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嗜虐的な助手

 縦揺れと横揺れを繰り返す甲板から解放され、港の固い地面に足が着いた時は罪を赦され地獄から天国へと引き上げられる罪人にでもなった気分だった。

 降りるのを手伝ってくれた屈強な水平は天使には程遠かったのだが。

 艦長に礼を述べ、家路につく、事務所兼用の我が家は港から結構近いのだ。

 ここカディスはイスパニア帝国屈指の貿易港であり、軍港でもある。深い湾口は守りに適し、風も防ぐ。

 岬にそびえるカディス城の城壁上の大砲は市内の主要な道路と湾内の艦船を射程に捉え、速やかに市内の脅威を掃射出来る。ここの支配者は恵まれている。

 イスパニアの貴族は封建時代の領地を元に階級を整理し再分配されており、封建時代よりは整理され、皇帝を最上位とした序列、力関係が明確になったが、イスパニア全体の政治としては封建制の色が残っており、地方の自治権がかなりの強さを保っている。

 公爵、大公爵は王族が占めており、州単位で治めている。侯爵、伯爵はその下の県単位で収める、もともとはどちらも伯爵だったのだが、危険度の高い国境沿いや辺境地域を治めていた辺境伯が侯爵となった。子爵には副伯、つまり伯爵の補佐として都市行政を管理していた代官達が列せられた。男爵は国家の平定前からその土地を支配していた豪族で、国家の平定に貢献した者が褒美として列せられ、支配地域を領地として与えられた。

 整理し再分配したおかげで、独自に支配する領地を持ち互いの力関係に優劣が付けにくかった貴族制も、州、県、市で区切りそれぞれの統治責任者とする事で県令や市長の様な役職に置き換えて考えられる様になり、格段にわかりやすくなった。

 カディス伯爵も、本来ならカディスと呼ばれるのはこの港町カディス市だけで、当然周辺の地域にはそれぞれ別の名前が有り、それぞれの領地に応じた爵位が有る。

 バルカルセ家はカディス伯爵以外に複数の爵位を持っているのだが、バルカルセ家が支配する地域をまとめてカディス県とし、バルカルセ家の当主を統治責任者とする事で全ての称号がカディス伯爵にまとまったのだ。

 領地も分割ではなく後継者に一括で譲渡し、結婚による領地の併合や領地の売却、割譲を禁止して個人の支配地域が広くなりすぎないようになった。

 明確な序列を作り皇帝をその最上位に置く事で、多少なりとも王権を強める事が出来たのだ。

 絶対王権、中央集権の徹底されているアルビオンには程遠いのだが。 貴族制が大幅に改変され、他家の領地を併合して富を増やす事が出来なくなった貴族は領地を増やす事ではなく自分の領地の生産力の向上に努めた。

 更には、この改変が行われた頃には私兵では無い国家の常備軍、いわゆる正規軍が完成していた。その武力を背景に、統治能力無しと判断された者の領地を没収し爵位を剥奪する、と言った制度まで有ったので、貴族達の努力も半端な物では無かったであろう。

 おかげでカディスは大いに発展し、その富はバルカルセ家を潤した。

 バルカルセ家の財力が倍増しになって行く中で、カディスに港町と堅固な要塞都市に次ぐ新たな性格が備わった、魔導師の街である。

 バルカルセ家は非常に優秀な魔導師の家系である、イスパニア帝国建国の為の戦争で並々ならぬ武勲を挙げてカディス伯爵の地位を授かったのだ。

 バルカルセ家はその財力を以て魔導師の育成に必要な施設を次々と建て、教師になるに足る魔導師を雇い入れ、魔術関連の税率を下げ、自らが手本を示しながら魔導師を育成して言った。

 バルカルセ家と教師達の熱心で的確な指導と充実した設備により、アンダルシア州内の魔導師にとってカディス出身である事が一種の優秀さの象徴となった。

 そうしてカディスは魔導師が集まり、競い合う街となったのだ、俺はその街に事務所を構えられる事を誇りに思っている。

 いつの間にか大分歩が進んだ、事務所ももうすぐそこだ。

 助手に留守を任せてある、彼女なら清潔な状態に保ってあるはずだ。玄関の階段を上り扉を叩く、少しして扉が開かれ、助手が出迎えてくれた。

「レグルス様、お帰りなさいませ」

 上級公認魔導師ロザリア・エクスタシア、帝魔の後輩であり助手である彼女は正直独立して事務所を構えても十分やっていける技量を持っている。

 緩やかに波を打つ濃い茶色の長髪と湿り気を帯びた灰色の瞳はまさに綺麗としか言い様が無い、紫色のローブも良く似合っている。目を細めて小馬鹿にした様にニンマリと笑う顔は“見る人”が見れば取り憑かれそうだ。実際、その笑顔に見合う趣味も有るのだが。

