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今の話と昔の話。

 私が笑い転げてる桂吾をながめながら紅茶を飲んでるのにはわけがある。……別にそんな大層な理由じゃないけどね。単に、私の父様――雄馬父様が、私から聞いた情報を元に色々調べた上にあのゲームを一通り攻略してたらしい、って情報を伝えただけ。

「いや、しかしなかなかの食わせ者だったみたいですね。事情を知った上で篠井本家にあんたを預けるつもりだったとは」

「私も初耳で驚いた。雄馬父様と篠井の政孝父様が知り合いなのは知ってたけど、まさか雄馬父様があのゲームをやってたとはねぇ」

 ようやくなんとかかんとか笑いをおさめた桂吾の言葉に苦笑いで応じる。雄馬父様が遺してくれた物の中には私あての手紙もあった。そこには、兄様達が見てた雄馬父様がまとめてくれた資料にもなかった情報がいくつも書いてあったんだよね。そのうちの一つが、事故の前から雄馬父様が政孝父様に私を養女として引き取ってもらえないか打診していた、という話。

 あの頃の私はまったく知らなかったけど、末端とはいえ篠井の中にいた雄馬父様は兄様達や他の攻略対象が現実に存在している事を知っていた。そして、そこまで状況がそろっている以上、私がなんらかの形で巻き込まれるのは避けようがないと思ったんだそうだ。万一の時、篠井本家の影響力や兄様達と親しくなっておく事は私を守る盾になると判断して、栞母様と話し合った末に、私が落ち着いたら相談して篠井本家の養女になるか決めるつもりだったらしい。

 政孝父様には乙女ゲームの事は伏せて、私が高浜綾の記憶を持ってる事とそれが事実だとしか思えない事、そして将来幸兄と関わってしまう可能性を考えたら篠井本家――あわよくば久我城本家もだ――という後ろ盾が欲しいから、という理由で頼んだらしい。

 確かに兄様達と小さいうちから親しくしておけばいざという時守ってもらえるわけだけど、あのゲームの展開を考えたら結構危険な賭けでもあるよね……。雄馬父様は、君ならうまく危ないルートは回避してくれるだろうから、の一言ですませてくれたけど……。……まぁ、確かに今の所うまくいってるけどね。彩香()にとって危険なのは逆ハーレム脱線裏ルート・雅浩兄様編くらいだし。それだって、この状況なら本当の意味での危険じゃない。

 ……そう判断するあたりが駄目だって言われそうだけど、回避できなかったらまぁそれもありかな、と思っちゃうんだよね。だから雄馬父様の判断は間違ってなかったんだろうけど、やっぱり思う。雄馬父様、あなたものすごく強心臓ですね……。

「しかし、篠井雄馬は本当敵にまわしたくない男ですね。情報の選別具合が絶妙ですよ。司法解剖の結果もうまく操作してあったんでしょう?」

「うん。うまく当たり障りない感じにまとめ直してあった。他のところでぽろぽろ私が嫌がりそうな情報を出しててくれたから、兄様達は疑いもしてないんじゃないかな」

 雄馬父様が、私のまわりの人あて、として政孝父様に預けていてくれた資料じゃなくて、私あての手紙と称した封筒に入ってた資料をながめつつ、桂吾があきれた様子で頭をかく。

「篠井とはいえ末端の身でよくもここまで高浜の内情を探りましたね。うちだってここまでは調べがつきませんよ」

「私も感心するよりあきれるよ。しかも、私が死んだ後からの幸兄の動向がほぼ完璧に調べられてる。しかも、手紙には資料の保管場所と鍵だけ入れておくあたりがさすがだよね。不自然に封筒が大きくならないし、資料自体は今だに半年に一回更新されてる」

 雄馬父様の配慮のおかげで、兄様達にはこんな資料があるだなんて気づかれてもない。ただ、こっそり持ち出す機会をうかがってる間に結構な日数がたっちゃったのだけはしかたがない。

 ここ何日かの二人はとっても心配症で、習い事以外で私が一人で出かけるのを許してくれなかったんだよね。でも困ってたら政孝父様がおつかいの用事を作ってくれて、そのおかげでやっと資料をとってこれた。それで今日は資料を渡した桂吾と軽い打ち合わせ中なんだよね。

