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本当余計な心配いりませんからね?

過去短編として投稿した「逆ハーレムフラグ叩き折ってるだけです。本当余計な心配いりませんからね?」そのままです。既読の方は3話へどうぞ。

連載に入れなかった「逆ハーレムフラグ叩き折ってみました。その後は責任持てません。」は上部シリーズタイトルがリンクになっていますので、そちらからどうぞ。

「どうしたの?」

 声をかけられて我に返った。ぼんやりしていたらしい。

「あぁ、ごめん。ちょっとね」

 曖昧に笑って隣に座る同級生・藤野ふじの美智みちに笑いかける。今日は最近ずいぶん甘えたがりの妹・彩香あやかは留守番だし、生徒会の用事も早く済んでせっかく久々にゆっくり時間が取れたのに、ぼんやりしていたんじゃもったいない。まぁゆっくりと言っても、図書館で一緒に課題を済ませているだけなんだけどね。

 僕、篠井しのい雅浩まさひろはこの藤野宮ふじのみや学園高等部一年で生徒会役員もかねている。これは従兄で高等部三年の久我城くがじょう克人かつとが生徒会長権限で僕を強引に生徒会にひっぱりこんだからだ。気心が知れてるのがいるとやりやすい、なんて言ってたけど本心はどこにあるのやら。まぁ、生徒会の仕事自体は面白いから別にいいんだけど。

 美智は良家の子女御用達の藤野宮に高等部から入学して来た外部生で、現理事長の遠縁にあたるそうだ。そんなからみがあっても一般家庭に育った彼女には藤野宮の習慣はわからない事も多いだろうから気にしてやって欲しいと担任から頼まれたのがきっかけで話すようになった。確かに藤野宮の入学試験に受かるだけあって頭も悪くない――藤野宮は進学校じゃないけどこのあたりの高校の中ではトップクラスだ――し、小さな事にも笑顔でお礼を言える頑張り屋で素直な彼女に好意を持つのにさほど時間はかからなかった。幸いな事に彼女の方でもそれなりの好意を持ってくれたようで、時間が取れるとこうしてふたりで勉強したり雑談をしたり一緒に過ごす関係。まぁ、どちらからも具体的な言葉は出た事がないけどね。

 いわゆる旧家の生まれでけっこうな規模を誇るグループ会社の社長の息子、なんて立場の僕としてはあんまり簡単に恋人を作るわけにはいかないのは自覚している。少なくとも好意を持ったからそれでいいなんてわけにはいかない。将来父親の跡を継ぎたいと思っている以上、結婚相手にもそれ相応の役目をこなしてもらう必要がある。それだけの器量と覚悟があるかどうかは充分見定めるのが相手のためでもあるからね。その点、幼稚舎や初等部、遅くとも中等部から藤野宮に通っている生徒ならあまり問題はないんだけど、あいにく美智は高等部からの外部生。この学園、中等部までは入学条件に家柄も含まれるからね。中等部までに入学して来ているという事は、それ相応の場所で生きていくための基礎は与えられているという事になるんだ。

 だからまぁ、二人の時間を楽しみながらも彼女のふるまいをそれとなく観察してあれこれ考えるのが癖になりつつあるのは見逃して欲しい。そんな見定めに入るくらいには彼女の事が気になっているって証拠なんだから。

 美智は静かな環境が好きだから、二人で課題をする時は大抵図書館のすみのほとんど人が来ないこの机を使う。確かに静かで居心地はいいけど、こんな場所で二人きりというのはどうなんだろうな、とふと思う。彩香であれば異性と二人で過ごすのにこんな場所は絶対選ばないだろう。――相手が僕か克人ならともかく、だけど。

「篠井君?」

 名前を呼ばれてまたもや我に返る。なんだか今日は集中できないみたいだな。

「ごめんごめん。何?」

 軽く謝って美智に視線を向け直す。肩より少しだけ短い髪を両耳の側でとめた髪型はよく似合っていると思う。ただ、とめきれなかった後れ毛が少しうっとうしくみえるのが残念。もう少し丁寧にとめればいいのに。

