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お風呂場は会議室。

 指先で目元をすくわれ、まばたきをしたらもうひとしずく涙が転がり落ちた。

「こんなに泣いて……。何か思い出しちゃった?」

 雅浩兄様の心配そうな声にふと我にかえる。

「私、ぼうっとしてた?」

「ちょっとの間だけどね。……髪は洗い終わったから、もう一度お湯につかってきてごらん」

 うながされてバスタブの方を見たら、いつの間にか桂吾がつかってる。

「雅浩はこれから自分の髪を洗うし、先に行ってようか」

 おいで、というように手をさしだしてくれた克人兄様にうなずいて手をとる。いつもよりあったかい感触に、思い出にひたってぼんやりしてたのはたいした時間じゃなかったとわかってほっとした。

 私には深いとわかってるからか、先に入った克人兄様が手を貸してくれた。深い浴槽に体勢を決めかねてたら、横から手が伸びてきて私を克人兄様の足の上に座らせる。

「ちょっ?!」

「そのくらいがちょうどいい深さでしょう。――克人、念のため落ちないよう腰抱いとけよ」

 またもや克人兄様の膝に横座りとかっ?! しかもなに要求してるの?!

「桂吾っ?!」

「俺がやるのは世間的にまずいでしょう。それに、克人なら変なリアクションしないでしょうし」

「……なんかつつくと怖い気がするから黙っとく」

 わかるようなわからないような桂吾の言い分にため息をついたら、すぐ側で克人兄様が笑う。

「気にしたら負けだろ。支えてるから体預けていいぞ。お湯の中だしすごく軽いから、俺は大丈夫だよ」

 まぁ、確かに桂吾の奇行を一々気にしてたら疲れるだけだもんね。克人兄様も迷惑じゃないみたいだし、こうやってると深さもちょうどいいし、なんか安心するし、気にしないことにしよう。

 克人兄様によりかかってぼんやりしてると、色々思い出したせいでしずんでた気持ちがゆっくりとほぐれてくみたい。

 なんだか甘えたい気分になって首に抱きついたら、ゆっくりと背中をなでてくれた。

「こうしてみると本当彩香は小さいよな。――抱き心地はいいけど」

「よくねぇだろ。せめてもう少し肉がついてればまだしも、薄っぺたいまな板じゃねぇか」

「――桂吾?」

「言っときますが、あんたはやせすぎで警告が出てもおかしくない体重ですよ?」

 思わずにらんだら、桂吾がしれっと返してくる。

「教養程度にしかスポーツをしてないくせに体脂肪率四パーセントとか、子供にしたって低すぎです」

「……あぁ、ごめん。食べても太れないんだよね」

 何年か前、百合子母様が心配して体重増加メニューとか一年くらいやってたんだけど、駄目だったんだよね。まだ小さかったしみんなも同じメニューで食べてたらまわりが軒並み太ったのに私だけ変動なしであきらめられたというか……。

「普通なら二次性徴がくれば多少改善するんでしょうけど、あんたの場合、そもそもそれがくるかが怪しいですし、身長と一緒に対策した方がいいですよ」

「ん~……」

「わかってんでしょうけど、あいつは高浜綾でも篠井彩香でも関係ないんですよ。外見なんて関係なくあんたの中身に欲情してるんだ。見た目は牽制材料になりません。育っといた方が得だと思いますよ?」

「……あぁ、まぁ、だねぇ」

「それに篠井雄馬と栞の写真見ましたけど、どっちに似てもえらい美人になりそうじゃないですか。きっと、四十くらいになったら相当いいと思うんですけどね」

「また微妙な年齢設定だね?」

「あんたがその背格好から今のペースでちんたら成長してた場合、見られるくらいになるのにそのくらいはかかるだろうな、と思ったんですが?」

「……はは」

 身もふたもないけど的確なコメントにかわいた笑いをもらす。確かに今のペースだとそのくらいはかかりそうかも。

「彩香は治療受けたくないくらい成長するのが怖いか?」

 心配そうに眉をよせた克人兄様の言葉に少し考えてしまう。確かに、体が成長して子供でいられなくなる事が怖いのは嘘じゃない。子供で――怖い事が起こる前の世界でずっと生きていたいって、思ってるのも本当。でも、そんな願いは叶わない事も知ってるんだよね。ずっと私の存在を知ってたっていうあの人が接触してきたのは、これ以上放っておくつもりがなくなったって事なんだろうし。……きっと、ゲームが逆ハーレムルートから脱線したから、この先にあるだろういくつかのルートを選ぶなって警告でもあるんだろうな。昔と同じようにあの人の手の届くところにいろって事なんだろうけど……。