 ちなみに、政孝父様は何にも言ってくれないけど、きっと私が雄馬父様の資料を取りに行けるようにわざわざ用事を作ってくれたんだと思うの。だって資料を取りに行ったら、政孝父様から連絡があったから、って全部準備が整ってたからね。

 それはともかく――。

「更新の手配には篠井の当主もかんでるんでしょうけど、それでもさすがですよね。――おかげでとんでもない情報も出てきましたけど」

 資料の一ページをさして桂吾が鼻を鳴らす。

「確かに藤野宮は高浜の有力な分家ですけど、藤野宮の傍系の生まれの藤野美智と高浜本家の当主が繋がるとは予想外でした」

「まったくだよねぇ。あの人の性格なら多少やらかして叩かれたとしても当然の報いだって放置だろうけど、まわりが本家当主のお気に入りをむざむざやらせてはくれないだろうね」

「ですね。理事長が藤野をやけにかばうのもそれででしょう。普通ならあれだけ酷い噂になってる生徒が見過ごされるはずがないから、不自然だとは思ってたんですけどね」

「まったく……。あの人はとことんたたるな」

 ついぼやくと、桂吾がなんとも言えない微妙な表情で肩をすくめる。

 まさか、あの残念ヒロイン藤野さんが幸兄のお気に入りだとはね……。

「でも、こう言ったらなんだけど、あの人が気に入ったにしてはレベルが低すぎないかな?」

「そうですか?」

「なんだかんだであの人が執着するのは相応の価値がある相手だけだったみたいだし。私を含め何人かまとわりついてる中で、藤野さんだけ残念すぎない?」

 資料にある限り、あの人が執着を見せたのは私と藤野さんを含めて四人。正確には私が殺された後、かけもちしながらちょっかいを出してる感じ。うち一人は本当に、ごく単純に自分が叶えられなかったピアニストの夢を託してる感じで、不穏な空気はない。もう一人は最近あまり接触してないらしいけど、私が死んだ直後はかなりまとわりついていたらしい。綾の二学年先輩であの人もかなり頭がよくて、高校三年間主席を守った人だ。

 そう考えると、どっちにも当てはまらない藤野さんがなんで十年近くもあの人に構われてるのかがわからないんだよね。

「そう言われればそうですけど、藤野の場合、あんたに似てるってのが価値になってるんじゃないですか?」

「……似てるかな?」

「顔かたちは全然ですけど、声が案外似てます。その上中身は前に言ったようにあんたの劣化コピーですよ。――まぁ、こうなってくるとそうなるように誘導さ(歪めら)れた可能性の方が高いでしょう。

 ーーだからこそ彼女はハーレムルートを求めたのかもしれませんね。攻略法の分かっている見目麗しい男どもをはべらせ、ひとときの優越感に浸ることが出来ると思ったんでしょう。ゲームと違ってその後も世界が続く事や、キャラクターじゃなくて現実の存在である攻略対象(俺達)に感情があるって事に気付けない程にすがりついてるのは哀れですがね」

「…………ここで、あの人と同列扱いはなんか微妙、とか言ったら怒る?」

「明らかに格下の相手ですからわからないでもないですけどね。それ以外にあいつが藤野に執着する理由もないでしょう?」

 桂吾の言葉に、言われてみればそれもそうか、と思う。

「だいたい、あの手の執着のしかたをする奴が、本命がいなくなったからって元に戻るとは思えませんよ。代用品を見つけて、そいつらに完璧である事を求める可能性の方が高い」

