ。納得できない限り、全力で邪魔しますからね? あんただってそれをかいくぐってまで、ってのは面倒でしょう?」

「それは確かに面倒だけどさぁ……。形だけでもいいから私の意見も聞いて欲しいというか、ね?」

「何か反対意見か、別の案でもあるんですか?」

 私の言葉に軽く首をかしげる桂吾。

「いや、特にないけど……」

「……ならなんで口はさむんですか?」

「だって、思いっきり無視されたら文句言いたくなるじゃない」

「あ~、はいはい。すみませんでした」

 露骨にどうでもよさそうに謝られて、思わずほおをふくらませたら、雅浩兄様がふき出した。

「彩香のそういうところ、僕好きだなぁ。年相応に甘えてもらえてる気がしてなんか嬉しい」

「むぅ……」

 精神年齢的に非常にリアクションしにくいんだけど……。

「彩香って昔から大人びててあんまり甘えてくれなかったから、時々こんな風に子供っぽいところ見せてくれると安心するんだよね」

 本当に嬉しそうな雅浩兄様が手紙をたたんでから私の頭をなでてくれる。

「中身が大人だってわかってても、僕にとっては大事な妹だからね。それに、せっかく甘えて平気な年代をやり直せてるんだから思いっきり甘えて欲しいな」

「雅浩の言う通りですよ。あんたは昔も今も子供らしくない子供なんですから、自覚してもっとまわりに甘えてください」

「そうだぞ。俺達も甘えてもらった方が嬉しいんだから、変な遠慮だの我慢だの、気を回さないで甘えてくれよな?」

「……そんなに年相応に見えないかな?」

 一応、昔その年だった頃より子供っぽくふるまってるつもりなんだけど……。三人がかりで駄目出しされてる?

「なんていうか……。彩香は要所要所が子供っぽくないんだよね。悪口言われても平然と聞き流してるし、いじめられてもどこ吹く風だしさ。なんか心配になるんだよね」

「いや、だって……。二十も年下の子供のさえずりなんて真に受けてもしかたないし、藤野宮の生徒だけあっていじめもぬるいんだもん」

 そう。なんていうか、基本的に群れからはじかれるのが辛くなければ痛くもかゆくもない程度の嫌がらせなんだよねぇ。綾が()家族から受けたあつかいにくらべればいじめですらないと思う。

「……そういうのに耐性がある、って事がものすごく心配なんだけどな」

 私の言葉に克人兄様がなんとも言いがたい複雑な表情でこぼす。

「そうなんだよね。彩香ってば、僕が忙しくなればかまってもらえなくなって当然、とか言うしさ。あの時は本当、背筋が凍ったよ……」

 盛大なため息をつく雅浩兄様の言葉に克人兄様が身震いをした。

「……言われたくないなぁ」

「父さんと母さんも顔色変わったからね。元から彩香が、篠井の、って呼ぶから不安そうだったのにとんでもない爆弾投げ込まれちゃったからね。あの夜は緊急会議になったよ」

「あ、あはは……」

 雅浩兄様の言葉に半笑いを返したら、桂吾がむかいの席から体を伸ばして私の頭をなでた。

「あんた、本当に今の家族が大好きなんですね。安心しました」

「先生……。今の話題でなんでそうなるのさ?」

「この人がそういう本音を聞かせるのはよっぽど親しい相手だけだぞ? お前ら、しっかり身内に数えられてるって事じゃないか」

「なるほど……。そう考えれば確かに、彩香に好かれてる証拠、って考える事もできるんだね」

「この人は基本的に相手からむけられてると判断した感情か、相手が望んでる感情を相手に返すからな。それがうまくできない時点で特別扱いされてるだろ」

 桂吾の言葉に兄様達がどこか照れくさそうに笑う。……まぁ、二人にはかなり好き放題してるけども。

「……うん? そう考えると、彩香は高浜氏に何を求められてると思ってたんだ?」

「どういう事?」

「最初はあの人を心配したりなついたり、ってのを求められてたんだろうし、彩香もそれはわかってたんだろうけど……。事件以降、あの人に何を期待されてるって感じてたのかと思ってさ。怯えていうなりになる事を望まれてると思ってたとしたら、そのせいで余計あの人が怖いんじゃないか?」

