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隠されているほどに価値のあるモノ

 見るからに柄の悪い三人の男たちが、いっせいに金井健一を見上げた。


 いちばん目上らしい、三十がらみのやせた男が立ち上がる。

「これは先生、よろしくお願いいたします」

 金井を招き入れると。背の低い若い男が押入れを開く。そこには、薄汚れた感じのする六畳の和室とは不釣合いな、真っ黒な金庫が現れた。


 彼らは、自分たちの役に立つ特殊技能を持つ相手を「先生」と呼ぶが、けっして敬意を表しているわけでも、なにかを学ぼうというつもりもない。

 丁寧な言葉使いも、かえって威圧的になるということを、十分に承知した上だ。


 どうやら金井はここのところ、そのスジで有名になってしまっているらしい。

 ある事務所の、倉庫の解錠と鍵の交換をしたことをきっかけに、気に入られてしまったようだ。


 おそらく構成員が鍵を持ったまま、逮捕でもされたか、逃げたかしたのだろう。

 なにか大事なものでも、しまうつもりでいたのか、特殊な錠前が使われていた。

 最初はほかの業者を呼んだのだが、開けることができなかったのだ。その業者は、よっぽど肝を冷やしたのだろう。自分には無理だが、開けることができる業者を紹介するといって、業界内では優秀な鍵師だと評判の金井を紹介した。


 金井はその業者がだれなのか知らない。いい迷惑だとは思ったが、金井が優秀な鍵師であることは事実だ。

 本人も国内でトップクラスの技術を持っていると自負していたのだから、いずれ、こんなこともあるのだろうと覚悟はしていた。それが思っていたよりもほんの少し早まっただけだ。


 実際、その鍵を開けることは、金井にとって難しいことではなかった。

 前の業者が一昼夜かけて開けられなかった鍵を、金井は三十分で開けてしまった。

 解錠して、工具を片付けると、金井は扉のノブに手をかけもせずに、仕事が終わったことを告げた。

 それを聞いても、依頼主は金井がなにを言っているのか分からなかった。早々に休憩でも取るつもりなのかと思ったほどだ。

 そのまま金井が帰ろうとすると、ようやく理解したようで、鍵を開けたのになぜ扉を開けないのかと尋ねた。

 金井は、余計なことは知りたくなかったし、巻き込まれるのもごめんだった。

 自分の仕事は鍵を開けることで、ドアボーイではないのだと言い、ノブなんか回してみなくとも、仕事は確実に完了したことは分かっていると告げた。それに、中になにが入っているのかなんて、知りたくもないと。

 それが自信にあふれたような態度として、好ましく映ったのだろう。何はともあれ、彼らの美意識に合致してしまったらしい。

 とにかく、金井の高い技術力は評価されたようだ。


 どこでどうウワサが広まったのか、それ以来、一、二週間に一度は、「彼ら」からの依頼が来るようになった。

 しかも、特定の勢力からばかりではなく、対抗しているといわれている組織に属している団体からも依頼が来るのだから、「彼ら」の情報は、どこをどう流れているのか、まるで理解できない。