「だよねぇ。――やっぱり、私のクラスが理事の視察の対象になったのは、藤野さんが私の存在をあの人に話したから、って考えた方がいいのかな?」

「おそらくは。たぶん遅かれ早かれあんたと俺には接触があるでしょう。俺は一度面白みのない相手だって飽きられてるんでたいした事にはならないでしょうけど」

「……そうなの?」

 桂吾はあの人の基準を余裕でクリアしてそうなんだけど、まぁ、興味持たれないにこした事は……って。

「わざとあの人に興味持たれないようにしたんだ?」

「ええ。厄介な相手なのはわかってたんで、あんたが殺された後に部屋に残ってた俺の私物をまとめに来いって呼び出された時、それとなく外した反応織り交ぜておきました」

 さすが。そつないなぁ。

「となると、桂吾はとりあえず安全かな?」

「危険なのはあんたでしょう。こんな時期の視察自体滅多にないし、初めてあいつが出てきたんだ。コースにだって意味があったに違いないですよ」

「……頭痛いなぁ」

 つい本気でぼやいたら、桂吾が小さく笑う。

「でも嬉しいんでしょう? どんな形であれ、あいつがまだあんたに対する執着を失ってないのが」

「否定はしないよ」

 桂吾の指摘に苦笑いになるしかない。正直、私から関わりたいとは思わないんだけど、あの人が()を過去として整理し終わっていたら納得がいかないのも確かだ。あれだけ人の人生をひっかきまわしておいて、十年かそこらですっかり忘れられてたら腹が立つ。かといって、忘れられずにまたつきまとわれるのは嫌なんだよね。

 一言で言うなら、遠くで苦しめ、というのが一番近いかもしれない。でも、あの人が苦しんでいるとわかったらそれはそれで無視できないんだろうな。かといって幸せだったら幸せだったで納得がいかなそうだし……。

「正直、複雑すぎてよくわからない」

「別に無理に解明する必要もないでしょう。良くも悪くもあいつはあんたの人生に深く関わりすぎてるんですよ」

 どこか甘い事を言って、桂吾が一つため息をつく。

「どの道関わらざるを得ないとして、こっちからアクションを起こすかどうかだけは決めた方がいいでしょうね」

「兄様達は自分から接触するなって言ってたけど、あんまりむこうのペースに乗せられすぎるのも怖いよね。接触してきたら、最低限篠井本家の目の届く場所、うまくいけば更に保護者同伴で。それ以外なら問答無用で逃げるつもり」

「そうですね。今のあんたとあいつじゃ、力技に出られたら抵抗できないですし。……防犯ブザー持ってますよね?」

「うん。スマホにもその手のアプリ入れてるし、それっぽくない形状のをあちこちに四つと、露骨なのを一個。――っと、そうだ。桂吾のスマホも私のスマホの位置情報確認できるように登録していい?」

「こっちから頼みたいくらいですよ。さっさとやってください」

 言うが早いか、桂吾がスマホを投げてよこす。

「パスワード類はあの頃と計算方式変えてませんから。基準は例の日付と去年の十月七日で」

「はいな」

 聞いた情報を元にスマホを両手に一台ずつ持ってどんどん操作していく。

「あと、位置情報検索登録してると、誰かが検索したら他の登録先に通知されるから」

「そりゃいい。一々やばい事態だって連絡する手間が省けますね」

「ついでに、念のため兄様達と政孝父様と百合子母様の個人用スマホの番号登録しておくから」

「……嬉しくないけど必要でしょうからもらっときます」

 心底嫌そうな言葉についふき出したら、桂吾がため息をついた。

「何が嫌って聞いた以上は挨拶しないわけにいかない事ですよ」

 用もないのに連絡したい相手じゃないですよ、とぼやく桂吾。本当、変な所で真面目だよね。別にそんなに嫌なら挨拶なんてしなくてもいいと思うんだけどな。四人とも桂吾に番号教えるのには同意してくれてるんだし。

「桂吾が嫌なら私から伝えたって言っておくよ」

「そんな世話焼かれる方が嫌です。今日中には連絡してこっちの番号伝えておきますよ」

 どこかむくれた様子で言われて笑うしかない。本当意地っ張りなんだから。でも、そういえば桂吾はあんまり瀬戸谷の跡を取るのに乗り気じゃなかったから他の家と付き合いが深くなるのを嫌がってたっけ、と思い出す。

「じゃあお願い。――そういえば、瀬戸谷は桂吾が跡取るので決定したの?」

「面倒なんで遠慮したくはあるんですけどね。正直、あんたがいなくなったなら取るメリットもないし弟に押し付けたかったんですけど、むこうも嫌がってますしね。長男の義務って事で継ぐ覚悟を決めようかと」

「――私?」

「考えなくはなかったんですよ。俺がちゃんと瀬戸谷の跡取りとしてやってくなら、高浜にとってあんたと俺の結婚は、四強のどこにもついてない瀬戸谷を取り込むチャンスと取られるでしょうからね。合法的にあんたをあの家から引き離す手段としては悪くないな、と」