 あの人は本当にそれで満足するのかな? あんな袋小路でしかない、いつか破綻するとわかりきってる関係が本当に望みなの? 私だったら、せっかくやり直す機会をもらえたんだし同じ間違いは繰り返したくない。どうせなら新しい関係で別の結末を目指したい。

 ……だって、何度思っただろう。もし私達が兄妹としてじゃなく別の形で出会っていたら? 同じ兄妹でももっと別の――普通の家に生まれていたら? 違う関係に――あんな、誰も幸せになれない関わり方をしないですんだんじゃないか、って。

 ……そう思うのは、私だけなの? いくら考えてもあの人の考えている事がわかるはずはないし、予想を重ねたところで正解にたどり着ける気なんてしないんだけど……。でも、だからこそ。

「私、あの人と話がしてみたい」

「うん?」

「あの人の事、解決しないまま先に進んだら駄目な気がするの。私、ずっと、あの人が怖くて、……それをいいわけに逃げてたから。ちゃんと話をしてみたいの。私の事どう思ってたのか、何をしたかったのか、……何を望まれてたのか、考えた事すらなかったから」

「答えになってるんだかなってないんだか微妙なラインですけど、要は治療を始める前にけりをつけたい問題があるって事ですか?」

「うん。確かに安全を考えるなら、これ以上あの人に関わるべきじゃないと思う。極端な話、学園側に政孝父様からきっちり話つけてもらえばいくら理事とはいえそう無理はできないだろうし、別に転校してもかまわないもん。……だけど、それじゃあの人が死ぬまで隠れてるようだし何も解決しないと思うの」

「――言い出したら聞かない、わがまま押し通す時の顔してるぞ?」

 克人兄様の苦笑混じりのつぶやきに思わず顔を見上げたら、ゆるく抱きしめられた。

「彩香がそうしないと気がすまないなら、俺は反対しないよ。ただし、俺達がきちんと安全に話をすることが出来る場所を用意するから、それまでは我慢、な?」

「ちょっ、克人、何勝手に許可してるのさ?」

「――何って、こうでも言わないと彩香は隠れてる会おうとするだろうが。それくらいなら目の届くところで会わせた方がまだ安心だろ?」

「それはそうだけど……。でも、独断で勝手に言質渡さないでよ。僕からも、絶対無茶しない、って約束取りつけようと思ってたのに」

 約束してくれないなら僕は反対だからね、と言いながら髪を洗い終わった雅浩兄様が湯船にすべりこむ。

「というか、彩香は克人の膝好きだね?」

「これは桂吾のしわざだから?!」

「だって、その後降りなかったのは彩香だよね?」

「いやそう言われればそうなんだけど、でもなんというか、私は無実、というか?!」

「うん、わかってる。お風呂深いからその方が楽なんだよね。克人がそうしてていいって引きとめたのも聞こえてたし」

 くすくす笑いながらの言葉に思わず脱力したら、桂吾と克人兄様がおかしそうに笑う。

「いい感じに遊ばれてますね、あんた」

「あれで雅浩は案外いたずら好きだからな。彩香はけっこうからかわれてるよ」

「まぁ、そんな距離感だから安心してなついてられんだろ。ひたすら優しく甘やかされてたら、あいつと重なって警戒されたんじゃないか?」

「……って、瀬戸谷先生と雅浩、そういうところが似てるから彩香がなついてるのか?」

「……勘弁しろよ」

「……瀬戸谷先生と似てるとか」

 克人兄様の言葉にものすごく嫌そうな声がかぶって、思わずふき出したら、雅浩兄様が肩をすくめる。

「まぁ、彩香が選んでくれるなら身代わりでも何でもいいけどね」

「雅浩兄様は雅浩兄様だよ? 桂吾とは似てないと思うけど」

「そう?」

「だって、桂吾はひねくれ九十パーセント、意地悪八パーセント、優しさ十パーセントだもん。雅浩兄様は優しい八十パーセント、びっくり箱十二パーセント、残り解析中、な感じ?」