 ロザリアは目を細める例の笑みを浮かべ、口を開いた。

「レグルス様、実は今お客様がお見えになってまして」

「客、依頼か? 待たせたらまずいな」

 彼女は口に手を当てて忍び笑いをして、“そうですね、早く行って差し上げた方がよろしいかと”と言った。 客間に通された時、まず自分の目を疑い、次に幻術か何かかと思い、最後にロザリアの常識を疑った。

「ちょっと待て。これ。いや……この方は何だ? ロザリィ、もし君の個人的な趣味でやってるのなら正直解雇も考えないと」

「嫌ですわぁレグルス様、趣味だなんてとんでもない、仕事ですよ仕事。マクラーレン魔導師事務所の威厳と体面を保つのも大切な仕事でしょう?」

 “それ”に目が行きそうになるが、まさかじろじろ見る訳には行かない。

「他にもやり方が有ったんじゃないかな……これは余りにも」

 気にしない様にしても気になる物は気になる。

 顔を向けた先には女が縛られて、いわゆる股をおっぴろげた形で宙吊りにされていた、口にはハンカチを詰め込まれている。金髪に緑色の目で、顔立ちは気の強そうな感じなのだが今は全体的に叱られた子供の様な感じだ。目だけは復讐の色が見えるが。

 何をしたのだと聞きかけたがやめた、近くの卓の上に溶けかけの蝋燭や九節鞭、縄等その手の道具が並んでいた。

 ロザリアが口を開いた。

「そこの女はシモーヌ・ヴァレリー、ガリア系の雌犬、彼女が同じ文化圏の国に属するなどまさに屈辱の極みです」

「そこまで言わなくても、大体何だ仕事って」

「先程も申しました通り、私達の事務所の名誉を守るのも大切な仕事のはずです。侮辱されて黙っている事も無いでしょう」

 そう言って、彼女はスッと視線を落とした。

「侮辱?」

 もし、悪い噂に繋がりそうな事を言い触らされているとしたら、それは商売に支障が出る。

 彼女はさっきよりも強い口調で話し出した。

「この私に向かって、上級公認魔導師の地位は試験官を体で騙して手に入れたのだろうだとか、少し顔と体つきが良いだけで頭の中は空なんだろうこの淫乱だとか色々と生意気な事を」


「要は個人的に頭に来たんだな? とにかくもう止めだ、変な噂がたったらどうする」

 戒めを解いてやろうとシモーヌに近づく。

「でもレグルス様、締められる時に徹底的に締めておかないと後に面倒が残りますよ? 中途半端な攻撃は復讐を生むだけです」

 ロザリアの言葉を無視して口に詰められたハンカチを抜き取る。根拠も無く馬鹿にされて頭に来たのは解るが、やりすぎだ。

 ハンカチを抜いてやった後、感謝の言葉の一つでも貰えると思ったのだが、予想は大いに裏切られた。 まがりなりにも助けてやった相手から決闘を申し込まれる等誰が予想出来るだろうか。著しく名誉を傷付けられ、名誉挽回の為に決闘だとか、貴族同士の婚約争いに決着を付ける手段の一つとしての決闘ならまだしも、自分が名誉を傷つけようとした相手に返り討ちに会い、そこからその相手の雇い主に決闘を持ちかけると言うのは聞いた事が無い。

 それは名誉を賭けた決闘ではなくただの喧嘩だ、そう言ってたしなめたのだがさらに呆れた言葉が返ってきた。

「そこの女が出来が良いのは解ったわ、だからあれよ! きっとあんたは助手が優秀だからやって行けてる様なヘタレなのよ、あたしがそれを証明してあげるわ!」

 なにがしかのくだらない理由、--恐らくは嫉妬か何か--でロザリアにケチを付け喧嘩をふっかけた手前引っ込みが付かなくなったと見える。自分の非を認めるのが大嫌いな性格なのだろう、頭に血が上っているのも有るだろうが。

