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お楽しみとおにぎり。

「……うっわぁ……」

 目の前で繰り広げられる演技に思わずほうけた声がもれる。いくらトランポリンを使ってるからって、垂直の壁を駆け上がるって何事ですか?!

 うわっ、あんな動きにくそうな服でどうしてこんなアクロバットな動きができるの?! というかっ、端の方で踊ってる人に気を取られてる間に大技決められたとか?! なんか損した気分っ! でもなんかメインの人達だけ見てるのもそれはそれで……。うわっ、もうどうしろと?!


「いや、本当そうやってるとあんたもただのガキですね」

 公演が終わって人がはけ始めた頃になっても興奮の余韻でほうけていたら、笑いをかみ殺しながらの声がかかった。

 声の主は左隣に座っていた桂吾だ。

「だってすごかったよ? すごかったよね?」

「まぁ、確かに世界中で興行うってるだけの事はありましたね。……ただ、俺はあんたのリアクションが楽しくして、半分くらいしか見てませんでしたけど」

「もったいないっ! 何見てたの?!」

「だから、口半開きで舞台見てるあんたを見てたんです。撮影禁止じゃなかったら録画したかったぐらいでしたよ」

「見るもの間違えてるからっ! なんでこの公演に来て舞台を見ないのっ?!」

 本当、わからないよ、この人っ。

「まぁまぁ。ね、彩香、帰りに売店見て行こう? せっかくだから何か買ってあげる」

「本当っ? わぁい、雅浩兄様大好きっ」

 反対隣からかかった言葉が嬉しくて、つい抱きついたら雅浩兄様が優しく抱きしめ返してくれた。

「こんなに見たかったならもっと早く教えてくれればよかったのに。そんなに遠くないし、いつだって連れて来てあげられたんだよ」

 喜ばせてあげられなかったのがちょっと残念、と笑われてしまった。

「だって、こんな劇場持ってるなんて知らなかったんだもん。私が知ってた頃は、何年かに一回、仮設テントでの移動公演しかやってなかったし」

「ちょうど劇場を作った頃はあんた、まわりの情報どころじゃなかったでしょうしね。落ち着いた頃にはもうさほど大きく騒がれなくなってて、常設劇場ができたんで移動公演も地方ばっかりになりましたから」

 桂吾のフォローにうなずくと、雅浩兄様が、そうなんだ、とつぶやく。

「なら、今回教えてもらえてよかったね。これからは見たくなったらいつでも言って? 僕も楽しかったし、今度父さん達も誘って一緒に来ようか」

「うんっ」

 つい満面笑顔で返事をしたら、桂吾がふき出した。

「雅浩も三割はこの人見てただろが。なぁ?」

「ま、俺も人の事は言えないけどなぁ」

 桂吾の隣に座っていた克人兄様が苦笑いで返事を……って?!

「みんなして何見てたのっ?!」

「だから、舞台に魂とられてはしゃいでるあんたを見てました。もしくは、あんたを見て楽しんでる他のメンツの様子をちら見しつつ舞台を」

「見るものが違~うっ!」

 思わず叫んだ私は悪くないと思うのっ。

 ちなみにこの三人、いつの間に仲良くなったのか、昨日家に帰ってから外面廃止になってるんだよね。桂吾は二人を呼び捨てにしてるし、言葉遣いも素だ。私にも今まで兄様達もいた時みたいなカウンセラー言葉じゃないし。基本的に私の事はあんたとしか呼ばないけど、たまに高浜先輩と呼んでたのが、彩香に変わってる。さすがに兄様達は桂吾を呼び捨てにはできないのか、したくたいのか、先生呼びだけど言葉遣いは普段通りになってる。たぶん、昨日私が力尽きて寝ちゃってた間に何か話し合ったんだろうけど……。

 帰りの車の中で寝入っちゃったはずなのに、気づいたら吐いた後始末も完全に終わってて、洗いたてのパジャマに着替えさせられてた。場所も車の中から雅浩兄様の部屋に移動してたし。まぁ、ああいう時眠ってる間に桂吾が知らん顔で後始末をしてくれてるのはよくあった事だから別に不思議じゃないけどね。