 克人兄様の言葉に思わず目をまたたく。思いつきもしなかった発想だけど……。確かにありえない話じゃない。

 それに、怖い時の幸兄は私が怯えると嬉しそうなのに、普段はそんな態度を嫌がった。だから、どうしていいかわからなくて感情の振れ幅自体をおさえてたけど……。その時々で幸兄がまったく違うものを望んでて、私がそれに対応しきれていなかった、なんて仮説も成り立つ。

「一度、彩香自身がちゃんと自分の気持ちを整理しない事には、あの人と話をするのは難しいと思う。まず、そこからはじめてみないか?」

「……私の、気持ち?」

「ああ。今まで聞いた感じだと、あの時は怖い、この時は好きだった、って、断片的な印象ばっかりだろ? 全部トータルしてあの人の事をどう思ってるのか、考えた方がよくないか?」

「克人の言う事も一理あるけど、この人にそこまで求めるのは厳しくないか? 自分の心にはとことんうといぞ」

「だからって甘やかしてたら解決しそうにないだろ? 彩香が考える手助けはできても代わりに答えを出してやれるわけじゃないんだし」

 うわ、桂吾に真っ向から意見するとか、克人兄様勇気あるなぁ。昔っから、()より学年が上の人でも桂吾に反対意見言える人ってめったにいないのに。桂吾の本気を知らないからだとしても、桂吾のやっかいさを知ってればなかなかやれる事じゃない。

 桂吾も驚いたのか、軽く目を見開いた後で苦笑いになった。

「彩香の事になるとひかねぇな、お前」

「大事な従妹の将来がかかってるんだ、当たり前だろ」

「わかっててもやれない奴の方が多いんだよ。……ま、今回は克人の度胸を買ってお前の意見をいれるとするか」

 少しばかり楽しそうに言って、桂吾が雅浩兄様の手から幸兄の手紙を取り上げる。

「ひとまず俺達三人のと、こいつも加えたのでシークレットグループを二つ組む。むこうの発言は三人が問題なしとした時点で一番連絡取りやすい奴がこの人に伝える、って形でいいだろ。返事は中継した奴が書き込みゃいいし」

