ゲームの話と本日のメインイベント?!
兄様達がゲームを始めたので、暇になってしまった私と桂吾は顔を見合わせる。
「なんか手持ち無沙汰だね」
「まぁ、あんたは今更やり直さなくても内容記憶してるでしょうしね。どうせだから俺らは俺らで考察すべき課題をやっつけておきますか?」
「それもいいかもね。――考え事するなら甘いものが欲しいところだけど」
「あぁ、それならそろそろ届くかと」
私の無茶ぶりにしれっと桂吾が応じたと思ったら、インターホンが鳴る。
「……え?」
「いいタイミングできましたねぇ」
きょとんとする私をよそに立ち上がって応答する桂吾。現れたホテルマンは、プチフールと果物、それに塩気のあるお菓子類がこれでもかとつまれた大皿を二つと、一体何リットル持ってきたのか問い詰めたくなる量の紅茶とコーヒーを置いていった。
「これは、徹夜フラグ?」
「そうなる可能性も考慮してます」
まぁ、常識的な時間のうちに食料が補給できたのはありがたいけど、本当、嫌味なくらいそつがないねぇ。
「まぁ、まず整理しておくべきなのはゲームと現実の違いですかね?」
「だねぇ」
桂吾がついでくれた紅茶を受け取ってソファに座ると、頭の中で状況を整理する。
「一番わかりやすいところで言えば、私が篠井本家の実子じゃない事、藤野さん――ヒロインの後ろにあの人がいる事、かな?」
「藤野がかなり残念になってるのは認めますけど、裏に何があったかはゲーム中で一切語られてませんから保留にしませんか?」
「それもそうだね。じゃあそっちは保留。そうすると桂吾や私がゲームの知識を持ってるってのも、検証できないから保留しよう」
「ですね。まぁ、あんたが実子じゃなくて一番変わったのは、克人との婚約がなくなった事ですか?」
「後は、私がいじめられるイベントが割り込んだ事で兄様達の攻略難易度が上がったのかな?」
「あぁ、確かにそうですね。サマーフェスティバルのダンスとか、どうやって潰したのかと思ってたんですけど、そっちのからみでした?」
「うん」
思いついた事を適当に口に出すと、桂吾がそれを補完してくれるから考えがまとめやすくて助かるんだよね。
「俺から見た感じ、ゲームの雰囲気よりもあんた達仲良いですよね。なんていうか、ゲームの篠井彩香は兄にも婚約者にも一歩ひいたところから接してる感じがありましたし」
「あぁ、それはあるかもね」
ゲームの中の篠井彩香は確かにちょっと完璧すぎた。さっき桂吾が言ったみたいに、ヒロインより年上の設定だったら憧れの先輩として描かれたと思う。学力はもちろん学年トップクラスで、まわりに目を行き届かせて自分の派閥の人間もくだらない悪さはさせない。マナーも教養も完璧で、でも時々子供っぽいのが玉に瑕、という感じ。まぁ、十二才って設定を考えたら出来過ぎなくらい大人びたキャラだろう。
ただ、その優秀さが仇となったのか、ゲームの中での雅浩兄様は、かわいいけど扱いにくいところがある妹、と言ってる。克人兄様も、何を考えてるのかわかりにくい、なんて言ってて、それ程仲がいい設定でもなかったんだよね。むしろ、雅浩兄様とは表面化してないだけで密かにすれ違っている。それが脱線裏ルートの伏線にもなっていたけど。
……うん?