 たぶん、優に数時間はあったその空白時間に三人で話しあったんだと思う。きっと、自分達が素の態度でいた方が私が落ち着くから、とか言って桂吾が言いくるめたんだろうな。確かにそうなんだけど、桂吾はそこまで認めてない相手に素の口調で話すの大っ嫌いなのにねぇ。本当、私が弱ってる時はベタ甘なんだから。

 ――指摘するほど無粋じゃないから黙って甘えておくけどね。

「別に何を見ようと、俺達も充分楽しんだんだからいいでしょう。ほら、そろそろ人もきれてきたし動きませんか?」

 この後も予定があるんですから、とうながされて、少し納得がいかなかったけどうなずいて立ち上がる。私は予定を全然聞いてない――教えてもらってないんだけど、平日だっていうのにみんなして学園を休んでまで出かけてる。間違いなく、昨日があんまりだったから気分転換に連れ出してくれたんだと思う。桂吾がメインで企画したんだろうから、私が楽しめないはずもないし余計な心配はしないで楽しんじゃおう。

 その後、売店でCDとメモ帳を買ってもらってほくほくと車に乗り込む。今日の車は瀬戸谷の車で、やっぱりみんなで向かい合ってしゃべれるタイプの車種だ。ただし、篠井と久我城からも警備が来てるから三台編成ですけども。

「次はどこ行くの?」

「普通だとここまで来たら、所在地詐称疑惑のあるテーマパークが定番なんだけどね」

「この人にそれはなぁ。時期によっては夜のパレードくらいは楽しめるにしてもアトラクションは鼻で笑いそうだ」

「……えへ?」

 うん、実はテーマパークのたぐいは好きじゃないんだよね。どうせなら植物園とか水族館がいい。

「と、いうわけで次は坊や達が退屈しそうな場所をチョイスしておきました。たぶんあんたは楽しめるんで、二人は夢中になってるこの人ながめて楽しんどけ」

「だから私はアトラクションじゃないからねっ?!」

 思わず桂吾にかみつくけど、にやにや笑うばかりでこたえた風もない。まったく……。


 次に桂吾が選んだのは、世界の伝統工芸の体験ができる体験型学習施設と呼ばれるたぐいの場所だった。

「……って、うわ、ここプロ用の道具で体験させてもらえるの?!」

「ですよ。外面だけ似せた子供だましじゃ面白くないでしょう? どのプログラムにします? なんなら二~三個はしごしてもいいですよ。この後はここの終わり時間次第で動かせる予定にしてますから」

「本当っ?!」

「はい。好きなだけやってください。俺達は興味ない時は適当に時間潰すんで」

「じゃあ、まずこの漆器に絵付けするのやってみたい! 蒔絵体験!」

「はいはい。他はなんです?」

「ええと……。扇作るのもやりたいっ」

「また渋いもんばっかりいきますね。そのセレクトなら俺は両方付き合いますよ。お前らはどうする?」

「僕もせっかくだから二つともやってみようかな。あんまりない機会だし」

「せっかくみんなで来たのに別行動する理由もないからな」

「じゃ、申し込んでくるか」

 ひらりと手をふった桂吾が受付に向かうのを見送った克人兄様が、ふと私を見る。

「そういえば、刺繍とかビーズ細工とかもあるけど、そういうのはいいのか?」

「だって、そんなの家でだってできるからここまで来てやる事ないでしょ?」

「そういうものか……?」

「え? だってああいうのって道具は手芸用品扱ってるところですぐ買えるし、本読んで作れば普通にできるもん。でも、蒔絵は染料とか筆とか、素人が簡単にそろえられる物じゃないしね。扇はうまくできたら家でお稽古する時使えるし、身近で使ってるからこそ、どうやって作るのか知りたいじゃない?」

「わかるようなわからないような……」

「あぁ、悩むだけ無駄だぞ」

 首をかしげる克人兄様に、戻ってきた桂吾が苦笑いで言う。

「その人は基本のやり方さえわかれば、後はこの角度をどうずらしたらどう変化するってのが全部計算できるからな。一般的な手芸のレベルなら本を読めば完璧に作れるから面白くないらしい」

