悪人には消臭スプレーがよく似合う
朝と夜、めしを多く食べるのはどっちですか?
ぼくは断然、夜です。
「啐啄同時先生。剣道部は本当に大変なんですって……」
おれは苦々しい表情で、剣道部顧問の啐啄先生に、職員室へ来た理由を告げた。
「盗難、嫌がらせ、練習妨害……。剣道部はまさに坩堝の被害に遭っています。前年度と比較してみると、その被害件数の異常さは火をみるより明らかです」
「まさに燎原の火というわけだな」
啐啄先生はコピー機から吐き出されるプリントを迅速に処理していた。
「それに相手がだれだかわかりますか?」
啐啄先生はやれやれとため息をつき、
「柔道部と卓球部、バレー部にバスケ部、軽音楽部や吹奏楽部に、まとめて喧嘩を売った人はどこにいるんだ?」
「そんなこと言われても困りますよ。あいつらチョーシこいて神聖なる剣道場に土足で踏み込んだんですよ。あのくそ卓球部顧問なんか適当な因縁をつけて殴り込んできたり、くそ柔道部は勝手に合宿場にしたり、くそバスケ部は稽古中にバスケットボールを投げてくるし、くそバレー部も左に同じだし、雑音部はうるさいし、我慢の限界だったんですよ」
「たしかに雑音部は下手だし、勝手に応援歌とかを聞かせにくるからウザいけどな」
啐啄先生は悲しそうな表情をして、
「お前にこんなことを教えるのは、本当は不本意なんだが……インターハイクラスの部活動は、剣道部みたいな弱小部のことなら眷属のように、邪険に扱っていいという校則があるんだ。だからうちの部がいくら何されても、向こうがインターハイ常連部だと校長ですら手だしができないんだよ」
「そうですか。つまり今回の事件について、校長は介入してこないというわけですね」
「歯牙にもかけないだろうな」
「いいことを聞きました。ありがとうございます。それでは良識的に反旗を翻し、インハイ常連部員(おれが喧嘩を売った部員)の心髄を骨の髄まで破壊していいんですね」
「だが膏火自煎ともいう。何をする気かは知らんが、放っておいてもあっちが勝手に衰退してくれるやもしれんぞ」
「おれに逆らった罰です。規則は破るものでも守るものでもないですよね。壊して作りかえるためのものです。そうまるで憲法改正発議のように。それに日本では、遏悪揚善や勧善懲悪といったジャンルはいつでも人気があります。おれは悪者には罰を贈呈し、剣道部には恩恵を寄与したいのです」
「ファブリーズかリセッシュをプレゼントしてやるよ。いつもお世話になってるからな」
卓球部、柔道部、バスケ部、バレー部、軽音楽部、吹奏楽部。
以上の部長におれは消臭剤のボトルをプレゼントしてやった。
中身はもちろん入っているし、使える。
雑音部は使っているのかさえわからないが、柔道部、バスケ部、バレー部からは、後日感謝の気持ちを告げられた。
おれもまんざらではなかったので、その3つの部にはまたいくらか消臭剤をプレゼントしてあげた。
しばらく経って、ようやくやつらはあることに気がついた。
「これ本当に消臭剤か? 汗の臭いが消えないんだけど……」
はじめは「無臭タイプだから香りがなくて、そう感じるだけだ」と誤魔化していたが、そろそろネタばらしといこうか。
意趣返しをしてやろう。
「あたりめーだろ」
おれはやつらの顔面に消臭スプレーを噴霧し、「この中身は、水で薄めたおれの尿だぞ!」
種を明かし、やつらの鼻を明かした。
この一件があって以来、おれは蔑視または特別視をされるようになり、嫌がらせもほとんどなくなった。
また、柔道部やバスケ部そしてバレー部は、なぜか退部していく人があとを絶たなかったらしく、廃部が決定した。
貢ぎ物をしてまで応援していたおれにとっては、もう悲しくて悲しくて、哀毀骨立だった。
もっと嫌がらせがしたかったのに、残念だ。
「目には目を歯には歯を」(ハンムラビ法典)