「ここ、わからなくて。教えてもらっていい?」

 言われて示されたノートを見ると、数学の応用問題だった。

「美智は本当数学が苦手だね」

 小さく笑うと、意地悪、とすねた声が返る。こういう少し子供っぽいところが可愛いんだよな。

「ほら、説明するからちゃんと聞いててよ?」

「うん」

 声をかけるとすぐにノートに向き直る素直さも好みなところ。何度も同じような問題でつまずいているから、もう一度最初から丁寧に説明してあげる。なんかこういうのも新鮮だな。僕が一番勉強を教える彩香はあまり何度も同じところでつまずくような事はない。大抵は一回で、多くても二回教えてあげればそれで覚えてしまう。なんていうか、勉強する要領がいい。まるで、頭の中にノートに書いた事をそのまま貼り付けているんじゃないかっていうくらい正確で手早い覚え方をする。

 何にでも一生懸命で覚えが早い彩香にはうちの両親も期待しているらしくて、本来なら彼女には必要ない習い事までさせている。ダンスと英会話と日舞と護身術――日本の伝統文化に対する理解はこれから国外の相手を接待していく上で必須に近いし、ある程度体を鍛えるのはいい事だ――まではわかる。だけど弓道とピアノと僕が中学生だった頃より週に三時間も多い家庭教師はやり過ぎだろう。そんなに詰め込まなくても彩香は充分な成績を取れているみたいだし、何よりそれだけ習い事をさせたら彩香は友達と遊ぶ時間も取れないじゃないか。本人は平然としているし、一日おきに一時間は放課後余裕があるから平気、とか言ってるけど……。彩香は僕の実の妹じゃないからうちの親にも遠慮があるみたいだし、本当は大変だけど言えないとかじゃないかと心配になるんだよね。

 初等部に上がる四ヶ月ほど前、年の瀬も押し迫った頃に彩香はうちの両親に連れられてうちにやってきたんだ。その数日前から母さんの知り合いが交通事故に巻き込まれたとかで慌ただしく病院に行ったりしていたので、なんとなく事情は察しがついた。事実、彩香が現れて一週間もたたないうちに両親は彼女を連れて喪服で出かける事になってしまい、けれどそんな情況でも彩香は僕達の前では涙を見せなかった。

 少し困ったように笑うだけで泣く事も怒る事もしなかった彩香が変わったのは何がきっかけだったっけかな? うちの親との養子縁組を嫌がって散々抵抗した時もなんだか妙に淡々と、今考えるとあの年にしてはあり得ない程整然とした理屈で嫌だと主張していたっけ。僕は何がそんなに嫌なのか不思議だったけど、でもさすがに僕と克人と三人で遊んでいた時にもらしたあの言葉を聞いたら味方をしないわけにはいかなくなった。私の父様と母様は父様と母様だけだもん、なんて言われたらね。それも目に涙ためてしょんぼり肩を落として言われちゃったら、気持ちの整理がつくまで待ってあげたいって思うよ。どれだけ理屈をこねるよりもよっぽどあの一言の方が説得力があった。事実、僕達経由でその言葉を聞いた両親も残念そうなため息と共に彩香を養子にする事はあきらめた。――あくまでも一旦は、らしいけどね。

 だから、篠井の娘としてどこに出しても恥ずかしくないように――将来彩香の出自を悪く言われるような事があった時に身につけた教養は彼女を守る盾になってくれるだろうし、つい教育熱心になる両親の気持ちもわからないではないんだけどさ。付き合いが悪いっていうのはそれだけもまわりに溶け込めない原因になる。今年になってからやたらと僕や克人にまとわりついてくるのは友達ができないのか、いじめられでもしてるんじゃないかな。夏休み前もずいぶん酷い陰口をたたかれていたし。ま、あれは僕が釘を刺しておいたからあれ以上言う度胸はないだろうけどね。本人にはどうしようもできない事であんな風に人を悪し様に言える神経がわからないな。

