暴露大会?
凍りついた二人をよそにもぐもぐ食事を続ける私と桂吾。はたから見たら結構不思議な光景かもしれない。
「……なんだか不穏な単語が出てきたけど、聞いていいのか?」
「ん~? 聞かれてみないとわからないかも」
フルーツサンドを飲み込んでから答えたら、克人兄様が一つため息をついた。
「じゃあ、質問するぞ。――高浜綾は一度だけ久我城のパーティに来てる。いつだったか答えられるか?」
「……うん? 綾が出たのは久我城の先々代の法事だよね? パーティは出た事ないから克人兄様の覚え違いじゃない?」
綾は高浜の付き合いにはまったく顔を出してなかったけど、多少は例外もあって、そのうちの一回が久我城の法事だったんだよね。あの時は他の人が行けなかったんじゃなくて、西荻で六年首席を守りきった娘、を自慢するために連れ歩かれたんだっけ。
そんな事を思い出しながら即答したら、克人兄様が目を見開いた。
「――なるほど。確かに彩香は高浜綾の記憶を持ってるみたいだな」
「……克人まで何言い出すのさ?」
「俺が高浜綾の名前を知ってたのは、親父が曾祖父さんの法事に西荻で六年首席だったっていうとんでもなく頭のいい娘を連れて来た、って話をしてたからなんだよ。嫌がらせ混じりにたちの悪い質問をした連中を見事にあしらって、特に悪質だった奴は派手に返り討ちにしたらしい。それは惚れ惚れするくらい見事な手並みだったよ、なんて親父が絶賛してたのが珍しくて覚えてたんだ。ただ、その話は本当にごく一部しか知らないからな」
普段は一切付き合いに顔を出さない上、私が撃退した中にはそれなりに立場のある人もいたもんね。しかも数年後に殺されたんじゃ下手に話題にもできなくて当然かも……。
「だから、少なくとも彩香が高浜綾に詳しいのは疑いようがない。それに、殺された人間について調べ上げてまで生まれ変わりだなんだって言い出す理由もないからな。とりあえず彩香にとってはそれが事実で、瀬戸谷先生もそれを信じてるってのを疑う理由が見つからない」
半分以上自分に言い聞かせる口調だったけど、そう言ってくれた克人兄様は少しばかり困ったように笑う。
「俺は、彩香がこういう重要な場面で変な嘘をつくはずがないって知ってるし、そんな事を許さないのも知ってるからな。だから、彩香の目の前で瀬戸谷先生が話した内容に嘘があれば彩香は指摘するはずだ。でもそうしないから、今の話が彩香にとっての現実なんだってのは、やっぱり疑いようがない。もちろん、客観的な事実かどうかは確認が必要だろうけどな。――ただ、正直、事実であって欲しくないとは思う」
「……事実であって欲しくない?」
どういう意味なんだろう? 疑うんじゃなくて、違ってて欲しいって……。事実なのは動かせそうにないけど、違ってて欲しいって願望があるって事?