 何にせよ、ここまであからさまに喧嘩を売られてすごすごと引き下がってはロザリアの言うとおり我らが事務所の看板に傷が付くと言う物だ。

 シモーヌに日取りの希望を訊くと耳障りな声で今すぐ! と叫んだ。

 シモーヌを解放し、ロザリアを付添いにこういった行為にうってつけの場所に連れ立って向かった。 その直径二十メートルの円形の広場は、古くから決闘の舞台に選ばれて来たおかげで市民達に流血広場等と言う俗っぽいあだ名が付いてしまった。

 魔導師同士の決闘の規定通りにお互い五メートルの距離を取り、間に立ったロザリアは朗々と決まり文句を歌い上げ、開始を告げた。

 相手の出方を見る、開始の合図の後、シモーヌはすぐさま口を開いた。

「エルフレイマデサラマンドラ!」

 防ぐにはつらそうな、二匹の蛇のごとく渦巻きながら迫ってくる炎を横跳びに避ける。

 それにしても、呪文を叫ぶとは愚かな事だ。

 こっちは口の中で籠もる様に発音する、術を無詠唱で発動出来る事の利点は発動が早い点だけで無く、発動するまでどんな術か解らないと言う点が有る。詠唱する場合でも、呪文は出来るだけ相手に聞こえない方が良い、呪文が聞き取られれば発動する術がバレる、それでは何がしたいか丸解りと言う物だ。

「ピアッシングローズ」

 三本の茨のツタが体を貫くべくシモーヌに向かう、お世辞にも早いとは言えない。シモーヌはいかにも余裕と言った身のこなしでツタを避ける。

 俺としては、最初から体を貫こうなどと思っては無いが……

「ツウィスティングアヴィ」

 シモーヌに向かってゆるゆると伸びていったツタが先程とは見違える様な速さで絡みつき、束縛した、よく縛られる女である。

 間髪入れず束縛されたシモーヌに電撃を放つも、瞬時に水壁を展開去れてしまった。伝導率の高い水の壁を電撃が突破するのはそれこそ至難の業だ。

 水壁が崩れ、ツタを焼き落として自由になった得意顔のシモーヌが目に入る。

 どうやらシモーヌは崩した水壁の水滴を使って氷槍を作り出す気らしい、水壁は中々に大きな物だったから、凍らせるにはそれだけ時間がかかるはず。

 魔導師歴ももう七年、一段二段で終わる攻撃を仕掛ける程甘くは無いつもりだ。

「ダークネスピアッサー」

 魔法陣から先の尖った、黒く染まった水晶の塊が飛び出す。

 シモーヌは慌てて作りかけだ氷槍をただの水に還元し水壁を再構築しようとするが、その水は彼女が一度に、瞬時に扱うには多すぎた。

 水晶は薄っぺらな水壁を突き破り、シモーヌの躯を貫いた。

 服を血に染めながらシモーヌはへたり込む。「勝者、レグルス・マクラーレン!」

 ロザリアの声が勝利を告げる、自らの主の勝利宣告をした後、ロザリアはすぐにシモーヌの介抱に向かった。

 なんだかんだ言っても殺すつもりは無いらしい。

 虐める犬が居なくなっては困る等と聞こえるのはきっと気のせいだ、そうに違いない。

 ロザリアは手当てをしながら耳元に顔を寄せて囁きかけている。

「詳しい話を伺った事はありませんがレグルス様は幼少のみぎり黒竜に家族を奪われ、それはそれは苦労したそうです。苦労の甲斐有って公認魔導師採用試験には上位で合格、上級公認魔導師昇級試験も突破いたしました、努力と言う物を知っておられるのですね。あなたの様な幸運の塊とは、訳が違うのです」

 幸運の塊、確かシモーヌはヴァレリー商会と言う割と大規模な商会の会長の娘だったはずだ。たまたま金持ちの家に生まれ落ち、たまたま魔術の才があり、たまたま容姿に恵まれた、確かに幸運の塊だ。

「森羅万象数在れど、私がこの世で許せない物は二つ。一つは香りの飛んだぬるいコーヒー、もう一つは努力した“つもり”になってる糞アマです、まぁ野郎もですが。何でしたら、何と言ったかあなたの男……テオでしたっけ? そちらの方に二度と顔向け出来ない様な淫らで惨めな女に躾直してもよろしいのですが?」

