おにぎりとゲームの話。
ホテルの部屋でピクニック風のお弁当を食べる、というちょっと不思議な状況も結構楽しくて、半分以上がみんなのお腹の中に消えた頃にはすっかりくつろいだ気分になってた。
「さて、そろそろ話を戻すか。こっからは色々微妙な話題になるから覚悟しろよ」
桂吾の言葉に兄様達が表情を引きしめる。
「彩香の成長が遅れてるんじゃなかって話だよな?」
「ああ。脳を通常以上に活用できるような人だし、意識してかはともかく、本気で望めばその程度やらかしかねないからな」
「私もそういう望みをまったく持ってないって言い切る事はできないかな。……それに、正直、幸兄に殺されかけた年が近づくのが怖かったのも本当だから。また、あんな風に世界が壊れるんじゃないかって、去年は本当に怖かったもん」
だから、私の体が成長しないのにそういう思いが影響してるとしても不思議じゃないと思う。考えてみれば、彩香は一度たりとも同じ年の綾を越えた事がない。学力に関しては悪目立ちしない方がいいって理由があった。でも、本当にそれだけの理由で私は能力を隠してたのかな? ――どこかで、雅浩兄様より優秀になるのが怖くて、まわりの評価がかたまる頃まで雅浩兄様を抜かない程度を基準にしなかった?
それに、今年もそうだ。例のゲームが動き出して自分がどうなるのか怖くて、それまでより頻繁に昔の夢を見ていた。
「突き詰めると僕達を信じてもらうしかないんだよね。でも、簡単な話じゃないし」
「だよなぁ。何をしたらそれですむって話でもないからな」
どうしたものか、と首をかしげる兄様達。うん、私にだってどうしたらいいかわからない。
「とりあえず、これだけは約束するからな」
「うん?」
脈絡のない言葉に首をかしげると、克人兄様が笑う。
「俺は彩香を好きだし、そういうつもりがまったくないとは言わないよ。でも、俺は彩香に笑ってて欲しい。辛い時は頼って欲しいんだ。だから、彩香が怖がるような事は絶対にしない」
少しだけ笑みをのせた言葉に目をまたたく。
「……私の外見だと微妙に犯罪臭が……」
「俺が好きになったのは彩香の中身なんだからしかたがないだろ。子供っぽいかと思えば時々やけに大人びてて、しっかり自分を持ってて、甘えたなのにちゃんとまわりを見てるし」
さらりとほめ殺しにされて、顔がほてる。
「確かに今は色々微妙なところもあるけど、それだってあと何年かの話だろ。彩香が高等部に進学する頃には自然と解決する程度の話だよな」
「……まぁ、年齢的な話はそうだよね」
照れ隠しもあって、少し雑な返事をしたら、克人兄様は、だから、と気にした風もなく言葉を続ける。
「彩香が悩んでる事が一通り解決するまで、この話は保留、な。お前は今まで通り好きなだけ甘えて来ればいいし、俺も彩香の好きな克人兄様のままだ」
「……それって、私にばっかり都合良くない?」
「それは俺が彩香を甘やかしたいんだからしかたないな。――ま、いつか誰かと恋愛してみてもいいかな、って思った時、候補に入れてくれたら嬉しい、ってだけの話だ」
テーブル越しに伸ばした腕で頭をなでられ、うん、とだけつぶやく。少しだけ笑いを含んだ声も、頭をなでてくれる手の優しさもいつも通りで、あまりにいつも通りな事になんだか肩透かしをくらったような気分もあって。
「なんか、克人兄様にかかると、全然たいした事ない問題に聞こえるね」
「俺にとってはその程度だからな。確かに今のままで身長が伸びなくなったらずっと子供服買うかオーダーするかの二択で大変そうだけど、逆に言えばその程度の問題でしかないんだから、あんまり悩みすぎるなよ」
