ワスレナ
『《音紡ぎ(スピナ)》君はあんなに音楽に一生懸命なのにあんたよりも勉強ができるのよ。あんたも少しは見習って――』。
『あいつと一緒にすんなよ、追いつけっこないって……』。
『……あんたと同い年って言うのに。まあ、《音紡ぎ(スピナ)》君を引き合いに出したのはお母さんが悪かったわよ。でも、あんただって同じ可能性を秘めているんだから。頑張んなさい』。
『……《水面》には負けねえから、オレ。《陽だまり(サナ)》にだって、もうバカにされたくねーし』。
『今日の日曜学校ね、青空教室だったんだけどね、《音紡ぎ(スピナ)》君、いっぱい手を挙げてたんだぁ……! かっこいいし、ヴァイオリンも弾けて勉強も出来て……やっぱり好きな女の子とか居るのかな。み、《小羊》が好きって言ったら……こ、告白なんかしちゃったりしたら……』。
『……《小羊》、妄想漏れてるよ。ませてるな……もう、続きは後でね』。
『お、お姉ちゃん! お姉ちゃんだって《音紡ぎ(スピナ)》君のことかっこいいと思うでしょ! ?』。
『まあ、あの年の子の中じゃダントツね。って言っても、わたしは彼がいるからいいけどー……』。
『う、うう。わたしだって……《音紡ぎ(スピナ)》君と恋人になったりなんかしたら……』。
『もう、また。そんなことばっか言ってると《小羊》のご飯もあたしが食べちゃうよ?』。
『ああっ、だめえ! お姉ちゃん待ってよっ』。
『《音紡ぎ(スピナ)》ってすげえよ、今日競争したら俺の次に速かったんだ!』。
『あら、あの子と遊ぶなんて珍しいわね。どうしたの?』。
『今日はヴァイオリンの稽古、遅くに始まるんだってさ。目いっぱい遊んだぜ!』。
『なかなか遊べないみたいだものねえ。《木の葉》、仲良くしてあげて』。
『うん! 憧れてるし、何でもできる《音紡ぎ(スピナ)》のこと!』。
『ヴァイオリンばかり弾かせているとああなるのかねえ』。
『ああそうともさ。赤屋根の息子があの楽器を手放した話なんてちっとも聞いたことがないよ』。
『あの綺麗な弦の音が止んだことがあったかい』。
『本当に素敵だねえ、この村の宝石のような子だ』。
『旦那が遅くに帰ってくると、不思議な音色の音楽が聞こえてくるんだって言うよ』。
『そりゃああの子の演奏さ。違う楽器でも演奏するんじゃあないかね』。
『きっとそうさねえ。それにしても夜かい、きっと遅いだろう』
『あのヴィンセントが許すとは思えないものねえ、――可哀想に』。
エル=リンドと呼ばれる村がある。
王都から馬車で三十分ほど、農林業で成り立つ長閑だが豊かな村だ。だが、都市からそう遠くない立地に反してその知名度は低い。むしろ、村に寄り添うように存在する小さな泉を持つ森、女神の名を冠する『ヴィスタの庭』を目当てに馬車を走らせる敬虔な信仰者の方が多いかもしれない。
この村で、日夜問わず飛び交う名前があった。
村民に《音紡ぎ(スピナ)》と呼ばれるその少年の名を、アイレ=ラヴァンドールという。
――ぼくは、ずっと独りだった。
はじめてアイレが自分は空虚なのだと悟ったのは、八歳の夏の初演が終わった時のことだった。
村では誰もが触れたことすらないヴァイオリンを、何故父・ヴィンセントがアイレに買い与え、講師をつけて稽古を強いたのか、今でもアイレはその答えに辿り着かない。
ヴァイオリンを弾くこと自体は嫌いでなかった。昔から音楽は好んでいたし、愛用のハーモニカを日が暮れるたびにテラスで吹き鳴らしていたものだから、楽器が変わっただけのことだと自分を慰めることだって出来た。耐えられなかったのは課せられた一日六時間の稽古。それがヴァイオリンにのめりこむことが出来なかった一番の理由でもある。
その時間の対価は村中の子供が何の代償も無く手にしていた“平凡”そのものだった。父が切り捨てたそれが、アイレはどうしても欲しかった。時は金なりとはよく言ったもので、幾ら金を積んでも買えないものに、幼少の内から出会ってしまったことは、果たして幸か不幸か。
極めつけはある夜ヴィンセントがアイレを呼びつけ、次の演奏会の話を持ち掛けられ――それを断って退室したとき背後でした声。重たく胸にしたたり落ちた、ため息交じりの一言だ。
「まったく、神童などと呼ばれて金が儲かるのもいつまでのことかわからないというのに……」
そして気づいた。
ぼくは、ヴァイオリンが上手に弾けるから、速く走れるから、頭が良いから――アイレ=ラヴァンドールなんだ、と。
裏返せば、それは何かが出来なければ、ぼくはぼくでないということ。ぼくがアイレ=ラヴァンドールであるとは認められないことになってしまう。
そんな無味乾燥で陳腐な結論に達した瞬間から、アイレの周りで飛び交う言葉は鮮やかな羽根を失くし、向けられる視線は銀幕の中だけの彼を捉えているのだと悟った。
ぼくでなくてもいい。
此処に居るのは、ぼくでなくてもいいじゃないか。
独り言ちる度に言葉は真実味を増した。求められているのはアイレ=ラヴァンドールという人格ではなく、ヴァイオリンや頭脳などにおいて取り柄のある人間なのだ。
そう思ったが最後、アイレは周囲の人間関係が薄っぺらく、上っ面だけのものに見えるようになってしまった。褒詞に笑顔を返し、それまでと同じように様々な分野で功績を残しながら、居なくなりたい、居なくなりたいと痛切に願うのだ。そして自分が消え去ったのちに誰かが心配してくれたならいいのにと。
「《音紡ぎ(スピナ)》! 次の演奏会はいつやるんだ?」
《木の葉》が肘で小突いてくるのを軽くお返ししながら、アイレは手帳を取り出し、そこに挟んでいた四つ折りの紙片を差し出した。
「再来月の終わり。なに、また来てくれるの?」
「もちろん行く行く!」
渡したのは小さなポスターだ。ヴァイオリンを構えた自分の写真が大きく使われ、洒落た文字で日時と曲目が添えられている。取り出す度に気恥ずかしくなるのでしまっておいたのだが、訊かれたのでは仕方がない。
《木の葉》はポスターを開くと紙面をしげしげと眺め、それから頬を掻き、アイレに向き直って笑いかけた。
「へえ……何かよくわからないけど、楽しみにしておくな!」
「うん、ありがとう」
もはや慣れた造り笑顔で応えると、続いて《木の葉》が先より勢い込んで話し出した。反比例するようにアイレの気持ちは冷めていく。
「なあ、今日時間あるか? 母さんがな、《音紡ぎ(スピナ)》のヴァイオリンを聴きたいって言うんだ。お菓子とお茶を準備するってさ」
アイレは唇に人差し指を当ててしばらく考え込む振りをした。答えなど最初から決まっていた。
「……ごめん、今日そんなに時間ないかも……」
帰ってお稽古なんだ、と困ったように笑うと、《木の葉》は見るからに残念そうなため息を吐いた。
「そうか……あっ、いやいいんだ、ごめん気にすんなって」
ため息がアイレの表情を曇らせたと察したのか、はっとしたように慌てだしたその振舞いを見て、とん、と突き飛ばされたような感覚がした。無邪気、無垢、純粋、素直。周りの顔を窺って仮面を少しずつ完成させてきたアイレから、じわじわと失われたそれらが、色褪せてもなお色濃く主張するのだ。もう取り戻せないのならば、いっそのことその欠落さえ感じたくないというのに。
「いや……また、時間のある時にでも、ね」
焦った風を装って走り出しながら、遠ざかる《木の葉》に手を振る。《木の葉》の亜麻色の髪が夕陽を受けて光っていた。さっきまで同じ場所に立っていたはずなのに、何故だかとても遠いところのような気がした。
鉛の鎖が少しずつ巻き付いていくように、前へと動かした足が重くなって、アイレは走るのをやめた。帰宅したところでヴァイオリンとともに狭い部屋に放り込まれ、同じ旋律に頭を侵食されるのが落ちだ。演奏会が近づけば尚のこと、アイレの溜息の数も必然的に増えていく。
「……帰りたくないな」
赤い夕空が少しずつ藍色で塗り潰されていくのを見上げながら、そっと呟く。その時高く可愛らしい女の子の声が耳に届いた。
「《音紡ぎ(スピナ)》くーん! 今、お家に帰るところ?」
見ると少し離れた家の窓が開いていて、そこから女の子が顔を出していた。女の子――《小羊》にも見えるように大きく頷いてみせると、「今度、いっしょに遊ぼうねっ」と弾んだ声が返ってきた。手を振り返しながら《小羊》がアイレの背を見送っているのを確認して、寄り道できなくなったことに肩を落とす。
家の前で立ち止まって、村の中で一番大きな屋敷を見つめた。ラヴァンドール家は代々この地域を代表する名家だが、噂を聞くところによると少しずつ没落の兆しが見えているらしい。そのせいか、最近ヴィンセントが慢性的に苛立ちを抱えているようで、八つ当たりされる側としてはたまったものではない、と先生が愚痴を漏らしていた。その割には、アイレが疑ってしまうほど良い顔をするのだから、大人というものは分からない。
解消できない憂鬱に、扉に手をかけることすら億劫で立ち尽くしていたアイレは、唐突な蝶番の音ではっと我に返った。
「《音紡ぎ(スピナ)》! 帰って来ていたのなら早くお家にお入りなさい、稽古を始めますよ!」
「あ……」
現れたのはヴァイオリンの稽古を担当するバロン先生だった。彼は厳しい眼差しでアイレの腕を掴むと、半ば引きずるような格好で部屋へと連れて行く。抗いはしない。手間を取らせるのは申し訳ないから。
押し付けられたヴァイオリンに目を落としてから、ゆるりと持ち上げて顎あてを首元で挟み、A弦に弓をあてがう。はじまりの音が、細く響いた。
新しい譜面をもらった日だというのに、その日の練習の内に楽譜は書きこんだ鉛筆の文字で真っ黒になった。
部屋の中に暑く立ち込めた焦燥感が鬱陶しくなるほどに、いつもよりハイペースに進んだ練習には、丁度良かったかもしれない。その日、練習から二時間ほど経ったときのことだった。バロン先生は父に呼ばれ、「少し待っていてください」と部屋を出て行ったのだ。
いつもの忠実さはもう自分の中に影も形も無かった。ただ何に対するのでもなく、悔しくて悲しくてたまらなかった。
「……もう、やだよ」
アイレはヴァイオリンを傍のテーブルに置くと、部屋の入り口の洋服掛けから外套を掴みとり、暗い寒空の下に飛び出した。
月影が降り注ぐ清かな光が、アイレの足元に小さな影を作っていた。周りの家に灯った明かりがさらにその陰影を濃くする。春にしては少し涼しい夜だった。
衝動的に出てきたとはいえ、行く宛てなどない。だが単に逃げて怒られるだけというのも癪だった。せめて心配されたかった。
――かなしい。
いっそのこと、居なくなってしまえばいいのではないだろうか?
