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〜幕間〜 大好きな家族

番外編的なものになります。

 親しい人の呼び名を変えるって、案外難しいと思うの。もう七年は使ってた呼び方ともなると、変えるのにはタイミングとか、勇気とか、色々あったりしてね。本当大変なんだ、としみじみ実感してます……。

 なぜって? 雅浩兄様の勧めで篠井の両親の呼び方を、篠井の父様・篠井の母様、から、政孝父様・百合子母様に変えようと決めたんだけど……。でも、お察しの通り、まだ呼ぶ事ができないんだよね……。

 だって、なんか習慣で篠井の~って呼びかけちゃうんだもの。それに、百合子母様の魔人モードの迫力に驚いて大泣きしたばっかりなんで、なんか色々気まずいというか、ね?

 変に意識するのがいけないのか、時々二人を呼ぶ声が裏返ったり妙な間があいたりしちゃうし、散々……。

「うまくいかないなぁ……」

 思わずため息をついたら、隣からくすくすと笑い声が聞こえた。声の主はスマホ片手の雅浩兄様。

「さっきから何悩んでるの? 百面相さん?」

「うわっ、顔に出てた?!」

 思わず両手でほおをおさえたら、いっそう笑われちゃった。

「全然宿題進んでないよ。何をそんなに悩んでるのか、僕にも教えて?」

 テーブルに置かれた真っ白なままのプリントを、スマホを置いた指でつついてくる雅浩兄様にうながされて、うん、とつぶやく。

 今は例によってダイニングでのお勉強タイムなんだけど、政孝父様と百合子母様が来るのはもう少し後の時間。ここで雅浩兄様に相談しても大丈夫だよね?

「あのね、政孝父様と百合子母様の事なんだけど」

「あぁ、ここ何日かちょっとぎこちないよね。――高浜綾の話題が出ちゃったらやりにくくなっちゃったかな?」

「ううん、それはもう大丈夫なの」

 雅浩兄様の言葉に首をふると、本当に、と少し心配そうな声が返ってきた。でも、本当にもう大丈夫なんだよね。

「確かに、最初はちょっと意識しちゃったんだけど、二人とも、最初から知ってて私を引き取るつもりだったんだから気にしないでって言ってくれたもん。それに、この前、百合子母様が怒ってくれたのって、私が政孝父様に口調変えたから、他人として線を引くつもりなら怒るよ、って事だよね?」

「うん、そうだと思う。ちょっと寂しかったんだろうね」

「あとで考えて、そうだったんだろうな、って思ったの。それって、百合子母様が私の事をちゃんと家族だと思ってくれてるからだもんね。だから、綾の記憶があってもかまわないって思ってもらえて、私すごく嬉しいの」

 本当幸せだよなぁ、とかみしめてから、悩んでいた問題を思い出してため息をつく。

「二人とも大好きなのに、私ちっともお礼できない……」

「お礼って、二人は彩香が幸せならそれだけで満足だと思うよ。そんなに悩まなくてもいいんじゃない?」

「雅浩兄様、それはちょっと傲慢だよ」

「……うん?」

 苦笑いの雅浩兄様に、眉間にしわをよせて返事をしたら首をかしげられてしまった。

「雅浩兄様が私のために、あんまり悩みすぎなくていいよ、って意味で言ってくれてるのはわかるの。でも、政孝父様と百合子母様しかいない雅浩兄様にはわかりにくいと思うけど、家族に大切にしてもらえるってすごい事なんだよ?」

 綾の親は私を邪魔にした。兄さんも姉さん達も、私なんて部屋の隅の埃か気まぐれに破り捨てる書き損じ程度にしか思ってなかった。だから、家族だってだけで大切にしてもらえて当然、だなんて事はないって知っている。

「私だって、二人が私に何か見返りを期待してよくしてくれてるんじゃないって事くらいわかってるもん。だけど、二人がよくしてくれるのは、幸せになって欲しいって思ってくれてるからで、それってすごい事だよ? そりゃ、つきつめれば人間なんだから最終的には、幸せそうな相手を見て自分が満足したいだけって言われればそうなのかもしれないけど」

 他の人の見解は知らない。でも、私が知る限り、人間は大抵利己的で自分にとってまったく益のない事には興味が薄いものだ。親が子供をかわいいと思うのは自分の遺伝子を残したいからだなんて意見もあるくらいだしね。