「いや、もっと色々あるだろ。この体型じゃ年齢クリアしても幼女趣味のそしり受けるし、そもそもや……」
「桂吾っ! ここにいるの桂吾以外全員十八才以下だからね?!」
何を言おうとしてるのか悟ってぶったぎると、桂吾がにやにやと笑う。
「この程度の話、仮にも篠井と久我城の跡取りの耳に入ってないわけがないでしょうが。それなりの家の跡取りともなれば、そっち方面だって跡取り教育の一環ですよ?」
「仮にも教育者が何を言う?!」
「今はただの瀬戸谷桂吾であって、スクールカウンセラーじゃありませんから」
「そういう話じゃなくてね?!」
「だいたい、ここまできたら例のゲームをやらせた方がいいですよ。藤野美智の裏にあいつがいて、むこうが高浜綾と篠井彩香の関係を知ってる以上、知識がないのは危険です」
「……それはっ。……確かにそうなんだけど……」
桂吾のもっともな意見に、それでもすぐにうなずけない。だって、内容を別にしたって、自分の身に現実に起こった事がフィクションにあわせて糸を引かれた結果だなんて気持ちのいい話じゃない。私や桂吾みたいな人種は笑い飛ばせても、普通の人にとってはかなりのストレスになるに決まってる。
……それに兄様達が、私のせいでそんな気持ち悪い事態に巻き込まれた、って思ったら? 私さえいなければゲームの再現なんてあの人は思いつきもしなかったのに。
「何で泣きそうな顔してるの?」
柔らかな声に顔を上げると、雅浩兄様がちょっとだけ困ったような笑顔でこっちを見ていた。
「あのね? 僕も克人も、あの変態が彩香のやってたゲームの状況を再現しようとしてるのは知ってるんだよ? そこに僕達が出てきてたのも、ね」
「……え?」
「さっき先生が言ってたの、忘れちゃった? 昨日の応接室でのやり取りの録音、僕達も聞かせてもらったんだよ」
……そういえばっ?!
思わず桂吾をにらむと、何か問題でも? とでも言いたげな視線が返ってきた。
「聞かないでこの二人が引き下がると思ったんですか?」
「……でもっ」
「独断でゲームの情報流そうかと思ったら、あんたと勝手に内容調べないって約束してるから教えるな、って一蹴されましたけどね」
面倒くせぇ、とつぶやいた桂吾が残っていた唐揚げを口に放る。
「あんたが思ってるよりこの二人は図太いですよ。少なくとも、自分そっくりな男が尻軽にたぶらかされて逆ハーレムやら男相手にひんむいたり身近な女の人生狂わしたり、やらかしまくってるゲームがあると知って、製作者吊るして賠償金むしってやる、とか言い出す程度には、ね」
……はぃ?
思わず首をかしげたら、苛立ちまぎれなのかおにぎりにかぶりついた雅浩兄様。
「まったく。同姓同名で顔も声も似てるとか、どれだけ肖像権の侵害だと思ってるんだろうね? しかも、僕が彩香に酷い事をする話があるんだってね? 販売元調べ上げて訴えてやりたいよ」
そのせいで彩香に変な疑い持たれてたかもしれないとか最悪すぎる、と八つ当たりの勢いでおにぎりを食べてる雅浩兄様。……あれ? 怒るポイント、そこなんですか?
「訴えるより、合法的に乗っ取って販売履歴調べて回収だろ。そんなものが世に出回ったままにして、跡継いでから、若い頃こんなゲームのモデルになってた、とか言われたらたまらないぞ。――姉さんあたり、笑い転げながらプレイしそうだから、一本手元にあってもいいかもしないけどな」
今度は卵焼きをかじってる克人兄様。……確かに早苗姉様ならそうだろうけどっ。きっと、間違いなく大笑いしてくれると思うけど……っ。問題はそこですか?!