「だってそうだろう? 今の話が全部事実なら、彩香がずっと苦しんでるのは――昔っから酷くうなされたり眠りが浅かったりするのは、高浜綾としての記憶があるからだよな?」
形だけは質問の、ほとんど返事を知っている口調での確認をごまかせなくてうなずく。彩香の挙動不審は間違いなくすべて高浜綾のせいだもんね……。
「今の――彩香が高浜綾として生きた記憶を持ってるって事と、瀬戸谷先生とはその頃に知り合いだったって話、信じるよ」
克人兄様が、納得してきちんと受け入れるまでには少しかかると思うけど、と苦笑いで頭をなでてくれる。その仕草は本当にいつも通りで、こんな突拍子もない話を真剣に考えて受け入れようとしてくれてるのが伝わって来て……。
「克人兄様、ありがとうっ」
嬉しさのあまりつい首に腕をまわしてくっつくと、うわっ、っと慌てた声がしたけど気にしない。
「信じてくれてありがとう。……ずっと知られたら嫌われちゃうんじゃないかって、怖かったの。だから、否定しないでくれてすごく嬉しい」
ずっと、彩香の世界の中心は兄様達だったから、二人に嫌われたらって思うとすごく怖かった。綾の記憶が戻る前の彩香の記憶がない私にとって、綾の記憶は自我を保つよりどころなのと同時にすべてを崩壊させる地雷でもあったから。
だから、私が綾である事を受け入れてもらえるのがすごく嬉しい。ここで生きていていいんだと許してもらえたみたいで、父様と母様がいなくなってから初めて、篠井彩香としてじゃなく、私自身として生きていいんだって言ってもらえたみたいだよ。
「こら、泣くなよ。大げさな……」
「泣かせてあげる方がいいよ。彼女にとって、篠井彩香以外の記憶を持ってる事はかなりのストレスだったみたいだからね」
「ストレス、ですか?」
「知られたら存在そのものを全否定されるって思い込んでたみたいだからね。そのせいで篠井彩香として生きる事にこだわりすぎていたのも、彼女が不安定になる一因だったのかな」
桂吾の言葉に克人兄様があいまいな返事をするのが聞こえた。
「まぁ、突然で驚いたけど、俺の前では泣くの我慢する必要ないからな?」
その後で私にむけられた声はすごく優しくて、好きなだけ泣いていい、って言ってくれてるみたいにしか聞こえない。ゆるく背中を抱いてくれる腕もすごくあったかくて、まわりにあるたくさんの怖いものから守ってくれてるみたいだった。
これ以上何も言わないで、好きにさせてくれる克人兄様に甘えて涙がおさまるまでしがみついてようかな。
「おやおや、僕の前でもこんな無防備に泣いたりしないのに本当に君達にはなついてるんだね」
「……それはどうも」
「そんな不本意そうに同意しなくても」
雅浩兄様の返事に桂吾がおかしそうに笑ってる。
「篠井君はなかなか信じられないみたいだね」
「あんな話をあっさり受け入れられる方が少数派だと思いますよ。……確かに疑う余地の少ない話だとは思いますけどね」
「そういう青臭い感じ、いいよね。その年頃ならではの感じがして」
くすくすと笑う桂吾の声が心底楽しそう。桂吾がこうやってからかって遊ぶのって、気に食わないけどそれなりに評価してる相手だけなんだよね。
「ま、現状君が久我城君に勝つのは難しいんじゃないかい? 十年後ならともかく君達の年だと二歳の差は大きいよ」
慰めるようでいて、十年早い、と言い切ったねぇ。……まぁ、いろんな意味で雅浩兄様が克人兄様の得意分野で並ぶにはそのくらいかかりそうではあるけども。
克人兄様は大抵行動の起点を自分の外に置く人だから、まわりの人の様子をすごくよく見てる。常に第三者の視点――俯瞰の視点を保とうとしてるし、外からの情報を取り入れるのも早い。
雅浩兄様は逆に自分の中に起点を取るから、とらえ方が自分の感覚に縛られがちになるんだよね。ただ、その分決めたらゆらがない思い切りのよさ、という面では雅浩兄様の方が上だろうけど。
別にどっちがいいとか悪いって問題じゃないし、個性なんだからうまく伸ばせばいいだけの話。でも、篠井の跡取りにここまでずけずけ言ってくれる人も少ないと思うし、私もちょっとだけ便乗しておこうかな。自分の欠点を把握するのは早いにこした事はないもんね。
「ちゃんと信じるって言ってくれるの、父様と母様だけだと思ってたからすごく嬉しい」
「雅浩だって疑ってるわけじゃないだろ。ただ、飲み込むのに少し時間がかかってるだけだ」
克人兄様にぺったりくっついたままつぶやくと、苦笑いで背中を軽く叩かれちゃった。
「俺だって、親父から話聞いてなかったらこんなすぐに受け入れられなかったぞ? それに、信じられないのに信じるって嘘つかれる方が嫌な癖に、変な言い方するんじゃない」
「でも、克人兄様が一番に信じるって言ってくれた」
「一番は瀬戸谷先生だろ?」
やんわり否定した克人兄様の言葉に、私と桂吾が同時にふき出す。
「いや、あれは信じるとか信じないって問題じゃなかったよ。あそこまで一分の隙もなく事実だと証明されたら、認めるしかなかったってだけの話だね」
「相手が桂吾だから使えた荒技だもんね。他の人には通じない……っていうか、やりたくないかも」
「……何をやったの?」
笑いをかみ殺しながら答えると、雅浩兄様が何か言いたげな質問をしてきた。
「高浜先輩が話していいって言ったら教えてあげるよ」
「桂吾?」
「はい、黙っときます」
まだ笑ってる桂吾は口を閉ざす口実にかサンドイッチをかじる。
「彩香は僕に知られたくない?」
雅浩兄様の首をかしげての問いに克人兄様を見上げたら、どっちとも言わずに肩をすくめる。これは気にはなるけど強制はしたくないって感じなのかな?