「優秀すぎる君は何を考えてるのかわからなくて気味が悪いんだよね。だから、たまには泣いて助けを求めればいいんだ。……ほら、こうやって泣きながら僕を見てる君はこんなにかわいいのにね?」
「唐突に何を言って……って、逆ハーレム脱線・雅浩鬼畜ルートですか?」
「うん。あの台詞って、なんとなく聞き流してたけど、高浜幸仁が言いそうだよね」
私の言葉に桂吾が考えるように軽く眉をよせた。昔もなんだかあの人が私に言いそうで嫌な台詞だなって思ったんだけど、今冷静に考えてみると――。
「あのルートって、妙に綾と幸兄の関係に似てない?」
優秀すぎる妹を扱いかねたあげく、何をとち狂ったか取り返しのつかない暴挙にでる兄。でもなぜかその後の方がはっきりと妹に執着を示してまとわりつく。妹が他人と関わるのを嫌って、誰かと親しくしているのに気づくたびに、自分の腕の中に囲い込もうと暴力をふるって恐怖でつなぎとめようとする――。
「確かに――ってか、あのルート、途中から完全に篠井彩香視点ですよね。むしろ、あのルートだけでゲーム一本分近いボリュームありませんか?」
「あると思う。あそこから更に、そのまま暴力ふるわれ続けるルート、雅浩兄様と和解してくっつくルート、行動次第で他人に知られて助けられるルートに分かれているもんね。その場合、助けてくれるのが克人兄様と桂吾と綾瀬の三人ときた。しかも、脱線克人兄様ルートもかなり分岐するもんね」
完全に篠井彩香まわりのシナリオだけでゲーム一本分の分量だっていう指摘は正しい。まぁ、ゲームの性質上、その全員とあれなシーンがあるから色々と微妙だけども。
「こうなってくると、製作側は藤野の恋愛を描きたかったのか、篠井彩香について描きたかったのか、どっちなんだ、って言いたくなりませんか?」
「だよねぇ。更に気になるのがゲームの中の彩香が妙に綾に似てている点。外見的には彩香の何年か後だけど、中身は綾に近く描かれてる気がする」
「俺もそう思います。たぶん、あの変態がゲームに興味示したのって、あんたがやってたっていうだけじゃなく、ゲーム内の雅浩と彩香に自分達を重ねたんじゃないですかね? 自覚のあるなしまでは判断つきませんけど」
「やっぱりそうかな?」
「俺はそう思います。――というか、あのルートがあんた達の関係を示唆してると考えると、本当にどうしてこんなゲームが作られたんでしょう?」
「最終的にはそこにかえってきちゃうよね……」
放りっぱなしだったパッケージを取り上げて制作元を確認するけど、これといって特徴のない名前が書かれてるだけだ。
「この会社、今でもあるのかな?」
「潰れてますよ」
私の疑問にさらっと桂吾が答えをよこした。
「調べたの?」
「ええ。さすがに攻略対象と同じ名前の人間がそろい始めた頃に、いくらなんでもおかしいと思って調べたんですよ」
そう言った桂吾が自分のパソコンを引きよせて、保存されてたファイルを開く。
それは桂吾が受け取った報告書をPDFで取り込んだデータだった。
「制作元は発売の翌年に倒産してて、管理は販売会社が引き継いでるの? ……って、そこも潰れて更に別の会社が権利買い取ってるのね」
「はい。何回かそれを繰り返して、最終的にはその手のソフトの権利を買い集めて運営してる会社に行きついてます。制作元と最初の販売会社につながりがあったかどうかすら追えませんでした。そもそもゲームのクレジットも、あの当時二十~五十代によくある名前をよくある苗字と組み合わせただけなのがほとんどで、たどりようがないと言われました。一部の例外はPOCHIだのmikeだので、どうしようもなかったんですよ」
私がデータを確認している横で、桂吾がざっくりとしたまとめを口にする。確かにそんな状態じゃ、年間どのくらいのソフトが発売されるのかわからないけど細かい情報なんて追いようがなくて当然だろう。
報告書にはそれでも、この会社をペーパーカンパニーとして使っていた可能性がありそうな会社の名前が並べられていたけど、それですら数十。すべての社員を当たるとしたら千人を超えかねない。たどったところで正解に当たる確率を考えたら、徒労というしかなさそうだ。
「昨日の話を踏まえて考えると、あいつが情報を隠した後に俺が調べた可能性もありますが、だとしたらなおの事調べ直すのは時間と手間がかかるでしょうね」
ため息をつく桂吾の言いたい事はわかる。高浜が本気で隠蔽したなら、それをほじくり返すのはかなり難しい。篠井と久我城が動けば可能だけど、それも数年内であればだ。あの人は私が生まれた時、と言ってたから、隠蔽があったとしたら当然その頃のはず。十年以上たった今から調べても何も出ないだろうな。
「ゲームの出所を追うのは無理、かぁ」
一周した感のある話を、一旦区切るつもりでため息をついたら桂吾の手が雑に私の頭をなでた。
「何にしても、俺達が絶対にこれ以上は好きにさせません。そこだけは安心してもらっていいですよ」
「うん、知ってる」
桂吾が本気出したなら、これ以上あの人の奇襲を心配する必要はないもんね。注意するのと怖がるのは別だもん。