 思い出しただけで何となく不愉快な気分になって眉を寄せる。こんな事になるとわかっていたら彩香が養子縁組を嫌がった時賛成したりしなければよかった、なんて思ってしまう。そうすれば少なくとも一つはあの子が陰口をたたかれる理由をつぶせたのに。

「篠井君? 今日はどうしたの?」

「……っと、ごめん。解けた?」

「何か心配事でもあるの?」

 慌てて返事をすると美智が心配そうに首をかしげた。

「ごめんごめん。少し、彩香の事考えてただけ」

「妹さん? 篠井君、あんなに側にいられて大変じゃないの?」

 言われて思わず目をまたたく。……僕が彩香が側にいて大変? なんでそんな発想になるんだろう?

「だって、お兄ちゃんも妹もいるけど……。お兄ちゃんは遊んで欲しくて側に行くとうっとうしがられるし、妹はかわいいけどやっぱり毎日毎日寄ってこられたらちょっとは一人にして欲しくなるから」

 美智が説明してくれたけど、やっぱりわからない。

「そう? 僕は妹しかいないけど、彩香が側に来てうっとうしいなんて思った事はないよ。彩香は僕が忙しい時はちゃんとわかってくれるし、そもそもそういう時は察してくれてるからね。忙しいけど彩香が無理言ってきた事なんてない……」

 答える間に、つい数日前彩香に言われた言葉が脳裏をかすめる。どうせ忙しくなったら相手をしてもらえなくなって当然。そんな事を普段通りの顔で平然と口にした彩香。そのくせ言った後で辛くなったのか泣きそうな顔をした。そんな風に思っていたから彼女は聞き分けがよかったのかも知れないと思うと酷くやるせない気分になる。ちょっとした事でもすごく喜んで満面の笑みでお礼を言ってくれる彩香がまさかそんな事を考えていただなんて。

「……たぶん、あの子が居心地のいい関係になるようにしてくれていたんだよ。だから、迷惑だなんて思いもしなかった」

 そうだ。僕は気の向いた時に――余裕があるのを見計らって甘えてくる彩香をかまってあげるだけでよかったんだから、うっとうしく感じるはずがない。

 なんだか気がついちゃうと彩香が心配になってくるな。あんな風に大人びてしまったら、あの子は辛いことがあった時素直にそれを教えてくれるんだろうか? ……本当はいじめられていたとしても彩香は教えてくれないんじゃないのかな?

「篠井君は本当に妹さんが大切なんだね」

 ついつい考え込んでいた僕の耳に美智の声が届く。……なんだかちょっと棘があるのは、せっかく一緒にいられる時間に彩香の事を考えてばかりいたからかな?

「ごめんね。ちょっと、ここのところで心配な事があったものだから」

 笑顔を作って謝るけれど美智の機嫌は今ひとつのままで、結局区切りのいいところまで勉強を進めて、予定よりだいぶ早く切り上げる事になった。


 図書館を出たところで別れたもののさてどうしよう。今から家に帰ったところで今日は護身術の訓練の日で、着替える間があるかどうかになるだけだ。どこかで時間をつぶすか、と手頃な場所を探して歩き出す。夏休み中とはいえ学園内は植物が多いし土のまま舗装していない地面がほとんどで、日に数回散水があるのも手伝って案外と涼しい。テラスで本を読むか残りの課題をやっつけるのも悪くないだろう。

 そうして人のいない、中等部近くのテラスに場所を確保した僕が課題を進めていると、横から声がかかる。

「おや、珍しい所で会うね」

「田熊先生、お久しぶりです」

「久しぶりだね。篠井君、今少し大丈夫かい?」

「大丈夫ですけど……。彩香に何かありましたか?」

 声をかけてきた田熊先生は僕が中等部に在籍していた頃、担任をしてくれた事があって、今は彩香の担任でもある。まだ三〇代半ばの若い男の先生だけど、生徒の事をとてもよく見てくれているいい先生だ。