この村の外れには《廃墟》と呼ばれる小さな遺跡のような場所があった。魔物が棲むと言い伝えられるその場所には、子供はもちろん大人さえ近づかない。
幸か不幸か、アイレの家は《廃墟》からそう遠くない場所に位置していた。夜闇に紛れてしまえば村民にだって見つからない。《廃墟》に近づくのを見咎められて連れ戻されることだってないだろう。
アイレは曇り切った胸中をその場に置き去りにするように、思い切り駆けだした。手向けに相応しい満月が煌々と輝いていた。
《廃墟》は鬱蒼とした森に匿われるようにひっそりと佇んでいた。
頭上に折り重なる葉が月光さえも遮る。その隙から零れ落ちた淡い光が仄かに辺りを照らしていた。
アイレはその《廃墟》の崩れかけた石造りの建物に足を踏み入れた。
+ + +
ぼくはそこで、夜のような女の子に出逢ったんだ。
《廃墟》は荒れ果てていて、ところどころ残る床と欠けた壁の間から緑が覗いていた。ぼくはその真ん中に立って、大きく息を吐いた。夜の空気はひんやりとしていて、体を内から冷ましていく。
その場に蹲ると、聞こえるのは自分の鼓動と木々を揺らす穏やかな風の音だけだった。きぃ、とポケットの中のハーモニカがきしんだ。幼い頃から触れていたその滑らかな感触に、気持ちが少し落ち着いて、そっと凝った息を吐く。凭れた背中にすべすべした石壁が当たった。
狭い部屋の天井は少し崩れていて、揺れる青葉と藍色の空を見ることができた。思考の空白は不必要に失ったものを呼び起こして、ぼくはそこに二年前亡くなった母さんの顔を浮かべていた。
「たすけてよ。誰か」
知らず知らずのうちにぎゅっと握りしめていたハーモニカを、そっと唇に当てて――世界にたった一人でいるような感覚を追い出すように目を瞑った。そっと夜を満たす『夢の在り処』の音色が、涙に濡れた静寂を慰めた。
ぐいっと袖口で涙を拭い、ハーモニカをしまったとき。小さな拍手の音がぼくの背を叩いた。
「えっ?」
ぼくが辺りを見回すと、誰か――幼い女の子のような声だった――が言う。壁の向こう側から聞こえるようだ。
「わぁ、ごめんなさい。驚かせた?」
「…………」
ぼくは言葉を失って、先ほどまで寄りかかっていた壁に手をついた。
魔物が居ると聞いてはいたけど、――もしかしてきみのこと?
そう訊ねようかと思った。だけどぼくが口を開く前に、壁の向こうの誰かが遮って話し出す。
「……いつもより、哀しい曲を吹くのね?」
「ぼ、ぼくのこと知ってるの?」
ぼくがびっくりして聞き返すと、誰かは平然と「ううん、知らないわ」と言った。
「でも、時々その音が聴こえていたから。きれいだなぁって、聴いていたの。ねえ、それは何て言う音なの?」
「こ、これは……ハーモニカ、っていう楽器」
「はー、もに? ……わからないけど、すごく素敵ね」
楽しそうなその笑い声が、何故かその時は不快とは思わなかった。ぼくは女の子の無邪気な幾つかの質問に、戸惑いながら答えた。
そしてその質問攻めがひと段落ついた頃、ぼくはおずおずと訊いた。
「……さっきみたいな悲しい曲は、お気に召さなかった?」
すると女の子は「どうして?」と言う。問い返されたぼくは、どうしてそんなことを口走ったのかもわからなくなって黙り込んだ。でも、少しの笑い声の後に女の子は告げた。
「あなたの音はどれも好きだけど、哀しい方が好いかな」
ぼくがまた「どうして?」と訊く前に彼女は続ける。
「哀しい音の方が、あなたの心がよくわかるから」
《廃墟》を立ち去る僕に女の子は小声で縋った。
「また、来て」
言われずとももう一度訪れる気で居たけれど、ぼくは悪戯心に任せて言った。
「どうしようかな。……きっとそうするよ、きっとね」
* * *
『黒猫の音偽話』
誰もが黒猫を嫌いませんでした。賢く美しい黒猫は毎日のように褒められ、一時の休みも無く囲まれ、その中で笑っていました。
そして黒猫は同時に孤独でした。誰しもが本当の意味では近づいてきませんでした。褒めも称えもするのに、どこか別の世界のモノのように扱うのです。
黒猫は自由が好きでした。気ままに歩き回り、思い立つままに誰かの顔を見に行って、ねずみを捕まえる。そんな生活を送りたくて、でもこの場所では送れなくて。ついに黒猫は旅をすることを決めました。元から心の中では一人だったのです。その決断はちっとも辛くありませんでした。
黒猫は旅路の果てに白猫に出逢いました。
黒猫は真っ黒な体に緋色の瞳をしていました。
白猫は真っ白な体に翡翠の瞳をしていました。
黒猫は自分の気まぐれに付き合ってくれる白猫のことがすぐに好きになりました。けれど、隣に居ればいるほど、白猫の真っ白な部分を自分の真っ黒な部分が汚してしまう気がして、或る場所より近づくことはできませんでした。黒猫は白猫のことが大好きだったからこそ、自分が自由を好むように白猫も自由を好むのだから、白猫を自由の中に置いておきたかったのです。
そして或る夕暮れの下で、白猫と並んで夕焼けを見つめたその幸せに、黒猫は誓いました。ここから居なくなるのだ、と。一緒に居てはいけないのです。黒猫は白猫に頼りきりになってしまうでしょう。白猫が居なければ生きていけなくなってしまうでしょう。それでは白猫を縛ってしまう。
黒猫は言いました。「ぼくには独りが似合うのさ」。黒猫は始めからひとりぼっちでした。それなら最後も一人でなければ。
だから黒猫は歩き始めました。どこか遠くの街へ行くのです。誰も黒猫の事を知らない街へ行くのです。
それでも黒猫は、本当は――
* * *
初めて会った日から一週間が経つ今日も、ぼくはこっそり《廃墟》を訪れた。一日だって欠かしていない。稽古を夕方までに済ませるようにして、寝た振りをしてから出かけるのだ。あの日帰ってから、それはこっぴどく叱られたけれど、夜の女の子と親しくなりたいという気持ちがあればこそ全く堪えなかった。
「ねえきみ、また来たよ」
声が終わるか、終わらないかの内に弾んだ口調。
「もしかしてっ、あなた?」
うん、と返しながらぼくは壁に向いて座り込んだ。《廃墟》と呼ばれる場所の中でも、この遺跡だけはしっかりとした造りだったのか、彼女がいる側へは入れないみたいだ。天井部はどうやら少しだけ開いているようだけど、ぼくの身長では登れない。
「……あっ」
彼女と話をしようと壁を見つめていたぼくはそこで、壁に空いた、親指二つより一回り大きな穴を見つけた。
「どうしたの?」
ぼくの驚きの声に近寄ってきたらしい彼女の姿を一目見てみたくて、ぼくは目いっぱい石壁に躰を寄せた。
始めに見えたのは、夜の川のように流れる黒髪だった。
「ねえ、ほらそこに穴があるでしょ? 覗いてみて」
続いて、勿忘草の色――深い空色――をした瞳が瞬く。何度か瞬いたのちにそっと細められた、その宝石のような瞳は本当に綺麗に澄んでいて、吸いこまれそうになった。が、すんでのところでアイレは引き戻された。目を押し当てていた穴の縁がわずかに削れて、小さな石の欠片が目蓋を掠めたのだ。
「……わあ」
彼女の感嘆したような吐息が耳に届いて、ぼくは思わず口をほころばせた。一週間も話していたというのに、お互いの姿かたちを知らなかったぼくらが、少しだけ前に進んだような気分。
「きみは、綺麗だね」
顔を見て話せないぼくらは言葉にしなければ伝わらないのだから、どうにか何かの言葉にしようとするのだけれど、他の表現が見つからない。この人間離れした美しさを前にすれば、どんな褒め言葉も意味を失うだろう。いや、表そうと思うことすら陳腐かもしれない。
「……きれい?」
返ってくる調子は決して嬉しそうなわけでも、照れている訳でもなさそうだった。不思議そうというのか、困惑しているというのか。静かな響きに僕は自信をなくして、う、うん、とたどたどしく返事をする。
「はじめて、言われた。きれい、なんだ」
ひとつひとつの言葉を染み込ませるように、ゆっくりと彼女は言った。色を失っていたその声に少しずつ照れに似た感情が滲んでいく。
ぼくがもう一度壁の穴を覗き込むと、黒いもやが横切ったような気がした。気のせいかと瞬いてみるけれど、その後にはもう見えない。
「ぼく、きみのこと綺麗だと思う」
ぼくがそう繰り返すと、女の子はくすりと笑った。
「まるでお月さまみたい」
「……おつきさまって?」