「怒らない?」
「……だから何をしたの?」
つい確認したら、雅浩兄様が軽くため息をつく。
「……内緒?」
えへ、っとごまかし笑いをしたら、桂吾と克人兄様がふき出した。
「あんたがかわいくごまかすとか、似合わない事してるのに変に似合ってますね」
「失敗ごまかす時はいつもそれだな」
「だって、私が高浜綾だって信じてくれてないと話す意味ないもん」
ぷぅ、とほおをふくらませる。――はい、いい年して痛いとか言わないの。篠井に引き取られた頃、なんとなくやってみたら兄様達に好評だったんで、やってたらくせになっちゃったの。そろそろやめないとまずいのは重々理解してるから。
「別に信じてないわけじゃ……」
「だって、くだらない冗談とかそんな話とか言ったもん。信じてくれてないのに話したって意味ない事ってあると思うな」
「彩香、それはきついぞ」
「だって、嫌だったんだもん」
雅浩兄様に他人扱いされてたわけじゃなかったってわかった途端、また露骨に疑われるとかどんないじめなの……。せめてこんなタイミングじゃなかったらもう少しは信じてもらえたのかな、と思うと複雑だよ。でも、何もなくて信じてもらえないよりはまだましなのかな……。この前ある程度覚悟決めた後で、克人兄様は信じるって言ってくれてるからなんとか我慢できそうなのかもしれないし。
そんな事を考えてたら、克人兄様が少しだけ腕に力をこめた。
「大丈夫だよ。雅浩が自分と違う意見を飲み込むのに少し時間がかかるのは彩香も知ってるだろ? 突然でとまどってるだけだから、ちょっとだけ待ってやってくれ。ちゃんと信じるために整理する時間が必要なだけだからな」
そのまま頭をなでてくれる仕草は昔と――私が篠井に引き取られてきたばかりの頃と変わらない。小さな子供をあやす仕草がなんだかすごく心地いいのは、こんな風に甘えさせてくれる人があんまりいなかったからなのかな?
「少々の事じゃ辛いとも大変とも言わないし表に出さないけど、本当は結構打たれ弱いからね。大好きな雅浩兄様に信じてもらえなかったのが泣くほど堪えたみたいだねぇ」
顔を見なくても嫌味なくらいの笑顔で言ってるのがわかって、つい笑ってしまう。何もそんな露骨に、大好きな雅浩兄様、にアクセント置いて言わなくてもいいと思うんだけど。
「本当、桂吾は私泣かせた相手には容赦しないね」
「あんた泣かせるようなクズ、いたぶる義務はあってもよくしてやる権利はありません」
あまりにしれっと言われてついふき出す。
「権利と義務の位置、逆だと思うよ?」
「一応の自制です。義務ならそうでもないですけど、権利があると思うと思う存分行使したくなるじゃないですか」
「その意見には同意するけどね。……本当、桂吾らしいねぇ」
「俺以外の誰かになったつもりはありませんよ」
「大丈夫。桂吾が人格者になってたら気持ち悪くて付き合えないもん」
「そっくり返します」
ほんの少しだけ声の調子が変わったのに気づいて顔を上げると、紅茶を飲みながら返事をよこしたらしい桂吾と視線が合う。マグカップの縁越しにちらりと笑うのを見て、肩の力が抜けた。――まぁ、何があろうと桂吾だけは私を裏切らないんだからなんとでもなる、よね。
「ありがとう、落ち着いた」
「俺は私怨で坊やをいじめただけですよ。礼を言われるような事じゃありません」
「うん、わかってる。わかってるけど、それでもありがとう」
克人兄様にしがみついていた腕をはなして座り直してからお礼を言っても、桂吾は軽く肩をすくめて何も言わない。桂吾がこういう時返事をしないのはいつもの事だけどね。
「……ごめん」
喉がかわいたんで紅茶を飲んでたところに、突然謝られた? 思わず目をまたたかせたら、雅浩兄様がもう一度、ごめんね、と繰り返す。