 桂吾の思わぬ言葉に目をまたたく。確かに瀬戸谷は規模こそ中堅の域を出ないけど、案外影響力のある家で、四強のどこともまんべんなく付き合ってどこかと特に親しくはしていない。それが瀬戸谷なりの外交術だとわかってるから、どの家も瀬戸谷を取り込みたくて時折粉をかけてるんだよね。そんな状況で瀬戸谷の跡取りが高浜本家に縁談を申し込んだら、事実上瀬戸谷は高浜につく、という表明になる。あの人が私を手放したがらなくても、高浜の総意として瀬戸谷からの縁談を受けるしかないだろう。そして、受けたが最後、それ以降私の身柄は瀬戸谷預かりになるから、高浜はあの人から私を守るしかなくなるし、式を挙げて瀬戸谷邸に引っ越してしまえばいくらなんでもそう簡単にちょっかいをかける事もできなくなる。

 確かに、あの状況下で私を守るには最良の手だと思う。

「あの頃、水面下ではそういう話が動いてたんですよ。あんたは反対しないとふんでたのと、知らない方がいいと思って断りなく進めたのは謝ります。……ただ、今にして思うとその話があいつの耳に入ったからこその事件だった気もするんで、動かない方がよかったのかも知れませんけどね」

 眉を寄せて苦々しげにつぶやく桂吾の声が、珍しい事に本気で後悔している色をにじませていた。

「どのみち同じ事になったと思うけどね」

「だから、あんな話自体がなかったら、と思ったんですよ」

「そうじゃなくて、遅かれ早かれああなったって事。――本当はあのしばらく前からまずいとは思ってたんだよね。少しずつあの人の暴力も酷くなってたし、頻度も上がってた。それになにより、あの人は私の世界の中心があの人じゃなくなってたのに気づいてたから」

 そう。あの人が何よりも望んでいたのは、私の世界を自分が支配する事。あの人の言動一つで全てが壊されるようなところで私が生きている事を望んでいた。でも、あの頃の私は――。

「確かにあの人の存在は無視できなかったけど、でも、私の世界はもうあの人一人に壊されてしまうようなものじゃなくなってたから。だから、それを許せないあの人がああするのは時間の問題でしかなかったんだよ」

 自然と浮かんだ笑みがなんのためなのか、私自身にもよくわからない。でも、それを見て桂吾は一層苦々しげな表情になる。

「結局俺のせいだって事でしょう。俺があんたの世界に踏み込んだから、あんたは自分を捕らえる腕の外にも世界が続いてる事に気づいちまったんだ」

「そうだね。確かに私は桂吾と関わらなかったらあの場所で飼われ続ける事になんの疑問も持たないまま生きていた」

 あの人しか――私を殺そうとする幸兄しかいない世界しかないんだと思ったままなら、殺される事もなかったんだろう。だけどそんな事私は望まない。

「でも、私は桂吾が見せてくれた世界が好きだったよ。桂吾の作ってくれた居場所はとっても居心地がよくて、こんな時間を過ごすために必要な事だったなら、あの人との事もまぁしかたがないかなって思い始めてたくらいに、幸せだったんだもの」

 私の言葉に今度は桂吾が目をまたたく。

「桂吾がいつか手に入れてくれるって言ったものは、確かにあそこにもあったの。桂吾が私に前をむく事、思い出させてくれたから、彩香(今度)はうまくやりたいって願えたんだよ。幸せそうに見えるって言ってくれた篠井彩香(今の生活)の土台を支えてくれてたのは、桂吾なんだからね?」

 桂吾は自分が誰かを幸せにできるだなんて思ってないんだろうけど、それは間違い。だって()の幸せは間違いなく桂吾がもたらした。最初は傷付けてしまった相手の身代わりで、誰でもいいからとりあえず関わって手をさしのべて、自分にも人を傷付ける以外の事ができると確かめたかっただけだよね。自殺未遂を起こす程追い詰めてしまった妹の身代わりに興味の対象にしておける相手が欲しかっただけだ、と告白する声が本当に辛そうで、身代わりにした事を後悔するのがどうしてなのかに気づいていなかったよね。気づいて教えてあげなかった私もたいがい意地悪だったけど、まだ自覚してないの?