 そんな先生がわざわざ僕に用事というのなら、彩香に何かあったんだろう。つい心配で眉を寄せると、むかいに座った先生も難しい顔になった。

「これといってまだ何かがあるわけじゃないんだけどね。気になると言えば気になるし、問題ないと言われればその通りなんだけど……」

 戸惑いが隠せない様子でそんな前置きをしてから先生は、なかなか親しい友達ができないようだから、と言った。

「初等部からの申し送りでは、確かに積極的に友達を増やそうとする子ではないけれど、誘われれば付き合いがよくて、一度輪に入ってしまえば人を惹きつける子だから心配ない、とあったんだけどね。もう夏休みになったというのに、篠井さんが放課後にクラスの誰かといるところを見た事がある教師が一人もいなくてね」

「……そうなんですか?」

「それとなくクラスの子に聞いたら、篠井さんは放課後になるなり篠井君か久我城君の所に行くか、習い事があるからという理由で帰ってしまうらしい」

 先生の言葉に思わずうめく。これは間違いなくほとんど僕達のせいだろう。確かに彩香は中等部に上がってからやたらと放課後に僕達の側にまとわりついているけれど、学校が忙しくなったのを理由に習い事の時間を遅くした僕や克人が、そのタイミングでしか彩香をかまってやれないせいだとしてもおかしくない。それに彩香自身の空き時間も授業が終わってから習い事までの時間くらいしかないのは僕が一番よく知っている。

「何か、彼女がクラスの子達と積極的に関わりたくない理由でもあるのだとしたら、と心配になってね」

「彩香自身は何か言ってましたか?」

「声をかけてみた時は何も言っていなかったよ。ただ、一学期に少し……いじめと言うほどではないんだけど、篠井さんをよく言わない子達がいたのは確かでね。それが耳に入ったんじゃないかと心配しているんだ」

 あぁ、あの時の長沢と飯泉いずみだったったけ? あの二人? でもあの時、彩香は気にしてないって……言ってはいたけど、あれも安心できる口ぶりじゃなかったっけか。大切にしてくれる僕達家族がいてくれるからそれでいい、なんて強がっちゃって。……って、待てよ? この前言ってたみたいに、僕達が彩香を大切にするのは今だけだなんて思ってたとしたら、それってかなりまずいことじゃないのか? ああいった手合いが決していなくならない事くらい彩香はよくわかっているだろう。だからこそ、相手にする必要がないだなんて言ったに違いない。なのに、守ってくれる人はいなくなると思っているのなら……。もしかしてきつくあたられるのに慣れないとだなんて思って我慢してるんじゃないだろうね?

 思わず顔をしかめると、先生がいっそう心配そうになる。

「何か思い当たる事であったかな?」

「思い当たるというか、その陰口の現場に彩香は居合わせたんですよ。たまたま僕も一緒だったし、さすがに彩香の出自の事まで悪し様に言っていたのでそれ以上言わないように釘は刺しておきましたけど」

 僕の言葉にわずかに目を見ひらいて苦ったため息をつく先生。さすがに学園側では彩香が篠井の実子でも養女でもない事を知っている。

「……そんな事があっては積極的にクラスに馴染もうとする気がおきなくても仕方がないかも知れないね。その時篠井さんはどんな様子だったかな?」

「平然としているようには見えましたよ。ああいうタイプは悪口を言うだけで何もできないんだから放っておけばいい、僕が彩香の分まで怒ってくれたからもう大丈夫、だなんて言ってましたけど、内心どうだったのかまでは」

 改めて思い出すと、本当になんであそこで怒ったり泣いたり――せめて沈んだ様子だけでも見せてくれないんだろうか。そうすれば一緒に怒るなり慰めるなりしてあげられるのに。

「篠井さんのような子はなかなかまわりに感情を見せてくれないから難しいんだけど……。そうか、篠井君にも何も言ってないんだね?」

「はい。お役に立てなくてすみません」

「そんな事はないよ。彼女がたとえ家族であってもそういう辛さを見せていないというのは大切な情報だからね。……まぁ、心配事が増えたとも言えるんだけど、知っているのといないのとでは彼女の態度から読み取れる事、想像できる事も違ってくるんだよ」