「何があっても対処できるように心構えはしておくけど、桂吾達がフォローしてくれるって知ってるから怖くはないよ」
「間に合やいいですけどね。……昨日も坊や達の見込みの甘さのせいで冷や汗ものでしたから」
苦々しげにため息をついて、一口サイズの海苔せんべいを口に放る桂吾。
「私は心配してなかったよ?」
「あんな酷い顔色しといてですか?」
信じられませんよ、とでも言いたげな桂吾の言葉に苦笑いで兄様達をうかがう。たぶん、熱心にゲームやってるからこっちの会話なんてそんな聞いてないだろうけど、念のため用心しておこうかな。
ちょいちょいと桂吾のシャツの袖をひいて顔をよせると、意図が通じたらしい。体を傾けて私の口元に耳を近づけてくれた。座ってても身長差があるから、こういう時相手から近寄ってくれないと立つようなんだよね。
「兄様達が間に合わなくても桂吾は必ずすべりこみで間に合うって思ってたもん」
「……はい?」
角度の問題で顔は見えないけど、驚いてるのがおさえた声からもわかる。
「ただ、桂吾達は本当にぎりぎりで現れるだろうから、それまで引き延ばせるかは少し不安だったけどね」
「どういう意味なんです?」
「助けはぎりぎりの方がありがたみが増すでしょう? とか言ってドアの外で様子うかがってるに違いない、って思って?」
「……あんた、俺をなんだと……」
私の返事に思いきりため息をつく桂吾。
「だって、そうでも思ってないとあの人に従わないってだけの事すらできなかったんだもの」
あの時、私はあの人としゃべってる裏で、様子うかがってる桂吾に無様なところを見せられない、って繰り返してた。実際どうかなんて関係なくて、そう思う事であの人に怯えて従いたくなる自分をおさえてたんだよね。
「実際に桂吾がそんなたちの悪い事をするはずがないのは知ってるよ? 全速力で来てくれてあのタイミングだったっていうのはわかってるの。でも、桂吾が来てくれる前に折れて従っちゃったら格好悪いでしょ? 私、桂吾にはそういう無様なところ見せないって決めてるから」
私が耐えきれなくてあの人の言葉に従ってたとしても桂吾は――兄様達だって私を責めたり見損なったりしないと思う。それどころか、そんな状況を許してしまった自分を許せずに苦しんで、口では当たり前だっていいながら自責の念にかられちゃうんじゃないかな。
でも、私はそんな思いをさせたくないし、桂吾にはいつまでもすごいと思われたい。敵わないって思われたいから、その意地だけであの人の前で膝を折らないでいた。……まぁ、私も結構な意地っ張りだよね。
「そんな意地はらなくたって、俺はあんたには敵いませんよ」
私の言葉に桂吾が苦笑いでこっちを見る。
「そうかな?」
「ええ。そんな想い一つであれに逆らい通すような精神力、俺にはありませんから。――本っ当、あんたにゃ敵わねぇよ」
ぐしゃぐしゃと髪をかきまぜられて、思わず笑い混じりの悲鳴をあげたら、だけど、とやけに真剣な声が降ってきた。
「本当に危険だと思ったら迷わずあいつの言葉に従ってください。――あんな思い、もうごめんです」
ほんのわずか、指先から伝わってくる震えが何のためなのか、私は知ってる。――私が桂吾につけてしまった傷が今でも痛むんだと思うとなんだか酷く悲しい。私もあの時の記憶にずいぶん苦しめられたけど、きっとそれは桂吾だって同じはず。ずっと私を守れなかった、一番必要な時に手を貸せなかった、って自分を責めてるんだろう。
それが申し訳なくて、でも、謝るのは違う気がするんだよね。
「うん。――ありがとう」
「何、急に礼なんて言ってるんです?」
「私、桂吾に会えてよかったよ。桂吾に選んでもらえてよかった」
「……そら、どうも」
考えてみたら、私の幸せは桂吾と出会ったところから始まったんじゃないかって気がするんだよね。そう思ってつい口から出た言葉に、桂吾は少し素っ気ない返事をよこしてそっぽをむいた。
「あれ? 顔赤い? 部屋暑いかな?」
「なんでもありませんよ。……ったく、たち悪りぃな」
ぶつぶつと何か言う桂吾に首をかしげたけど、返事はなかった。まぁ、あんまりこだわる必要もない話題だけどね。
ちょっと一息つきたくなって、ぷちシューを口に放る。あ、カスタードのだ。嬉しい。
「そういや、結構話し込んでたけど、克人と雅浩はどんなだ?」
話題を変えたいのか、本当に気になったのか、桂吾が兄様達に声をかける。すると、雅浩兄様が待っていたみたいに、もう勘弁して、とぼやいてパソコンを閉じる。
「言われた通り、自分を攻略するルート行ったんだけど……。何この耐えられないむずがゆさ……」
「実際あった事を隠し撮りしてそれを元に作ったのか、このゲーム……」
克人兄様もげんなりした顔で頭をかいてる。
「しかもこれを彩香がやったって事は、やっぱり全部……?」
「……あぁ、うん。全部覚えてるね」
「……はぁ。きっついなぁ」
なんとも嫌そうなため息をつかれちゃった。……でも何がそんなに嫌なんだろ? 時間的にはまだだと思ったんだけど、もしやあれなシーンにぶつかった?