「念のために聞くけど……。彩香、僕の事そんな事するような男だって疑ってる?」
どうリアクションしたものか悩んでいたら、眉を下げた雅浩兄様に聞かれて、反射で首をふる。
「雅浩兄様が意地悪するはずないよ。万が一があっても、私が本気で嫌がったら絶対やめてくれるもん」
雅浩兄様が私が本気で嫌がる事を無理強いするとしたら、やらないと私が困る事だけだと思う。だから、そういう意味での身の危険はまったく感じないんだよね。どっちかというと、嫌がって雅浩兄様に嫌われるのが嫌でずるずるやられちゃいそうな自分の優柔不断が怖いというか……。
つい正直にそう言ったら、一拍おいて雅浩兄様が真っ赤になる。
「そのくらいで嫌いになったりしないから、もしもの時は遠慮なく抵抗してっ」
「……だって、嫌がられたら嫌じゃない? 私、雅浩兄様に嫌われるの嫌だもん」
雅浩兄様に嫌われるとか……。この前の騒ぎだってものすごく辛かったのに……。あんな思いするくらいなら、何が何でも嫌だってくらい嫌じゃない限り、好きにしてもらった方がいい気がする。
……うわ、思い出したら涙出てきた。
「そんな話聞いちゃったら、理性がぐらつい時に彩香の不安につけ込みたくなりそうで嫌なんだよね。正直、僕は自分の事そこまで信用できてないから、約束してくれた方が嬉しいんだ。お願いだから、少しでも嫌だったり気乗りしなかったら抵抗するって約束して?」
「だって……」
それで気まずくなるのとどっちが辛いんだろう?
「彩香がそんな理由で受け入れてくれても、僕は嬉しくないよ? きっと、君の不安につけ込んで人生をめちゃくちゃにしたって一生後悔し続ける事になる。だから、僕を好きって少しでも思ってくれるなら、ちゃんと約束して?」
かんでふくめるような言葉と一緒に優しく頭をなでられた。
「彩香はこういう気持ちむけられるの怖いんだろうけど、僕も彩香が好きだよ。でもね、彩香を泣かせるくらいならこんな気持ち、通じない方がいい。彩香が本当に幸せなら、相手は僕じゃなくたっていいんだ。そりゃ、選んでくれたら嬉しいけど、でも、彩香が一番一緒にいたい人の隣で笑っててくれる方がずっと嬉しいんだよ」
僕は彩香に大好きって言ってもらえる兄様でいたいんだからね、とでも続いていそうな言葉に涙があふれた。なんでこの人達はこんなに優しいんだろう? なんで私なんかにこんなにたくさんの暖かいものをくれるの? 自分の気持ちより私が優先、だなんて笑ってくれるのはなんで? 私は何も返せてないのに、どうしてこんなによくしてくれるの?
悲しくなんてないのに止まってくれない涙を雑にぬぐったら、雅浩兄様が慌てる気配が伝わってきた。
「ごめん、嫌だった? やっぱり好きだなんて言われたら怖かったかな……。ごめんね、彩香を怖がらせたかったんじゃなくて、ただ、変な遠慮しなくていいよって言いたかっただけだから。何も変わったりしないんだから、そんなに泣かないで?」
本当に困りきった調子で言われて、こらえきれなくて雅浩兄様に抱きつく。
「うわっ?!」
「さすが。テーブルの上の飯を避けて膝をつく理性はある辺り、あんたですねぇ」
「コメントするとこ、そこっ?!」
笑い混じりの桂吾に、雅浩兄様の慌てた声がやり返す。
「慌てるなよ。それは単に嬉しくて抱きついてるだけだ」
「嬉しいって……?」
「克人といい、雅浩といい、二人して彩香優先なんだって言い切ったから嬉しかったんだろ。まわりにそうやって大切にされた事がない人だからな」
好きにさせてやれよ、と笑い混じりの声がする。うん、桂吾の言う通りだよ。こんな風にただただ私に優し人なんていなかったもん。だから、嬉しすぎてどうしていいかわかんないよ。困らせたいわけじゃないんだけど、今はぎゅうっとしがみついていたかった。
「彩香の幸せのためだったら僕達はなんだってしてあげる。そうやって彩香のために何かできるのが嬉しいんだから、もっとたくさん、遠慮しないでして欲しい事はなんでも教えてね」
どこまでも私に甘い言葉に泣き笑いでうなず…………。
「ちょっ、やだ嘘その台詞待った?!」
雅浩兄様から離れて顔を見上げる。
「な、なに?」
「だから今の台詞なしでっ! それまずい駄目ないないないっ」
「……ん? あぁ、なんかそんな台詞、ゲームでありましたか?」
「あったよっ! あったからまずいって!」
「俺は覚えてないんですけど……。どんなシーンの台詞です?」
「逆ハーレム脱線二股ルートとかやめて本当いつ私が兄様達攻略したのしかもあれヒロインさんのイベントでしょうがなんでここで起きてるの私はただのお邪魔キャラだからね?!」
「いや、充分裏ヒロインでしょう。通常ルートクリア後にしか発生しない裏ルートであんたが関わってたの、ほぼすべて途中からヒロインくってたじゃないですか」
「それとこれとは別だからっ! 私はやられちゃったらなんだか情が移ってくっつくような花畑じゃないわっ!」
「……見た目九才がほざく台詞じゃないですよ」
桂吾があきれたような言葉とともにため息をつく。
「つか、あんたにあのゲームの記憶があるのは合法なんですかね?」
「指摘しないでっ?! 私もグレーだとは思ってるんだからっ!」
桂吾に怒鳴ったら、なぜか口元におにぎりがさしだされ、ついかじる。
「おいしい?」
笑顔の雅浩兄様に聞かれて、うなずいたら、よかった、と笑みが深くなる。……でもなぜ唐突におにぎり?