「ああ、そうか。きみは見たことがないんだね。夜の空にはお月さまが浮かんでいて、細くなったり丸くなったりするんだよ。いつかきみに見せたい。とっても、綺麗なんだよ」
きみに見せたい、と言いながら、ぼくはその言葉が半分本当で半分嘘であることに気が付いていた。単にきみに見せたいだけじゃないんだ。きみと一緒に見たいんだ。
「――どんなのだろう、おつきさま」
弦を弾くように柔らかいその囁きを耳にしながら、柄にもなく、小さな丘で姿も知らない彼女と二人並んで月を眺める夢を見る。
「真っ暗な夜でもね、お月さまが照らしてくれるから。暗闇にみんな溶けて消えちゃいそうなのに、溶けないで浮かんでいるんだ」
「……夜の中に居るのに、わたしには見えないのね」
彼女は少し寂しそうにその瞳を曇らせた。ぼくはそれをどうにか拭ってあげたくて、穴から顔を離す代わりにそっと指を、言葉を伸ばす。
「いつか、月の下に連れて行ってあげる」
それで一緒に月を見よう、とぼくは言った。
彼女の居場所へ繋がる穴で引っかかったぼくの手に何かが触れた。体温を感じさせるそれはきっと、あの子の手なのだろうと思う。壁がえぐれただけのその穴は荒々しく尖っていて、彼女には届かないほどに狭く小さい。
だからぼくらはたった一つだけ触れ合う人差し指をぎゅっと絡めた。
「約束だよ。――約束だ」
「……うん。やくそくね」
鎖のように結んだ手がゆっくりと離れる。温度が遠ざかる感覚に名残惜しさを感じながら、そっと解いた。
* * *
それからまた少し経って――
ぼくは『ヴィスタの庭』を訪れていた。
夏が近づくにつれ、あちこちで葉が茂り、新たな芽吹きが見られ、そして花が咲きだす。その景色を楽しむことが出来たことに皮肉も文句も言わないけれど、ぼくの目的は違っていた。
「……何を渡したら喜んでくれるかなぁ……」
そう、あの子に渡すプレゼントを探していたのだ。
こればかりは夜抜け出して探すというわけにもいかないので、ぼくは朝から誰にも言わずにこの森へ来ると、うろうろと目ぼしいものを見繕っていた。
女の子は《廃墟》から出たことがないのだという。壁ひとつで仕切られたあの遺跡の女の子の側だけがしっかりした造りになっていて、ぼくらが繋がれるのは壁に空いた穴を通してのみだった。
彼女は世界と触れたことがない。
ぼくが知っているものなんて、きっと大人たちが見ればちっぽけなもので、愛だの恋だのというものは訳も分からないし、縛られてばっかりの世界を良いものとは思わない。それでも、その世界でほんの少しの、ぼくが好きなものを彼女に渡してみたかった。
森にはくらくらしてしまうほど多くの花が咲き乱れていた。名も知らない白い花、群生する赤い花、青い花。そばの茂みでは濃い緑色の葉がつやつやと光っているし、『女神の庭』の名に相応しく賑やかな様相を見せていた。
ぼくは日暮れになるまでどれを選ぼうか決められず――穴は少しずつ広がっているものの、大きなものが通るほどの直径はない――結局、咲き誇る青い花の一輪二輪を摘むと、潰さないように両手で包むことにした。
まるで、あの子の瞳みたいだ。
真ん中に黄色い点の入ったその鮮やかな青い花を見つめながら、口元に浮かんだ笑みを意識して、草むらから立ち上がる。
その時、後ろから誰かが僕の名を叫んだ。
+ + +
――事態はその少し前に遡る。
「《音紡ぎ(スピナ)》が居なくなった、だと?」
駆け込んで来た少年を意図せず睥睨しながら、私は大きく嘆息した。
アイレが夜毎にどこかへ出かけていることも、最近ヴァイオリンではない何かに執心していることも知っていた。だが、騒ぎなど起こすとは。やはり考えなしの子供か。
「う、うん。だっておじさん、《音紡ぎ(スピナ)》は家に居ないんだろ?」
《水面》と呼ばれる少年は今にも泣きだしそうな目をして私のことを見上げた。決してアイレからは向けられないその真っ直ぐな視線を受けながら、私は現在屋敷に残っている使用人の数をざっと数えた。
そして慰めるでもなく告げる。
「心配させてすまない。これから探す」
「お、俺も村のみんなに言ってくるよ!」
慌てて駆けだそうとする少年の肩を捕まえた。どうしてこうも子供というものは早計なのだ。
「……あまり騒ぎを大きくしたくないのだが」
「だっておじさん、《音紡ぎ(スピナ)》が死んじゃってたりしたらどうすんだよ
! ? 俺だって母さんによく言われるんだ、傍の川に落ちたら流されて助からないとか、魔物に捕まったら食べられるとか!」
食って掛かられた私はそっと理屈を飲み込むと、少年に向かって一つ頷いてやった。それを見るか見ないかの間隙で《水面》は走り出してしまい、今度は隠さずに嘆息してから、大きな声で使用人を呼びつける。「マリ!」
「ひゃ、ひゃいっ!」と素っ頓狂な声を上げて飛び出してきた使用人のマリは、走って乱れたスカートをぱたぱたと直しながら、おどおどと目を伏せた。妻が死んでからいつもこうだ。ひどく怯えてばかりいる。私が殺したとでも勘違いしているのだろうか。
「屋敷の全員に伝えろ、即刻馬鹿息子の捜索を始める」
「えっ? ……あ、あの、《音紡ぎ(スピナ)》坊ちゃまが居なくなられたのですか? ご、御無事なんですか! ?」
「それが分からないから探すのだ! 早くしろ!」
「そそ、そうですよね! はい、わかりましたっ」
結果、村人総出の捜索活動となってしまったのだが、村の中に居たなら見つからないはずがない。私は息子の居場所にいくつか辺りを付けていた。
「いや、しかしまさかな……」
そのうち片方の可能性は必然的に切り捨てられた。この村の子供であるならば、いくら子供で突飛な行動をすると言っても《廃墟》へ近付くような真似はしないだろう。
「マリ、待て!」
屋敷へ駆け込もうとしていたマリを呼び止めると、マリは馬鹿正直にこちらへ戻ってこようとするので、それを手で制して言った。
「……『ヴィスタの庭』に人を多く向かわせろ」
+ + +
「《音紡ぎ(スピナ)》坊ちゃま!」
耳慣れた声に振り向くと、家のメイドのマリさんが何人かの男を引き連れてこちらへ走ってきた。誰もが怒ったような、安堵したような不思議な表情を浮かべている。ぼくは言葉を失ってそれをぼうっと見つめていた。
「ああ、良かったです。ご無事だったんですね」
「え、えっ? 無事って、ぼくが?」
「突然居なくなるな! みんな心配するんだ!」
《陽だまり(サナ)》のお父さん――アルバおじさんがぼくの腕を強く掴んだので、ぼくは手の中で大事に持っていた二輪の花はくしゃくしゃに潰れ、はらはらと落ちてしまう。
「あっ……ま、待って!」
大きな声を上げるとアルバおじさんはきつくぼくのことを睨み付けた。きっとすごく心配してくれていたのだろう。
アルバおじさんの目は散り落ちた青を追って、それからぼくを見た。少し驚いたような顔をしていた。
「……これ、摘んでいたのかい。《音紡ぎ(スピナ)》君」
青屋根のおじさんがそれを拾い上げて言う。ぼくは俯いた。いちばんきれいなものを選んだのに。
「贈り物かい、ユリアさんへの」
ユリアというのは二年前に亡くなったぼくのお母さんの名前で、その言葉は半分当たっていた。ぼくが二輪摘んだのは、一輪をあの子に贈るため、もう一輪を母さんのお墓に供えるため。もうすぐ来る命日で、ちょうど二年が経つことになる。
ぼくが俯いたままでいると、上から優しい声がした。
「いいよ、摘んでおいで。ヴィンセントさんには内緒にしておこう」
青屋根のおじさんはマリさんにちらりと目配せする。それを察したマリさんもにっこりと微笑んだ。ぼくはもう一度青い花のそばにしゃがみ込むと、もう二輪だけ摘んで、おじさんたちに頭を下げ、そうして一緒に歩き出した。
父さんに散々怒鳴られたぼくがようやく家に入ろうとすると、マリさんがぼくの上着をそっと脱がした。
「坊ちゃま。お洋服、汚れていますね。綺麗にしておきますから」
「えっ?」
外へ行くときに決まって羽織る外套に、何か所か真っ黒な染みがついていた。軽くこすってみるも、どうやら落ちる気配はなさそうだ。
「ご、ごめんなさい。お願い」
「いえいえ。坊ちゃまもまだ十一でしょう、本当は外でいっぱい遊んでいるような頃ですよ。わたしだって、坊ちゃまくらいの年は走り回ってばかりでしたから」
苦笑いするマリさんに同じ種類の笑みを返しながら不思議に思う。こんな染み、一体いつ付いたんだろう?