「百パーセント超えてますよ?」

「桂吾だし消費税かけてみた」

 おかしそうな指摘にさらっと返したら、桂吾がふき出す。

「まったく理屈になってないのに、今納得しかけましたよ」

「それが桂吾の桂吾たるゆえんだと思うの」

 真面目くさって答えたら、今度は兄様達も笑った。

「彩香と瀬戸谷先生って本当面白いよね。お互い容赦ないのって、どっちも気にしないって安心してるからだよね。なかなかそこまでできないよ」

「ま、俺とこの人は色々あったからな。信頼っていうか、お互いに相手が怒らないラインを知ってるだけだ」

「そう言えるのがうらやましいんだよね。また彩香が瀬戸谷先生と話してる時、すごくリラックスしてて楽しそうだからなおさらだよ」

「そうか? ……まあ、俺から言わせりゃお前らと話してる時の安心して甘えてる雰囲気は俺に見せた事ないからな。妬けるっちゃ妬けるんだけど、でもそんなのは当たり前だろ。誰だって、家族に見せる顔、友達に見せる顔、教師に見せる顔、みんな違うもんだろうが」

 いくらか苦笑めいた桂吾の返事に私も薄く笑う。確かに、大抵の人間は誰の前かで多かれ少なかれ態度が違うものだ。そういう知らない部分を肯定できるかどうかが人間関係の重要なところなんだよね。雅浩兄様は私が小さい頃から一緒に暮らしてて、いろんな事を知ってるから余計に違いが目につくんだと思う。

 知らない部分を知らないままにしておく事だって時には必要で、でも、目をそらしたら駄目な時もある。その辺のさじ加減は私にもわからないけど、少しでもうまくやっていけたらいいなぁ、と思うんだよね。

「雅浩兄様だって、私といる時と克人兄様と二人の時じゃまったく同じじゃないでしょ? そういうレベルの話で、桂吾が昔の知り合いだからとか、特別な存在だからとかで態度違うんじゃないよ?」

「うん、それはわかるんだけどね。なんていうか、ちょっとした嫉妬かな。本気で嫌だと思ってるのとは違うんだけど、なんとなく面白くない気もするんだよね。――まぁ、折り合いつけるからあんまり気にしないでいいよ。それに、僕が一番嫉妬してるの、高浜幸仁だし」

「……はい?」

 雅浩兄様が幸兄に嫉妬? なんで?

「彩香は時々、驚くような事じゃないのに僕と話しててびっくりした顔するよね。それで、一拍おいてから、嬉しそうな泣きそうな、複雑な顔で笑うんだよ。ずっとどうしてかなぁって思ってたんだけど、あの人の事思い出してたんだろうなって分かったから」

 内心の読めない表情でそう言った雅浩兄様に、言葉が出なかった。だって、言われた通りなんだもの。雅浩兄様といると、時々あの人の事を思い出す。普段は全然似てないのに時々驚くくらいそっくりなんだよね。初めてできた事を報告した時に頭をなでてくれる笑顔だったり、サプライズプレゼントに驚く私を見て満足そうに笑う雰囲気だったりするそれは、懐かしくて暖かい思い出ばかりを連れてくる。昔は怖くてしかたなかった幸兄の優しいところばかりを思い出すのが不思議で、少し居心地が悪かったんだよね。あんな酷い人と雅浩兄様は違うって思うのに、起きている間に思い出すのは楽しかった事や嬉しかった事ばっかり。眠れば怖かった事、嫌だった事ばっかり夢に見るのになんでなんだろうなぁ。