「正直、最初に瀬戸谷先生が前世とか言い出した時はまた何かからかってるんだろうとしか思えなかったんだ」
「まぁ、瀬戸谷先生だしね?」
たぶん、桂吾は私の知らないところで色々やらかしてるんだろうし。雅浩兄様が桂吾の言葉を疑ってかかってもしかたがないとは思う。
「話を聞いて確かに事実の可能性の方が高い――というか、根拠のない話題じゃないっていうのはわかってるんだけどね。ちょっと状況についていけてないみたいだ」
「雅浩兄様こういう話題嫌いだもんね」
テレビで宇宙人・超能力・転生の話題が出ると露骨にあきれてたもんね。私自身は、事実かどうかの証明が私の基準をクリアしなかったから信じてはなかったけど、一定数の人がそういうのを事実だと信じているっていうのは面白い現象だと思ってる。だから、何か共通して根拠となる現象が存在してる事まで否定するつもりはない。
今となっては転生の実例になっちゃった事だし、超能力と宇宙人も否定する根拠が一つなくなっちゃったけども。
「こういう話信じた事もなかったし、気持ちの切り替えがつかないっていうか……。理屈で折り合いつけられるだけの情報が集まるまで、もう少し待ってもらっていい?」
悩みながら話してるのがよくわかる言葉に小さく笑ってしまう。あれだけくだらないって切り捨ててた話題なのに、信じようとしてくれるんだ……。なんか、それだけでも嬉しい。
「……雅浩兄様は、私が本当だよって言ってるだけじゃ信じてくれない?」
だけど、少し意地悪な質問をしたら、雅浩兄様が言葉につまる。何か喉に詰まらせたみたいに目を白黒させちゃった。
「……意地悪言わないで欲しいなぁ」
苦笑いでつぶやいた雅浩兄様が頭をなでてくれる。
「彩香の言う事はなんだって信じてあげたいけど、やっぱり僕は自分で納得できないまま信じたふりをするのは嫌だな。だから、彩香の言う事が本当なんだって確かめる時間をもらいたいんだけど、嫌かな?」
「でも、どうやって確かめるの?」
「うぅん……、それなんだよね。さっき瀬戸谷先生が言った方法だと、結局は前もって調べられたって話になっちゃうし。克人みたいに、外にもれてなくて確認に使えるような情報もないし……」
このての話題につきものの、真偽の判定の難しさに雅浩兄様が一つため息をつく。
「正直、瀬戸谷先生と話してる時の彩香はすごくリラックスしてるように見えるから、長い付き合いなんだろうな、とは思うんだよね。でも、うちに来てから瀬戸谷先生と彩香の接点は全くなかった。これは僕の知り得ないところで二人に接点があった証明にはなっても、彩香と高浜綾が同一人物だって証拠ではないからね」
何か君しか知らない話ってないかな、と聞かれて首をひねってしまう。
「うぅん……。高浜綾しか知り得ない情報はあるけど、それを話すのはちょっとためらうかな」
「どんな情報でどうして話しにくいの?」
「私――高浜綾を殺した犯人の情報とか、いくらなんでも危険だもん」
「……さすがにそれは」
「言うつもりはないよ? ただ、他に彩香と綾を結びつけられそうな情報に心当たりがないから困っちゃうんだけど」
何かあるかな、って考えながら首をひねってたら、そういうことですか、と低い声がした。びくっとなってふりむくと、無表情に紅茶のマグに視線を落とす桂吾の姿。
「あんたにそんな言い方させる相手なんて、あいつしかいねぇよな?」
やけに冷え切って確信に満ちた声に背筋が凍る。つとこちらにむけられた視線は声とは反対に焼け付くような怒りに満ちている。
「桂吾……」