* * *
夕闇に覆われ始めた空の下、女性が紅茶を二つ運んでくる。
「ヴィンス、休ませてあげたらいかがです? アイレも疲れています」
「……休息など不要だ」
「あの子の目の下の隈をご覧になりましたか?」
言いにくそうに目を伏せる女性は、しかし美しい紫の瞳に意志の強い光を宿らせていた。その輝きから目を逸らすように、テラスの外に広がった村の風景を眺めながら、男性が紅茶を一口啜る。
「基礎練習を今更必要とするアイレが悪い。バロンにも迷惑をかけているのだぞ」
「それでも、アイレはまだ八歳じゃありませんか。ヴィンスも日曜学校に通うような歳のとき、稽古尽くめで眠れもしないなんてことはなかったでしょう」
きっ、と女性が視線で射抜いた刹那、男性は立ち上がるとテーブルが傾くのも構わずに怒鳴り散らした。
「ラヴァンドールを私の子の代で潰す訳にはいかないのだ!」
ティーカップが天板から滑り落ち、砕けるとともに赤い飛沫が飛ぶ。まだ半分ほど残っていた紅茶の中身は、淹れたばかりに相応しい温度をしていた。
女性は後ろに倒れて腰を強く打った。
白いワンピースが斑に染まった。
「きゃっ……」
「いいから黙っていろ、ユリア。アイレの教育は私の領分だ」
+ + +
洗濯物がそろそろ夏の香りを纏い始めた風にはためいている。
「あら、落ちない……」
マリがひっかけている服の一つを熱心にいじっていた。
「どうした。何かあったか」
肩をびくりと震わせて振り向いたマリは、ぎこちない笑い方をしてアイレの外套を軽くはたいた。そして不自然に残った淡く黒い汚れを指さす。
「なかなか綺麗に落ちないんです。これ以上強く洗ったら、生地が傷んでしまうでしょうし……少しは薄くなったんですけれど」
どれどれ、と覗き込んだときに不思議な既視感がした。懐かしさと忌々しさを同時に感じさせる、夜の残り香のような。
私はどこかでこれを見たことがある。理由も分からず私はそう確信していた。それも染みという形ではなく、霞のような曖昧な闇。
だが――一体何処で見たんだったか。朧になってしまうほど古い記憶の中の出来事だったろうか。それとも忘れてしまいたいと願ったか。そうではないと――心が叫んでいた。私の中にそんな激情が残っていたなんて、自分でも驚いてしまう。
「あ、あの……旦那様?」
止まっていた時は唐突に走り出して私を置き去りにした。我に返ると、首を傾げたマリの顔が目の前にあった。
「いや……何でもない。服の汚れくらい気にするな、幸い目立たない」
平静を装って服の裾を翻し立ち去る。心臓の鼓動が普段より幾分早かった。先の妙な感覚になおも思いを巡らせてみようとするが、残滓すら掴めなくなっている。苛立ち紛れに大きく息をついたとき、玄関の戸が開く音がした。
窺ってみればアイレが飛び出していったところだった。こんな昼間から、日曜学校も無いというのに一体何処へ行くというのか。行方不明だなんだと騒ぎになった時は『ヴィスタの庭』から連れ帰ってこられたが、疑義の念を抱いていなかったわけではないのだ。
私は足音を殺して息子の後を付け始めた。
+ + +
ぼくが入口の石畳を一つ踏んでこつんと小気味い音を立てると、呼応するように彼女がぼくを呼ぶ。
「あなただね、待ってた!」
「毎日来てるのに」と笑い声を漏らしながら、いつもの場所へ。少しずつ削った穴は始めよりずっと広くなって、腕が通るほどになった。
「そういえば、今日はなんだか賑やかね?」
《廃墟》でも遠く聞こえる喧騒にぼくが「もうすぐ夏祭りだから、そろそろ準備をしてるんだ」と笑うと、女の子は小さく呟いた。
「……夏祭り。あなたも行くの?」
「そうだね……友達が行くだろうから、付き合って行くと思う」
ぼくの浮かない表情は彼女には見えない。
でも彼女も同じくらい沈んだ声をしていた。
「……おともだち」
それから動きを止めた空気を察したのか、「あ、あのねっ」と早口で何かを言い募ろうとして、けれど何も言えずに空白が生まれる。
次に彼女が口を開いたとき、今度言葉を失ったのはぼくの方だった。
「あの。ヴィンセント、って子はいる?」
「う、え? ヴィンセント?」
「あなたが来る前に、ここに何度か遊びに来てくれてた子なの。でも、あなたの答え方からすると居ないのね」
その寂しそうな言葉の結末を掬い上げてあげたいと思ったのに、頭の裏で廻り続ける歯車ががたがたと耳障りな音を立てていた。
――ヴィンセント=ラヴァンドール。
――ぼくの父さんの名前じゃないか。
ぼくがそう言うと、壁の向こうから驚いたように息を呑む音が届く。
「ねえ、でも本当にぼくの父さんが、きみの友達のヴィンセントなの? そのヴィンセントがここに遊びに来てたのって、いつのこと?」
「そんなの、わかんない……」
数えきれないほど明るくなって暗くなったんだ、と零れた言葉が意味を成して頭の中で跳ねまわった。微かな明度の変化だけが知らせる時間の流れを、抜け出せない孤独の中でひたすらに感じ続けるだけの日々。自分がそんな状況に置かれたら、日付を数えるなんてことはきっと絶対にしない。無為に失われる時間を思えば気が狂ってしまうだろうから。
「でもね、ほんとうに居たのよ。お話しするだけでも、優しかったの」
思い出に沈む彼女の声は先ほどより少し明るくて、懐かしげだった。
「もしかして、きみはぼくよりずっと年上なの?」――そう訊ねようと口を開いたぼくの言葉は、しかし音にはならなかった。なぜなら、
「お前と言う奴は……ッ!」
父さんの怒号が全て掻き消したから。
「と、父さん! ?」
「見逃していればこうか! いいから来いッ、この馬鹿息子が!」
がっと腕を掴まれる。そこにぎりぎりと力が込められ、僕はちいさく悲鳴を上げた。痛い。痛い!
父さんは大きく息を吸いこんで、さらに怒鳴ろうとする。その一瞬の静寂に、彼女の声が割り込んだ。
「……ヴィ、ヴィンセント?」
直前までの会話から、ぼくは少しだけ期待していた。父さんが本当にこの女の子と友達だったなら、ぼくがこうして会っていることも許してくれるんじゃないか。たとえ《廃墟》へ近付くことが禁忌だとしても、父さんさえ黙っていてくれたら罰されることはないだろうし、また遊びに来ることもできる。
けれどその甘い願いは儚く打ち砕かれた。
「なんだお前は。お前が《廃墟》に棲む魔物か」
父さんは仕切りを隔てた向かいへ声高に言い放つと、皮肉な笑い声を上げた。
「魔物というものもなかなか頭が回るものだな。どこで私の名前を知った? 女子供の振りをすれば誘い込めるとでも思ったか!」
「……ぁ……」
彼女が細く声を上げた。途切れ途切れに響いた残響までただちに消し飛ばされてしまうような涙が滲んでいたように思う。
絶望はぼくにも乗り移って、ぼくは魂を抜き取られたように間抜けに突っ立っていた。そのまま引きずられる。まともに歩けずに足元で土煙が暴れた。
「は、離してよ! 何が悪いんだよっ、ぼくだって――ほんとうのともだちが――」
必死に抗いながら、次第に《廃墟》が景色の一つになっていくのを見ていた。いつの間にか紛れていく。彼女が遠くなる。せめて、せめて名前を呼びたいのに。
「ねえっ、ねええええ! きみ……っ」
名前を知らないせいで。
あの子の名前を叫ぶことが、出来なかった。
だから、代わりに喉が枯れそうなほどの大声で吼える。
「っぼくは! ぼくは、アイレだ! !」
もう残響さえ届かない距離が開く。
それでも、どうか届けと叫んだ。
「……ぼくは……ここに、ここに居るからっ! !」
自室に放り込まれ、直後鍵のかけられる音を聞いた。
ここでなら、声が聞かれようとこの無様な姿を見られることはない。
ぼくは体中の水分を全て絞り尽くすように泣いた。頬を滴り落ちた熱がぼたぼたと垂れた。それは傍から見れば醜かっただろうけど、自分がまだこうして涙を流せること――一抹の人間らしさ、子供らしさが残っていたこと――に心の底から歓喜していることも嘘ではなかった。
落ち着いた頃、マリさんがコーヒーを運んできた。項垂れたぼくはきっと声をかけることすら躊躇わせるような様子だったんだろう。気づかわしげな眼差しを注ぐだけで、盆をテーブルに置くと静かに出て行った。
いつの間にか日はとうに暮れていた。コーヒーカップの下に敷かれたコースターは小さなメモ書き一枚を挟んでいたが、見え隠れした文字で父さんが《廃墟》へ行くことを禁じたことは察せたので破り捨てた。
地獄のように長い一分一秒。夜を見ながら飲むコーヒーは、苦々しい闇の味がした。こんな時間も、ここに一人でなければ楽しいのに。いや――あの子と話していたら、物足りなくなるほど短く感じられるだろうに。
逢いたい。
零れ落ちそうになった涙が自分の弱さの表れのようで、せめて落とさないようにと口端を掠める雫を舐めとる。塩辛い、と思った後に、それがいかにも自分の生を主張していた。
彼女は――
彼女は本当に、魔物なのだろうか。
そして本当に彼女が魔物だったとして――
ぼくらは何か、変わってしまうのだろうか。
数日後の朝、ざらついたどよめきが鼓膜を騒々しく揺らして、ぼくは目を覚ました。テラスに出てみると、眼下には村中の男という男が集まって、工事用の重機を囲み何か熱心に相談している。その中心に父さんの姿を見たぼくは、限りなく嫌な予感がした。だが、あの日以来部屋の鍵は閉められたまま、マリさんに鍵を開けてもらわなければ手洗い場にも行けないような状況で当然外に飛び出せるわけもなく、唇を噛み締めた。
悪い予想は悪い方に当たるものだ。調子の悪そうな機械音と男たちの話声がゆっくりと《廃墟》の方へ流れていくのを目にしたぼくは、信じられない思いで頭を回転させる。
――もしかして《廃墟》を取り壊す気?