 シモーヌが啜り泣きを始めたのも無視してロザリアは執拗にネチネチと攻め続ける、こういう時の彼女は実に楽しそうだ。

 しかし彼女の楽しみも中断されてしまった、広場の入り口に、柄の悪そうな感じの男がいかにも怒っていそうな感じで、今にも俺達を殺してしまいたそうな感じで足っていた。

 全て推測の域を出ないが、多分全部当たっている。

「あっテオ! ねぇ聞いて、今こいつらに虐められてたのぉ!」

「いや、これは彼女の方から申し込まれた決闘でして」

 男、テオは聞く耳を持たずにズカズカと近寄り声を張る。

 予想通りの下卑た濁声だ。

「お前ら俺の女に何してんだ!」

 所詮はただのやくざ者に過ぎないが、クラーケン、シモーヌと来ての三連戦ではさすがに辛い。

 どうしようか逡巡する俺の前に、ロザリアが歩み出た。「レグルス様、ここは私が」

 それを見て、テオはゲラゲラと笑いながら言った。

「おいおい随分威勢の良い姉ちゃんだなぁ! これじゃあ本気が出せないかぁ?」

 ロザリアは鼻で嘲る。

「相手が女と見ると舐めてかかるのは殿方の悪い癖ですわねぇ。私が特に許せないのは、無条件に男が女より優れていると思い込む男根主義者と嫌いなものがさっきと違うとケチを付けてくる方です。あのテオの様な方を見ていると弱い犬程良く吠える物だと痛感致しますわねえレグルス様ぁ?」

 彼女はこちらを向いてニタァ、と笑う。

「このアマぁ、ふざけんな!」

「盛の犬じゃないんですからアオンアオン鳴かないで下さいますか? な、ん、な、ら」

 髪をかきあげて睨み付ける。低く妖しい声だ。

「躾直して差し上げましょうかねぇ、んふふっ」

 テオは我慢の限界と言った感じで二連装の拳銃をロザリアに向け、引き金を引いた。

 だが聞こえるべき銃声は聞こえず、打ち金が火打ち石を打つカチンと言う音だけが虚しく響いた。不発だ。

 よく見ると火皿と火蓋の間から水が溢れ出ている。

「あらぁ残念、発火薬が湿ってしまっては銃は撃てませんねぇ」

 どうやら火皿の中に水を作り出したらしい、あんな小さな空間に局所的に水分を凝固させるのは、正直かなり精密で難解な作業である。

 テオは聞くに耐えない罵詈雑言を口走りながら、剣を抜いて走ってくる。

 距離の開いた剣士なんてのは魔導師からすれば良い的だ。ロザリアはテオの進路上に目立たないように氷を張った、テオは氷でもろに足を滑らせ転倒し、後頭部を石畳に打ちつけた。

 がぁともぐぅともつかないうめき声が聞こえる。

「あぁらあらあら転んでしまって涙まで流して、それでも男の子ですか? お立ちなさい」

 よろめきながらも健気に立ち上がったテオは、足元をよく見ながらロザリアとの距離を詰めようと走り出した。

「フラッキングローズ」

 空中に現れた魔法陣から急速に伸びた茨のツタが、足元を注視するテオの顔面に叩き付けられる。「今度は頭がお留守なようで」

 テオは顔面を手で押さえて何か呻いている。

「さ、て、そろそろお仕舞いに致しましょうか。ツウィスティングアヴィ」

 ツタが四肢に絡みつき、テオの動きは封じられる。

「てめぇ覚えてろこの糞アマぁ!」

「えぇ良く覚えておきますよ、その惨めな様を」

 ロザリアはテオの腰から先程の拳銃を抜き取って逆手に持ち、台尻を頭に叩きつけた。

 テオの目が白眼を剥き、支えを失った様に頭ががっくりと垂れた。

 ふとシモーヌに目を遣ると、やるせなさそうと言うか、完全に興味を失った目で連れ合い、彼女の中では“元”連れ合いになったであろうテオを眺めていた。

「さっレグルス様、万事上々仕上がりました。帰りましょう」

 ロザリアの労をねぎらい、踵を返して家路に付いた。

 今日はもう、休もう。

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