「……それはまた」

「ま、恐ろしく要領がいいってだけの話だけどな。――五分後に開始だそうですよ。蒔絵の体験教室に移動しましょうか」

 あっちです、と指差されてぞろぞろと歩き出す。

「高浜綾の場合、脳の構造が特殊なんじゃなくて、脳の不活性部分をうまく活用して能力を引き出すやり方を知ってるだけなんだよ。そもそも人間の脳は利用してない部分の方が多いって学説もあるくらいだしな。誰だってうまく使えばあの人のスペックを凌駕できるキャパは持ってるってよく言われたよ。昔、大学と院、両方で教えてる教授があの人の能力に興味を持って、脳波やら脳の血流でどんな脳の使い方をしてるのか調べた事があるんだけどな。どうも、常に言語を扱う部分と視覚情報を処理する部分が常人の倍以上活発に動いてたそうだ。並列処理なんかで負荷をかけると、計算の処理しかしてないはずなのに視覚を担当する部分の血流も一気に増える。他にも普通なら活性化しないはずの場所までずいぶん広範囲に使ってたみたいだな。そのせいか回転数を上げすぎると酷い頭痛がするって言ってて、下手すると意識飛ばすくらいきつい鎮痛剤が必要な程だった。たぶん、彩香も似たような脳の使い方をしてるんだろ」

 人がいないからか、そんな情報を口にした桂吾にちょっと首をかしげる。

「というか、視覚情報処理しないで計算なんてできないよね?」

「……は?」

「だって、ノートに書いた数字見ながら計算したら、視覚情報も処理するじゃない?」

「あんた基本暗算でしょうが」

「いや、だから、ノートに書いた数字を思い浮かべて計算してるんだけど? 手を動かさないで頭の中で文字を動かした方が楽でしょ? 人より速いのは認めるけど、数字目で追って処理してるのとあまり変わらないよ」

「……それで八桁以上の四則入り乱れた計算を並列処理できるあんたがわからないです」

「え? 普通みんなやってるよね?」

「……あんた、なんのために電卓があるか知ってますか? そこまでの処理は筆記用具なしにできないからですよ?」

「……え? 電卓って同時進行で検算するためにあるんだよね?」

「…………この人殴っても許される気がしてきたぞ」

「……否定できない、かな」

「……いや、まぁ……。何とも言い難いな」

「みんなして酷いっ?!」

 なんだか会話が不穏になったところで、蒔絵の教室に着いたんで話が途切れた。つついて楽しい話じゃなさそうだったからちょうどいいや。


 蒔絵体験は、まず用意されてるお盆やお皿の中から何に絵を描くか決めて、描くものが決まったら図案を決めて、図案をうつして、接着剤を筆で下絵通りに塗って、軽く乾かす。そうしてから色粉を接着剤の上にまいて、余分を落としたら完成。

 こうやってまとめると簡単そうだけど、実際やるともう大変。細かいところを細い筆で慎重に塗ってると手がぷるぷるするし、そもそも筆だから思った通りに線を引くのすら大変なんだもの。

 結局、私一人やたら時間がかかって、他のみんなは途中からスマホいじったり本読んだりしてた。たぶん、おしゃべりしてないのは、私が話に気を取られて余計作業が遅れないようにだと思う。うぅ……。不器用なのかなぁ?

 そんなこんなで、やっと作業を終わらせた。

「待たせちゃってごめんなさい。やっと終わった」

「俺は読みかけの小説読んでたから全然苦になってないし、みんなそんなもんだろ。それより彩香は楽しめたか?」

「うん、楽しかった。――実は夢中になりすぎてみんなが終わってるのに気づいたの、接着剤塗り終わった時なの」

 笑顔で気にするなと言ってくれる克人兄様の言葉に小さく舌を出して白状すると、三人がそろって小さくふき出した。

「今日は彩香に楽しんでもらうのが目的だから、彩香が楽しかったならそれでいいんだよ。それよりできたの見せて?」

「あ、うん。こんなの」

 言われて、仕上がったばっかりの小さなお盆を作業用の机に置く。まん丸じゃなくて、下の方が平らになってる形のお盆で、地は黒。左上に桜の花と枝、右下に水面に映る月と桜の花びらを描いた図案だ。色は銀を基調に、淡い緑と金色を少しだけさした。この、水面に花びらが浮かんでる感じがね、なかなかうまくいかなくて苦労した。