――うそ。だって魔物を嫌う村の人たちが是とするわけがない。
――でもこの村で幅を利かせているのはぼくの父さんで。父さんは、ぼくが《廃墟》へ行っていたことに憤って――決して否定できない。
冷や汗が居心地悪く背筋を流れ、何も出来ない苛立ちに枕を布団へたたきつけた。行かなきゃ、行かなきゃいけないのに。二階の部屋から飛び降りるなんて怖くて出来ないし、鍵は開かない。
あの子のたったひとつの居場所なのに。
何も知らない皆に壊させる訳にはいかないのに!
そのときドアがノックされた。
「坊ちゃま、朝ごはんですよ。……ごめんなさい、旦那様のお申し付けなので、こんな風に鍵を――」
マリさんが朝食を運び入れようと扉を大きく開け放つ。ぼくはその瞬間を見過ごさなかった。体を低くしてマリさんのすぐ脇を通り抜ける。
「えっ! ? あ、あのっ、坊ちゃま! ?」
「ごめんなさい! 行かなきゃいけないところがあるんだ……!」
迷惑をかけてばかりで本当に申し訳なく思う。でも、戻ってきたら死ぬほど謝るから許して欲しい。
代わりに今は走れ、走るんだ。事態は一刻を争うのだから。
+ + +
「作業、始めぃ!」
解体作業の指導を担当することになった、体格の良い壮年の男性が腕を突き上げて大声を張り上げると、重機はがたがたと《廃墟》に向かって進み始めた。
「しかし、ヴィンセントさん。本当に《廃墟》を取り壊してしまうんですかい。呪いや祟りがあるんじゃないかって、みんなこの話には乗り気じゃないんですよ」
のろのろとした進度に舌打ちをした私を見て、先ほどから何かと叫んでいたグンターは、その大きな体を縮こまらせてひそひそと話しかけてきた。暑苦しいので身を離しながら、冷ややかに言ってのける。
「《廃墟》がなければ掟は必要なく、そんな非現実的な恐怖に襲われることもない。そう考えたまえ」
はあ、と返事をしながらも、その顔は明らかに納得していないようだったが、私はグンターから視線を外すと、重機のショベルが《廃墟》の上部に喰らいつくのを認めた。
不思議と損傷の少ない天井部に亀裂が入ると、そこから煙草をくゆるように黒い靄が立ち上った。私よりやや距離を置いて遺跡を取り巻いていた村の男たちがどよめくのに連鎖して、重機も後ずさる。怖気づいたか、と吐き捨て「何をしている! 早く作業を進めろ!」と怒号を飛ばすが、返ってきたのは予想と反してこんな言葉だった。
「ち、違うんですっ! ヴィンセントさん、あの、あなたの――」
「お願い、ここを壊さないで! !」
その場を貫いたのは紛れもなく息子の声だった。重機がショベルを振り上げたその下で、教会に佇む十字架のように両手を広げていた。いつもならば見下ろすその背丈が、ずっと大きく見える。いったいどうやってここへ来たのだろうか。私は衰えた体に鞭を打って走り、息子の眼前に立つ。
「……何のつもりだ、アイレ」
凄みを利かせようと低い声で威圧するも、アイレの母譲りの紫の瞳は全く揺らがなかった。
「ここは、ここは駄目なんだよ、壊しちゃ駄目なんだ! ひとりぼっちのあの子の、たった一つの居場所なんだから! !」
「魔物に同情しろとでも言うか。ここに棲まわせる義理が何処にある」
その言葉は引き金となり得たようだった。
アイレは懇願から口調を異にすると、怒りで目をきらきらさせながら私に食って掛かった。
「あの子は、魔物なんかじゃないっ! ! !」
「それをどうやって証明する」
冷静な態度を崩さない私にアイレは懸命に言い募った。これほどにアイレが感情を露わにしているところを、果たしていつ見ただろうか。
「それならあの子と話してみてよ! 父さんとも友達だったんだって言ってた……話せば、あの子がふつうの女の子だってきっとわかる!」
瞬間、世界が眩んだ。
マリが見せた黒い染み、《廃墟》から立ち上った煙とあの少女の声。記憶を逆さに振っても落ちてこないのに、確かに私はそれを知っていた――
「もう、いいよ。ありがとう」
――そして、彼女が現れた。
「き、きみ……」
振り向いた途端、息子ですら色を失くす表情。
彼女はこの世のすべてを諦めたような、寂しそうな顔で笑っていた。
「庇ってくれてありがとうね。でも、違うの」
黒い靄を纏った少女は、時を止めるようにそっと囁く。その声は決して大きくなかったはずなのに、ざわめきに揺れる空間へ染み渡っていった。
「違うって、何が……」
「間違っているのは、子供。正しいのは、……大人」
口元に形作られた三日月のような微笑みが、まるで水面に映っているように色を持たなかった。神秘的な雰囲気も、その輝きも、決して感じさせない彼女はいっそう靄をたなびかせて告げる。
「わたし、ヒトじゃないんだ」
** *
「《廃墟》の魔物……! ?」
「大変だ! 住処を壊そうとしたから怒ったんだ! みんな逃げろ、祟られる前に逃げちまえ!」
蜘蛛の子を散らすように村人が走り出す。それを、真っ黒な少女の真っ白な声が引き留めた。
「待って。今まで怯えさせてごめんなさい。わたし、ここから居なくなるから」
誰もが足を止めた。
ぼくの呼吸が止まった。
「な、なんでっ! じゃあきみ、何処へ行くのさ!」
喉から迸るその叫び声は、自分が内に秘めていた怒りをそのまま追い出したかのようだった。そう、ぼくは怒っていた――きみを守りたくて。
「何処かへ行くの。誰もわたしを知らないところへ」
「そんなのっ、寂しすぎるよ!」
「あなたが来てくれるまでも、そうだったから」
ぼくは彼女のそばに駆け寄ると、その手を取った。初めて見る姿は、かつての母さんのようにしなやかな体躯をしていて、綺麗だ、とため息が出た。
彼女はぼくの手をゆるやかに振り払うと、一歩遠ざかるので、ぼくはその空いた距離をもう一度埋める。そして手を握る。今度は振り解かれないように、強く。
ぼくは信じていた。だから言った。
「ねえ、嘘をつかないで、きみ」
だって彼女はさっきから一度もぼくと目を合わせてくれない。
今にも枯れそうな勿忘草には、水を注いであげなくちゃ。
「……うそなんか」
彼女の声が、風に吹かれたろうそくのように揺れた。ぼくは消えないようにとその小さな火を両手で包み込む。
「ぼく、きみがヒトじゃなくても構わない。今は、ぼくが居るんだよ。きみはどこにも行かなくていいんだよ」
足下にぱたぱたと何かが落ちる音がする。ぼくがそれに視線を向けたとき、ぼくが掴んでいたあたたかくて柔らかい体温は空気に溶けてしまった。
「それでも。わたし、影だから」
目を上げれば、ぼくに背を向けた彼女の姿。
「父さん!」
ぼくは叫んだ。この村の代表の父さんさえ許してくれたら、きっと彼女はここに居られると、そう思ったから。冷たい石に囲まれてでも、ぼくがきみに逢えるから。
「……全員、撤収しろ」
父さんはふてくされたように言い捨てると、踵を返して歩き出す。村のみんなも、戸惑ったようにではあるけれど、父さんを追うように帰って行く。どうして、と思っている内にぼくらは二人きりになった。
「約束してよ」
ぼくは言った。彼女は半分だけ振り返って、こちらを見る。
「せめてぼくが居なくなるまででいいよ。きみがさみしくないって思えるうちは、ここに居て。居なくならないで」
それはひどく傲慢で自分勝手な言い分だったのだけれど、ぼくは終ぞそれに気づくことはなかった。
夜色の女の子は潤んだ瞳をぎゅっと瞑って涙を一粒零すと、《廃墟》の方へ歩き出した。ぼくの言葉には何の返事もくれない。それでも靄が揺れ惑ったはじめの瞬間だけは、頷いたように見えたのだった。
** *
そしてぼくの日々は再び廻り始めた。それまでより歯車が少しだけ錆びついてはいるけれど。