「落ち着いて話そう? とりあえずはおにぎり休憩ね」
ぽんぽん、と軽くて頭を叩かれて、小さくうなずく。落ち着くのにものを食べるのは確かにいいかもしれない。雅浩兄様と克人兄様の間に座って、二口目をかじる……?!
大急ぎで二口目を飲み込むと、近くにあった克人兄様のコップを奪ってお茶をあおる。
「ここで椎茸の佃煮とか、どんないじめっ?!」
涙目でかみついた私悪くないっ!
「えっ?! うそ、ごめんっ。もう三つ出てきたらないとばっかり」
「四人分なんだから普通四個だよーっ?! 酷い酷いっ!」
「ごめんって。こら、なに涙目になってるの?!」
「椎茸の佃煮嫌〜いっ。雅浩兄様の意地悪っ」
「だからごめんって。ほら、彩香の好きな人参の肉巻きあげるから泣かないで?!」
「……酔ってる時のテンションだな。一滴も飲まずによくまぁ」
「昔から雅浩と俺相手に駄々こねる時はあんなだよ。まぁ、本当に滅多にない事だけどな」
苦笑いの桂吾と克人兄様が話してるのが聞こえたけど、今はそんなの知らない。口の中の椎茸の佃煮の味が消えない事の方が重大だもん……。
おにぎりを置いて雅浩兄様が取ってくれた人参の肉巻きをかじる。
「こっちは俺が引き取るな。四個出てきたからもう椎茸の佃煮はラストだろ」
横から手を出した克人兄様が私のかじりかけおにぎりを持っていく。
「しっかし、彩香がこんなに椎茸の佃煮が苦手だったなんて初めて知ったぞ?」
「だって別に食べなくても困らないから目立たない好き嫌いだし……。おにぎりに入ってなければここまで嫌いじゃないから」
「うん?」
「昔、椎茸の佃煮のおにぎりで食あたりして入院する騒ぎになってね……」
つい遠い目になってつぶやいたら、両側で兄様達がかたまった。
「あれは真夏に一日窓辺に放置したおにぎりを食べたあんたが悪いんですよ」
「……お腹空いてたんだもん。あの人のせいで二日間絶食で飢えてたんだもん」
「だからって、研究室に放置してある食い物は危険だって知ってて食った、あんたの自爆以外のなにものでもないでしょうが」
「……だから、誰も責めなかったでしょ?」
「当たり前です。……っとに、どうしてそう、時々すこんと抜けてるんです?」
ぶつぶつ言いながらも、キスの天ぷらと卵焼きを取り分けて私の前に置いてくれるあたり、桂吾は優しい。両方とも私の好物だもん。
さっそく天ぷらをかじると、ほんのり青のりと塩の味がしておいしい。
「そういえば、先生はなんで彩香にだけ口調違うの?」
「そりゃ、この人一年先輩だったしいきなりタメ口はないだろ。なんかそのまま定着しちまった」
「だね。なんかもう桂吾はその口調ってイメージだからいまさら変えられたら違和感ありそうで嫌だな」
「俺も変えたいとは思ってませんから安心してください。――さて、盛大にずれた話題を戻しますか。例のゲームをどうするかですよね?」
雅浩兄様の疑問にさらりと答えた桂吾が私を見る。
「まぁ、確かに多少問題もありますし、実際にプレイさせるよりも俺のセーブデータ使って要所要所を見せた方がいいかもしれませんね」
「うぅん……。でもさ、あのゲーム際限なく裏ルート発生し続けてたから、かなりだよね? そもそもあのデータ量をどうやってディスクに入れてたんだろう?」
「たまにパッチあたってませんでした?」
「でも、プレイする時はサーバーにアクセスしてないし、あそこまで肥大したデータを全部インストールしてたら相当容量くうはずだよね? あれ、インストール時から容量数メガ程度しか増えてなかったよ?」
「……言われてみればそうですね。一応ディスクとパソコン持ってきてるんで確認してみます? お前ら、どっちか私物のノートパソコン持ってこい」