 でも、だからこそ、最終目標が幸せそうな相手を見て自分が満足したいだけだとしても、――あるいはだからこそ、誰かの幸せを願えるっていうのはすごい事なんだと思う。

 だって、幸せになって欲しいって言ってもらって嬉しくない人なんている? 相手が幸兄みたいな人ならともかく、たいていは嬉しいよね? だから、自分以外も幸せになれる願いを持てるってすごい事だよなぁって思う。

 でも、むけてもらえるその思いはどこからともなく降ってきたんじゃなくて、相手が一生懸命生み出してくれたものだ。だから、大切にしてもらえる事に感謝するのを忘れたら駄目だと思うの。

「そっか、そういえば彩香はこの前もそんな事を言ってたね」

「うん。たぶん、私が幸せじゃなかった環境を知ってるから気がつけただけだと思うけどね」

「そうか、僕みたいに大切にしてもらえるのが当然だとわかりにくいんだね。すごく贅沢な事なんだなぁ」

 初めて気がついた、とでも言いたげな雅浩兄様の言葉に小さく笑う。

「私だって、時々今の生活を当たり前だと思ってる時があって、いけないって思う事あるもん。だから、普通はあんまり意識しないんじゃないかな。特に雅浩兄様くらいの年だとね」

「僕くらいのって……。彩香の方が年下だよ?」

「一応、私、これでも中身は桂吾とほぼ同い年なんだけど?」

「あ、そうか。高浜綾だった頃を足せばそうだね」

 うっかりしてた、とつぶやく雅浩兄様。

「なんか、彩香と話してるとそんな年が離れてると思えないからつい忘れちゃうよ」

「……なんか複雑だよ」

 どう答えていいかわからなくて、あいまいな返事をしたら、雅浩兄様が苦笑いになった。

「なんていうか、彩香と話してると大人――社会人経験のある人と話してる感じじゃないっていうのかな? そんな感じがするからだと思うよ。それに、僕はずっと君を外見通りの年だと思ってたんだからそんな急に切り替えられなくてもしかたがないって事にして?」

「あっ、確かにそういう意味ではしかたないかも。私が死んだのって院生の間だったから、社会人経験ってないもん」

 言われてみればもっともな話だ。雅浩兄様はもう政孝父様の仕事を手伝ってるから、大人――社会人と接する機会も多い。その人達と比べて子供っぽいと言われたら確かにそうだろうと思う。

「わかってくれてありがとう。――で、話を戻すと、彩香は父さん達に何かお礼がしたいって話でいいのかな?」

「うん。でも、改まってお礼とかすると、実の子供じゃないから気を遣ったんじゃないか、とかかえって心配させちゃいそうだから。こそっとちょっと喜んでもらえるような事をしたいなぁ、って思ってたの」

「僕もそのくらいがいいと思うよ。二人とも、ここ何日か彩香がぎこちないのすごく気にしてるし」

「……だって、なんか意識しちゃって……」

 雅浩兄様の指摘に盛大なため息が出ちゃったのはしかたがないと思うの……。

「何をそんな意識してるの?」

 首をかしげた雅浩兄様の言葉に、ここのところの悩みである政孝父様と百合子母様の呼び名の話をしたら、不思議そうに目をまたたく雅浩兄様。

「彩香、さっきから普通に政孝父様百合子母様って呼んでるよ?」

「二人を前にするとなんか変に意識しちゃうんだよぅ……」

 くてり、とテーブルにつっぷしたら、雅浩兄様がおかしそうに笑う。

「それじゃあ、この前母さんが怒ったのが怖くて苦手になっちゃった、とか、二人が高浜綾の事を知っててずっと黙ってたのが嫌で嫌いになった、とかじゃないんだね?」

「私が二人を嫌ったり苦手になったり? あるわけないよ」

 予想外の言葉に、思わず即答で否定する。

「綾の事はたぶん二人は知ってるだろうと思ってたし、言わないでくれた方が楽だったの。だから、私のために言わないでくれてるんだと思ってたもん。それに、この前百合子母様が怒ってくれたのだって、私を大切に思ってくれてるからだって知ってるから、びっくりはしたけど嬉しいよ」