 よくもこそれだけ開ける鍵があるものだというほどに、さまざまな注文が来た。

 金庫や住居の扉から、自動車やロッカー、スーツケースに南京錠と種類も様々だ。

 さすがに、駅のコインロッカーを開けろと言われたときには断ったが、犯罪すれすれというか、犯罪絡みではないかと思われるものがほとんどだ。


 金井は彼らに、最低限必要な身元の確認だけを要求した。

 そして、開けた中身は絶対に見ないことにした。鍵は開けても、けっして自分の手で扉や蓋を開くことはしない。それが最低限の、自己防衛策だった。

 せめてそれぐらいの、一線を引いておかないと、今後の仕事にも、多大な影響を及ぼすことになりかねない。それでも、十分に危ない橋ではあるのだから。

 しかし、そんな態度も、彼らには都合がよかったのだろう。けっして深入りせず、金井は淡々と鍵を開け続けた。


 そして、この黒い金庫だ。

「お久しぶりですね、先生。なかなかに繁盛しているそうじゃないですか」

 そういえば、このやせた男には、どこかで見覚えがあった。

「事務所の倉庫をあっという間に開けたときは驚きましたよ。今日もあんなふうにお願いしますよ」

 初めて訪れた事務所にいた男だ。よく見れば、ほかのふたりも、そのときいた連中だ。


 これが玄関の鍵なら、そこの住人であることを確認するところだが、家の中にいる以上、いかにその場と不釣り合いに思えても、身元の確認まではしない。

 借金の担保に占有でもしているといったところだろう。家の中に関しては、彼らに権利があると考えても差し支えなさそうだ。

「ずいぶん古い型の金庫ですね。仕組みは難しくはないはずですけど、長く開けていないで錆びついていたりすると、時間がかかるかもしれません」

「時間ならたっぷりとある。じっくりとやってください。先生ならいくら時間がかかるといっても夜までには開けられるでしょう」


 どうやら締め切りは、本日中といったところのようだ。


 見れば、ずいぶんと古典的な金庫だ。製造されたのは昭和の半ば頃だろう。

 一般には、金庫というものは、半永久的に持つように考えている人がほとんどだろうが、じつは有効期限というものがある。この金庫も、たぶんもう期限が切れているはずだ。


 金庫の重要な機能といえば、だれもが盗難防止を挙げるが、まず第一は、防火性能にあるといっていい。

 金庫の内壁には、発泡性のコンクリートが詰まっていて、そこに水分が保たれている。

 火災にあったとき、その水分が気化することで庫内の温度を下げ、水蒸気となって扉などの隙間から噴き出すことで、炎の侵入も防いでくれるのだ。

 その水分も少しずつ蒸発してしまうので、二十年も経てば役に立たなくなってしまう。そして、金庫としての有効期限が切れてしまうというわけだ。

 そうした防火性能に加え、さらに盗難に備え、要所に溶接用バーナーでも焼き切れない素材を使ったり、ハンマーなどの衝撃にも耐える構造を施された、防盗用の金庫がある。


「最近は、先生もあちこちで鍵を開けまくっとるようですが、何かおもしろいものでもありましたか」

 作業を眺めているだけなのが退屈かのように、やせた男が話しかけてきた。

「いえ、ご存知だと思いますが、ぼくは鍵を開けるだけですから。何が出てくるのかなんて、まるで知りませんよ」

「知りたいとは思わないの」

 やさしげな口調だが、これも彼らのテストだ。秘密を守れるかどうかの値踏みをしているのだ。

「さあ。知ったところで、どうなるものでもないですから。ただ、ひとつだけすごいなと思ったことはあります」

「ほう、どんなこと」

 空気が緊張した。

「みなさんの業界は、よくもまあ、これだけ鍵のかかったものばかり集めてくるもんだと感心しますよ。こっちは箱の中身より、鍵の方に興味がありますから」

「へえ、なるほど。隠されている何かよりも、それを暴く過程こそが重要ってわけだ」

「なんだか、難しいですね。スケベなだけですよ」


 鍵は思ったよりも簡単に開きそうだ。教科書どおりのお馴染みの型だ。ここまでオーソドックスなのは却ってめずらしい。これならば、雑談をしながらでもこなせる。


「スカートが風でめくれてパンツが見えるとうれしいくせに、下着姿の女の子が目の前に立っていたら、肌に目が行ってしまうものじゃないですか。パンツなんか見ないで。そんな感じです。ストリップだって、女が一枚ずつ衣服をはいでいくから興奮するんで、別に裸が見たいわけじゃないんじゃないかって思っちゃうんですよ」

「なかなか哲学的だね。たしかに、女は謎だからって、神秘のヴェールを一枚ずつ剥いでいくと、最後に現れる女の真実なんてものは、ただの穴ぼこだものな。ドーナツの真ん中を食べるって話しみたいなもんだ。何もない空虚に向かって、男は夢中になっているってわけか」

「だから、何があっても、無くてもいいんです。どんなものであっても、大事にしまわれ鍵までかけられて、だれにも触れられないようにされているからこそ、価値があるんです。ぼくが気になるのは、その何かじゃなくて、鍵をかけて、しまいこまれている方法のほうなんです」

「なかなか気の利いたことをいうじゃないか、先生。でもな、俺たちはちょっとちがう」


 やせ男は興が乗ってきたのか、金井の横に座りなおした。タバコ臭い息がかかる。


「俺たちはパンドラの箱を探してるんだ。どこかの間抜けがうっかり開けちまって、この世に災いや貧困や争いをぶちまけちまったもんだから、ありとあらゆる鍵のかかった箱をあばいて、最後に残されてるっていう希望を探しているんだよ」


 金井は、箱を開けて不幸のタネをばらまいてしまったどこかの間抜けってのは、きっと、あんたらのお仲間にちがいないと思ったが、余計なことを言う必要はなかった

 そのとき、金庫の鍵が開いたからだ。


 さて、扉を開くと、果たしてその中に希望は残されているのだろうか。

 もっとも、パンドラの箱に、最後に残されたものは、絶望なのだという説もあるようだが。

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