 言いながら取り出したスマホを操作してるのは、さっそく幸兄の連絡先を登録してるんだろう。

「あぁ、念のため言っておきますけど、万が一俺達に黙ってあいつと連絡取ろうものなら……」

「わかってるって。一度約束したんだから破る気はないよ。――みんな怒ると怖いんだもん。幸兄一人より、三人の方が怖いから逆らわないって」

 あくまでも念のため、といった桂吾の態度にあわせて冗談めかしたら、そろってふき出した。失礼な。

「だって、桂吾だよ? あんなに怖いのにそれでも加減してくれてるとかいう兄様達だよ? 絶対幸兄一人より怖いもん」

「ほめ言葉と受け取っておきますよ」

「一応そのつもりだよ?」

「わかってます。――お前ら、俺から招待送ったから承諾しろ。すんだらむこうにも招待出すぞ」

 桂吾の言葉にそれぞれスマホを取り出す兄様達。……この四人で会話とか、盛り上がらなそうだなぁ。

「よし、これで大丈夫、っと」

「後は彩香の方だな」

「うぅん……。なんか難しいよね」

 私が幸兄をどう思ってるか、とか……。整理するにはどうしたって色々話すようだろうけど、兄様達にできる話じゃないんだよねぇ……。

 ごまかし半分、紅茶を飲んでいたら、雅浩兄様がおかしそうに笑う。

「まぁ、あいつに色々言えないような事されちゃったの隠してるみたいだし、難しいよね」

「ぶっ?!」

「うわっ、大丈夫?」

 雅浩兄様の言葉に思わず紅茶をふいたのはしかたがないと思います……。

 そのままげふげふなってたら、元凶の雅浩兄様が背中をさすってくれる。

「相変わらず不意打ちに弱いんだから……。こんなに驚くとは思わなかったよ」

「というかな、彩香があそこまであの人を怖がってるのを見たら、ただ暴力をふるわれた程度じゃすまない、ってわかるだろ」

 克人兄様の言葉に、思わず低いテーブルにつっぷした。

「酷いよ兄様達……」

「ごめんね。言わないでおこうかとも思ったんだけど、その手の話題避けてたら彩香は話せない事が多くて大変かなぁ、って思ってさ」

「――正直に、実際はどの程度の事がどの位の頻度であったのか知りたいだけだ、って認めたらどうだ?」

「え? 先生は気にならないの?」

「俺はおおよそ知ってるからな。この人、あの男と何かあると必ず機嫌悪くて妙なからみ方してきたし」

 桂吾にさらっとかわされた雅浩兄様が一つため息をついた。

「つまり、そうやって把握できるくらいの回数はあったんだ?」

「桂吾っ! 何ばらしてんの?!」

「今更ですよ。まぁ、好きな女が隠したがってる過去をほじくり返すのはどんなもんかと思うがね?」

「ほめられた事じゃないのはわかってるんだけどね」

「不穏な気配が強すぎてどうにも気になるんだよ。正直なところ、虐待の頻度と程度が気になる、って以上の興味じゃないけどな」

 なんとも微妙な表情での返事に、私もつられて眉をよせる。

「そういう理由なら話してもいいけど……。正直、ほとんど覚えてない」

「……覚えてない、って……。あのやたらめったらな記憶力をほこるあんたが、ですか?」

 完全に虚をつかれた様子の桂吾に聞き返されて、一つうなずく。

「雄馬父様がね、怖い事なんて覚えてなくていいんだから、思い出さないって決めておけば君なら忘れられるんじゃないかい、って言ってくれて。試したらできたんだよね。だから、思い出そうとすれば思い出せるだろうけど、あんまり思い出したくないかも」

「……忘れると決めて忘れられるって……。本当どれだけ規格外ですか」

「いや、本当に忘れてるわけじゃないよ? ただ、そういう事があった記憶はあっても詳細はがんばって思い出そうとしないと思い出せない状態にしてるだけ」 

「そういう調整を意識的にできるあたりが規格外だと言ってるんですよ。――まぁ、そういう事なら無理に思い出してもらう必要もないですね」

 結局、あきれながらも、規格外、の一言で納得してくれるあたり、桂吾もかなりずれてると思んだけどね。指摘するのはやぶ蛇だから黙っておこっと。

「じゃ、俺が――って、せっかく忘れてるんなら、目の前で話すのもですね」

「確かにそうだよな」

「いや、漠然とは覚えてるんだしそこまで気にしてもらわなくてもいいけど?」

「僕達が気にするから駄目。ま、僕達が彩香の知らないところで確認しちゃうのもどうかと思って、いるところで聞いただけだからね」

「なんなら、私耳ふさいでる間に耳打ちとか、スマホ経由したら?」

「ネットは履歴が残るから俺達が嫌だな」

「じゃ、ちょっとキッチンのあたりで耳ふさいでるね」

 ソファから立ち上がって、ミニキッチンの前に行く。両手で耳をおさえて、念のため背中をむけた。

 ――なんだか、背後の気配がなんだか不穏になってきた気がするのは……気のせい? 気のせいだよね? じわじわ怖い気配が強くなってる気がするんですけどっ?!

「お待たせしました、いいですよ」 

「うひゃわっ?!」

 怖い気配におびえてたら、突然肩を叩かれてものすっごく驚いたっ。これは桂吾も予想外だったのか、目をまたたいてる。

「……どうしたんです? 妙な声出して」

「いや、なんか、魔人の気配が……」

「魔人? あいつらですか?」

 言われて視線を動かすと、こっちを見てる兄様達の姿が。……って、嘘やだなんで魔人様ダブル降臨ですかなんなの怖いっ!

「いやだから怖い私悪くないもんここやだ桂吾助けて?!」

 思わず一人平然として見える桂吾に助けを求めたら、苦笑いの桂吾が、怯えさせてんじゃねぇよ、と兄様達にむかってチョコレートを投げた。

「食って落ち着け。大事な()が半泣きだぞ?」

 ソファに戻りながら言う桂吾につられて私も元の席に戻る。……しまった、桂吾の隣に移動すればよかったかも……。

「悪い。つい本気できれかけた。でも、彩香に怒ったんじゃないからな? 俺達が腹立てたのは高浜幸仁にだから、彩香は心配しなくていいんだぞ」

「そういう事。驚かせちゃってごめんね。……ちょっと、うん、本気で殺意わいたかも。彩香、あの人と直接会うの当面禁止ね? フライングで高浜と事構えたりしたら母さんに恨まれちゃうよ」

 雅浩兄様……。それ、次幸兄と顔合わせたら本気でけんか売るつもり満々って事ですね? チョコレートを食べながら何物騒な事言ってるんですか……?