 二人は私の自慢の父様と母様だもん、と言ったら、雅浩兄様がすごく優しく笑って頭をなでてくれた。

「僕はね、彩香がそうやって父さんと母さんが大好きで大切にしてもらえて嬉しいって思ってる事が、もう充分お礼になってるんじゃないかなって思うな」

「でも、やっぱりなにかお礼したいんだもん。私がいっぱい幸せにしてもらった分、ちょっとでも二人に何か返したいの。――あのね、この前雅浩兄様に言われて考えたんだけど、政孝父様が篠井の父様って呼ばれるのが好きじゃなかったのって、友達の父様の事呼んでるみたいに聞こえてたのかな、って思ったの」

 それまでは深く考えずに使ってた呼び方なんだけど、冷静になってみたら、あの呼び方って、雅浩兄様の父様、って呼んでるみたいじゃない? 私の父様じゃない、って主張だと思われてたかもしれない。そう思ったらなんだか申し訳なくて……。

 それに、もしそう誤解されてたとしたら、今更いきなり政孝父様百合子母様って呼んだら変に思わないかな? しかも、こんな微妙な時期にさ……。

「なるほど。そんな風に悩んじやったから二人の事呼ぶのがぎこちなかったんだね」

「……うん」

 我ながら間抜けな話だとは思うんだけど、自覚しちゃうとぐるぐる悩んじゃうんだよね……。

「それにさぁ、栞母様もそうだったけど、百合子母様も綾の年の子供がいる年齢じゃないから、私に母様って呼ばれるの実は微妙だったりしないかなぁ、とか……」

「あぁ、そっちで計算すると……。母さんとほぼ同い年くらい?」

「うん……。たぶん、かろうじて私の方が下かな? くらいだから、なんかこう、女性として少し……、ううん、かなり複雑なものが……」

 なんだか、自分と年の変わらない連れ子のいる男と再婚した、みたいじゃない? なんかやりにくそうで嫌だよね……。

「だから、やっぱり今まで通りの呼び方の方がいいのかなぁ、とか思っちゃったりもするし……。本当、どうしたらいいのかぐるぐるしちゃうんだよね」

 こう、無駄に処理速度が速くていろんな可能性を考慮できるのが確実に裏目に出てると思う。……まぁ、()は昔からわりとこういう性格なんだけどね……。ここしばらくずっと回転数落としてたからここまでぐるぐる悩んじゃう事はなかったんだけど、この前の一件以来、どうも綾が死んだ頃のペースに戻りつつあるみたい。一度悩み始めると際限がなくなっちゃうんだよねぇ。

「彩香ってば……。本当に君はいい子だね」

「ただの悩めるお馬鹿な生き物だも~ん……」

 少しいじけた気分でやさぐれたら、雅浩兄様がくすくすと笑った。

「そんなに悩んじゃうなら、直接二人に聞いてみたら? 政孝父様百合子母様って呼んでもいい、って。きっと大喜びだと思うよ」

「直接聞けるくらいならこんな悩まないも~ん……。二人とも優しいから、そう呼ばせてって言ったら、内心微妙でもいいって言ってくれるだろうから嫌なの」

「そっかぁ。困ったねぇ。――と、いうわけだから、これ以上は僕任せにしてないで自分達でなんとかしてくれる?」

 どこかおかしげな相づちに続いた言葉に、思わず跳ね起きると、開けっ放しだった廊下へのドアのところに政孝父様と百合子母様が……っ?!

「はめられたっ?!」

「うん。最初から全部、二人ともしっかり聞いてたよ」

 ね、といい笑顔で二人に同意を求める雅浩兄様。二人はなんとも言い難い微妙な表情だ。

「僕だって、大切な家族には笑顔でいて欲しいんだからね? 三人してお互いに大好きなのに変な遠慮してぎくしゃくしてたら落ち着かないからさ。解決の手助けしてみたんだ」

 笑顔でさらっと言われても……。

「……もしかして?」

「もちろん僕が、彩香と少し話がしたいから早めに来てドアの外から黙って見守って欲しい、ってメールで頼んだに決まってるよ」

 雅浩兄様はスマホのアプリで時間計りながら問題解く事多いから気にしてなかったけど……。本当に全部計算づくですかっ!

「で、しっかり二人の前で政孝父様百合子母様って呼んだね? ――二人とも呼ばれてみてどう?」

「だからっ! 面と向かって確認したら微妙とか嫌とか言えないに決まってるじゃないっ」

 やだもうこの人、人の話聞いてなかったの?! 半泣きでくってかかったけど、雅浩兄様は楽しそうに笑うばっかり。政孝父様と百合子母様は黙ったままだし、なんのいじめですかっ?!