 僕を安心させるためか見慣れた笑顔でそう言ってから、ただ、と付け加えた。

「篠井君があんまり心配そうにしていると彼女は一層辛い思いを飲み込んでしまうかも知れないからね。できるだけ笑顔を見せてあげた方がいい」

「そうですね。確かに彩香はそういう子です」

「こういう問題は解決に時間がかかるものだからね。心配だろうけど焦らずゆっくり、篠井さん自身がまわりに目を向けて受け入れる――輪の中に入っていく気になるのを待ってあげるのが一番かもしれない。まわりの子達もまだ篠井さんを受け入れる準備が整っているとは言い難いところがあるようだしね。篠井君も忙しいだろうけど、篠井さんが落ち着くまでもう少し、付き合ってあげてくれるかい?」

「それはもちろん。彩香は大切な家族ですから。克人――久我城先輩には僕から伝えておきます。彩香は彼にもずいぶんなついてますし」

「そうだね。私から話しに行くと目立ってしまうし、お願いするよ」

 言われてなぜ今話しかけられたのかに気付く。先生はわざわざ高等部の生徒である僕を呼び出して人目をひくのを嫌って、タイミングを計ってくれていたんだろう。

「彩香の事、心配してくださってありがとうございます」

「いやいや。これも仕事だからね」

 照れたのかそんな事を言う癖に先生の顔が少し赤い。

「さて、あまり邪魔をしても悪いからそろそろ行くよ。君も頑張って」

「はい、ありがとうございます」

 席を立った先生に、立ち上がってお礼を言うと頭を下げる。彩香の担任があの人で本当によかった。きっと、あの先生が見守ってくれるのなら学園内ではさほど問題ないだろう。あとは僕があの言葉を撤回してもらえるくらい、信頼してもらえるようにならないと。

 口で何といおうが、彩香はまだ僕の両親を受け入れているわけじゃない。いまだに篠井の父様、篠井の母様、なんて呼びかけてるくらいだ。これまでは僕や克人になついてくれていたし、おしゃべりな彩香は学園であった事や習い事の話をよく聞かせてくれていたから大丈夫だと思っていたけど、それで安心しちゃいけないのはよくわかったしね。

 この話、伝えたら克人もへこむんだろうなぁ。時々意地悪言ってからかってる割には彩香大好きで猫っ可愛がりだし。でもまぁ、知らないであきらめ半分に甘えてもらってる現状のままにするよりは、変える努力ができるようになるだけましだと思ってもらおう。そのくらいのがんばりは見せてくれないとね。仮にも彩香の婚約者候補なんだからさ。


――――――――


 それから彩香の様子を注意して見守るようにしたら、思っていた以上に彩香は間合いを計るのがうまい。一緒にリビングにいても僕が考え込んでいる間は話しかけてこないのに、合間にふと彩香の様子をうかがうと結構な確率で気付いてこちらを見た。そして少し首をかしげて、どうしたの、と聞いてくる。こんな風にされたら話しかけたくなるし、話しかければ嬉しそうに笑って隣にくっついてくるんだから、気にしてなければただの甘えたがり。気付いてしまえばそこまで慎重に間合いを計っていなければ甘える事すらできないのかと問いただしたくなる。

 言ったら余計巧妙になりそうだから黙っておくけど……。

「彩香、学園は楽しい?」

「楽しいよ」

「友達はできた? 確か、初等部の時親しかった中で内部推薦で進学したの彩香だけだったよね。クラス離れちゃっただろう?」

 気になっていた事を尋ねてみる。僕達の通う藤野宮学園では少し内部進学のシステムが他校と違うんだ。

 確かに藤野宮学園は良家の子女御用達のブランド校だけど、いくら家柄が良くても成績や素行が悪ければ留年にも退学にもなるのが他所とは違う。いわば、家柄がいい事にあぐらをかくだけの馬鹿を早々にふるい落とすための学園でもある。