「だから……。なまじ関わったら、君はあの人のところに帰りたくなるんじゃないかって、不安になる」

「それはないんじゃないか?」

「どうして? だって、彩香は今でもあの人を嫌いじゃない。……むしろ、大好きなんじゃない?」

 克人兄様の言葉を疑問の形で雅浩兄様が否定する。でも、どこかあきらめの混じった様子は答えを知ってるみたいだった。

「さっきも思い出してたよね。彩香があんな風に泣くの久しぶりだけど、顔合わせて色々思い出しちゃったんだとしても当たり前だから」

 やわらかな声に小さくうなずいたら、雅浩兄様が笑う。

「彩香もね、難しく考えなくていいんだよ? あの人だって怖いだけの人じゃなかったんだよね? だったら、優しいところは好き、怖いところは嫌い、でいいんだよ」

「……そうなの?」

「うん。だって、僕も彩香の辛くてもぎりぎりまで一人で我慢しちゃうところはどうかと思うし、克人の余裕たっぷりなところがしゃくにさわる時もあるからね」

 冗談めかして肩をすくめられ、ついふき出す。確かに、克人兄様ってあんまり取り乱さないというか、雅浩兄様がからかった時にさらっと流すから、ちょっとつまんないな、って思う事はあると思う。私もそう思う時あるし。……私自身の事に関してはコメントできないけど。

「俺も雅浩の言う通りだと思いますよ。あんた、篠井彩香になった事でようやく過去の事として客観的に思い出せるようになってきたんでしょう。そうしたら、あんな事になる前も、その後も、優しい時は優しかったんだって思い出せたんでしょう。いい事じゃないですか。――ただ、あんたなら分かってるとは思いますが、釘をさすためにあえて言わせてもらいますよ。思い出は美化されますからね。それだけは忘れないでください」

 いつもの少し素っ気ない調子で言った後、桂吾がお湯で軽く顔を洗ってからにやりと笑った。

「ただし、俺達がお膳立てする前にあいつと会おうとしたら……。わかってますよね?」

「……え?」

「俺の知る限りの黒歴史、洗いざらい暴露しますよ。雅浩と克人だけじゃない。篠井当主夫婦と久我城当主夫婦、綾瀬、それに学園のおしゃべりスズメどもにも話しましょうか」

「っや、約束しますっ! 三人のお許しが出るまで幸兄からは逃げまわるからそれだけはやめてっ?!」

 桂吾に知られてる黒歴史を全部とか、本当勘弁してっ。大慌てで約束したら、兄様達がおかしそうに笑う。

「それだけ慌てるとかどんな話が出てくるのか楽しみだなぁ。……ね、僕とも絶対無茶しないって約束してくれる? でないと、彩香のお茶目な失敗とか全部瀬戸谷先生に話しちゃうかもよ?」

「わかった! 約束するっ! 無茶しないしもし幸兄からこっそり連絡あったらすぐ話すって約束するから言わないでっ?!」

 たぶん雅浩兄様の言いたいのはこういう事だろうと思って言ったら、約束だよ、ととってもいい笑顔が返ってきた。

「――ここは俺もなんかネタを出すべきか?」

「……お願い、やめて……」

 おかしそうな克人兄様の言葉に思わず脱力したら、みんなに笑われちゃった……。

「ま、しっかり言質も取った事だし、あんたが会いたいって言うなら段取りしますよ。ただし、最低でも俺達のうち誰か一人――でなければ信頼の置ける人物を同席させるのが絶対条件ですからね。場所も篠井か久我城が懇意にしてるホテルのラウンジなり、人目のある場所で。むこうは一人で来る。むこうがこの条件を全部を飲まなかったらあきらめてもらいますからね?」

「妥当なところだと思うよ。細かい事は任せるけど、誰に同席してもらうかはもう少し悩んでいい?」

「ゆっくり考えて決めてくれればかまいませんよ。まだ日程すらわかりませんしね」

 兄様達がいてくれると安心だけど、あんまりあの人とは関わって欲しくない気もするんだよね。そう考えると、政孝父様に同席してもらうっていうのもありかな、なんて悩んであいまいにしたら、何か察した様子で桂吾がうなずいてくれた。

「さて、そろそろ出るか? いい加減のぼせてきた」

 片手で顔をあおいだ克人兄様の提案につい見上げると、不思議そうな視線が降ってきた。

「もう少し克人兄様にくっついてたかったんだけど……。駄目?」

 なんだかあったかいし安心できるし、このままがいいなぁ、なんて思っちゃったんで、ぺったりくっついておねだりしてみたら、克人兄様が硬直しました。……なぜ?

「……これで彩香が年相応だったら受け流せる自信がないぞ」

「いや、むしろできたらかえって心配だよ……」

「相っ変らず無自覚にたち悪りぃ……」

 三人してなんなんですか、一体?

お読みいただきありがとうございます♪

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