「雅浩兄様の意地悪っ」

「え? 酷いなぁ。僕は彩香に笑ってて欲しいだけだよ? ――というか、二人とも返事してあげてよ。これじゃあ僕が悪者になっちゃうじゃない」

 あくまでもペースを崩さない雅浩兄様の言葉に、こっちを凝視していた百合子母様がせわしくまばたきをした後、近づいてくる。そして、椅子に座ってる私の隣に立つと、じっとこっちを見る。

「な、なに……?」

「彩香さん、今雅浩さんと話していたのは全部本当?」

「……え? う、うん。本当だよ?」

 やけに真剣な問いに、首をかしげつつもうなずいたら、百合子母様が全身でため息をつきました。……なんでっ?! そんなに嫌でしたかっ?!

「……よかった」

 ……へ?

「この前彩香さんを随分怖がらせてしまったから、嫌われてしまったのだと思っていたわ……」

 なんでみんなそんな誤解してるんですかっ?!

「ないないないっ。私が百合子母様嫌いになるとか、あり得ないからっ」

 力一杯否定しちゃうよっ! 誰ですか、そんな変な誤解広めたのはっ?!

「私、いつも優しくて、でも、ちゃんと叱ってくれる百合子母様が大好きだよ? そりゃこの前はちょっと驚いたけど、でも、百合子母様が私に意地悪しようとしてやったんじゃなくて、叱られるだけの理由があったの、ちゃんとわかってるもん」

 あれは唐突に幸兄と顔をあわせたばっかりで不安定だったせいもある。それに、克人兄様に好きなだけ泣いていい、って言われて張り詰めてたものが切れて歯止めがきかなかったのもあるし。本当なら泣く程の事じゃないもんね。

「百合子母様、誤解させちゃってごめんなさい」

 もっとはやく話さなくちゃいけなかったんだ、と思って謝ったら、ぎゅうっと抱きしめられたっ?!

 わわっ?! なになになにっ?!

「彩香さんたら、本当にいい子なんだから……っ」

「……いい子?」

 いえ、いい子はこんな誤解させたりしないと思います、なんてつい内心でつっこみを入れてしまう。

「そんな風に抱きしめたくなるような事ばかり言われたら、本気で雅浩さんをけしかけたくなってしまうわ」

「……へ?」

 今なんか話題がずれなかった?

「こんなに素直でいい子の彩香さんが他所に行ってしまうのはさびしすぎるもの。雅浩さんと結婚してずうっとうちの子でいましょう?」

「ちょっ、えっ?! なにどうしてそんな話題ですか雅浩兄様と結婚とか考えた事もないそりゃ法的にはセーフだけど世間的にどうかと思いますよ?!」

「まわりには、元から結婚させるつもりがあったから籍を入れなかったのだと言っておけばすむわ。今からでも考えてみて? あぁ、もちろん一番大切なのは彩香さんの気持ちなのだから、変な遠慮をして雅浩さんを選んだりしては駄目よ?」

 私を抱きしめたまますごい事を言い出した百合子母様。うわ、この前雅浩兄様が言ってたの、本気だったの?!

「だから私は誰かと恋愛する予定なんてなくてですね?! それ以前に中身はもう四十近いですから条例に引っかかるような相手とどうこうなんて気はさらっさないからてか百合子母様も親子程年の離れた相手を息子に勧めるとかやめましょうっ?!」

「彩香さんと雅浩さんなら、三才差で丁度いい年回りよ? それに、雅浩さんと結婚してくれるのなら、添い寝もお風呂も解禁してあげるわよ? さすがに式を挙げるまでは子供は困りますけどね」

「……だからやめてくださいって!」

 一瞬、添い寝解禁に惹かれたのは気のせいですからっ!

 たすけて欲しくて雅浩兄様に視線をむけたら、ものすごくおかしそうに笑ってるとかなんなの?!

「彩香、顔真っ赤」

「そんな指摘はどうでもいいから助けて?!」

「僕が母さんに勝てると思う?」

 くすくす笑いながら言われて、助けを求める相手を間違えた事に気づく。うん、そうだよね。雅浩兄様頼った私が間違ってた!