「きっかけが何かなんてどうでもいいんだよ。だって、桂吾は確かに私を大切にしてくれてる。私のためならどんなものだって引き替えにしてくれるって断言してるのに、それが義務感だけだって、いまだに思ってるの?」

「そりゃそうでしょう。俺がそこまで執着できるのは……」

「嘘つき」

 言葉を途中でさえぎると、桂吾が先をうながすように軽く首をかしげた。

「じゃあ聞くけど、桂吾はあの子のために私を使い潰すような事、できる?」

「……いや、それは……。篠井やら久我城のからみがなくても、能力的に敵わないというか……。いやでもあんたなら俺が頼んだら動いてくれそうですけど。……でも、あんたにそんなまねできませんよ」

 思案しいしい無理だと結論する桂吾の言葉が嬉しくてちょっとだけ笑う。本当、どこまでも無自覚なんだね。

「私のためになら、あの子を含めた瀬戸谷そのものを潰してもいいって言うのに?」

 さらりと指摘したら、桂吾が思いきりかたまった。うわ、珍しい。

「義務感程度でチップにできるくらい、桂吾の一番執着するものって軽いんだ?」

 わざと意地悪な言い方をしたら、桂吾がぎごちなくまばたきをした後片手で両目をおおった。

 そう。気がつけばいいんだよ。桂吾の一番はとっくにあの子じゃなくなってる。その位置はとっくの昔に()のものなんだって認めればいい。桂吾を縛ってるものはとっくになくなってて、もう自由なんだって気がついて。

 好きな子をいじめて泣かす、なんて男なら誰だって一度くらいはやった事があるはず。でも桂吾の場合は本気で追い詰めてしまうし、そこまで執着したのも妹――血統的には従妹らしいけど、同じ家で一緒に育った、という意味では妹というべきだと思う。桂吾が西荻の寮に入ったのは、大切なはずの妹をそれ以上追い詰めないためで、最初がそんなだったから、自分は血のつながった相手にしか執着できない、執着すれば相手を潰してしまう、と思い込んでいる。

 確かに桂吾は気に入った相手にこそからかったり悪さしかけたりとたちが悪くなるけど、実際はそこまで酷くもないんだよね。ちゃんと相手が対応できる範囲を計算してるし、本当にしゃれにならないような話題は絶対持ち出さない。その節度が失敗から得た教訓なのか元々なのかまでは知らないけど、私が知る限り、その最初の相手(・・・・・)だって、昔会って話した感じだと桂吾を嫌ってなかった。むしろ、なんであんなに追い詰められた気分になったのか、と首をかしげていたくらいだし。

 桂吾とあの子の場合は、致命的にタイミングが悪かっただけで、どっちかが絶対的に悪かったって話じゃない。しいて言うなら、誰もが均等に悪かった。それでも桂吾は自分が悪かったと思ったし、たぶんそこからくる自制心が後の人生をいい方向に持っていった。だからこそって言うわけじゃないけど、もう解放されていいんじゃないかな。

「高浜綾はどう考えても桂吾の血縁じゃない。平気で悪さしかけてくるのは私の方が上だってわかってるから加減の必要がないだけだよね? だけど、なによりも悪さの何十倍以上に大切にしようとしてくれてるじゃない。意識してか無意識かまではわからないけどね? ――それでもまだ、桂吾には血縁じゃない誰かを守る事ができないって言うの?」

「……あんたが規格外なだけでしょうが」

「規格外上等。私の存在価値は規格外な事にあるんだからね。――さて、一から十まで講義調で解説して欲しいと言うなら、懇切丁寧に分析してさしあげますが?」

「言葉尻とらえて徹底的に論破するとか、……嫌がらせでしかないからやめてください」

 桂吾の返事は言葉こそ強気なくせに、不安定なゆらぎが隠せてない。

「はいはい。――で、お腹すいちゃった。勝手にお菓子あさっていいよね?」

 雑な相づちを返して立ち上がると、すっかり覚えたお菓子のストック場所にむかう。いじっぱりな桂吾の事だ。むかいあってたら泣く事もできないもんね。でも、いなくなったら後で盛大にすねそうだからおやつタイムにして、スマホで遊びながら落ち着くのを待つとしようかな。

お読みいただきありがとうございます♪


たまには彩香が泣かす側(笑

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