「桜の花をすごく薄いエメラルドグリーンにしたんだな。……あぁ、でもこの方が夜桜の雰囲気が出るのか」

「こった図案にいくから大丈夫か心配だったんだけど、すごくよくできてるね」

「本当、何やらせても無駄に器用ですねぇ」

 三人それぞれの感想に、褒められたのが嬉しくて照れ笑いをする。こう、勉強以外のところで褒められるとなんか照れちゃうんだよね。くすぐったいというか、なんというか。

「ま、あんたが疲れてないなら軽く休憩して次にしますか? 中止しても問題ないですけど、どうします?」

「やりたい」

 桂吾の確認に即答すると、了解しました、と笑顔で返事が来た。


 その後、扇の制作体験も終えた頃にはすっかり夕飯の時間間近だった。扇の方でも私が時間かかったから遅くなっちゃったんだよねぇ。

「さて、じゃあ最終目的地に向かいますか」

「え? もう帰るんじゃないの?」

「ホテルにむかうんですよ。今から二時間以上車に揺られて家まで帰るのは億劫でしょう?」

 夕食もホテルのルームサービスを手配してある、と言われて行き届いた計画に感心する。確かにホテルのレストランで食事くらいよくある事だから苦にはならないけど、今日は目一杯遊んだ後だから人目を気にしないで食事ができるのはありがたい。

 移動の車の中では他愛のない話をしてホテルに着くと、桂吾は、四人まとめて泊まれる部屋、という事以外気にしなかったらしいと発覚した。なぜって? キングサイズのベッドが二つ置いてある寝室つきの部屋だったからね……。

「これはつっこみどころ?」

「いえ? あんた、どうせ俺達の誰かが側にいないと眠れないでしょうが。なんでいっそ、全員一緒の方が面倒がないと思っただけですが?」

「その場合、男二人が同じベッドで寝る事になるよね?」

「俺としては幼女趣味のレッテル貼られるよりは、まだしも同性愛の方がましですけどね」

「誰が幼女だっ?!」

「あんた以外に誰がいるんです? 昨日抱えた感じじゃ、あんた洗濯板って言葉すらおこがましい幼児体型じゃないですか」

「気にしてるんだから触らないでっ?!」

 桂吾の酷い言葉にかみつくと、視界の隅で兄様達が微妙な表情で視線をそらしてる……。酷いよ、みんなしてっ。

「自覚してるなら治療を考えたらどうです? あんたの身長、十二才の平均より二十センチ近く低いんですよ? 個人差の範疇かも知れませんけど、三~四年分成長が遅れてる可能性だってある」

 淡々とした指摘に言葉につまる私とは反対に、兄様達が驚いたような声をもらす。

「とりあえず座って話しましょうか。そろそろルームサービスが届く頃です」

 うながされてリビングのソファにそれぞれ座ったところで、本当にルームサービスが届いた。テーブルに並ぶのは、おにぎりをメインにした和風のピクニック仕様なお弁当セット。さすがに夕飯だし食べ盛りが多いのを考慮してか、肉も野菜もたっぷりだけどなぜ?

 ホテルの人がいなくなると、桂吾がお茶をいれ始め、私は取り皿と箸を配る。

「食べながら話す内容が内容なんで、この程度の方が食べやすいと思ったんですよ」

「確かにあんまり食事を楽しめそうもない話だけどなぁ。……彩香は小さいとは思ってたけど、治療が必要な程だとは思ってなかったな」

「だね。でも、考えてみたら、彩香が背の順で並んだ時先頭にいなかった事って、一度もないよね。もっと気にしてなくちゃいけなかったかな」

 困ったように言い合う兄様達。いや、別にそれ程の事じゃ……。

「体の成長は個人差が激しいから学園側でもやたらに触れなくて黙ってるんだろうけどな。彩香の不眠を知ってる身としては見過ごしにくいんだよ。お前ら、一日のうち成長ホルモンが一番分泌されるの、いつだか知ってるか?」

「……ええと、確か夜? 十時から二時くらいだっけ?」

「ああ。ただし、その時間にちゃんと眠っていれば、だ。つまり、慢性的に眠りが浅くてしょっちゅう起きてるあの人はホルモンの分泌不足で成長が遅れてる可能性がある――というか、へたすりゃこれ以上身長伸びないぞ」