「克人兄様、雅浩兄様が怖い……」

「いや、まぁ、許してやれよ。俺も似たような事考えてるから人の事言えないしなぁ」

「物騒な人がここにもいたっ?!」

「大切な人間を傷つけられたと知ったら、男の反応なんて大抵そんなもんですよ。こと、その二人にはやれるだけの力があるから余計です」

「――むぅ」

「それに、俺だって考えてないわけじゃないんですが? 篠井と久我城にどんな情報売ったら効果的に高浜潰してくれるか、本気で吟味してますから。ですが、それが何か?」

 笑顔でさらっと怖い事言った! 平然としてる桂吾が一番怖いかもしれない……。

「昔は手を出そうにも高浜相手は無謀でしたから。何度煮え湯を飲まされた事か、あんた、わかってますか?」

「……ええと……。なんか、ごめんなさい?」

 楽しそうにくすくす笑う桂吾の声に本気のすごみがあってつい謝ったら、克人兄様が小さく笑う。

「彩香は瀬戸谷先生相手だとかなり本気で怒ってても怖くないんだな」

「だって、今の桂吾は私の事心配してくれてるんだもん。怖くないよ?」

「僕達だって同じなんだけどなぁ。何が違うんだろう?」

「だって、桂吾が私を傷つけるはずないんだから、叱られてる時以外怖がる必要ないし?」

「うわ、信頼感の差だって思いっきり言い切られた……」

「へこむなよ。どう考えても瀬戸谷先生と彩香のつながりにはそうそう勝てないだろ」

 肩を落とした雅浩兄様に克人兄様が苦笑いで応じる。

「五年後に彩香が同じ事を言ってくれるか、って考えたら、たぶん間違いなく無理だって気がするのがすごく悔しいんだけど」

「まぁな。でも、瀬戸谷先生に嫉妬したところで敵うわけがないってあきらめるしかないだろ」

「おい、勝手に話進めるなよ。俺はこの人とどうこうなる気はねぇぞ」

「……そうなの?」

 肩をすくめた桂吾の返事に、雅浩兄様が意外そうに目をまたたく。

「瀬戸谷先生も彩香が好きなんだとばっかり」

「そりゃ、この人より大切な人間はいねぇよ。でも、それとこの人を相手にそういう気が起こせるかは別問題だろうが」

「……なんだかものすごく説得力があるね」

「むしろどうしてお前らがその気になれるんだか知りてぇよ、俺は。幼児体型の小賢しいガキ相手だぞ?」

「……桂吾、酷い……」

 あんまりな言いようにため息をついたら、前にも言ったでしょう、と桂吾が口の端で笑う。

「中身がもっとはっきり篠井彩香(・・・・)になって、昔くらいの体型になってくれれば別ですがね。幼児体型の高浜綾を抱くのはごめんです」

「……あぁ、それは微妙だね。私も高浜綾として抱かれるのは嫌だわ」

「それって、彩香としてならいいって事?」

「あえて地雷話題を踏むあたりが雅浩だな」

「真面目な考察は彩香の外見が育ってからでいいだろが」

 桂吾の返事を聞きながらふと考える。昔はあんまり本気でそういう事を考えてなかったけど――なにせ、一度思いっきり断られたしね。でも、今だったら? 何年か後だとしたら、どうなんだろう? 私はそういう意味で桂吾の側にいたいって思うのかな?

 何気なく、例のゲームのあれなシーンを私と桂吾に置きかえて想像して…………。

 うわ、やばい無理無理無理っ。あんな事されたら心臓壊れる絶対無理耐えられないっ! やだどうしよう、兄様達に至近距離で笑顔見せられた時の比じゃないよ。想像だけでこれとか、現実になったら本当に心臓か脳が熱暴走するからっ?!

「彩香? どうしたの? 真っ赤だよ?」

 声と同時にほおに触れる雅浩兄様の手がひんやりして気持ちいい。でもっ!