「政孝父様、助けてっ」

 ずっと黙って様子を見守っている政孝父様にお願いしたら、一瞬目を見開いて、それからすごく嬉しそうに笑った。

「百合子、彩香が困ってるぞ?」

「あら、いけない。ごめんなさいね」

 政孝父様の指摘に一瞬で冷静になって腕をゆるめてくれた百合子母様。でも、完全には解放されなかった。……なぜですか?

「彩香さんがあんまりにも嬉しい事を言ってくれたものだから、つい興奮してしまったわ。驚かせてごめんなさいね」

「……嬉しい?」

「ええ。だって、彩香さんはずっと、私達を篠井の両親――本当の親とは別の人だっていうみたいに呼び分けていたんですもの。彩香さんは雄馬さん達の事が大好きのようだから、他の親なんていらない、って思っているのだとばかり思っていたわ」

 だから好きだと言ってもらえてすごく嬉しいわ、と百合子母様が笑ってくれた。

「養子縁組も気が変わったらいつでも言ってくださいね、ってお願いしていたのにすっかりうやむやにされてしまったでしょう? 夏には、一番大好きなはずの雅浩さんにまで距離を置いているような事を言い出すし……。私達では彩香さんの家族になってあげられないのでは、って悩んでいたんですもの」

 なんだかうるんだ目で言われるとものすごい罪悪感が……っ。それに、百合子母様はいつでも笑顔で優しくて、悲しい顔なんて見た事がないくらいだ。怒ると怖いけどそれだって滅多にない事だから、そんな風に悩ませてしまっていたなんて思ってもみなかった。自分が居心地がいいから、それでいいんだと思ってた間抜けぶりがうらめしい。

 この人が一生懸命守ってくれてたから、私は笑顔だけ見て安心していられたんだ。

 そう気づいたら嬉しいやら申し訳ないやら、感情を持て余して百合子母様に抱きついてしまった。うん、なんか、こうするくらいしか伝えようのない気分ってあるんだね。初めて知った。

「百合子母様は私の大切な母様だよ。確かに栞母様の事も大好きだけど、呼び分けてたのは忘れたくないからなの。百合子母様も栞母様も、おんなじ母様って言葉で呼んじゃったら、百合子母様を好きになった分、栞母様の事忘れちゃいそうで怖かったの」

 これからも一緒に生活していく百合子母様と政孝父様との思い出はいくらでも増やせるけど、栞母様と雄馬父様との思い出はもう増やせない。私が忘れてしまったらその分減ってしまって、いつかなくなっちゃうんじゃないかと思って怖かった。だから、私には呼び分ける事が重要で、でもそれがどうとられるのかを考える事すらなかったのかもしれない。

 それに、養子縁組も別にしてなくて困る事なんて私自身にはなかったし、分家の人達の様子を見ていたらしない方が余計な火種にならなくてすむと思ったんだよね。私はしょせん預けられてるだけで本家には入らない、跡取り候補になる資格がない人間でいる方がいいんだって。

 もちろん、そうやっていられたのも政孝父様と百合子母様が――もちろん雅浩兄様も私を大事にしてくれて、法律上の関係(安心するための根拠)なんかなくてもちゃんと家族として迎えいれてくれてるって感じさせてくれたからこそなんだよね。

「伝えるのが遅くなっちゃってごめんなさい。百合子母様の事大好き。家族になってくれてありがとう。私、百合子母様が母様になってくれたからたくさん幸せになれた。これからもずっと、百合子母様の娘でいさせて欲しいの。……いい?」

 ずっと思ってたけど、口に出せなかった事を言って、でも言ったはじから少しだけ不安になって、疑問形にしちゃった。そうしたら、百合子母様にまたもやぎゅうっと抱きしめられる。

「当たり前でしょう。いいに決まってるわ」

 それ以上不安になる暇を作るもんかとばかり、すぐに返ってきた返事に嬉しさがこみ上げて自然と笑みが浮かぶ。

「ありがとうっ。百合子母様大好きっ」

「私も彩香さんが大好きよ」

 つい嬉しさで、雅浩兄様にするみたいなお礼を言ったら、百合子母様はとっても素敵な笑顔で答えてくれた。







 余談。

 後で政孝父様がちょっぴりすねました。なんで父様には抱きついてくれないんだ、とか言ってましたけど……。

 普通中学生になった女の子は父親に抱きついたりしないと思うの。私悪くない……よね?

 あ、念のために言っておくけど、もちろん政孝父様も大好きだからね?

お読みいただきありがとうございます♪

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