「どうしてそんなに嫌なの?」
つい首をかしげて質問したら、雅浩兄様が目を見開いた。
「どうしてって……。彩香は嫌じゃないの? 好きな人と二人でいる時の態度とか、プライベートの自分を他人に見られて嫌だとか、第三者としての視線から改めて見るとすごく恥ずかしいとか感じない?」
聞き返されてちょっと考える。うぅん……。そもそも彩香はまっとうに恋愛してるようなシーンなんてほとんどないもんねぇ。それに、私の場合はあくまでも起こりうるかもしれない可能性があるだけで、実際に自分がやった事を隠し撮りされてたって感覚はまったくない。先に完全な他人事として知ってからそれが自分にふりかかるかもしれないと知るのと、実際にやらかした事をゲームとしてつきつけられるのとじゃだいぶ違いそうだしね。
それにそもそも、私は誰かを好きになった事がないし。いや、もちろん雅浩兄様とか克人兄様とか桂吾とか、好きだよ? でも、恋愛的な意味で言うと誰かを好きになったと言うことはないから、その辺の機微は未知の領域なんだよね。
うぅん……。まぁ確かに私と雅浩兄様のあれなシーンを雅浩兄様が見たら、微妙な気分にはなるんだろうけど、でもあくまでもフィクションだし。あれを現実と混同するような人達でもないからなぁ。
「ごめんなさい、わからないかも」
なので結局謝ったら、兄様達は苦笑いになって、桂吾はふき出した。
「この人にそういう機微を理解しろってのは少し酷な要求だな。たぶん自衛本能もあるんだろうけど、恐怖と羞恥の感覚が人より薄いんだよ。――で、あんたはちゃんと篠井彩香モードで考えましたか?」
言われて、そういえば思考パターンがだいぶ綾よりになってたことに気づく。
もし、今の私があの脱線裏ルートをやったら……? しかも、それを兄様達が横から見てたりとかするとしたら……?
あれやこれやされてる所とか、じわじわ相手に対する好意が大きくなってくような描写を自分そっくりなキャラがやらかすのを見るわけ? しかもそれがいろんな人に公開されちゃうわけですか……?
「ごめん無理駄目なんて罰ゲームですかそんなの自分でやるとか無理無理無理勘弁してっ」
うん、自分でもわかるくらい顔真っ赤になってるに違いない。なんで、とりあえず手近にいた桂吾の腕になついて顔を隠してみる。
「あっはっはっ! やっぱり無意識に感情セーブしてましたか。あんた、耳まで真っ赤ですよ」
もちろん、桂吾は容赦なく大笑いしてくれた。でも、私がはりついてる側の腕が大きく揺れないようにしてくれてるあたりは優しいと思う。
「本当、見事なくらい真っ赤だよ?」
「ここまでリアクションが違うと面白いな」
兄様達まで酷いから……。笑いをかみ殺してるのばればれですからね?
「だって、昔はあんまり感情表に出したら危なかったんだもんっ」
「うん?」
「あの変態のせいだな。この人が泣いたり怯えたりすればする程興が乗るらしかったし、下手に嫌がるそぶりを見せれば暴力が悪化する。結果、感情の振ふれ幅を一定範囲におさえる習慣がついちまったんだろうな」
空いている手で私の頭を雑になでた桂吾の言葉は、昔その事に気づいた時と同じでどこかいらだたしげだった。
「人間は感情を表に出す事で精神的なバランスをとってる面もあるからな。この人には時々からかって遊ぶくらいで丁度いいんだよ」
「桂吾の悪さに格好の口実を与えた気分だよ……」
思わずため息をついたら、桂吾はおかしそうに笑っただけで何も言わない。まぁ、こたえるとは思ってないけどさ……。
「本当、どういう関係なのかわからないよなぁ。どっちかが上って事もなさそうなんだけど」
「ん? この人が上に決まってんだろ」
克人兄様の疑問に、何を当たり前の事を、とでも言いたげな返事をする桂吾。
「この人相手じゃなけりゃこんなに好き勝手できねぇよ。彩香なら何しかけても大丈夫だって思ってるからできんだしな」
「まぁ、桂吾が節度わきまえてしかけてきてるから対処しきれてるってものなくはないけどね」
「嘘ですね。あんた、俺が本気でしかけた時だって、面倒な事やらかすねぇ、の一言で流したじゃないですか。三回もそれやられたら何やっても敵わないって思いますよ。なんで、下準備してまでしかけるより、思いつきであれこれやる事が増えましたね」
おかしそうに笑って言われ、返事のしようがない。思いつきでも計画的でも、やられる事に変わりないんだけどなぁ。
「本当に嫌ならやめろって言えばいいんですよ。言われてまでやるつもりはありませんからね?」
「なれたらそれはそれで楽しいから別にいいよ。ちょっとしたアトラクションみたいな気分かな」
「ほら、ちっともこたえてねぇじゃねぇか」
私の返事にけらけら笑う桂吾。確かに言われてみればその通りなんだけどね。
「ま、こだわるとこの人の機嫌が悪くなるからやめようぜ。ひとまず、彩香のリアクションが薄かったらちゃんと彩香モードで考えてるか確認しろ」
「了解」
「そんな違いもあるんだね。本当、彩香といると退屈しなくていいや」
雅浩兄様、そういう問題ですか……? 私もたいがいぼけてる自覚はあるけど、雅浩兄様も時々ずれてるよねぇ。
「とりあえず自分攻略ルートはギブアップみたいだし、今日のメインイベントといきますか」
「メインイベント?」
「ええ。あんた風呂場につっこんで丸洗いしないと」
「はいぃ?!」
ちょっと待って今なんて言った?!