立ち上がった桂吾に言われて、兄様達が顔を見合わせた。
「一応彩香のもあるけど、僕達のでいい?」
「あぁ、私のがあるならそれがいいや。とってくるね」
企画は全部内緒、と言われて荷造りは全部雅浩兄様と百合子母様がしてくれたから、私は何が入ってるのか知らないんだよね。
私の旅行かばんをごそごそやると、普段使ってるノートパソコン一式が入ってた。まぁ、ほとんどワープロ表計算プレゼンテーションソフトしか使わないとか、どこのビジネス用だって感じなんだけど。
だいぶ減ったお弁当セットを少しはじに寄せて私と桂吾のパソコンをセッティングする。
「ひとまずあんたのパソコンにインストールするところからですかね?」
「いや、インストールだけはしてあるよ。まだ起動すらしてないから完全に初期状態だけど」
言いながらひとまずインストールフォルダのサイズを確認する。
「桂吾のとほぼ変わらないね。……これ、セーブデータくらいの誤差だよ」
「ですね。て事は、あのパッチは何やってたんでしょう?」
「私に聞かないでよ。ひとまず起動してみるね」
初期状態のファイルサイズを確認したところでゲームを起動すると、自動でパッチが開始される。
「あれ? 始まった?」
「何か問題でも?」
「……私、まだセキュリティソフトの許可リストに入れてないんだけど」
「はい?!」
そう。普通なら、インストールしたてのソフトがネット接続をしようとしたらセキュリティソフトの確認がある。接続を許可しますか? ってアラートが出で、許可するまでネットには繋がらない。なのに、それをすっ飛ばしていきなりネットに繋がってるし……。
セキュリティソフトの管理画面を呼び出すと、案の定許可リストにゲームのタイトルがない。
「――というか、当時のOSにあわせて開発されたはずのソフトがなんで最新のOSで互換モードにすらせず何の問題もなく起動してるの……?」
冷静になってみると、ごく普通にインストールできた時点から怪しかったんじゃなかろうか……?
「……とんでもなく不審ですね」
「まぁ、ただのソフトじゃないとは思ってたからこのくらいは許容範囲――って、あれ?」
視線を桂吾から画面に戻して思わす声を上げる。
「どうしたの?」
「……ゲームが許可リストに入ってる……。私、操作してないのに」
「……なんなんですか、このソフト」
「……さぁ?」
ははは、と乾いた笑いをもらすしかなくて、兄様達もなんだか不審げに眉をよせた。
昔は気にもとめてなかったけど、なんか本当に不審すぎる。だけどこっちの気分なんてお構いなしにパッチは順調に進んでる。
「これ、ずいぶん昔のゲームだよな? いつまでパッチサーバー稼働してるんだ?」
「それもつっこみどころだよね。まぁ、販売終了してなければ稼働しててもおかしくはないけど」
「そこまでする程儲けのでるゲームとは思えませんけどね」
「先生、いまだにプレイしてる本人がそれを言ったらお終いだと……」
「けど、このゲーム、有料のシナリオ追加じゃねぇぞ? 最初に七千八百円出してそれっきりだ」
「そもそも、発売後しばらく修正とか特典を配布するにしても、普通は販売元のサイトからダウンロードだよね。一々パッチサーバーまで置くかな? 売れてるなら重版の時に製品を修正できそうだし」
考えれば考える程なんか怪しいなぁ……。みんなで考え込んでる間にパッチが終わってゲームが立ち上がった。
「藤華に抱かれて、かぁ」
「――まぁ、イラストにはあえて言及しないでおくか」
タイトル画面を見て兄様達がそれぞれにコメントする。ちなみに、タイトル画面は御多分にもれず攻略対象八人集合カットです。一番目立つ位置に雅浩兄様、その両側が桂吾と綾瀬敬道、他の面々は後列って配置。