 だから、この学校は外部生と呼ばれる途中入学者と大半を占める幼稚舎から通う内部生の温度差は、生活環境の違いからもたらされるもの以上にはならない。相応の偏差値を求められて入ってきた外部生といえど、内部生の上位にはそうそう敵わないからね。なぜって、基本的に内部進学のテストは外部生の入試より厳しい。更に推薦ともなると内申書が全体的に辛くつけられるので、推薦で入ってくる外部生より内部推薦の方が合格率が低い。枠が多い分結果として内部生の方が多いけど、同じ内部生でも推薦合格の生徒と内部一般で進学した生徒の間には平均点で二十点近い差がある。そして外部生は内部進学生の少し上から中間あたり、内部推薦生との点差で言えば十五点くらいだろう。

 藤野宮における外部性はどちらかというと一定以上の学力と良識があり、内部生達に一般家庭に育った同世代と接する機会を与え、見識を広めさせるための存在としての意味合いが強いんだ。

 そんな環境だけに、ここでずっと内部推薦で進学し続けた生粋の生徒はある種格が違う。学力や振る舞いなど、すべてが他の生徒より優れてないとそんな事ができないのだから当たり前。だからこそ、その証であるエンブレム持ちの生徒は一目置かれるし、学力的な点からいってもほとんどが一クラスにまとめられる。まぁこれは藤野宮のクラス編成が成績順だというのもあるけど。……まぁ、なんで考えなしに陰口を叩くような馬鹿が彩香と同じクラスになれたのかは少し不思議だ。

 彩香はうちに来た事で藤野宮の初等部に入学して内部推薦の壁をかなり上位で越えた。それは誇らしい事だけど、代わりに彩香はそれまで親しかった子が一人もいないクラスになってしまったんだ。

「大丈夫。柘植つげさんっていう子がね、とっても優しいんだよ」

「柘植さん?」

「うん。休み時間におしゃべりしたり、一緒に宿題したりしてるの」

 僕が聞き返した意味がわからなかったのか、彩香が楽しそうに話してくれる。でも、藤野宮では女子は仲良くなれば名前で呼び合うのが普通。彩香だって初等部の頃はちゃん付けで名前呼びしていたはずなんだけど……。やっぱりまだ名前で呼びあえるような友達はできてないのかな。

 心配する僕をよそに彩香は柘植さんに数学を教えてあげただとか、家庭科の時間に一緒の班になったからクッキーを作る授業が楽しみなんだとか、楽しそうに話してくれた。

「そう、よかったね。……あれ以来、嫌な事言われたりもしてない?」

「一度もないよ。雅浩兄様が言ってくれた後、ぴたっと収まったの。あの時はありがとう」

 あの後収まったって……。それはつまり彩香の耳入ったのはあれが初めてじゃなかったって事じゃないか。

「落ち着いたならいいけど、もし何かあったら必ず教えてね?」

「そんなに心配してくれなくても大丈夫だよ? あそこまで露骨に言ってたのあの二人くらいだし」

 だから、あそこまで酷くなければ言われてもいいってわけじゃないからね? しかも、あの二人くらいって……。他にもあれこれ言ってくる奴がいるって認めてるじゃないか。

 何でそんなに我慢しちゃうかな、この子は。

「学部が違うし僕に何かできるわけじゃないかもしれないけど、話せば少しくらいは気持ちが楽になると思う。だから、我慢しないで教えてくれるって約束して?」

 重ねて頼むと彩香は、だからいじめられてないよ、と少し不満そうだった。でも、これだけぽろぽろ怪しい気配見せられたら疑うなって方が無理だから。

 律儀な彩香の事だ。無理やりでも約束させたら少しは話してくれるかもしれないし、もう少し念押ししておこう。

「彩香が約束してくれるだけで僕はすごく安心なんだけど、それでも嫌かな?」

 卑怯かなとは思ったけど彩香の優しさにつけ込む言い方をする。すると、なんだか真剣に考え込んでしまった。ここでそれだけ悩むって事は絶対話してないだけで何かあったんだろうな。約束したら話さなくちゃいけなくなるから約束できないって思ってないかい?