「わかってる。あんたが言わねぇなら俺から言う話じゃねぇよ。……けど、あんたそれでいいのか? 何もかも奪われたってのに、あいつはのうのうと暮らしてんだぞ?」
「恨んでないとでも?」
考えるより早く口をついた返事は、自分で聞いてもやけにうつろで感情がこもっていなかった。たぶん、危険だと判断して感情を切り離したんだろうな、と頭の片隅で分析している自分がいるのを感じる。
「全部暴き立てて人生めちゃくちゃにしてやりたいと思ってないとでも言うの?」
「やりゃいいでしょう。手段なんていくらでもある。篠井彩香を隠したまま暴く事くらい簡単だろが。あんたが望むなら俺がやってやるよ」
「……やったら私は必ず後悔する。こんな事になってすら、求めずにいられないくらい、馬鹿げた執着が残ってるんだよね。――桂吾の想像は当たってる。だからこそ、無茶は承知だけど、忘れて、としか言えない」
私の言葉に桂吾が奥歯をかみしめ、悔しそうに、もどかしげに、片手が髪をかきむしる。ひとしきりそうしてから、盛大なため息をついた。
「……あんた本当馬鹿ですね」
「自覚はしてる」
「……なんで忘れたままにできなかったんですか」
「忘れてたら桂吾とは会えなかったよ」
「……そんなもん背負って生きる代償が俺程度じゃ釣り合いません」
「悪くない、と思うよ。……また、飲みに行きたいね」
「……さっさと成人してください」
「別に今時そううるさくないでしょ」
「成人前のあんたに飲ませたら坊や達がうるさそうなんで遠慮します。それに仮にも教育現場の職員が生徒に飲ませるわけにはいきませんからね」
どこかむくれた口調で言われて小さく笑ったら、桂吾もようやく表情が和らいだ。
「二十歳の誕生日に酒量の限界叩き込んであげますから、楽しみにしといてください」
「彩香は綾の半分くらいのアルコール耐性だといいんだけどね」
「ですね。さすがに日本酒二升あけても二日酔いすらしないってのはどうかと思います」
「……半分どころか一割くらいでいいと思うよ」
「……同感だな」
私と桂吾の会話を見守っていた兄様達のつぶやきに桂吾がふきだす。
「女性は強い方が安全だよ。グラス一杯で酔いつぶれるようじゃ、パーティで困るしね」
「まぁ、それは確かにそうですけど……」
「それに、彼女はお酒入ってる時、ものすごくかわいいよ? 表情が和らいで口元にうっすら笑み浮かべて、普段より少しだけ饒舌になる。うっすら赤くなった顔と甘えた声でおねだりされた時の破壊力ったらないからねぇ」
言われた内容に桂吾がいつの話をしているのか気づいてほおに血が上る。ご丁寧に携帯で撮影しておいた桂吾に見せられたその姿は間違いなく黒歴史だからっ。
「桂吾っ! 余計な事言わないっ!」
「ある程度強くないと、しょっちゅうそんなところを人目にさらす事になるんだよ? 僕は色んな意味で彼女がお酒に強いのは天の采配だと思ってたんだけど、それでも弱い方がいいかな?」
「だからっ! あれ以来一度だって人前で酔うほど飲んだ事ないでしょうっ?!」
二度目に言葉を遮ったら、桂吾が私の方を見てにやにや笑う。
「本当、あれは俺じゃなかったらあんたやられてましたよ? どうして普段の無表情があそこまで変わるんです?」
「私が知るわけないでしょうっ?!」
「というか、あれがあんたの本性だと思いますよ。本当にたちが悪いったらありゃしない」
「そう思うならなんで二人で家で飲んでる時は酔うまで飲んでいいって言ったのよっ?!」
「なんでって、あんたが幸せそうだったからに決まってんでしょうが」
不意に本当にものすごく優しい笑顔を向けられ、息をのむ。