父さんは、ぼくが《廃墟》へ人目を避けて訪れることについて、もう何も言わない。けれど言外に――稽古の時間にそれを阻もうとする考えが見え隠れした。《廃墟》の取り壊し計画も白紙に戻されて、ぼくは昼に稽古に励み、空いた時間があれば友達と遊ぶという、まるで彼女と出逢う前のような毎日を繰り返した。
そして三日月が悪戯っぽく微笑む空の下、ぼくは彼女の元へ行った。
喉の奥が張り付いてしまいそうな、圧倒的な渇きが指の先まで達していた。どれほど水を飲もうと決して満たされることのない渇望の正体を、それをどうすれば解消できるのかを、ぼくは知っていた。
「きみ」
呼んだ名前に彼女は答えない。
しばらく来なかったから、ぼくのことを嫌いになってしまったのだろうか。それとも、約束なんてなかったことにして居なくなってしまったか。
どれも妥当だと思えた。それでもぼくは子供だった。
胸の中で渦巻く感情はたった一つ。
そんなの、いやだ。
消えそうな熱を貪るように、小さな穴へ目を押し付ける。かじりつくようにその傍の穴を。また隣を。啜ろうにも、その熱源が見当たらない。
荒々しい石の隙間に、傷だらけになるのも構わずに右手を目いっぱい突っ込んだ。何かに触れないか。この指先が、冷え切った指先が求めている。この空虚な温度をそのまま包み込んで昇華させてくれた、甘い熱を。
その時、弱々しい吐息が聴こえた。
「……だいじょうぶ」
続いて、同じくらい冷たく柔らかい感触がぎゅっと指がしらを握った。溶け合って一つになってしまいそうなほど、震えて温度を失ったそっくりな手が二つ、寄り添った。
餓えを癒すように、穴を通して絡まる指先からの温度に、しがみついた。
「ねえ、あなたは」
声がした。
「あなたは、強いね」
何が強いものか。
今この瞬間の熱が離れてしまったら、崩れて立ち上がることすら出来なくなってしまうだろうに。
それでも、囁き返した。
「うん。ぼくは、強いんだよ」
ああ、ぼくはこんなに弱いのに。
どうしてきみは、笑ってくれるの。
ぼくはきみが居てくれないと生きていけそうもないのに。
どうしてきみは、そんなぼくを受け入れてくれるの。
「もう来てくれないと、思ったのに」
彼女の言葉に滲む寂しげな影は消えない。ぼくは握る指にほんの少し力を込めた。波が返るように、彼女も同じことをした。
「どうして」とぼくが呟くと、彼女は何かを考え込むような間をおいて、ひとりごとが耳に届く。
「もう、来なくてよかったんだよ。あなたはここに来ちゃだめだったの。わたし、どうにかあなたに嫌いになってもらいたかったのに」
彼女はしずかに泣いていた。
「どうして、きみが哭くの」
答える声はない。
壁に明いた彼女への道に目を押し付けると、黒い靄が一つ揺れ、二つ揺れ、そして一気に翳む。居なくなっちゃう、と思うより先に言葉は口をついて出ていた。
「いかないで」
「……」
「おねがい。いかないで……ぼくをひとりにしないで」
彼女と逢わない間の夜に――いや、それより前の、母さんが亡くなった日に、逢えなくなる痛みなんて思い知ったと思っていたのに。一度出逢った人が居なくなるのは、なぜこんなに苦しいのだろう。
ぼくはずっと孤独だった。初めて空虚を感じたのは三年前だった。
ひとりぼっちは、辛い。
そんな結論、ずっとずっと前に辿り着いていたはずだった。
「……あなたは、元から一人じゃなかった。あなたにはお父さんも、トモダチもいた」
震える声は、まるで水面に映った像のようだった。風に吹かれて揺らぎ、消えたかと思えば現れ、それが本当に無くなってしまうのは映すものがなくなったとき。
どれか一つの言葉を逃してしまえば、彼女は居なくなってしまっただろう。だからぼくは必死で繋ぎ止めた。
「――それでも、ぼくは独りだったんだ」
彼女の呼吸音だけが耳に響いている。
「きみに出会って、ようやくぼくは“ふたり”になったんだよ」
彼女の鼓動だけが胸に響いている。
「“ふたり”はいいね。あったかいから」
彼女の体温だけが、ぼくを満たしていた。
彼女は嗚咽を滲ませながら、確かにぼくと繋がっていた。涙に溶けずに、空間に埋もれずに、ただ小さな手と手を通して。
「……でもね。“きみとふたり”はもっとすきだよ」
胸に過る約束。果たし終えるときだけがはっきりとした、儚くて脆くて優しい約束がいつまでも続きますように。ぼくが死んでしまうまで、どうかきみとふたりで。
「“きみとふたり”は、やさしいから。涙が出ちゃいそうなほどあったかくなるんだ」
じわりじわりと彼女の指先が熱を持つ。他のすべての感覚が遠ざかって、世界にはぼくと名も知らないきみの二人きりしかいなかった。
「指先しか届かないのにね。抱きしめられてるみたいに。ぎゅっと」
「……あったかくなんか、ないよ」
ようやく伝わる声と声が、狭い遺跡の中で幽かに光った。彼女の声は曇りガラスの向こうのように、ぼやけて手も掠めないけれど、それでもわかる。
魔物なんかじゃない、と。父さんに向かって啖呵を切った一言を、今一度ぼくは胸の中で抱きしめていた。
「わたし、影だもん。こんな靄みたいなからだが、あったかいわけないもん」
「じゃあ、きみのこころがあったかいんだね。ぼくが触ってたのは、きみのこころだったんだね」
あの日約束を結んで以来、しばらく訪れることができなかった理由を彼女は訊かなかったし、訊かれたとしてもきっとぼくは答えられなかった。ぼくらは少しの時を隔ててもなお、前と同じように話し、泣き、笑っていた。
もう、ひりつくような飢えはどこにもなかった。
満たされたぼくは、きみに言う。
「不思議だ。まるで、呪いみたいだね」
「……のろい?」
「うん。ぼくら、たった少ししか知らないのに――」
闇も夜も呪いも、ちっとも怖くなんかなかった。
「――ぼく、きみがいないと、しんじゃいそうだ」
この温度を守ろう。
きみのあたたかさが失われた世界には、用なんてなくなる。
「ぼく、きみを何て呼んだらいいかな」
一緒に在る決意が固まったぼくは、ついにそう尋ねた。
「――《仔猫》、かな」
彼女――《仔猫》は逡巡の末にそう名乗ると、小さく笑った。
* * *
「森に行かないか。きみと一緒に見たいものがあるんだ」
次に訪れた夕べ、ぼくがそう切り出すと、彼女はそれはそれは驚いてしばらく黙りこんでしまった。
「森って……『ヴィスタの庭』?」
「うん。今の季節しか見れないものがある」
きっともう少しだけ勿忘草は咲いているだろう。前に摘んだあの一輪は渡すより先に萎びてしまった。それに、夏の夜は蛍が舞うという。月下の蛍がどれほど綺麗か――ぼくはその景色をどうしても《仔猫》と見てみたかった。
「見せたいものって、おつきさま?」
「お月さまも。他の素敵なものも」
彼女はしばし思い悩んでいたようだった。けれど、気乗りがしないのかと尋ねれば違うと首を振る。何が何だか訳がわからない。
散々悩んだ後に出された彼女の答えは是だった。
その日ぼくはそれ以上《廃墟》で過ごすことは出来なかった。前々から夕飯時に居ないことは許さないと釘を刺されていたからだ。
そしてぼくは《仔猫》を連れ出した。
ぼくは彼女と手を繋いだ。村の外側を大回りして『ヴィスタの庭』へ。あいにく空は厚い雲に覆われていて、月の光は欠片も落ちてこなかった。
ぼくが先に森へ踏み込み、《仔猫》の手を引く。その時だった。
ばちばちっ、と白い火花が飛ぶと彼女の身体を阻んだのだ。
「きゃあっ! ?」
ぼくは信じられない思いでそれを見た。衝撃にぼくらの手は離れ、彼女が身に纏った靄は、普段より少し弱まっているように見える。
「な、なんで……」