「雅浩兄様の馬鹿っ! 意地悪っ!」

「ちょっ?! なに?! なんなの、一体?!」

「やだもうっ。桂吾が私にそんな気起こすわけないでしょ?! だいたい、あんなふられ方したらもう一度とか無理だから! そんな根性太くないもんっ!」

 そうだ。私は知ってる。何があろうと、どれだけ大切にしてくれようとも、桂吾が私を選ぶ事だけはない。もしも、()が殺されなくて、桂吾が考えていたように高浜から瀬戸谷に籍を移したとしても、桂吾は絶対に私を選ばなかったに違いなくて。そのくらい、とうの昔にわかっていたはずなのに、期待してしまった事実に思い知らされる。

 忘れようとしてふたをしたはずなのに、少し思い出しただけで胸の奥が痛い。内側から二つに裂けちゃうんじゃないか、なんて馬鹿な事を考えちゃうほどの、こんな痛みを私は他に知らない。ただただ苦しくて悲しくて、はき出してしまいたいのに、みっともないところを見せて桂吾にあきれられるのが怖くて、どうしていいかわからなかった。

「馬鹿か、お前。何泣かせてんだよ」

 あきれた色の裏に、他の人は気づけないだろう慌てた気配をのぞかせた桂吾の声がして、泣いてた事に気がつく。

 雑に顔をこするけど、涙はとまってくれそうにない。

「ごめ……、ちょっと」

「泣かせたの僕じゃなくて、瀬戸谷先生だよねぇ」

 ため息をついた雅浩兄様が優しく私の頭をなでてくれる。

「しれっと責任転嫁とかやめて欲しいな。そりゃ、彩香を泣かせちゃった時の罪悪感は半端ないけどさ」

「だよなぁ。俺も今のは瀬戸谷先生の方だと思うぞ」

 軽く肩に置かれた克人兄様の手が、そのまま背中をなでてくれる。

「ま、泣きたいだけ泣いとけよ。その方がすっきりするからな」

「そうそう。僕、自分のせいじゃなく泣いてる彩香あやすの好きだからたくさん甘えて?」

 普段通りの克人兄様と、楽しそうにくすくす笑う雅浩兄様がかけてくれる言葉が嬉しいのに、その優しさが痛い。だって、私がこんな風に泣いたら二人とも気づかないはずがない。私にとって桂吾は特別で、それは兄様達には私が今泣いてるのと同じように辛い事のはずなのに。それでも私をなぐさめてくれるなんて、二人とも優しすぎるよ。

 でもきっと、こんな風に側にいてくれる人がいれば、この痛みはそんなに長引かないよね。きっと、昔みたいに絶望的な痛みではないはずだから。

 兄様達に甘えて少し泣いてから顔を上げる。

「うん、だいぶすっきりした顔になったね。今日は彩香の大好きなふわふわのオムレツ、夕飯に作ってもらおうね」

「うん、ありがとう」

 雅浩兄様の提案に笑顔でうなずいたら、雅浩兄様一瞬硬直。……なぜ?

「……泣きはらした顔で、それでも笑顔とか反則だよ」

 ちょっと視線をそらした雅浩兄様のつぶやきを聞いて気にしない事にする。たぶん、気にしなくてもいい問題だと思うの。

「どうぞ。喉かわいたでしょう?」

 何もなかったようにマグカップをさし出してきた桂吾の視線が微妙に泳いでたり――しないあたり、かわいげがないよねぇ。

「ありがとう」

 受け取ったカップの中身は珍しい事にコーヒーだった。チョコレートとマシュマロで甘くした飲み物は、普段ほとんどコーヒーを飲まない()のために時折桂吾がいれてくれたもの。何も言ってなかったのに、いつの頃からか幸兄に酷い事をされた後、桂吾と顔をあわせると必ずこれを出してくれるようになっていた。

 甘い香りに誘われて一口飲むと、まだ熱くて、でも甘すぎるくらいの飲み物がこわばった気持ちをほぐしてくれる。

「ありがと。……好きだよ、これ」

「知ってます」

 いつも通りの知らん顔をしてるんだろうな、と思って見上げた桂吾は、少しだけ困ったように微笑んでいた。

お読みいただきありがとうございます♪

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