「あんた、酔ってる時だけは本当に幸せそうで、全部忘れて笑ってたんですよ。楽しかった事ばっかりあれこれ話しながら無邪気に笑って……。一応の理性なのか、あんた外で飲んでるとそういうの見せたがらないんで、家で飲んでるときくらい好きにしてもらおうかと」
今思えば据え膳だったんだからくっときゃよかったですかね、とうそぶいて桂吾がポテトチップを口に放った。
「それに、篠井彩香がなつっこくて笑顔ふりまく性質なのは、あんたの本質がそうだからでしょう。どっちが本来のあんたの性格なのかと言われたら、俺は間違いなく高浜綾はゆがめられてああなったと答えます」
さらりと口にされた言葉にさっきおさまったばかりの涙がこぼれた。桂吾の言った事は私にも自覚があって、でもそれをこんなタイミングで口にする桂吾の優しさが少し痛い。私が自分でしゃべらない――しゃべれないとわかってるから、雑談に紛れ込ませて兄様達に伝えてくれるつもりなんだとわかる。本当なら桂吾も口にするのだって嫌なはずなのに。
そこまでわかっているのに、甘えて桂吾から告げてもらおうとするのは私の弱さでしかないんだけど……。
「まぁ、唯一の味方だった大好きな兄貴に殺されかけりゃ、手酷いトラウマにならない方がおかしいんでしょうけどね」
今からでもあいつ殺してやりてぇよ、とそこだけは本気の憎しみをのぞかせた桂吾が舌打ちをすると、兄様達が瞬間冷凍されました。
「余計なお世話かも知れませんけど、あんたが高浜綾なら接近禁止命令でもなんでも対策しようがあるのに、今となっちゃそれもできない。充分気をつけて絶対に記憶がある事を知られないでくださいよ?」
「わかってる。私だってそう何度も人生めちゃくちゃにされたくないもん。心配してくれてありがとう」
雑に涙をふいてそう答えたら、桂吾がやわらかく笑う。余計な事を話したか、なんて心配しなくていいのにちょっと後悔した様子で言葉の裏に潜ませて謝ってくる桂吾がなんだかかわいく思えたのは……、なんだかんだ言っても大切な人だから、なのかな。
「さて、情報をばらまいたところで元の話に戻ろうか。篠井さんが高浜綾だと証明できる情報、だったよね?」
さらっと元の話題に戻した桂吾がまたもやカウンセラー然とした態度に戻る。本当、よくそこまでころころ変われるよねぇ。
「ちょっと思ったんだけどね。篠井さんは親しい人――特に君達二人が怒ると過剰に怖がらないかい?」
「確かに彩香にはそういう面がありますけど、それがどう関係してるんですか?」
「さっきも言ったけど、彼女――高浜綾はちょうど今の篠井さんくらいの頃に、兄に殺されかけたんだよ。それも家族の中で唯一彼女に優しかった人物にね。それがトラウマになってて、優しい兄様達が怒るとフラッシュバックが起きても不思議じゃないな、と」
今度はサラダを食べながらの言葉に兄様達が硬直する。
「あんまりにもさらっと言ったから聞き違いかと思ってたら……」
「……さすがにそんな噂は聞いた事がないですけど」
「でも、ある時を境に長男と末っ子が仲違いをした、程度の話は知ってるよね?」
「まぁ、中等部から家を出ていたのは不自然ですね」
「つまり、中等部入学前に何かあったという事だよ。たとえば高浜綾が殺されかけたとか、ね?」
調べてごらん、と言いたげな桂吾の言葉に雅浩兄様が眉をよせる。
「確かに、それが事実なら彩香と高浜綾の共通点ですけど、決定的とは言い難いですよね。――言い方は悪いけど、こじつけようとすればできる範囲ですから」
「確かにそうだけど……。君、随分疑ってかかるね?」
「半端な疑問を残すよりも、検証の機会がある時にきっちり納得したいだけですよ。そうじゃなかったらこんな嫌われそうな事言いたくありません」
苦笑いで桂吾の指摘に答える雅浩兄様。……問題はそこなの?