 ……こんな指摘したら約束してくれないだろうし、もっと用心深くなっちゃうだろうから言えないけどさ。あぁ、もう。もどかしいな。

「ええと……。雅浩兄様も困った時は相談してくれるって約束してくれるなら、約束する」

「うん?」

「だって、雅浩兄様ここの所何か悩んでるみたいだから。この前、私のせいで篠井の両親から怒られちゃったし……。だから、私のわがまま聞いてくれたら雅浩兄様のわがままも聞いてあげる」

 いい事思いついた、とでも言いたげにちょっとだけ得意そうな笑顔をむけられ、思わず息を飲む。だからどうしてこう不意打ちで可愛い事を言うのかな、この子は。

 もしかして、僕が考え込んでいたのを何か悩みがあるのかって心配して様子気にしててくれたから、よく目があったとか? だとしたら嬉しいけど、ちょっと優し過ぎるよ。君は僕の事、忙しくなったら遊んでくれなくなる程度にしか彩香を好きじゃないって思ってるんだろう? 大切な約束を破ったのも僕なんだから、そんなに一生懸命心配してくれなくていいのに。

「彩香は本当にいい子だね」

 だから思った通りの事を口にして頭をなでてあげると、とても嬉しそうに笑う。照れくさいのかちょっとだけ上目遣いになって――

「すごく嬉しい。ありがとう」

 うっすらと染まったほおでそれはまずいよ。下手な男に見せたら危ないから。ああもう、僕まで赤くなってないよね?

 だからこういう子供っぽいのに素直で優しい子には弱いんだって。彩香が妹じゃなければすごく好みなのに……って、何考えてるだ? 僕が好きなのは美智なんだから。

 まぁ、どことなく似たタイプではあるけどね。素直で甘えん坊で優しくて……って、そう言えば今日は少し機嫌悪かったよな。あんなに怒る事でもないと思うけど。家族に何かあったら心配なのは当たり前だよ。美智だってこの前家族が急に調子悪くなって真っ青になっていたのに、そういう所までは気が回らないのかな。発表会はまたあるし急な用事なら気にしないでって言ってくれた彩香とは大違い――って、だからなんで彩香と比べてるかな、僕は? これじゃまるでシスコンじゃないか。

「雅浩兄様、どうしたの?」

 不思議そうに問いかけられて我に返る。

「ごめんね、少し考えが脱線してたみたいだ」

「考え事があるなら、私邪魔しないように黙ってるね?」

 少しふざけた口調に自然と笑みが浮かぶ。遠慮があるからこうやって僕の都合を優先してくれるのかもしれないけど、でもこんな風に気を遣ってくれる彩香が可愛く思えなかったらその方がおかしいよ。こういういい所はそのままでもっと甘えてもらえるようになったら最高だと思う。気のつく所は彩香の美点だし、このまま伸ばしてあげたい。変な遠慮癖は直してもらわないとだけど。

「あのね、ちょっと悩んでる事があるんだけど……。相談してもいいかな?」

 とりあえず今は彩香に僕達が彼女を好きだって信じてもらう所からはじめよう。こうやって相談を受けるのだって、親しい相手からなら嬉しいはず。

「私でいいの?」

 嬉しいような、戸惑ったような声にはっきりとうなずく。

「彩香に聞いて欲しいんだ。父さん達にはちょっと言えないし」

 声をひそめて言うと、驚いたのか目をまたたいた後、真剣な顔で聞く態勢に入ってくれる。今日はまだ父さん達は仕事から帰ってないし、こういうちょっとした相談にはちょうどいいかもしれない。

「実は、最近ちょっと気になる女の子がいて……」


お読みいただきありがとうございます♪


タグに勘違いが必要かわりと真剣に悩みましたw

雅浩兄様、どんだけ彩香ちゃん大好きですか?ヾ(*≧▽)ノ彡アハハ!!

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