「昨日は大目に見ましたけど、洗い流さないと変態がうつりますよ?」
「うつるかぁっ!」
「あんだけ胃液まみれになって、ふいただけとかまずいに決まってんでしょうが。ここの風呂は広いですからね。全員でも余裕ですよ」
「何の罰ゲームっ?!」
「こんくらいの荒療治でもしなけりゃ、あんた風呂に入れないでしょうが。昨日、歯磨きに行こうとしただけで貧血起こしてしゃがみこんだの忘れたとは言わせませんよ。――お前ら、湯加減見て来い」
「――いや、さすがにそれは……」
桂吾の言葉に完全に腰が引けた返事をする克人兄様。うん、色々まずすぎるよね。
「何のための水着持参だ? 先に体洗っとけ」
「全部計画的なのっ?! というか、全員で入る前提?!」
かみつくけど桂吾はどこ吹く風で、兄様達は顔を見合わせた後、しかたないな、とでも言いたげに立ち上がった。うそっ?! 桂吾のいう事聞いちゃうわけ?!
「誰かと二人きりが希望ですか? さすがにそれは婚約前提じゃないとまずいと思いますが」
「そういう問題じゃなくてね?!」
相変わらずこういう時は話通じないんだからっ。
「そもそも、帰ってから百合子母様とお風呂入ればいいだけでしょ?!」
「てか、何がそんなに嫌なんです?」
「……時々、本気であんたの頭の中のぞいてみたくなるわぁ」
「あのですね? 俺ら全員水着持ってきてるんですよ? あいつら先に行かせたのも、水着着てたら洗えない部分を洗って着替えとけって意味ですよ? あんたの水着も用意してありますし、風呂場に簡易とはいえしきりも用意させてあります。影で水着の中だけささっと洗って水着着ちまえば後はプールと一緒でしょうが」
「……あ」
桂吾の指摘に思わず間の抜けた声をもらしたら、それは盛大なため息をつかれてしまった。そっか、兄様達があっさり動き始めたのもそれに気づいたからなんだ……。
「……まぁ、肉体年齢相応になったのは悪い事じゃないですよね」
「……正直に馬鹿なったって言っていいよ……」
なんとも言いがたいフォローに、自分でもどうかと思ったんでそう返したら、やわらかく頭を叩かれた。
「あんたは子供でいられた時間が短かったから、こういう時の対処が甘いんですよ」
「うん」
「ま、こういうリアクション見ると、幸せなんだなと思えて安心しますけどね。あんた、親しい相手しかいない場所では言葉の裏を読むのやめてるでしょう? そうやって安心してられる環境が当たり前だったからこそ、隙を見せてられるんでしょうしね」
やわらかな声が降ってきて、でもそこに含まれるほんの少しの嫉妬が嬉しいのには……気づかなかった事にしておこうかな。
「先生、準備終わったけどどうしたらいい?」
「今彩香行かせるからそっちで待っとけ」
ちょうどかかった声に桂吾が返事をして私の背中を叩く。
「荷物の中に水着一式入ってるはずなんで、持って入ってください。俺はあんたの後にしますから」
「了解。お先」
勢いをつけてソファーから降りると、荷物のところにむかう。そういえば兄様達とお風呂とか、何年ぶりだろ?
お読みいただきありがとうございます♪