「こう、物証がないのがつらいところですよね。理論上の話だといくらでも難癖つけられますし」
「難癖って……。雅浩兄様自分で言ったらお終いだよ……?」
「でも、気分はそういう感じかな。信じたいけど納得いかないって厄介だね。こう、さくっと納得できる情報があった克人がうらやましいよ」
「……瀬戸谷先生の言った事は気にならないの?」
「彩香が殺されかけたって話が気にならないわけないよ。でも、今それまで話題にしてたら話が進まないから我慢してるだけ」
ごく自然に返された返事に思わず目をまたたく。今、さらっとすごい事言わなかった……?
「彩香を泣かせた奴なんて全員潰してやりたいけど、今はもっと大事な事があるから後回し。……なんか本当もどかしいよ。彩香の言葉信じたいのに、今疑問を残したら後で絶対しこりになるってわかるんだ。だから、嫌な事思い出してもらうようだけど協力してくれる?」
私の反応をどう思ったのか、雅浩兄様が申し訳なさそうに言う。……やっぱり聞き違いじゃなかったんだ……?
「篠井君は何でもそつがないように見えて、案外頑固で不器用だね」
桂吾も気づいたらしくて、弟をたしなめるような微苦笑になってる。
「雅浩はそういう奴ですよ。ただ、篠井の跡取りである以上、そういう部分は周りに気づかせないようにしてますけどね」
克人兄様はちょっとからかう気配がある。
「融通がきかなくて納得できないと動き出せないのは自覚してますよ」
「裏を返せば、一度信じるに値すると思った人間は裏切らない、噂話に惑わされにくい、って事だよ。まだまだ青いとは思うけど悪い資質じゃないからうまく伸ばすんだね」
「……ありがとうございます」
桂吾の褒め言葉がよっぽど意外だったのか、雅浩兄様が不思議そうにお礼を言った。
「ところで篠井君と久我城君もしっかり食べた方がいいよ? ブドウ糖が切れると頭が止まるからね」
のんびり指摘する桂吾は食べ終わったランチボックスを片付け始めてる。私もなんだかんだでほとんど食べ終えてるけど、兄様達はまだたいして減ってない。
「こんな話をしながらよく食べられますね……」
「どんな時でも食べて寝ないと人間駄目になる、というのが僕の尊敬する先輩の教えでね」
「前も話題になりましたけど、瀬戸谷先生の言ってる先輩って、もしかして彩香の――高浜綾の事ですか?」
「その通り。にしん蕎麦もカラオケも、彼女の武勇伝だよ」
「ちょっ?! 何で雅浩兄様に私の黒歴史暴露してるのっ?!」
「あんたのやらかした事はカウンセリングの合間の話題に便利なんですよ」
「どれだけ広めたのっ?!」
「一応匿名にしてありますからご心配なく」
「そういう問題じゃないからねっ?!」
思わず桂吾にかみつくと、さもおかしそうに笑われてしまった。しかも、兄様達にまで……。なんでっ?!
「兄様達まで酷いよ」
「ごめんごめん、なんか話からイメージする高浜綾と彩香があんまり繋がらないなって思ってたんだけど、もしかして昔からこんな感じなの?」
「まぁ、瀬戸谷先生にからかわれるのはいつもの事かな。昔はここまで露骨にかみついたりはしてなかったけど」
「そうだね。たいてい、冷たい視線でひとにらみ、もしくは同レベルで一層たちの悪いいたずらをやり返される感じだったかな」
くすくす笑いながらフォローになってないフォローをした桂吾が立ち上がる。
「紅茶を入れ直そうか。篠井さん、リクエストはある?」
「甘めの香りのが飲みたい」
「了解。じゃ、あんたの分はエルニーニョにしますか。二人はどうする?」
「同じでお願いします」
「僕もそれで」
「じゃ、入れてくるから食事を進めておいてね」
ミニキッチンにむかう桂吾にうながされて兄様達がサンドイッチに手を伸ばす。
だいぶ長い話になったけど、まだしばらくかかりそうだから紅茶のおかわりは嬉しい。兄様達もこれで一息入れられるだろうし、いいタイミングで休憩にしてくれたなぁ。
お読みいただきありがとうございます♪
作中桂吾が名前を出した紅茶は実在のものです。
ルピシアのノンカフェイン紅茶でチョコレートの香りがついたフレーバーティ。
実は作者のお気に入り♪