呆然と彼女の元へ駆け寄るも、ぼくが森の境を踏み越えたところで傷なんて一つも付きやしなかった。彼女はよろめくように一歩、二歩後退ると、その場に蹲った。
「……やっぱり」
《仔猫》が痛切にそう零したのを聞いて、ぼくは自分の耳を疑う。
「わかってたの? こうなるって」
「……言ったでしょ、わたしは影だって。綺麗じゃないから、神様にも嫌われてるんだ」
ぼくはそしてこの森が『女神の庭』と呼ばれた聖地であることを思いだした。
彼女はゆっくりと立ちあがると、弱々しく笑った。ぼくはそっとその手を取ろうとするけれど、小さく首を横に振られてやめた。
勿忘草はすぐそこにあるのに。茂みの向こう側には、彼女の瞳と同じ花が咲いている。泉の方が明るいのはきっと蛍が居るからだ。森の中へ入らなければ、それは見られない。
「……帰ろ?」
《仔猫》が囁く。
「……アイレと見られないのは、残念だけど。でも、いいの。約束はもう少し後まで取っておくの」
「あっ、ぼくの名前……」
「あなたがあんなに叫んでて、聞こえないはずがないよ」
「……うん」
《廃墟》へ戻った時、彼女は舌に馴染ませるように、楽しそうに、ぼくの名前を繰り返した。
「アイレ」
「なに? 《仔猫》」
「女神さまも許してくれる場所に、また連れてって」
今度はきっと、と胸の中へ染み込んでいく言葉をそっと馴染ませて、ぼくは精一杯頷いてみせた。
「うん。……ごめん」
靄の中に見え隠れする白い光の残滓。
《仔猫》は少しだけ背伸びすると、ぼくの頭を優しく撫でた。
* * *
「きみのことが好きだなんて――どうでもいいね」
+ + +
私は書斎の本棚から引っ張り出した古書を何冊か積み上げると、黄色くなった紙を繰りながら思考を巡らせる。
《廃墟》の魔物。
あの夜色の少女は私と以前友達だったと言った。
常識的に考えて、そうであるとは考えられない。私は彼女に会ったことがないはずなのだから。
けれど何故だ、そうかもしれないという一抹の可能性を掻き消す事が出来ないのは。
まさか本当にそうだったとでも? 笑わせるな。
……ならば何故、思い出せない。
+ + +
わたしは冷たい石に触れながら、ヴィンセントの言葉を思い返していた。
『魔物というものもなかなか頭が回るものだな。どこで私の名前を知った? 女子供の振りをすれば誘い込めるとでも思ったか!』
彼はわたしの事を知らない。憶えていない。
だけど、彼がわたしにそう叫んだその瞬間、わたしはその理由を悟っていた。そして次の最悪の可能性を、鮮明に予感していた。
影とは何か、お母さんが生きていた頃に話してくれた。
世界を喰らう憂いだという。聞かされた頃はどんな意味かわからなかったけれど、今ならなんとなく理解できた気がした。
影というものは穢れている。女神の聖地が阻んだことでそれはもう証明された。そしてその穢れは――ヒトの心も穢す。
きっとそういうことだった。
わたしの穢れはヴィンセントの記憶を汚染し、精神を歪ませた。今の彼がかつてとは似ても似つかないほど冷たくなったのも、わたしのせいだ。
そしてこの世界の理が間違っていないのならば、このままわたしがアイレと一緒に居たら。
右目に溜まった涙を拭った途端に、左目から溢れ出した涙。
今までに何度も何度も泣いたはずだった。一人ぼっちで哭くことにも慣れてしまっていた。もう二度と失いたくなかったから、誰とも近づくことをやめたはずだった。わたしの中に踏み込んできたアイレは、そこを荒らすことなく、干上がった氷を温め、水を与えてくれたのだ。
彼の心の中から、居なくなるしかない。
わたしの心に関わらず、わたしの性質は優しい彼を殺す。
そしてわたしは、それが出来る方法をたった一つだけ知っていた。
だましだまし、何とかやってこれたのも、最後にこんな運命が待ち受けていたから。神様が少しだけ憐れんでくれたのだろう。でもそんな慈悲なんて要らなかった。
今欲しいのはたった一つ。わたしを世界に繋ぎ止めた彼の熱。
彼の指に触れた壁の穴へそっと腕を差し入れた。
居るはずも、ないのに。
そのわたしの指を、抱きしめる小さな手。
やっと堪えた涙が、止めどなく零れた。
「ねえ」
誰かの声を聞いた。
「きみのことが好き」
耳に沁みた音は甘かった。
わたしは手を離すと、壁に背中を凭れて熱を断ち切った。このまま溺れてしまいたい。何もかも構わずに、ただこの熱だけで生きていきたい。それでもそれは許されないから。
「だいじょうぶ、だよ」
優しい声はやまない。
わたしは背を向けたままでいた。
だってわたしが知っている。
誰もがわたしを化け物と呼び、闇の中でしか生きられないわたしを蔑んで、恐怖して、嫌っていることを。
だからわたしは知っていた。
その優しすぎる言葉が、嘘とかいう冷たいまやかしであることを。
「ねえ」
わたしは口を開いた。
声を発する度に嫌と言うほど聞かされた耳障りな悲鳴が、記憶の海から折り重なって打ち寄せてくる。
わたしの声は、汚いの?
わたしは、穢いの?
……さみしくなった。
「居なくなって」
わたしは言った。
壁の向こうの誰かがびっくりしたように息を呑んだ音を立てた。それから少しの間があって――あわてふためいた足音が――
聞こえない。
「どうして?」
優しい光は、小さな声でそう訊いてきた。耳を塞ぎたくなるほど、澄んだ響きをしていた。
“誰か”がそう思うのも当然のことかな、とわたしはどこか他人事のように思う。話しかけた相手にいきなり拒絶されたら、きっと誰でも驚く。わたしはそれを繰り返し繰り返し思い知って、涙が出なくなるほど悲しみを飲み込んだから、もうその喉を通る瞬間の、針を刺すような痛みには慣れてしまったけど。
「きみは、ひとりでさみしくないの?」
「……さみしいから、ここから居なくなって」
わたしは分からず屋に言い聞かせるように、他の言葉を見つけられないまま。
「ひとりじゃないよ」
もうやめて欲しい。
全て忘れなければ、いけないのだから。
+ + +
それから、彼女は姿を消した。
はじめは、《廃墟》の中に白い石がひとつ落ちているだけだった。彼女はぼくの声には答えず、手も伸ばさなければ、瞳も見せてくれなかった。ぼくは悲しかったけれど、何度も通った。訪れるたびに白い石の数は増え、そこに時に血のような赤がついているのを見つけるたびに、ぼくの中の不安は増していった。
そして或る夜、ぼくは《廃墟》の傍の森にある、月光が差した空き地の切り株の一つに座っていた。寄り添うように切り株がもう一つあった。ここに《仔猫》が座ってくれたらな、と思いながら、空席を見つめる。
満月が照り映えた夜だった。
《廃墟》に立ち入るのが怖くなってしまって、ここに居たのだった。足元に散らばったあの小石たちが何かの呪いの布石に見えたのだ。一人で過ごす森の夜はとても心細かった。
降り注ぐ月影の中で項垂れたとき、頭の上が翳る。
彼女が居た。
「き、きみ……どうして……」
驚きに声も出ないぼくはやっとそれだけ呟く。
「イヴ」
「えっ……?」
彼女は笑っていた。
「わたしの名前。イヴ」
《仔猫》と名乗っていてごめんなさい、と彼女は続けた。
「《仔猫》は魔物に連れ去られないための名前だから。アイレが居てくれるから、怖くないから、教えようと思って」
「……イヴ……」
綺麗な名前だね、とぼくも囁いて笑った。
「ねえ、イヴ。きみはどうして――」
「――どうしてわたしがここに来たか、って訊きたいんでしょう? 簡単。あなたが教えてくれたから」
悪戯っぽく片目を瞑る《仔猫》の瞳を、ぼくは惑って見つめ返した。
「ぼ、ぼく。何も言ってないよ」
「ううん。ここに居る、って。あなたが言ったんだよ」
――ぼくは、アイレだ! !
――ここに、ここに居るからっ! !