本当、こうして改めて実物とイラスト見比べると妙によく似てる。兄様達モデルにイラスト起こしたって言われた方がしっくりくるくらいだよ。
「あれ? イラスト変わった?」
「あぁ、このゲーム、オープニングムービーがない代わり、ゲーム内で見たイラストと初期設定のイラスト何枚かがスライドショーになるんだよね。――やばいのも普通に使うあたりが酷いけど」
視線の先ではイラストが私を真ん中にした兄様達のものに変わっていた。……あれ? そういえばゲームのイラストだと彩香は私よりかなり背が高いかも。兄様達との身長差からして百五十弱ってところかな? 顔は自分と比較ってしにくいけど、イラストの方が少し大人びた雰囲気かもしれない。
「僕はこういうゲームした事ないけど、ヒロインと攻略対象以外のイラストもタイトルに使うのって普通?」
「このゲームやりこみゃわかるけど、篠井彩香はかなり登場頻度が高いんだよ。それに悪役ってよりは、年齢設定がヒロインより上だったら確実に憧れの先輩ポジションになるタイプだな」
説明しながら桂吾が私のノートパソコンをどけて、自分のを真ん中に押し出す。表示されてるのは、ギャラリーの目次。
「攻略対象以外でギャラリーに名前持ってんのは篠井彩香だけだ。他のライバルキャラはその他でひとくくりなんだけどな。ある程度攻略すると、篠井彩香の分だけ独立する」
「たぶん、あれなシーンが断トツで多いからだと思うけどね」
「まぁ、それはそうですけどね」
「あれなシーン?」
「たとえばこんなだな」
言った桂吾が表示したのは……っ?!
「桂吾っ?!」
思わず叫んでパソコンを力任せに閉じる。
「あっはっはっはっ!」
お腹を抱えて大笑いの桂吾と、真っ赤になって視線をそらす兄様達。
「何考えてんのっ、あんたはっ?!」
思わず桂吾の頭を張り飛ばした私は悪くないっ!
「あ、あんたまでっ、真っ赤、っとかっ……。あっはっはっ! 腹痛ぇっ」
「笑いすぎだよ、馬鹿っ!」
うん、まさか本気であれなシーンのイラスト出すとか本当勘弁して……。しかもあれ、脱線裏ルート・雅浩兄様編のたち悪いバージョンだし……。色々あれ過ぎ……。
「……本気であんなシーンあるの?」
「ある。……というか、私がやった範囲だと篠井彩香は二十近くそういうシーンがあるんだよね。はっきり言って、メインキャラの雅浩兄様より多いし……」
「ちょっ、それ僕じゃないからっ!」
「だって、雅浩兄様そっくりだし、同じ名前だし、呼び捨てにできないんだもん」
雅浩兄様の抗議に眉を下げて反論したら、思いきり言葉につまっちゃった。
「……なんだか複雑だよ」
「まぁ、……なんだ。深く考えるな?」
本当にものすごく複雑そうなつぶやきに、克人兄様が慰めるように背中をたたく。
「ちなみに、私と雅浩兄様のは五パターン、克人兄様と桂吾が四つずつ、他多数……」
というか、攻略対象のほとんどとその手のシーン(未遂含む)があるって……。ヒロインも攻略対象使って中学生に何させてるんですか、と。
「ちなみに、二人とも初回は嫌がるのを無理矢理だぞ。しかも雅浩は屋……」
「余計な情報しゃべらんでいいわっ!」
笑い転げてると思って油断してたら、またとんでもない事を言い出した桂吾の口に唐揚げをつっこんで黙らせる。
「桂吾は少し黙ってて。……兄様達も気にしないでいいからね? あくまでもゲームの中の話なんだから」
「というか……。彩香は本当によく僕達が怖くないね? 状況がゲームそっくりになって、もしかしたら本当にそういう目にあうんじゃないかって不安じゃなかった?」
「怖かったよ?」
何を当たり前な事を聞くんだろう?