「そんなに心配しなくても、綾はそれなりに身長あったよ?」

「あの頃のあんたは問題なく平均身長以上をキープしてたでしょうが。この後急激に伸びる可能性はないわけじゃないですけど、そのまな板も真っ青な体型見る限り、まだ毎月のあれだって始まってないですよね? ――あんた、成長したくなくて無意識のうちに自分で成長止めてる可能性、全面否定できますか?」

 真っ向からの切り込みに、否定のしようがなくて言葉につまる。人間の体は不思議なほど繊細で、精神的な不調から体が不調になる、なんてよくある話だ。だからこそ、桂吾の言葉を否定できる根拠がない。冷静に考えれば、思い込みで身長が伸びたり伸びなくなったりするなんて馬鹿らしい。――でも、自分を命の危険から遠ざけるためだったら? そんな状況でも人の精神力は生物としての成長に影響しないと断言できるほどの情報が、私にはない。

「あんたが直視したくない問題なのはわかってるつもりです。でも、今はまだよくても、あと一~二年してまだそのままだったら、悪目立ちしますよ。ホルモン治療を受けるにしたって、本来の成長期の間にやる方がいいんじゃないですか?」

「先生、つまりどういう事なんだか解説が欲しいんだけど」

「昨日の状況、お前らも録音を聞いたんだし、踏み込んだ時のあの人の格好で大体予想がついてるだろ? あの馬鹿、自分の実の妹に欲情してやがる。そういうものをむけられたくなくて、この人は自分の体があの頃と同じように女になってくのが許せないんだろうよ」

 身長は不眠のせいもあるだろうけどな、と苦々しげに吐き捨てて、桂吾がおにぎりにかぶりつく。

「ま、あの変態には二十四だろうが十二だろうが、見た目が九才だろうが、関係ないみたいだけどな」

 本当殺してやりてぇ、と桂吾がうなる。ちょっと待って。見た目九才とか酷くない? ……あ、でも私の身長って九才の平均身長と同じくらいか……。つつかないでおこう……。

「私、あの人のために桂吾が犯罪者になるの、嫌だよ」

「わかってます。わかってるからやらなかったでしょうが」

 胸くそわりぃ、とつぶやきながらもおにぎりをかじる桂吾。

「お、焼き明太だ」

「あら、よかったね。桂吾、それ好きだもんねぇ」

「あんたの好物の焦がしネギ味噌も頼んどきましたよ」

「え? どれだろ?」

 桂吾の言葉につい、重箱にきっちりと並べられたおにぎりに視線が動く。

「ちなみに、椎茸の佃煮入りもあります」

「ぎゃぁっ?!」

 何気なく言われて、伸ばしていた手を引っ込める。

「どうしたの?」

「もしかして、椎茸の佃煮嫌いなのか?」

「……椎茸は好きだもんっ。佃煮も好き! でも、椎茸を佃煮にするなんて間違ってるのっ!」

「おいしいと思うけどなぁ」

「あんなの食べ物じゃないっ」

「食べ物ですよ」

「桂吾の意地悪っ。何もわざわざ……っ」

「一種類くらいはずれがないと面白くないでしょう?」

「その気遣いは無用だからっ!」

 話が横に滑り出した事には気づいてたけど、たぶん一度空気をほぐしたいんだろうと思ったからあえて滑った話題にのってたら、克人兄様が苦笑いになった。

「好きなのとって食べろよ。もし椎茸の佃煮だったら俺が引き取るから」

「本当? 克人兄様大好きっ」

 早速一個選んで一口かじる。

「どうだった?」

「……中身にたどり着かなかった」

 ご飯と海苔の味しかしません。おいしいけど、せつない……。もぐもぐとかんで、飲み込んでから二口目をかじる。

「あ、鰹節……」

「あれ? 彩香、おかかのおにぎり好きだよね?」

「……さすが桂吾。自分の嫌いな物もいれるんだ……?」

「あんたの嫌いな物もいれたんだから、それが順当でしょう?」

「そこはお互いの好きな物だけにしようよ?!」

 なにその無駄な公平性?!

「……なんとも言い難いコンビだなぁ」

「まったくだねぇ。――でも、彩香が楽しそうでよかった」

 兄様達、他人のふりしながらおにぎり食べててもそのうち巻き込まれるんだからね? 平和なのは今だけだと思うよ?

お読みいただきありがとうございございます♪

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