「あ……」
「ね。思い出した?」
「……うん」
「いつかあなたが……アイレが言ってくれたね。一緒に、おつきさまを見に行こうって」
彼女がぼくの手を取った。彼女から僕の手を握ってきたのは、これが最初で……最後だった。
「うん。約束した」
「ありがとう」
唐突な言葉に訊き返すより先に、彼女が指差す。
「約束、守ってくれた。見て、綺麗だよ」
真上で煌めいた黄金の月。二つの影は黄金色の輝きの中に寄り添って重なる。
「わぁ……」
二人漏らした感嘆の吐息は溶け合わさって、美醜も問わない純粋さを持って響いた。
そしてきっと……この時にはもう、彼女は決めていたのだろう。
ぼくらは月の下で少し話した後、イヴを《廃墟》へ送るために歩いた。《廃墟》の前でぼくが彼女にさよならを告げようとしたとき、イヴはいつもより頼りない瞳をしていた。
「少し、寄って行って」
ぼくを引き留めたイヴは、手を離さないまま中へと誘う。何の気なしに遺跡の石を踏んだ途端、全てが眩く光った。
平衡感覚が消失してつんのめったぼくの身体を、イヴは支えてそっと抱きしめてくれた。きっとこの上なく幸せな感覚だっただろうに、ぼくの感覚は全て遠ざかって、白い光の中に溶けていってしまう。
それでも残った意識が、彼女の声をはっきりと刻んだ。歌うように吟じるように、なめらかに語られる『黒猫の音偽話』の欠片。
「『黒猫は言いました。「ぼくには独りが似合うのさ」。黒猫は始めからひとりぼっちでした。それなら最後も一人でなければ』。」
寝物語として村で語り継がれるこの話を、イヴも母親に読んでもらっていたのだろうか。頭の中が真っ白な煙で少しずつむせ返るように澱み、壊れていく。
滔々と語りながら、願う。ひたすらに祈る。
どうか忘れて、眠って。あなたはどうか、わたしの記憶の中の優しいあなたのままで、ずっと。
わたしなんか記憶の中から消えてなくなっても構わない。わたしが愛したあなたの優しさを、どうかそのままで。
『ヴィスタの庭』から、女神に阻まれることに堪えながら、手を血だらけにしながら、拾ってきた白い石。女神の清冽な力とその浄化作用が、全て彼の中から消し去ってくれるだろう。想い出も何もかも。
それが理なのだ。彼に近づいてしまったことそのものが過ち。死んでも許されない。汚してしまった事実はもはや変わらないのだから、せめて彼の記憶を殺すことで償いとしようか。
「『だから黒猫は歩き始めました。どこか遠くの街へ行くのです。誰も黒猫の事を知らない街へ行くのです』。」
それがすべてを象徴していた。ここで終われば物語は最悪の結末を迎える。
だからぼくはその先を引き継いだ。
「――『それでも黒猫は、本当は――離れたくなかったのです』。」
彼女が息を呑む音を遠く聞く。ぼくの意識はもう雲を掴むように手ごたえがない。
「『黒猫は、一緒に笑うのが好きでした。一緒に鳴くのが好きでした。二つの声が重なった時の、心が震えるような嬉しさがたまらなく好きでした』。」
「――きみは、黒猫なんかじゃない」
「だから、ぼくと一緒に居て。一緒にわらって、一緒にないて」
彼女は笑った。
くずおれたぼくの目に雨粒がひとつ落ちる。
否、それは雨粒ではない。真っ黒な彼女の真っ白な滴。
「……そうね。そうだったら、良かった」
彼女から離れた言葉はぼくの手を逃れるように薄れ、哀しげな残響を刻んで消えてしまう。
「ごめんなさい。あなたと居るのは幸せだった――わたしもずっと一緒に、居たかった」
暗転した意識がかすれる前に最後に残ったのは、彼女の涙混じりの笑みだった。
** *
「坊ちゃま! アイレ坊ちゃま、起きてください!」
マリさんに揺すられてぼくは目を覚ました。東の空が仄白くなっていて、夜明け間近だということをうかがわせる。玄関前の石畳にうつ伏せで倒れていたのだと、身を起こしてから気づく。
頭の中は首を傾げてしまうほど明瞭だった。だがその鮮明な全体像は絶対的な失亡を明らかにする。
すべて、終わっていた。こんな感覚を表すのにぴったりな言葉がある。
「……長い夢を見ていたみたいだ」
「坊ちゃま、ぼうっとしているようですけれど。どうしてこんなところで寝ていたんですか?」
「月を見に行ったんだ。……そ、それで、帰ってきたら鍵が開いてなくて。そのまま、寝ちゃった」
思いを巡らせて突き当たる空白の後は、完璧なアドリブ、でっち上げだった。自分でさえ何があったかもわからないのに、他人に説明できるわけがない。
マリさんはそんなぼくの様子にも気づかずに能天気だった。
「ああ、ほんとうに綺麗でしたねえ、昨晩の満月は。マリも見ていましたが、月を見ながら飲むお紅茶は格別で……って、違った違った。旦那様には黙っておきますから、ちゃんと寝てくださいな。お寝坊ということで、後に起こしに行って差し上げますから」
マリさんに促されるまま、自室に戻ったぼくは、のろのろと着替えると布団に潜り込んだ。しかし、体は疲れているはずなのに、目と頭はぎんぎんと冴えていて寝られそうにない。ぼくはこもった空気の停滞する布団の中で、最近の自分の生活と、その記憶における決定的な欠落に気づいた。
《廃墟》の取り壊し騒ぎはどうして起きたんだっけ?
最近父さんに怒られてたのは何でだろう?
そしてその他の空白の時間――ぼくはいったいどこに訪れて、誰と会って、何をしていたんだろう?
不明な瞬間が多すぎる。それはきっと大切な記憶なのだ。曖昧に残る影と夜と月光と、勿忘草――あ。
ポケットに湿った感触。掴み出そうとするがくしゃりと潰れてしまった。そのまま掌を開いてみれば、一輪の勿忘草がそこにはあった。まだ色味の薄れていないそれを、青々とした面影の残るそれを、ぼくは起きあがってじいっと見つめていた。
+ + +
夜が明け暁が包んだ空は、泥にまみれてうち拉がれたわたしにも等しく陽光を振り撒いた。
わたしは隅で小さくなり、うなだれていた。
世界は残酷だ。
愛なんてきっと、“魔物”のわたしが抱くには高貴すぎるのだろう。たとえばそれが一片でもわたしに宿っていたとして、世界は許容せず、受容せず、淡い揺らぎの一つなのだとさえ認識してくれない。それを誰かに押しつけ、託そうとすればこの態だ。
こんなことならば出逢わない方が幸せだった。最悪の結末の果てに、主人公は決まってそう言う。
「……でもそんなの、嘘だよ」
出逢わない方が良かったなんて嘘だ。
わたしはあの瞬間も嘘にしてしまうのだろうか。全部なかったことにして、忘れたいと嘯いて、手を繋いだときの温もりも瞳と瞳を向かい合わせたときのあの鼓動も、想い出から消し去ってしまうのだろうか。
そんなこと、できるはずない。
そのとき、足音を聞いた。
ああ、迷い人かと一人言ちたわたしは、できる限り優しげに聞こえるよう呼びかけた。
「迷ってきてしまったの? ここは、あなたのようなヒトが来てはいけないの。早く立ち去って」
そしてわたしは必然的に聞こえない彼の声を聞く。
「約束をしたんだ。ここで」
そっとかがむような衣擦れの音。恐る恐る壁の穴に近寄ると、そこから紫の瞳が覗いていた。
「あ……」
「――こんにちは、《仔猫》さん」
「……こんにちは、アイレ」
有り得なかった挨拶を終えて、わたしは言った。
「どうして、憶えて……」
「やっぱり、ぼくはきみを忘れちゃうところだったんだね?」
「……わたしが、穢いのがいけないの。あなたはわたしのことを思い出しちゃだめ、忘れなきゃ」
「ううん、必要ない」
彼は笑っていた。無垢に。
「ぼくの中のきみは穢くなんかないよ。きみの影も靄も全部含めて」
だからだと思う、と彼は続ける。
「きみが残してくれた想い出が全部綺麗だったから――ぼくはきみを忘れずに済んだんだ」
……もう、いいんだ。
彼ならば、わたしは、隣にいても許される。
わたしを“魔物”とさえ捉えない彼の強さが、わたしの穢れ自体を受け入れなかったんだ。
到底信じられることではなかっただろう。それがアイレ相手でなければ。
わたしは笑っていた。純粋に。
彼は問う。
「ぼくの嫌いな世界を、きみは好き?」
「あなたが嫌いな世界は、どんな世界?」
わたしは問いに問いで答えた。向こうからの声は止んだ。
「だめ。言ってくれなきゃわからないよ。言葉にして」
どうしよう、幸せだ。
駄目だとわかっていながら、この幸せを拒むことができない。
こうして言葉を交わしていられることが、どれだけ奇跡だったのか。
「みんなそう。声を上げなきゃ誰も耳を傾けられないよ。ねえ、あなたの気持ちは?」
「ぼくを縛り付ける世界が、無理して笑って怒って泣けっていう世界のことが、ぼくは嫌い。だけど」
今まで我慢してきたことを吐き捨てるアイレは、少しだけ吹っ切れたようで、しかし迷うように言葉尻を濁した。
ややあって口を開いたアイレの口調には、照れすら残らない純粋さが満ち満ちていた。
「……それでいいんだ。ぼくは、きみが好き」
いつの間にかわたしは泣き虫になっていた。もう泣かないなんて、何もわかっていなかった証拠だ。でも、この涙は痛くない。飲み干したっていいくらいだ。きっと辛くないだろう。
彼の記憶を消した日のそれより、ずっと優しい。
「きみがいなきゃ息をするのも嫌になっちゃうくらい、きみのことが好き。ぼくを縛り付ける世界だけど。きみに出逢えたことだけは」
大きく息を吸って、言葉。
「幸せだったって、そう思うんだ」
「ねえ、待って。わたしにも言わせて、盗らないで」
わたしは笑って言い返す。繋いでいたのは本当に心同士だったかもしれなかった。このまま喋らせてしまったら、わたしの言いたいことは全部彼の台詞にされてしまう。
「わたしはあなたが嫌いなこの世界が好きなの。きっとあなたが言うよりもう少しだけ冷たくない。わたしがあなたに出逢えたから」
頬を伝う涙も愛おしいけれど、まだ人を愛したことのないわたしからのこの言葉、――もっと愛おしく響け。
「……ずっと前から、好きでした」
** *
きみの目とぼくの目を、糸が繋いだ。
「行こう」
きみが少し笑った。
「いいよ。何処へ?」
「何処かへ」
ぼく、たとえ名前を忘れても、きみのことは忘れないから。
了
はじめまして、水無月亜澄と申します。
拙くも長いお話ですが、読んでくださった皆様ありがとうございました。
ワスレナというタイトルには、作中に登場する勿忘草だけでなく、「忘れ名」という意味もかけてみました。
仔猫という仮の名は思い出す事が出来ても、夜という本当の名は忘れてしまったという結末になります。
このお話は、自分が以前から構想しているとある一連の物語の中の一つという立ち位置ではありますが、そのシリーズの中の一要素を含むというくらいの関連性しかありませんので、一作品という分類にしました。影というのもその構想中のシリーズの一要素です。まだ綴ることが出来ていませんが、少しずつその繋がりに気づいていただけたら嬉しいです。
今作は、どうしても展開が強引になってしまった部分が目立ち、また登場人物について詳しく綴ることが出来なかったということがあって(部誌に掲載するものなので、原稿の締め切りの関係上)、内容の補完的な文の執筆又はリメイクを考えています。まずはこの作品で自分の書き口がどんなものかを知っていただけたらなと思い、訂正することなく投稿させていただきました。
重ねて感謝を申し上げることになりますが、読んでくださって本当にありがとうございました。この作品のタイトル画像を友人に製作していただいたので、その画像はpixivもしくは自サイトの方でご覧いただけます。ご興味がありましたらそちらもぜひ。
それではまた他の作品でお会いできることを願って。