「兄様達の事はよく知ってるけど、変なゲーム補正でもあって、力づくでゲームの展開通りに状況が動かされる可能性だって、考えなかったわけじゃないからね」
「だったら、なんで俺達と距離を置いたり、藤野宮以外に進学したりって道を選ばなかったんだ?」
「だって、二人とも私にすごくよくしてくれたから」
私にとっては当たり前の返事をしたら、二人どころか桂吾にまでもの問いたげな視線をむけられてしまった。
「雅浩兄様も克人兄様も、篠井に預けられたばっかりの私にすごく優しくしてくれたから。最初はやっぱり思ってたよ? 適度な距離をとってゲームの状況につながりそうなフラグはつぶそうって、考えてたもん。だけど、二人といて、そんな風に距離置くの嫌だな、って思ったからやめちゃった」
優しくしてもらえて嬉しかったから、ちゃんとその気持ちを伝えたくて。私の事を本気で心配してくれてる二人にきちんとむかいあえないのは嫌だと思った。だから、克人兄様との婚約につながりそうな本家の養女になるのには抵抗したけど、それ以外は成り行き任せだったんだよね。
ヒロインさんが二人のどちらかを選んだら応援するつもりだった。そりゃ確かに私自身には少し面倒で怖い事が起こる可能性もあったけど、二人が幸せになってくれるならそれが一番だと思ったから。逆ハーレムルート潰しだって、本当はやらない方が私自身は安全なんだよね。むしろ協力してさっさと二人を落としてもらっちゃった方が、怖いルートの発生率は下がるんだもの。
そうわかっていても、私には近い将来いろんな問題を生むとわかってるルートに二人が巻き込まれる方が嫌だった。
「だから、全部私のわがままなの。兄様達にはちゃんと、一番大切に思ってくれる人を選んで欲しいなって、勝手に思ってるだけなんだよね。まぁ、最悪そっち方面のルートになっても兄様達がそれでいいならまぁいいかな? って。さすがに半分ことか言われたら困るけど」
「半分こって誰と誰がっ?!」
「待て! それ以前に俺達がいいならですますなっ!」
ものすごい勢いでのリアクションに、思わず目をまたたく。
「ちなみに、本当にそういうシュチュもあるからな?」
「……どういうゲームなのさ?」
「そういうゲームなんだよ。中学生がんな目にあうあたりで察しろ」
苦笑いの桂吾に言われて、雅浩兄様が深々とため息をつく。
「……こう、なんでそういうゲームをそんなにやりこんでたのか気になるんだけど」
「なんでって、確かにどうかと思う展開が多いけど、要所がよくできてるんだよね。イラストの質もけっこういいし、心理描写もうまい。それにこのゲーム、最初の一人一人を攻略するルートはものすごく幸せそうなんだよね。本編一通りクリアした後の派生ルートとかはどろどろしたのが多いけど、でもそれはそれでありなのかな? って思わせるものがあるし」
「なんつうか、現実なら幸せ一杯ってだけじゃすまねぇよな、ってところをうまくついてきてるんだよな。幸せなんだろうけど、裏になんか隠してるっていうか、幸せのために踏みつけにしたものがあんだろ? って突きつけられるっつうか、な」
考え考えの私と桂吾の返事を聞いた兄様達が小さく首をかしげる。
「なんか聞けば聞く程やってみたくなるな」
「だねぇ。どんなストーリーなんだろ?」
「自分そっくりなのが藤野相手にベタ甘恋愛してるのに耐えられるんならやってみりゃいいだろ。このごに及んでまだ駄目とは言わねぇだろうし」
桂吾の言葉に視線が私に集まる。
「……やりたい?」
「彩香がどうしても嫌だって言うならやらないよ」
「約束したもんな。破るつもりはないぞ。……やってみたいのは否定しないけどな」
「…………じゃあ、いいよ。でも、文句は聞かないからね?」
ま、確かにあのゲームの知識はあった方がいいだろうし、と思って渋々うなずく。
……まさか、みんなでホテルに泊まって乙女ゲーム攻略大会になるとはね……。
お読みいただきありがとうございます♪
桂吾さん、本領発揮?(笑